千冬に叱られてからというもの、一夏は自分の生活を見直すようになった。
まずは、睡眠時間の確保。
日頃のトレーニングと、IS学園での勉学に追いつくため睡眠時間を削っていたのが仇となり、ラウラをVTシステムから解放した後、倒れるよう寝てしまった。こんなことが続いていては、いつ命を失うか分かった物じゃない。
千冬側、つまり教師達も生徒一人にあまりにも負荷を与えてはいけないとお達しを受け、一夏のケアに奔走した。
ここは、世界に名を轟かすIS学園。一夏や箒のような例外を除いて、各国の代表候補生など様々な事情を抱えた生徒達がいる。その成長を促すための心身のケアは重要だ。
そのため、一夏に出されていた宿題の内容の見直しなどが個別に行われ、また一夏自身の頭の柔軟さもあり、一夏は睡眠時間をしっかり確保した上でトレーニングもしつつ、勉学もしっかりと他の生徒に追いつけるようなった。
そんな中、ある行事のことがHRで伝えられ、廊下の掲示板に張り出された。
『臨海学校』
それは、ISの非限定定空間における稼働試験という主題があり、各国から代表候補生宛に新型装備が山ほど送られてくるらしい。
しかし、規制があるため部外者が介入することは禁止されている。そのため揚陸艇によって、ドカッと運ばれてくるそうだ。
一夏は、しかめっ面だった。
「どうした、一夏?」
「…なんか、猛烈に嫌な予感がする。」
「奇遇だな。私もだ。」
「一夏さん!」
「いっちかー。」
「一夏。」
「一夏!」
そこへ、上からセシリア、鈴、シャルロット、ラウラがやってきた。
「どうした?」
「次の休みに、ショッピングにでも行きませんか?」
「おう? なんだ急に…。」
「臨海学校じゃ、水着がいるのよ。あんた、あの無地ので行くの? 格好悪いじゃない。」
「まあ、一夏がイヤなら別に…。篠ノ之さんは?」
「私は別に…。」
すると、鈴が箒に近寄り耳元で囁いた。
その自慢のバストを魅せる水着で一夏のハートをわしづかみしない?っと。
ハッとした箒は、鈴を見た。鈴は、グッと親指を立てた。
「一夏! 水着を買いに行こう!」
「どうした? 箒。」
「いいから!」
「わ、分かった分かった。次の休みにみんなで行こうぜ。」
「決まりね。」
鈴は、ふふんっと笑い、顔を赤くしている箒に笑いかけた。
セシリアとシャルロットは、顔を見合わせ、凰さんはやるね、やりますわね…っとヒソヒソと話、ラウラは、低身長を利用して一夏の腕に子供みたいにぶら下がっていた。
***
そして、後日。休みの日。
「しっかし、こう大人数で出かけるのは、中学以来だな。」
「なんだかんだあって、あんたも振り回されてるもんね。」
一夏の言葉に、鈴がそう言った。
「もしかし煩わしいですか?」
「いんや。楽しいぜ?」
心配するセシリアに、一夏が首を振って言った。
そんな会話をしながら、一行は街中にある大型ショッピングセンターに入る。
「こういうとこ、来るのもひっさしぶりだな~。」
「あんたってオシャレには無頓着だもんね。」
「そうか?」
「どーせ、出かけても筋トレ道具とかにしか用はないでしょ?」
「うっ。」
図星だった一夏は呻いた。
「昔っから、安物のシャツばっか着てさ。トレーニングで汗染みるからって。」
「その話。詳しく。」
ヤレヤレと肩をすくめる鈴に、箒が食いついた。
そして、水着コーナーに行く。
色とりどりの、様々な様式の水着があり、目移りしそうだ。
一夏は、そのコーナーの一角、こじんまりとしている男物の水着を見ていた。
「ブーメランは、やめてね?」
念のためと、鈴がそう言ってきた。
「なんでだよ?」
「あんた中学校の時、水泳授業で超ブーメランなの着てきて女子達から悲鳴浴びたの忘れたの?」
「そういや、そうだったな。で、お前は選んだのか?」
「まだ。じゃ、行って来る。」
「おう。」
鈴が去って行った。
一夏が水着を物色していると……、いきなり彼の横に衣類が大量に入った買い物籠が置かれた。
「これ、払っといて。」
見知らぬ女性がいきなりそんなことを言われた。
「はあ? なぜだ?」
「なによ、男のくせに。」
「男だからといって、赤の他人の支払いをすると思っているのか?」
「なによ? 逆らう気?」
「そうだな。」
「あーら、そんなこと言っていいのかしら? 警備員さーん!」
