トリムルティの宝   作:▷akua◁

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聖人君子に唾を吐け

「またアンビシャス⁉分かった、今行く!!」

 

エレムストの件があってから一年。復興作業をしながらエレムストから流れてきた狂暴な魔物(現在アンビシャスと呼んでいる)を時折退治しに行っている。私が出る程のものでは無い場合もあるが失った信頼を取り戻すためだとか、ただ単に私が誰も傷ついて欲しくないと言う理由でこうして出向いていた。

 

翼を生やし執務室を出て廊下の窓から飛び出すと、後ろから聞こえたルイスの「行儀が悪いですよ」という声を聞かなかったことしにして、教えられた場所に向かう。

そこには服装から見るに旅人だろう五人ほどのチームがアンビシャスと戦っていた。なかなか苦戦しているようで、ヒーラーの女性が鋭い爪で切り裂かれそうになる寸前で私が抱えて飛びリーダーだろう男に投げ渡す。

何が起こったかよく分からないという表情をしたままのチームに任せてと一言告げると腰に下げた神機の片方を抜くと空からアンビシャスの首めがけて降下する。

 

「はぁっ!!」

 

スパッと首の無くなったアンビシャスは大きく地響きを鳴らしながら倒れ、私はその血だまりを避け地に足をつける。剣に付いた血を払い鞘に収めると先程戦っていた五人に振り返った。

 

「大丈夫だったか、旅の者たちよ」

「ぇ、あ、はいっ!!有難うございます!!ヴィシュヌ女王殿下!!」

 

膝まずこうとする旅人たちによせと手で止めさせると、何か聞きたそうにしているチームのリーダーだろう男に視線を向けた。私は表情を僅かに崩すと、それに安心したのか男は話し出す。

 

「お聞きしても、よろしいでしょうか……?」

「ああ、答えられることならば答えよう」

「何故、俺らみたいな平民を助けるんですか?」

 

王が民の力となるのは当然の事だと思うが、彼らが言うのはそういうことでは無いのだろう。私達運命に選ばれし王は普通とは違う力の持つ、言ってしまえば王の頂点に立つような存在。そんな偉大な人物が何故旅人のような身分の低い者達の力となるのか。それに彼らは偶然イデアーレの領地にいただけで、本当は他の国の者かもしれない。そんな彼らを助ける理由。

 

「まず一つ。お前達を助けたというのは半分正解、半分は不正解だ。我がイデアーレ王国の領土にいるアンビシャスを野放しにしてはおけん、民に危険があってからでは遅いからな。だから討伐したまでだ」

「な、なるほど……」

「そして二つ。我ら運命に選ばれし王は分かると思うがどいつもこいつも自由人だ。私が助けたいと思ったから助けた」

 

私を見るみんなの視線が憧れで輝いている気がする。鼻が高い分そんな彼らの期待を裏切ってはいけないと若干プレッシャーも感じるが、それに応えてこその王だ。

私に握手を求める旅人達を見て懐かしく思い、ふと昔のことを思い出し軽く笑う。それに不思議そうにしている旅人達に私は語る。

 

「私も昔は旅人だったのだ」

「ヴィシュヌ女王殿下がですか……⁉」

「ああ。運命に選ばれし王と言うのは誰もが選ばれる可能性を持っている。私は幸運に恵まれたのだな」

 

ボロの宿屋で運命に選ばれた日は今でも忘れられない。少々思い出に浸り、皆と握手をし終えるとリーダーの男性の肩を叩く。

 

「私が死んだら今度はお前の番かもしれないぞ」

「ははっ、それは責任重大ですね!!」

 

周りが笑うのを見て私は再び翼で空に飛ぶと旅人達を見下ろす。私は師匠と二人きりだったが、こうして多数のチームも楽しかったかもしれないと違う人生を思い浮かべると指を三本立て彼らに見せる。

 

「お前達を助けた理由三つ目……全て教えては面白みが無い。お前達で考えてみろ」

「はい、頑張ります!!」

「ではな、くれぐれも気を抜いて死んだりするなよ」

 

そう言い私は彼らに軽く手を上げ別れの挨拶をすると城に飛び去った。当然の三つ目の理由などない。ああやったら頭の良い王に見えるかもしれないという作戦だったのだが、上手くいっただろうか。

アンビシャスを殺しに行くのは手間だが、女王としての堅苦しい仕事の合間にこうして息抜き出来るのは有難い。またその放棄した業務に戻ると考えると若干憂鬱だ。

 

「よいしょ……ふ〜」

「ふー、ではありません。レナータ様」

「あ、はははっ、ルイス……」

 

私が窓から出た時からそこで待っていたのだろう、来た時同じ窓から城内に戻るとルイスが変わらぬピシッと伸ばした背筋のまま私を見ている。まさか待たれているとは思わず、ではまたと執務室に行こうとすると引き留められる。まあそうだろう。

