茨木童子の腕を見たとき……勃起……しちゃいましてね   作:トマトルテ

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1話:渡辺綱

「それがお前ら人間のやり方か!? この卑怯者の臆病者共めがッ!!」

「……卑怯と言いたければ好きなだけ言えばいい、茨木(いばらき)童子(どうじ)よ」

 

 漂う酒気と血臭。

 その中で立っているのは、刀を構える自分と一匹の鬼のみ。

 鬼の名前は茨木童子。桃色の髪に瞳、同系色の中華風の衣服が特徴的な少女だ。

 平時であれば美しい少女の姿なのだろう。

 しかし、今はその瞳は怒りで縦に裂け、長い爪と牙が虎のように光っている。

 

「武士でありながら山伏に扮し、その上で毒酒を盛る。天下に名高い源頼光とその四天王やらも随分と落ちたものだな。戦う前から我ら鬼に勝てぬと思い、奸計を練るなど貴様らには誇りがないのかッ!」

「耳が痛いな。だが、これが最も確実な策なのはそちらも分かるだろう?」

 

 細い腕に巻き付けた鎖を、鬼の膂力(りょりょく)をもって叩きつけてくる茨木童子。

 当たれば木も岩も、下手をすれば鉄すら砕けるような一撃。

 それを刀を添えるようにして、受け流すことで回避する。

 

「鬼にッ! ―――横道はないッ!!」

 

 だが、怒れる鬼の攻撃が一度や二度で終わるはずがない。

 鬼は何度も何度も、数えるのも億劫(おっくう)になるほどに鎖が打ち付けてくる。

 

 まるで鉄の蛇が牙を剥き出しにして襲ってくるようだ。

 そう、愚痴を吐いてしまいたくなりながらも、私はそれを丁寧に1つずつ叩き落していく。

 彼女の腕をジッと見つめ、技の出所を慎重に探りながら。

 ……まったく、こんな状態でよくも戦えているものだ。

 

「どうした! どうした!! 策を練るばかりで武勇の方はまるでダメか?」

「好き勝手に言われているな……」

 

 牙を打ち鳴らしながら罵ってくるが、まともに反論する余裕はない。

 まさに防戦一方。傍から見れば、私が一方的に鬼に屠られているように見えるだろう。

 しかし、見るものが見れば分かる。戦いは互角であり、茨木童子は攻めあぐねていると。

 

「少しは勇猛果敢な所を見せて欲しいな。そうでなければ、殺された仲間も浮かばれん」

「だというのなら、そちらから近づいてくればいい。もっとも、それが出来ればの話だがね」

「貴様…ッ」

 

 攻めに出ることはなくとも、一歩も動かない私に、鬼はギリリと長い指を握り締める。

 実は鬼は私を攻め立てているようで、決定的な打撃を入れられる距離に入れていないのだ。

 

 理由は簡単。うかつに近づけば私の必殺の間合いに入ることを理解しているからだ。

 故に、私を挑発して逆に自分の間合いに入れようとしているのだが、分かっていて飛び込んでやるほど私はお人好しではない。

 まあ、下半身が動かしづらいという個人的な理由もあるのだが。

 

「貴様らには戦士として、正面から戦うという誇りはないのか!?」

「そんなものがあるのなら、人肉と血酒を食らった時点で吐き出しているよ」

「与えられたものであれば、それが同族の肉であれ食らうか。人とは獣畜生にも劣るな」

「罪のない人々から奪った利潤を貪る鬼には敵わないさ」

 

 埒が明かぬとばかりに、女性らしい華奢な腕で投げられてきた大岩を、名刀『髭切』で断ち切りながら軽口を返す。

 

 人の血肉を貪った者は妖となると聞く。

 しかし、我らは戸惑う事すらなく笑顔で食してみせた。

 全てはここ大江山に巣くう鬼を討つために。

 

「より確実な勝利のために。それが我らが主の方針なんでね? もし、君達が敵でない証拠に私の首を撥ねろと言っていれば、主は迷うことなくそうしただろうよ」

「……反吐の出るッ」

 

 心底軽蔑したといった表情で、茨木童子が唾を吐き捨てる。

 それを見て、本当に珍しいことに私は笑ってしまう。

 

