【完結】いちばん小さな大魔王!   作:コントラポストは全てを解決する

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番外編でのちょっとした反省。
後書きが本編より濃くなってしまい、本編が薄れてしまった。これを踏まえて、以降はもう少し自重をしようとおも蘭モカつぐみ3P百合ックスがエモエモのエモ極み尊みやばりみりん。


第29奏 日常の中の特別

 彩先輩と喫茶店で別れた後、商店街の八百屋と魚屋で夕飯の材料の買い物をしていた。

 今日の夕飯は俺の羽丘復帰記念として海鮮丼を作ろうと思っている。

 

「りゅう兄、クラゲが売ってるよ?」

 

 マグロの赤身の選別に気を取られていると、あこが冷凍ケージを中を見ながらそう言って来た。

 あこの元まで行き中を覗くと、確かにクラゲが売っていた。一瞬花音先輩に悪戯で写真を送りたくなったのはここだけの話。

 片手に持った赤身パックを籠に入れ、クラゲを手にとって見る。

 

「うーん……やっぱ買いずらいなぁ……」

 

 やはり頭を過ぎるのは花音先輩の顔。

 写真を送るくらいなら笑って返してくれそうだが、いざ食したとなったら涙目で「酷い……」と引かれそうだ。あの人にそんな表情させられないし、俺がもたない。

 脳内最高裁判所の判断に任せた結果、クラゲは見送る事になった。当然の結果である。

 

「イカとサーモンとネギトロと……あと何が入ってたっけ海鮮丼って……」

「りゅう兄!りゅう兄!これ入れて!」

 

 クラゲをケージに戻し、頭の中でネタを探っていた俺の元に、あこが蟹の足(ズワイ蟹約四千円)を無邪気な笑顔でワイルドに片手持ちして持ってきた。……よく見るともう片方の手にいくら(北海道産五百グラム約三千円)も持っている。

 家事は出来るがまだお高い食品への知識が無いあこに苦笑しつつ、こう言う物は大人になってから食べるものだよと諭し籠の中へと入れた。

 料理や衣装作り、裁縫にしかお金を割かない男子高校生の貯金額をなめてはいけない。

 

 今夜は宴じゃ(やけくそ)

 

「今日だけだからな。あと、巴達には内緒だぞ?」

「?……分かった!」

 

 無邪気は残酷だと言う人に、あこの無邪気な笑顔を見せてあげたい。財布的に見れば確かに残酷かもしれないが。

 

「おじさーん!会計お願いして良いですかー!」

「ん?おお竜介の旦那か──って随分なもん持ってるじゃねーか。何かあったのか?」

「いえ、大した用ではないです。ちょっと今日は豪華にしたい事があったので」

 

 俺がそう言っている間、魚屋のおじさんはずっとあこを見ながら、自分の顎に生えた髭を撫でて何かを考えていた。そして何かが結びついたかのように「あー……」と声を漏らし、俺の肩をポンと叩いた。

 

「籍か」

「違います」

 

 おじさんの入籍扱いを否定すると、大声で笑いながらバンバンと俺の肩を更に強く叩かれる。

 

「照れるでねぇ照れるでねぇ。そうだ、ちょっと待ってろ。かーちゃん!冷蔵庫にあれあったろ?鯛の切り身!」

 

 何か、とんでもないものを渡されそうな気がする。

 商店街のおじさん達は一度信じ込むと何が何でも押し通してくるのが厄介だ。そしてこの話が回りに回って商店街仕切り役のつぐみパパの所に回っていくのだ。きっと笑われる。あと何となくだが、つぐみが堕天しそうな気がする。

 

「あとは……ひまりが発狂するだろうな……」

「ひーちゃんがどうかしたの?」

「いや、何でもない」

 

 俺はひまりの発狂する姿を想像しながら、おじさんが戻って来るのを待った。

 その後、数分でおじさんが鯛の切り身を持って戻って来たが、丁重にお断りしておいた。多分正しい判断だと思う。

 

 それから少し経ち、夕暮れの明かりが商店街の通路を照らす様を眺めながら、帰路についていた。その間、なんとなく彩先輩と話した会話が俺の頭を過ぎる。

 

「スポーツ……バンドかぁ……。なあ、あこ」

「ん?どうしたの?」

「俺がバンドやりたい!って言ったらどうする?」

「りゅう兄が、バンド……」

 

 全然想像できない自分の姿を思い浮かべながら、あこに俺のもしもを聞いてみる。

 あこも上手く想像出来ないのか、数度頭を捻っていた。

 

「……上手く言えないけど……こう、ジャキン!ってかっこよくなると思う……」

「ジャキン?」

「んーとねー……こうくっつく?電車の連結みたいに……」

「合体するのか……」

 

 バンドが合体とはどういう事かと悩んだが、答えが出てくる事はなかった。まあ、ギターは趣味の範疇と決めているし、余程の異常事態にでも陥らない限りはバンド活動はしないだろう──