 

「以前、某が何と申し上げたか覚えていらっしゃいますか?」

「えーと確か『女王とあろうものが窓から外に出るなど言語道断、気品を保ち優雅に振舞って頂かなくては下の者にも示しがつきません。もし使用人に見られた場合何と仰るつもり──」

「そうです。覚えておられるのでしたら、先程の行動はどういった意味を持つのか……某にお教えくださいませんか?」

 

怒っている。とても怒っている。

素直に忘れてましたなんて言えばまた同じようなことをくどくどと言われるのだろう。それに対して私は運命に選ばれし王だからしょうがないと言えば、「だからと言って甘えてはなりません‼」と一喝されるまでがセットだ。

 

「だって私六年前までただの旅人だったんだよ?ちょっと出来損ないの王でも今はしょうがないと思わない?」

「それをすぐに一人前の王に育てるのが某の、執事長の役目なのです‼ですのでどれだけ疎まれようと嫌われようと、しつこく言いま──ケホッ‼ゲホッ‼」

「だ、大丈夫!?」

 

大きな声を出したルイスは急に咳き込み、私は慌てて傍によるとその背を摩った。ルイスは軽くのどの調子を整えると私に大丈夫だと言う。

 

「……某も若くはありません。どうか老い先短い年寄りの儚い願いを聞き入れては頂けないでしょうか」

「そんなこと言わないでよ‼ルイスまだ72歳じゃん‼」

「まだではありません……もう72歳なんです」

 

ルイスの珍しい悲しそうな笑顔に、私は目元がじわりと熱くなった。彼がいるのが当たり前だったと思っていたがそうではないのだ。いつか私より先にルイスの方が天に行く、彼の言葉にそれを痛感させられ、涙を流した私に今度はルイスが背を摩る。

 

「申し訳ございません。泣かせたいわけでは無かったのですが……」

「そんな話、しないでよ……、わ、私は……わた、しは……‼」

「……承知いたしました。申しません、二度と」

 

ルイスがそう言ったのを聞き私は何度も頷くと、ぐしぐしとハンカチで涙を拭い大きく深呼吸をした。私がいつも通りの笑顔をルイスに見せると、彼も笑ってくれる。

するとタイミングよく足音が聞こえ、そこに視線を向けるとサージェがこちらに向かって来ている。多分私達の話を聞いてしまったのだろう。

 

「レナータ様、お戻りになられましたか」

「うん、ただいま。今回のアンビシャスはそこまで強くなかったから早く済んだよ」

「では、少々お話がありますので執務室の方へ」

「某は勤務に戻りますので、何かあればお申し付けください」

 

そう言いルイスは私達に頭を下げ執務室まで見送る。やっぱり仕事に戻らないといけないか。しかし執務室の前で少し振り返りまだ頭を下げているルイスを見て、私も頑張らなくてはと意気込む。あんな悲しい顔をさせて、まったく何をやっているのだと椅子に勢いよく座り息を吐いた。

 

「レナータ様」

「ん、どうした?」

 

サージェは私を見つめながら、何かを言おうかどうか迷っているようだ。私は椅子を少し回転させサージェに体を向けると彼が話し出すのを待つ。サージェが言葉を詰まらせるなど滅多にない事だ。

 

「……イーニット王国から手紙が届いています」

「そう。あ~なんかやらかしたかなぁ」

 

サージェが本当に言いたかった事はこれではなかっただろう。しかし私が聞く姿勢を見せたのにも関わらず、それでも話さなかったのだから聞かない方がいいのだろう私は彼に話を合わせる。

さっきの話を聞いていたのならルイスを許して欲しいと、自分達はずっと傍に居ると伝えたかったのだろう。それは言わずとも理解していると、サージェも分かっているのだ。

私はサージェから渡された封筒を慣れた手つきでペーパーナイフを使い開封する。そして中の便箋に書いてある文字の羅列をぱーっと流し見た後、凛々しい表情でサージェに渡す。

 

「内容を私の脳みそでも分かるように説明よろしく」

「畏まりました。重要な話があるので会談を行いたい、日時はそちらが好きな時間で構わないが、出来るだけ早い方がよい……とのことです」

「あんな長い文章がこんな短い内容なんて……恐ろしい」

 

見たところ細かい文字で一通ぎっちり書かれたぞと思いながら、サージェから返された便箋を改めて見る。……やっぱり面倒くさく書かれている。

私も用件だけサージェに伝え代筆させているので実際に私が他国に送った物の内容もこんな感じなんだろうなと、実際サージェが書いたものを適当に流していた自分に呆れる。

しかし現在考えなくてはならないイーニット王国の事だ。

 

