茨木童子の腕を見たとき……勃起……しちゃいましてね   作:トマトルテ

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4話:茨木童子

 別に助けたかったわけじゃない。

 

 ただ、この男が死ねば自分も死にかねないから手を貸しただけだ。

 本来であれば、百度殺しても足りぬ程に憎い……気色悪い男であるが今は不味い。

 実に腹立たしいが、流石に腕だけの私では頼光共に勝てるとは思えん。

 要するにこの男が死ねば、頼光共に私も殺されてしまう危険があるということだ。

 

 それだけは認められない。

 勇ましく戦って、鬼らしく死ぬのならばともかく。

 変態に良いように使われたまま死ぬとか、死んでも死にきれない。

 

 そもそも、なんでこの変態は平然と鬼の腕を自分の腕にしてるのだ?

 普通に考えて拒絶反応とかあるだろう。

 というか、全力で拒絶しようとしたり、体を奪おうとしたら逆に喜ぶってなんだ。

 気持ち悪すぎて無視するのが一番だと気づいたのは記憶に新しい。

 

 まあ、何はともあれだ。

 私はこのまま死ぬわけにはいかない。

 

 誇り高き鬼の四天王の1人として、何より1人の女としてこのままは嫌だ。

 必ずや、この男から逃れ、元の体に戻ってみせる。

 そのために今だけは手を貸してやるだけだ。

 

 

 だから、別にこの男のことが少し心配になったとかじゃないからな。

 

 

 

 

 

「君は……私を助けてくれるのかい?」

『勘違いするな。今、貴様に死なれると困るだけだ』

「それでも嬉しいよ。フフフ……こんな時に何だが、君と話が出来るのが嬉しいよ」

『たわけ。こちらは貴様となんぞ口もききたくはないわ』

 

 ゆらりと、幽鬼のように立ち上がる綱。

 その姿に警戒したように頼光は一歩下がり、油断なく相手を観察する。

 

 姿形に変わりはなく、左腕から右腕に刀を持ち換えただけ。

 しかし、その右腕というのが何よりも厄介である。

 今の綱の右腕は茨木童子の右腕。すなわち、鬼の腕。

 そして、本来の武士の利き腕は左ではなく右。

 

 鬼の剛力に四天王筆頭の綱の技術。

 それらが加わるとどうなるかというと。

 

「では、初めての共同作業といこうか」

『気色悪いことを言うなッ!』

 

―――鬼に金棒である。

 

「重い…ッ」

「先程までの私と思わないことだな、頼光様(・・・)

「クッ…調子に乗りよって…!」

 

 源頼光と渡辺綱。共に後世まで名を遺す武士の代名詞であり、稀代の英雄。

 そんな2人の戦いが生易しいはずもない。

夜の闇の中に、銀閃と火花が花のように舞い散っていく。

 

「やはり馴染むな、君の腕は! どうやら私達は体の相性が良いようだ!」

『無理やりくっつけておいて、どの口がほざいている!?』

 

その中で押しているのは、やはりというか綱の方である。

本来の強さであれば主である頼光の方が強い。

しかし、今の綱には、人の頭を豆腐のように潰せる鬼の腕がある。

加えて、想い人が力を貸してくれているという事実が、綱のテンションを最高に『ハイ!』って奴にしている。

 

これらが頼光を押している要因となっているのだ。

 

「随分と余裕だな……だが、その余裕いつまでも続かせんぞ!」

「ッ!? ここで盛り返してくるとは……流石は我が主と言ったところか」

 

 しかし、その程度でやられるようでは英雄は名乗れない。

 なおかつ、マラリアにかかった状態で土蜘蛛を切り伏せた頼光は倒せない。

 酒吞童子を騙した知略が有名な頼光であるが、その真髄は武技にある。

 

「この首、簡単には取らせんぞッ!!」

「ちぃッ…!」

 

 力で鬼に勝てぬのであれば技術で上回ればいい。

 まるで、そう語るかのように綱を徐々に徐々に押し返していく頼光。

 

「鬼の腕力に最高峰の技術。確かに合わせて相手にするのは難しい相手だ。だが、綱よ。お前に剣を教えたのが誰か―――忘れたわけではあるまいな?」

 

