英雄とはこれ如何に   作:星の空

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第10話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -7-

 

第三者side

 

 

赤黒く染まった世界。

朝焼けの燃えるようなオレンジ色ではない。もっと人々の不安を掻き立て、恐怖心を煽るような酷く不気味で生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない色。言うなれば、魔物の眼だ。まるで、世界全てが魔物の眼の中に押し込められてしまったかのよう。燦然と輝いていた美しい太陽も、今は、ただ東の空に浮かぶ赤黒い星だ。

そして、異様な色の世界には異様な音が鳴り響く。世界そのものが鳴動しているのだ。大地も、大気も、恐れ戦くように震えながら悲鳴を上げている。

人々が、否応なく世界の終わりが始まったのだと理解させられる中、一際大きな破砕音が鳴り響いた。

ビクッとその身を震わせた要塞の兵士、騎士、冒険者、傭兵、亜人達が視線を巡らせる。すると、【神山】の上空に何やら一本の線が見えた。訝しみ、目を凝らしてみれば、歪に歪んだ線は、再度、ビキッバキッと音を立てて四方八方へと広がっていく。

 

「空が……割れる……」

 

誰かがそう呟いた。全く、的を射た呟きだ。空に発生した歪な線は、空間そのものに走った亀裂だったのだ。

その亀裂は、まるで人々の恐怖心を煽るように、破砕音を世界に向けて奏でながら、ゆっくりと広がっていく。

 

「ッ、総員っ!!戦闘態勢っ!」

 

絶句し、呆然としていた兵士達に叱咤を含んだ命令が下る。アーティファクトで声を拡大したガハルドの怒声だ。彼も度肝を抜かれていたようだが、流石は軍事国家の代表。トップ陣の中で一番最初に精神を立て直したようだ。

その命令で、兵士達の呪縛が解かれた。一斉に、自らに与えられた役割をこなすべく動き出す。

その間にも、【神山】上空の亀裂は大きさを増していき、兵士達が配置についた頃、遂に轟音と共に空間が完全に粉砕された。

ガラスのように吹き飛び散らばるキラキラとした空間の破片。大地に空いた裂け目の如く、空の出現したそれは深淵を覗かせた。エヒト達が【神域】に戻る為に使った荘厳さすら感じさせる黄金の渦とは真逆の深く濃い闇。渦の代わりに粘性を感じさせる瘴気のようなものを吹き出している。

そこから、黒い雨が降り出した。否、雨のように見える――おびただしい数の魔物だ。空間の裂け目から【神山】の山頂部分へ降り注いでいるのだ。その数は、数万ではきかないだろう。何せ、地上から仰ぎ見る兵士達が黒い雨として視認できるほどなのだ。優に数百万、あるいは数千万に届くだろう凄まじい数だ。

黒い魔物の豪雨は、瞬く間に【神山】山頂を黒く塗り潰し、そのまま雪崩の如く【神山】を下り始めた。

更に、黒い瘴気に覆われた空間の亀裂から、今度は白い雨が水平に放たれた。赤黒い天にはよく映える白――否、銀の雨。

 

「使徒の数も半端ではない、か」

 

険しい視線で呟いたのはガハルドだ。戦装束に身を固め、連合軍大将として、直属の部隊と共に前面に出る。その彼の耳に連合総司令官であるリリアーナから“念話”が届いた。

 

『ガハルド陛下。余り突出はなさらぬよう。あなたが死んでいいのは、戦いが終わった後だけです』

『ハッ、言ってくれるじゃねぇか。だが、連合軍で一番強い男が一番先頭で戦わなくてどうすんだ。俺が死んだら死んだで、それを怒りにでも変えりゃあいいんだよ。そのための女神様と総司令様だろうが』

『全く……陛下、“女神”と“剣”が出ます。作戦通り、お願いしますね』

『応っ、任せな!』

 

連合軍大将は、言ってみれば現場総指揮官だ。本来なら軍事国家のトップであるガハルドが総司令となるべきなのだが、一番腕の立つ男が奥に篭ってどうすると前面に出ることを頑として譲らなかった。

もっとも、リリアーナが総司令となった点が不相応というわけではない。リリアーナとて王族であり、将来の魔人族との戦いを想定して戦術、戦略というのは学んでいる。むしろ、現場気質のガハルドより、後方から俯瞰して全体を指揮することは“王国の才女”と讃えられる彼女には適任であった。

