差し支えなければ、感想や評価をお願い致します。
めちゃくちゃ読みにくいと思いますが、やたらと凝った敬語法は1話目だけです。
1. 朝が来る
日頃の務めか、朝顔の世話だけは欠かさぬ故に、庭先も軒先も、玄関口も朝顔が柵や網を伝って、咲き乱れる。
今どき都会でもなければ、美しい植物ごときに立つ白波もあるまいと、やたらに植えるもので気付けば、もはや趣味なのであろう、朝顔を育ててより5年は優に超える。
朝の光を磨く露を纏いながら、咲くというその朝顔だが、黄昏時のあの斜陽を浴びて枯れ行く姿こそ、朝顔たる由縁であり、朝を待たん。
祖父君の仕事道具たる麻布をさらす竿の下にも、薄紫や淡き桔梗色が如き花を携えて、朝顔がその
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朝霞家は古くからマタギの家系として、その地では名が通っており、マタギの跡を継ぐにも継げない女子は、お家の騒動になる前に、早々と家をお発ちになった。
そうなられてからは、その個性が故に球技では、こと物を投げる類のスポーツ事にかけては、彼女の右に出る者など今世にはいらっしゃらないかもしれません。
ええ、それもそのはずでございます。その個性、射程範囲は半径35kmとするのでございます。
父方が遠野家はそのまた昔より、千里眼の家系としてまことしやかにでこそはあれ、かなりの名が通ってございました。浮名は路地裏の世界で知らぬ者など、かかる社会においてはモグリとされてもおかしくはないほどでございます。
しかしながら、その個性を巡って裏社会では、血で血を洗う争いが三日三晩も続いたとされるそうでございます。決着は引き分け、不可侵とされたらしいのです。
たかが千里眼など、この御時世では大したことないと思し召されましょうが、侮る勿れ、この千里眼、その名に相応しく、見透す距離を50kmとのことでございます。
これを親とする子の「遠野臣」あらため「朝霞臣」は、かつて個性婚で躍起になって複合個性を生み出さんとする潮流の中、その気もなく偶然にも、正に運命のいたづらかな、母方の『強い力で物を投げる個性』と父方の『触覚糸』を受け継いだと、所に拠れば、そう承りました。
御両親が世をお隠れになるのは、その子、臣が幼少の頃もまた幼少の時に、帰宅途中の東名高速道路にて、逆走車との正面衝突が原因とされており、この時、臣は保育園に預けられていた為に無事ではございましたが、天涯孤独の恐れあれば、朝霞家の家長がお引き取りになったのです。切れた縁は辿れるのでしょう。
朝霞に引き取られてからは、慣れぬ環境での生活に、かの「ヒステリー」を患い、外的要因など一切ないにも関わらず、そのヒステリーの所為で偶に目の見えないことがございました。
一時的な失明がいつまでも続くとは言い難く、本来ならば当然有り得ない話で、それでも続くのは何が原因なのでしょうか。それは、本人もそれ以外も知るところではございません。
そのヒステリーはいつ頃に始まったかですが、運が良いのか悪いのか、父性側の個性が発現したのと同時でございました。
目が見えないのに目が見える不可解に耐えかねて、あまりの気持ちの悪さに嘔吐したこともあれど、ヒステリーを起こす起こさないに関わらず、発現してからはやたらと目が良くなったとだけの御認識、祖父母の御両人も本人も何も誰もお気に止めるどころか、むしろ、祖父君は孫の目が良くなったことを逆手に、立派なマタギとして仕立て上げる御心積り、本人も意味など分からずされるがままに流されるままに、のらくらと過ごされたのです。