「急ぎの話……なんだろう、貿易面で問題でも出た?一年前の事があってどこの国も大変だからなぁ」

「いえ、恐らくアズモンド王国での件だと思われます」

「え、なんでここで急にアズモンド王国が?」

 

もしかしてアンディートが何か動いたのだろうかと彼を思い浮かべる。

約200年前、アズモンド王国はイーニット王国に戦争を仕掛けそして滅ぼす寸前まで追い込んだ。事の発端になったのはよくある話、アズモンド王国の姫がイーニット王国の王子に惚れ、求婚をしたのだが断られたというものだ。

イーニット王国は他の国と協力することはせず無謀にも運命に選ばれし王の国であるアズモンド王国と戦った。当然敵うはずもなく、戦争はイーニット王国の民をアズモンド王国の奴隷として引き渡すという事で幕を閉じた。

それから続いたアズモンド王国の奴隷制は元奴隷である現ブラフマー王、アンディートの働きによって廃止となり、現在奴隷の開放が続いている。

 

「もしかしてアンディートが前に言ってたイーニット王国との仲を取り持って欲しいって話かな」

「ええ、ブラフマー王様が何か動いたのだと思います」

 

戦争後にイーニット王国の復興に手を貸したのが我が国、イデアーレ王国だ。そのおかげでその後鎖国状態になったイデアーレ王国はイーニット王国とだけは貿易関係を続け力を貸してもらった。現在でもイデアーレとイーニットの友好関係は続いており、アンディートはイーニット王国との昔のしがらみ無くす為に動いているのだが、なかなか上手くいかないらしい。そこでアズモンド王国と同盟を結び、イーニット王国とも友好関係を持つ我が国の出番というわけだ。

しかし……私は断った。アンディートには悪いが今イーニット王国との関係にひびが入るとうちの国が困るからだ。こっちも私の代で開国宣言をしたばかり、ムームアのところも兵器開発を止めた上に兵器売買で関わっていた国に喧嘩を売ったらしい。

 

「三大王国が同盟を組んでまだ間もないし、今のところ私達って自分の事でいっぱいいっぱいなんだよね」

「ある程度の余裕が欲しいところですが、今の国の状態に国民が慣れるのも時間がかかります。ブラフマー王様とのお話はイーニット王国との会談後でよろしいかと」

「そもそもさぁ、奴隷制始めたのってアンディートじゃないじゃん。他の国と違って運命に選ばれし王の国は歴代の王とはただの他人だし、何で逆に奴隷制を廃止したアンディートにイーニット王国はそんな邪険にしてるわけ?」

 

サージェに苛立ちをぶつけてもしょうがないと一言謝ると、彼は構いませんと話を続ける。ついつい友人が邪険に扱われていると思うと腹が立ってしまった。

 

「王族は普通は一つの家系からなります。ですので先祖様の恨みが祖先まで伝えられたのでしょう。怨恨は途絶えず、人によるとは思いますが少なくとも現イーニット王国国王、ゾルテモ様は先祖様の考えを受け継いだのだと思われます」

「ゾルテモ王いい人そうなんだけどなぁ……私が相手だからか」

 

会談を行うときは、失礼のないように代理を立てるのではなく私が直接行っている。本当なら影武者を送りたいところだが、バレた時が怖いのでそれは出来ない。正直緊張で胃が痛くなるので会談などお断りしたいぐらいだ。

 

「とりあえずイーニット王国に話聞きに行こうか。日付は……何時ぐらいがいい?」

「そうですね、早めにとご希望のようなので一週間後はどうでしょうか」

「よし、じゃあ決まりね」

 

サージェは私のスケジュールを全て頭に入れているので彼が言うのなら大丈夫だろうと一安心すると、ノックの音が聞こえサージェが確認しに行く。

 

「エンドが入室許可を求めています」

「あーいいよ。入って入って」

 

もう慣れたのだが、従者なら入室許可は要らずに名乗って入るぐらいでいいのではないかと思う。何度か伝えたがそれが礼儀だと断られた。私の命令に忠実な彼らだがこういうところは譲らない。頑固なところも私似だ。

 

「申し上げます。ウェンビル様とお連れの方が謁見願い出ておりますが、どうご対応なさいますか」

「え‼師匠が!?珍しいなぁ……それで、なんて言ってた?」

「はい、お連れの方の記憶を取り戻すのを手伝って頂きたいとの事です」

 

記憶喪失の連れ……何があったのだろうとエンドには一旦下がらせてサージェに二人を謁見の間に連れてきて欲しいと指示すると私は身支度を整えた。

と、言ってもいつもの格好に王冠をかぶりマントを羽織るだけだ。本当ならドレスに着替えるべきなのだろうがどうせ相手は師匠なのだし、それに単に動きずらい格好が好きではない。