一人で王都を飛び出す胆力もあれば、冷静に物事を判断し割り切ることの重要性も知っており、更に、自身は結界魔法に関して一角の人物で拠点防衛に優れている。そこに優秀な各国の補佐が付けば、格の面でも、士気向上の面でも、十二分に総司令として適任だと言えた。

そして、大将と総司令の他に、もう一つ、重要な役割を与えられた者がいる。

 

「連合軍の皆さんっ。世界の危機に立ち上がった勇気ある戦士の皆さん!恐れないで下さい!神のご加護は私達にあります!神を騙り、今、まさに人類へと牙を剥いた邪神から、全てを守るのですっ。この場に武器を取って立った時点で、皆さんは既に勇者です!一人一人が、神の戦士です!さぁっ、この“神の使徒”である“豊穣の女神”と共に、叫びましょう!私達は決して悪意に負けはしないっ。私達が掴み取るのは“勝利”のみですっ!!」

 

途端、怯えに震える体を必死に押さえ込みながら悲壮な表情をしていた連合軍の兵士達が、まるで幾日も砂漠を彷徨った後にオアシスを見つけた旅人の如く、その瞳を希望に輝かせた。

 

要塞の天辺から声を降り注がせる“豊穣の女神”、連合軍の盟主にして旗頭――愛子に、力強さと決意を取り戻した眼差しを向けると、一斉に足を踏み鳴らした。

 

ドンドンッ、ドンッ。ドンドンッ、ドンッとリズミカルに大地を揺らした五十万の戦士達は、次の瞬間、練習したわけでもないのに一斉に声を揃えて雄叫びを響かせた。

 

「「「「「「「「「「勝利!勝利!!勝利!!!」」」」」」」」」」

「邪神に滅びを!人類に栄光を!」

「「「「「「「「「「邪神に滅びをっ!!人類に栄光をっ!!」」」」」」」」」」

 

愛子は、あらかじめハジメから渡されていた「なれるっ、扇動家! ケースバイケースで覚える素敵セリフ集」を必死に思い出しながらアーティファクトで拡大された声を戦場へと響かせる。

 

「悪しき神の下僕など恐れるに足りません!“我が剣”よ!その証を見せてやるのです!」

 

愛子がそう叫んだ瞬間、落ち着いた声音が戦場全体に拡大して木霊した。

 

「仰せの通りに、我が女神」

 

直後、愛子を仰ぎ見ていた兵士達は、その愛子の背後より人影が飛び上がるのを見た。

白髪眼帯黒コートの少年――ハジメは、何もない空中で踏み止まると、何処からか取り出したダイヤモンドのような宝珠を頭上に掲げた。すると、その宝珠が太陽の如く燦然と輝き兵士達を照らし出した。彼等から見れば、まるで愛子が後光を背負っているように見えただろう。これもハジメの演出である。

ハジメは、ニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。

一拍の後、それは起こった。

赤黒い天の一部が、一瞬キラリと光り、刹那、黒い魔物の雪崩に覆われて色を変えつつあった【神山】の山肌の一部が、凄まじい轟音と共にごっそりと吹き飛んだのだ。

更にその直後、天が瞬いたと思えば、次から次へと何かが【神山】へと降り注ぎ、標高八千メートルの山を、まるで海辺で作った砂山で棒倒しのゲームでしているかのように崩していった。

それは正しく天から降り注ぐ爆撃。だが、爆発物を詰んだミサイルというわけではない。ハジメが行ったのは、ただ大質量の金属塊を自由落下に任せて【神山】に降り注がせただけ。

言うなれば、【メテオインパクト】である。

流石に、宇宙空間から落下させると要塞側まで吹き飛びそうなので成層圏内からの落下だが、それでも重量数トン規模の金属の塊が自由落下した際のエネルギーは、並みの爆弾ですら及ばない破壊力がある。

しかもそれが、局所的に、数百発単位で、乱れ撃ち。

鼓膜が破れそうな轟音と共に、世界に誇る最高峰の霊峰が冗談のように崩壊していく。魔物の雨? 使徒の雨? ならこっちは隕石の雨だ! と言わんばかりである。もちろん、ハジメは黄金の渦が出現すると思っていたので全くの偶然ではある。

しかし、彼我の力を対比するように、眼前で【神山】の崩壊と共に数万、数十万の魔物が消し飛んでいく光景を見せつけられた連合軍の兵士達はどうか……

 

「「「「「「「「「「――――ッ」」」」」」」」」」

 

震える。恐怖にではない。歓喜だ。そして胸の内に湧き上がる闘志に、だ。

直後、【神山】が魔物ごと消し飛んだ轟音にも負けない、迫り来る猛烈な粉塵すら吹き飛ばしそうなほどの絶叫が上がった。

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッーーー!!!!!!」」」」」」」」」」

 

腹の底から、まさに神話のような光景に身を震わせつつ、腹の底から雄叫びを上げる。ドンドンッと足を踏み鳴らし、際限なく闘志を高めていく!

