大きなのっぽの巡洋艦   作:浅春

5 / 5
五節 役務

船, 舟, 艦, ふねに関する信仰というものは海外でも, 例えば船乗り猫のようなものがある. しかし, 船自体に神をミることは, 自然信仰が一般的な国でなければまれではないか. もし私たちが, あるいは私にある艦のころの記憶が本物ならば, そのときの私は何者だったのだろう. 帝国海軍の彼女らにとってそれは簡単な問いだ. 彼女らが言うには, 彼女らの国には船霊なる考え方があるそうなのだから. 

 

しかし私の乗組員たちにとって, 私はただの機械であったはずだ. しかし私はそこに居た.

 

 

 

 

立成31年2月19日 午前8時15分 台湾 高雄港

 

 

午前6時30分, 営舎内にラッパの音が鳴り響き, それに驚いて飛び起きる. 朝の体操は, 艦娘の場合強制参加ではないそうなので, 窓からグランドを眺めていた.

 

同7時00分, 隊員の方々に混じって朝食を摂る.

 

同8時00分, 基地に停泊する各艦から三種のラッパが聞こえて来て, モーニングカラーが行われる.

 

同8時15分, ジープを供にしたライトバンに乗り, 高雄港の民国海軍地区から左営基地に向かう.

 

 

昨夜高雄港に入港したのち, 両用戦車両を上陸させるようなスロープで, 初めてオカにあがった. 期待していた感動のようなものは一切なかった. よくよく考えれば, ただ歩くだけなら甲板の上だって同じことなのだから当たり前である.

 

夕張は幾人かの隊員に付き添われながらコウショウ, 後で知ったのだが, 造修補給所の下には艦娘部というものが置かれていて, これが「工廠」と呼ばれているらしい, へ向かった.

 

彼女と別れた私と不知火は, 高雄港の海自施設の長である造修補給所長のもとへ報告とあいさつに向かい, 今晩と明日の指示を受けた.

 

それから不知火とともに初の食事, 入浴を経験した. 味, 食感, 口内で感じる熱, 海水でない温水が皮膚を伝う感覚, 人間はこんなにも様々なものを感じていたのか!

 

それにしても, 日本人は常日頃ハシを使っているから手先が器用になるのではないだろうか?

 

 

入浴の後, 増員時用の空いていた個室をあてられ, 不知火から生体の扱い方に関する話を聞いていると就寝時間となった.

 

昨日の多くの初体験の中でも, 寝ること, 一番の難題はこれのように感じた.

 

艦だったころの私は十数年間意識が途切れていない. 船は昼夜を問わず走るものなのだから, 何をもって人間の睡眠という動作の置換ができるのか.

 

とにかく, 睡眠という行為をまったく理解していなかった. ゆえにそう小さくない恐怖, 記憶が途切れたらその続きはどうなるのかという考え, にかられた. 

 

それがどういうことか, 不知火に促されるままに, ベットに入り, 目を閉じて静かにしていれば, 次の瞬間には「目が覚めた」という感覚とともに, 視覚が今まで感じたことがない眩しさを訴えてきたのだ.

 

 

 

同日 午前8時17分 台湾 高雄港 海自業務車々内

 

 

「不知火さん, 昨日聞きそびれていたのですが, 艦娘の労働環境はいかなものでしょうか?」

 

「んー, 普段は訓練, 哨戒, 事務仕事, 休みのどれかってフウかしら. 艤装つけていれば睡眠欲は感じないから, 航海中にこけるようなのは根っからだらけてる奴だけよ. 」

 

「では作戦行動時は?」

 

「そういう時はヒトも艦娘も区別なく, 不眠不休よ. 」

 

「さすがに人間の将兵は寝ますよね?」

 

「心持を表現しただけよ. まあさっき言ったように, 艤装をつけてるときは生物的な欲求とは無縁のはずなのだけれど… 」

 

「艤装って呪いのかかった, 鎧か何かの類なのでしょうか. 」

 

「答えは妖精さんしか知らないわ. 」

 

「その妖精さんてのも何者なのでしょう. 不謹慎な話, 元の私たちの乗組員と考えても, 私の乗組員の皆さんなんてほとんど他の艦に移っていきましたから. 今の私の妖精さんには, ならなように思えるのです. 」

 

「初期艦の5隻なら何か知っているかしらね. あー, 初めに現れた駆逐艦5隻のことをそう呼んでいるの. 」

 

車は過港隧道を潜って高雄港の本島側に渡り, 高雄国際空港の滑走路を右手に見ながら省道台17線を北上する. 港の北端にある柴山を左真横に見るようになると, 両側に高層ビルが立ち並ぶ.

