世界はマイクラに侵食された   作:毒蛇

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「第二話 湧き上がる好奇心」

 視界に浮き出た謎の文字。

 思わず手で触れようとし、空を切る事で、呆然とした意識が元に戻るのを感じる。

 

「……ぁ」

 

 文字を見つめる事、およそ数秒後。

 まるで空気に溶けるように、一部の文字が消えていくのを、龍介は見ていた。

 

「どういう事だ……?」

 

 ぼそりと呟く声に、答える者は誰もいない。

 朝日が昇るのを背中で感じながら、自分の手のひらで視界を覆う。

 途端に薄暗くなるが、しかし一部の文字だけは依然と己の視界に映り続ける。

 

「1……」

 

 手の甲で一度目の埃を取るように拭うがやはり見える。

 視界の下部分、顔を動かしても固定されたような文字に、思わず眉を寄せる。

 ジッと睨みつけても、瞬きをしても、まるで壁を相手にするように一切の反応がない。

 

「……と、今はそれどころじゃないか」

 

 視界に映り込む謎の文字から意識を逸らす。

 いつの間にか、眼球に手術か何かを施された可能性を頭を振って無視する。

 物事には優先順位という物があり、龍介は地面に屈みながら深呼吸をした。

 

 本来はスーパーへと脚を進め、物資等を回収するつもりであった。

 しかし、武器であるスコップが壊れてしまい、武装は包丁のみと難がある状況だ。

 故に目的を変更し、近くの民家で、代わりの武器になる物を補給するべきであろう。

 

「……」

 

 腕時計を見ると、朝七時を示している。

 ネット上での情報では、攻撃的な生物は朝日に弱いと書いていた。

 しかし、過度に信じ過ぎるというのも危険である。どこに穴があるかも判らないからだ。

 

「……、お邪魔します」

 

 数秒悩んだ末に、龍介は近くの民家に入り込んだ。

『佐藤』と扉前に書いてあった表札を無視し、扉を開け、玄関に侵入する。

 確かここの家の住民は二人の老夫婦であったと記憶しているが、やはり返事はない。

 

 一瞬、何気なく靴を脱ごうとして止める。

 染み付いた習性に苦笑しながらも、わずかな躊躇の末に土足で進む。

 逃げる事を考えれば合理的でありながらも、微かに良心が痛みながらも静かに進む。

 

「……」

 

 人の気配は感じられない。

 静けさが骨身に染みる程に、しん、とした世界に、靴音のみが響く。

 世界が狂い始めて、まだ二日目でありながら、龍介はまだ人の姿を見ていなかった。

 

 ぎし、ぎしっと床を軋ませ、包丁を片手に進む。

 先ほどのゾンビ、それに付随する正体不明の生物に攻撃されたら逃げるしかない。

 既に良心の呵責は消え去り、先ほどの経験に基づいた最大級の警戒で廊下を進む。

 

「……!」

 

 リビングに入り込み、キッチンに目を向け、その下の衣服に気付く。

 無言のままに、リビングのテーブル、わずかに引かれた椅子にも衣服が散らばる。

 その後、寝室や風呂場、トイレなどを散策し、漸く龍介は警戒を解き、小さく息を吐いた。

 

 大人が消えた、少なくとも五十歳以上の男女が消えた衣服は見たが確定とは言い切れない。

 既に片づけたこの家の住人の衣服を一つにまとめ、寝室に丁寧に置きながら、そう思った。

 

 しかし、それはまだこの周辺を見た龍介の主観に基づく物でしかない。

 これが駅前など、人がある程度栄えている場所に行けば、大量にあるのかもしれない。

 

「いや、今はそこ、じゃない」

 

 まだガスや電気等のインフラは生きている。

 蛇口の水は不安だが、冷蔵庫には麦茶もあった。

 だが、本当に大人が消えたのならば、供給されるリソースは明確に途絶える可能性が高い。

 

 だからこそ、この最初の数日間の行動がその後に直結するだろう。

 では具体的にはどうするか、改めて龍介は今後の最適解を模索しつつ、朝食の準備を始める。

 

「卵……、ギリギリセーフ。食パンも……これ俺が毎朝食ってる奴だ、安くて美味いからね」

 

 コンロに火を点け、フライパンをセットする。

 中火程度に保ちながら、バターを一切れ入れながら、加熱する。

 じゅわぁ、という音が聞こえながら、卵を一つ、ベーコンを二切れ、フライパンに入れる。

 