 

「「「「「「「「「愛子様万歳!女神様万歳!!」」」」」」」」」」

 

――開戦直後の【神山崩し】。

わざわざどこから攻めるか教えてくれたのだ。ならば、出てきたところを丸ごと吹き飛ばせばいいじゃない、というわけである。

【神山】の崩壊に、天空の使徒達も流石に動きを止めていた。しかし、次の瞬間には、まるで鳥の一糸乱れぬ集団飛行のように動きを揃えながら猛スピードで要塞へと迫ってきた。

神山崩壊により半壊状態の王都を、更に迫り来た粉塵が包み込み、そのまま砂嵐の如く要塞へと迫って来る中、ハジメは、更に別の宝珠を取り出し輝かせた。

 

「随分と虚仮にしてくれたんだ。この程度で済ますわけが無いだろう? かのイカロスのように、翼を焼かれて堕ちろ、木偶共」

 

直後、大気を切り裂いて光の豪雨が降り注いだ。

――太陽光集束型レーザー バルスヒュベリオン

復活した殲滅兵器が天空より滅びの光を放つ。一機だけではない。高度一万メートルには、合計七機のバルスヒュベリオンが浮かんでおり、ハジメの持つ宝珠によって制御され光の柱を突き立てた。

バベルの塔の如く、大地と天空を繋げる光の七柱は、空間の亀裂から一直線に連合軍へと迫っていた使徒達を一気に呑み込む。

不意を打たれて消滅した使徒は数知れず。

咄嗟に、銀翼を展開して分解能力により防御を試みた使徒も多くいたが、以前のヒュベリオンとは比べ物にならないほど進化し、熱量、集束率、持続時間などが爆発的に高まった改良版のそれは、使徒の固有能力すら貫いて神造の肉体を消し炭にしてしまった。

どうにか射線から逃れた使徒や、今まさに空間の裂け目から出てきたばかりの使徒が、一瞬の停滞の後、凄まじい勢いで上空へと飛翔した。銀の翼をはためかせ、光の柱に沿いながら向かう先は数百単位で同胞を滅ぼした驚嘆すべき兵器。

 

「遠慮するな。まだまだ、たらふく喰わせてやるよ。それこそ、全身はち切れるくらいになぁっ」

 

バルスヒュベリオンに搭載された“遠透石”により、上昇してくる使徒達の姿を見たハジメは、そう言って獰猛に口元を歪める。同時に、ダイヤモンドのような宝珠を更に輝かせた。

すると、全長五メートル程のバルスヒュベリオンの全機から、幾つもの小型ビット――“ミラービット”が飛び出し、地上へ向けて、あるいは周囲へ散らばっていった。三十センチ程の大きさの二等辺三角形のビットで、表面に紅色の宝石が取り付けられている。

突撃する自分達を避けるように散らばっていくミラービットに、一瞬、訝しむように眉を潜めた使徒達だったが、何を企んでいるにせよ、とにかく元の兵器であるバルスヒュベリオンさえ破壊すれば事足りると判断したようで、無視して突撃を続行する。

そして、銀の魔力を集束し、分解の砲撃を以て天に鎮座する七機の兵器を破壊せんと試みたその瞬間、

 

「ッ!? これはっ――」

 

そう声を漏らし使徒の一人が、全てを言い切る前に頭部を消し飛ばされた。

真後ろからの・・・・・・レーザーによって。

バルスヒュベリオンの照射が一瞬だけ止まる。直後、散弾のように枝分かれしたレーザーが地上へと降り注ぐ……かと思われた刹那には、天空の全てが全方位によるレーザーで埋め尽くされた。

それは、一瞬で作り出されたレーザーによる檻。バルスヒュベリオンの位置とは全く異なる方角から無数のレーザーが立体的な網を張るように空全体に展開しているのだ。

 

「くっ、あの小型のアーティファクトですかっ」

 

銀翼の分解能力を最大にして己を包み込むように展開し防御を図る使徒の一人が、吐き捨てるように確信に近い推測を口にすれば、きっと幻聴なのだろうが、その耳には揶揄するような声音で「ご名答」というイレギュラーの言葉が木霊した。

