【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
氷川日菜が神楽竜介と言う人物と出会ったのは、高校二年の春の時だ。一応部活動だからと生徒会に言われ、入部していた天文部の部活勧誘を嫌々している時に彼は現れた。
通り過ぎていく人々の中で、唯一自分の作ったチラシを貰ってくれた──そんな運命的な出会い。
初めはほんの少し興味が湧いた程度だった。部室に誘い、お茶をして、星座について世間話程度に話を交える。
きっとそこまで面白くなかったであろう話を、彼は楽しそうに聞いてくれた。今まで人の興味を惹く事なんて出来なかったのに、彼だけは違ったのだ。日菜にとっては、初めて波長が合えた人だった。その事実が氷川日菜を焚きつけた。
──もっと彼の事が知りたい。もっと彼と話したい。もっと彼と仲良くなりたい。これからたくさんの思い出を彼と作っていきたい。そう無意識に考えていた。
日菜の頭の中は、自然と彼と作りたい思い出の事で予定が一杯になった。部活の事なんかとっくに忘れてしまう程に。
それからもどうしたら彼と仲を深められるかを何となく考えていた。他人の事が分からない日菜だったが、彼の事なら理解出来るかもしれないと根拠のない自信が滾っていたのだ。
だから、彼の真似をたくさんした。炊事洗濯の類は全てすぐこなせるようになったし、買い物をしているうちに商店街の人達とも仲良くなった。
だけど、彼の事は理解出来ない。商店街の人達から彼にそっくりだと言われるぐらいには真似をした筈なのに。
自分に足りないものを探した。
彼は背が高い。彼は瞳が透き通るように綺麗で、でも見つめるものを惹き込む黒色のそれを持っている。彼は癖毛で、よく髪が跳ねている。彼は料理が好きだが、作る相手がいないと失敗する。彼は幼馴染がたくさんいる。彼は童顔で、どこか愛嬌がある。彼には好きな人がいる。
挙げれば挙げるほど神楽竜介と言う人物像が濃くなっていく。それは氷川日菜と言う天才人間のポテンシャルを押し潰すほどに強大な物だった。
彼女は、人生で初めて未知への恐怖を知った。知らない事への恐怖ではなく、神楽竜介の中で自分の存在が押しつぶされ消えてしまう──未知の未来への恐怖に。
そんな悲しい未来はごめんだと、日菜は全力を尽くして神楽竜介との思い出作りに励んだ。惨めに転んでも、泥だらけになって汚れても、彼女は走り続けた。
けれど……いや、だからこそ、氷川日菜は間違えたのだろう。
あれはそう、彼と出会って一ヶ月程経ったときの事だ。
ギターケースを持った姉が何処か楽しそうな顔をして、電話で誰かと話ながら出かけようとしていたのだ。
氷川日菜の姉は、努力家で真面目で容姿も優れている。そんな自慢と誇りと憧れに満ちた人だった。偶に真面目が損をしている時がある固い人だけど。
そんな姉が優しそうに微笑みながら、誰かと話している。だから、誰と話しているのかを聞いた。聞いてしまった。
──誰って、神楽君よ?日菜も知っているでしょ。
何かが自分の中で崩れたような気がした。
聞いてもいないのに、姉が彼と数日前に出会ったことを聞いた時は笑いそうになった。
こっそり姉の後をついていき、彼に向けて楽しげにギターを弾く姉を見た時は酷く嫉妬した。
──彼と先に会ったのは自分なのに。
何十年を共にしたように壁のない二人の間柄を見て、氷川日菜は自分を恨んだ。
他人が分からない。だからいつまで経っても、彼との仲が深まらない。
なんで自分は、いつも姉のように出来ないのか分からない。
姉と自分は双子。容姿は髪型を揃えれば誰にも気づかれない程そっくりだ。だから、このまま姉が彼と仲良くなっていったら、いずれ自分の存在は消えてしまうのではと、氷川日菜は過去一番に焦った。