 何の予備動作もなく首を刈り取りに来た一撃を、紙一重で躱し綱は冷や汗を流す。

 今の一撃は隙を見て狙ってきたものではない。

 ()()()()そこに隙が出来ると知って、置かれていたものだ。

 

「私の動きを全て予想し、その一手先に斬撃を置く……フフフ…恐ろしい」

「最強の攻撃も、どこに来るか分かっていれば躱せばいいだけだ」

 

 これが源頼光。

 妖怪に劣る人の身で数多の妖怪を屠った男。

 綱はその強さに今更ながらに畏怖し、乾いた笑いを零してしまう。

 これが偽物の自分とは違う、本物の英雄なのかと。

 

 勝てぬやもしれぬ。そんな諦めが綱の心に影を刺して来た時。

 

『――ほお……言ったな、人間?』

 

 それを打ち消したのは、やはりというべきか愛する者の声だった。

 

「お前は……茨木童子か」

『その通りだ。まあ、今はそんなことはどうでもいい。それよりも貴様は、どれだけ強い攻撃もどこに来るか分かれば躱せると言ったな?』

「その通りだが?」

『クックック……まったく人間とは小賢しく愚かなものだな』

 

 クツクツと甲高い笑い声を発するのは茨木童子の腕。

 まるで、落語の落ちでも聞いたかのようにおかしいと笑う彼女に、皆の視線が集中する。

 

『教えてやろう。真の強さとは、最強の一撃とはどういうものかをな』

 

 強さにおいて、鬼は偽ることを良しとしない。

 そして何より、自らを差し置いて最強を自称する者を決して許さない。

 

『人間如きが打った刀故に、脆いのではと心配していたが……存外、丈夫なようで何よりだ』

 

 ギチギチと不快な音が辺りに響き渡る。

 それは、ただ鬼が全力で刀を握っただけの音。

 並みの刀なら、即座に砕けてしまう握力で『鬼切丸』を握った鬼が嗤う。

 

『これならば―――本気で振るえる』

「速――ッ!?」

 

 一閃。

 何の技巧も工夫もない、ただ横薙ぎに振るわれた斬撃。

 どこにどういった攻撃が来るか素人でも分かる程の単純な一撃。

 しかし、それが生み出した結果はただの斬撃ではない。

 あの頼光が避けることが出来ぬと一瞬で諦め、刀を盾に防御を選択するほどの一撃だ。

 だが、その防御も。

 

『なんだ、その防御は? まるで吹けば飛ぶ紙だな』

 

 何の意味もなく頼光の体ごと吹き飛ばされる。

 

『アハハハハッ! 何が分かっていれば躱せるだ? 最強の一撃とは、分かっていても躱せぬもの、防げぬもの。鬼の前では軟弱な人間の足掻きなどちょこざいだけよ!』

「……その人間に負けた君が言うのか」

『黙れ変態! 貴様は人間ですらない悍ましい変態だ! 故にあれは計算に入れん!!』

 

 散々良いようにやられてきた頼光を吹き飛ばしたことで、上機嫌そうに笑う茨木童子の腕。

 そんな彼女に綱がツッコミを入れるが、変態と一蹴されるだけだ。

 その時の彼女の声が少し震えていたのは多分気のせいである。

 と、そんな馬鹿なやり取りをしている間に、フラフラとではあるが頼光が立ち上がる。

 

「その強さと悪性……名付けるなら『断善(だんぜん)修悪(しゅあく)の怪腕』と言った所か」

『善を断ち、悪を修むか……断悪修善の逆か。ククク、人間にしては悪くない洒落だな。頼光四天王壊滅の記念に受け取ってやらんことも無いぞ』

「フン……まだ、戦いは終わっていないというのに随分と余裕だな」

 

『クハハハハ! いまさら何をやっても無駄無駄無駄ッ! 貴様らの敗北だ!』

「つまり私達は最強の2人と言うことだね?」

『貴様は黙っていろ、変態ッ!!』

 

 もう勝負は決まったものと高笑いをする茨木童子の腕。その声自体は、中々に威厳のあるものなのだが、今の彼女は腕だけなので絵面はシュールである。まあ、そもそもの話が女の腕を取り付けた男が居る時点で、真面目な話にはできないのだが。どう頑張っても、ホラーが限界である。

 

