むかしむかし、南方のトラック泊地というところに若い提督がおりました。
提督は毎年はるばる広島の大本営に戦果の報告にでかけます。
それはそれはたいへんな道のりです。しかも艦娘は護衛につけず、海路にはきけんな深海棲艦や渦潮も出るので、命がけでした。
大本営というところはそれだけの危険をおかしても行かなければいけない、ありがたい場所とされていたのです。
さて提督が大本営への道のりの途中、パラオ泊地というところに毎年立ち寄る間宮さんのお店があり、そこの店員さんに、伊良湖という小さな補給艦がいました。
伊良湖は提督が大好きで、毎年提督が泊まりにくると、提督さん、提督さんとじゃれつくのでした。
そして「いつか提督さんのお嫁にして」と言い、提督も、「ああ、伊良湖をお嫁さんにしてやろう」と言いあっていました。
その年も店に提督がやってきました。いつものように提督は食事をしながらトラック泊地の話などを伊良湖に話してきかせ、床につきました。
夜更け、提督はほのかな香のかおりと衣擦れの音で目がさめます。ひょいと目を開けると、伊良湖がしゃんと座っております。そして、
「提督さん、お約束どおり伊良湖をお嫁にしてください。伊良湖をもらってください」
「ちょ、まっ、待て待て、こんな、なんだ。冗談にも程がある」
「提督さん、冗談などではありません。伊良湖をお嫁にしてくださるって提督さんずっとおっしゃってたじゃありませんか。」
「それは、その…」
「提督さん、私のことがお嫌いですか?」
「嫌いなんて、とんでもない!」
提督はとうとう断りきれず、伊良湖と結婚する約束をかわしてしまいました。
次の朝、提督は「大変なことになった」と思いました。自分には大井という嫁艦が居るのです。結婚などとんでもない話です。
伊良湖を「お嫁にする」と言ったのは子供あいての軽い言葉にすぎないのです。本気にされては困るのです。
すると、「あなた、ごはんですよ」と伊良湖の浮かれた声がします。白米に納豆、あさりの味噌汁、ほうれん草のおひたし、伊良湖はすっかりお嫁さん気分で鼻歌まじりに朝ごはんを並べます。
それを見て提督は「逃げよう」と決心します。大本営からの帰りは別の航路を通ることにしました。
さて、伊良湖は「結婚する」と言った提督の言葉を信じて待っていましたが、いつまでたっても提督は帰ってきません。
そこで連絡船の人たちに聞いてみます。
「あの、この船の人の中に、こう、スラッとカッコいい海軍の士官はいませんでしたか?」
「ああ、おったおった。その人なら横浜から別の船に乗って帰ってったよ」
えっ、まさかと伊良湖は思います。何かの間違いだろうと。
でも何人にきいても提督は別の船に乗ったというのです。
暗い疑いの気持ちが伊良湖に芽生えます。なんとしても提督さんのお気持ちを確かめないと。伊良湖は艤装の機関を回しました。
さて、提督は船旅を楽しんでいましたが、後ろから提督さん!提督さーん!という声がしてビクッとします。
振り向くとはるか向こうに伊良湖の姿が。ずっと駆けてきたのでしょうか。髪を振り乱し、割烹着のすそをまくり、必死に追いかけてきます。
その姿を見て提督はまずいと思いました。船長に速力を上げるよう要求します。
「あっ、なぜ逃げるのです!提督さん!」
いよいよ変です。自分の顔を見たとたんに逃げ出すなんて。何かよっぽどの事情があるのか、とにかくわけをききたいと追いかけます。
「提督さーん!提督さんー」
伊良湖は死に物狂いで追いかけます。追いついてわけを聞きたいのです。でも提督は焦ってこちらを見ながら逃げるばかり。
いつか割烹着のすそは擦り切れ、服はびしょびしょ、髪の毛を振り乱し、スゴイ格好で伊良湖は駆けていました。
船の人たちは伊良湖の姿を見てギョッとしました。
でも伊良湖は補給艦です。いくら伊良湖が全力で走ってもとうてい追いつけません。二人の距離は開く一方。ついに伊良湖は燃料切れで機関停止してしまいます。
「あっ、助けて提督さん!?艤装がっ!あぁ…こんな…」
海に佇んで助けを求める伊良湖を見て、提督はさすがに哀れになってきました。船長に声をかけ救命ボートを出してもらい、伊良湖のもとへ行き、優しくわけを話します。
自分が大井の夫で、どうしてもお嫁を取るわけにはいかないこと、 「結婚してやる」と言ってたのは子供をあやす軽口で本気ではなかったこと、自分などにこだわらないでもきっと今に素敵な男性があらわれるさ、などと話し、
「すまなかった!」と頭を下げます。
すると……、
ガブッ!!
伊良湖は提督の肩に噛み付きます。
「ひぃいぃ!!?!」
慌てて提督は船を出します。伊良湖を引きずったままズルズルと進み、ようやく引きはがすと、大慌てで逃げます。
「提督さん、覚悟してくださいよ…!?」
逃げる提督。追う伊良湖。どちらも死に物狂いです。
すると連絡船が見えてきます。
「船長!船を出してください。女に追われてます!」
「ははっ、女だ?軍人さん、モテる男はつらいねえ」
「違うんです!ほんとマズいんです!」
船長さんがひょいと見ると、はるか向こうから血まみれの艦娘が髪の毛を振り乱して何かわけのわからぬことを叫びながら走ってきます。こりゃ、ただごとじゃないと慌てて船を出します。
伊良湖が連絡船についた時にはすでに船は最大船速になっていました。
ギュイィン
伊良湖の機関音が変わりました。
しばらくギアがガクガクしていたと思うと、ボワーーと何かものすごく大きな煙が上がってきます。それはまるでわだつみの龍かとばかりに靡いています。
なんと伊良湖の執念はみずからの機関を駆逐艦級のものに変えたのです。伊良湖は
「提督さんー、提督さんーー!!」
とわめきながらゴオーと煙を吐きながら接近しました。
「うわあああ」
提督を乗せた船は撃沈です。提督はとっさに海に飛び込み命をとりとめましたが、船長さんはどうなったでしょうか。考える暇もなく提督は海を泳ぎわたり、救命ボートにあがり、また逃げます。
さて先には見捨てられた前進基地がありました。提督は助けを求めるかのようにを救命ボートを接舷し、
「あぁ!あんな女だとは思わなかった!誰か、誰か居ないのか!?」
まだそこに居た妖精さんたちはその様子を見てただごとじゃない、これは嘘や冗談ではなかろうということで、提督を地下壕のところにつれていきます。そして扉をふさぎ、その中に提督を隠します。
するとドドドー!とスゴイ音がして大地がゆれます。伊良湖がこの島へ向けて艦砲射撃をしているのです。
「提督さんー!、どこに隠れたんですかぁー!?」
伊良湖は地下壕の扉をぶっ壊して、ズシャーと中に入って来ます。
「そこかーーっ」
やがて伊良湖は提督が隅で震えているのに気づき、ザァーーッ一直線に向かっていきます。提督は壕の隅でひたすら謝っています。伊良湖はその姿を見るや提督を縄でぐるぐる巻きにして、
「…あぁ、愛しの提督さん…もう二度と離れる事は許しません。」
しゅるしゅると蛇のように絡みつき、それはそれは愛おしそうに提督の頬を撫でながら言います。
こうして提督は捨てられた基地の中で囚われてしまいました。なんとも哀れな話です。
今でも提督はこの基地で誰にも見つけてもらえず暮らしているそうな
でめたしでめたし
人間っていいな