先に謁見の間で玉座に座り師匠を待つ。扉の向こうから人の声が聞こえたので恐らくもう連れてきたのだろう、私は外用の仕事のできる女王の表情を作り堂々と扉が開くのを見つめる。

 

「レナータ様。ウェンビル様、そしてお連れの方においでいただきました」

「ご苦労、お前は下がりなさい」

「──っは」

 

師匠がどんな人を連れてくるのかと思ったら、薄い焦げ茶色の髪をした深海のような青の瞳をした青年、それも私を見てがちごちに緊張しているようだ。師匠が跪いたのを見て、青年も慌てて跪く。いつもなら師匠はこんなことはしない、しかしその意図を察して私は心の中で笑う。

 

「して、その者の記憶を取り戻して欲しいというのが願いか」

「はい、もしお力添えいただけるのであればそれ相応の対価をお支払いいたします」

 

まじめな態度の師匠。駄目だもう笑いそうだ、私はそれを必死に堪えながら長い階段を一歩一歩降りて二人に近づいていく。

 

「お前にそれほどの対価が……ふっ、対価が……あははっ‼」

「はいお前の負けな‼やっぱり女王向いてないんじゃないか?」

「酷いなぁ‼師匠が面白いから、ついね」

 

まじめにきめているくせに部屋着というのがもう我慢できずに笑ってしまった。

私が最初に女王として振舞ったので、師匠もそれに乗り私の演技がどこまで続くのか試したのだろう。私はいつも通りの笑顔に戻ると、ポカンとしている青年に話しかける。

 

「それで、記憶喪失の青年っていうのが貴方であってるかな?」

「はい。その、よろしかったら記憶を取り戻すのを手伝ってもらえないかと……」

「うん、いいよ」

「確かに女王殿下はお忙しいかと──ぇ」

 

青年は断られると思っていたらしいが彼は師匠の知り合い、ならば協力するのが普通だろう。確かに忙しいが師匠は私の命の恩人だ、その彼が直接頼みに来たのだから断れるはずもないし、断りたくない。

 

「どうかよろしくお願いします。どうしても……思い出さなければいけない気がしてならないのです」

「う~ん、一応記憶を取り戻すのに一番簡単な方法が少し前までは出来たんだけどなぁ……」

 

トリムルティの宝で神であるファタリタとなれば精神操作系魔法の応用などで、記憶の復元など容易かっただろう。しかし私達のトリムルティの宝は破壊された。それにあれだけ嫌な経験をしたのだ、もう二度とファタリタにはなりたくない。

ならばどうしたらいいだろうと考えながらその場をうろついていると、師匠にばしぃっと背を叩かれる。

 

「よし、あとは任せたぞ‼」

「え、師匠もう帰っちゃうの!?……泊っていけば?」

 

幸い空き部屋なら沢山ある。折角ここまで来てくれたのだからもっと話がしたいと私は提案する。しかし師匠は少し考えたそぶりを見せ首を横に振り断った。

 

「自分の家じゃねぇとなんか安心できなんだよ」

「え~、じゃあまた遊びに行くね‼」

 

師匠は私と青年に手を振り謁見の間から去っていく。恐らくそれを予想していたサージェがお見送りをしてくれるだろうと青年の方を向くと、彼は驚いた顔で師匠が去っていった扉と私を交互に見て更に緊張しているようだ。

それもそうだろう、いきなり国王と二人きりになってしまったのだ。逆の立場なら私もそうなる。

 

「じゃあ、さっそく記憶探しを始めようか」

「は、はい‼」

「そう固くならないで大丈夫だよ」

 

そう言い彼を安心させるように微笑むと、場所を変えようと応接室へ向かった。青年は黙って私の斜め後ろを慎ましくついて来ている。

応接室につき青年をソファーに座らせると、私はその向かいに腰を下ろす。それにしても気になっていたが青年はずいぶんとボロボロな、それも血の付いた服を着ている上、服の下には包帯が見え何かあったのだろうかと心配になる。

 

「その服と手当の後……何かあったの?」

「ああ、これは……住んでいた小屋が襲われてしまって」

「襲われた?それはなんで?」

 

青年は黙り込んだ。聞いてはいけない事だっただろうかと様子をうかがっていると、青年は短く息を吐いた後話し出す。

 

「俺は人間種ですが、今のこの姿から歳を取らないんです。もう数十年外見は変わらないですし、それに自分の中に強い力を感じます。俺の存在を知っていた人は、俺を異端な恐ろしい存在として……殺そうとしました」

「……そう」

 

不幸な境遇にあったらしい彼は、それでも私に思い出すのも嫌だっただろう事を話してくれた。青年は少しうるんだ瞳で話を続ける。

 

「分かっています。人は自分が理解できない事には敏感で、脅威とみなすという気持ちは。それでも、俺は周りに干渉せず自給自足の平凡な暮らしをしていただけです。なのに、なんで……俺の何がいけなかったのでしょうか……?」

