蜉蝣物語   作:推奨納言

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これにて一章終幕と致します。

引き続き、次話をちまちま書いて行こうと思っています。

取り敢えず、自分の書きたかった思い付きはこれで書き切りました。しょうもない欲求に長く付き合って頂いてありがたいです。

これからも書き続けて行くつもりですので、どうぞ末永くお付き合い下さいませ。


御手数ですが、差し支えなければ評価・投票等を、どうぞ宜しくお願い致します。




7. Wanderlust

「――朝霞のやつ、今日も休みなんかね。」

 

 

上鳴の発言には一理あった。臣はかれこれ2週間ほど学校を休んでいる。メッセージアプリで送った一言にさへも返信が無かった。

 

 

「ヤオモモとか何か知ってんじゃねーの?」

 

 

切島は仲が一番良いはずの上鳴が知らねば、誰も知るまいとはいへ、やはり何か縁深い八百万なら知っていてもおかしくはないと、上鳴の意見に同調しつつも、「――俺も知らんし、どうしてんだろうな。」との心配をしていた。

 

切島の声が聞こえていたのだろう、八百万は上鳴らの方へ近付き、「私も存じ上げませんわ。以前、ノートを今度コピーさせて欲しいとだけ言われましたわ。」と伝えた。

 

 

「――くそっ!何でこんな時、親友の俺にそれを言わなかったのか!」

 

 

机を叩いて悔しがれば、「上鳴さんに頼まれないのですか?と私も尋ねましたが、『アイツ、字が汚いから…』と仰ってましたわ。」なんて八百万が告げると、血涙を流さんばかりに上鳴は己の字の汚さを更に悔やんだ。

 

 

「それに、頭悪そうなノート見せてもらっても、ミミズばかりでこっちがかえって迷惑とも仰ってましたわ。ミミズってどのようなことを指していらっしゃるのでしょうか?」

 

「くっ、ぐうの音も出ない。―――」

 

 

無垢の八百万には「ミミズの這ったような字」という概念が存在しないのであろう、純然たる疑問でしか無かったのだが、何気ない一言が上鳴の心を深く傷つけた。―――

 

上鳴と八百万の遣り取りを見ながら、切島は「ヤオモモは朝霞から何も聞いてないのか?」と問い掛けた。

 

 

「いいえ。色々手続きとかが立て込んでいて、もう少し時間が掛かるとは仰ってましたわ。やたらと事情に踏み込むのも不躾かと思いまして、流石に尋ねるのは憚られましたわ。」

 

「その感じだと、ちゃんと戻っては来られそうなんだな。」

 

「ええ、そのようですね。」

 

 

切島も八百万も臣への心配はしつつも、時期に戻って来られそうな気配に心安く、臣の帰りに期待していた。

 

3人は黙り込んでしまった。深刻な様子は分かっているものの、もう2週間は休んでいることから、無遠慮に尋ねて良いような問題ではないことを重々承知していた。がしかし、何の便りも無いまま2週間が過ぎているわけだ。

 

 

「――お前ら、席につけ。ホームルーム始めるぞ。」

 

 

相澤先生のおわしますに、彼らは各々の席へと戻った。

 

 

「せんせー、ちょっと質問いいっすか?」

 

「どうした、上鳴。」

 

「朝霞って何で休みなんすか?」

 

「あー…朝霞のことだろ?アイツはちょっとな、家庭の事情でどうしても休まなきゃならなくてな。昨日連絡があったが、早くても明日、明後日には戻って来られそうだとは言っていた。」

 

 

少し先生にはお茶を濁されましたが、これも仕様がないのは「家庭の事情」と仰られるため、深く立ち入ることを暗に拒否している様なものなのである。

 

上鳴も切島はこれ以上は何も詮索しようと考えなかった。

 

 

「さて、今日の予定だが―――」

 

 

 

***

 

 

 

臣は実家の整理をしていた。時間が掛かることも予想されていたし、何しろ一人では全てこなせないと踏んでいたので、ミッドナイト先生が同伴なさっていた。

 

 

「先生もすみませんね。家庭の事情なのに、付き合わせてしまって。」

 