そう、ミラービットの役割は、母機であるバルスヒュベリオンの太陽光集束レーザーを反射させて、あらゆる角度から敵を撃滅することにある。無数のビットは常に位置を変え、反射されたレーザーを更に反射して、空中を覆うレーザーの檻を作り出し、あるいは不規則で先読の難しい多角的乱撃を実現できるのだ。

ちなみに、“ミラー”と名称がついているが、鏡で反射しているわけではなく空間歪曲を利用している。ほとんど鋭角に曲げることも可能なので、一見すると反射にしか見えないが故の名称だ。

 

「まぁ、こんなもんだろう」

 

間断なき全方位集束レーザー攻撃により、思わず銀翼の防御を展開して進撃を緩めてしまった使徒達を見て、ハジメは鼻で嗤いつつそう呟いた。

そして、心なし表情を憎々しげに歪めているように見える使徒達に向かって、“遠透石”越しにニヤリと不敵に嗤うと、宝珠を操作してバルスヒュベリオンから光り輝く拳大の何かを落とした。

朝露が葉から滴り落ちるが如く、ポタリと落とされた七個の輝く雫は、今まさに、銀翼の防御を展開したままレーザーの檻を突破しようと動き始めたおびただしい数の使徒達のど真ん中まで落ちてくる。

 

「まとめて消えろ」

 

ハジメが小さく呟いた、その瞬間、

 

ドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

赤黒い天空に太陽の華が咲いた。

――太陽光集束専用型宝物庫 ロゼ・ヘリオス

ハジメが落としたのは、臨界まで太陽光を集束した特殊な宝物庫そのものだ。レーザーを放つために内蔵されたものとは別の、言ってみれば溜め込んだエネルギーを自壊と共に解放する太陽エネルギーを用いた大型熱量爆弾。

一機につき一個しか搭載できない虎の子ではあるが、その威力はお墨付きだ。集束され続けた熱量が解放され太陽フレアの如き大爆発を起こし、赤黒い空を真昼のように染め上げる。

七つの太陽が同時に生まれたのかと思うような輝きが空を多い、直後、凄まじい威力の衝撃波と熱波が降り注いだ。

それにより、バルスヒュベリオンの破壊を目指していた使徒達はおろか、後続の使徒達や今まさに空間の亀裂から飛び出してきた使徒達も、まとめて木の葉のように吹き飛んだ。それどころか【神山】崩壊により要塞に迫っていた莫大な粉塵も一気に押し流されていく。

当然、要塞にもその威力は襲いかかってきたのだが、それは要塞全体を覆った輝く膜によって辛うじて防がれた。王都から移設した“大結界”のおかげである。ハジメの殲滅級アーティファクトの直撃には耐えられないだろうが、改良が加えられたそれは、余波くらいなら防げたようだ。

想定していたよりも壮絶な破壊を見せてくれたロゼ・ヘリオスに、実は作製者本人であるハジメが一番冷や汗を掻いていたのだが……味方まで吹き飛ばなくて結果オーライである。

 

「うはぁ、すごいことになってますねぇ~」

「完全に自重しなくなったハジメくんは地形も変えちゃうんだね……」

「……地球で例えるなら、エベレストが消滅して、核を乱発したようなものなのよね。戦いが終わったら、全力で自重させないと」

「……どっちにしろ、シズシズは苦労するんだね。鈴も出来る限り協力はするよ。地球の泣き声が聞こえてきそうだもん」

「この世界は既に涙目だな。……俺、向こうに行ったら即行で光輝をぶっ飛ばすわ。俺が真っ先に相手しねぇと……南雲と殺り合ったら、あいつ塵も残らねぇぞ」

「ほう、太陽の加護を使うか。」

「そろそろ整うはずだぜ?」

 

シア達が、口々に感想を漏らす。全員が視線を彼方へと飛ばし、口元は半笑いだ。ハジメが開幕先制攻撃を予定していることは知っていたし、それが“メテオインパクト”と“太陽光集束型レーザー”を用いたものであることも知ってはいたが、まさか八千メートル級の山が消滅し、一時的とはいえ空に幾つもの擬似的な太陽が出現するとは思いもしなかったのである。

更に、そんなシア達の後ろでは、

 

「どうじゃ、爺様よ!あれが妾の伴侶様じゃ!すごいじゃろ!」

「…………ああ、うん、そうだね。超スゴイね」

「ぞ、族長。気持ちは分かりますが、口調が……いえ、何でもありません」

 

