【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
「でねー、こないだお姉ちゃんが電子レンジ壊しちゃってさー」
「それは……結構な事しましたね」
椅子の背もたれを前にした状態で座る日菜先輩の話を、俺はお菓子を食べながら向かい側に座って聞いていた。話の内容は、紗夜先輩が冷凍ポテトをレンジで解凍しようとしたら調理手順を誤ってしまい、結果電子レンジがお陀仏になってしまったと言う物だった。
中々にパンチの効いた話だったが、話を聞いてて一番印象に残ったのは、やはりその話をする日菜先輩の表情だろう。三、四ヶ月前まで姉妹仲が万事も危うい状態だったのに、今では笑い話をしながらこうしてニコやかに笑っている。俺も頑張った甲斐があるというものだ。
「ねーねー竜君聞いてる~?」
「ちゃんと聞いてますよ」
「そお?反応薄かったからてっきり」
「まあ考え事はしてましたけど」
俺がそう答えると、日菜先輩は「しっかりしてよね~」と言いながら俺の鼻の頭を指で小突いた。
「それで、何考えてたの?」
「日菜先輩について、ですかね」
「……ふーん。そうなんだ」
日菜先輩が興味なさそげな声を出した。しかし、その顔はニヤついている。
嬉しいなら言えば良いのになと俺が思っていると、日菜先輩が何を思ったか俺の隣へとやって来た。近くの椅子に腰掛け、キラキラとした視線を送ってくる。
「ど、どうしたんですか急に……」
「べっつにー♪あ、そうだ!」
日菜先輩は何かを思い出したかのように声を上げ、カバンの中から大きいめの本を取り出した。
「見て見て竜君、アルバム作ってみたんだ」
テーブルの上に広げられたのは、一冊のアルバムだった。先週連れまわされた時の写真がこれでもかと毎ページに載せられている。
「先週の写真……よくこんな短期間で作れましたね」
「ふっふーん。凄いでしょ」
得意げな顔を日菜先輩はしてみせた。
「あ、お金。いくら掛かりました?」
「いいよそんなの。あたしが好きでやった事だし」
「でも……」
「いいの!」
日菜先輩の力強い支払い拒否の言葉に、俺は思わず了承の言葉を返す。余りにも日菜先輩が必死だったので呆気に取られてしまった。
俺は取り出しかけた財布をしまい、日菜先輩と一緒に感慨深い想いに駆られながらアルバムを見る。
「色々あったねー」
「学校も休みましたしね。俺金曜日に小テストの追試ですよ」
「……そっかー」
「ちょっと日菜先輩」
俺からそっと目を逸らした先輩の名を呼ぶ。
「あたしはほら、学年一位だから多少の事は大丈夫だし」
「俺だって成績良い方なんですけどねー。嫌がらせですかね」
「職員室に抗議しに行く?」
「……考えときます。でも、今はアルバムを見ていたいです」
正直な事を言えば即行職員室に凸りに行きたかったが、今は日菜先輩との件に決着をつけなければ行けない。余計な事をしている暇はないのだ。
「そういえばさ、竜君って料理出来たよね」
俺が出方を伺っていると、日菜先輩が唐突に聞いてきた。
「ええまあ、そうですけど」
「じゃあさ、今度何か作ってよ。つぐちゃんにも何か作ってあげるんでしょ?」
「……やっぱり聞いてたんですね」
何となくを装って尋ねると、日菜先輩の目が一瞬だけ揺れ動いた。
「……ごめんね。盗み聞きしてた」
「声掛けてくれれば良かったのに」
「それは……無理、かな。聞いてるだけでけでダメだったから」
アルバムをそっと閉じ、日菜先輩は俺の方に向き直る。その目は至って真剣だった。
「あたしね、ずっと焦ってたの。竜君に忘れられたくないから」
