EP1 ~ Task01 平原の怪獣鳥
【side: 水月】
一九九五年初頭――アレッサ大陸の情勢は緊迫しつつあった。
大陸の北と南の二つの大国、ノーザンディア共和国とサウザンディア民国で大規模なテロが発生したのである。
かつてノーザンディアとサウザンディアは互いに最大の友好国であった。
しかし、それを危惧した武装組織テレジアは、二国の間で不和を生じさせるべく、大規模な爆破テロを引き起こしたのだ。遂に世論はテレジアの思惑通りとなり、二国は衝突することとなる。
一九九五年七月二十三日。サウザンディア民国は突如ノーザンディア共和国に宣戦布告すると、手始めに北の隣国であるノーザンディア共和国へと侵攻を開始。瞬く間に主要都市を陥落させ、ものの数日で国土の4割を占領するに至った。事態を重く見たノーザンディア共和国政府は、特殊精鋭部隊の組織を決断。これが、アレッサ大陸全土を震撼させた南北大戦争の始まりである。ノーザンディア空軍の特殊精鋭部隊はサウザンディア空軍の航空隊を悉く撃破していき、両国の戦況は疲弊したまま、十一ヶ月が過ぎていった。しかし、戦争の終結はあっけなく訪れることとなる。
一九九六年八月二日。武装組織テレジアは両国の首都で戦術核弾頭を起爆。遂にテレジアが表舞台に姿を現したのだ。これにより両国政府は緊急会談を開き、テレジア打倒の為停戦協定を締結。南北連合軍はテレジアの本拠地であるマグロスベースへと進撃。ノーザンディア空軍に現れた新星『北陸の死神』とサウザンディア空軍きってのエース『南の悪魔』『血の怪鳥』の共闘によりテレジアは壊滅した。
一九九七年一月一日。ノーザンディア共和国とサウザンディア民国は南北平和条約を締結し、正規軍とは独立した『南北連合軍』を組織した。これにより、アレッサ大陸は再び平和が訪れたのである。ところが、四年後にアレッサ大陸は再び戦争の時代へと戻ることとなる。
二〇〇一年四月四日。テレジアの残党を中心とした『反政府反逆連合』が武装蜂起したのである。
反政府軍はノーザンディア共和国とサウザンディア民国の主要都市を次々と襲撃し、両国経済に大打撃を与えたのである。
――とは、新聞でも飽きるほど読んだ内容だ。四日からこっち、何処の新聞も反政府軍の話題で持ちきりである。
「んで、南北連合は慌てて部隊を再編。傭兵まで組み込んでの大規模反抗作戦……か。しかし、肝心の空軍は正規軍パイロットを連合に回したとは驚いたわ。それだけに状況は劣悪ってことか。」
つまり、事実上南北の正規軍は壊滅である。そんな状況であるからにして、今現在も南北政府は傭兵を募り集めているものの、どれだけ集まるのかは怪しいところである。かく言う俺だって、古い知己からの要請でなければ応じたかどうかわからない。それほどまでに最悪なのだ。
そんなことを考えていると、列車がもうすぐディザイアに到着すると告げるアナウンスが流れ始めた。
ディザイアはノーザンディア共和国とサウザンディア民国の国境沿いに存在する街だ。国境沿いにある為、北と南から様々なアイテムが流通している。俺に国境沿いまで来いという速達のメールを寄越しやがった奴に指定された街だが、一刻も早く来てくれ、なんて書くくらいだ。よっぽど余裕がないのだろう。
列車が減速して駅のホームに入り始めたのを見計らい、傍らに置いていた鞄を肩に掛け直す。
ディザイア行きの列車は俺と車掌以外誰もおらず、ほぼ貸し切りに近い状況だったのだ。
列車から降りると、ディザイア駅のホームは案の定の人気の無さだったわ。
「水月! 河島 水月!」
だからだろうか。予想していた声が、すぐに俺の名を呼んだ。
わざわざホームまで出迎えてくれるとはな。顔に×字の仮面を付けた変わり者。間違えようもないだろ。
「久しぶりだな、おっちゃん。お出迎えとは恐縮だ。」
「ああ、元気そうで何よりだ。親父さんも息災かね?」
「幸か不幸か、変わりねぇよ。」
そうか、と頷くこの男こそ、軍から身を引き隠居と洒落込んでいた俺を呼びつけた張本人――枢木 恭介だ。民間軍事会社『トラピスティア社』に所属する有能な指揮官で、俺とは……正しくは俺の親父とは古くから付き合いがあり、手紙のやり取りくらいはするような仲だった。
「そんで? 個人的な縁故に頼ってまで俺をヘッドハントするくらい、旗色が悪いってか?」
「否定はしないが、別の理由も含まれている。話は移動しながらだ。もうじきシュルドレイク行きの直通便が出る。」
「シュルドレイクだと?」
「我らがTP社の前線基地であり、南北連合空軍の最前線基地だ。」
歩き出したおっちゃんの後について、俺もまた歩き出す。……しかし、まさかのシュルドレイク平原ねぇ。
「つまり、アホみたいに何もない所が俺のねぐらになるわけか。」
「そういうことだな。なに、心配はいらんよ。できる限りの便宜は図るつもりだ。」
「冗談言うなや。」