ティオが自慢げに胸を張り、アドゥルが一昔前の少女漫画に出てくる驚愕の表情のように白目を剥いていた。側近が、族長の乱れた口調にツッコミを入れるが、途中で諦めたようだ。リスタスに至っては腰を抜かして口から魂を吐き出しかけている。

要塞の下も騒然としていた。特に、ウサミミ集団などはてんやわんやお騒ぎだ。

 

「ヒャッハー!!流石ボスぅ!有り得ないことを平然とやってのける!」

「キタコレ!何もかも木っ端微塵だぜぇ!!」

「あぁああん、ボスぅ!抱いて下さいぃいい!たまんないわぁ!」

「紅き閃光の輪舞曲!!万歳!!」

「白き爪牙の狂飆!!ヒーハー!!」

「いや、今までの二つ名じゃもはや足りない!……何か、もっとボスに相応しい何かを……」

「終焉齎す白夜の魔王はどうだ!」

「いや、それなら死と混沌の極覇帝がいい!」

「紅は外せないだろう!真紅煌天の極破神だ!」

 

どうやら、戦いが終わった後にはハジメの二つ名が入り乱れることになりそうである。

そんな雄叫が響く中、どこか引き攣ったような声音で、されど力強く、愛子が叫ぶ。

 

「こ、これが、我が剣の力!勝利は我等と共にあり!」

「「「「「「「「「「勝利!勝利!勝利!」」」」」」」」」」

 

合わせて半笑いになっていたガハルドが、どうにか気を取り直して指揮を行う。アーティファクトによる拡声など不要なのではないかと想うような大声が響き渡った。

 

「総員、武器構え!!目標上空!女神の剣にばかり武功を与えるな!その言葉通り、我等一人一人が勇者だ!最後の一瞬まで戦い抜け! 敵の尽くを討ち滅ぼしてやれ!我等“人”の強さを証明してやれ!」

「「「「「「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」」」」」」

 

凄まじい雄叫びが上がる。同時に、兵士達がそれぞれ役割ごとに支給された重火器を上空へと向けた。士気は最高潮。もはや誰もが恐怖に震えることはなく、代わりに武者震いによって体を震わせた。

ギリッと歯を食いしばり、その瞳を意志の光で輝かせる。

上空では、辛うじて破壊を免れた使徒達が態勢を整え、更に、空間の裂け目から新たな使徒達が溢れ出てきている。先の攻撃で、数百人単位の使徒を滅殺したはずなのだが、神の使徒は無尽蔵なのかもしれない。

故に、だからこそ、ここからは正真正銘、人類と神の手先との戦争だ。

そんな連合軍の様子を見て、愛子は気がつかれない程度にホッと息を吐いた。

 

「先生、見事な演説だった。流石、豊穣の女神様だな」

「南雲くん……私は、もう、何と言ったらいいのか分かりません」

 

背後からかかった声に、愛子は肩越しに振り返りながら呆れたような笑みを浮かべた。それに肩を竦めながら、ハジメはバルスヒュベリオン操作のための宝珠を愛子へ手渡した。

あの大規模破壊をもたらした要の宝珠だ。愛子は恐る恐るといった様子で受け取る。これからは、バルスヒュベリオンは可能な限り愛子の手によって操作されることになる。太陽の光を扱うのは、“豊穣の女神”こそ相応しいということだ。

戦々恐々としている愛子を尻目に、ハジメは香織に視線を向ける。

 

「顔は使徒だが、髪色一つで香織に見えるな。うん、やっぱ、香織は黒髪の方が似合う」

「えへへ、そうかな? なら早く終わらせて、元の体に戻らなくちゃ」

 

ハジメの言葉通り、今の香織はノイントの体でありながら銀髪ではなく黒髪となっていた。

これは使徒と間違われないようにと、ハジメが用意した変装用アーティファクトが原因である。魔力の色も誤魔化せるので、今、香織が翼を広げると黒銀の翼が現れることになる。衣装も黒を基調にしているので、その姿はさながら堕天使だ。魔王に仕える使徒に相応しい姿と言えるかもしれない。

 

「後は頼んだぞ?」

「うん。こっちは大丈夫。ハジメくんの帰る場所は、私が守るよ。ミュウちゃん達にも、もう手は出させないから。……ユエを、お願いね」

「ああ。楽しみにしとけ。帰って来たら、ユエと一緒に弄り倒してやる」

「もうっ、ハジメくんの意地悪っ!」

 

茶化すようなことを言うハジメに香織はぷんすかと怒ったような表情をする。だが、その眼差しは力強く、そしてとびっきり優しい。それはハジメも同じで、二人が互いに向ける信頼の絶大さがよく分かった。

