二人目の非常勤講師   作:238

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不満たらたら

 時間ギリギリで間に合ったサイフォスはいつものように非常勤講師用の部屋に行こうと学院長室の前を通り過ぎようとした時、中から怒声のような声が聞こえてきた。

 

「どうかお考え直し下さい、 学院長ッ!」

 

 何かあったのかと聞き耳を立てるサイフォスは学院長室の扉に耳を当てる。

 傍から見ればかなり怪しい行為をしてることには間違いないのだが、それを気にせずにサイフォスは中の様子を窺う。

 

「私はこのグレン=レーダスと言う男にこの学院の講師を任せるのは断固として反対です!」

「しかしなぁ、セリカ君のご指名なのだからなぁ」

 

 なるほど、どうやらグレンのことでもめているらしい。

 と、それが分かった時サイフォスにはとある考えが生まれた。

 これ、中に入ったらなかなか面白いんじゃないか? と。

 

 そう思ったサイフォスは物怖じせず扉をノックして中に入った。

 

「失礼します、学院長」

「おお! サイフォス君じゃないか」

 

 初老の男性がサイフォスを見る。彼はこの学院の学院長であるリック学院長だ。

 そして、もう一人、リックと向かい合わせで討論していた様子の神経質そうな眼鏡男性がこちらを振り向く。

 

「貴様はサイフォス=ミリダント!」

「これはハーレイさん。そんなに怒るとしわ寄っちゃいますよ?」

 

 彼の名はハーレイ。この世界にある魔術の階梯は生涯をかけて第四階梯(クアットルデ)が精々だが、彼はこの若さで既に第五階梯(クインデ)に到達している有望な男だ。

 

「そうだ! リック学院長! 今すぐこのあのグレン=レーダスとこのサイフォス=ミリダントを交代すべきです。今からでも遅くはないはずッ!」

「ちょっと待ってくださいよ、ハーレイさん。流石にそれは僕でもちょっと無理ですよ」

「そんなもんは知らん! とにかく私はあの男の起用に反対ですッ!」

 

 まるで人の話を聞かないハーレイはとにかくグレンが講師をするのを否定する。

 

「リック学院長! そしてサイフォス=ミリダント! これを見ろ!」

 

 そう言ってハーレイは何枚か束ねられた紙を渡してくる。

 そこにはグレンの能力、そして経歴が書き連ねてあった。

 

「見てくださいッ! 奴のこの魔力適正を!」

「ふむ、魔力容量(キャパシティ)意識容量(メモリ)も属性適正、どれをとっても普通」

「そして、三流魔術師の証である第三階梯(トレデ)。何だろうな、普通だ」

 

 よく言えば平凡。悪く言えば取り柄が何もない、と言ったところか。

 グレンはここまで平凡だったのかと少し呆れてしまう。

 

「さらにこの経歴!」

「彼はここの卒業生だったのか!」

「へぇ、いいじゃないか。最年少合格者。なかなか優秀だな」

「だが奴の栄光はそこまでだ。入学してからは成績は平凡極まりない。そして、最後には中退!」

「さらには、その後の四年間は空白……」

 

 サイフォスはその四年間は無職だったのかと少し疑問に思った。

 無職にしては彼の身体はかなり鍛えられている。それも、筋トレでできるような筋肉のつき方ではなく、訓練によるものだとサイフォスはグレンを見ていて思っていた。

 

 しかし、そんなことを知る由もないハーレイは机を激しく叩き、リックに抗議する。

 

「こんな魔術師としては平凡、この学院にふさわしくない! 大体、非常勤ならサイフォス=ミリダントに任せるべきだ」

 

 ハーレイは後ろを振り返らずサイフォスのことを指さす。

 

「あの、ボクも一応経歴不詳なんですが」

「確かに、私も始めは貴様に出ていけと思っていた」

「思っていたんですね」

「だが、貴様の授業はなかなかにいいものだった。この私が認める程にな」

 

 ハーレイが人を褒めるなどなかなかに珍しいことだ。サイフォスは録音しておけばよかったと少し残念に思う。

 

「それなのに、このグレン=レーダスときたらもはや授業を見るまでもなく程度が知れる! なぜ奴の起用を二つ返事で認めたのですか!?」

「それはだって、あのセリカ君のご指名だったわけだからの」

「また、あの魔女ですか……」

 

 ハーレイは忌々しく呟いた。

 

「いいですか学院長! 奴はこの学院の秩序を破壊しかねない危険因子です! それに魔女の時代はもう旧いのです! そんな過去に縋る奴なんです!」

「ほーほー。ずいぶんと言ってくれるじゃないか、ハーレイ」

 

 突如、後ろから女性の声が聞こえる。

 振り返ると、そこには金髪の真紅の目をした女性が立っていた。

 彼女こそ、過去に神殺しをなしえた六英雄の一人《灰燼の魔女》セリカ=アルフォネア。

 扉は閉まっていたというのに、彼女はそこに立っていた。

 

 そんなセリカを見たハーレイは戦慄していた。

 