マタギの助太刀として駆り出されるようになる頃には、お痛わしや、もう殆ど御自身の目には視力がございませんでした。心因性のものだったはずでしたが、どうもよく分からない理屈で、機能しなくなってしまったらしいのでございます。
御医者様から、「一生見えないままかもしれない」と言われて、当の本人も祖父母の御両人も、「ああ、そうですか」とあっけらかんとして、御医者様が却って動揺する始末、彼らからしてみれば、自分が、孫が『目』で見ようとしなくとも『見えている』ゆえに、なんの問題があるのかと気にしておられない様子。
しかも、『見えていた』ときよりもずっと『良く見えている』ゆえに、何の不満がございましょうか。
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猟銃が持てない時分には、索敵能力としては一級品以上の、非の打ち所などない個性を駆使して、祖父君とその仲間を援護しておられました。
便利な能力として手厚い待遇を受けるとも、索敵ばかりに飽いてきたもので、猟銃を以て狩りに混ざりたがられましたが、まだまだ幼い故にお許しを得られず、どうにかならぬものかと試行錯誤を重ねる内に、まさかこのタイミングで母方の個性が発現なさるとは。
或る雪の日のことでございました。朝顔を自室の窓の傍で育て、屋根から垂らす網に蔦を這わせて眺める事が出来なくなってから、長い事が経ちました。
学校で上手く行かなかった日の帰路、雪国の夕暮れは早く、暗闇となる前に急いで帰ろうにも、思い返せば腹立たしや、「猟銃をも持てぬにかかわらず、猟に混じる傲慢さ」と罵り合えられて、腹立たしきも言い返せられず、山道が路傍の石を蹴りながら家へと向かわれます。
蹴りながら何か出来ぬかと考える内に、石はカーブミラーの柱に当たり、金属音がうち響く。うち響む音は梢にまとわりつく雪に吸われるばかりか、虚しい音となる。
緩い山の下りを行けば、石も蹴ると止められず、ただ転がるばかりで転がる先の細い橙の鉄柱にぶつかり、やっと止まったのだ。
石を拾って思うがままに、雪の林へ力一杯振り投げる。すると、木をも貫き、10里にも届かんばかりに飛んで行く。
これが初めて、母方の個性の開花であった。
初めはよく分からず、単なる増強系と思い、小さい拳で力一杯に木を殴りつければ、ただただ痛みが襲うばかり。怪しく思って、路傍に積もる雪を集めて雪玉に、それをまた砕けていない木に思いっきり投げる。
雪玉は木に砕けて四散するとはいえ、ぶつけられた木もまた、当たった箇所が大きく大破し、鈍い音を立てながら、それの背後の木に凭れる。
当の御本人は唖然とし、今日の出来事などを振り払うほどに、一気に道を下って家へと行かれました。家に着くまでに、慣れた雪道で三度は転んでしまわれました。
祖父君は猟からお戻りになられてはいないらしく、御留守を頼まれた祖母君が夕餉の御支度に勤しみ、味噌汁の匂いが玄関を開けると漂って来ました。靴は跳ねて土間でひっくり返ったままに、廊下を走り厨へ。
祖母君は個性を継いだ旨を聞こしめすより、「あら、お赤飯炊かないといけないかしら」と頬に手をお当てになって御思案顔、「でも、もうお米を炊いてしまったのよね。お赤飯は明日にしましょうね。」と仰せば、「うん!」とにっこり笑顔を浮かべて荷物を自室へお片付け。
厨の窓より茜射し、祖母の御顔は照らされど、微笑んだ皺に些か悲しげな御様子が見えたは、今も心残り。
家長のお帰りになられるや否や、玄関土間の有り様に怒号の飛び、「ごめんなさい!」と申されつつ、廊下を一直線にお駆けに。駆ければ今度は廊下を走るなと叱られる始末。謝りながら祖父君のもとへと参られればまた、個性が出た旨申し上げると、やはり似たもの同士らしい、「今日は赤飯だ」と諸手を挙げてお喜びになり、腰をやってしまって治ったばかりの時分にも関わらず、歓びあまってだき抱えられました。
