他者から見れば、この状況はデートなのかもしれない。
休日に、私服の提督と艦娘が二人一緒に行動する。
それも仕事を抜きにして、だ。
実際はなし崩し的に行動を共にしているだけであるが、そんな内面的な事情など他者は知る由もない。
(まあ鈴谷のご機嫌をとるという意味ではアドはあるか)
貴重な一人の時間が減ったのは残念であるが、その分艦娘からの信頼を得れるなら悪くはない。
少なくとも、鈴谷からはこうして休日に行動を一緒にする程度には興味を持たれている。
もっとも、それなりに面白い玩具程度の関心だとは思うけれど。
「ゲーセン?」
「ああゲーセンだ。不服か?」
「いやいやいや、そんなんじゃないしっ!
てゆーか、提督と一緒なら別にどこでもいいんだけど……。
あー、その、さ! 提督がゲーセンに行くのが意外だなって思っただけでね?」
「元々こういった娯楽は好きだからな。鎮守府ではあまり出さないようにしているが」
提督は鎮守府内でプライベートの話をあまりしない。
しないというよりはするつもりがない。
そもそも年代であったり、性別であったり、人と艦娘であったり。
そういった差異がある以上、趣味や好みは艦娘達と剥離してしまう。
「もしかして、私達に気を使ってる?
そうやって勝手に遠慮されて壁作られるの、マジ嫌なんですけど」
「興味のない話を勝手にされても嫌だって思ってな。それに立場では俺と鈴谷は上司と部下だ。
鈴谷達からすると上司の話に面と向かってつまらないと言いにくいだろう」
「じゃあ、鈴谷はいいよ、オールオッケーだよ!
はい、少なくとも、鈴谷に限っては解決だねっ!」
こうやって強引に距離を縮めてくる鈴谷であるが、一体何が目的なのだろうか。
誰にでも人懐っこいだけだ、変な気を持つな、と。
自戒をしている提督だからこそ勘違いしないものを。
普通なら自分に好意を抱いていると考え、色々と玉砕してしまうだろう。
「今後は気が向いたらな」
「絶対気が向かないやつじゃん、それ」
やっぱり、鈴谷はスペック高いなぁ。
提督は薄い苦笑いの中でそう思うのである。
明るくノリが良くて、仕事もやる気になればできる。
容貌はいうまでもなく、可愛い。
まあここまで長所があるのだ、自分の預かり知らぬ所で器量の優れた相手を見つけていることだろう。
普段の口ぶりからして経験も豊富で遊んでいるらしいので、益々自分とは縁遠い世界にいる艦娘である。
「……もっと、提督と色々と話したいのに」
「鈴谷は面白い話題を俺に期待しているが、俺の話のレパートリーは少ないぞ」
「聞こえてたの!?」
「難聴でもあるまいし、普通に聞こえるよ」
「そこは聞こえてないってお約束でしょ!」
鈴谷はあわわと口を開いて、照れ隠しなのか提督の肩をばんばんと叩く。
顔の赤面は提督から見ても明らかであり、それを隠そうと鈴谷は必死だ。
時々こういった初な部分を見せるのも親しみやすさを感じさせる術なのだろう。
まさか、日頃の恋愛トークでドヤ顔をしている彼女が、本当に初心であるはずがない。
実際の所は、百戦錬磨の遍歴からなる落ち着きある振る舞いができるのだ。
ただ、自分がそれに見合ったふるまいができていないから、提督のレベルに鈴谷が合わせている。
だから、この純情乙女モドキに心を奪われてはならない。
■
デート(鈴谷談)は極めて順調だった。ゲーセンに入って色々と遊び回るのは楽しい。
それはもう提督もとい好きな人と一緒にという枕詞がついているからだ。
いつもは業務以外の付き合いを極力しない彼とプライベートで行動が一緒というのは貴重である。
上司だから、と。提督はよくその言葉を使って交流を最小限に留めていた。
艦娘達は艦娘達で和気藹々としてほしいという気遣いらしいが、鈴谷は全く嬉しいと感じなかった。
もちろん、他の艦娘達も提督ともっと交流を深めたいと口にしている。
これでセクハラやパワハラが横行する鎮守府であるなら話は別だ。
しかし、うちの提督は他所に自慢できるくらい艦娘の事を考えてくれているのだから。
恋する乙女視点なので美化が混じってこそいるが、概ね評価は正しいのだ。
(やばい、やばい、やばばば、やばいや、ばっばばばば)
そんな訳で、このひとときを心から楽しみまくっていた鈴谷であるが、今の表情はぷるぷると震えて真顔である。
やばい、まじやばい。
端的に言って今の鈴谷の状況はこの言葉に尽きる。
提督がトイレに行ってる間、鈴谷はこれから先の予定について考えていた。
緊張と歓喜が入り混じっていつもより表情は百面相であり、言動の空回りっぷりも数割増しだ。
当初の予定だったら告白からのイチャラブホテル待ったなしというアホにアホを重ねたものである。
しかし、今の鈴谷は更にアホなのでこの予定を実現可能であると考えている。
(できすぎている、できすぎてるんですけど、この状況!!