 

青年はついに顔を伏せ涙を流す。辛かっただろう、苦しかっただろう。彼の心境を思うと胸が痛い。私は立ち上がり彼の隣に座ると軽く抱きしめた。

 

「貴方は何も悪くなかったのに襲われてしまった。それでも復讐に囚われずにこうして前に進むために努力をしている。貴方は優しさを持つ勇敢な人だよ。だから自信をもって、記憶を取り戻すために頑張ろう」

「ありがとう、ございます……‼」

 

かけられる言葉はこれぐらいしかない。だが気休め程度にはなるだろう、他人の私ができるのはそれぐらいだけだ。それでも少しでも彼の助けになればいいと、涙を流す彼にハンカチを差し出し涙を拭う青年に微笑みかける。

彼が落ち着いてきたころに、このままの格好では不便だろうとボロボロの服を見る。

 

「まずは着替えを──っとごめん。メサージュだ」

「いえ、お気になさらず」

「ありがと」

 

プーッと音が聞こえ、急いで応接室を出ると周りに人が居ないか確認して連絡を受け取る。

 

『サージェでございます。急いで申し上げたいことが……‼』

「何かあったの?」

 

サージェの慌てた様子に緊急事態かとこちらも何を言われるか身構える。また誰かが攻めてきたとかじゃありませんようにと祈るしかない。

 

『イーニット王国から使者殿がお越しになられています‼いかがなさいますか?」

「え、会談の予定があるのに!?」

『それが、アズモンド王国について早急に対応しないと貴族派閥がうるさいらしく……それを収めたいので申し訳ないが至急こちらに来るか、そちらに向かうとゾルテモ様は仰っているようです』

 

確かにゾルテモ王には前に会った時、何かあれば相談に乗りますと言った。言ったがあまりにも自分勝手ではないかと叫びそうな気持を押さえながらも、王としての苦労は分かる。それにここで恩を売っておくのも悪くないだろうと、そちらに向かうと伝えて欲しいとサージェに言いメサージュを切る。

それにしてもアンディートは何をしたんだと彼にも怒りの矛先が向くが、すぐにでも支度をしなくてはならない。慌てて応接室に戻ると青年に頭を下げた。

 

「え?ど、どうかしたんですか……?」

「ちょっと問題が起きてるみたいで……詳しくは話せないけど、私が向かわないと収まらないみたいだからすぐ行かなきゃ」

「俺は待ってますからどうぞ行ってください。王としてのお仕事の方が大事ですから‼」

 

なんていい青年なんだと私は感心する。青年をこのまま一人にして置くのも可哀そうだなと考えていると、一人の人物が思い浮かび手のひらにこぶしをポンと当てる。

 

「私が頼まれたことだから私がお手伝いした方が本当はいいんだけど……」

「だ、大丈夫です。俺待ってます──」

「アンディートにも協力してもらおうか‼」

 

そもそも私がこうして忙しくなってしまったのは彼のせいだ。少しぐらい頼ってもいいだろう。青年が頷いたのを見て私はすぐに動き出した。

私は再び部屋を出るとある人物、勿論アンディートにメサージュを繋ぐ。

 

『おう、どうした』

「おう、どうした……じゃないよ‼貴方イーニット王国に何したの!?」

『はぁ?……やっぱなんか言われたか?』

 

何か心当たりがあるようだ。私は彼に問いただす、これからゾルテモ王と話すだろう事の解決策をある程度考えておかなくてはいけない。

 

『俺は早くイーニット王国との関係を修復したい。奴隷たちは俺に対して不信感しかねぇから解放するって言っても信じてくれないやつが結構いるんだ。だからイーニット王国とは友好関係にあるという建前が必要だ』

「うん。それは分かったけどそれで何であんなにゾルデ王が悩んでるわけ?」

『正直どうしていいか分かんなかったからムームアに相談して、国宝級のマジカルアイテムをイーニット王国に信頼の証として差し出すことになった』

 

信頼の証、というか今まで信用していなかった国からそんなもの渡されても信じられないし、渡されても怖いだけだ。何よりそれは──

 

「物で釣ろうとしたってこと!?成金の発想じゃん‼金で友達は買えないんだよ‼」

『だがムームアがそれが一番手っ取り早いっていうから、あいつ国王の息子だったし参考になるかと』

「相談相手が悪かったか……」

 

私は一度アンディートの提案を断っている。だから次に相談相手として選んだのが同じく運命に選ばれし王であるムームアだったのだ。なんてこったい。

もう過ぎたことはしょうがないと私は今から記憶喪失の青年を送るとだけ伝えメサージュを切る。

 