「そんなことないわよ。あなただけじゃ身辺整理とか無理だったでしょ?それに、本当はイレイザーヘッドが来ようとしてたけど、あの人ってほら、A組の担任じゃない?だから、私が代わりにってことになったのよ。」

 

 

黒い影の蔵を整理しながら、二人は言葉を交わしていた。この2週間弱で、臣はミッドナイトと親交が深まった。

 

 

「朝霞くん、この…猟銃かしら、これはどうする?」

 

「あー…、残しておきます。流石に形見は残しておきたいですし。」

 

 

蛻けの殻。臣は写真アルバムと、祖父の猟銃数丁と、祖母のお気に入りの硯箱、それも金蒔絵の施された硯箱を残して、蔵のもの一切合切を売り払った。あとは植物の種と自室の本、祖父母と初めて作った毛皮の絨毯を、一人暮らしている栖へ郵送した。

 

 

 

その晩、臣に届いたはずであろう手紙の返信を書くと、それを燃やした。灰は風に巻き上げられ、星に吸われて行く。

 

――ああ、どうか届いてくれれば。

 

この世のなごり、夜もなごり。あだしが原の桜花、夜風吹くたび闇に消ゆ。夢の夢こそ哀れなれ。

 

 

 

残った家屋は売り払った。家屋を売り払う際に、実はこの辺り一帯の土地も朝霞家の所有地だったらしく、それをこれ以上持っていても何にもならないと、土地含めて全てを手放した。

 

5、6代先も遊んで暮らせるくらいの身銭が振り込まれたのを、ミッドナイト先生と臣は通帳を見て目が飛び出そうになったのである。

 

思えばいつでもそうだった。思い出になれば何でも一層美しく見えて来るものだ。枯れた菖蒲の中に凛として咲く一輪や、蔵の高窓から朝日の射し込む様や、参列した人らの記帳の文字、式中のお経、火葬場の鐘の音、それから。―――

 

これで見納めと家の中をぐるりと見て回った。厨の影の躑躅、縁側より望む塀の蔦模様、柱に刻まれたる身長は赤い拙い字で堂々たるや、床の間に据えられたる丸型の障子を開けば、松の向こうの山を借景にし、祖父の仕事道具だったらしい麻布が松に掛けられ風にたなびく。

 

最後に自室へ向かう。机には茜が射し、受験直後はまさに幽窓の如く、湿っぽい雰囲気であったのを思い出させる。机の傍の窓を開けると、枯れた朝顔の蔦が網に絡んで汚らしかった。

 

年季の入った机には母の記憶もあるに違いない、今更ながらにじっと刻まれた字や赤や黒で書かれた何かを指でなぞった。時既に遅しとは思えども、この机ぐらいはせめてと、今の栖へ送ると決めた。

 

売却先の不動産屋さんが残りの全て執り成してくれると言うから、言葉に甘えて、残りの諸々は任せっきりになった。

 

椅子に座ると、暫くそのまま机に突っ伏した。自身の左腕を枕に右手ですぐ横の文字をまた指でなぞる。忙しなかった2週間のことが、頭の枯れ野を一気に駆け巡った。

 

立ち上る煙が決して降ちぬと知るほどに、見れば何か込み上げるものがあったが、やはり思い出されるのは、見送られる時の己が素っ気なさや、幼子に御遣いを頼まん祖母の見送りの仕方に、今となっては如何にもし難き悔みの募るばかりである。

 

疲労の溜息を深く吐いた。帝が煙吐く山に不死の薬を投げ捨てられたのも、何か分かるような気がしてならない。

 

陽の落ちるにつれ山の端は次第に薄まり、夕霞の掠めたるらしき辺りには、雨が降り始めているに違いない。この様子だとあの雨はこちらにも来そうだった。

 

 

 

 

朝方出発したにも関わらず何時間も掛けて、学校への最寄り駅に二人はやっと到着した。日はもう傾きつつあった。

 

 

「――ミッドナイト先生、2週間ほど大変お世話になりました。」

 

「いいのよ、これくらい。向こうでも言ったけど、流石にあれを一人で熟すには、幾分か無理があるわよ。困ったことがあれば、私かイレイザーヘッドあたりに直ぐにでも相談しなさいよ。彼もああ見えて世話焼きで、頼られたがりだから。」