だから真似をした。自身の姉の姿を。姉の真似をすれば、そっくりな自分は簡単に思い出に残れるだろうと。それが最大の過ちだと気づかずに、氷川日菜はギターを始めた。
それから一週間もしない内に、姉妹の関係は面白いほどに簡単に壊れた。
氷川日菜は天才で、氷川紗夜は努力家だ。
姉の持つ歪な嫉妬を、天才は見通す事が出来なかった。だから壊れた。
初めて姉が怒鳴って、初めて姉が泣いてる姿を見せて、初めて姉が自分を拒絶した。
自分は忘れられたくないだけだったのに。彼の中に残りたかっただけなのに。思い出が欲しかっただけなのに。立ちはだかった巨大な壁は、理不尽に氷川日菜を追い詰めた。
惨めに泣いて、彼に助けを求めて、彼に助けて貰った。簡単に壊れてしまうほど脆い関係だった氷川日菜と氷川紗夜を、彼はいとも簡単に繋ぎとめてみせた。
姉が自分に謝罪をしてきた。自分も姉に傷つけてしまった事を謝罪した。
そんな二人の仲を取り持ってくれた彼に対し、日菜と紗夜で感謝の言葉を伝えた。そして、二人は想いを自覚した。
姉と喧嘩をして一ヶ月が経って、姉だけが変わった。
彼に好きな物、嫌いな物、苦手な事の全てを曝け出し、さらに仲が深まっていく自身の姉。
天才が故に、欠点がなくて、全くと言っていいほど距離感が変わらない日菜自身。
双子なのに。似ているはずなのに。気づけば姉との差が目を背けたくなるくらい広がっていた。
姉と一緒にギターを彼に教えても、指導が上手い姉のほうに彼の意識を攫われた。
彼と一緒に仕事をしても、その場にいない筈の姉が彼の意識を攫って、姉だけが彼の思い出の中に残る。
自分はいつも姉のオマケになっていた。
彼は自分との出会いを覚えているだろうか。一緒に話した星の話を覚えているだろうか。紡いだ思い出は少ないけれど、どれも氷川日菜にとってはかけがえのない思い出なのだ。
胸の中に思い出を仕舞い込み、姉に押しつぶされぬよう思い出を作るため、出来るだけ多くの日々を彼の隣で過ごした。
けれど、やっぱり現実は厳しかった。
自分とは違う皆は、自分が積み重ねた思い出を意図も簡単に積み重ねて、更に深い記憶を彼の中に刻んでいく。
でも、めげずに意地を張り続けて、何とか皆と同じ土俵に立った。
彼と連絡出来るようになって、たくさん言葉を交わして、皆と同じ事をしているだけなのに、凄く誇らしい気持ちになった。そう調子に乗っていた。
そんな彼女への天罰だったのか、彼の幼馴染が立ちはだかってきた。
彼が好きな人と彼を好きな人が、誰にも出来ない方法で、今までに見たこともない速度で、彼との思い出を築いていった。自分が作った思い出が些細な物になってしまうほど、その思い出たちは強かった。
どうしようも出来なくて、足掻くことすら敵わずに氷川日菜の思い出は蹂躙されていった。
そして日菜は思い出したのだ。
氷川日菜という人間が、神楽竜介と言う人間の中でいなかった事にされる恐怖を。
想像しただけで震えてしまうほど嫌だった未来を。
こんな惨劇を起こさないために、氷川日菜は足を引きずって前に進んでいたのに。嗚呼、どうしてこんな惨劇が繰り広げられるのか。
彼の中で、もう自分は消えているような気がした。
悲しくなって涙を流す──そんな事をしている暇もなく、氷川日菜の思考は暗い方向へ進んでいった。
──嫌だ。
そう小さく心を軋ませた。ぎり、ぎりと心の奥で何かをすり減らしながら、氷川日菜はまた間違えたのだ。
彼と口付けを交わした。
彼を求め、その枷から積み重なった“氷川日菜”という人間が生み出した、彼に刻む精一杯のオモイデ。
それは最低で最悪な、彼女の中にある最後の悲鳴だった。
暗い話風に書いてるけど、不器用な日菜ちゃんが好きな子に頑張ってアピッてる姿かっわいー!って言う事と、それを無意識で熟すあたりジーニアス極まってるって話だからね。身構えないでね。そんな難しく考えなくても平気へっちゃらガングニール。大丈夫だよーよーしよしよしよし<ワシャワシャ。