「……そう言えば、お前にも勝利を確信して慢心する癖があったな、綱よ」

「彼女と似ていると言われると照れますね」

「慢心、軽率、怠慢。以前のお前なら1つ程度で済んでいただろうが、鬼と混ざったことでその全てを満たしてしまったな」

「何が言いたいんですか…?」

 

 綱の気持ちの悪い惚気は無視しつつ、頼光がゆっくりと語っていく。

 その不自然さに流石におかしいと気づいた綱が、頼光に近づこうとするが。

 

「―――勝負とは始まる前に決まっているものだ」

 

 その足はまるで釘で打たれたように地面に縫い付けられていた。

 

「これは…この五芒星は…!?」

「私が誰と来たか忘れたか?」

「四天王達と……安倍晴明…ッ」

 

 綱が今更になって目を見開くと、自身を中心にして五芒星が描かれているのが見えた。

 そして、5つの頂点それぞれには他の四天王3人と頼光、そして安倍晴明の5人が居た。

 

「ボクは面倒なのでやりたくなかったんですけどね。頼光様がやれというので仕方なく、綱さんの動きを封じさせてもらいました。ついでに、封印術に気付かないように軽く幻術もかけてたので、気づかなかったのはしょうがないと思いますよ」

「初めからこれが狙いだ。純粋にお前を討ち取れるのならそれでよし。無理ならば、私がお前を引き付けている間に晴明殿に封印を行ってもらう。勝てずとも負けなければいいのだ」

 

 やれやれと言った様子で話す晴明と、正反対に淡々と語る頼光。

 彼らは初めから真っ向勝負などやる気などなく、どこまでも勝利だけを求めていた。

 ある意味で清々しさを感じてしまう冷徹っぷりであるが、納得出来ない者も当然居る。

 

『また卑劣な手を使いおって……怒りを通り越して呆れが出てくるわ。そもそもの話、人間如きの術で縛られる鬼ではない。こうなっては致し方がない。体の主導権を寄越せ、渡辺綱。我が動く!』

 

 無論、またしても罠にはめられた鬼が許すはずもない。

 強制的に肉体の主導権を奪い取り、鬼の剛力をもって封印を破ろうとする。

 だが。

 

『!? …動けぬ…!?』

 

 鬼の力をもってしても五芒星の封印を破ることは出来なかった。

 

「怪力乱神ならともかく、ただの腕力で破れるとは思わないでください。五芒星の特徴は、一切の隙間なく無限に連鎖を続ける完全性。自らの守護に使えば最強の盾となり、封印として使えば決して抜け出れぬ牢となる」

『おのれ…! 小癪な…ッ』

 

 一切の身動きが出来なくなり、苛立たし気に怨嗟の声を吐き捨てる茨木童子の腕。

 そして、その気持ちは皮肉なことに綱と同じものだった。

 しかし、幾分か綱の方が冷静さを残していた。

 

「……確かにこの術を破ることは難しい。だが、五芒星の完全性を維持するためには、君達はそれぞれの頂点から動くことは出来ない……違うかね?」

「おっしゃる通りです。この封印術は強力な反面、術者達は動けない」

 

 術を分析し、弱点を見事にいい当ててみる綱だったが、その顔に喜びの色はない。

 それもそうだろう。彼がこの短時間で見つけた穴に対して、本人が気づいていないわけがない。

 

「でも、その前に動ける存在を呼び出しておけば問題はないですよね?」

 

 突如として雷鳴が轟き始める。

 何事かと綱が顔を上げると、とてもこの世のものとは思えぬドス黒い雲が広がっていた。

 

「これは…!」

「綱よ、これがお前のお迎えだ。もっとも、行き先は無間地獄だけだがな」

 

雷鳴に混ざり、ガラガラと車輪が鳴らされる音が近づいてくる。

それは地獄への直通便。死体や悪人を奪い去る地獄の獄卒。

火の車を引き、それは地獄からの迎えとしてやって来る。

 

「火車さん、お願いします」

 

 火車。その名の通り、火の車を引き死体を連れ去る猫の妖怪。

 鬼の一種でもあるが、鬼の四天王と比べれば格は比べるまでもない。

 しかし、一切身動きのできない状態。

さらに言えば体のほとんどが人間であれば、状況は違う。

 