「地味にサラダ油が切れているときたもんだ……」

 

 こうしていると、人様の台所ではあるが、自炊している時と変わらない空気を感じる。

 それはこのキッチン兼リビングだけであろうと思いながら、手早く準備を進める。

 ベーコンがカリカリになり焦げめが付いたのを確認し、同時にトースターから音が鳴る。

 

 ヤカンに入れた水が沸騰し、コンロの火を消」し、コーヒー粉を入れたカップに注ぐ。

 嗅ぎなれた日常の匂いが、先ほど強く感じた恐怖を薄れさせながら、小さく頬を緩める。

 

「いただきます」

 

 トーストにベーコンと目玉焼きを乗せた物と、サラダを食べる。

 小さい頃に映画で見た、やけに美味しそうな物を再現し、十分程で食べ終える。

 空腹を満たし、ひとまずの拠点を得た龍介ではあったが、やはり気になる事があった。

 

「……、それで、そろそろ、コレなんだよな……」

 

 椅子に座りながら、自分の視界に、眼球にこびりついたような文字。

 『1』と書かれた小さな文字と、料理をしている際に気付いた右下のボタンのような物。

 食欲に意識を集中し、余裕を得る事が出来て改めて、龍介はそれらに対し思考を巡らせた。

 

「さっき、クラフター適性、レベル1って書いて……、映ってたよな」

 

 この一連の騒動と、龍介の視界に映る物。 

 先ほどのゾンビを撃退した結果、龍介が得てしまった正体不明の何か。

 クラフターとは、職人や創造者といった意味合いであったと龍介は記憶しているが、

 

「じゃあ、作業台とは……?」

 

 文字通りの物だろう。

 何かを作成、改良する為の台のような物、それが解禁されたのだろう。

 食卓を指先でトントンと叩きながら、龍介は右下にある白い円のようなソレを注視する。

 

「お、……なんかでた」

 

 触れる事は出来ず、見る事しか出来ない。

 やや睨みつけるように、見ていた結果、視界の中央に見慣れぬ画面が表示された。

 灰色の画面の四つのマス目が正方形に並び、右隣の矢印と一マスのマス目が表示されている。

 

 見ている限りで判るのは、左の四マスが右の一マスに集約されるという事か。

 その下には九×三マス分のマス目と、更に下に九×一マス分のマス目が画面上に表示されてる。

 それらに眉を寄せ指先でトントンとテーブルに一定の音を作りながら、龍介はしばらく考える。

 

「クラフター……、クラフト……、ゲームか何かか?」

 

 自分の眼球の隠された機能に、もはや驚きは少なく、龍介は静かに考える。

 龍介もそれなりにゲームはするが、あくまで携帯用のゲーム機でボタンを押して遊ぶ程度。

 テレビゲームでゾンビを殺し生きるサバイバル物はプレイした事があるが、それだけだ。

 

「そもそも、外で見たゾンビ以外、見たことも聞いたこともない」

 

 特にあの緑色の破壊者である。

 ネット上では、『這う者』や『忍び寄る者』という意味合いでクリーパーと名付けられた。

 実際に一切の気配すら感じられなかった、あの生物の名称としてはすんなりと受け入れられた。

 

「ゲームの世界から、やってきた? ……これは無いな」

 

 創造の世界ではなく、龍介が生きている現代社会でのサバイバル。

 ゾンビ以前に謎の生物が栄え始めている中で、人間の大半は抵抗もなく消えた。

 もはや人類の文明は衰退どころか、滅びの道を辿る事になるのは想像に難くはない。

 

 さらに言えば、趣味で読む創作物でよく見るVRMMOのような技術は現代にはない。

 最低限、ヘルメットのような物を装着してようやく視界がそれらしい物のなるだけだ。

 だから龍介の目の前に表示されているゲームのような画面にただ困惑していると、

 

「マニュアルとか……、お?」

 

 ヒントが他にないかと探していた矢先、変化があった。

 指先に触れていた食卓の感覚が消え、同時に目の前の画面に何かが出現する。

 一番下のマスの一つを埋めるそれに視線を向けると、【木の板】と表示されている。

 

 恐る恐る指先で、触れてみると、無音で薄目の白い板が手のひらに出現する。

 その板には見覚えがあり、視界を動かして、己が使用していた食卓のテーブルを見る。

 

「ない、というか欠けてる?」

 

