蜉蝣物語   作:推奨納言

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お久しぶりです。まだ、死んでません(ダブルミーニング)。

短くとも、さっさと出さないと延々公開しないまま、後悔しそうなので、submitしてみました。




第三章 CRAWL
15. Mediational Field


道がつづら折りになって、いよいよ合宿先の峠に近づいたと思うころ、雨足が杉や檜の常緑の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から臣達一行を追い抜いて行った。

 

田舎道は一度傷むと中々舗装されないせいか、ガタガタとバスは揺れて、先程通り抜けた雨で出来た水溜まりをタイヤが勢い良く逆巻いた。

 

臣は峠に入る辺りから、何処に向かっているのかは分かっていた。職業体験先でお世話になった人達がそこにいたからだった。

 

彼女らの年齢にしては、些か猫の仮装はもう厳しそうで、それが表に出ていたらしく、彼女らのように猫耳を付けさせられた。当然彼女らを知っている人達もいる。そのまま山岳救助に向かった時には、新入りを雇ったと見られたが、やはり新入りが洗礼を受けているのだろうと同情された。もしくは、猫耳を積極的に付ける物好きだと思った人も中にはいた。

 

臣にとって山岳救助は天職とも言えた。何より小さい頃からの経験が息づく仕事である。本領なもので、先達の彼女らよりも動きが良いこともあったから、益々気に入られて、文字通り唾をつけられ粉をかけられた。苦笑いしか出来なかった。

 

彼女らの内の甥っ子とは、終ぞ仲良くなれなかったのが残念でならなかった、と八百万は聞かされたらしい。

 

バスに長く揺られていたが、山道の休憩地点で止まった。合宿先まではまだ長く険しい道程を往かなければならなかったが、全員が降りるように促されたことで、臣はこれから訓練が始まるのだと嫌でも確信してしまった。

 

降りるやバスの扉の近くで大きな溜息をつくと、最後に現れた相澤先生は臣が察してしまったことにお気付きになったものの、ポーカーフェイスを崩すことなく臣の肩を軽く叩いた。臣は相澤先生の方を向くと、

 

 

「まさかのまさかですか?」

 

「飲み込みが良い奴は嫌いじゃないぞ」

 

「飲み込み云々の話じゃないと思いますが…」

 

 

相澤先生は臣のことを特に心配なさるわけでもなく、最後通牒を仰せられるまで、ぼうっとA組ら学生の様子をご覧になっていた。

 

傍にいる臣は、「朝霞はアイツらの手助けしたらダメだからな」と承った。

 

プッシーキャッツらの自己紹介もそこそこに、事態を察し始めたA組は阿鼻叫喚の渦にのまれかかったが、もう遅い。見知った顔のピクシーボブは、臣を除くA組全員をガードレール下へ落とした。そこそこの高さからだったので、制服のままなのは少し可哀想に思われる。

 

爆豪は朝霞だけまだ上に居たことに気が付き、

 

 

「おい、男女!何でテメェだけ上にいんだよ!降りて来い!」

 

「コイツにはハンデだ」

 

 

臣が答えるより早く相澤先生が答えられた。臣は三十分遅れの出発を課せられた。それは無論臣にとって山の狭き獣道を往くことなど造作もないからだった。

 

それを聞いて爆豪や轟らは黙っちゃ居られなかったが、そういえばアイツは山育ちだったなと思い起こされて、自分達より当然よく動けるはず、ハンデも仕方ないかと納得しそうになったが、爆豪は納得しそうになった自分が居たことに余計腹が立つ。しかもアイツの個性を使えば直ぐに到着出来てしまうのは訓練にならないと爆豪は心のどこかで分かっていた。

 

 

「三十分遅れで出発して、俺らより遅けりゃざまァねぇな」

 

 

 

 

遅れて出発した臣は、言い付けを確りと守るため、彼らとは距離を取りつつも、互いが視界に入る程度に離れて山を抜けて行く。

 

隣で土塊との激しい攻防があっている中で、臣は望郷が目に耳に皮膚に感ぜられた。

 

空は一朶の入道雲を遊ばせている。臣はふと立ち止まって、流れる雲をじっと見詰めた。

 

雲の縁は輪郭がはっきりしているようでも、良く看ると、薄くぼやけてもみえたし、何か蠢く生き物のようも見える。視線を飛ばしても、見たくなくても、何もかも視界に映るこの目が疎ましく思えたかつてのことも、何故かまた今記憶の淵から湧き上がって来た。

 

じっと眺めていた雲は形を変えてしまっていた。目にしていたはずなのに、気付かなかった。相当に何かに茫然としていたのかもしれない。――あぁ、急がなくては。

 

臣は足元の細い枯れ枝を踏み抜いて、森の中へと分け行った。夏の森は蝉の声に溢れ、陰を行く涼しさを殺す。都会の町で恋焦がれたこの感覚が、また愛おしくて、何だか物悲しくて。

 

自分は一体どこに向かうのだろう。―――

 

