【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
校庭から部活動に精を出すスポーツマン達の声が聞こえ、校内からは吹奏楽部の合奏が響いてくるそんな放課後。
美咲達と少し話した後、有咲の家で作る夕食の材料を買うために足早で校門へと向かう。
昼休みは大好きだが、一人だけで下校しなきゃいけない放課後にはまだまだ慣れない。
「やっほー竜介」
「ん、おたえか。どうした?」
「一緒に帰ろ」
正門を出て右に曲がった所におたえがいた。
花園たえ、高身長でロングヘアーをしている女の子。
兎が大好きであり、また天然でもある。
「商店街に寄っていこうと思ってるんだが、いいか?」
「おお、なら放課後デートだ。竜介に餌付けされちゃう?」
「おっちゃんに襲われそうだから、はぐみのとこのコロッケだけな」
「わーい」
時折意味不明な事を言ってくるが、そういう時は頭を空っぽにしてただ浮かんだ事を話すと案外会話が成立する。
今回もおたえに餌付けという特殊プレイのような事になったが、適当に返事をしたら北沢精肉店でコロッケを奢るという会話に変わった。
「おたえと居ると、何も考えなくて良いから気が休まるな」
「…なら、いつまでも居てあげようか?竜介の隣に」
「うーん…それは中々…。あ、でも授業の時とかはちゃんと離れるんだぞ?……ってリスみたいにほっぺ膨らましてどうした?」
「別に…」
アニマルセラピーの真似事でもしてくれたのだろうか。そこまで俺を休ませる事に気を使わなくて良いのだが。
やはり、勘だけで会話しているとたまに噛み合わなくなるようだ。
おたえ検定一級合格はまだまだ遠い。
「ずっとほっぺた膨らましてるとさ、疲れない?」
「疲れる。でもやめない」
「じゃあコロッケ食えないな」
「竜介、早く商店街行こ」
素晴らしい程の手のひら返しだった。
食の力を侮ってはいけないらしい。
「そう言えば、竜介は商店街になにしに行くの?」
「夕飯の買い物、有咲の家で夕飯作るんだ。それと…ついでに山吹ベーカリーにでも寄ってくか。最近沙綾の顔見てないし」
「私がいるのに他の女の話をしないで」
「おたえ…」
先程のように頬を膨らましたりせず、真面目な顔でこちらを見ていた。
一途に愛されているみたいで一瞬ドキッとしてしまう。
「…昨日のドラマの影響受けすぎだぞ」
「ぶー」
「はいはい、ノリが悪かったな。山吹ベーカリーのパンも奢ってやるからそれで勘弁してくれ」
「やたー」
無表情で両手をあげるおたえの挙動に、俺はついクスりと笑ってしまった。
それから数分歩くと、目的の羽丘商店街に辿り着く。
八百屋、魚屋、肉屋の元気な声を通りすぎ、とあるパン屋の前に立ち止まる
「こんにちは、沙綾」
「やっほー」
「お?竜介に…おたえか。珍しい組み合わせだね」
店に近づくとその溢れるパンの香りで立ち寄らずにはいられなくなる店、それが山吹ベーカリー。
山吹一家は家族でパン屋を経営しており、そこで看板娘を務めているのが山吹沙綾である。
髪型はポニーテールで、丸文字フォントで山吹ベーカリーと書かれたエプロンをしている姿は実に可愛らしい。
「おたえに餌付けしに来ました」
「竜介に餌付けされに来ました」
「あはは…これがツッコミ不在の恐怖ってやつか…」
「よし、おたえ。好きなもん選んでこい」
「らじゃー」
おたえはトングとトレーを持ってワクワクした雰囲気を出しながら、店の中を見て回る。
「じゃあ、おたえも行った事だし。沙綾、手出して」
「……はい」
沙綾は渋々手をだし、俺はそれをじっくり観察する。
時折手のひらを返させたり、手を握ったり開いたりさせながら入念に見ていった。
その間、沙綾は唇を少し噛みながら恥ずかしそうに耐えている。
「手に豆はないし過度なドラム練習はしてないか……けど、爪の間に僅かに小麦粉が残ってるのを見ると早朝からパン作りの練習したな?時間を考えるに発酵段階まで進めて、帰ってきてから焼いた感じか。どうりでいつもよりパンの香りが強いと思った。で、沙綾?申し開きは?明日確かポピパの練習あったよな?」
「うぐっ…なんでいつもバレるの……。相変わらず洞察力が凄い…」
「ったく、また倒れたらどうするつもりだよ…。ここの商店街の娘はあれなの?休むっていう単語が頭から抜け落ちてるの?」
「あはは…」
だよねー、と他人事のように笑う沙綾に対しデコピンを一発入れておく。
すぐ近くにある羽沢珈琲店という喫茶店で親の手伝いをしている一人娘もそうだが、皆休むという事をしない。
