英雄とはこれ如何に   作:星の空

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第12話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -9-

 

 

第三者side

 

 

直径十数キロメートルはありそうな巨大な浮遊島。

 

 草原と森林、その合間に枝分かれする小川、その上流は緑豊かな山へと繋がっている。周りの浮遊島に比べて最大規模の浮遊島は、その自然もまた一際美しかった。

その浮遊島の草原地帯には白亜のオベリスクが鎮座していた。五十メートルはありそうな巨大な塔は、雄大な自然の中にあっては異質だ。その人工的な白と相まって、妙に浮き出て見えるほど。

だが、それよりも更に異質なのは、そのオベリスクの更に上で、輝く魔法陣の上にあぐらをかいて座る銀色の男だ。風になびく銀の髪と翼。肌は透けるように白く、瞳の色まで銀に輝いて見える。

服装は、純白の神父服といったところ。泰然自若とした有様と相まって、どこか神々しさを感じさせる。何も知らない者が見れば、天界からの使者が降臨したのかと思うだろう。

その男、フリード・バグアーの第一声に、相対したハジメは鼻で嗤いながら軽口を叩いた。

 

「新手のファッションか?だとしたらセンスがないとしか言いようがないな。その年になっても親神が用意したもんをそのまま受け入れるから、そんな恥ずかしいことになるんだよ。元の赤髪と浅黒い肌の方が、男前だったぞ?」

 

その物言いに、傍らのシアとティオが「ぶふっ」と吹き出した。親の用意した衣服は大抵恥ずかしい、という経験が二人にもあるのかもしれない。カムやアドゥルが、娘にどんな衣服をプレゼントしたのか、そして、そのときのシアとティオのきっと浮かべたであろう微妙そうな表情……割と気なるところだ。

もっとも、明らかに馬鹿にされたフリードは、僅かに眉をピクリと反応させただけで、泰然とした態度を崩さなかった。そして、ハジメの軽口に付き合うつもりはないと言うように、冷めた声音で話し出した。

 

「……よもや、本当に生きていたとはな。アルヴヘイト様が戻らず、主からお前がやって来るだろうと告げられたときは、なんの冗談かと思ったが……どこまでもしぶとい男だ。潔く果てればいいものを」

「へぇ、エヒトのクソ野郎は予測してたか。まぁ、そうだろうな。俺のユエに対する想いくらい分かっているだろうし。で? お前は? 俺達を倒してこいとでも言われたわけか? 自殺してこいなんて、酷い命令をしたもんだ。そりゃあ、ストレスで真っ白になるわけだよ」

 

再び、ハジメの傍らから「ぶほっ」と吹き出す音が聞こえた。

自分に向けられる「フリードくん、マジ苦労人」といった同情混じりの眼差しを無視してフリードは続ける。

 

「どこまでもふざけた奴だ。とても、最愛の女を取られた男には見えんな」

「ユエは最高にいい女だからな。モテるのは仕方ない。俺が、手を出した奴を片っ端から片付ければいいだけだ。お前のご自慢のご主人様も、たっぷり苦痛と後悔を刻みつけてから殺してやるよ」

「その傲慢、直ぐに打ち砕かれることになるだろう。主は既に、あの肉体を完全に掌握なさっている。万に一つも、お前の女が戻って来ることはない」

 

絶望を叩きつけるように、それが事実なのだと示すように、フリードは感情を高ぶらせることもないまま、淡々と告げた。

しかし、対するハジメの顔に動揺の色は皆無。むしろ、不敵な笑みを浮かべて返す。

 

「俺をイレギュラーと呼んだのはそっちだぞ? お前等が用意したつまらないシナリオなんざ、滅茶苦茶にぶち壊してやんよ」

「……」

 

しばらく無言で視線を交わすハジメとフリード。にわかに殺意の風が吹き始める。ぬるり、ぬるりと肌を撫で纏わり付くようなそれ。まさに一触即発。

ハジメの指がドンナーに触れる、その瞬間、機先を制するように、フリードが口を開いた。

 

「先程の質問」

「あ?」

「“倒してこいと言われたか”という質問――半分は正解だ」

「半分?」

 

手はドンナーに触れたまま、いつでも抜き撃ち出来る状態で、ハジメは訝しむように目を眇めた。

フリードは、胡座をかいて座っていた状態から、おもむろに立ち上がると銀翼をはためかせて宙に浮き、口を開く。

 

「主――エヒトルジュエ様からは、貴様がここまで来たときは、そのまま通せとの命を賜っている。この手で、貴様をくびり殺せないことは口惜しいことこの上ないが、命とあっては是非もない」

「ほぅ。で? その間、お前はシアとティオを相手にするってか?」

「その通りだ。貴様が主から神罰を受けている間に、貴様を慕う女は根こそぎ嬲り殺しにしてやろう」

 

フリードがそう言った直後、オベリスクが燦然と輝きだした。

ハジメは、問答は終わりだとドンナーを抜き撃ちする。放たれた弾丸は、紅い閃光となってフリードの眉間に迫った。しかし、

 

ギィン!

 

と、硬質な音を響かせて、その一撃は塞き止められてしまった。見れば、フリードの眼前で弾丸が見えない壁にでもぶつかったように潰れて空中に留まっている。

 

「私の空間魔法が以前と同じだと思ったら大間違いだ」

 

どうやら、フリードはあらかじめ自分の周りに空間遮断型の障壁を張っていたらしい。ハジメの魔眼石では察知できなかったことからも、フリードの言葉通り、そのレベルは上がっているようだ。

初撃が防がれ、僅かに時間が稼がれたその瞬間、強い輝きを放っていたオベリスクが爆発したように輝いた。

白い光が視界の全てを染め上げる。だが、光量など関係ないハジメの魔眼石は、それが何を意図した現象なのかを正確に捉えていた。

やがて、光が収まり開けた視界には、視界の全てを覆う程の魔物の大群がひしめき合っているという光景が飛び込んできた。確実に四桁はいる。ざっと二千体といったところだろうか。

どれもこれも、最低でも(・・・・)奈落の最下層レベルの力を感じる。今まで見たことのある魔物もいるが、そのどれもが、見た目からして進化していた。

赤黒い四つの眼を持つ黒狼は、地獄の番犬の如く頭を二つ増やしていた。触手を持つ黒豹は、キメラと合わせたのか竜種の爪と蛇の尾を持ちつつ周囲の空間を揺らめかせているし、馬頭の魔物アハトドは、腕を更に二本増やし、更に“金剛”らしき赤黒い魔力を纏っていた。