「何を笑っている?」

「いや、なに。仲間を殺され激怒する君と、目的のために同族を平気で食らう私。一体、どちらの方が……鬼と呼ばれるに相応しいかと思ってね」

「貴様らのような下衆と鬼を一緒にするかッ!!」

 

 怒りの咆哮が、爆音となり私の全身を震わせる。

 しかし、それだけ脅されても、私の心はどうしようもなく(たかぶ)っていた。

 もっと、その姿を目に映していたいと思ってしまった。

 

「ああ…本当に……これではどちらが鬼か分からないな」

 

 自覚してしまった想いに、欲望に、罪深さに。

 どれだけ取り繕っても、所詮は生まれもった性に逆らえぬのかと。

 私は呆れたように笑うことしかできなかった。

 

「いつまでもヘラヘラと笑いおって――」

「―――無事か、(つな)! 今加勢に入る!」

「ちぃっ! 他の四天王が来たか…! ……流石に多勢に無勢か…ッ」

 

 そんなところに、後ろの方から加勢の声が聞こえてくる。

 恐らくは酒吞童子や他の鬼を討ち取った同僚だろう。

 願ってもない応援だ。苦々し気に歪められた鬼の表情が、その効果を如実に示してくれる。

 普段の戦いであれば、喜びこそすれ、邪険に思うことはなかっただろう。

 だが、しかし。今だけは、彼女と向かい合う今だけは。

 

 ―――殺したいと思う程に目障りだった。

 

「口惜しや…口惜しや…ッ! この恨み地獄に落ちても必ずや晴らしてくれる!」

「逃げるかい?」

「戦略的撤退だ! この度の戦いは一度預けておくぞ……名を答えろ、人間」

 

 今から逃げる立場だというのに、どこまでも上から目線で指差してくる茨木童子。

 他の敵からであれば、不快になっていただろうそれにも何故か、私は何も感じなかった。

 むしろ、突きつけられた指に喜びを覚えていた。だからこそ、口にした。

 本来は自分のものではない名前を。

 

渡辺(わたなべの)(つな)

 

 それが今生(・・)における私の名前だ。

 察しの良い人間なら、ここまで言えば分かるだろう。

 

 私は転生者だ。いや、前世の知識から言えば過去になるので、予知者かもしれない。

 まあ、重要な部分はそこではない。大切なことは私が渡辺綱であるということだ。

 

 源頼光の四天王の筆頭。

 大江山の鬼退治。羅生門の鬼との決闘。

 勇猛果敢な逸話に欠くことのない日本の英雄。

 

 私は二度目の人生を、その名を辱しめないように生きてきた。

 

「渡辺綱……しかと覚えたぞ、その名前!」

「茨木童子。こちらもその姿を目に焼き付けた」

 

 故に二度目の人生に熱というものはなかった。

 英雄を演じ、ただ、情熱もなく仕事をそつなくこなすだけの人生。

 そんな人生だ。魂を震わせるような願いなど抱けるはずがなかった。

 

 今、この瞬間までは。

 

「次は逃がさん! それまでにせいぜい腕を磨いておくことだなッ!!」

「そちらこそ、腕を落とすことのないように頼むよ」

 

 捨て台詞を残し、茨木童子は夜の闇へと姿を消す。

 残されたものは、戦いの余波で壊れた大地と他の鬼の死骸。

 酒吞童子の一味を討ち滅ぼしたという功績。

 そして何より――

 

 

「ああ…なんて―――美しい」

 

 

 魂全てを揺さぶるような昂ぶりだけだった。

 

 

 

 

 

『今夜、羅生門にてお前を待つ』

 

 血文字でしたためられた手紙を月明かりに照らし、今一度場所を確認する。

 今私が向かっている先は羅生門。夜な夜な鬼が出ると噂の場所だ。

 

 送り主の確認はするまでもない。茨木童子その人以外にあるまい。

 故に、私がするべきことは場所と武具の確認だけ。

 それだけで十分だ。後はこの胸の昂ぶりに任せて動けばいい。

 

「ほぉ…1人で来たか。てっきり、いつぞやのように騙し討ちでもするかと思ったぞ」

 

 羅生門をその真下。中央部には、あの日以来変わった様子も見えない茨木童子がいた。

 二本の角を誇らしげに月に照らし、腕を組んだ状態で蛇のように私を睨んでくる。

 

「まさか。女からの逢瀬の誘いに他人を連れてきたりはしないさ」

「ぬかせ、笑えぬ冗談程つまらんものもない」

 