「鬼に鬼を殺させるとは何とも悪趣味な……」

 

 黒雲から炎と共に現れた火車は、一直線に綱の下に降りて行き。

そして。

 

『私が…! この茨木童子が…火車如きにィィッ!?』

 

 容赦なく轢いた。

 

 

 渡辺綱、23歳。火車に轢かれて地獄に落ちる。

 

 

 

 

 

『…きろ。起きろ! 起きろ変態!』

「む……ここは?」

 

 罵声を聞きながら起きるという、何とも珍しい起床の仕方で私は目を開く。

 それと同時に、意識がなかった間は感じることのなかった熱さに顔を顰めてしまう。

 耐えられない訳ではないが、内臓を焼くようなこの熱さは素直に不快だ。

 

「おはようございます、渡辺綱さん」

「君は……確か八雲紫か」

 

 そんな私の不快さとは反対に、今度は涼し気な顔をした少女、紫から挨拶をされる。

 しかし、状況が分からない。

 熱さで思考がダメになったのかもしれないと思い、頭を振りつつ辺りを観察してみる。

 

「草木がなく、岩だらけ。おまけに呼吸をするだけで息苦しい熱気……まるで地獄だな」

『まるでではない。正真正銘の地獄だ、たわけ』

 

 私のつぶやきに対して、彼女が吐き捨てるようにだが、返してくれる。

 なるほど。となると、やはり私は元同僚達に地獄に封印されたのだろう。

 しかし、そうなってくると少し気になることがある。

 

「ふむ。私達が地獄に居るのは納得だが、どうして君まで居るんだい? 八雲紫」

「あら、旅は道連れ世は情けって言うでしょう?」

『ぬかせ。あの晴明とやらの結界が抜けれぬから、私達に乗じてこっちに来ただけだろう』

「その過程で火車から奪い返してあげたんだから、素直に感謝しなさいよ」

『どうだかな。何やら裏がありそうで胡散臭くてかなわん』

 

 何やら、2人が言い争いを始めそうなので、間に割って入って止めることにする。

 

「まあまあ、今は言い争うよりやることがあるだろう。いつまでもこんな暑苦しいところに私は居たくない」

『……フン』

「それもそうね。じゃあ、建設的な話でもしましょうか」

 

 彼女はまだ拗ねているようだが、取りあえずは矛を収めてくれるらしい。

これでなんとか、この場は収まっただろう。

 

「一先ずこの地獄から抜け出すことを優先したいんだが、それは出来るのかい?」

「ここら辺一帯は元からなのか、晴明がやったのかは分からないけど、隙間を外に繋ぐことが出来ないわ」

「ここら辺一帯……ということは別の場所に行けば可能と言う事か?」

「絶対とは言わないけどね。幾ら何でも地獄全部がそういうことになってるとは思えないわ」

「と、なるとそこまで行かないといけない訳か」

『貴様はそこまでの護衛だそうだ。よかったな、武士の面目躍如だぞ』

 

 地獄という場所に距離の概念があるかは知らないが、地獄巡りなど間違いなく大変だろう。

 

 そもそもの話、かなり上位の妖怪とみられる紫が、私が目が覚めるまで待っていたのだ。

 それは少しでも戦力を確保したいから。

すなわち、紫ですら勝てぬか分からぬものが地獄に居るのだ。

 

閻魔大王は元より、地獄に住む鬼神長などには見つかるとまずいだろう。

今度こそ容赦なく殺されかねない。

 

「しかし、人生とは分からないものだ。まさか、地獄を旅することになるとはな」

『ククク、なんだ、臆病風にでも吹かれたか?』

「まさか。私はどこ行ったって恐れることなんて何もないよ。だって……」

 

 だが、恐れはない。

 私にはいつだって勇気が溢れている。

 理由は至って単純。

 

「―――いつも君が隣に居てくれるからね」

 

 愛する女性がいつだって右腕に居てくれるからだ。

 




活動報告でも言いましたが、第一部完と言うことで一旦終わらせてもらいます。
茨歌仙の最終回後に復活する予定。詳しくは活動方向をどうぞ。
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後、令和記念に新作書きました。どうぞ
【私は『レイワ』! 博麗霊和! 霊夢おねーちゃんの妹!!】https://syosetu.org/novel/189924/

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