嬉しそうに抱き抱えになる祖父君に、借りてきた猫の如き孫でございました。
それからと言うと、猟銃が持てない代わりに、小さな陶片や石などを少し力を込めて放れば、十分に猟銃たりえ、『触覚糸』の個性も相俟って、ここらでは一番の捕獲数を誇り、朝霞の家は益々お栄えになりました。
狩られた獣は、今流行りのジビエに早変わり、残った皮は毛皮として毛皮商人に高値で売り付け、卸す量も質もまた良く、質も量も求める内に、山を駆けるために体力や筋力も得られる上に、素材の目利きもや磨かるる。
***
山に鍛えられること早六年、進路を決めるべき頃なりて、渡された進路調査書の白きことよ。あまりの白さに担任は御呆れ、テストも終わる放課後の御呼び出しにて、職員室で聴取あり。
朝霞臣は祖父君の跡を継ぎ、マタギになることをお決めになっておられました。
揺るがないもので、誰もがそれを信じて疑いませんでしたが、流石にこの御時世、高校はせめて卒業すべしと仰せられ、成績や日頃の行いも良い故に、「雄英高校」への推薦を頂きますが、ここから雄英まではかなり遠く、仮に受かれば単身での生活や、諸々の経費を如何にして賄うかが問題となるところでございました。
一度持ち帰って考えさせて欲しいと申し上げられ、帰路をお辿りに。青々と生い茂る木の葉、蝉の鳴く木々、木漏れ日をくぐり、学生鞄から再び進路調査書と雄英のパンフレットを手に取られると、歩を止めて進路調査書上の第一候補、『雄英高校』を穴があかんばかりに御見詰めになりました。
時が止まって、蝉の声すら聞こえなかった。
静かさに染み入る蝉の声とはこの事かと、家に着いてから思い返されました。
そも、ヒーローに憧れなど持ったことなどあっただろうか。
止めた足を再び進めて、帰路の上り下りをおはしますうちに、果たして自分のような、これまでヒーローなどという職を思い描く事など無かった者が、突然目指しても良いものかとお悩みになった。
しかしながら、「まあ、記念受験と思えば良いか」とあっさり流し、進路調査書はまた鞄に入れ、パンフレットに目を通しながら家へと帰られました。
決め手が、学食なのはここだけの話でございます。
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祖母君は大いに御賛成なさいましたが、家長たる祖父君は何もおっしゃいませんでした。ただ、少し御機嫌の悪い様子で、緑茶を御啜りになりながら新聞をお読みになっておられました。沈黙などお構い無しに、型の古い扇風機は、音を立てて首をまわしながら風を起こすばかり。
孫の提案にあまりの動揺で、先程から何度も同じところばかりをお読みになってございます。
――てっきり、跡を継ぐものばかりかと思い込んでいた。
日本でも一番と名高い高校に進まんとする孫に誇らしくお思いになる反面、自分のもとから離れてしまう悲しさ半分で、御機嫌が悪く見えるだけなのでございます。
「―――勝手にしろ。」
「分かった。何とかやってみるから。」
祖母君の訳知り顔で御二人の様子を見奉ると、家長は「何だ」と少しぶっきらぼうなお訊ねなさった。
「いいえ。何でもありませんとも。」
「なら、いい。」
微笑んだ皺は益々増える。眉間の皺も濃く刻まれる。
対象的な二人が印象に強い。―――
***
推薦入試の壁はやはり高いようで御座います。
推薦入試に限らず、そもそも入学試験というものは篩に掛けるためのもの、当然難しいという様に、そう相場は決まっております。推薦で合格を頂くは4名のみ。
