【完結】いちばん小さな大魔王! 作:コントラポストは全てを解決する
雨雲が広がり、パラパラと雨が降る肌寒い土曜日。
目の前を通り過ぎるビルの数々。少し目線を下げれば、東京の街中を行き交う人々が目に映る。
ガタンゴトンと電車に揺られ、山手線の路線に立っていた。景色が代わる代わるする光景を目を慣れさせながら、俺は隣で目的地までのルートを確認しているひまりを見る。
「ひまり、俺達はどこに向かってるんだ?」
「内緒!」
ひまりはスマホの画面を隠しながら答える。
今朝、「竜介、外行くよ!」と言われ、流されるまま連れてこられてからずっとこの調子だ。行先を聞いても全然教えてくれない。
一応、俺も行先の考察をしてみたりもした。ひまりの事だからスイーツ関連かなと思ったが、こんな天気の悪い日に行く程の事でもない。ならば、音楽関係かと考え至ったが、俺を連れて何になると言う話。ベースの事なんて俺は何一つ分からない。リサ姉に頼んだ方が百倍頼りになるだろう。
結論、俺には何も分からなかった。
『次は〜渋谷〜渋谷〜──』
「あ、降りるよ竜介」
「渋谷?」
どうやら、渋谷が目的地らしい。
渋谷……ということは109だろうか。なるほど、服が欲しかったと。それなら頷ける。渋谷と言えばファッションの最先端を司る場所。ひまりも最初から服が欲しいと言ってくれれば良かったのに。
「竜介、こっちこっち」
電車を降りて改札を抜け、俺が勝手に予想した目的地目掛け歩みを進めていると、ひまりが手を引っ張ってその反対方向へと俺を誘導する。
ひまりが欲しいの服のはずでは?と不思議に思いながらひまりの後についていくと、一件のこじんまりした店にやって来た。店の看板には『猫の集い』と書かれている。
「ここは……?」
「猫カフェだよ。SNSで話題の場所」
「猫カフェ?」
ひまりが猫カフェなんて珍しい。ユキ姉じゃあるまいし。一体どういう風の吹き回しだろう。まさか、ひまりも猫に目覚めたのか。
猫カフェ……俺も来たことはなかったが、来てみたいなとは幾度となく思っていた。正直とてもワクワクしている。
ココ最近気分が憂鬱気味だったからか、少し気分が上がっただけで立ちくらみを起こしてしまう。まさか、俺がここまでダメージを受けているとは思わなかった。自分の身体の事は自分がよく知っていると言うが、案外そうでもないらしい。
俺は立ちくらみから自分の身体を持ち直した後、ひまりと一緒に店内に入った。
「いらっしゃいませー」
店の中は可愛い系のアイテムで統一されていた。猫のいい匂いがする。
「大変申し訳ないのですが、ただいまカップルシートしか空いておらず……」
「そこでお願いします!」
勝手に決められてしまった。傷心中の身じゃなければ勢いよくツッコンでいたところだ。
店員に連れられ、俺達はカップルシートなる場所にやって来た。壁紙から天井まで柄が全てハートと言う頭の悪い感じ。まあ、嫌いじゃないけど。
「ご注文が決まりましたら、こちらのボタンでお呼びください」
店員が持ってきた呼び出しボタン。ボタン部分がハートだった。……頭が痛い。
「わ〜!可愛い猫。見て見て竜介!猫だよ猫!」
店内の至る所にいる猫達。ひまりは寄ってくる一匹の猫を抱き抱え、愛らしそうに撫でていた。猫も気持ちいさそうに撫でられている。
俺がそんな様子を微笑ましく見ていると、ひまりが不思議そうに俺を見返して来た。
「竜介は良いの?」
「俺はいい。よくよく考えたら、家にニャン吉がいるし」
ここで他の猫に頼ってしまったら、俺は浮気する事になってしまうのではないか。子供の頃から一緒にいてくれたニャン吉を裏切る事は出来ない。だから、俺はこの猫カフェをただのカフェとして楽しむ。俺はそう思い至った。
「なんか頼むか。ひまりはどうする?」
「ここのパンケーキが美味しいって載ってたんだよね〜」
「この『猫の集い限定ニャンコパンケーキ』ってやつか?」
「そうそう」
ニャンコパンケーキ……ユキ姉が見たらどう思うだろうか。何となく、感銘を受けたまま硬直しそうだ。
「あ、竜介、これ頼もうよ」
「どれ?」
「この『カップル限定ネコネコソーダ』って言うのなんだけど、カップル証明?って言うのをやれば二時間料金タダだって」
「お、いいじゃん」
