大きなのっぽの巡洋艦 作:浅春
立成31年2月18日 午後2時32分 バシー海峡西航中 駆逐艦不知火
「左舷, 進路030, 本艦左舷の船舶. こちらは駆逐艦不知火, 海上自衛隊である. 貴船の進路は我が艦隊の進路と交差する. 速やかな進路変更を希望する. また本海域は現在民間船舶の航行が禁止されている. 貴船の所属と航行の目的を問う. オーバー 」
「不知火もまじめだねー. あなたの疑う通りに十中八九該船は民間船舶なんかじゃないでしょうに. わざわざこっちの位置知らせなくてもよかったじゃない. 」
「どーせ電探回しっぱなしだし, 第一あなたのせいで強速しか出せないのですから少しは発言に気を使ってください. 夕張さん 」
「あー, ケガしてまで説教はうけたくないわ. それで返答がなかったらどうしますかシラヌイさん?」
「私があなたを引っ張って一戦速まで出します. そのまま高雄まで逃げ切る方向で. 択捉, 18kt出せるかしら?」
「ジーゼルでもそれくらいはでます!はやく海峡を抜けましょうよ. 」
沖大東島南方200㎞にて有人航空機の偵察により東進中の深海棲艦々隊が確認された. これを補足した, 軽巡夕張以下一個駆逐隊からなるTF42.4.1はその北を電探補足しながら並進し, 主力であるTF42.1~3の敵艦隊への接触を待っていた.
5隻で単縦陣をとっていた彼女らにとって不幸だったのは, 補足した敵艦隊と反対側, 彼女らのさらに北方に潜水艦がいたことであった. 先頭の夕張を目標として少しの角度をもって発射された2本の魚雷は, うち一本が夕張に命中し, 彼女は最大で16ktの速力しか発揮できない状況となった.
この結果, 夕張は旗艦を陽炎としたうえで敵の針路と逆にある台湾の左営基地に離脱することとなった. この際不知火が護衛につき, 途中左営から迎えにきた択捉が合流し現在にいたる.
不知火 夕張 択捉の並びで進む彼女らは台湾の沿岸に極力近づこうと北西に針路をとるが, 台湾南端に深海棲艦に対し有力な砲台はなく, さらに電探のようすではリウチウ島南方で敵の視認距離, およそ4.5kmに入るようだ. 敵がレーダ持ちならさらに遠くから撃ってくるだろう.
会敵予想時刻までおよそ12分, 不知火だけならその足で十分に逃げ切れるだろうが, 中破の軽巡と海防艦の足では到底望めることではない.
3隻ともここでお涙頂戴の掛け合いをする気は毛頭ないが, 夕張などは不知火の背中を明らかに睨んでいた.
不知火の先の無線通信, つまり人間の使う周波数による, ただし妖精さん印の無線機, が深海棲艦に通じるのかはわからない. が, わからないからこそこのような七面倒な状況で余計なものを呼び寄せる必要はなかった. しかしそこで規則を破れないのが不知火であり, この艦隊の旗艦は不知火であった.
6分が過ぎても返答はない. 特段出力を絞った通信ではなかったので相手は人語の通じない艦なのだろう. 各艦が意識を張り詰めさせていく中で, 先頭を行く不知火の電探に別の艦影が映った.
「新たな艦影, 方位320, 距離160, 止まっているのかしら?」
「不知火さん, 初めの艦が敵で確定なんですから, さすがにまた警告なんてしませんよね?」
「あら択捉, 不知火はそんなに馬鹿にみえるかしら.」
「馬鹿といえばバカか.」
「けが人は黙ってて. 」
「はぁい」
駆逐艦, 軽巡, 海防艦, 夕張が万全だったとしても敵が重巡以上なら厳しい. まして現状では駆逐艦2隻でも全艦無事とはいかないでしょうね.
不知火は初めに補足した敵の出てくるであろう方向を見ながら, なんとか2隻目の到着前にこれを撃破する方法を考えていた.
会敵まで後1分, このとき電探で捉えていた敵2隻目の艦影に動きがあった. 彼女らの予想会敵点に向けて高速で進み始めたのである. さらに悪いことに, その艦影は彼女が1隻目よりはるかに大きいこと, つまり軽巡以上は確定であることを示していた.