特に、空を覆う灰竜の群れは、一体一体が、【グリューエン大火山】で相対したときの白竜と同等レベルの力を保有しているようだ。

そして、その親玉であり、フリードの相棒でもある白竜は、全ての魔物を軽く凌駕する尋常でないプレッシャーを放っていた。体格は、既に二十メートル近い巨体となり、純白の鱗は鋼鉄の輝きを放っている。背中の翼は二対四枚となっており、息を吐く度に純白のスパークが口元から迸っている。

胸元の傷が猛々しさと貫禄を醸し出し、燦然と輝く壮麗な体躯が神々しさを放っていた。神話に出てくる白竜――白色の神竜、白神竜と言うべきか。いずれにしろ、先に遭遇した神獣リヴァイアサンをも軽く凌駕する力がありそうだ。

ハジメ達が、幾百、幾千という尋常でない魔物に取り囲まれ、激烈な殺気を全方位から浴びせかけられている中、フリードが悠然と白神竜の直ぐ傍らに銀翼をはためかせながら並び立った。

 

「さぁ、南雲ハジメ。この絶望の中に、貴様を慕う女共をおいて先へ進むがいい」

 

最愛の女に会いたければ、シアとティオを、この群れの中においていかなければならないという嫌らしい趣向を凝らすフリードに、ハジメは嘲笑を向けた。

 

「馬鹿か?何故、俺がお前等の言うことを聞かなきゃならないんだ?全員でお前を瞬殺してから、悠々と進めばいいじゃねぇか」

 

わざわざ敵を前に戦力を分散する必要はなく、全員でやった方が早いと語るハジメに、フリードは冷めた眼差しを送る。

そして、宣言した。

 

「いいや、お前は先へ進むのだ。一人で、絶望に向かって、な」

「はっ、勝手に言ってろ――ッ!?」

 

刹那、ハジメに向かって黄金の光が降り注いだ。雲の合間から突如現れた“天使の梯子”は、かつてユエを捉えたあの光の奔流とよく似ている。

 

「ハジメさん!」

「ご主人様っ」

 

シアとティオも、あのときのことを思い出したのか少し焦ったような声音でハジメに手を伸ばした。案の定、弾かれる二人の手。

ハジメは、二度も同じ手を喰らうかと、パイルバンカーを取り出そうとする。しかし、それより早く、フリードが口を開いた。

 

「その光は転移の光。貴様の“最愛”のもとへ通じている」

 

それで一瞬、ハジメの手が止まった。確かに、今、降り注いでいる光には自分を害する類の影響は一切なく、どこかの空間と繋げようとしているようだった。

だが、直ぐに気を取り直して光の奔流を破ろうとする。シア達と共にフリードと魔物共を駆逐して、一緒にユエの元に行けばいいのだ。流石に、二人だけを、この空間においていくのは気が進まない。

だが、そんなハジメを止めたのは、突入して以来なんの音沙汰もかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ランサーだった。

 

「最愛か。ならばシア・ハウリアとティオ・クラルスも共に向かうべきであろうな。故に────」

「うぉっ!?」

「キャッ!?」

 

ランサーは黄金の槍でシアとティオが手出しできなかった光の奔流を引き裂き、中に押し込んだ。

 

「ここは俺に任せて先に行け。……それと、フリードと言ったか?もし合っているのなら貴様は白龍と共に2歩下がった方がいい。巻き込まれるぞ(・・・・・・・)?」

「ふっ、エヒトルジュエ様のそれを突破できたからと意気揚々とするのは悪手だぞ?図に乗ったら死ッ!?どうしたウラノス!?」

 

フリードはランサーの忠告を聞かず、逆に上から目線で忠告し返そうとしたが、白神竜へと進化したウラノスがいきなりフリードの服の襟を咥えてその場から3歩分下がった。

その0.01秒後に彗星が先程までウラノスとフリードのいる場所を突っ切って行った。

 

「ッ!?……助かったぞウラノス。…………あれは一体……」

 

あの彗星を初めて見たフリードは狙われたこともあり、警戒する。そして、彗星はUターンをして、ランサーの隣に降り立った。

 

「よぉ、また会ったなぁ……フリーザ。」

「ッ!?貴様はあの時の!!!!」

 

彗星の奔流が払われたそこには、30センチ程宙に浮いた3頭の馬とそれに引かれる戦車、その上には朱爀がいた。

それだけではなく雫、龍太郎、鈴、光輝もグロッキー状態でいた。

 

「……うぅ……あれが光速……」

「……二度と味わいたくねぇ」

「……うへぇ」

「……ウプっ……は、吐きそう……」

 

この4人の惨状を見たハジメ達やフリードは不憫そうな目を向けていた。

 

「ほら、立った立った。対エヒト用の兵装は渡したんだ。上手く殺れってやつだよ。丁度お迎えに間に合った様だしな。」

「…………いえ、間に合わせた、の間違えではないですか?ぶヒヒヒッ」

「う、馬が喋った!?今馬が喋りませんでしたかハジメさん!?」

 

なんとか立ち上がった4人をハジメ達が入っている光の奔流に押し込む朱爀。朱爀の4人に対しての言い分を、戦車を引く馬達のうち1匹が訂正。シアが思わず驚愕する程だ。

 

「おや?貴方は兎でしょう?兎が喋れるのなら馬も喋れるでしょう?もう少しはその頭を使うことですね。この鈍感ウサギ。」

「クッ、懐かしい言い方をするのです!?てか、兎は兎でも人の兎です!!!!」

 

喋る馬…………クサントスとシアがいがみ合っている間にこっちはこっちで話しておく。

 

「あぁ、そろそろ飛ぶようだから言っておく。あっちに行ったらエヒトは確実にいるだろう。だが、てめぇらなら出来る。あの嬢ちゃんを無事に連れ戻して来い。」

「当たり前だ。なに主人公面してんだこの野郎。」

「ハン、俺ぁイリアスの主人公なんでね。だが、此処はそのイリアスに載るトロイアじゃねぇんだ。今回は脇役に徹してやるってな。」

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。」

「おぉ、行ってこい!と、此奴を渡さなきゃなぁ。ほれ、真に迫る贋作っつう奴だ。切り札としてとっておきな。」

「っとと、こいつは──────」

 

ハジメは朱爀に何かを投げ渡されると同時に転移して行った。

 

 

第三者side out

 

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燦嘹朱爀side

 

 

ハジメ達の姿が完全に消えた。別の場所へ転移したのだ。存在を無かったかのように扱われたフリードは青筋を立てながらも待ってくれていたようだ。

 

「悪ぃなフリーザ。あんたに取っちゃあとんだ茶番だったろ?だが、こういったもんは大体が勝利の(まじな)いになるんでねぇ。」

「しぼうふらぐ?と同じようなものだろう。エヒトルジュエ様が完璧な勝利を齎す。それまで精々貴様で遊んでやる。」

「おおっと、そういやあんたにゃ名乗り忘れてたな!改めて名乗ってやるよ。」

「ふん、エヒトルジュエ様相手にあのような態度を取ったのはイレギュラーと貴様だけだ。胸に刻んでおいてやる。」

「そぉかい。んじゃまぁ名乗りますか。…………我が名は燦嘹朱爀。そして、真名はアキレウス。英雄ペーレウスの子にして、大海の女神テティスの子。此度は新たな英雄の誕生の補佐に参った。」

