【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
君と出会ったのは、中学二年生の始めだった。
道に迷っていたところを、偶然助けてくれた事が全ての始まり。
それからずっと、迷子になる度に必ず君と遭遇する。
そんな不思議な縁があったからか、すぐに親しい間柄になった。
相変わらず迷子癖の強い私を、いつも陽だまりのような笑顔で引っ張ってくれる優しい男の子。
私は、そんな君が好きだった。
『…え?お爺さんが亡くなった?』
─そんな彼の笑顔は、ある日突然姿を消した。
『はい。あ、でも大丈夫です。元々一人みたいなもんでしたから、寂しくはありません』
彼が小学生の時から今になるまで、両親の代わりになって育ててくれた祖父が、先日亡くなった。
寂しくないと投げやりに笑う彼の笑顔は、とても辛そうで、そんな事するくらいなら目一杯に泣いてくれればいいのに…と、強く思ったのを覚えている。
休日にも一緒に散歩に出掛ける程仲が良かったのに、いきなり居なくなったら寂しいし辛いに決まっているはず。なのに、彼は無理をして笑っている。
当然、私はそんな彼を放っておけなかった。
『竜介君!』
『は、はい…なんでしょうか』
『今度の休み、一緒に水族館行こう!』
『す、水族館ですか?』
『うん!』
その数日後、約束通り水族館に訪れた。
私は人の慰め方を知らないから、自分が落ち込んだ時の感覚でここに誘ったのだ。
きっと、綺麗な水の中を優雅に泳ぐクラゲを見れば、少しくらいは心が休まるだろうと。
そんな勝手な期待を込めて、私は君を引っ張った。
『綺麗ですね』
そう言った君の表情を見て、私は思わず『なんで…?』と困惑と後悔の感情を芽生えさせた。
あまりの悔しさに噛んだ唇の感覚は、今でも鮮明に思い出せる。
『そんな泣きそうな顔しないでくださいよ、花音先輩。俺、今楽しいですよ?』
『うん、そっか…』
だったら、もっと楽しそうな顔をしてよ…。
そんな事を思いながら、私は彼に聞こえないよう、
『竜介君…私、どうしたら良いのかな…』
そう呟いた。
心の中はどうしようもない程の不安と、変わってしまった彼の姿への恐怖でいっぱいだった。
自分の心が彼から離れそうになったのが嫌で、彼の手を握ったのを覚えている。そして、手を繋いで、近くで彼の目を見て、初めて事の重大さに気づいた。
『ねえ、竜介君…』
─どうして、君の瞳には何も写ってないの?
─なんで、繋いだ手がこんなにも冷たいの?
もし、神様がいるなら聞いてみたかった。
何故彼にこんな仕打ちをするのか。彼が何をしたというのか。
これ以上、彼の心を壊さないで。
『……守らなきゃ…』
君が辛い思いをしないように。
君がまた、心から笑えるように。
恋人なんて生ぬるい、もっと強くて硬い…絶対壊れないような関係にならなきゃ。
幸いな事に、私はそんな関係を一つ知っている。
『ねえ…竜介君…』
『どうしました?花音先輩』
前に聞いた。彼の両親はまだ存命中だと。
仕事の関係で数年帰って来てないが、父親も母親も生きている。
そして、自分は彼より年上。なら、選ぶべき場所は一つしかない。
『─"姉"ってさ、竜介君はどう思う?』
変に思われたって良い。
嘲笑われたとしても構わない。
でも、それでも、
─君の笑顔がまた見れるなら、私は私の全てを捧げるよ…竜介君。
____
「そう言えば、あの時からだったなぁ…。竜介君の写真を集めるようになったの…」
スマホの画像フォルダの十割を締める彼の写真を見ながら、私はそう呟いた。
食事が億劫になるくらい彼の事が愛おし過ぎて、気付いたら自分もスマホもこんな事になってしまっていた。
上へスクロールする事に、人の色を取り戻していく彼の写真は、それだけで私を泣かせるに足りる。
「ほんとに、良かった…」
この一言に尽きる。
良かった…良かった…と、心の中でこの安心を何度も噛み締めた。