 

「はあ、考えておきます。」

 

 

ミッドナイト先生は「あなたねえ…」と深い溜息をおつきになった。

 

 

「暫くの間、あなた寝られてなかったでしょ?だから、あと2、3日は学校を休みなさい。疲労を残したままの学校はキツいわよ。他所とウチは勝手が違うから。」

 

「そう…ですね。考えておきます。」

 

 

ミッドナイト先生は米神を押さえて悩ましげにおられた。

 

 

「それじゃあ、朝霞くん。気を付けて帰るのよ。」

 

「はい、先生こそお気を付けて。」

 

「現役のヒーローにナマ言ってんじゃないわよ。」

 

 

先生はからかう様に言葉を返すと雑踏に消えていった。

 

臣は何となく教室に向かいたくなって、学校へフラフラと人波を掻き分けて歩いて行った。―――

 

 

 

 

久々の教室に奇妙な感覚を覚えたが、何となしに自身の席に座ってみた。別に何か景色が変わる訳でもないのだが。

 

頬杖突いて、綺麗に磨かれた黒板をじっと見詰めた。西陽が顔に射し込んで眩しかった。ふと何かに気付いて引き出しを見ると、何通かの手紙が入っていた。宛先の「朝霞へ」と書かれた文字を見る限り、この字の汚さから、上鳴なのが分かった。自身の家を上鳴は知っているのだから、何故そこに投函しなかったのか不思議でならなかった。

 

どれも内容は同じ様なものだった。「元気にしてるか」とか「最近峰田がやらかして女子から冷たくされてる」とか近況のことから、割りとどうでもいい様なことまで書いてあった。手紙は五通ほどあった。時々「ふふっ…」と笑みが洩れた。

 

読み終わる頃に教室の扉が開いて、書かれた手紙を直ぐに仕舞った。

 

 

「…あら!朝霞さん。お久しぶりですわ!恙無くお過ごし…では無かったようですわね。」

 

 

近付いてきた八百万は自身のハンカチを臣に手渡した。臣は渡されたハンカチでどういうことかに気付くと、袖で頬や目許を乱雑に拭った。

 

「実は…」と臣はこれまでの2週間のことを話した。八百万は時々「そうだったんですか…」相槌を打ちながら、黙って聞いてくれていた。

 

思いの丈を吐き出すだけ吐き出すと、途端に我に返った。話を逸らす気で、八百万がどうしてこの時間に戻って来たのか訊ねた。曰く、明日の課題を置いて帰ってしまったものだから、取りに戻ったらしい。

 

 

「前とは逆ですわね。」

 

「前と逆?」

 

「ほら、学校が始まってすぐの雨が降った日ですわ。私の不甲斐なさで自分の分の傘を創れなかった日のことです。」

 

 

――ああ、あの日のことか。

 

 

言われてみれば確かに立場が逆だった。あの日は一緒に帰ったのを思い出す。

 

一緒にと言えば…と先日のヒーロー基礎学のチームアップの件のことも思い出された。

 

 

「そういや、前にヒーロー基礎学の時に、何か言いかけたことがあったよね?あれって何を言おうとしたの?」

 

 

 

***

 

 

 

推薦入試のことだったと思います。お気に入りのペンが失なったのが、その日を境としていましたので、確かその日のはずです。

 

私の「創造」で創って仕舞えば良かったのですが、何分愛着のあるものでしたし、新たに生み出したとしても、それは紛い物であって、私のお気に入りではありません。

 

それに…それに、経済を回しませんと!

 

 

 

失くしたペンを残念に思ったまま、光陰矢の如し、直ぐに雄英高校への入学の日まで過ぎました。

 

ツンツン亜麻色の髪の方が、射干玉の黒い髪の、いわゆる、委員長然とした方と公衆の面前で口論になっているのを見ていると、前途多難と言った所でしょうか、一抹の不安を覚えました。

 

ある生徒が、まだ名前は分からないのですが、その方が私を驚いたような目でご覧なっているのには、少し珍妙に思えました。私、顔に何か付いていたのでしょうか…?それとも髪がおかしかったのでしょうか…?