「…………大海の女神……だと?」

「正確には俺の爺ちゃんが海とそれに纏わる天候を統べる神でな。テティスはその娘さ。……んで、ランサーはどっちを攻めたい?」

 

名乗り上げ、出自を軽く語った燦嘹朱爀……アキレウスは静観していたランサーに声を掛けた。

 

「俺はお前と違って出しゃばる気はない。故に周りの露払いでもしておこう。」

「フリーザはお眼鏡にかからなかったか。まぁいいさ。さて、そろそろ始めようか!!!!」

「ッ!?ウラノス飛べ!!!!」

 

アキレウスの開始宣言と共にアキレウスがフリード目掛けて槍を投擲し、それが躱せないことを悟ったフリードは白神竜に咥えられて空に逃げる。空中に浮いたら、フリードは白神竜の背に乗った。

 

「ほう、騎乗対決か。面白い!クサントス!!バリオス!!ペーダソス!!命懸けで突っ走れ!!!!其は流星の如く!!!!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!!!!!」

 

それを見届けたアキレウスは凄みのある笑顔となり、宝具の開帳をした。投擲した槍は飛び出すと同時に戻ってきて、掴んでいるから問題ない。

不死戦車は地上から一直線に白神竜目掛けて突っ切り、それが目に入ったフリードは

 

「ウラノス!!!!俺の事はいいから旋回しろ!!!!あれに当たると不味い!!!!!!!!」

 

ガアァァァァァアアッ!!!!

 

そこから、フリードと白神竜にとっては決死のドッグファイトが始まった。

ちなみにアキレウスの宝具の魔力源は抑止力の協力もあり、無尽蔵である。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

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ランサーside

 

 

「……不服です」

「?何が不服なのだ?」

 

俺はライダーが突撃したのを見届けた後、周りに犇めく魔物共を見やると、上から声がかかった。そこには、ノイントと呼ばれる神の使いがいた。

それにしても、感情を持ち始めている……自律し始めているのが見て取れる。

 

「あの英雄には恥を欠かされました。我々を生み出す装置を壊す為だけにあのような仕打ちをしたのです。倍返ししたいではありませんか。」

「ならばフリードとやらと共に挑めばいいだろう。何故そうしない?貴様等は学習能力があると聞き及んでいる。対策は寝れるのではないか?」

「痛いところを突きますね。彼と接敵した時、彼がディアトレコーンどうてらこうてらと呟いて地面に突き刺した途端全機能が停止してしまったため、練れていないのです。仮に出来たとして……あの速度には追いつけません。」

「そうか。…………戦車から降りた方が倍以上に速いことは伏せておいた方がいいか。」

「丸聞こえですよ。ってえ?あの乗り物より素の方が速いのですか?」

「………………あぁ。言葉の掛け合いはここまでにしてこちらも始めようか。」

 

俺が棒立ち状態でいても、ノイントらは警戒しているか。ならば先手必勝だな。

 

「我が名はカルナ。太陽神スーリヤの子にして、戦士(クシャトリヤ)だ。」

「っ……太陽神…………私の名はツェーン。…………殺れ!!!!!!!!」

 

名乗り合い、始める。ツェーンはまず自分や他のノイント共や魔物共を嗾けるか。

 

天より極光の豪雨が降り注ぎ、三頭狼から絶大な火炎が吐き出され、六本腕の馬頭から凄絶な衝撃波が迸り、正面からは銀の閃光とおびただしい数の羽が殺到する。

全方位からの致死攻撃。

 

「真の英雄は目で殺す!」

 

初手から梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)を放つ。

それは、俺の右目から放たれ、視界を埋め尽くす致死攻撃を全て溶かし、海上を通り、海の向こう側の大陸すら両断する。

 

「…………うっそぉだぁ」

 

おい、ツェーンよ。口調が崩れていまいか?ただ大陸を両断しただけなのにな。」

「声が出てますよカルナ。それに、我々は降伏します。流石にこれは次元が違いすぎますので。」

 

彼女がそういうのならばそうなのだろう。よく見たら、俺を囲っていた魔物達が我先に俺から離れているではないか。やや消化不良だ。

まぁ、敵が減るのならばそれでも構わんがな。

ライダー、貴殿が第3の生を得て、新たな術技を得ている事は心得ている。何より、気づいたのであろう。

 

──────────トータス外の物質はエヒトに壊せない事を(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………また、貴殿が創り上げたものもそれに該当していることも。」

「「「「「「何か言いましたか?」」」」」」

「………………いや、なんでもない。」

 

降伏したノイント達が隅に纏まって体育座りをしているこの光景を地球の者達が見たらどう感じるのだろうか?

 

ランサー・カルナside out

 

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地上side

 

 

空が魔物の眼の如く赤黒い色に侵食され、地上が荒野から砂漠に一変した地上の世界。そして、そんな異様な世界の天に現れた深淵を晒す空間の亀裂。

ドス黒い瘴気を撒き散らすその空間の亀裂──【神域】へのゲートへ朱爀達が無事に飛び込んで行った後、その場所に群がっていた神の使徒達は無表情のままくるりと踵を返した。

遥か高みから見下ろす無機質な瞳に映るのは、神の意思に逆らおうと不遜を示す人の群れ。

 

「「「「「神の裁きを」」」」」

 

異口同音に呟かれた言葉。

地上の人々が聞けば、きっと、「裁かれる理由など微塵もない!」と声高に反論したことだろう。

だが、そんな反論に耳を貸すはずもない神の人形達は、一度双大剣を切り払うと、銀翼をはためかせて一斉に降下し始めた。銀翼で軌道だけ修正して、後はほとんど自由落下に任せて急速に連合軍へと迫るおびただしい数の使徒達は、さながら銀の尾を引く流星群だ。

そのスペックを考えれば、ハジメ達バグキャラのいないこの戦場で彼女達を止められる者など存在しない。たとえ、ハジメ達の突入を援護した閃光を放つアーティファクト(アンチ・マテリアルライフル)のような物を多数所持していたのだとしても、ただの“人”が敵う道理など皆無である。

故に、使徒達にとってこれから始まるのは戦いなどではなく、正しく、ただの蹂躙であり、雑草を刈り取るような作業だった。

……そうなるはずだと思っていたのだ。

視界の全てが弾幕で埋まるまでは。

 