「〈メサージュ〉、エンド?悪いんだけどさっきの師匠の知り合いの青年をアズモンド王国まで送ってくれない?ちょっと事情が変わっちゃって……」

『サージェから話は聞いています、イーニット王国の事でございますね。畏まりました』

 

再びメサージュを切り、会談には誰を連れていこうかとうろうろしながら悩み始める。エンドが城を出るならサージェを連れることはできない。もし国に何かあった場合的確な対応ができると信頼するのがこの二人なので、どちらかは国に残ってもらわなくてはいけないからだ。

次に候補として出るのは──

 

「〈メサージュ〉、ルポゼ、急ぎでイーニット王国まで行かないといけないから私の補佐として付いて来て欲しいんだけど。詳しい話は移動しながら……うん、迎えに行くから待ってて」

 

私は近くの窓から──ではなく、すぐに走って城の裏口から出ると不可視化を使い翼を出し飛ぶ。都市にあるルポゼが管理する宿屋まで数分で着くと入り口付近で待っていた彼女を掻っ攫うかのように抱えて飛んだ。

 

「レ、レナータ様。何があったのでしょうか?」

「それがアンディートが──」

 

 

          …………

 

 

焦る気持ちは表に出さず、私は威厳ある王らしく凛々しい表情のまま座る。私の斜め後ろには微笑みを湛えたままのルポゼが立って付き添っている。しかし彼女は今はこんなだが私の目の前の人物、ゾルテモさんの言葉に私が少しでもストレスを感じていると分かると彼に対しての敵意が見える。

 

「『ルポゼ~、私の見えるストレスメーターみたいになってるから抑えて‼』」

「『申し訳ございません、善処します。しかしレナータ様、この男は先程から自分の事しか考えておらず失礼な発言ばかりを──』」

「レナータ君、どうかしたか?」

 

黙り込んだ、正確にはルポゼとテレパシーで話していた私を不思議そうに見たゾルテモ王に失礼のない程度に軽く笑うと膝の上に重ねていた手をひらひらと振る。

 

「いや、私の友人があまりにも突飛な事をしたものだから呆れて失笑してしまうよ。貴殿には申し訳ない事をした、私からも謝罪させてほしい。済まなかった」

「……このような言い方も悪いが、ブラフマー王とはあまり親睦を深めない方が良いのではないか?彼は一度君の国にも攻め入ろうとしていただろう、私は彼を信頼できない」

 

今までの私の態度を見てアンディートとの関わりを切れと言うのか。彼は私と友好的な関係を続けたいのか見切りたいのか、現在開国したばかりのイデアーレ王国はイーニット王国に手を貸してもらっている状態なので下手に私がキレれでもしたら全て台無しになる。しかし友人を悪く言われ良い気分になる人などいない。

 

「それに彼は元奴隷なのだろう?今回の行動と言い、何を考えているのか──」

「元奴隷なのと彼がとった行動と何か関係があるか?」

 

──やらかした。少々ピリピリした空気にゾルテモ王の側近も若干身構えている。当然だ、もし私が怒ってもういいです貴方の国滅ぼしますなどと言えばゾルテモ王に為す術はない。昔ならば運命に選ばれし王に対抗するには他の運命に選ばれし王に協力を仰ぐなどの方法があったが、三大王国が同盟を結んだ今それは出来ない。

私が少し睨んでしまったせいでゾルテモ王も怯えの色が見える。まずい、これはまずい……もう嫌だ誰か助けてくれ。

 

「彼は……確かに貴方の境遇や立場から考えれば信頼に値する者ではないかもしれない。しかしあれでも彼なりに国を良い方向に進めようと努力している。今の奴隷制の廃止もあるがこうやって貴方の国との関係も良いものに出来たらと考え動いているのは見れば分かると思うが」

「しかし努力だけでどうにかなるものではない。私達は国の未来を背負っている、そう簡単に首を縦に振ることはできないのは君も分かるだろう?」

 

この人私を呼び出した割には中々話が進まないなとバレない程度にため息を吐く。もしかしてただ愚痴を聞いて欲しかっただけなのか……ならばそこの頭良さそうな側近にでもしておいてくれ。

私は背筋を正したまましっかりとゾルテモ王を見ると彼も緊張した様子で見つめ返す。これから私が重要なことを言うと思っているのだろう。

 

「『ルポゼ……なんて言えばいい?』」

「『ゾルテモ王様は早急に解決したいとの事でしたので、一旦話を持ち帰るという術は出来ないと思われます。ですので今解決策を提示した方がよろしいかと』」

「『なるほど、分かった』」

 

いや、分からん。その解決策が分からないのだよ。しかしこれ以上ルポゼに頼るのも申し訳ない上に彼女は私に期待に溢れた目を向けている。もう自分で考えるしかない、覚悟を決めるんだ私。何かあっても後でサージェにどうにかしてもらえばいい。

 