ハジメの後ろにシア、ティオ、雫、鈴、龍太郎、ランサー(・・・・)、朱爀が歩み寄る。香織と雫が、若干、百合百合しい雰囲気で手を取り合う中、ハジメは、周囲に視線を巡らせた。

周辺には、要塞内部にいながら外部の状況が分かるようにと、無数の水晶ディスプレイが設置されているのだが、今は、逆に要塞内部の司令室と、そこにいるリリアーナ達、そしてカム達など各部隊の隊長格が映っていた。

 

「姫さん。対使徒用のアーティファクト、上手く使えよ。適任だと信じて託したんだからな?」

『プ、プレッシャーかけないで下さいよ。まぁ、こちらはどうにかします。南雲さ――いえ、ハジメさん、ご武運を』

 

ディスプレイ越しのリリアーナと微笑を浮かべながら頷き合ったハジメは、同じくディスプレイに映っているカムへと視線を転じる。

 

「カム。今更、御託はいらないな。……暴れろ」

『クックックッ、痺れる命令、有難うございます。しかと承知しました。ボスの神殺し、ハウリア一同、楽しみにしております』

 

ハジメは、カムと互いに不敵な笑みを交わし合った。そして、更に、その場に見える全員――ランズィやアルフレリック、イルワ等各国のトップ陣達に視線を巡らせると、軽く肩を竦めて宣言した。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

これから神の領域に踏み込もうというのに、その言葉は酷く軽い。だが、不思議と、その言葉に力を感じさせられた。無条件に、彼なら何もかも遣り遂げると信じさせられる、そんな言葉。

だから、誰も多くは語らない。力強く頷き返し、ただ一言。

 

「「「いってらっしゃい」」」

 

ハジメ達は飛び立とうとしたが……

 

「あ、ちょい待ち。」

 

朱爀が出鼻を折った。

足元にはスカイボード。“空力”を使っても行けないことはないが、目標の場所――空間の裂け目は八千メートル上空だ。物量で押さえ込まれ時間をかけさせられるつもりはない。速度重視で一気に突破する!

そう思った所で折られたのだ。皆が何だよ?と言う様な目を朱爀に向ける。

 

「何だ?早く行きてぇんだが?」

「まぁ見てろって。………………………………汝が王たる所縁を見せてみろ!“豊穣の女神”の名の元に異世界の王の畏敬を示す時だ!!!!!!!!イスカンダル!!!!!!!!!!!!」

 

その声は戦場にいる皆に響いた。朱爀の声が響き渡ったのだ。その声に呼応して1人の大男が前線の前に黒馬に跨って現れ、その場の誰もに聞かせるように豪語した。

 

「見よ、我が無双の軍勢を!!!!肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!!時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち!!彼らとの絆こそ我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具──王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

その声と大男を中心に若干赤黒い世界を光が照らし、ハイリヒ王国前の荒野と土術士達が造った城塞、【神山】と真上の入り口を照らし、その場にいる全ての存在の目を一時的に瞑らせた。

再び目を開いた時、全ての存在が驚愕した。

そこは砂漠だった。荒野から砂漠となり、神山後の瓦礫が無くなり、目の前にはかなりの幅が広がって、莫大な量の魔物がいた。

先程より接敵するまでかなりの距離がある。

 

「此処は……【アンカジ公国】なのか?」

「なんか違うぞ。」

「嘘だろ。」

 

あまりの出来事に敵味方問わず立ち止まった。しかし、1人の術士の声がやけに鮮明に響いた。

 

「あ、ありえん!!!!世界の構築(・・・・・)など……人間業ではない!!!!」

 

世界の構築

 

それがどれ程のものか、それを知るのはトータス組のトップ陣やハジメとあった事がある人たちくらいだろう。

ハジメもこれには目を見開いていた。さらに驚くことになるとも思わないだろう。

 

「どうなってんだよこれ…………ん?ッ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

なにか聞こえたのか、後ろを向いて驚愕するハジメ。ハジメに釣られて城塞背後……本来ならハイリヒ王国のある方を皆が向いて、目を剥いた。

ノイント達はこれが目に入っていたからか、こんな大きな隙に銀の咆哮を放つ事すら忘れてしまったのだろう。

城塞より後ろ側が1面砂漠。それはまだいい。だが、その砂漠を覆う人間がいた(・・・・・・・・・・・・・)。それも、この最終決戦に集った“豊穣の女神”の勇者達よりも圧倒的な数が。女神の勇者達を10としたら、彼らは億を超える。