「撃てぇ!!遠慮容赦一切無用だっ!使い尽くすつもり撃ちまくれぇ!!」

 

拡声された号令が連合軍に響き渡り、同時に間断なき弾幕が全連合軍兵士から放たれる。

兵士の一人一人がライフル銃を上空に向けて引き金を引き、その度に“纏雷”が付与された内部鉱石によって電磁加速されたフルメタルジャケットモドキの弾丸が放たれる。

連合軍全ての兵士に配備されたライフル銃による一斉射撃は、ただの一回で約数十万の閃光となって空を貫くのだ。

更に、要塞や塹壕に設置された備付の大型ガトリングレールガンが一斉に空を閃光で埋め尽くす。その数は計千丁。毎分一万二千発の怪物千体が同時に上げる咆哮だ。

それだけではない。

これまた備付型の大型オルカン千機が、内蔵されたミサイル数百発をほぼ同時に解き放つ。オレンジの火線が一斉に空を駆け上っていく様は圧巻の一言だ。

兵器に関する理解の早かった者を優先的に射手につけ、ギリギリまで扱いの練習をしていたので、手間取ることもなく現代科学の申し子と異世界ファンタジーのハイブリッド兵器達はその猛威を奮った。兵器特有の、“個人的な技量に左右されない”という利点が遺憾無く発揮されている。

一瞬で、空を埋め尽くした閃光とミサイルの群れは、驕ったまま落下して来た使徒達をあっさり呑み込んだ。

既に壁と称すべきレールガンの群れが容赦なく彼女達を穿ち、その体に次々と風穴を空け、ミサイルの群れが盛大に爆炎と衝撃を撒き散らして紅の蓮を咲かせる。その開花に巻き込まれた使徒達は爆撃の嵐に翻弄され、その身を爆散させていった。

しかし、第一陣が油断故にあっさり殺られたとしても、そこは神の使徒。直ぐに警戒し、弾幕を掻い潜り、斬り払い、あるいは銀翼の防御で強引に突破して接敵しようとする。

 

「甘ぇよ」

 

ニヤリと不敵に口元を釣り上げたのは、ハジメ達の突入時にも八面六臂の活躍をしたハウリア族の狙撃手。“必滅のバルドフェルド”君、十歳だ。

“先読”が付与され、相手の未来位置が幻影となって表示されるスコープ越しに、爆炎を抜けてきた使徒を見ながら、スっと息をするように自然と引き金を引いた。

途端、シュラーゲンと同じ貫通特化の砲撃が閃光となって、今まさに攻撃を繰り出そうと動き出した使徒を絶妙なタイミングで襲い、その頭部を綺麗に吹き飛ばした。

それと同様の光景が、要塞や塹壕のあちこちから放たれる極大の閃光によって成し遂げられる。全て改良版シュラーゲンを装備した狙撃チームの手によるものだ。

そんな狙撃手達を危険と見たのか、射線を辿って“必滅のバルドフェルド”達狙撃手に視線を向けた使徒が一斉に飛び出そうとして……

今度は、その狙撃手達の背後に控えた、両腕にガトリング砲を、肩にミサイルポッドを装着されたゴーレム兵達が、狙撃の間隙を守るように一斉掃射を開始した。

 

「――っ」

 

息を呑んだ様子で回避しようとする使徒。

だが遅い。その時には既に、狙撃手達はスコープ越しに獲物を捉えている。意識するより早く、スっと引き金に掛かる指が動く。まるで、体が最高のタイミングを知っているかのように。

結果は当然。また一つ空に真っ赤な花が咲いた。

屠殺するに等しい作業だったはずなのに、この場所には既に化け物達はいないはずなのに、何故か使徒の方ばかりが散っていく。自分達は神の使徒ではなかったのか。人が到底辿り着けない遥か高みにいる、至高の存在に作られた最高戦力ではなかったのか。

自然、使徒達の眼が細められた。

 

「無駄な抵抗と知りなさい」

 

使徒の一人が呟いた。

直後、降下するのを止めて遠距離から一斉に銀の砲撃が地上目掛けて降り注ぐ。

銀色のスコール。

それは幻想的で、とても美しい光景だったが、もたらす結果は悲惨の一言となるであろう凶悪そのものの局地的豪雨。

弾幕と相殺されたものもあったが、体を銀色の魔力で輝かせ強化状態となった使徒の砲撃は、そのほとんどが弾幕を突き抜けて地上へと迫った。

……そして──

 

「ハァッ!!!!」

 

────真エーテルなる黄昏の極光の1薙で全てを駄目にした。

それが行えるのはただ1人。ジークである。彼が、ジークフリート化して、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の真名を唱えずにブッパして阻止したのだ。

それにより、使徒達は固まる。その隙は大きかった。

 

「聖歌隊へ。あなた達の歌で、御使いを自称する人形共を堕して差し上げて下さい!」

 

拡声されたリリアーナの指令が戦場に響く。

その対象は、要塞の屋上に集まっている女子供を含めた聖職者然とした人々。

戦場には似つかわしくない厳かな雰囲気で、皆、一様に胸の前で手を組んで祈りを捧げるようなポーズをとっている。彼・彼女達は、辺境の教会で聖教教会の教えを広めていた教会の聖職者であり、言わば、聖教教会の生き残りだ。中央から離れていた、あるいは純粋な信仰を持ちすぎて中央から厄介払いされた者達だ。

そんな、ある意味、本物の聖職者達は、彼等の前に陣取る司祭の衣装を纏った初老の男の指揮に従い、スっと口を開いた。

 

「「「「「「「「「「――――♪」」」」」」」」」」

 

響き渡る旋律。

それは、聖歌だ。人々を祝福し、平和と愛を踏みにじる者への咎めの歌。荘厳にして神聖な守護と断罪の調べだ。

聖歌隊の足元に魔法陣が浮かび上がる。それらが、ところどころに置かれている水晶柱を通して、聖歌の力と音そのものを凄まじいレベルで増大させる。

兵器が放つ爆音轟音を押しのけて戦場全体に響き渡るそれは、動き出そうとした使徒達の耳に届いた。

途端、

 

「――ッ、これはっ、力がっ」

 

使徒の一人が思わずといった様子で声を漏らした。

それも仕方ないことだろう。なにせ、その身に纏っていた強化の証である銀の光がフッと霧散したかと思えば、代わりに紅い光が纏わり付き、更に栓の抜けた容器から水が流れ出るように力が抜けていくのだから。

かつて、【神山】上空で使徒ノイントと相対したハジメに、教皇イシュタル達が発動した魔法――“覇堕の聖歌”。相手の動きを阻害する効果と歌が響いている間衰弱させていく効果を合わせ持った凶悪な魔法だ。