「前王クリファスは言っていた、『勇気ある者の前進は光ある道を作り、臆病者の後退は奈落の底に続いているだろう』と」

「ふむ、確かによく言っていたな」

「今は前進すべき時なのだよ、ゾルテモ殿。アンディートが信頼に足る人物だと信じてもらえるよう私が……イデアーレ王国がイーニット王国とアズモンド王国の架け橋となろう」

 

私の言葉を聞いてゾルテモ王は目を見開き、口元に軽く手を当て考え出す。結局アンディートが最初に私が頼んだような事態になってしまった。もうこうなっては後戻りはできない。友達と友達の喧嘩の仲裁をするようなものだろう、そう言うのは結構得意だ。……規模が違いすぎるが。

 

「……分かった、君が言うのならその方向で話を進めよう。それで、さっそく頼みがあるのだが」

「ああ、何でも言ってくれ」

「ブラフマー王から贈られた品だが、そちらで預かってはもらえないだろうか。ランク5の、それもその中でもかなり希少な物だ。情けなくもまだ保管する環境がまだ整っていなくてな」

 

国宝級のマジカルアイテムだと言っていた。何の効果があるかはアンディートから聞くのを忘れたが保管する準備に時間がかかるのだ、それ程の物なのだろう。私達運命に選ばれし王とその従者であればLv4、5の魔法やアビリタでささっと強固な盗難防止が出来るが他国はそうもいかない。それにしても、いいのだろうか。

 

「私がそのまま返さぬかもしれんぞ」

「そのようなことを君はするのか?」

 

ふっとゾルテモ王が笑うと、こちらも笑う。あのピリピリした空気はもうない。彼の側近も安心したのか少々顔が緩んだように見える。もうこれで安心、万事解決。

私は大きく息を吐きだらっと背もたれに身を預けたい気持ちになるが、それを我慢しつつゾルテモ王の指示で持ってこられたマジカルアイテムを受け取る。

細かい装飾の施された小箱だ。これ自体がマジカルアイテムなのか、それとも中に何か入っているのか気になるが聞くのは不作法だろうと何も言わないでおいた。

 

「これから私の従者の一人、隠密行動に長けた者にこちらに来るよう伝えるとしよう。帰る道中に何かあっては不味いからな」

「心遣い感謝する。ではそれまで何か飲みながら話でもしようか」

 

早く帰りたいが断るなど失礼なことはできないので笑顔で頷く。

それからはゾルテモ王の子供自慢が続いた。最近似顔絵を描いてくれたのだとか、上位アビリタ習得の適性があるかもしれないだとか、もう存在が凄く可愛いのだとか……こう見ればただの親ばかだなと親近感が湧く。

 

「レナータ君は結婚などは考えておらんのか、子は可愛いぞ」

「そうだな……確かに我が種族の血を残したいとは思う」

「そうか、君は竜人だからな」

 

なんかそれっぽい事を言ったが、いつかはエンドとの子供は欲しいかなぁとは思う。しかし竜人は他種族と関りがなかった為、同族以外との交配で子が出来るのか分からないのだ。しかしそんな事ゾルテモ王に話せないし、話す気もないが。

 

「レナータ様、テゾールがこちらについたようです」

「そうか、では私達はこれでお暇するとしよう」

 

ルポゼの言葉にやっと解放されると安心しながら立ち上がり、同じく立ち上がったゾルテモ王と握手を交わす。

 

「今日は来てくれて本当に感謝する。これからもよろしく頼みたい」

「こちらこそ、世話になっているからな」

 

軽く挨拶をしたあと見送られ、私達は城内から出ると帰りの馬車を断り飛行魔法で帰る。本当なら厚意に甘えた方がいいのだろうが、私の精神が限界だ。

一応不可視化は使っているがずっと凛々しい表情で飛行し、そしてイデアーレの領域に入った瞬間今日一番のため息を吐く。

 

「あ~疲れた‼どう?私大丈夫だった?」

「お疲れ様です、レナータ様。完璧だったかと」

 

ルポゼの言葉に安心して従者たちのスピードに合わせながら急いで城に戻る。ルポゼを都市の宿に降しお礼を言うといつも通りの勤務に戻ってもらい、頭を下げ見送る彼女を後にした。

テゾールは渡したマジカルアイテムに興味津々な様子だが、流石にどんな効果の物か確認はしない。後でアンディートから聞けたら伝えてあげようと城の前に降り立つ。

そこにはサージェとアルマが待っており私の姿を確認するとすぐに跪き、私はそれに軽く手を上げ立たせると城内へ入った。

 

「お帰りなさいませ、レナータ様」

「ただいまぁー、色々話したいことがあるからサージェと……そうだエンドは帰ってきてる?」

「はい、現在教会に居るかと思われます」

「じゃあ悪いけどこっちに来るように伝えて、それで二人は私の執務室まで来て欲しい」

 