過度な労働はかえって効率を悪くすると言うのに。
「じゃ、というわけで。罰、行っとこっか」
「え…おたえがいるのに?次一人で来た時とかに持ち越しとかじゃ…」
「慈悲はない。と言う訳で赤ちゃん撫で撫でプレイ、レッツスタート。あら〜沙綾ちゃんかわいいでしゅね〜」
「〜〜!」
頭を撫でた瞬間に顔を自分の両手で覆い、真っ赤になってぷるぷる震え出す沙綾。
決して、嫌がらせとかイタズラでやっているのではない。
沙綾は以前、バンドの自主練習と家の手伝いを休み無しで繰り返し、過労で倒れた事があった。
なのでそれ以来、俺は沙綾のお目付け役としての役目を任されている。ちなみに両親公認。
俺と沙綾の間で色々と約束を交わし、それを破ったら罰を執行という形になっている。
同級生の男子にこんな事されたら羞恥で死にたくなるだろう。なんという辱め。
俺もあこにこんな事をされたらきっと……割と良いかもしれない。今度落ち込んだ時にやってもらおう。
「あ、あの…竜介……ほんとに、これ…ダメだか、ら…」
「まっ赤になっちゃって、撫でると照れるのは昔から変わらない~。小さい頃から沙綾のツボを研究しといて良かったよ」
「……竜介、何してるの?」
「刑罰」
沙綾への罰を半分楽しみながら執行していると、後ろからおたえに声をかけられる。
その手には、綺麗にピラミッドを組んだメロンパンを載せたおぼんを持っていた。
それと、何故かここに来る前のようなリスほっぺをしている。
「てかおたえ、メロンパンだけで良いのか?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ沙綾、会計頼む」
「うん…」
照れ疲れたのか、沙綾の顔は疲労困憊と言った様子だった。
この程度で疲れ果てるとは、休息が足りていない証拠だろう。
「やっぱ中学のときみたいに俺が手伝いを…」
「じゃあ、バイト代ちゃんと貰ってくれる?」
「それは出来ない。てか、身内の手伝いみたいなもんだし金が出る方がおかしいだろ」
「山吹ベーカリーはブラック企業だったの?」
おたえが可笑しな発言をしているが、断じて山吹べーカリーはブラック企業などではない。ただ俺が山吹ベーカリー限定で無給労働がしたいだけだ。
小学校高学年から中学最後までここの店の手伝いをしていたのだが、高校からはバイト扱いにするという沙綾パパの意見に納得がいかず、それ以来労働目的での入店が禁止になった。
無給でそこそこ経験のある奴をこき使えるのに、その誘惑に負けず使おうとしない沙綾パパには尊敬の念を覚える。
けれど、それはそれ、これはこれ。
「こんな事言うのはあれだけどパン屋の仕事って結構キツいし、労働関係の法律もあるし?そ、それに…多分お父さん、竜介の条件を呑むとしたら…泊まり込み絶対とか言うかもよ?」
「え、別にいいじゃん。何か悪いことでも?」
「いや…悪くはないんだけどさ?ほら、あれじゃん?ここを継ぐみたいじゃん?」
「別にバッチこいだけど?」
むしろ負担を減らせるなら、と俺が考えていると沙綾が顔を真っ赤にしてフリーズしていた。
何か今日の沙綾は可笑しい…やはり疲れが溜まっているのだろうか……。
「おーい沙綾?大丈夫か?……おたえも何か声掛けてくれないか?」
「メロンパン」
「ああ、そういえば会計してなかったな。悪い沙綾、頼めるか?」
俺が言うと、沙綾は何も言わずにレジ打ちを始める。
顔が赤い事を除けば、かくかくと決まった動きを繰り返しており、まるでロボットの様だった。
それと、おたえはいつまでリスほっぺを続けているのだろうか。
「竜介、あこの事好き?」
「どうしたおたえ、藪から棒に。もちろん愛してるけど」
「じゃあ、山吹ベーカリーは継げないね」
「そうなのか」
おたえとそんな会話をしながら、沙綾からお釣りを渡される。
沙綾の顔を見ると、少し恐怖を覚える程の営業スマイルで俺の事を見ていた。
どうやら調子が戻ったようだ。
「毎度ありがとうございます。それと竜介、しばらく出禁ね」
「え、なんで?」
「竜介、乙女心は複雑なんだよ?」
「…つまり、乙女になって出直してこい、と」
「うん、違う」
違ったらしい。
それと沙綾は何故か露骨にガックリとしていた。
沙綾は何を期待していたのだろうか…と深く考えた瞬間、俺の頭に電流が走る。
「…はっ!もしかして、もうずっとここから出ないでという遠回しのプロポーズ…」
「おお、沙綾大胆だー」
「ち、違う!そんなんじゃないからね!?」
「沙綾は素直じゃないなあ」