これを昇華魔法で効果を増大させた挙句、更に、香織がやられた機能停止の言霊を、水晶柱を介して魂魄魔法で再現し付加してあるのだ。

流石に、機能停止に追い込んだり、完全に弱体化させたりすることは出来ないが、使徒の強化状態を妨害し、更に本来のスペックを六割近く落とすことが出来る。

 

「っ、排除します」

 

使徒達の視線が、自分達の変調の原因である聖歌隊へと向けられる。優先的に排除するつもりなのだ。

使徒達の数人が一つのグループを作って一斉に大剣を掲げ始めた。直後、集束され膨れ上がる銀の太陽。

僅かな時間とは言え、無数の使徒から分解能力を受けた大結界は既に悲鳴を上げている。集束された銀の砲撃を受ければ、今度こそ耐え切れずに崩壊してしまうだろう。

 

「ですが、それも想定済み。動きを止めている使徒を優先して下さい!」

 

リリアーナの号令が三度。それが伝わり、 各部隊の隊長陣が、更に下の者達を指揮して集束に集中している使徒達を優先して標的とする。

大地より天へと伸びる火線の群れは、その密度を決して薄めない。薄めないまま、射撃能力の高い者達が命令に従って一斉に動かない使徒達を狙い撃ちにした。

それを集束砲撃に関わらない使徒達が妨害する。双大剣で、銀の翼で、羽で、迎撃する。しかし、強制的に引き下げられたスペックと、体に纏わりつく紅い光が動きを阻害するので、怒涛の、使い手のステータスに比例しない過剰威力の攻撃に対応しきれない。

一人、また一人と、絶対強者であるはずの使徒が風穴を空けられて屠られていく。

 

「イレギュラーっ、相対せずとも我等の邪魔をするのですかっ」

 

嘲笑うかのように纏わりつく紅い光。それは幾度も自分達を退けてきた化け物の輝き。それに対し、感情などないと宣言したはずの使徒が僅かに声を荒らげた。なんとなく、不敵に笑いながら中指を立てる白髪眼帯の少年を幻視してしまったのだ。

しかし、連合軍も全ての使徒を撃ち落とせたわけではなく、遂に、集束が完了した銀の太陽から滅びの光が放たれた。

ゴゥ!と大気を震わせて、計五十の集束型銀の砲撃が大結界に直撃する。

虹色の波紋が激しく波打ち、バルムンク砲撃後に展開した大結界にピキピキッと亀裂が入っていく。

 

「おめぇら、気合入れやがれぇ!」

 

そんな怒声が、大結界のアーティファクトが設置されている要塞の一角で響いた。それは王国筆頭錬成師であるヴォルペンの怒声だ。苛烈な負荷が掛かり亀裂を広げていくアーティファクトを、リアルタイムでヴォルペン率いる職人達が錬成修復しているのだ。その手には、錬成の能力を底上げする指抜きグローブが装備されている。ハジメ謹製のロマングローブだ。

 

「筆頭っ、もう無理ですっ!保ちません!」

「チッ、仕方ねぇ。大結界は放棄だ!小規模結界を起動後、聖歌隊用の多重結界に集中するぞ!」

「「「「「了解っ」」」」」

 

ヴォルペン達は、大結界が破壊された後、貫通してくるかもしれない砲撃を一時的に防ぐ小規模結界を起動させ、そのまま慌ただしく動き始めた。連合軍を守る結界を放棄して、聖歌隊を集中して守護する結界アーティファクトの管理に全力を注ぐのだ。

しかし、忘れてはいけない存在が此処にはいる。

 

「それならばこの銀の太陽を抑えます。その間に貴方達は結界の展開を。」

 

旗を携えた一人の少女が銀の太陽の目前まで跳躍し、器用に祈りのポーズをとる。そして、

 

「主の御業をここに ……我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)! 」

 

宝具を開帳し、その旗を──────

 

「せりゃあぁッ!!!!!!!!」

 

──────バットの如く振り翳して銀の太陽というボールをホームランで使徒達に打ち返した。

これを見た1部の者達はえ、目の前に翳して守るんじゃなくて打つの?と思ったことだろう。

その本人は

 

「ふぅ。宝具の応用技です。」

 

見蕩れるほどの輝かしい笑顔を振りまく。しかし、その顔の内側には“ケチつけんじゃねぇぞゴラァ”である。これに気付いたものと気付かないものがいたが割愛しておこう。

そして、錬成によるリアルタイムの修復が放棄された途端、円柱形のアーティファクトは一気に亀裂を広げ、一拍後、粉砕音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。

その粉砕音は、要塞の外、虹色の大結界からも響いた。

いつか王都で見たのと同じように、キラキラと破片を撒き散らして霧散していく。

銀の太陽を躱した使徒達が銀翼をはためかせて一斉に飛び込んで来た。目標は一目瞭然。自分達のスペックを六割も削っている聖歌隊だ。

今、彼等のいる屋上は、大結界のように虹色の多重障壁で覆われている。規模を縮小し、多重障壁としたことで、総合的な強度は大結界以上だ。だが、集中して狙われれば数分も保たずに突破されるだろう。

 

「うっ、ぁあああああっ!!」

 

聖歌隊を守る結界の外側で護衛についていた神殿騎士の一人が雄叫びを上げて剣を振りかぶった。迫る使徒の威容に、自然と竦む体を絶叫で振り払う。

だが、そのような固い動きで、弱体化しているとは言え、それでもなお桁違いのスペックを誇る使徒を相手に出来るはずもなく、

 

「邪魔です」

 

横薙ぎに振るわれた大剣によりあっさり胴を切られて吹き飛ばされた(・・・・・・・)

そう、両断されるのではなく、吹き飛ばされたのだ。それも、大剣を振るった使徒の腕に、妙な痺れを残して。

その事実に、思わず使徒が動きを止める。分解能力が付与された大剣の一撃なら、四割の力しか出せなくても人一人を両断するなど容易いこと。なのに、出来なかった。

 

「はぁああああっ!!」

「っ」

 

不可思議な現象に動きを止めた使徒の背後から新手の騎士が、萎縮など微塵もない裂帛の気合と共に唐竹の一撃を放った。それを大剣すら使わずに翼で受け止める使徒だったが分解能力に抗うどころかギィイイイイッと不快な音を響かせて騎士剣がめり込むのを見て瞠目する。

そこで、その騎士から叱咤が飛んだ。

 

「怯むな!我等は騎士だっ。守護こそ本分!守り抜け!」

「デビッド隊長……ぐっ、すみません。助太刀しますっ」

 