ひまりが指さしていたのは、この店で出してるカップル限定ドリンク。カップル証明と言うのが必要らしいが、どうせコップに刺さってるカップル用ストローでドリンク飲んでるところの写真を撮らせて欲しいとか、そんなものだろう。割引きどころかタダになるならお易い御用だ。割引きと無料は主婦(夫)の味方。
「じゃあ、これで決まりだね。私ボタン押したい!」
「おう。いいぞ」
ひまりがボタンを押すと、『ピンポーン』と言う音がなり店員がやってくる。メニューを指さしながら、ひまりのパンケーキと、カップル限定ドリンク、俺は無難にナポリタンを頼んでおいた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員はメニューを聞いた後去っていった。
俺は一度お冷を飲み、猫を愛でるひまりを見る。今更ながら不思議な光景だ。ひまりが突然猫なんて。俺としては猫の魅力に気付いてくれて嬉しい限りなのだが、やっぱり疑問に思ってしまう。何故あことの仲が拗れてる今なのだろうか。
「なあ、ひまり」
「ん?どうしたの?」
猫を愛でたまま、ひまりが反応する。
「なんで俺をここに誘ったんだ?」
「……嫌だった?」
「嫌じゃないけどさ、なんで今なんだろうなって」
あこが家出して、俺が傷心していて、ずっと俺に覇気がなくて。少し大袈裟だが、生きる糧を失った俺は、今こうして英気を養う様に
やっぱり、気遣ってくれたのだろうか。
「……言わなきゃダメ?」
「出来れば聞きたい」
「……分かった。えっとね──」
そうして、ひまりは話してくれた。
事の発端は昨日の朝。巴とひまりで話し合って、俺を猫カフェに、あこにはドラムを叩かせる事を決めた。そして、翌日。俺はこうして猫カフェに連れてこられ、あこは今巴と一緒にドラムを叩いているらしい。
巴とあこが一緒にいるなら安心だ。あこには辛い思いをさせてしまったから、そのケアをしてくれているのは大変ありがたい。
「ありがと。あこの事気にしてくれて。本当は俺の役目の筈なのに……」
「私達はあくまでサポートに回っただけだよ。ここからどうするかは竜介次第、かな」
「……ああ、そうだな」
ひまりと巴がこんなにも俺達を気にかけてくれている。巴はあこを、ひまりは俺を。二人で話し合って、俺達を支える事を決断してくれた。もしかしたら全てが上手くいかず、俺達の仲が悪化するかもしれないのに、そんな事態を恐れず勇敢に立ち向かってくれた。
「俺は──」
どうする神楽竜介。友達が身体を張ってここまでの事をしてくれたぞ?
なら、俺はどうする?
怖いから、あこのためだからと、ずっと蹲って震えているだけか?
いい加減、その殻をぶち破って出てきたらどうだ。
「決めた」
もう、逃げるのはやめだ。
「サンキュ、ひまり。やっと覚悟が出来た」
「ッ!じゃ、じゃあ!」
「ああ。明日、あことちゃんと話してみるよ。もう、うだうだ考えるのはやめにする」
ひまりのおかげでやっと立ち直れた──いや、それ以上の覚悟が手に入った。
明日、初めてあこの気持ちを無視して行動を起こす。こんな事今までした事なかったので、俺に出来るか不安だ。上手くいくだろうか。
俺は不安な気持ちを胸にしながら、店員が運んできたメニューを頂いた。それとカップル証明についてだが、ひまりと一緒にソーダを飲んでいるところの写真を撮らせて欲しいと言う物だった。写真は貰えるらしい。
____
「あこちゃんと巴は今頃どうしてるかな」
「分からない。けど、きっと上手くやってるさ」
猫カフェもたっぷり堪能した後、電車やバスを乗り継ぎ羽丘商店街まで帰って来た。
俺は傘をさしながら商店街の中を歩く。中々雨は振りやまない。
「今日の夕飯何食べたい?」
「うーんと……ハンバーグ!」
「あいよ」
ひまりはウキウキ顔でハンバーグが食べたいと言った。はぐみの家と八百屋に行かなければ。
俺はひまりと談笑をしながら、北沢精肉店と八百屋に向かった。お肉と野菜を買った後、暇つぶしにと羽沢珈琲店に。ひまりはケーキセットを頼んだ後、ウキウキ顔でスマホを弄り出した。
「あこに会いたいな……」
何となく零した一言。胸がキュッと締め付けられた。
改めて考えてみると、やっぱりまだ怖がっている事が分かる。気を抜けばまたあこに会う資格だとか、手を掴めなかった事を考えてしまう。
やめよう。明日あこに会うと決心したのだ。今また諦めたら、それはひまりへの裏切りになる。
「竜介なら大丈夫だよ」
「……うん。ありがと」
また不安に陥った俺の手をひまりはそっと握ってくれた。心の奥底からじんわり温まるような、そんな安心感があった。