「日菜先輩、何度も言いましたけど、俺は日菜先輩を忘れた事なんて──」
「あるよ。だって何度も嫌な気持ちになったもん。今日の朝だって、さっきだって」
「だからそんな事……」
“ない”と言い掛けたが、日菜先輩が自分のひざの上で拳をギュッと握ったのを見て俺は言葉を止める。
「竜君」
俯いた日菜先輩の握る拳は震えていた。
「竜君の中であたしの存在は、あこちゃんやこころちゃんみたいにずっと残ってるの?あたしとの思い出を、竜君はちゃんと覚えてるの?」
「当たり前です。俺にとって日菜先輩は大切な人ですから」
「でも、竜君にはもっと大切な人がいるじゃん」
「大切な人にもっともなにもないですよ。俺は皆が大切で──」
俺にとって、皆大切な人だ。日菜先輩もあこもこころも沙綾も有咲も、掛け替えのない宝物なのだ。
「嘘つき」
なのに、どうして俺の想いは、日菜先輩にだけ伝わっていないのだろう。
「……日菜先輩。一回落ち着きましょう?こんなに震えて……今日の──いえ、最近の日菜先輩、何処かおかしいですよ」
「おかしいのは、元からだよ」
「日菜先輩……」
俺の脳が危険信号を出した。そして頭の中にこころとの一件が思い浮かぶ。
──嗚呼、何が杞憂だ。俺はまた……。
こころの事で自分を自覚して、学んだと思っていた。しかし、どうやら俺の身体には学習能力と言う物が備わっていなかったらしい。
「竜君。あたしね、竜君の事が分からないんだ。竜君と思い出を作りたくて、喜ぶ事をしてあげたいって思っても、何も分からないの」
「分からなくても大丈夫ですよ。もっと時間をかけて、ゆっくり理解すれば良いんです」
「それじゃダメなんだよ。それじゃ、遅すぎて……」
向かい合っていた日菜先輩は、そう力なく言った後、小さく微笑みながら俺の胸に頭を当てた。その顔は何かに合点が言ったような、暗くも清清しい様子だった。
「そっか……あたし、怖かったんだ。竜君の中であたしが消えるのが……」
「だから俺は──」
「ううん。忘れて当たり前だよ。だって、四六時中同じ人の事考えるなんて無理だもん」
そっと俺の事を見上げ、瞳に溜めた涙を零しながら日菜先輩は言った。
「ごめんね竜君。ほんとにごめん……」
「そんなに謝らなくていいです。そもそも俺は怒ってる訳じゃないですし」
「違う。違うんだよ竜君。あたしが言いたいのは……そう言う事じゃなくて……もう、押さえ切れなくて……」
「日菜先輩、やっぱり一回落ちつき──」
日菜先輩を宥めていた俺の口は唐突に何も発さなくなった。いや、発せなくなった。
気づけば、俺は日菜先輩と口付けを交わしていたのだ。
数秒交わされたキスを終わらせ、日菜先輩は更に涙を流した。
「竜君が好き。でも、分からない。好きなのに分からない……こんなに好きなのに何も分からない。他人なんて思いたくなのに……何も分からないの……。怖い……怖いよ竜君……」
「日菜先輩、一回深呼吸しましょう」
一度日菜先輩を強く抱きしめ、落ち着きを取り戻すことに専念する。俺にはこれしか出来なかった。
腕の中で呼吸を落ち着かせた日菜先輩は、俺の背中に腕を回した。
「ごめんね竜君。竜君にはあこちゃんがいるのに……」
「何も言わないでください。何も考えず、今は静かにこうしてましょう」
子供をあやすように背中を擦りながら、未だ涙を流す日菜先輩を慰めた。
そんなすぐには治らないのは分かってる。けれど俺は、壊れた機械のように何度も「ごめんね」と言う日菜先輩を、何としてでも止めたかった。
純愛物に隠れた一瞬の毒成分がなんともポイズン。言いたいことも言えないこんな世の中は。