先程吹き飛ばされた騎士が胸元の鎧に真一文字の傷を付け咳き込みながらも立ち上がり、猛烈な勢いで使徒へと斬りかかった。

それを合図にしたように、飛来する使徒達へ騎士――元聖教教会神殿騎士にして愛子護衛隊隊長であったデビッド率いる“女神の騎士(自称)”達が、次々と相対する。

そして妙に霞みながら甲高い音を立てるバスタードソードや、装着しているだけで“豪腕”の効果をもたらす籠手、同じく“豪脚”をもたらす脚甲を駆使して攻撃を仕掛け、使徒の攻撃も辛うじて凌いでいる。凌げなかった攻撃も破損させつつもどうにか鎧で防いでいた。

 

「……まさか、全ての戦力にアーティファクトを?」

 

使徒の一人が呟いた。

デビッド達騎士は、皆、一様に、バスタードソードや籠手以外にも、黒い鎧とシンプルな兜を装備していた。

黒い鎧――これは常時発動型の“金剛”と、触れた瞬間に発動する“衝撃変換”が付与されている。使徒の一撃を食らった先程の騎士も、これでどうにか助かったのである。

そしてバスタードソードは所謂“高速振動剣”というやつで、それだけでも相当な切れ味がある上に、魔力そのものを高速振動させて放出しており、ある程度ではあるが分解の魔力を散らしてくれるのだ。そして、兜には“瞬光”を付与させ劣化版ではるが知覚を拡大させる機能が付いていた。

これらの装備は基本一式として、全ての兵士に配備されている。加えて、戦いが始まる前にチートメイトも配備されているので、全員のスペックも底上げされているのだ。

使徒の弱体化と同時に連合軍兵士一人一人の超強化を図る。その結果、辛うじて使徒相手に相対すること(・・・・・・)が出来ていた。

それでも、そこまでして、かつ使徒一人に対し集団戦を仕掛けてようやくと言ったところ。

現に今も、デビッドが斬りかかった使徒は、他の騎士達を吹き飛ばし、デビッドの振動剣も弾いてしまった。

 

「くっ――」

 

死に体となり歯噛みするデビッドに、使徒が容赦なく大剣を振りかぶる。

その瞬間、

 

「まず一人」

「え?」

 

 その呆けた声は、果たしてデビッドが漏らしたものか、それとも宙を舞う使徒の首が(・・)漏らしたものか……

冗談のように、ポンッと飛んだ使徒の首と残された胴体。一拍置いて、ブシャー!と盛大に噴出する血の飛沫の奥に、いつの間にか、そいつはいた。

口元まで覆う黒装束にワンレンズ型のサングラスを身に付け、細く鋭利な短剣――小太刀を逆手に持った男。その頭上にはふぁさりとウサミミがなびいている。

 

「この赤黒い世界と同じく、お前の血色は薄汚い……」

 

小太刀の血糊をビッと払うとサングラスを中指で押し当てながら、ふっと口元をニヒルに歪めた(覆面なので見えないが)そいつは、しかし、「今の自分、めちゃ輝いてる!」という雰囲気を隠しきれずに名乗りを上げた。

 

「使徒の首、この深淵蠢動の闇狩鬼カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアが確かに貰い受けた」

 

はい、カムである。ただの兎人族ハウリアの族長カム・ハウリアである。

その周りでは、騎士達が死に物狂いで足止めした使徒達の首を、背後からこっそりと忍び寄って、スパッと首を飛ばすハウリア族の姿が多数。

男のウサミミが、小太刀を愛おしげに撫でながら哀れみの眼差しを倒れゆく首無し使徒に向ける。

 

「悪いな。今宵のジュリアは少々大食いなんだ」

 

女のウサミミが、片手で目元を覆いながら呟く。

 

「あなたが悪いのよ?もう一人の私を目覚めさせてしまうから……」

 

十代前半くらいのウサミミ少女が、達観したような眼差しを虚空に向ける。

 

「……これが、世界の意思なのね。なら、私はそれに従うだけ……」

 

同じくらいのウサミミ少年が左腕を抑えながら呻く。

 

「くっ、また勝手にっ、沈まれ!俺の左腕っ!」

 

一拍。

黒装束にサングラスをかけたウサミミ達は、互いに顔を見合わせるととても満足そうな表情で頷き合った。

そして、使徒達がハッとしてウサミミ達に襲いかかろうとした瞬間、その呼吸を読んだように絶妙なタイミングでふっと姿と気配を消して騎士達の合間に紛れていってしまった。

戦場に微妙な空気が流れる。

 

「う、うぉおおおおおおっ!!」

 

デビッドが、何事もなかったように別の使徒へと斬りかかった。中々、空気の読める男になったようだ。本能的に、あれは関わっちゃいけないと悟ったのだろう。

使徒達も警戒心を残しつつ聖歌隊を壊滅させようと結界へ突進する。固まっていても狙い撃ちにされるので、全ての戦力を聖歌隊へ向けているわけではないが、それでも他の場所に比べればかなりの数が殺到している。

上空は、既に使徒で埋め尽くされようとしていた。

と、その時、

 

『飛んじゃダメなの!』

 

何とも可愛らしい幼子の声が響いたかと思うと、次の瞬間、聖歌隊を守る結界の上にいた使徒達が、翼をもがれた鳥の如く、バランスを崩したようによろめいて、そのままバラバラと地面に落とされていった。ご丁寧に、引き寄せられるように結界から離れた場所に落ちていく。

そこには、パラボラアンテナのような形の背面武装を展開した一体のゴーレムの姿が。どうやら、そのゴーレムに取り付けられた念話石スピーカーバージョンから声が響いたらしい。

 

『べるちゃん、がんばって!』

 

再び響いた幼い声――ミュウの声援に、べるちゃんこと生体ゴーレム“べるふぇごーる”は気怠そうに手をヒラヒラ振りながらも、その背中に背負った局所型重力操作アーティファクト“グラヴ・ファレンセン”を使って、空を飛ぶ使徒を次々と引き寄せては落としていった。

数十体の使徒を纏めて地に落とした“べるふぇごーる”の傍らに、更に六体の生体ゴーレムが現れた。

そして、どうやったのか、バーン! と轟音を立てて背後に色とりどりの爆炎を上げながら香ばしいポーズを取った。きっと叫べたのならこう言っていたに違いない。

――大罪戦隊 デモンレンジャー、見参ッッッ!!と。

落とされた使徒達が、無駄に洗練されたポージングと、ゴーレムらしからぬ意思を感じされる行動に、一瞬、動きを止める。

そこへ、彼等のお姫様から命令が下った。

 

『みんな、殺っちゃってなの!』

 

可愛らしい声で、空恐ろしいことをあっさり言ってのけるお姫様。親の顔が見てみたいものだ。小さな司令官の傍にいるであろう片親は「あらあら、うふふ」とスピーカーからおっとりした声を漏らしていたりする。

だが、ともすれば和みそうな声が響く中、始まったデモンレンジャーの攻撃はなんとも苛烈だった。七体のレンジャー達は、それぞれ絶妙な連携を見せつつ、次々と使徒を討ち取っていく。