 

 

少し…少しだけ身綺麗とは言い難い方が担任だったのには、何か残念な気がしましたが、学校の先生になるということは、すなはち、大学を卒業なさってるわけですから、問題のある方ではないはずですわ!

 

そう思った矢先、個性把握テストという名の体力テストが催されましたの。その時に、何か琴線に触れたのでしょう、最下位は除籍とすると仰いましたが、あれはどう考えても嘘ですわ。

 

ヒーロー飽和時代とは言えども、自由が売りの雄英高校でそんな横暴が黙認されるはずもありませんし。流石に全員除籍になんてすることがあれば、少なからず報道されてもおかしくありませんし。

 

皆さんは始終信じてらっしゃったようですが。

 

戻る時に「上鳴さん」と「切島さん」という方が「朝霞さん」という方のお宅へ遊びに行かれると小耳に挟みました。今朝の凝視の方は「朝霞さん」という方なのですね。覚えましたわ!何故そんなにじっと見てきたのか今度訊ねて見ませんと!

 

翌日の朝に、たしか、「朝霞さん」が私の所へ来ると、私が失くしたと思っていたペンを返してくれるではありませんか!望外の喜びとはまさにこのことなのですね!

 

「まあ、そうでしたの!わたくし、そんな失態をするなんて。態々大事に取っておいてくれたのですね。痛み入りますわ。」

 

失くしたとは思っていましたが、やはりそうでしたのね。

 

あ!だから、昨朝の朝霞さんが私を見ていたのですね。いつ渡すか様子を見ていたと思えば、当然私も似たようなことしてしまいますわ。私ったら、早とちりしてしまいましたわ。

 

それから、朝霞さんも推薦入試を受けた一人とお話しして下さいました。言われてみれば、確かに朝霞さんのような方が同室にいらっしゃった気がしますわ。その時に私がこのペンを落としたことも教えて頂きました。何てお優しい方なのでしょうか!

 

朝霞さんは、何だか言いづらそうに、モゴモゴした後、筆ペンを創れないか訊ねられました。なんでも、お祖母様に返信するのですが、お二人の中のしきたりで、筆で書かないといけないらしく、その場しのぎでしかないものの、筆ペンで代用しようと思ったけれど、その肝心の筆ペンをお忘れになったらしいのです。

 

それで、もしかしたら私ならどうにかできるはずと頼まれたのです。

 

無論、二つ返事で創って差し上げましたわ!

 

朝霞さんの書かれる字の綺麗なこと!私、大変驚きました。まるで書の先生のような字をお書きになるんですよ!それもお祖母様仕込みらしく、そのお祖母様の字もさぞ美しいのでしょう。

 

話を弾ませながら、朝霞さんはお手紙をお書きになると、楽しい時間は直ぐに去ってしまうのですね。アインシュタインの相対性理論は間違いありませんのね。

 

 

 

その日の午後は驟雨に見舞われて、皆さん右往左往なさってました。この時こそ、私の「創造」の見せ所ですわ!皆さんの分の雨傘を創って差し上げました。皆さんもこれで帰れると嬉しそうになさってました。やはり、人の為の活動とは気持ちの良いものですね。

 

さて、私も帰りましょうかという時に、ガス欠になってしまったのは、本当に不甲斐ない限りでした。しょうがないと迎えの車に電話をしようと試みたのですが、運が良いのか悪いのか、ケータイのバッテリーが切れてしまいました。雨が降り止むまでは帰れません。

 

自席で頬杖を突きながら、窓を眺めていると扉が開きました。入って来たのは「朝霞さん」でした。

 

曰く、祖母への返信用の手紙を取りに戻ってきたらしいのです。やはり、朝霞さんも私が何故教室に居残るのか不思議に思うのは仕方ありませんわ。不甲斐ない私は自分の分の傘が作れずに立ち往生していました。

 

すると、朝霞さんはお使いになってた傘を貸そうとしてくださるではありませんか。流石にそれでは朝霞さんが濡れてしまう上に、お手紙まで濡れてしまいます。それだけは避けませんと。

 

互いに中々譲れず、話はずっと平行線になってしまいました。

 