 龍介が手を置いていた場所、一定のリズムで叩いていた場所が消失している。

 そっと重ねてみると、ピッタリと合わさる事に、何となく龍介は閃きを得た。

 画面のマス目、何もない所を指で押すと、所持していた板は一瞬で消え去る。

 

「指先で叩く……、振動……、叩くという行為で出来たのか……」

 

 再度右下のボタンを叩くと画面を消すことが出来た。

 そうして一部板が消えた食卓、テーブル板を注視しながら指で叩く。

 

「塵? ……ノイズのような皹が……」

 

 トントンと指先で先ほどと同じように叩くと皹が広がる。

 一度、叩くことを止めると、皹は消え去り、再び元の状態に戻る。

 その行為を繰り返し、拳でテーブルをしばらく叩くのが効率的だと理解した。

 

「これなら、木材には困らない……、いや待て、木材だけか?」

 

 グルリと周囲を龍介は見渡す。

 絨毯、床の板など、コンクリートや煉瓦等の硬い物以外は壊す事が出来た。

 再度画面を開き、それらの行為を証明するように、マス目には様々な物が入り込んでいる。

 

「……これは入るか?」

 

 しばらく考えて龍介はリュックサックから水を入れたペットボトルを取り出す。

 今度は画面に触れてもマス目には入らず、指先で皹を入れてもただ壊れるだけであった。

 何か法則性が存在しているのだろうが、一連の行為で龍介は何となく作業台の作り方を悟る。

 

「作業台って、木材あれば出来るんじゃないか?」

 

 そうして家の中にある目ぼしい物を殴って壊す。壊す。壊す。

 いくつかの物は壊してもやはり右下の画面に表示されず消えてしまう。

 ペットボトルや、ガムテープ、薬や、段ボール等は対象外である事が判明した。

 

「さて、どうやって作るのか?」

 

 三十分後。

 ある程度の木材を家の中で集める事に成功した。

 再びリビングへと戻った龍介は、画面右上のマス目に注目した。

 

「多分、ここに……」

 

 恐る恐るといった感じで、木材を四角のマス目に置く。

 どこかパズルをしているような感覚で、右隣にあるマスに何かが出現した事に笑みを浮かべる。

 表示されているのは木箱のようなアイコンで、注視すると【作業台】と簡素に書かれている。

 

 タップして出現させて注目する。

 正方形ながらも、よく分からない模様が蔓のように描かれている。

 辛うじて理解できるのは、上部分にのみ唯一ある九マスの正方形のマス目である。

 

「ん~、この部分で作業をすると。本当にゲームか何かに迷い込んだみたいだな」

 

 不確かな何かが、間違いなく龍介に根付き始めている。

 それは視界だけではなく、物を持ち上げる膂力であり、精神的な物であった。

 何者かに与えられた力ではあるが、しかし龍介にとっては使える物はなんでも使いたかった。

 

 その代償が何かは判らない。それでも良かった。

 ただこの現状を打破できる代物であるかもしれないとわずかな願望を抱く。

 

「……、さっきと同じ要領だな」

 

 トン、と指先で再度タップすると、右下のボタンと似た画面が表示される。

 ただし、此方は九のマスと矢印、一のマス目だけと簡潔な構造であるのが見て取れる。

 パズルのような感覚で、木材やガラス等をマス目に設置するが、木の棒が完成するばかりだ。

 

「武器とは作れないかな?」

 

 木材から木の棒、木の棒から何かを作れないかとしばらく龍介は考える。

 台所にあった漬物石を破壊し、出現した丸石と木材を使い、幾つか試行錯誤を重ねる。

 そして――

 

「できた……!」

 

 ――【石のシャベル】を少年は作り出す事に成功した。

 

「なんか、楽しくなってきたな……」

 

 出来上がったシャベルは、ずっしりと重い。

 間違いなく重いはずなのに、龍介は軽々と持ち上げ振り回すことが出来た。

 以前の身体では出来なかったような行動が出来る身体に対して、何も考える事はしなかった。

 

 龍介の心は既にそこにはない。

 あるのは、大きく見開いた紫紺の瞳が向けるのは、ただの木の箱である。

 だが、そこには無限の可能性があるのではないかと、子供のような探求心が湧き上がるのだ。

 

「他に何が作れるのだろう……?」

 

 与えられた餌に縋りつく犬のように。

 新しい玩具を手に入れた幼子のように。

 龍介は、目を輝かせて、更に試行錯誤を重ねるのだった。

 

 

 

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