 

「頃合です。見下ろすことしか知らない人形を、墜として差し上げましょう。全グラヴ・ファレンセン起動!」

 

リリアーナの号令が響き渡った瞬間、戦場の各地に備え付けられていた重力発生装置が一斉起動された。その結果、地上から五百メートルほどの位置にいた使徒の群れが一斉に墜ちてくる。それはあたかも、羽をもがれた哀れな虫の如く。そして……

そこで待ち受けているのは決死の覚悟を決めた連合軍兵士達。

人類の存亡を背負った、勇者達。

異界の王より招かれし猛者達がいた。

地に落とされた数多の使徒達は、しかし、着地に失敗するなどといった無様を晒すようなことはなく、飛びかかってきた連合軍兵士を双大剣でまとめて薙ぎ払った。そこかしこで銀の羽がばらまかれ、あるいは銀の閃光が奔り、兵士達が吹き飛ばされる。

 

「……我等を地に落とそうと、アーティファクトで身を固めようと、所詮はただの人間。我等に勝てる道理などありはしません。大人しく頭を垂れ、神の断罪を受け入れなさい」

 

兵士の一人が、腹に大剣を突き刺されて血反吐を吐く。だが、口元を血で汚し、凄惨な有様になっていながら、その兵士は口元に不敵な笑みを浮かべる。そして、

 

「限界突破ぁあああああっ」

「っ」

 

兵士の体から、いったいどこから湧き出したのかと思うほどの魔力が噴き上がる。そして、腹を貫かれながらも、決して離さなかったアーティファクトの剣で、自分を貫く大剣を持つ使徒の右手を切り飛ばした。

 

「っ、なぜ、その技能を……いえ、それでも、所詮はその程度。希少な技能を持っていても腕一本が――」

「だが、確実に死角は出来たぜ?」

 

人類の中でも、レア中のレア技能を持っていたのであろう戦力が身命を賭した最後の攻撃をしても、使徒の腕一本を奪うのが限界。そう言おうとした使徒の、失った右腕の方から響いた声。

右腕を振るえない使徒は、咄嗟に銀の翼で薙ぎ払おうとしたが、それよりもその人物――ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーの一撃が、使徒の胴体を両断する方が早かった。

体を二つに分たれた使徒は、それでも驚異的な生命力で即死はせずガハルドへ視線を向ける。そして、瞠目した。

 

「その、輝きは……」

 

その輝きは――“限界突破”の輝き。

ガハルドは、不敵に笑いながら首から下げられた小石くらいの大きさの紅い宝珠を握り締める。

 

「これは人類の存亡を賭けた戦いだぞ。限界の一つや二つ、越えられなきゃ嘘ってもんだろう? さて、普通の(・・・)限界越えにも慣れたころだ。あの化け物が残した最高の限界超え、クソ神の手下共にみせてやろうじゃねぇか!」

 

そんなことを言いながら、目を見開く使徒の前で、

 

限界突破(覇潰)ッッ!!」

 

ガハルドの纏う魔力が桁違いに跳ね上がる。そのまま、最後に銀の砲撃を放とうとした使徒の頭をかち割り、同時に、

 

「連合軍の全勇者に告げるッ!!限界を超えてっ、戦えッッ!!!」

 

直後、戦場に響いた。その声が。

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」

 

ハジメの残した最後の強化策。それがこれ。

――人類総戦力限界突破

基本装備であるアーティファクトの武装以外に、もう一つ、支給されていた小さな紅い宝珠のついたネックレス。一度発動すれば、チートメイトの服用なしでは体が壊れかねない一般兵士に、“限界突破”を可能にさせるアーティファクト。

――段階式限界突破アーティファクト “ラスト・ゼーレ”

一度目に限界突破をもたらし、急激な強化に体が自壊しないようなじませたところで、限界突破の派生“覇潰”をもたらす。もちろん長時間は保たない諸刃の剣だが、どの道、この戦いに勝たなければ終わりなのだ。次のない戦いならば、最後の一片まで己の魂を使い尽くす。

新たに相対した使徒に、ガハルドは剣を構えながら人類の心を代弁した言葉を叩きつけた。

 

「人間をっ、舐めるなっ!」

 

神の使徒と人類の決戦――その第二幕が、今、上がった。

 

✲✲✲

 

要塞、正面。

そこでは、重力発生装置“グラヴ・ファレンセン”により地に墜とされた使徒達と帝国兵達が死闘と称するに相応しい激烈な戦闘を繰り広げていた。

 

「ぉおおおおおおっ」

 

帝国兵の一人が、雄叫びを上げながら使徒に飛びかかる。

使徒の大剣が銀の光芒を弾きながら流麗に振るわれ、一刀の元に、その帝国兵の首を刎ね飛ばした。そして返す刀で逆サイドの帝国兵の首を刎ねる。鎧は数撃程度なら分解の攻撃も防いでしまうので的確に鎧のない部分を狙っているのだ。

 

「ちくしょうっ、強すぎだろっ!こちとら、二度も限界超えてんだぞっ」

「化け物がっ! いい加減死にやがれっ」

 

使徒のスペックを六割落とし、更には動きを阻害して、なおかつ自分達は神代級のアーティファクトに身を固め、人の限界を二度も超えているというのに、未だ使徒を相手にすれば倒れる味方の方が圧倒的に多い。その事実に、帝国兵達から悪態が飛び交う。

 

「ふんぬらばぁあああああああああっ」

 

兵士達が使徒の猛攻に思わず腰が引けたそのとき、なぜか彼等の背筋をゾクリとさせ、股間をキュッとさせる怒声が響いた。と、思った次の瞬間には、巌のような拳が猛威を振るっていた使徒の後頭部に突き刺さり、そのまま地面へと押したお――押し潰した。

頭部を粉砕された使徒の上の覆いかぶさるようにして出現したのは、全身を支給品の装備一式で固めた、見た目は兵士と変わらない巨漢の男。しかし、兵士達は使徒を倒したことを称賛するでもなく、なぜか自然と後退った。

 

「あらぁ~ん? どうしてみんな、わたしから距離を取るのかしらぁ~ん?」

「ひっ、ごめんなさい!」

 

兜の隙間から覗く、肉厚の唇と獣のような瞳。鎧越しでも分かる人外レベルの筋肉。兜の天辺からは三つ編みにした髪がちょろんと生えていて、その先っぽには可愛らしいピンクのリボンが付けられている。そんなちょっと異様な男が、くねくねとしなを作りながら、オネエ言葉でパチリとウインクなんぞをしてくるのだ。兵士達が更に距離を取りながら、思わず「ごめんなさい」と口にしても仕方ないことだろう。