何かまた、昔のことが思い出されて、気付くとみるみるうちに彼らを横目に追い抜き、三十分遅れで出発したはずの臣は、結局一人だけ十二時半には到着してしまった。

 

 

 

早く着いてしまった臣は他のみんなが到着するまで暇で仕方がなかった。まさか臣がここまで良く動けるとは相澤先生も予想だにせられで、見兼ねた先生はバスに残ったままの生徒の荷を運ぶよう臣へ命じられた。

 

暇な時分にやることもないなら断る理由もないので、臣は一人でA組とB組の荷物を運んであげた。

 

施設には他に何があるのか漫ろ歩いていると、洸汰くんの姿が見えたので駆け寄ったが、彼は臣が近付いて来るのに気が付いて、やって来られる前に走り去った。

 

臣は折角仲良くなれる機会だと思っていたものの、中々恵まれなくて肩を落とした。

 

一方でその洸汰については、職業体験で臣が来た折に何て美人なお姉さんなんだろうと、ヒーロー嫌いを上回る感動が押し寄せた。職業体験期間中に臣は折角だからとて、洸汰に一緒にお風呂に入ろうと誘ったが断られた。それでも臣は退かない。洸汰が入浴中のところ、臣も風呂場に入って行ったのだった。哀れ、血の池に洸汰が浮かぶことになった。見事、子供の想像力。

 

 

もうすることもないらしく暇で堪らなかった。臣は外のテーブル席に突っ伏して寝こけ始めてしまった。眠っている横顔から覗く長い睫毛や美しい輪郭線、スっと通った鼻筋は、端で見ると宛ら西洋絵画の趣きがあった。洸汰はキャッツ達の手伝いをしている最中にちらと見ては、かつてのことを思い出して足早にその場から立ち去った。

 

相澤先生もブラドキング先生も、施設内の見廻りを兼ねた見学をなさっていた。見廻り終わりに外へ行かれると、臣が眠っているのにお気付きになった。

 

臣は体育祭が終わってから今までの評価がガラリと変わった。ある意味で典型的な類の子である。

 

 

最初は単なる今どきの若者、無個性が個性とか言ってしまうような類の、そういう系統の生徒だと相澤先生はお思いになっていた。

 

雄英に来る生徒にしては、「ヒーロー、ヒーロー」とがっつくことがなく、少し変わった子も居るもんだともお思いになっていた。

 

しかし件の忌引以降、ミッドナイト先生より少し目をかけるように仰せられて、承り次第、少し注視し給えるうちに、何か奇妙な感が得られた。

 

――どうも朝霞臣は、個性を意図的に隠している。

 

これは、承った折にも触れられた事案にて、この確証を得るに、遂に体育祭で隠していたことが発覚した。やはり、と言った所か。そうお思いになるも、今度はどうも意図的ではなく、純粋にこれまで誰もその個性に関して気に止める訳でもなかった故に、誰も彼も―保護者や診断した町医者でさえも!―個性届を提出するのを失念していたのだった。

 

このご時世にだなんて、とは仰せられたくなる気も分からないことはないのですが、誰も悪くないので、もう仕方が無いかと、やや諦められた。

 

――つまり相澤先生は、臣を物静かだがやや抜けている、野心に欠けた青年だと、評されたのだった。

 

無論、ミッドナイト先生は更に拗らせて、一層可愛く思われて、若干依怙贔屓気味にも見えなく無いが、臣を可愛がった。

 

これは、臣が高校を卒業してもずっと続いた。

 

 

 

 

それからA組のみんなが大分時間をかけて、短夜半夏のこの頃だが、茜の射す頃合いになって漸く到着した。外に設置されたテーブル席で臣が肘をついて携帯をいじっている姿を彼らは見たが、ご多分に漏れず、爆豪は鬼の形相で突進しかかったけれど、切島に羽交い締めにされて叶わなかった。

 

その後は全員で夕餉を楽しんだ。臣は普段通りの食事量だったが、他のみんなは体に悪そうに見えるほどドカ食いをしていた。切島や上鳴は明らかに疲れで言動がおかしかった。

 

八百万が思いの外良く食べるものだと臣は思った。その食べっぷりに箸を止めて見ていると、見えない視線に気が付いたか、八百万は恥ずかしそうにして優雅に食べ始めた。周りの女子も突然の振る舞いの変わり方に戸惑ったが、今はそんなことより食事だった。

 

ダンボールを運ぶ洸汰の姿が視界に入ったのでそちらを向くと、臣の顔を見ないようにそそくさとその場を後にした。臣は眉尻を下げた。

 

また、天離る向こうに気色でも飛ばそうかしらと思案した。

 

 




冒頭は某有名な小説から引用しています。何か分かっていただければ幸いです。

これからまた一層忙しくなるので、更新は相変わらず遅々として進まないと予想できますが、楽しみにお待ちください。

評価ないしは感想のほど、どうぞ宜しくお願い致します。
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