【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
ひまりを家に招き入れた後、俺は夕飯の支度に戻った。
死にものぐるいで切ったマグロの赤身と、ひまりが持って来てくれた肉じゃがと、炊きたてのご飯でテーブルの上を飾る。
「あ、野菜がなかったな」
「私が作ろうか?」
「大丈夫」
ひまりに言った後、台所に戻って野菜をまな板の上に並べる。ゆっくり、慎重に、初心者並の速度で包丁を入れていき、なんとか怪我をせずにサラダを作り上げる事が出来た。ほんの少しずつだが調子が戻り始めている。
「じゃ、食べよっか」
「おう。いただきます」
「いただきます」
ひまりと囲む今日のお夕飯。メニューは肉じゃがとマグロの刺身と白ご飯とサラダ。仕事帰りで忙しくて、あまり物で作りましたとでも言いたいような品目だ。
いつもあことこうしていたせいか、ご飯中にも関わらずあこの様子を気にしてしまう。あこは今何をしているのだろうか。ちゃんとご飯は食べているのだろうか。あの時みたいに、一人で泣いていないだろうか。
確かめる事は出来ないが、そのせいで色々な心配事が頭の中に広がっていく。
今すぐあこの家に行って、帰って来いとカッコ良く言いたいが、俺は躊躇っている。俺にその資格があるのか分からないから。どうしても、今は巴やあこの両親に任せた方が良いのではと、ついあこから逃げる方向に考えてしまう。
「竜介さ」
「……なんだ?」
ひまりが持っていた箸を一度おき、俺を真剣な眼差しで見つめながら話しかけて来た。こんな表情のひまりは初めてだ。つい背筋を伸ばしてしまう。
「あこちゃんに会いたいんでしょ?」
「……ああ」
「なら、会いに行けばいいじゃん」
ひまりの問い掛け。俺は無言を返す。
「……出来ない」
「なんで?」
「俺にその資格がないんだ。あこの手を掴めなかったから」
俺のこの手は、あこの手を掴めなかった。掴まなければいけなかったのに、俺はそれが出来なかった。
やはり、俺があこに会うのは間違っている。そんな気がしてならない。
「竜介、かっこ悪い」
「……それは、重々承知してる」
正直、ひまりのその一言にかなり傷心した。酷く呆れた目が俺の傷を深くする。
しょうがないんだ。俺は最高にかっこ悪い人間で、最低で最悪の臆病者。これは仕方がない事なんだ。
俺は心の中で、ダサい俺を諦めた目で見るひまりに言い訳をした。
一体、俺はどうすれば良いのだろうか。あこと和解も出来ず、このままだと皆とも距離が空いてしまいそうだ。
ただ立ち尽くす事しか出来ない俺にどうしろと言うのだろうか。天は何も助言をしてくれない。
「なあ、ひまり。俺は何をすべきなんだろ」
「それは教えてあげられないよ。答えを出せるのは竜介だけだから」
「……そっか」
ひまりの答えを聞き、俺はただ一言そう返す。
それからは何も喋らず、ただ黙々とご飯を食べていた。今まで食べた飯の中で一番食べにくい飯だった。
◇
満月と赤い空が並ぶ夕暮れ時。あこは母親と二人で台所に立って料理をしていた。竜介から教わった料理技術を活かし、包丁を振るい、フライパンを握り、調理を施す。そうして料理を仕上げた。
「はえ〜見違えた。あこも料理出来るようになったんだね〜」
「うん。りゅう兄からたくさん教えて貰ったから。美味しいご飯の作り方」
隣で野菜を調理しながら母親が軽口を叩く。
そう、竜介からたくさん教わったのだ。料理の仕方を……料理で人を笑顔にする方法を。
けれど、教えてくれた竜介本人はここにはいない。しかし、それも当然だ。だってここは宇田川家なのだから。用事がない限り、神楽家の竜介がここに訪れる事はない。
でも、やっぱりあこは寂しかった。あこの隣にいるのは竜介でいて欲しかった。竜介の家を飛び出した自分が言えた義理ではないが。
あこは一度首を横に振る。
もう姉と竜介に迷惑をかけないと決めたのだ。だからこうしてあこの家で、あこに出来る事をしている。こうして人の役に立つ事をしていれば、きっと誰の迷惑にもならないはずだ。
もう、何かを壊すなんて事もしないはずだ。
「竜介ちゃんに今度お礼しとかないとね。あこはいつあっちに戻るの?その時にクッキー持ってって欲しいんだけど」
「……もう戻らないよ。りゅう兄の迷惑になっちゃうから」
「……あらあら」
母親に強がって言ってみたが、改めて口に出してみるとかなり堪えた。やはり、心の奥底では戻りたいと願っているらしい。
「何かあったの?喧嘩なら早めに謝っといた方が良いわよ」
「謝って済む話じゃないから」
「何にせよ、ちゃんと話はしておきなさい。あなたと竜介ちゃんぐらいの男女仲って、結構もろいんだからね。後悔してからじゃ遅いのよ?」