すると女性は、手慣れた感じで警備員を呼んだ。
駆けつけた警備員から事情聴取される。一夏はあくまでも事実のみを言い、女性は嘘を吐いた。
話は膠着し、ひとまず警備室で話をすることになった。
箒達が一夏がいないことに気づいたのは、それから数分後のことだった。
近くにいた店員に聞き、一夏が女性とひと悶着あったことを知ると、全員で急いで警備室へ向かった。
そこで見たのは、警察に連れて行かれ喚く女性と、警備室内の椅子で腕組みしていた一夏だった。
「一夏!」
「おう。」
「おう、じゃないでしょ! なにやってんのよ!」
「相手が中々白状しなくってな。警察沙汰になった。」
「でも、さっきの人、連れてかれちゃったね。何したの?」
「別に? 俺の名前出しただけだ。」
「あー…、なるほどね。」
「どういうことだ?」
「一夏は、世界初の男性IS装者でしょ? あらゆる国家機関に名前も顔も知れ渡ってるはずだし、監視カメラとかにも証拠があるなら、どっちを信じるかなんてハッキリしてるわ。」
「加えて…、先ほどの方…どうやら常習犯のようでしたし、罪は重そうですわね。」
「はあ…、ロクな世の中じゃないぜ。」
「まったくだ。」
女尊男卑に染まらず、良識ある男女である全員が同時にため息を吐いた。
そして、ショッピングを再開し、一夏は無難な水着を選んだのだった。
バスを待っている間、箒は、頬を染めた状態で、大事そうに買った水着が入った袋を抱えていた。
「箒。楽しみね?」
「う、うん…。」
ニヤニヤ顔の鈴が後ろから言うと、箒は頷いた。
「一夏が鼻血吹いて倒れるかもね?」
「一夏はそんな軟弱な精神をしていない!」
シャルロットの言葉に箒がそう反論した。
「ま、一夏さんは、お堅い方そうですものね。」
「一夏は真面目なんだ!」
「真面目すぎるのもどうかと思うがな。」
「男って少々スケベなぐらいがいいじゃない? まったく興味なさそうに振る舞ってても心配じゃん。これで箒に興味示さなかったら、問題よ。」
「う…。」
鈴達の会話に、箒は青ざめた。
千冬から清いお付き合いをしろとお達しを受けているとはいえ、一夏は今までずっと箒に手を出していない。せいぜい手を繋ぐぐらいだ。
姉の言葉を忠実に守っているのだろうが、それにしたって年頃のお盛んな青少年らしからぬお堅さだ。
もしかして…、自分には魅力が無いのか!?っと、急に箒は不安になった。
「それは早合点だと思うわ。アイツ(一夏)、箒を幸せにするって言ってたんだし。」
「しかし…。」
「そうですわよ、篠ノ之さん。一夏さんは、きちんと準備が出来てから、お嫁に貰うと言っていたと聞いていますし。篠ノ之さんに魅力が無かったら絶対そんなこと言わないですわよ。」
「そもそも好きじゃ無い相手をお嫁に貰うなんてことしないと思うよ?」
「いつの戦略結婚当たり前時代の話よ…。」
「……そうか。そうだな。」
鈴達の励ましを受け、箒の顔色が良くなっていった。
「おーい、バス来たぞ。」
「はいはーい。」
そうしてショッピングを終えた一夏達は、IS学園への帰路につく。
だが…。
「…なんかスピードがおかしくない?」
「ちょっ…信号!」
乗っていたバスが止まらず、赤信号を無視した。横断歩道を渡ろうとした人々が慌てて止まるのが通り過ぎていく窓から見えた。
「運転手さん!?」
「ぶ、ブレーキが…。」
一夏が駆け寄ると、戸惑う運転手のそんな言葉が聞こえた。
アクセルを踏んでもいないのに、スピードが徐々に増す。異常事態に気づいた他の乗客達がパニックになり始めた。
『IS学園の生徒につぐ。』
その時、バスの音声案内の音声機器から女の声がした。
『神聖なるISをこれ以上汚されぬよう、そこにいる織斑一夏を始末なさい。』
「なっ!?」
箒達は目を見開き驚く。一夏は、目を細めた。
『聞けない場合は、このままバスの乗客もろとも始末する。』
「ふざけんじゃないわよ!」
「そうですわ!」
「卑怯な…。」
『…交渉は決裂か。ならばそのままその男と共に死ね!』
そう叫ぶ声と共に、音声が切れた。
「くっそ…、過激派か…。」
「ふざけてるわ!」
「バスを止めなきゃ!」
「待て!」
一夏が、鈴達がISを展開しようとしたのでそれを止めた。
