【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
窓の外から陽気な日差しが注ぎ込み、適度な気温と眩しさのおかげで最高の昼寝スポットと化している我が家の窓際。
神楽家のアイドルであり、両親が単身赴任でいないが故にこの家にいる中で最後の家族になってしまった愛猫ニャン吉は、そんな極上スポットでお昼寝をしていた。
……友希那先輩に抱き抱えられながら。
「友希那先輩」
「何かしら?」
「幸せですか?」
「ええ、幸せよ」
ニャン吉の姿をカメラで連射撮りしながら友希那先輩は答える。
猫を見る(撮る)友希那先輩の姿はとても緩み切っていた。
こんな顔に出てくるのに自分自身は猫好きを隠しているつもりでいるのだから、この人は本当に面白可愛い。
「それと、もう一つ質問良いですか」
「ええ、今は機嫌が良いから何でも答えるわ」
「なら、お言葉に甘えて。えっとですね………どうやって家に入ったんですか?」
「貴方のお父様から『息子の様子を見てやってくれ』と言う手紙とともに、家の合鍵が送られて来たわ」
「うっそだろ親父…防犯意識どうなってんだ……」
「別に貴方と私の仲なのだから、今更気にする必要も無いと思うのだけれど」
首を傾げながら、何か問題が?とでも言いたげな様子だった。
確かに友希那先輩とリサ姉は俺の幼なじみだけども…。
異性との距離感と言うものをそろそろ覚えて欲しい。
二人ともグイグイ来すぎなのだ。
「……ん?待てよ。友希那先輩が持ってるって事は、リサ姉も?」
「いえ、送られて来た鍵は一つだけだったわ。だからリサとジャンケンをして、勝った私がここにいると言う訳よ」
「あ、負けた方じゃなかったんすね。どんだけニャン吉と一緒にいたいんですか……ちょっと妬けちゃいますね」
「別に…貴方にだって会いたかったわよ」
「へ?」
友希那先輩は目を逸らしながらそう言ってくる。
この仕草は少し照れている時にするものなので、冗談で言っている訳ではなさそうだった。
まさかカウンターを食らうとは…なんだか顔が熱くなってきた。
「…今のは忘れてちょうだい」
「あ、はい」
いままでの事を誤魔化すように、友希那先輩はニャン吉の頭を撫でていた。
俺も気恥ずかしくなり、台所に移動し珈琲を入れ始める。
「友希那先輩もコーヒー飲みます?」
「ええ、いただくわ。ミルクと砂糖もお願い」
「分かってます」
インスタントコーヒーをいれ、角砂糖とミルクと一緒に友希那先輩の元に持っていく。
「どうぞ」
「ありがとう。ふふ、貴方の淹れるコーヒーはいつも良い香りがするわね」
「じゃあ香りを楽しみながらそのまま飲みましょう」
「それは出来ないわ。苦いの苦手だもの」
「さいですか…」
言いながら友希那先輩はコーヒーに角砂糖五つとミルクをダバダバ入れていく。
もうコンビニで甘いコーヒー牛乳を買った方が速かったのではないだろうか。
「そう言えば友希那先輩。この間、友希那先輩に似合いそうな猫耳カチューシャ見つけたから買ったんですけど…」
「付けないわよ」
「今ならニャン吉とのツーショットもセットにしますよ?」
「…………付けないわ」
時間にして五…いや、六秒程だっただろうか。友希那先輩がプライドと猫を天秤に掛けて考えた時間は。
これならあと一押しで行けそうだ。
「…まあ、そこまで言うなら仕方ないですね…。でも、やっぱ勿体ない……あ、今度蘭に付けもらおう。うん、それが良い」
「…な、何故そこで美竹さんが出てくるのかしら?」
「いや、この間ダメ元で頼んだらロップイヤーの犬耳カチューシャしてくれましてね。今回はそのノリで猫耳にチャレンジして貰おうと思います」
「……そう」
素っ気なく返事をする友希那先輩だが、コーヒーカップを持つてはプルプルと震えている。
きっと心の中でライバルである後輩に対抗意識を燃やしているのだろう。
そして、そんな状態に仕上がった友希那先輩にトドメの一撃と言わんばかりの策を俺は切り出した。
「あー…でもお礼どうしよ…。隣町で新装開店した猫カフェの割引券なんて蘭は要らないよな……折角、友希那先輩用にそこら中走り回ったのに」
「!」
「あー残念だー。本当に残念だー」
猫カフェと聞いた瞬間、友希那先輩の体が小さく跳ねた。
これはもう釣れたと見て良いだろう。
ゲス顔しながら、計画通りと叫びたい。
「…わ」
「え?なんて?」
「付けるわ…その猫耳……」
「え、でもさっき付けないって…」
「良いから寄越しなさい」
「あ、はい」
俺の手から猫耳を掠め取り、自分の頭に装着。
ニャン吉を抱き抱え、はよ撮れと言わんばかりポーズを決めていた。
スマホを取り出しカメラで連射撮影をした後、一番出来のいいものを友希那先輩のスマホへと送信した。
「……よく撮れてるわね。少し恥ずかしいけれど…」