私の判断に問題がなかったか確認しなくてはならない。というか問題だらけの気もするし、自信のないテストの採点を待つ子供のようだとげんなりする。執務室に行くまでに堅苦しいドレスを脱ぎいつもの服に着替えると、冠とマントを慎重に仕舞う。

その時メサージュの音が聞こえ、息をつく暇もないと連絡を受けとった。

 

「はい」

『俺だ、フロスト……俺のとこに寄こした青年の事で話がある』

「アンディート‼あー、今はいいや。そっちの方が先で」

 

言いたいことが散々あるがあの青年の話の方が先だと執務室入り椅子に座る。フロストというのが彼の名なのだろうか。こうして連絡が来たという事は大きく進展があったのだろう。

 

「もしかして記憶戻ったの?」

『ああ、戻った。戻ったのはいいんだが──』

 

 

          …………

 

 

「そうなんだ……はぐれ従者、そんな存在っているんだね」

『ああ、俺も初めて見た』

「う~ん、師匠になんて伝えようかなぁ」

 

しかし師匠はありえないようなことを言っても絶対信じてくれるし、そのまま伝えても大丈夫だろうと話を続ける。

 

「大変なことになったみたいで……ごめんね。でもちゃんと彼と向き合ってくれてありがとう」

『あっちも真剣だったからな、それに応えるのは当然だろう』

 

彼らしいなと僅かに微笑み、青年……フロスト君のことを思う。確かに不老の存在で自らの内に強い力を感じるという時点で従者だったという可能性に私が気づけたかもしれないなと考える。そうだった場合彼とアンディートが戦う事もなかったかもしれない。私なら従者と協力して押さえただろう、しかしアンディートはそうしなかった。

 

『また自分のせいだとか考え込んでるだろ、気にすんじゃねぇよ』

「でもさぁ……」

『俺が好きでやった事だ、それにお前は関係ねぇよ』

 

頼んだのは私ただしとうじうじ悩んでいるとハッと思い出す。全くなぜ忘れていたのか、私は先程と態度を180度変えた。

 

「さっき会ってきたけどゾルテモ王すごく困ってたなぁ〜」

『……』

「沢山愚痴聞かされて胃が痛いなぁ〜」

『…………』

「それに──」

『分かった分かった!!何が望みなんだ、何でも聞いてやるよ!!』

 

私は勝ち誇った笑みを一人で浮かべると、さて何をお願いしようかとくるくる椅子で回る。その時ノックの音が聞こえそう言えばサージェとエンドを呼び出しているんだったと思い出しピタリと止まった。しかしお願い事はすぐには思いつかず保留とする。

 

「何か思いついたら連絡するから、その時はよろしくね〜」

『全く……じゃあな』

 

私はメサージュを切り二人の入室を許可すると、入って並んび跪く二人に顔を上げるように命じさてと脚を組んだ。

 

「早速だけど私の頭脳達、私を完璧な女王にしてもらおうかな」

「畏まりました。まず何から始めたらよろしいでしょうか」

「正直何が間違ってて何が正解だったかすら分からないから、そこからだね」

 

全く誰だこんな人任せな女を王の席に座らせてるのは。

私はその場に居たルポゼも連れてくるべきだったなと自らの失念を叱ったあと、エンドとサージェからの大量な添削に早くも頭を抱えた。

 

 





以上、番外編第3弾、レナータの話でした!!
本当はレナータの話はレトロ編があるのでいいかなと思っていたんですけど第1弾と第2弾の話が繋がっているのでレナータも少し絡みが欲しいなぁと。

イーニット王国の存在とアズモンド王国との関係の設定は前々からあったのでそれをちょっと出そうかなぁーなんて思っていたらそれがメインになってしまいました。話を考え始めた時は最初に助けた五人の旅人を再び危機から救う話にしようと思ってたんですが見事にどんどん話がズレていきましたね。
あとはディアストリク王国の近くにはザイルダ王国という姫がイケメンに惚れやすいので有名な国があります。周辺国で考えてあるのはこのぐらいで少ないです。

それにしても頭良さそうな話めちゃくちゃ難しいですね!!いつも思います、なんで国王の話にしたんだろうと。外交とかどんなか分からないよ国政とかどうすんだ意味わからないよコノヤロウと思いながら書いてます。
ここでどうでもいい情報が入りますが、イデアーレの成人は20、アズモンドは17、ディアストリクは18です。最近秒で考えました。

アンディートがゾルテモ王に渡したマジカルアイテムは[運命のダイス]というランク5のアイテムで、もし使用者が危機的状況になった場合、それから脱出できる最善策がダイスを振ると出てくるというものです。使い方によっては最高なアイテムですがぱっと見ると平凡な物ですね。

ここまで読んで頂きありがとうございました!!
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