控え室の空気は重く、戦いの火蓋は触れなば落ちん有り様で、気軽に話せそうにはございませんでした。
朝霞臣は遠くの雪国からおいでになった上に、小中学校共に、同じ校舎かつ見知った顔の者ばかりで、交友関係の広げ方を今一つ掴みかねるところがございました。
初対面の人と話せる話題も、話題の広げ方もご存知ではございませんし、ましてやこの重苦しい雰囲気、あまりにも耐えきれませんでしたが、悲しいかな、臣に出来ることなど皆無、空気に呑まれるばかりでございました。
唯一の収穫とも言うべきは、「返すタイミングを逃してしまったが、ペンを落とした、長い髪の、背丈も同じくらいか少し低いくらいの女生徒の顔と名前も覚えたし、その子にこのペンを必ず返そう」と御思い立ち、帰りの新幹線で一般入試に向けて励むことを心にきざまれたのです。
主要駅から乗り継ぎに乗り継いで、2時間ほどかけて、地元の寂れた無人駅まで戻った。祖母が駅の待合室で帰りを待っていてくれていた。
少し残念そうな顔の孫を御覧になって、手応えや何やらもお聞きなならず、「今日は臣の好物でも作ろうかねえ」とだけおっしゃって、二人は並んで帰られました。
引き取られた時以来、御二人でこの駅舎から歩いて帰られることなどございませんでした。あの時よりも祖母君の腰は曲がってございますし、祖母君の丈よりずっと高くなり、一層背中が頼りなく見えられたのです。
あとは、あの夏の日のように手を繋いでいないこと。
あの時と同じように、白い雲がぽっかりと、ぽっかりと浮かび、花橘を散らす風、田畑の間を真っ直ぐ伸びる小道、木の根元にこぢんまりと建立される道祖神の社、それに同じように鼻歌交じりに歩く祖母の『この道』に少し涙が誘われる。
浮かぶ雲を見て、祖母は鼻歌をやめると立ち止まった。気付くのに遅れて、少し前の方に進み過ぎてしまった。
「あの時と同じだねえ。」
それだけ言って、続きを歌いながらまた歩き始めた。少しいたたまれなくなった。
「おばあちゃん、俺がおぶって帰ろうか。」
「そんなことしなくていいよォ。着くまでだいぶ遠いからねえ。」
少し見透かされているようだった。
「それに、今日は二人で歩いて帰ろう。何なら手でも繋いで帰りましょうかねえ。」
「嫌だよ、恥ずかしい。誰かに見られたらどうすんの。それに、暑いし。」
「良いじゃないかたまには。それなら、あそこの木の所まででいいからさ。ついでにあそこで休憩もしよう。ねえ、ほら、減るもんじゃあないだろう?」
渋々といった然で、「あそこの木までね」と言って手を繋いだ。高校受験を控える身分には少し恥ずかしい。
向こうの木までの約束が、祖母の口車に乗せられ延ばし延ばしになり、結局二人で家に着くまで手を繋いで帰ってしまった。
その日の晩は、不思議なことに祖父君の機嫌が悪うございました。
***
庭の朝顔も咲かなくなり始め、戸を揺らす風の音に驚き、秋の到来を知らせる。一般入試までは残り半年もない。
ある晩、祖父は夜更けに蔵へと連れていった。あれでもないこれでもないと、「確かこの間出して置いたんだったがな…」と言いながら、何か祖父が探す後ろで、その背中を見詰めていた。
祖母と同じで、こんなに頼りなさそうな背中をしていただろうかと思いつつ、白い短髪に少し埃が被ってより白くなっている。
黙って見ているうちに、ふと隣りを見ると何か襷のような、いや襷にしては少し巾が狭いし、まるで兵児帯のような―それでもまだ生地が厚いし確りしている―、そう細い角帯のような布を見付けた。
何故、帯なんかが納屋や着物箪笥に保管しているわけでもなく、蔵にあるのやらと、堪らず手に取り広げて見ると、蔵の暗さで分からなかったが、その帯のようなものは美しい刺繍細工の施されており、見たことの無いような幾何学模様が金字で編まれていた。闇の錦と頭に浮かんだが、夢になってはいけないとそんな考えを振り払った。
