【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
こころが眠りについてから、どれだけ時間が経っただろうか。
この部屋に時計はないし、スマホの時計を見るのも今はただただ億劫でしかない。
俺の腕の中で静かに眠る彼女は、何処か苦しそうで、何処か悲しそうで。
胸の内側が罪悪感で押しつぶされそうになった。
こころが言った。
皆が自分を避けていくと。
寂しかったと。
悲しかったと。
一人は嫌だったと。
どうしようもない現状に、彼女の心は叫び、そして涙を流した。
その最後に、こころの全部が壊れた。
「ごめんな。こころ……」
何度目か分からない謝罪。
さすがに聞き飽きただろうと、寝ているこころを見ながら自虐の笑みを浮かべる。
こころの事は放っておけない。でも、その想いがこころを苦しめている。
──いっそのこと、こころから距離を置いて……。
途中まで考えたが、頭を振って考えを押し出した。これは一番取ってはいけない方法だ。
近づいても離れても、俺はこころを苦しめてしまう。
行き場がなかった。
そんな時、俺のスマホが震える。
一体誰が……と、スマホの画面を見ると、花音先輩からの電話だった。
正直出る気は起きなかったが、いつまでも鳴り響くので重い身体を動かして何とか応答した。
『も、もしもし?竜介君?』
「はい。どうしました?」
『あ、えっと……美咲ちゃんから竜介君の様子が変だって電話貰って……』
「あぁー……なんと言うかですね…… 」
この現状を何とか説明しようと言葉を紡いだ。
今までこころが辛い思いをしてきた事。
その原因が俺である事。
こころが壊れてしまった事。
包み隠さず全てを花音先輩に打ち明けた。
事情を知った花音先輩は『そっか……』と呟いたあと、何も話さなくなった。
そんな花音先輩に俺は尋ねる。
「花音先輩……俺、どうすれば良かったんですかね。近くにいても離れていても、こころを傷つけちゃうんですよ……」
罪悪感がまた俺を潰しに来た。
じわじわ、じわじわと押し潰そうとするさまは、さながらプレス機の様だ。
どうしようもなく、ただただこころを抱きしめる事しか出来ない。そんな自分自身が殺したいくらい許せなかった。
『……大丈夫だよ。竜介君……』
「大丈夫じゃないですよ……。俺、ただこころの傍にいる事しか出来なくて……」
大切な女の子一人救えなくて、その場に立ち尽くす事しか出来ない。
「花音先輩……」
『……うん。どうしたの?』
「こころとどう向き合えば良いのか分からないです……」
『そっか』
俺を落ち着かせようとしているのか、花音先輩は穏やかな口調で俺と接する。
確証はないが、花音先輩は電話の向こうで微笑んでるような気がした。
『ねえ、竜介君』
「……はい」
『前にね、こころちゃんが言ってたんだ』
花音先輩はアルバムの思い出を見るように語った。
ハロー、ハッピーワールド!は世界に笑顔を届ける事を目標にしているバンド。全世界の人が笑顔になる事を夢見たこころが結成したバンド。
かつてのこころは、自分が笑顔になる事をすれば、皆笑顔になってくれると思っていた。だから笑顔になれない人に自分が笑顔になれる事を無理に強いた。
最初は、それで皆笑顔になった。世界を笑顔にするバンドは、笑顔の強制と言う活動をしていった。
当然、壁に当たる。
病院でのライブを行った際、一人だけ笑顔になれなかった子がいた。
こころ達はその子に近寄り、毎日毎日メンバーの好きな事を押し付けた。そして、当たり前の様にその子から嫌われた。
初めて挫折したこころ。必死に悩んで、悩み抜いて、一つの答えにたどり着いた。
それは、その子の好きな事をする。
今までなら、自分達の楽しい事をすればその感性が合った人達が笑ってくれた。
しかし、笑顔になる事を忘れてしまったその子は、感性が合った程度で笑いはしない。
だから、こころは思ったのだ。
笑顔を忘れたなら、笑顔の幸せを思い出させてあげればいいと。
その子の目線に合わせ、その子のペースで、その子の好きを共有する。
そんな新しい笑顔の引き出し方。
忘れたのなら、ハロー、ハッピーワールド!が思い出させてあげれば良い。
こころはそう言ったそうだ。
そして、その言葉を聞いたメンバーの一人が聞いた。
自分達が笑顔を忘れたならどうするのかを。
その質問にこころは答えた。
そしたら、また別の誰かが思い出させてくれると。
世界は笑顔で満ちている。だから、きっと誰かが教えてくれると。
笑顔でこころはそう語ったそうだ。
そうして、思い出を語り終えた花音先輩が、穏やかな口調で言った。