「な、なぜ貴様がここに……」

「じゃあ、どうやって入って来たと思う?」

「時間操作、いや、転移……そんな波長はなかった……」

「はい不正解」

 

 一瞬、その圧に蹴落とされそうになったが、ハーレイは堪えそして吠える。

 

「私は認めんぞ、セリカ=アルフォネア! グレン=レーダスという愚物を講師にするなど!」

 

 瞬間、彼女の雰囲気が鋭く、そして冷たくなった。

 サイフォスはそれをすぐさま感じセリカから距離を取る。

 

「私を悪く言うのは構わないが、あいつへ対する悪口は看過できんな」

 

 セリカは静かにそう言った。

 そんな恐ろしい程の存在に対し、絶対に己を曲げないとするハーレイは言葉を振り絞る。

 

「そんなこと言ったって……奴は三流の魔術師……この学院にふさわしい、はずがない……ッ!」

 

 脂汗をたらしながらもハーレイは言い切った。

 それを見ていたサイフォスはもはや呆れを通り越して称賛のを与えたくなった。

 これほどの圧倒的な存在を前にしてよくそんなことが言えたものだと。

 

 セリカは徐に左手に嵌めていた手袋に手を伸ばす。

 

「貴様に、これが受けられるか?」

 

 それは魔術決闘のを受けるか受けないかの意である。

 心臓に近い左手の手袋を相手の心臓より上に投げつける。それが魔術師たちが決めた魔術儀礼の一つだ。

 魔術師が思うがままに力を振るえばその大地を焦がし、氷結させ、崩壊させる。そうならないためにも先代の魔術師たちはこのような儀礼を作ったとされている。

 

 その決闘相手はセリカ=アルフォネア。

 世界でたった一人の第七階梯(セプテンデ)。神殺しをなしえた英雄。

 最強と名高いセリカを前に、ハーレイはその決闘を受けれるはずもなく心底嫌そうに、対する圧力に耐えながら言葉を発した。

 

「私が、悪かった……取り、消す……」

「……言質は取ったぞ?」

 

 にやりと笑ったセリカは手袋から手を放す。

 そして、ハーレイは逃げるようにこの部屋を出ていった。

 

「この、覚えていろッ!」

「……へっ、グレンを馬鹿にした罰だ」

 

 出ていったハーレイにセリカは吐き捨てるように言った。

 

「と、言ってもだね、セリカ君。正直、この件はこうなってもおかしくはなかったよ」

 

 リックが静かにそう切り出した。

 確かに、今まではこういった状況ではサイフォスが受け持っていた。それを急にグレンと言うよく分からない人物ができたのだ。反論があってもおかしくはない。

 

「そこのところは本当に助かったよ」

「君の頼みだからどうにかしたが、現状はサイフォス=ミリダントに変われと言われ、厳しい」

 

 自分はそんなに有望だったのかと、少しずれたことを考えたサイフォスはそれを切り捨てた。

 

「それと、本当に今回はこれでよかったのかね? サイフォス君」

「僕ですか? まぁ別にこれと言っては。セリカの頼みですし」

「お前にも感謝している。無茶言って悪かったな。断るの大変だっただろう?」

「ええ、それなりには。毎回グレンの駄目なところを言ってからお前が適任だって言われるんで」

「そうか、そいつら全員灰にしてくる」

「待って待て!?」

 

 発想が物騒なセリカをサイフォスは全力で止める。

 この女、止めなければ本当にやりかねないので時折怖い。

 

「まぁ、とにかくもしあいつが何か起こしたら私が全て責任を取る。その覚悟ぐらいはできているさ」

「私もそうならないように願おう」

 

 と、そんな感じで話がいい具合に終わりそうだった。その時。

 

「た、大変です!」

「どうしたんだね?」

「例の非常勤講師何ですが!」

「グレンがどうした!」

 

 息を切らしたその講師は、息を整えた。

 

「まず、勤務初日に遅刻、そして授業を放棄しました!」

「……………………は?」

 

 長い沈黙の後、ようやくここにいる全員がグレンのことを考えた。

 そして。

 

「……セリカ君、責任を取る覚悟は、できているか?」

「……ちょっとあいつをしばきに行ってくる」

 

 セリカから溢れ出すマナが告げている。

 このままだと、グレンが死ぬと。

 サイフォスはすぐにセリカの腕を掴んだ。

 

「待って! いや本当に待って! それはグレン死ぬから!」

「うるさい! あいつ今回はただでは許さん! その身に《イクスティンクション・レイ》を叩きこんでやる!」

「それ、根元素に分解する技!? グレンが消えちまう!」

「それを今度は真人間に合成したらいいだけの話だ!」

「それはできないから!? いくらセリカでもできないからッ!」

「じゃあ、消えないようにしばきに行く! だから手を放せ!」

「駄目だろ!? これ放したらグレン死ぬだろ!?」

「大丈夫だ、死なない程度に殺すだけだ!」

「それこそ危ないよ!?」

「ああもう!《とにかく・放せ》!」

「「「ギャアァァァァ!」」」

 

 そんなこんなで、グレンの初出勤が幕を開けたのだった。

 

 

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