思わず涙を零しそうになるが、不意に背後から聞きなれた声が聞こえてきたので何とか堪えた。
「花音せんぱーい!」
少し遠くから、小走りで手を振りながら彼が近づいてくる。その手を意中の人と繋ぎながら。
相変わらず仲が良いんだなと思いつつ、二人に向かって小さく手を振り返しておいた。
そうして、彼とあこちゃんが私の下まで辿り着くと、いきなり二人して頭を下げ始める。
「すみません!遅れてしまって!」
「ごめんなさい!」
「ふえっ…だ、大丈夫だよ?電車が遅れちゃっただけなんだよね?」
私がそう聞くと、二人は申し訳なさそうに首を縦に振る。
「二人は何も悪くないよ。だから、謝らなくて大丈夫」
「ありがとうございます」
「ありがと!かのん!」
「うん、どういたしまして」
お礼の返事をしながらあこちゃんを撫でる。とても気持ちよさそうにしていた。
あこちゃんは彼が好きな子だ。きっと、彼を一番笑顔にしてきただろう。そう思うと少し悔しいけど、同時に嬉しくも思う。
「あ、遅れちゃったけど、今日は誘ってくれてありがとう。ここ、一回来てみたかったんだ」
「それは良かったです。じゃあ、早速行きましょう。あ、これ花音先輩の分のチケットです」
「あ、うん。ありがとう」
彼にチケットを貰い、早速水族館の中に入る。新装開店と言っていただけあって、かなり綺麗だった。
ここにはどんなクラゲがいるのかな、なんて思いながら、一人元気よく駆けていくあこちゃんを目で追っていた。
「りゅう兄見て見て、サメのぬいぐるみ!」
「あこ、土産屋は最後だぞ」
「はーい」
思わず「ふふっ…」と笑ってしまった。
あこちゃんは子供っぽい。けど、そんなところも愛嬌なのだろう。私も、彼女の事は愛らしいとよく思う。
「あ、そうだ花音先輩」
「ん?どうしたの?」
「はぐれないように手、繋いどきましょう」
「え?」
あこちゃんを眺めていたら、いつの間にか彼と手を繋いでいた。
「ふえぇ…」
焦った時に出るあの変な声が出てきてしまう。つまり、自分は焦っているのか。
元々自分が好きだった相手だ。今は姉になろうと頑張っているけど、以前は異性として好きだった男の子。そう簡単に気持ちは切り替わらない。
なんて、冷静に分析しているふりをしているが胸の鼓動は収まらない。
「花音先輩ってクラゲ好きでしたよね?最初に見ますか?」
「う、ううん。二人が見終わってからで良いよ?」
「わかりました。じゃあ、まずは巨大水槽から……って、あこはどこに行った?」
そう言われ辺りを見回して見る。
先程までお土産屋さんにいたのに、気づけばそこから姿を消していた。
「あ、いた」
案外すんなり見つかったと、私は彼が見てる方を見る。そこには『ふれあい広場』という看板が立てかけてある部屋があった。その奥では、ヒトデやウニと戯れるあこちゃんの姿が。周囲の子達は小学生ぐらいの低身長なのに、あこちゃんが同じぐらいに見えるのはどうしてだろう。
「あはは…すみません花音先輩」
「あ、あこちゃん、すごく元気だね」
「あこ、今日の水族館をかなり楽しみにしてましたから」
「…そっか」
あこちゃんを見る彼の目は、とても澄んでいて、あの時とは比べ物にならない程綺麗だった。
そんな君を見ていると、ほんの少し…ほんの少しだけだが、私は別に要らなかったんじゃないかと不安になってしまう。彼のとなりに彼女がいるだけで、彼は笑顔になるから。
だから、ちょっとだけ彼の手を強く握った。
「…?花音先輩、もしかして何処か具合悪いですか?」
「え?…う、ううん、大丈夫。ちょっと冷えるなって思っただけだよ」
「じゃあ、何処かであったかい飲み物買いましょう。あこー!飲み物買いながら場所移動するぞー!」
「わかった!」
ふれあい広場で濡らした手をそのままにしながら、あこちゃんは走って戻ってきた。彼にハンカチで手を拭いて貰い、頭を撫でて貰う。とても満足いった様子だ。
この二人、本当は兄妹か親子なんじゃないかと思ってしまった。それほどまでに距離感が無いに等しい。