なんだなんだそうだったのか、と一人納得し沙綾の頭を再び撫でた。
沙綾本人は全力で否定しているが、どこか嬉しそうにもしているので大変判断に困ってしまう。
いつの間にか有咲のツンデレが沙綾にも伝染っていたみたいだ。
「ね、ねえ竜介…もしかして、罰ってまだ続いてるの?」
「いや?さっき終わったけど。どうして?」
「今すっごく恥ずかしい…」
「そうか」
全力で顔を真っ赤にし恥ずかしいと意思表示をするがそれでもやめない俺に対し、沙綾は成す術なく撫でられ続ける。
しかし、早くパンが食べたいのか、それとも同じ場所にずっと居たので飽きたのか、おたえに手を引かれながら無理やり店の外に連れ出されてしまった。
ちらりと店内を覗き見ると、安心と喪失感が押し寄せたような顔で沙綾が脱力しているのが目に入る。
その後、しばらくおたえに手を引かれ、連れて来られたのは北沢精肉店。
つまりは、はよコロッケ寄越せと。
「コロッケは何個ぐらい買うんだ?」
「一個でいい」
「わかった」
店主の奥さん、通称はぐみママにコロッケを注文する。
はぐみママは俺とおたえを見て何かを察したようにニヤニヤしながら、小さい紙袋にコロッケを入れておたえに渡した。
「頑張りなさい」と、ハートマークが恥ずかしい程入った紙袋をはぐみママから渡され、力強く首を縦に振るおたえ。
おたえがまともに人とコミニュケーションを取っているのを初めてみた気がする。
「よし、じゃあ恋人割で安くしとくよ」
「え、あのはぐみママ?俺の本命はあこ…」
「竜介、若い女は誰だってシンデレラなんだよ」
「は、はあ…」
諭すようにはぐみママは言うが、正直俺にはよく理解出来なかった。
先程はおたえがコミュ二ケーション出来てると思っていたが、どうやら相手がおたえタイプだったらしい。
シンパシーというものだろうか。
という事は、おたえと同じ要領で接すれば会話が出来るはず。
「分かりました。おたえをグリム童話にしてきます」
「あんた何言ってんだい?」
「あれー?」
お釣りを渡されながら、はぐみママに白い目を向けられる。
おたえ検定五級からやり直した方が良いのだろうか。せっかく準二級まで行ったのだが…。
俺がそんな事を思っている間に、はぐみママとおたえは仲良さそうに話していた。
「行ってらっしゃい。今度はぐみとも遊んでやってね」
「わかりました。じゃあ竜介、行こ?」
「おう」
おたえにまた手を引かれ、茜色の光がさす商店街を歩いていく。
早速おたえは紙袋からコロッケを半分程覗かせ、チラチラと俺を見ながらそれを食べようとしていた。
「俺の事は気にせず食べていいぞ?」
「ううん、そうじゃくて…その、人参一齧り?」
「一口良いのか?」
「うん」
コロッケを向けられ、俺は一口食べようと口を開く。
しかし、ひょいっとコロッケを右に逸らされ食べ損ねてしまう。
定番のイタズラをされ笑っていた俺だったが、コロッケを潰さない程度で胸に抱え込みながら自分のおでこを差し出しているおたえの様子に疑問を抱く。
「ん…して?」
「何を?」
「おっちゃんみたいに…」
「なるほど」
おっちゃんと言えば、頭突きをするのと撫でられが大好きなおたえの飼い兎だ。
迷わず撫でを選ぼうと思ったが、そこにおたえと言うワードが絡んだ瞬間、撫でようとした手はおたえの側頭部に優しく触れ、その後おたえのおでこと俺のおでこで額合わせをした。
おたえの体温が少し上がったような気がしたのと、周囲から「ひゃっ」と言う声が聞こえてきたが俺は気にしない。
「おたえ、これで良いか?」
「……うん。じゃあ、あーん」
「あーん」
気恥しさからか軽く目を瞑ってしまい、コロッケの位置を何とか匂いだけで探った。
おたえが「美味しい?」と聞いてきたが、咥えている最中だったため出来た返事は首を縦に振ることのみ。
「そっか」
おたえはそう一言返事をした後、何も喋らなくなった。
それから、紙袋を持つおたえの手がガサガサと動き、何をしているのかと疑問に思っていたのも束の間、急にコロッケの咥えている方とは反対側の部分が『モッ、モッ』と動き出す。
一瞬、コロッケに新たな命が宿ったのかと思って薄ら目を開けると、驚くことにおたえが反対側からコロッケを食べ始めていた。
さすが、おたえ。やる事がぶっ飛んでる。
周囲から聞こえるカメラのシャッター音にめげず、頑張って俺はコロッケゲームを続けた。
そしてこの数秒後、偶然通りかかったつぐみに説教されるが、俺達はまだその事を知らない。
あと、有咲の家で使う夕飯の材料はしっかり買っておいた。
感想とかくれても良いのよ?