 

初めて上陸した港が高雄であった艦娘は, 港のコンテナの山とこのビル群に圧倒されるのが常であるが, ニューヨークの街並みを見慣れていたアラスカにとっては, 外壁に占める窓の面積が増えたこと位しか気をひかれるところはなかった.

 

ただ, 経路上3ヵ所ほどで見られた, 環状交差点には興味を持ったようだ.

 

どこが気を利かせたのか運転手は女性だったので, 不知火から昨晩に続き人間的な生活について話の続きを聞いていると, 左営基地の門が見えてきた.

 

 

同日 午前9時05分 台湾 海軍左営基地内 海自派遣隊事務所

 

 

工事現場で見るようなユニットハウスの2階, 潮風吹きさらしのドアサッシにしては静かに開いた派遣隊長室にて. 入室後, 不知火・アラスカは自身の名前と所属を告げる. 派遣隊長である一佐は, 不知火の提出した報告書についていくつか質問したのち, アラスカに話しかけた.

「初めまして. 私は左営派遣隊長の二針一佐と申します. 」

 

「さっそくですがアラスカさん, あなたの今後についてですが. あなたの意志に基づいて, 我々はあなたが現代社会へとなじめるよう手助けする用意があります. 」

 

「そして, これから人間とともに生きていただくうえで, あなたには何らかの職業についていただかねばなりません. 」

 

「わが国や米国には徴兵制はないので, あなたももちろん, 努力次第で自由に職業に就くことができます. 」

 

「しかし, あなたは艦娘という姿で, この世に身体を得ました. 」

 

「私たちだけでは深海棲艦に勝つことは絶望的です. どうしても, 艦娘の助力をいただきたいのです. どうか, 協力していただきたい. 」

 

前置きで自由を強調しながら, 後半の押しが強い. 聞くところの情勢ではむべなるかな.

 

とは言え, すでに昨日今日の情報収集は旧帝国海軍艦娘についてばかりであった. 高雄港に他国の艦娘がいなかったのも事実であるが, それでも私の興味は彼女らの国にあった. 

 

艦の頃の私が見た敵とは, その国の飛行機だけであったから? 今生で初めて出会ったのが彼女たちだったから? 終戦後に沖から眺めたその国の山々をもう一度見たいから? 昨日食べたサバミソの味が舌から離れないから?

 

もし私に感情が語れるのならば, ヒトの決断がある一つの物事で決定されることは, まれなのではないのだろうか. つまり私の決断とは.

 

「このような艦で良ければ, 貴国の艦として勤めさせていただきたいと思います. 」

 

 

 

 

所属を決めたらすぐ配備, すぐ実戦などとなるわけもない. アラスカは, 人間としての常識について不知火と, 復活した夕張から指導を受けていた. 彼女らの内地への帰投はアラスカに合わせて行われることとなったため, 生活に関する指導もついでに任されていた.

 

ほとんどの艦娘は, 艦だったころの自身の乗組員の生活を, 暇に任せて観察していた. よって新人艦娘に対する主な指導は, 女性として必要な知識と, 行動, 言葉遣いについてであった.

 

本来はこの後, 精神状態を確認するための精神科医との面談や, 言語能力(帰属する国の言語)・高校卒業程度の数学・物理及び地理・歴史・政治・経済・法律の学力試験も行うのであるが, それはアラスカの内地回航後に行われることとなった.

 

学力試験まで終えた艦娘は, 以降付き添い無しで行動することが許される. つまりこの段階で, その艦娘は人に準ずる権利が保証される. また海自ならば, 自衛官として海曹長に任ぜられる. 

 

半年間, 艦娘からなる部隊で勤務したのち, 選抜試験を経て, 海自幹部学校の幹部艦娘課程に入校する. ここでさらに半年の教育を受けると, 間を飛ばして一尉から始まり, それぞれの艦種の艦長と同じ階級まで昇進できることとなっている. 

 

ただ戦闘するだけならば, アラスカのように艦娘になって数分でも対応できると考えられるが, 群・艦隊単位での指揮は, やはり教育を受けていなければ難しい. 加えて, 艦娘が海外へ派遣された際, 彼女らの階級の低さにより, 人間の士官と問題になった事例もあり, 艦種相応の階級まで昇進できるような制度が整備された.

 

「夕張さん, 私たちはいつ, 内地へ向かうのですか?」

 

「ついでに船団護衛もしながらだそうだから, 三月の中頃かしら. 」

 

「桜は咲いていますか?」

 

「ちょっと早いかもね. 」

 

「さて, 今日はスーパーで買い物してみましょうか. 」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。