私も姉を名乗るなら、これくらいは出来た方が良いのかもしれない。
「りゅ、竜介君…!」
「あ、はい。なんでしょうか?」
だから、まずは軽いスキンシップから…
「よしよし…」
「え…あ、あの…」
…何だろう、何かを間違えた気がする。
頭を撫でられながらポカンとする彼を見て、私はそう思った。
「か、花音先輩?急にどうしたんですか?」
「あ…えっと…ご、ごめんね…。私もよく分かんないでやってたみたい…」
「そ、そうですか…」
「うん…」
何だかとても恥ずかしい気持ちになった。
勢いでこう言う事はしない方が良いのかもしれない。そう心の中に刻み込んだあと、私は恥ずかしさのあまり駆け出してしまった。
「ふえぇ…!」
「あっ!待ってください花音先輩!」
彼の声を背に、私は全力で逃げた。
___
「ふえぇ…ここどこぉ…」
案の定、迷った。入場早々何をしているのだろうか自分は。
もしかしたら、水族館に辿り着くまでは迷わずにこれたから油断していたのかもしれない。迷わずに来れたと言っても、事前に何度もここに訪れて道のりを覚えただけだが。最終的に何が言いたいのかというと、自分の迷い癖は普通に健在していると言う事だ。
「あ…クラゲ…」
偶然にも、クラゲの展示コーナーにたどり着いていたようだ。
ふわふわと水槽の中を泳ぐ多彩で多型なクラゲたちは、見ているだけで心を落ち着かせてくれる。
「…そう言えば、竜介君にあの時見せたのもクラゲだったなぁ…」
魚の群れや、堂々と泳ぐジンベエザメか何かを見せた方が元気が出たのではないかと言う考えが一瞬頭を過ぎったが、それは置いておく。
見たことがないクラゲがいたので、写真を撮って彼に送った。すると、ものの数秒で『クラゲコーナーですね。今行きます』という返信が送られてくる。
「…私、迷子になってたんだった」
初めて見るクラゲに気分が高揚して、自分が置かれている状況をド忘れしていた。でも、彼が来てくれるから大丈夫。
姉の欠片を微塵も感じないが、やはり私にはその立場は似合わないのだろうか。
思えば、彼の笑顔を取り戻そうと奮闘して二年。私の力だけで彼を笑顔にした事があった覚えが無い。時間が経つに連れて、誰とこうした、あの子がこうで可愛かった、と意気揚々に話す様になっていく彼の話を私は聞いていただけ。本当に、私は必要無かったのかもしれない。
「でも、やだなぁ…」
別に、姉としての存在を肯定して欲しいわけじゃない。何なら、昔みたいに手を引っ張って貰う関係に戻ったって良い。それで彼を笑顔にする事が出来るならの話だが。
生憎様だが、彼にあの時を事を呼び起こさないで貰うためにも、自分の弱さは見せたくない。
世界を笑顔にするバンドに所属している身としては、好きな男の子の一人ぐらいは笑顔にさせてあげたいのだ。だから、頑張って彼を引っ張ろうと躍起になっている。
「うん…頑張ろ…」
頑張って、彼に笑顔になってもらおう。
「何を頑張るんですか?」
「ふえ!?」
気づいたら、背後に彼がいた。
その手にはお茶が二本握られている。
「これ、温かいお茶です。買ってきたのでどうぞ」
「あ、ありがとう…」
さっき私としていた「少し冷える」という会話を覚えていてくれていた。何故かそれが異様に嬉しい。
そんな想いに耽っていると、不意に彼が私の空いた手を握って来る。
「あ、あの…竜介君…これは?」
「手を繋いでるだけですよ?今度は離しませんからね」
「…もしかして、はぐれた事怒ってる?」
「いえ、別に」
そう言った彼の笑顔は、千聖ちゃんの睨む笑顔と同じだった。
嗚呼、彼は怒ってるんだなと思いつつ、彼のハッキリとした感情の変化に何故か小さく笑みが漏れてしまう。
そんな私を見た彼が不機嫌そうに、
「…花音先輩、何笑ってるんですか?」
そう聞いてきた。
彼の様子が酷く可愛く見えて、酷く愛らしくて、口元が更に緩みそうだった。
「…笑い堪えてます?」
「そそそそんな事ないよ?うん。至って普通。うん、普通だよ」
「本当ですか?」