「最悪なら戦艦, 重巡か, こんなことなら砂糖まみれの羊羹をダイエット中なんて言って五月雨にあげないで食べちゃえばよかった.」
「どうせこの後, 工作部での修理中はろくに食事できないんですから, いまより痩せれますよ.」
「どうしよう択捉, 不知火に慰められた.」
「本土戻るときは一人で帰ってください. まったくこの状況でよくそんな軽口ぃ...」
「敵艦視認, 方位310, 重巡ネ級, 目標ネ級, 左砲雷撃戦!」
「左砲戦!主砲, 高角砲, 独立打方! 不知火曳航索切って, あなた1隻で動いたほうがいいでしょ.」
「それもっと早くいってよ... 択捉, 夕張を任せたわよ.」
「砲戦用意!ヨーソロー。択捉, 夕張に先行します. 」
「私も主砲は撃てるんだから. この距離なら14cm砲でも抜けるはず. 」
択捉, 夕張は針路, 速力はそのままで台湾西岸を北上する針路を直進し, 敵ネ級に対し砲撃を開始した.
不知火は彼女らの援護を受ける形で敵の回頭が終わり次第, 方位角右90度となるよう転位し始めた.
深海棲艦の知能など調べる方法もないが, 彼女にとって一番の脅威と見えたのは盛んに14cmと12cmの砲弾を浴びせてくる夕張であったようだ. 十年式高角砲のそれと比べるとはるかに長い間隔で撃たれる8in砲弾は, それが一斉打方によるものであるからであり, 交互打ち方であれば2発ずつ5秒おきにでも浴びせられただろう.
敵ネ級が夕張に気を向けているすき, 見事敵右舷についた不知火は反航しながら魚雷4本を扇型に投射した. 2kmほどである, 1本は確実であった. だが当たったのはまさに1本だけであった.
反転して択捉らと合流した不知火は敵ネ級の被害が不明であったものの, 動きが止まっているうちにできるだけ北上することにきめた. この間にネ級に加えて攻撃することも可能ではあったが, 砲撃では機関部への被害があまり期待できず, 敵の2隻目から距離をとるほうが確実であると考えた.
実際, ネ級の被害は大きなものではなかった. 命中したようにみえた派手な水柱は魚雷の早爆であり, 右舷側の推進器に一時影響したのみで, 彼女は偵察機を放ち不知火らを追跡し始めた.
時系列は少々遡って午後2時39分, リウチウ島西南西14km沖にモンゴロイド系の顔立ちにしては背の高い, この南洋に不似合いな厚い毛皮のフード付きの外套を着た, 艦娘がひとり.
いまさら理由を考えるのは神学者か物理学者か, はたまた生物学者の仕事である. どこからか現れた少女, というには大人びた容姿であるが, が浮かんでいた. 艤装の様子などはすでに知られているアイオワ級に近いが彼女のような露出の多い服装ではなく, また主張するものも小さい.
そして急に身体なるを与えられえた健常な精神に, まず初めに生じる感情は困惑であった.
“テスティング, 1, 2, 3...”
間違いなく, 彼女の声は艦内放送ではなくその声帯から出ているのである. しかし, いままで艦だった彼女が, 解体場で目を閉じて朝目が覚めるように精神が覚醒したら, その自我は人間のような身体にあったのである. これでは自身の生体であることを疑っても, 不思議ではないだろう.
“どこの神様が創造した世界だか知らないけど, 前の世界よりかは自由な思考ができそうね. 両手を複雑に動かせるようになるうちに人間の脳が発達したなんて考えもあるみたいだけど体無しから身体を得た私はなにができるのかしら. ”
困惑から立ち上がると, 次は知覚した現状について考えるわけだが, 彼女は前向な思考を始めたようだ.
羅針盤も六分儀も使わず, 彼女ら艦娘は自身の位置を認識できる. またレーダの装備があれば直感的に, なんらの画面を見ずに, 彼我の距離と滞空目標の高度を知ることができる.
さて, 光点は4, 南南東14kmに1, 南東17kmに3, どちらも米海軍の周波数の無線通信, レーダは使用していないか.
いや, 北東の先頭艦のは帝国海軍の対水上レーダだ. 知らない奴より話は通じるか, まずは彼女らに合流したいな.
彼女は大戦の後, 15年ほどの余生を過ごしていたのだがなんら特筆すべき活動はなく, 彼女の記憶の大部分を占めるのは7カ月ばかりの太平洋での戦いであった.
新車を納入するときにオマケで燃料を満タンにしてくれたわけではないだろうが, 燃料はたんまりある. 艦の頃と比較すると驚くほど早いカマの立ち上がりを感じて, 彼女は北東へと針路をとった.