「このスピード…、もしかしたら強引に止めたらその時点でバスが爆発する仕掛けがあるかもしれねぇ…。ISを完全に展開せず、センサーで調べられるか!?」
「わ、分かった! ………! 爆発物の反応がある!」
「位置は!?」
「この真下ですわ!」
「おおお!」
一夏がバスの床を殴り破壊して剥がし、爆弾を見つけた。
「こいつは…。」
「何よコレ!? 生体反応に反応する爆弾だわ! なんて用意周到なのよ!?」
「ってことは、俺の生体反応が消えたら爆発と、バスが止まる仕掛けか。」
「ふざけてる!」
「……。」
「一夏?」
「……わりぃな、箒。」
一夏は、箒に微笑みを浮かべた。
「一夏!?」
「ふんっ!」
次の瞬間、一夏は拳を自身の心臓の上に叩き付けた。
そして、倒れる一夏。
「一夏ーーーー!」
十数秒後、爆弾が止まった。そして、運転手がブレーキを踏んでバスを止めた。
突然止まった衝撃で箒達は倒れ、乗客達も倒れそうになった。
床を転がった箒が慌てて立ち上がり、倒れている一夏に駆け寄った。
「一夏! 一夏!!」
必死に一夏の体を揺する。
間もなく、警察が到着し、バスの扉が開いた。
乗客達が急いで降りていき、鈴達も避難した。
運び出された一夏に箒がすがりついていた。
「一夏ーーー!」
箒は泣きじゃくった。
鈴達は、痛ましげに二人を見ていた。
「う……。」
その時、ピクリッと一夏が動いた。
「一夏!?」
「うぅ…、死ぬかと思った。」
「まさか、あんた!? 心臓を自力で止めて動かしたって言うの!?」
鈴が驚いて聞くと、ムクリッと起き上がった一夏が頷いた。
「あー、よかった。バスの外に出たら反応しない爆弾で。」
「あっ。」
そうだった、バスに仕掛けられていた爆弾は、一夏の生体反応で動いていた特殊な爆弾だったのだ。もし外に出て息を吹き返しても反応していたら、今頃爆発していただろう。
「なんて無茶なことを…。」
「わりぃな。敵がIS学園の代表候補生を警戒して、ISを展開しても死ぬようにしてる可能性があったから、こうでもしなきゃって思ってな。」
「だからって!」
「そうですわ!」
「本当に死んだらどうする気だったのだ!?」
「そうだよ!」
鈴達が口々に怒った。
「けど、俺は…、俺のせいで死ぬ人間がいたら悲しい。」
「……バカ。」
箒が一瞬呆け、しかし、涙を流して一夏に抱きついた。
その後の調べで、爆弾のセンサーは、一夏の言うとおりISの完全な展開にも反応する仕掛けがされており、しかしその範囲はバスの中だけで、外に出てしまえば反応しない代物だった。ただ一夏の生体反応には過敏になっており、心臓が停止した状態が続いたことを認識しないと爆弾が解除されないモノとなっていた。唯一幸いだったのは、ISの一部だけの展開には鈍かったことだ。
さらに、その後、バス会社に出入りしていた女性権利団体の一部が犯人だったと分かり、女性権利団体は、無関係な一般人やIS学園の代表候補生達まで殺そうとした責任を彼女らにすべて負わせる形でトカゲの尻尾切りで彼女らを切り捨てた。だが千冬が、そして世の中がそれだけで許すわけがなく、日本国内のその女性権利団体は、日夜ニュースに取り上げられるほど世間から罵倒され、責任を追及され、巻き込まれたIS学園在学の代表候補生である鈴達の命を脅かし、殺人を強要したとしてそれぞれの所属国からも激しく罵倒され、責任を追及されて、実質潰された。その過程でかなりの人数が裁判で実刑を受けたり、自ら命を絶つこともあった。どうやら彼女らにしてみれば、女性権利を主張しているだけに、同じ女性達から罵詈雑言を浴びせられるのは相当に堪えたらしい。
追い詰められ、潰される頃まで彼女らは、見苦しくISを神聖視する発言や、男(織斑一夏)を貶す言葉を吐き散らしていた。
芋づる式で一夏達の動きを実行犯に伝えていたIS学園の生徒や教員もいなくなることとなったが、表向きは諸事情で自主退学、自主退職という扱いとなった。
真の過激派って、いかなる犠牲を払ってでも目的を果たそうとするだろうなって思って……。
一夏と仲良くしてるとかそんな理由で殺す理由になるかも…。
あと、一夏が心臓を自力で止めますが、これはほとんど一か八かの賭けです。下手すると死んでました。
前回、一夏が見つけた過激派の生徒達や教員達も今回の一件で一網打尽にされました。って、ことにしましょうか…。