そんな彼らが女神の勇者達に肩を並べて立ち尽くした。

そこで、イスカンダルはさらに声をかけた。

 

「王とはッ――誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に――!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「此度は、邪なる神と合間見えずとも引導を渡してくれようぞ!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「さぁ!異世界トータスを邪なる神から護らんとする勇者たちよ!その手に剣をとり、共に駆けようぞ!!!!」

「「「「「「ウオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」

 

これを見届けたハジメ達は今度こそ!と思えど、唐突に朱爀が口笛を吹いたため其方に目をやると、空間が避けて、馬3頭が戦車を引いて現れた。

 

「おいおい、イスカンダルさんだけで腹がいっぱいだっつうのにまだ何かあるのか?」

「………………南雲、全員にロープを括りつけてくれ。速攻で行きてぇんだろ?そこは俺に任せな。あと各自にGがかからないよう防護も頼む。」

 

そそくさと言われて為すがままにしたハジメ達。薄々、何をするのか感じ取り始めた頃には時すでに遅し。

 

「なぁ、これって───」

 

龍太郎が声を掛けるも間に合わず。

 

「クサントス!!バリオス!!ペーダソス!!久しぶりに行くぞ!!命懸けで突っ走れ!!!!我が命は流星の如く!!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

1条の彗星が緑閃の尾を引きながら天へと登っていくのを見て、連合軍から歓声が上がる。“女神の剣”の出撃だ。人類の希望だ!と喉が張り裂けんばかりに叫ばれた応援の言葉が空を舞う。

そこへ、使徒の第一陣が進路を塞ぐようにして出現した。侵攻直後に、有り得ない方法で本当の第一陣を殲滅させられたせいか、世界の構築という荒業でトータスへの被害を抑えたせいか、無闇に突っ込んでくることはなく、様子見しながら戦おうという意思が透けて見える。

しかし、接敵は一瞬。20体程の使徒が進路上に集まって、双大剣と銀翼を展開しているにもかかわらず、朱爀は速度を緩めずに突っ込み、20体全てがバラバラに引き裂かれた。クサントス達が撥ねる前に槍で切り刻まれたのだ。

 

「ハハハハハハハハッ!!!!!!!!遅い!!!!遅すぎる!!!!そんなんでこの俺を止められると思うな!!!!」

「「「「「「「ぬわあああああぁぁぁぁあ!?!?!?」」」」」」」

 

光速というものを初めて味わう突入組はハジメでさえ、悲鳴をあげる程だった。

 使徒達がまともに足止めすら出来ない内に、とうとう突入組は、ヘドロのようなドス黒い瘴気を吹き出す空間の裂け目に到達した。

 

「チッ、見た目は変わっても、性能は同じか」

 

やっと光速から通常に戻ってのハジメの一言目は舌打ちだった。その言葉通り、黄金の渦と同じく、黒い瘴気がハジメ達を阻んだのだ。

 

「お前等、背後の人形共を足止めしろ!『先生、聞こえるな?ミラービットを回してくれ!』。谷口は俺に障壁だ!」

『りょ、了解です』

「わ、わかった」

 

ハジメは、地上の愛子や鈴、それに他のメンバーに指示を出しながら懐から短剣を取り出した。

それは形こそ短剣の姿をしているものの切れ味は一切なく、また脆そうな水晶で出来ていた。

“劣化版クリスタルキー”だ。本物のクリスタルキーを作ったときの経験をもとに可能な限り再現しながら作成した空間干渉効果を持つ短剣。【神域】へのゲートを開くような力はないが、鍵の掛かった扉をピッキングするくらいの力ならある。

ハジメは、鮮烈な紅を纏う。そして“限界突破”の絶大な魔力を、オルクスの奈落で見つけたなけなしの神結晶の欠片を使った劣化版クリスタルキーの臨界まで注ぎ込み、その能力を発動させた。

 

「今度こそっ、通してもらうぞ!」

 

ハジメが叫び、その短剣を瘴気の壁に突き立てる。

ギチリ、ギチリと音を立て、劣化版クリスタルキーが瘴気の壁を破らんと波紋を広げる。ハジメの紅い魔力も瘴気を吹き飛ばすようにうねりを上げた。

と、そこへ、瘴気の中からズズッと銀に輝く大剣が突き出してきた。使徒の大剣だ。

ハジメが瘴気を突破せんと踏ん張る間も、当然使徒の群れが溢れ出てくるのだ。ハジメ自身は、瘴気の突破に全力を注いでおり、大した行動は起こせない。

 