『こころちゃんは、今笑顔を忘れちゃってる。だから、竜介君が思い出せてあげれば良いんだよ』
「そんな難しい事……俺には出来ませんよ……」
自分が情けなくて、少し涙ぐんでしまった声で答える。
その気持ちから逃れたかったのかは知らないが、俺は腕の中で眠るこころをほんの少しだけ強く抱きしめた。
「ごめんなさい花音先輩……俺には無理かもです……。俺、弱いですから……」
『強いとか弱いとか、私は関係ないと思うよ?』
花音先輩が放った言葉に思わず「えっ?」と聞き返してしまう。強さが関係ないならば、一体何が行けなかったのだろうかと、俺は思い悩んだ。
そんな俺に花音先輩は聞いてくる。
『竜介君は、こころちゃんのこと好き?』
「……それはどう言う意味でですか?」
『なんでも良いよ。恋人としてでも良いし、友達としてでも良い。妹とか姉みたいに思っていたら、それでも良いよ。知りたいのはこころちゃんの事が好きか嫌いかだけだから』
花音先輩の意図がまったく理解が出来なかった。
こころの事は幼馴染として好きだ。でも、こころは俺の恋人になりたいと思っている。だから、恋人以外の好きでは駄目なのだ。
花音先輩にもその事はさっき話した。なら何故こんな事を聞いてくるのだろうか。
そう気になりつつも、俺は幼馴染としてこころが好きと、花音先輩に伝えた。
『そっか。なら、その気持ちを持ってこころちゃんの傍にいてあげてね』
「え、え?それだけで良いんですか?」
『うん。こころちゃん、竜介君が傍にいて欲しいんだよね?だったら、それで大丈夫』
「でも……」
花音先輩の言葉への動揺を隠し切れずにいながら、俺は自分がこころにとってどう言う存在なのかを伝える。
「俺はこころに──」
『中途半端に近づいて、こころちゃんを傷つけちゃったって言いたい?』
「……はい」
俺が返事を返すと、「ふふっ」と笑って返して来た。
『竜介君、私思うんだ──』
笑った口調のまま、花音先輩がクイズの答え合わせをするように言う。
『こころちゃんが傷ついちゃったのは、きっと竜介君がいなくなるかもって言う不安を持ってるせいなんだよ。だから、竜介君がこころちゃんの隣にまで歩みよってあげれば、きっと笑ってくれるよ』
「でも、今はこころの隣にいるけど、とても苦しそうで……」
『じゃあ、まだ距離が遠いんだよ。こころちゃんが起きたら、ちゃんと幼馴染として好きって言ってあげてね?』
そう言った花音先輩の言葉に、俺は沈黙を返す。好きと伝えろと花音先輩は言うが、先程こころに幼馴染として大切だと言った時は、良い反応が返って来なかったではないか。
俺はその時を思い出しながら、花音先輩に伝える。
「さっき大切だって言っても、こころには分かって貰えませんでした……」
『ちゃんと一番大切って言った?』
「いえ……。と言うより、俺は皆が一番だから──」
『それで良いんだよ』
唐突に遮られた言葉に、俺は息を呑んだ。
『竜介君にとって、皆が一番。だからこころちゃんも一番好きになってる。それを伝えれば良いんだよ』
「……それだけで良いんでしょうか?」
『うん。それだけ。中途半端じゃなくて、こころちゃんの隣に立てるくらい近づけば良いよ』
その言葉に俺はまた息を呑むと同時に、一筋の光を感じた。
──嗚呼……そう言う事か。
もしかしたら、最初から悩む必要なんてなかったのかもしれない。
確かに見えた光を掴み、俺はもう一度こころと向き合う覚悟を決める。
「花音先輩、俺やってみます。上手くいくかはわかりませんが」
『竜介君ならきっと上手くいくよ。私も支えてるからね』
「はい。そうですね」
花音先輩のおかげで少しずつ熱が湧いてきた。その滾った自信と勇気をしっかり胸の中に捕まえておく。
「ありがとうございます花音先輩。何とかなりそうです」
『良かった。竜介君、頑張ってね。ハピネス、ハッピー、マジカル、だよ』
「わかりました」
花音先輩が言った言葉、確か勇気が出る魔法の言葉だっただろうか。その言葉を口ずさむと不思議と何でも出来る気がする。
確かに魔法の言葉のようだ。
魔法の言葉を教えてくれた花音先輩にお礼を言い、俺は電話を切った。
──『こころをちゃんと見たあとで、竜介の気持ちを伝えてあげれば、きっと分かってくれるよ』
嗚呼、確かに美咲の言うとおりだったなと、俺は笑った。
ここから俺の大仕事だ。この先の結末は、すべて俺に掛かっている。
かのちゃん先輩有能すぎてマジゼリーフィッシュ。
かのちゃんほんま成長したな~。人に勇気を与えられる存在になるなんて……。お母さん感激よ……。