私、ここで名案が閃きましたの!二人で一緒に帰れば良いではありませんか!それなら、お互いの譲れない所も解決しますし、上手い折衷案のはずですわ。

 

そして、二人で同じ傘の下、駅まで歩きましたわ。

 

その折に、朝霞さんは自らの個性「触覚糸」について話して下さいました。なんでも小さい頃に目が見えなくなった時に発現したらしいのです。それから、自分の目の視力は無くなったらしいのですが、その個性のお陰で前より目が良くなったと笑ってらしゃいました。

 

駅まで着く頃には、私は全く濡れませんでした。でも、車に乗り込んで、窓を開けて別れの挨拶をする時に、朝霞さんを見れば片側が濡れていましたの。

 

 

 

――ああ、何て優しい方なんでしょうか。

 

 

 

上手くお礼の言えないまま、車を出して貰いました。お礼をいつ返しましょうか。その事で、私は少し頭がいっぱいになりました。

 

 

昨日の雨が嘘のように、翌日は綺麗な青空が顔を覗かせていました。普段通り学校へ行くと、偶然私よりも早くいらしてた、「芦戸さん」に捲し立てられました。

 

何でも昨日の帰りを見たらしいのです。「二人が相合傘をしてるの見ちゃったの!二人って付き合ってるの!?」と仰ってましたが、意味が分かりません。

 

なぜ、私と朝霞さんがお付き合いしないといけないのですか?そもそも、まだ会って二日なのに付き合うも何も互いの事を全く知らないじゃありませんか。

 

そう言い詰めると「そっかー、それもそうだよね。」と何か含みを持った言い方で、これ以上は何も聞かれませんでした。

 

その後、朝霞さんが遅めにいらしました。昨日、一人濡れてしまったのですから、もしや風邪でも…と不安に思いましたが、問題なさそうで良かったですわ。

 

朝霞さんが来るや否や、芦戸さんは朝霞さんに今度は詰め寄りました。聞きつけた上鳴さんや、峰田さんも何か恨み言を仰ってましたが、朝霞さんは凄く困っておられました。お互いに他意はないのに、変に勘繰られると良い気はしないものですしね。

 

ですが、私の浅慮で朝霞さんが害を被っている訳ですから、申し訳ない気持ちでいっぱいでしたわ。朝霞さんが目線をこちらに向けた時、目が合いましたが、その申し訳なさはさらに増しました。

 

 

 

プレゼントマイク先生の英語は何か他所とは違うのではと、いや、ヒーロー科に限らず、雄英の諸先生方は何か一味違うはずと思っておりました所、マイク先生の、その…、本当に普通の英語の授業には逆に驚きましたわ。一味違うどころか、まさかの無味ですもの。

 

ノートを取っていると、目の端に櫓を漕ぐ方が見えました。まあ、授業中に居眠りだなんて!と思って誰か見てみると、朝霞さんでした。案外、不真面目な所もあるのですね、と過ぎったのですが、そういえばこの間の体力テストの時に、上鳴さんが「朝霞って一人暮らししてんだぜ!」と仰ってましたし、なおのこと人よりも疲れが溜まっていてもおかしくありませんわ。

 

ですが、授業中の居眠りは宜しくありませんわ!

 

 

ヒーロー基礎学はやはり、ヒーローになるための足掛け、つい年甲斐も無く子供のように、地に足が着いていないようなフワフワした期待感がありました。

 

オールマイトが勢いよく扉を開けた時といったら!

 

やはり皆さんはオールマイトに憧れていらっしゃる様子でした。しかし、朝霞さんは何故か上の空で、それこそ私とは少し違うタイプの、地に足が着いていないような感覚になっておられるようでした。

 

それから、所定の場所で授業が始まりました。

 

チームアップが決められるときに、どう考えても一人余る計算でした。

 

ですから、もし、もしものことですが、もしも朝霞さんが余りになれば、私がチームアップを組もうと思いました。傘のお礼もありますし。

 

 

爆豪さんと緑谷さんには、何か因縁のある趣きがありましたが、如何せん音声は届かなかったので、もしや朝霞さんならと思って訊ねてみました。

 

やはり、怨恨のようなものがあるみたいでしたわ。ヒーローになろう者がそのようでは、頂けませんわ!

