「なぁ、こーりん。」
ある時、彼女は突然話しかけてきた。それはいつものことだったが、その日はなんだかいつもとは違うような気がした。
「なんだい?」
今日は何の用だろうか。
「『月が綺麗ですね』」
「っ!?」
「で、なんで愛してるっていう意味になるんだ?」
てっきり自分に言ったのかと少し固まってしまった。だが、それも一瞬のことで、僕は説明をする。
「『月が綺麗ですね』が、なぜ告白の意味になるのかについては文豪、夏目漱石が英語教師だった時の逸話に由来しているとの事で、ある生徒が『I love you』を『我君を愛す』と日本語訳したところ『日本人はそんなことは言わない。月が綺麗ですね、とでも訳し」
「あ…悪い。もういい。」
途中で言葉を遮られ、彼女を見るとげんなりしていた。
「……君から聞いてきたんじゃないか。」
まったく。彼女はいつもなにかしらを聞いては途中で説明を終わらせる。
「だから悪いって言ってるだろ?他には何かないのか?」
「他?」
そもそも『月が綺麗ですね』=『愛しています』などという知識をどこで身につけてきたのだろうか。どちらかと言えば雑学の域に入る知識な上、場を選ばずに使うとただの痛い人になってしまう。そもそも使うのか?彼女が?誰に?
「……そうだな…。」
僕は色々な想いで彼女を見たが、彼女は目を輝かせて僕を見ているだけだった。
経緯はしらないが、ただの好奇心だろう。
僕はしばらく考えて、「『星が綺麗ですね』」と言った。言ってしまったというのに近いかもしれない。気づいたら口に出ていたのだ。
「で!?どんな意味だ??」
「……さてね。」
言える訳がない。これがただの知識として言った言葉ならまだしも、どう考えてもこのタイミングで言ってしまったその言葉は僕の本心だった。
「ええっ!?ちょっ…こーりん!!教えてくれよ!」
教えない。教えられる訳がない。この言葉の意味を僕の口で?
僕はうまいこと、はぐらかす。
すると、彼女は悔しそうな顔をして、
「くっ…馬鹿にしてるだろ!?」
そう言うと外に出ていった。大方誰かに聞きに行ったのだろう。『月が綺麗ですね』というのも誰かから聞いたのか。
僕は彼女が意味を知って悩めばいいと少しだけ思ってしまった。僕はそんな性格だったろうか。
どういう意味か必死に考える彼女を、そして意味を理解した顔の赤い彼女を想像して、僕は少し笑ってしまうのだった。
彼女に直接教えることはできないが、君には教えておこう。
『星が綺麗ですね』という言葉の意味、それは…………。
“あなたは私の想いを知らないでしょうね”
幻想郷に夏目漱石の存在があるのか否かは無視してください。