「最高に可愛いですよ」
「…そう。あ、リサや皆には内緒よ?」
「はは、当たり前じゃないですか」
そう友希那先輩に微笑む俺が握るスマホに映るのは、無料通話アプリのトーク画面。
トーク相手の登録名には『リサ姉』の三文字。
「友希那先輩には内緒で」と言うコメントと共に、送信済みと表記されたゆきにゃー先輩の写真。
処刑される覚悟は出来ている。
脳波で動くメカ猫耳をした友希那先輩を眺めながら、俺は悟りを開いた。
「この耳、面白いわね。貰って良いかしら?」
「ええ、どうぞどうぞ。というか、友希那先輩にあげるために買ってきたんですから」
「プレゼント…という事で良いのかしら?」
「はい」
「…そう」
相変わらず無表情の友希那先輩だが、猫耳の回転が少し速くなったので嬉しかったのだろう。
「そう言えば竜介」
「なんでしょう?」
「それ、いつまで続くの?」
「それ、とは?」
本当は友希那先輩が何を言いたいのか分かっている。
この"友希那先輩"という呼び方が気に食わないのだろう。
昔はリサ姉にユキ姉と読んでいたし。
「リサの時はすぐに昔の呼び方に戻っていたのに…」
「ああ、リサ姉は再会してすぐ昔の呼び名にしてくれって頼まれたので」
「…そう」
コーヒーを飲み、時折こちらをチラチラ見ながら、友希那先輩は無関心を装っていた。
きっと、心の中では今すぐにでも呼び方を直して欲しいと思っている筈だ。
俺だって、もしあこから『神楽先輩』なんて他人行儀な呼び方されたら舌噛み切って死ぬ自信がある。
「呼び方、戻して欲しいんですか?」
「…別に、竜介の好きな呼び方でいいわ」
そう言う友希那先輩だが、体全体から寂しさオーラが漂っていた。
「…はあ、まったく。昔から素直じゃないなあ、ユキ姉は」
「!」
ユキ姉と呼んだ瞬間、瞳を輝かせ嬉しそうな表情をしていた。
それに伴い、猫耳も過去最高の回転速度で回っている。
この顔が見たかった。
「竜介は相変わらず意地悪ね」
「ポンコツ可愛いユキ姉が悪い」
「…ポンコツでもないし、可愛くもないわ」
「可愛いよ、ユキ姉は」
「そ、そんなこと言われても嬉しくなんかないわ…」
ユキ姉の猫耳は、回転しすぎて射出しそうになっている。
照れを誤魔化すように、ユキ姉はテレビのリモコンを手に取り電源ボタンを押した。
「あ、パスパレが出てる。相変わらず凄い人気だね〜」
「そうね」
「ユキ姉はテレビ出演も目標にしたりしてるの?」
「バンド界の頂点に立つ手段としては有りだと思っているわ。Roseliaの名前を広めるのも大切だもの」
「なるほど」
二杯目のコーヒーを啜りながら語るユキ姉を横目に、俺はテレビを眺める。
ちょうどそこには、誰かに電話を掛けている日菜先輩の姿が映っていた。
そして偶然か、俺のスマホも着信音がなり始める。
着信相手を見ると、これまた偶然に日菜先輩からだった。
応答しながらテレビを見ていると、不思議な事に日菜先輩から返ってくる言葉が毎度毎度テレビの音声と合致する。
よく見ると、テレビ画面の左上にLIVEの文字が。
『というわけで、これから竜君の家に行くね!』
「何がというわけなの?てかなんで俺の家なんすか…」
『なんかるん♪ってきたから!』
「ですよねー…」
まったくこの人は…、っと心の内で愚痴を吐きながら、俺は台所で来客用の菓子の在庫をチェックする。
ユキ姉は終始何が起こってるいるのか理解出来ていない様子で、不思議そうにしながらニャン吉を愛でていた。
「ユキ姉、今の内に猫耳外しといた方がいいよ?」
「嫌よ、折角竜介がくれたものだもの。どうせならここを出るまで付けていたいわ」
「今素直になっちゃうか…。どうなっても俺は責任負えないからな?」
「?」
頭を抑えて猫耳を外さない意思表示をしているユキ姉は可愛かったが、変な所で頑固になるのはやめて貰いたい。
そんな事を考えていると家のインターホンが鳴り、あろう事かそれにユキ姉が応答してしまった。
玄関から騒がしい声が聞こえるが、俺はもう何も出来ない。せいぜい悟りを開くぐらいだろうか。
その後、諸々の事情を知ったユキ姉が台所に逃げ込んで来た。
冷蔵庫と食器棚の狭いスペースに隠れるユキ姉の姿は、猫そのだったと俺は思う。
なんとか慰めようと、恐る恐るユキ姉に話しかけた。
「えっと…テレビ出演おめでとうございます?」
「……やっぱり、竜介は意地悪だわ…」
「さーせん…」
言葉での慰めは不可能っぽかったので、せめてもの償いとして頭を撫でておく。
いじけたせいか猫耳がただのカチューシャになり果てていたが、頭を撫でた瞬間に耳が回転し始めた。
「ユキ姉、本当にごめんな」
「別に…そこまで怒ってないわよ」
「じゃあ、そろそろ出てきてくれると嬉しいんだけど…」
「…ない」
「え?」
「挟まって出れない…」
やはりユキ姉はポンコツ可愛かった。