 

それから、朝霞さんとチームを組めました。お互いの個性が何かは分かってましたから、移動中に話し合いました。

 

朝霞さんも見ながらどう立ち回るかは考えておられたので、出来る限りそれに従おうと決めていましたので、提案があれば幾つかしました。

 

それから、朝霞さんは、私がなぜチームを組むのに名乗りを挙げたのか不思議がっていました。

 

 

「ああ、それはですね。―――」

 

 

オールマイトの掛け声と同時に私達は喋るのをやめました。そういう作戦でしたから。

 

 

ただ、あの時、「私が濡れないように、傘を寄せてくれていたことが嬉しかったから」だなんて言えるはずもありませんわ。―――

 

 

***

 

 

 

 

八百万は、柔らかな春の風と見まごうような微笑を浮かべた。

 

 

「――秘密ですわ。」

 

「秘密って…そんな。」

 

「『秘密が女を女たらしむ』というじゃあ、ありませんか。」

 

「はあ…。」

 

 

したり顔の八百万に気が抜けてしまったけれども、本人が言いたくないようなので、臣は詮索するのはやめた。

 

久しぶりに会うけれど、何を話すにしても、臣はそもそもコミュ障がちな所があるために、話を続けようとする努力も、話を続けられるだけの話術も無かった。

 

外から部活動の掛け声らしきものが聞こえてきた。たまに、秒針の「カチ、カチ…」という音が響く。

 

臣は何か意を決したかのように堰を切った。

 

 

「実は八百万って俺のヒーローだったんだよ。」

 

「というのも?」

 

 

漠然とした話に八百万が疑問を持っておかしくはなかった。臣は理由を続けた。

 

 

「八百万のお陰でここに来る理由もできたし、少し頑張って見ようと思わせてくれたから。あの時の、受験のヤル気は、間違いなく八百万のお陰だ。」

 

 

二人の間にまた沈黙が流れた。斜陽がジリジリと音を立てて沈んで行くのが聞こえそうだった。

 

 

「――本当は、学校…、辞めようかと思ってて。」

 

「え?そんな、何でですの?」

 

「いる理由が無くなっちゃって…。」

 

 

臣は居た堪れなくなって、八百万から顔を逸らして、窓の外を見た。

 

 

「理由なんて今から見つければ宜しいではありませんか!そんな…辞めようだなんて、朝霞さんらしからぬ早計ですわ!」

 

「朝霞さんらしからぬって…。それに、八百万とか他のみんなの向上心見ていると、ペンを返そうと思って、入っただけの自分が情けなくって…。」

 

「情けなくなんてありませんわ!十分立派な理由ですわ!みんな最初はそれくらいにちっぽけな理由から入って、ヒーローになりたいと思うものです。何も朝霞さんがそんなに自己嫌悪に陥る必要ありませんわ!」

 

 

臣は何か意外なものを見聞きしたような気がした。

 

 

「――そういうものなの?」

 

「そういうものなんですわ。それに、朝霞さんは、朝霞さんはとても優しい方ですから。」

 

 

余り言われ無いようなことを、八百万が臆面もなく言いいのけたことに、臣は驚きと気恥しさを感じながら、八百万の人の良さに感心した。

 

 

「…やっぱ、八百万は凄いよ。だって、こんなにも励ましてくれるなんて。やっぱり、君はヒーローに向いてるよ。」

 

「そんなことありませんわ。朝霞さんだって同じことですわ。」

 

「いや、自分なんて。―――」

 

 

八百万は臣の発言を遮るかのように自信ありげに告げた。

 

 

「何を仰ってるんですか。だってここは。――」

 

 

一陣の風が二人の間を抜けて、カーテンが舞った。

 

 

「私たちのヒーローアカデミアですから。―――」

 

 




「…ありがとう、八百万。」

「お礼はいりませんわ。そのお礼は、朝霞さんがヒーローになった時に返して下されば、満足ですわ。」

「そうだね。―――」

臣は目の端を拭った。




活動報告にて「おくがき」を書きましたので、興味のある方はお読みになってみてください。
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