「うん、本当。ほんとにほんとだよ!」
必死に弁明している中でも、それが面白くなってまた笑いそうになる。
「ぷふっ…くふふっ……」
「花音先輩?」
彼は真顔でこちらを見ていた。あまりの恐怖に思わず「ふえぇ…」と声を漏らしてしまう。
「ご、ごめんね?竜介君」
「……はあ、もう良いですよ。許します。けど、罰として今日一日手を繋いだままですからね?」
「ふえぇ…」
それはご褒美になっちゃいそう…なんて言ったら、きっとこの手を離してしまうだろう。だから、私は何も言わずにこの罰を受けることにした。
「温かいね、竜介君の手」
「まあ、体温は高いほうですからね」
「ふふっ…そうだね」
確かにそうだけど、私が言いたいのはそうじゃない。けど、この気持ちは彼には内緒にしておこう。
私がそんな事を思っている中、彼は急に黙り込み、クラゲの水槽をジッと見つめていた。
「クラゲって、綺麗ですね」
「でしょ?この綺麗な姿を見てると、何だか元気が出てくるんだ」
「なるほど…。確かに分かる気がしますね」
彼の瞳には、興味深そうにクラゲを見つめるキラキラとした光が灯っていた。とても綺麗で、透き通ってる、水晶みたいな瞳だった。
そんな彼を見つめていると、
「…竜介、くん……」
「はい、どうしま─ってなんで泣いてるんですか!?」
「ふええぇ…」
ポロポロ、ポロポロと涙が出てきた。
きっと、あの時とは真逆の今の状況に安心しきってしまったのだと思う。
いつまでも流れてくる私の涙を、彼はハンカチで拭いてくれる。その顔は不安一色だった。
「もしかして、手を繋ぐ力が強かったですか?」
ただ私を心配する事だけに必死になってる彼の姿は、私に涙を余計流させた。
しゃくりあがってみっともないけど、何とか声をだして私は彼に伝える。
「ううん…そうじゃないの…ただ、嬉しくて…。あの時…ずっと暗かったから…今の竜介君を見てたら…何か安心しちゃって…」
「……ありがとうございます」
今の言葉で全てを察してくれた。本当に、なんでこう言う時は鋭いのかな…と、私は心の中で愚痴を言う。
「竜介君の女泣かせ……」
「い、いきなり酷いですね…」
「酷いのは竜介君の方だよ…。ばか…ばか」
「あはは…」
彼の胸に顔を埋め、今まで溜め込んで来たものを全部吐き出した。それだけで、張り詰めていた心が氷が溶けるようにゆっくりと解れていく。
こんな所を見せてしまったら、もう姉にはなれないなと思ったけれど、どのみち要らなそうだった。だって、今の彼は私が居なくてもこんなに眩しくて…
「花音先輩、あの時から俺の事を気に掛けてくれてありがとうございます。ずっと心の支えでした」
…彼は、ずるい人だ。どうやら、ずっと前から気づいていたらしい。
何故彼は昔から女たらしで、変なところで鋭くて…こんなにも優しいのか。
「俺が笑えるのは花音先輩のおかげです。さすが、ハロハピの一員ですね」
見上げた私に、彼はそう言って笑ってみせる。
お日様みたいに明るくて、陽だまりみたいに温かくて安心する、そんな笑顔。
─それは、私の大好きな笑顔だった。
彼の笑顔に見惚れる私の心の中には、姉になりたいなんて言う願望は一切なくなり、いつまでもこの笑顔を見守っていたいと、そんな暖かく穏やかな気持ちが広がっていた。
「竜介君の…ばーか…」
「ええ…」
「♪」
心が軽くなり上機嫌だったが、一つだけずっと気になることが私にはあった。
「そう言えば竜介君…あこちゃんは?」
「あっ」
初恋相手の存在を忘れるなんて、この人は大丈夫なのだろうか。
このまま喧嘩になって二人の間が疎遠なったりしたら…なんて考えが頭の中に広がり、私の中は不安でいっぱいだった。
___
「もうりゅう兄!あこの事置いてくなんて酷いよ!」
「ごめんって、後で土産屋で好きな物買ってやるから…」
「……サメのぬいぐるみと、イルカの取っ手のマグカップ」
「おう、了解」
案外、大丈夫そうだ。
花音ママの母性エンジンフル稼働回。
ままあああぁああ!(発狂)