 本心からの言葉を言ってみるのだが、唾を吐き捨てられてしまう。

 これは困った。自分は本当に逢瀬に来たつもりだというのに、相手がこれではつまらない。

 どれ、少し正直に語ってみるとしようか。

 

「冗談ではない。私はあの日一目惚れをしたのだ」

「……は?」

 

 思わず組んでいた腕を解き、目を点にして呆けた顔をする茨木童子。

 しかし、私は話を止めて待つようなことはしない。

 こういうのは一気に言ってしまった方が良いのだ。

 

 さあ、打ち明けよう。この焦がれるような想いの丈を。

 

「美しいと思った。今までに見た何よりも、宝石ですら道に転がる石と同じに見える程に、美しいと心を奪われた」

 

 何を言われているのか、段々と理解してきたのか顔を朱に染めていく茨木童子。

 言っていることは愛の告白なので、その姿は何一つとしておかしくはない。

 非常に愛らしいとすら言える。しかし、私が見たいの()()ではないし。

 

 何より、私はその表情が再び変わることを誰よりも理解している。

 

「そう、美しいと思った―――()()()()()()

「………は?」

 

 茨木童子は真顔で、何を言っているのか理解できないといった表情になる。

 しかし、これは悲しい事実だ。私は女性の手が好きなのだ。もっと言えば腕が。

 

「恥ずかしいことに、あなたの腕を見て戦闘中にも関わらず……勃起……しちゃいましてね」

 

 完全にドン引きした表情で茨木童子が後退っているが、逃がす気はない。

 彼女こそが理想の()だ。理想の女性(うで)だ。理想の(ヒト)だ。

 だから、欲望をぶちまけるように口説き文句を吐く。

 

「すらりと伸びた美しい並びの指。握ればそのまま吸い付いてきそうなきめ細かい肌。色気を醸し出す延ばされた刃物のような爪。適度に脂肪がついた柔らかそうな二の腕。曲線美を極めたかのような関節。肌が白い故に透け出る色っぽい血管……全てが美しい」

 

 未だかつてこれ程までに口が回っただろうか。

 そう、思ってしまう程に今の自分の口は軽い。

 渡辺綱の名を汚さぬように保ってきた矜持も、どこかに行ってしまっている。

 もう、彼女(うで)しか目に入らない。

 

「―――欲しい。欲しいのだよ。その腕が」

「な、なにを考えている!? 頭がおかしいのか!」

 

 拒絶の声すら耳に入らない。

 熱にうなされたように、ただ己の欲望をさらけ出していく。

 

「ああ……その美しい手の甲に唇を這わせたい。柔らかな手の平に頬ずりをしたい。少し脂肪のついた二の腕を揉んで感触を堪能したい。華奢な指を余すことなく舐め上げたい。白い肌に痕が残る程に唇で吸い上げたい……フフフ、昂ってきた」

「へ、変態ッ! 変態ッ!! 私に近づくなぁッ!?」

 

 下半身に熱が帯びてきた感触が広がるが、もはや隠す必要もない。

 むしろ、見せつけるように後退っていく茨木童子をゆっくりと追う。

 

「君が鬼で良かった。相手が鬼ならば腕を切りとっても何も言われない」

 

 刀を抜き、どの部分から切り離そうかと舌なめずりをする。

 手だけは勿体ない。肘から先も、二の腕に触れあえないので却下。

 やはり、肩口から切り落として全身の彼女(うで)を愛すべきだろう。

 そんな思考を巡らせているにも彼女は、近づくなとばかりに攻撃してくるが、全ていなす。

 

「あまり暴れないでくれ。私の綺麗な腕を傷つけてしまう」

 

 大事な、大事なヒトを万が一にも傷つけるわけにはいかないのだから。

 

「誰がお前の腕だ! ええい、こうなったら食い殺してやるッ!!」

「心配しなくていい。欲しいのは君の腕だけだ。命までは取りはしないさ。私はただ」

 

 そうだとも、殺す気はない。

 今の私の望みは1つ。

 

「君の手に接吻をしたいだけなのだから」

 

 美しい手を手に入れることだけだ。

 

 




転生要素は渡辺綱さんの尊厳を傷つけないため。
腕しかない相手を愛す純愛ストーリーを目指します(棒)
この作品は手抜き(意味深)作品です。

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