「明日、頑張ってバシっと決めてきな」
「おう」
揺るぎそうになった決心。でも、またひまりのおかげで決意を固める事が出来た。本当にひまりは頼もしい。いてくれて良かった。
「あ、そうだ!こっそり巴にあこちゃんの様子聞いちゃいなよ。そしたら安心出来るんじゃない?」
「……それも良いかもな」
スマホを取り出して、巴に連絡を入れる。
けれど、中々経っても巴は出ない。
「…………出ない」
「どうしたんだろ。ドラム叩くのに夢中になってるのかな?」
「それだと良いんだが……」
何だか、モカとデートした後の帰り際に状況が似ている。夕飯の連絡を入れようとして、それであこが出なくて、帰ったら──
「まさか……」
その時、羽沢珈琲店の入口が勢いよく開いた。
「つぐ、あこ来てないか!?」
「と、巴ちゃん?」
最悪だ。嫌な予感が的中してしまった。
「巴!どうしたの?」
「ひまり、竜介、ごめん……!アタシのせいであこが……」
「何があった?」
雨でびしょびしょになって、息切れを起こしている巴。どうやらここに来るまでにかなり走って来たようだ。おそらくあこを探していたのだろう。
つまり、そこに至るまでに何かがあった。
「アタシがあこの気持ちを考えないで物言っちまって……それで、あこが飛び出しちまった……ごめん……!」
「事情は分かった。何処を探した?」
「商店街は、全部回った……」
「了解だ、後は俺が引き受ける。ひまりは巴を落ち着かせたら家に送ってくれ。傘は俺のを置いてくから」
「わ、分かった!」
ひまりにこれからを指示した後、俺は店を飛び出す──前に、一度巴の方に振り返った。
「巴、俺は巴とあこ……どっちに非があってこうなったのかを知らない。だから聞きたい──あこを許せるか?それか、自分の非を認められるか?」
「悪いのは、全部アタシだ……!」
「分かった。それが聞けて良かったよ」
巴の答えを聞いた後、俺は今度こそ店を飛び出した。
本当は明日あこに会いに来たかったが、どうやら神様はせっかちらしい。
◇
雨と言うのは、神様の涙らしい。
なら、あこが流してる涙は、一体何になるのだろうか。
『あこ、久しぶりにさ、一緒に演奏しないか?』
姉が自分を気遣ってか、一緒にドラムの練習を申し出た。
しかし、自分自身を許せないあこは、大好きなドラムを叩く事を禁じていた。だから断った。
『ごめんねお姉ちゃん。あこは、ドラムを叩く資格がないの……。だから、ごめんなさい』
『そ、そうか。へ、変な事言って悪かったな。あははは……』
本当は、これも逃げだと言うことを知っていた。
でも、あこは逃げてもいいことを知っていた。
たくさん戦って、だから逃げる事にしたのだ。
『卑怯だよねこんなの……。でもねお姉ちゃん、ずっと戦ってたらさ……疲れちゃうんだよ……。だから、逃げるの……』
リサが言っていた。ずっと戦っていたら疲れてしまうと。だから、逃げる強さも必要だと。
『そうか……。あ、あのさ、あこ──』
戦い疲れていたはずのあこに向かって、姉は言った。
『上手く戦えたか?竜介や皆が納得出来る戦いは出来たか?』
ドクンと、心臓が跳ねた。
戦ったと答えようとした。でも、出来なかった。
だって──
『ああ……そっか』
『あ、あこ?』
あこは、戦った事なんて一度もないんだから。
ずっとずっと、逃げる事しかしてなかった。
いつ自分が戦った?何時どこで、自分が疲弊する戦いをした?誰もが納得する戦いなんてしていないではないか。
あこは忘れていた。自分が逃げる事しかしてこなかった事を。
あこは忘れていた。自分がどうしようもない程の卑怯者で、臆病者だったという事を。
あこは、また間違えた。
『お姉ちゃん、ありがとう。それと、ごめんなさい。あこ、やっぱりここにいない方が良いみたい』
『へ……?何言って──』
あこは、また逃げた。
姉を家に置いていき、商店街を抜けて、通学路を抜けて、あこはある場所にやって来た。
大切な人との、大切な場所。あこに残った、最後の“大切”。
そこであこは、一人蹲って震えていた。
「ごめんね……りゅう兄……」
──あこは、逃げる事しか出来ないみたい。
次回、解決。
魔王様は逃走の達人。別に逃げるだけでもええんやで。
異性の友達とカップル割を使う時は気をつけよう。店によっては詐欺だと訴えてくるぞ!(経験だn──嘘ですごめんなさい)