『させませんよ!!』

「邪魔しないで!」

 

だからこそ愛子と鈴だ。

ハジメ達の周囲に展開したミラービットが、バルスヒュベリオンからのレーザーを誘導して防壁のように使徒の接近を阻む。

そして、鈴もまた戦車の上で鉄扇をふわりと薙いだ。結界師の面目躍如というべきか、刹那の内に発動された三十センチメートル四方の輝く盾は、レーザーの網を掻い潜って突き出してきた使徒の大剣を防ぐのではなく、その表面を滑らせるようにして逸らした。分解能力相手に真っ向からの防御は不利だと分かっているが故だ。

ハジメの背後でも、シア達が倒すことより捌くことに重点を置いて時間を稼ぐ。朱爀は何故か弾いたり蹴飛ばしたりしているが…。

瘴気から出現する使徒は、まるで際限がないとでもいうように溢れ出し、少し離れて客観的に見てみれば、突入組が銀色の繭にでも包まれているように見えただろう。

おびただしい数の使徒が【神域】へと踏み込もうとする不埒者を排除せんと銀の魔力を纏いながら襲いかかる。シア達は今のところどうにか凌いでいるが、今のペースで使徒が増えれば、一分も持たずに単純な物量に呑み込まれることになるだろう。

だからこそ、ハジメは使徒の攻撃全てを無視することにした。己の背を、命を、全てシア達に預け、ただ先へ進むことに全意識を向ける。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ハジメの口から絶叫が迸った。ハジメの魔力が更に跳ね上がる。劣化版クリスタルキーが鮮やかな紅を凝縮して真紅に染まる。同時に、力の大きさに耐えられないと悲鳴を上げるようにビキリッと亀裂を走らせた。

まるで寿命を知らせるように刻一刻と亀裂を大きくしていく劣化版クリスタルキー。だが、ハジメは更に魔力を注ぎ込む。レーザーに半身を消滅させながらも突破し、鈴の障壁をも分解して飛来した銀の羽が、ハジメの頬を切り裂き手足を穿たんと迫るも、

 

「シっ!!」

 

朱爀が全てを槍で弾く。シア達も、圧倒的な物量の攻撃と限定されすぎた戦闘範囲に手傷を負っていく。

やはり、突破できないのか。神の力には及ばないのか……

ここにいる者が、“並”ならそんな考えが過ぎっただろう。だが、そんなに物分りがいいのなら、そもそも、こんな場所にはいなかっただろう。だから、叫ぶ。傷つきながらも、四面楚歌となりながらも。

 

「出来ます!ハジメさんなら!」

「その通りじゃ、ご主人様よ!」

「大丈夫!あなたを止められるものなんて何もないわ!」

「いけぇ!南雲くん!」

「南雲ぉ!ぶっ壊せぇ!」

 

そんなシア達の叫びに、ハジメは、

 

「当たり前だっ。俺の邪魔をする奴は、一切合切、ぶち壊しだぁあああああっ!!」

 

そこに、思わぬ一手が出た。

 

「俺ぁ防衛よか特攻が向いてんでねぇ………一か八かだ!南雲、こいつを使え!!そいつは………………」

 

朱爀が渡してきたのはドリルのような形をした剣。されど内包された魔力は“劣化版クリスタルキー”に匹敵する。

 

ハジメはなりふり構わずにそれを手に取り、拒むそれに突き刺してその真名を呼んだ。

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!虹霓剣(カラドボルグ)!!!!」

 

その剣は高速回転し、拒むそれを切り裂いた。

直後、

ビキリッと音が響いた。

――ユエッ

ハジメは、求める心そのままに、水晶の短剣を捻った。

 

 すると、拒むものがなくなったその場所に突き立ったその中心にグニャリと空間が歪み、楕円形の穴が空いた。

【神域】への道が、開いたのだ。

 

「ッ、お前等!行くぞ!」

「はいです!」

「うむ!」

「了解よ!」

「うん!」

「応よっ!」

「了解した」

「行け!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!」

 

ハジメの不敵な笑みと共に放たれた号令に、全員が同じような笑みを浮かべながら頷き、

その直後、使徒の群れが押し寄せた。

だが、使徒達の合間にハジメ達の姿は既になかった。その上、宝具の余波で消し飛んだ。

後には、砕け散った劣化版クリスタルキーの残骸が放つキラキラとした輝きと、今にも閉じようとしているゲート、彗星の残り香だけが残っていた。

 


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