「見つからんなあ…この間見た時はココにあったんだがなあ…何処へやら…。」
「じいちゃん、何探してんの?」
「投石器なんだけどなあ、好い加減譲ってやろうと思ってな。確かココに…」
今漁っている箱の蓋を閉めると、祖父は隣りの箱のようなものを開けて、これでもないそれでもないとブツブツ言いながら探している。
投石器と言われて、御思い浮かべたは中世ヨーロッパなどで岩などを砦に投げるような、あの投石「機」の方でございます。
そんな大仰な機械がこんな狭い蔵なんかにあるもんかと疑ってやまず、流石にそんなもの譲って呉れても困りもんだぞと、ついどんなものか訊かずにはおられませんでした。
「なあ、じいちゃん。その投石機?ってやつはどんなヤツなの?貰っても嬉しくないんだけど…」
「貰っても嬉しく無いなんて奴があるか。朝霞家が代々引き継ぐ仕事道具なんだぞ。投石器はな、こう…なんだったかね…帯のような襷のような見た目でな…これでもないな…」
祖父が底をひっくり返さんばかりに箱を漁って、ガチャガチャと道具同士がぶつかって立てる音と、その説明を聞きながら、手元の帯のような襷のようなものを凝視した。
「もしかしてさ、じいちゃん。その帯みたいなヤツって、金刺繍が入ってるヤツ?」
「そうそう!それそれ!それよそれ。不思議な模様が縫われているやつよ。この間テレビで言ってた、なんちゅうかかんちゅうか、そう!幾何学模様ってやつよ。」
投石機とはこれかと、手元の帯のような襷のようなものを見て驚きつつも、臣は言うタイミングを探り探りで言った。
「じいちゃん…。もしかして、その投石機ってやつ、これのこと?」
はてと不思議そうに祖父は振り返ると、目を見開いた。
「これこれ!これを探しておった!いやー、どこにあった?」
快活に笑いながら問う祖父に、自身の隣にある収納箱の上を指さした。祖父もここか、ここかと見つけたのなら早く言ってくれれば良いものをと言いながら、手渡された投石機の説明を始めた。
朝霞家は『強い力で物を投げる個性』を受け継ぐ家系で、家系図と記録を辿れば平安の頃から投石器の扱いに異様に長けており、マタギとしての稼業をやっていたそうなのです。
個性が広まったのはここ数年来の話ではございますが、朝霞家の記録に拠れば、最初は弓やら銃やらの腕にもまして、ただ単純に物を投げると人よりも遠くに強く投げられるとされているらしいのです。
受け継ぎに受け継ぎ、今のような力にまで及ぶに至ったと聞かされた。マタギを受け継ぐんだったら、家督を継ぐものが所有する物を、自身が覚えている内に、生きている内に渡したかったかららしい。
本当は、『触覚糸』の個性が発現してから、直ぐにでも渡そうと思っていたつもりのだった様なのだが、つい忘れたままで、ヒーロー科に受かってしまって遠くに住むようになり、お互いが離れている間に、渡す前に自身が死んでしまって渡せなかったら宜しくないと思い立ち、今日渡すに及んだみたいだった。
偶然にも臣は両親の個性を受け継いだのです。祖父君は、その二つの個性で天下を取れと、背中をお押しになった。先程まで月は雲で隠れておりましたが、天井近くに備え付けられた窓からの光が祖父君に射し込みました。
今まで見た事のない顔付きに、少しまごついてしまいましたが、祖父君に差し出された帯―投石器を賜りました。
「頑張ってみるから。」
「当たり前のことを言うもんじゃない。受かってこその朝霞家の跡取りだ。確り励めよ。」
目的も果たしたし、さっさと寝るぞと急かされて部屋に戻った。「おやすみ」と言って、自室へ向かった。