母親のありがたいお言葉。あこの中にある、竜介の元に戻りたいと言う衝動を揺さぶられた。
何故、この機に及んで誘惑してくるのか。折角の決心が揺らいでしまうからやめて欲しかった。
「あこ、聞いてるの?ボーッとしちゃって」
「大丈夫。りゅう兄にはちゃんと言ってあるから」
「そうなの?なら良いんだけど……」
このまま母親の言葉を聞いていたら、あこは竜介の所に戻りたくなってしまう。だから嘘をついた。竜介と話をした上で家を出て来たと。本当は何も言わずに飛び出したのに。
でも、これで良い。これでもうこの話はお終いになる。
「あ、いけない。お醤油切らしてたの忘れてたわ。あこ、悪いんだけどちょっとそこのコンビニまでお使い頼まれてくれない?」
「うん。分かった」
母親からの頼み事。それは近くのコンビニまでお使いに行くという物だった。
お金を母親から貰い、あこは玄関へと向かう。
「ただいまー」
そこでバンド練習から帰って来た姉に会った。
「おかえり。お姉ちゃん」
「お、ただいま。あこは何処か行くのか?」
「うん。ちょっとお使い」
「そうか。行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
玄関で姉と入れ違いなり、玄関で靴を履く。
玄関のドアに手を掛けた所で、姉に「なあ、あこ」と呼び止められた。
あこが振り返ると、気まずそうにしている姉がいた。
「なに?お姉ちゃん」
「ん、いやさ……竜介の事、好きか?」
「え、そんなの──」
好きに決まってる──そう言おうとして、口が止まった。
何故だかは分からない。本当に理由は分からないが、今の自分は竜介を好きだと口にしてはいけない気がしたのだ。一体どうして……とあこは考えるが、あこには分からなかった。
「……分かんない」
「……そうか。呼び止めて悪かったな」
「ううん、大丈夫。行ってきます」
あこは靴を履き、玄関のドアを開けた。
___
「いらっしゃいませー」
夕暮れ時のコンビニ。店内は、本売り場で立ち読みをする人が二人と、レジでタバコを買う客が一人。そのレジにはリサがいた。
あこはコンビニの調味料売り場に行き、五百ミリリットルの醤油ボトルを持って、先程タバコを買った人がいたレジに向かった。
「いらっしゃい。どうしたのこんな時間に?お使い?」
「うん。お母さんに頼まれたんだー」
「お母さん?竜介じゃなくて?」
あこはつい気まずくなってリサから目を逸らす。やはり、何も知らない人からすると聞き逃せない情報らしかった。
何があったと視線で語るリサに、あこは説明を入れる。
「りゅう兄とね、喧嘩しちゃったんだ。全部あこが悪くて……それで、家に逃げちゃって……。昨日からずっと家にいるの」
「そっか。それは災難だったね」
嗚呼、確かに災難だった。
そう言葉を零しそうになる。
違うだろ。自分から悲劇を招いといてよく言おうとしたものだ。あこが大切な物を壊して、それで勝手に逃げたくせに。
怖がって、昨日の夜震えていたのは何処の誰だ。
「リサ姉もりゅう兄と喧嘩した事あるの?」
「う〜ん……あんまなかったかな〜。竜介とは気が合うからね☆」
「そっか……」
さすがリサだ。自分なんかとは全然違う。
「リサ姉」
「ん?」
「もしリサ姉が、りゅう兄と喧嘩しちゃったらどうする?」
何でも出来るリサが、もし竜介と喧嘩したらどうするのか。それが気になった。だから聞いてみた。
「アタシは、絶対仲直りしようって頑張るかな〜。昔から好きだし、竜介の事」
「そっか……そうだよn──」
「でも、諦めるのも一つの手だと思うよ。アタシは」
「……え?」
諦めても良い。その言葉に耳を疑った。
「どうしようも出来ない事があるって事、アタシは知ってるからさ。キッパリ諦めるのも一つの手だと思ってる。逃げるのだって強さだよ」
「……逃げても良いの?」
「当然。ずっと戦ってたら疲れちゃうじゃん?」
──ずっと戦ってたら……疲れちゃう。そっか……逃げても良いんだ。
あこの中に一筋の光が差した気がした。
逃げても良い。その台詞は、今のあこには救い以外の何者でもなかった。
「ありがとリサ姉。なんか、少しだけスッキリした」
「どういたしまして。はいお釣り」
「うん、ありがと。またねリサ姉!」
「また学校でね」
あこは荷物を持って店を後にする。
最後に見えたリサの笑顔は、とても素敵な物だった。
ひまりんとのお友達生活。全て終わった後の魔王が怖いぞ。友情は大事。恋慕だけじゃやっていけない。
最後のリサ姉の笑顔は、見る人によって考え方が変わる。Roseliaの頼れるリサ姉として見るか、竜介が欲しい女の子──リサとして見るか。奥深い。