結局、おっちゃんは俺が何を言おうと前言を覆すことなく、気付けば街の南端ヘリポートに停まっていた輸送ヘリに乗せられていた。
「――で、俺を呼び付けた用件ってのは? いい加減話してくれるんだろ?」
おっちゃんからの手紙には、連合軍が傭兵を募っているのでTP社に来てもらいたい旨の他、一つ頼みがあるとも書かれていた。さっきの「別の理由」然り、おっちゃんがわざわざ俺を呼んだのは、その「頼み」の方が本旨であろうことは想像に難しくないだろ。
「突拍子の無い……傭兵働き以上のことを求めるってんなら、ヘリをジャックしにゃならんからな。」
「性急だな。……〈南の悪魔〉を知ってるか?」
現状と何の関係があるんだ? とあるエースパイロットに付けられた二つ名であった。
そのパイロットを知らないわけではないが、四年前の南北大戦争で〈北陸の死神〉と散々なまでに激戦を繰り広げたことで戦闘機乗り連中の間では、今や知らぬ者はいないほどの知名度を誇る。とは言え、それが俺の質問にどう関係してくるというんだ? ただ、ここで敢えて口に出したからには、決して無関係などではないだろう。
「本人は知らんが、噂ならあっちこっちで散々聞いたわ。四年前の話だろ。戦闘機乗り連中の間では暫くその話題で持ち切りだったからな。」
噂に曰く、「サウザンディア空軍きってのエースで、ノーザンディア空軍のルーキーと激闘を繰り広げ、その後に共闘。テレジアのエース部隊を全滅させた」とか。彼の功績を称賛し、そのパイロットは〈南の悪魔〉と呼ばれるようになったらしい。別に悪魔なんて単語が選ばれたのは、単にTACネームが〈ダーカー〉だからってんで、それにかけたって話だ。
「その〈南の悪魔〉が〈血の怪鳥〉と共に、今シュルドレイクにいる。」
「へぇ、そーなのかー。おっちゃんが嘘を書いたんでないなら、正規軍は壊滅同然なんだろ。〈南の悪魔〉ほどのビッグネームなら、もっと選んで雇われそうなんだが……。」
「〈南の悪魔〉は腕の立つパイロットだが、雇ったからといって雇い主の誰もが従えられるわけでもない。水月――いや、〈死神のシザーズ〉か。シザーズ、君にはTP13飛行中隊第五飛行隊を預けることが決定している。君が一番機だ。二番機との二機編成部隊となる。」
おっちゃんは淡々と告げた。俺は、ため息を吐かざるを得なかった。仮に俺がどんな愚か者だとしても、ここまでお膳立てをされれば言わんとされていることが何か、嫌でも察してしまう。
「実際、キャリアの浅い愚か者を一番機に据えてもらえるとは光栄だな。で? 二番機はどんな奴だ?」
「氏名は笛吹川 凛。TACネームは〈ダーカー〉だ。」
「この愚か者めが!」
思わず叫んだ俺の目の前で、おっちゃんは白々しく声を上げて笑う。
「あのさぁ、おっちゃんよ? そりゃあ俺は雇われて命令されれば相応の仕事をするぜ。だが、こいつは荷が重すぎるだろ。こっちはキャリアの浅い二等空兵、あっちは歴戦の勇士。従ってくれるわけないだろに。」
「双方の経歴は把握している。今更比較したところで、撤回など出来んよ。」
「……俺には理解できねぇよ。」
えらい所に呼ばれちまったもんだ。……まったくもって酷い話だ。おのれぇぇぇぇぇぇぇ!!
〈アレッサ大陸〉
世界のほぼ中央に存在する大陸。
〈ノーザンディア共和国〉
アレッサ大陸北端に位置する大国。首都はノーザニア。
〈サウザンディア民国〉
アレッサ大陸南端に位置する大国。首都はジェミナイズ。
〈武装組織テレジア〉
四年前の南北大規模テロや南北大戦争を誘発した敵勢力。
〈特殊精鋭部隊〉
四年前の南北大戦争で活躍したノーザンディア空軍の精鋭部隊。当時ルーキーだった水月も所属していた。
〈南北連合軍〉
ノーザンディア空軍とサウザンディア空軍の腕利きパイロットで構成された軍隊。TP社のクライアント。
〈北陸の死神〉
南北大戦争で現れたノーザンディア空軍の新星。つまり水月のこと。
MiG-1.44L Strike Flatで戦場を飛び回った。
〈南の悪魔〉
南北大戦争で活躍したエースパイロット。つまり凛のこと。
TND-5D'sを愛機に、水月やイリアと共に戦った。
〈血の怪鳥〉
南北大戦争前から多大な戦果を上げたエースパイロット。
言うまでもなくイリアのことである。
近代化改修キットで強化したMiG-29Aで水月や凛と共闘している。
〈反政府反逆連合〉
武装組織テレジアの残党を中心に集結した敵勢力。
新型兵器を大量に配備している。単に反政府軍とも呼ぶ。
〈ディザイア〉
ノーザンディア共和国とサウザンディア民国の国境際に位置する街。
北と南から様々な物が流通する。
〈シュルドレイク基地〉
シュルドレイク平原に点在する空軍基地。南北連合軍、南北正規軍、TP社が使用している。
〈トラピスティア社〉
民間軍事会社。単にTP社とも言う。
〈TP13飛行中隊〉
TP社が抱えている航空部隊。確認できるだけでも五部隊は存在する。
〈アクィラ隊〉
TP13飛行中隊第五飛行隊。水月たちの所属先。