や、やっぱり早すぎかな!? もっと段階踏んだ方がいいよね!!
でもでも提督から告白とかされちゃったら!?
そういうお誘いも受けて、頷いちゃったら!?
勝負下着は一応着けてるけど、好みじゃないって提督が萎えちゃったらどうしよう……っ)
脳内妄想では既に両思い設定が付与されている。
暴走したポンコツ乙女心とは都合のいいもので。
提督との幸せケッコン生活を瞬時に導き出してくれる。
そもそも告白が失敗するとは欠片も思っていないあたり、変な部分で自信を持っている。
妄想では、告白さえしたら勝利。
しかし、実情は告白した瞬間、玉砕なので無情である。
(やばいよ、経験ないんだよ、鈴谷はぁ!!!
提督にそういうのめんどくさいとか言われたら普通に死ねるし!
まあ、提督はそんな事言わない優しい人なのは鈴谷、知ってるけどさ~~~~!)
色々と拗らせた乙女脳は留まることは知らない。
そうして、えろくでもない妄想と笑みが表面上に溢れそうな時だった。
「おねーさん、さっきから変な顔してるけど何かあったん?」
声も顔も知らない男が鈴谷を見て、ニコニコと人の好さそうな笑みを作って声をかけてくる。
まあ、軽いナンパだ。鈴谷もこれまで何度かされたことがある。
いつもなら適当に愛想を振りまいて断っているが、今は頭がオーバーヒートしておりそれどころじゃない。
表情は困ったような笑みしか作れず、口からは歯切れの悪い返事しか出ない。
どうしよう、と。思うように断れない。
助けを呼びたくても、頼りになる熊野もいないし、この場面を提督にはあまり見られたくなかった。
自分で解決するしかない。何とか落ち着いて、丁重にナンパを断らなくてはならなかった。
「すいません、お兄さん。ちょっといいですか」
「ん、もしかしてこの娘の連れか?」
「ええ、そんなとこです。この娘、俺のなんで」
瞬間、鈴谷はぐいっと強めの力で手を引かれた。
きょとんとした表情のまま飛び込んだ胸は固く、慣れ親しんだ匂いがする。
ふと目線を上に上げると、にこやかに営業スマイルをしている提督の顔が映る。
「………………あっ」
鈴谷、止まる。
数秒前の提督の発言を頭の中で何度も反芻する。
そして、その意味に気づいた瞬間、嬉しさのあまり顔が勝手ににやけてしまう。
不格好でかわいらしくないとわかっていながらも、止まらない。
熊野が見たらはしたないと称するであろうにやけ顔が溢れ出す。
「なるほどね。オッケーオッケー、その娘の顔を見た感じまんざらでもねーみてーだし。
まあ、縁がなかったってことか」
「すまないね。狙うなら別の娘にしてほしい」
そして、ひらひらと手のひらを振りながら、男はおとなしく退散していった。
提督は小さくため息をついて、鈴谷へと顔を向ける。
絶賛トリップ状態である今の鈴谷は周りが全く見えていない。
提督による鈴谷は俺のもの宣言(鈴谷拡大解釈)がよっぽど効いたのか、赤面とニヤケ面はまだ続いている。
これはもはや告白なのでは?
つまるところ、そういうお付き合いの間柄では?
熊野がドン引きするポンコツ乙女っぷりを披露する鈴谷であったが、
相手が好意に対して鈍感を通り越えて無感触の提督であるので意味をなさない。
提督の中では、鈴谷は未だに経験豊富なギャル系艦娘の立場キープである。
「悪い。困っているようだったから助け舟を出した。
迷惑だったならすまない、勝手に俺のって言うのはよくなかったよな。
ただあの時は、ああ言った方が相手も退いてくれると思ったんだ」
申し訳無さそうに頭を下げる提督に対しても、鈴谷の反応はおざなりだ。
真っ赤に顔を染めて、笑みを見せているのは、自分とそういう間柄は恥ずかしくて失笑ものなのだろうな、と提督は解釈する。
「ひとまず、ここを出てどこか落ち着ける所でも――」
どこか落ち着ける所。
そのワードが出た瞬間、鈴谷のポンコツ乙女脳は先程の妄想をリバイバル上映である。
“そういうこと”をするつもりなんだ――!
熊野が頭痛薬を一瓶飲み干しそうなくらい頭痛がやまない乙女モードである。
やばいとまずいとやったぁがごちゃまぜになったよくわからない表情、誕生だ。
そうして、鈴谷は考えて考えて考え抜いて。
「むむ、む、むりぃ――――っ!! 幸せで無理だよぉ!!!!」
このできすぎた状況に耐えられず逃げ出した。
これは夢だ、夢なんだ。
こんなにも理想の展開はありえない。
キャパシティオーバーした頭はそう結論づけて、無理矢理に納得させた。
置き去りにされた提督は状況についていけず、ポカン顔だ。
そして、正気に戻った時には鈴谷は走り去って、どうしようもなかった。
(……なんなんだ、これ)
なお、後々に頭を抱えてやらかしてしまった、と。
悶え苦しむ鈴谷の姿が熊野から提督へと報告されている。