 

「あ、りゅう兄がバンド始めたら、そのバンドとRoseliaで対バンライブしようよ!」

 

 ほんの少しだけバンドをやろうかなと思ってしまった。

 あこが放つお願いと笑顔の力は強い。

 

 ___

 

 

 家に帰って来たら、六時を回っていた。

 いつもこれくらいの時間に夕飯を食べているので、今日は随分と予定がずれているのが分かる。

 急いで準備しようとエプロンと買ってきた食材を置いたところで、あこもエプロンを持ってやって来た。どうやら蟹が茹でられる姿を見に来たようだ。可愛い。

 

 鮮度をなるべく落とさないように、切り身達をチルド室に入れた。

 戸棚から鍋を取り出し、そこに水を入れて沸騰させた後、塩適量を入れ蟹をダイブイン。落し蓋をしてしばらく放置する。

 だいたい十五分くらいで茹で上がるとグーでグルなサイトに書いてあったので、おそらく大丈夫だろう。

 

「りゅう兄りゅう兄」

「お、どうした?」

 

 茹で上がるまで暇となった中、不意にあこが余った蟹の半分を持ちながら聞いて来た。

 

「この蟹、あんまり赤くないね」

「ああ。蟹とかエビは茹でてから赤くなるんだよ。熱を通すとアスタキなんちゃらってやつが蟹のタンパク質と分離して赤くなるんだと」

「へぇ〜」

 

 なるほどと言った様子で、あこは蟹の半分を天井の蛍光灯で照らす。

 

「なんか、カッコイイね」

「カッコイイ……のか?」

 

 照らされた蟹に向け、蛍光灯の明りよりも数倍キラキラな視線を向けるあこ。

 その感性は理解出来なかったが、可愛いかったから別にいっかと俺は思考を捨てる。可愛いは正義。

 なんて事を考えながら、俺は次の準備に取り掛かった。

 

「さてと、じゃあサラダでも作るか。あこ、野菜室からトマトとレタスと……きゅうりとピーマンでいっか。その四つ取ってくれ」

「トマトときゅうりとレタスだね!」

「はいそこ、勝手にピーマンの存在消さない」

 

 ピンっとあこのおでこを軽く小突くと、「あぅ」と可愛いらしい声を出した。

 額を小突かれたあこはほっぺを膨らましながら、

 

「ピーマンはお昼に食べたもん……」

 

 と、夕餉時にピーマンを食す必要性を訴える。

 中々克服されないあこのピーマン嫌いに俺は苦笑を向けながら、妥協案を提案した。

 

「また俺が食わせてやるからさ。頑張ろうよ。な?」

「…………じゃあ、頑張る……」

「おう。ありがと」

 

 感謝と共に頭を撫でると、あこはふいッと視線を逸らす。その様は何処か気恥しそうだった。

 そろそろ頭を撫でるのも卒業かなと思ったその時、鍋が大きく蒸気音を吹かす。コンロの火を止め蓋を開けると、そこには綺麗な赤色になった蟹の姿が。

 鍋から取り出し、水道水でアクを流した後、流水で冷まして殻を剥ぐ。

 ふと試したくなったので、菜箸を使ってほぐした少量の蟹の身をあこに食べさせてみると、

 

「カニカマの味がする!」

 

 予想通りの答えを返して来た。思わずクスっと笑ってしまう。

 その後、あこにカニカマと蟹の関係を教え直した。

 

「……カニカマを塩で茹でたら、普通の蟹みたいになるのかな?」

「あーどうだろうな。今度やってみるか」

 

 あこと他愛ない話をしながら蟹の殻を向いていき、蟹特有の痒みにあこがやられた後、サラダ作りをあこに任せた。

 何となくピーマンを野菜室に戻しそうだなとこっそり見張っていると、案の定戻そうとする姿が俺の目に写る。

 

「あこ?」

「……ど、どうしたのりゅう兄?」

 

 野菜室を開ける体勢のまま固まったあこが、俺の方に振り返る。

 

「そのピーマン、どうする気だ?」

「ど、どうしようもしないよ?あ、あこはただピーマンの食べられたくないって願いを叶えてあげようと……」

「ピーマンを食べるか、耳鼻科に行って鼓膜スレスレまで耳かき棒突っ込まれるの、どっちが良い?」

 

 俺が問うと、あこはピーマンを持って帰ってきた。

 

「ピーマン食べる」

「おう。おかえり」

 

 あこは自らピーマンに包丁を入れた。その目は何処か覚悟に満ちている。

 

 この後、無事に海鮮丼は完成した。しかもかなり豪華な。さすが高い食材を使っただけの事はある。

 それと、今日は珍しくあこが自分でピーマンを食べた。耳鼻科の脅しがかなり聞いたらしい。

 

 





いつもよりあこが多く登場し──いえ、この回事態があこで出来てます。
これは奏王降臨暦創れますわ。

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