姿が見えなくなってからも、少し後片付けをしておこうとおぼしめされて、蔵に残られました。
「―――臣も継いではくれないのか、マタギを。」
最後の呟きは、風の音に鳴る木の葉のさざめきに攫われてしまいました。
祖父は入学の可否を知る前に、病気で世をお隠れになりました。
夜毎、祖母が深夜に仏前で骨壷を抱き抱えて啜り泣くのに、遣る瀬無い気持ちでいっぱいだった。
***
出来る限りを尽くして、臨んだ一般入試だったが、あまりの不安に食事も喉を通らぬ日々を過ごして、遂に今日が通知の届く日。
受かる受かると言われて、受からなかった時の恐ろしさもあり、郵便受けの蓋を開けるのにも時間が掛かり、開けようと取っ手を摘めば手を離しを繰り返しながら漸く8回目で取っ手を開く。
諸々の申請書類が入っている筈と決め込んでいた為に、普通のサイズの茶封筒が一つあるだけで、これは恐らく落ちたなと期待もしないで、封筒を取り出した。もう中身など開けて見る気もなく、居間のテーブルに放り、自室へと静かに戻った。
暫くは心静かに落ち着くまで机に突っ伏した。左腕を枕に机の端の「あの」ペンを手慰みにじっと眺める。
机の傍の窓から茜が射し込み始めた。どのくらいの間このようにボウっとしていただろうか。
「お前も可愛そうにな。持ち主の所に戻れないなんて。不幸な奴だよ、自分みたいな奴に拾われてさ。」
夕餉の匂いが漂い始めると、支度を手伝いに厨へとぼとぼ廊下を歩いた。年季の入った廊下が、ギシギシと音を立てる度に、沈んだ気にさせた。台所へ行けば鼻歌交じりの祖母に少し腹が立ってしまったが、落ちた自分が悪いと飲み込んだ。
しかしながら、何故祖母は自分の好物を作ってくれているのだろうかと不思議でならなかった。逡巡すれば、ただ祖母は慰めてくれようとしていたのだろうと考え付いた。
祖母の優しさに涙が零れそうだったが、ぐっと堪えて、鼻声混じりに何か手伝うことは有るかと聞こうと口を開けば、間違えて「どうしてそんなに機嫌が良いの?」と思っても無いことが口を突いて出てしまった。慌てて自分の口を塞いだ。訳が分からないような顔付きで祖母が振り返った。
――何でこんなこと言っちゃうんだか…
突拍子もない言動を取る上、百面相の孫に、祖母君の頭の上には疑問符が御浮びになっておられました。
「どうしてって、臣、今日は御祝いじゃないの。あなたの好きな物ぐらい作るのが普通じゃない。」
――は?じ、じいさん死んでから、おかしくなったのか?
祖母君は明らかに臣の様子のおかしいのに御気付きになられて、これまで御覚えになった不可解に漸く合点がいったようなのです。
「臣、あらやだ!道理で封がされたままでおかしいと思ったよ。いや、悪かったねえ、先に見ちゃって。」
「え?何の話?俺、落ちたんでしょ?」
「何言ってるの。あんた受かってたよ。」
臣少年は、あまりの衝撃に固まってしまわれました。
今読んでいる本の文体にモロ影響を受けた結果がこれである。ついで、文中には五つか三つほどの引き歌を行ったので、全てに気付かれれば、かなりの学のある御方。
かくて、『谷崎源氏』や『竹取物語(原文)』そして、その他の古典に興味を持って頂けたら、幸いと申しましょう。
「白波・白浪」
「泥棒」では身も蓋もないが、「白波」と呼べば同じ盗賊も粋な感じがするから不思議。『広辞苑』によれば、語源は古く、黄巾の賊が「白波谷(はくはこく)」に籠って掠奪をしたという、『後漢書』に記された故事に基づく。その「白波」を訓読したもので、「白浪」とも書く。歌舞伎で「白浪物」と言えば、盗賊を主人公にした「白浪五人衆男」「三人吉三」「鼠小僧」など。
続く――――かな?