なにせ、今、まさに飛びかかろうとしていた使徒の一人が、ビクリと震えて足を止めたほどなのだから……

 

「ぬぅりやぁあああああああああああああっ」

「どぉっせぇええええええええええええいっ」

 

更に響いてくる野太い雄叫び。見れば、目の前の巨漢――ブルックの町の服屋に巣くう化け物クリスタベル店長と同じく、鎧なんていらないんじゃねぇの? と言いたくなるような筋肉に包まれ、更に同じ支給品の装備に身を固めつつもどこかに可愛らしいワンポイントアクセサリーをつけた巨漢の軍団が大暴れをしていた。

一人の使徒が正面から抱きつかれ、分解能力を発動する暇もなくサバ折りにされ絶命すれば、別の使徒が芸術的なパイルドライバーを決められて頭部を粉砕されている。

恐ろしいのは、抱きつかれた使徒が、意表をつくためなのか、単なる趣味かは分からないがぶちゅ~と熱いベーゼを受けていて、パイルドライバーを受けた使徒は、変則技なのか向かい合う形で逆さに抱えられていたので、その顔面がまさに股間に埋もれていたことだろう。

 

「味気ないわねぇ~」

「人形遊びじゃあ、ぜんぜん滾らないわぁ~」

 

使徒二人を倒した巨漢二人は、やはりクネクネとしなを作りながらオネエ言葉でそんな感想を漏らした。機能を停止して倒れた使徒二人の表情が、微妙に涙目に見えるのは……きっと気のせいだろう。

遊撃隊として組み込まれた異形の集団――もとい、漢女の軍団。彼女(?)達が次の獲物を探してグリンッと首を回し、それぞれ標的を定めれば、他の兵士達と相対していた使徒達が一斉にビクンッと震えた。そして、キョロキョロと微妙に視線を泳がせて警戒心をあらわにし、何人かはその隙を突かれて倒れる。

ただ(ねっとりとした)視線だけで使徒の動きを阻害し、一瞬の硬直すら強いる。そんな漢女達の異様な活躍は、確実に使徒の数を減らし、味方を援護していた。援護……しているはずである。

戦場において、別種の化け物が大暴れしている最中、少し離れた場所でも激戦が繰り広げられていた。

帝国兵の一人が、支給されたライフルを構えて中距離からフルオートで射撃し、使徒を釘付けにする。使い手のスペックに左右されない過剰威力のハイブリッド兵器だ。流石の使徒も、その閃光の大群を大剣で防げば足を止めざるを得ない。

しかし、そこで終わらないのが使徒だ。お返しと言わんばかりに飛び出しのたはレールガンにも引けを取らない凶悪な弾丸――銀の羽による反撃。

取り囲んでいた帝国兵達が薙ぎ払われる。辛うじて防具と剣で凌いでいる者もいるが、下級の兵士達は的確に露出部分を穿たれてその命を散らしていく。

ガチンッと音を立ててライフルの弾が切れた。射撃で使徒の足止めをしていた帝国兵が、慌ててマガジンを装填しようとする。

その隙を逃さず、使徒が銀の砲撃を放とうとした。帝国兵の顔に絶望が過る。

そのとき、

 

「ゼェアアアアアアッ!!」

 

一般兵士とは明らかに一線を画す、裂帛の気合が迸った。

銀の閃光を放とうとしていた使徒に、大上段から大剣が振り下ろされる。

それを、使徒は煩わしそうに自身の大剣で受け止めようとして……

 

「――ッ」

 

振り下ろされた大剣が鞭のようにしなった腕により途中で軌道を変え、横薙ぎの斬撃に変化したことに瞠目する。そして、防ごとうしてまとわり付く紅い光に動きを阻害され、目を見開いたままその首を刎ねられて血飛沫を撒き散らした。

使徒を一人仕留めた男、途轍もない覇気を発する帝国の皇帝――ガハルド・D・ヘルシャーは、使徒の血を浴びながら、その使徒の猛威に腰が引けてしまった兵士達へ向けて爆撃のような大音声を上げた。

 

「てめぇらっ、ビビってんじゃねぇぞっ。雄叫びを上げろ!塵芥になるまで戦え!この戦場は、神話だ!てめぇら全員が新たな神話の紡ぎ手だ!後世の連中に嗤われてぇのかっ!ってか、征服王の部下共の方が1歩先に行っているぞ!モブ?になりたくなかったら堂々と動け!」

 

この人類の存亡を賭けた戦い――確かに、後の世から見れば神話そのものだ。自分達は、後世で語り継がれる大舞台の当事者なのだ。

さらに、異界の猛者達に負けるなど、プライドが許せるのか?

皇帝の言ったモブに来るものがあったのか、野心豊かな帝国兵や傭兵達が、その言葉で奮い立つ。瞳に獰猛さが宿り、己の存在を歴史に刻み込まんと燃え上がる!

ガハルドの激が戦場を席巻する。

 

「幻視しろ。てめぇらの背に誰の姿が見える!? てめぇらが倒れた後は、そいつが死ぬんだっ! 許容できねぇか? できねぇだろう!? なら殺意を滾らせろ! 使徒だろうが何だろうが、敵の尽くを滅ぼし尽くせぇ!」

 

王国兵や冒険者達が、一瞬、自分の肩越しに背後を見やり、今、この瞬間も猛威を振るう銀色の化け物にギラギラと殺意を滾らせた。この場に立っているのは何の為か。決まっている。友人を、恋人を、家族を、守る為だ!敗北は、許されない戦場なのだ!

そのとき、ガハルドの存在を見咎めた使徒達が、一斉にガハルドへ銀の閃光を放った。

だが、

 

「ゼェリャッ!!!!」

 

真横から来た黄昏の極光に掻き消されてしまった。そして、その黄昏で視界を奪われた使徒達は何も出来ず……

 

「撃てっ!」

 

再度、迸るガハルドの号令。

近衛達が消えかかる黄昏の隙間から膝立ちでアンチマテリアルライフルをぶっ放つ。

銀の閃光を放ったばかりだった使徒は、カウンターのように飛来した閃光に穿たれて崩れ落ちた。

そして、銀の閃光が途切れた瞬間、ガハルドはまた別の使徒に飛びかかり、その自然体から鞭のようにしなりながら振るわれる変幻自在の剣撃をもって使徒と互角の戦いを繰り広げた。

 

「陛下に続けっ」

「囲い込んで殺せっ。勝てない相手じゃないぞ!」

「これ以上、人形共に好きにさせるなっ」

 

それに触発され、気勢を上げた連合軍兵士達が同じように連携しながら使徒と斬り結ぶ。もはや、何人殺られようとも兵士達が萎縮することはなく、その負けられないという気概と決意が、徐々に使徒達のスペックを凌駕していった。

 

✲✲✲

 

要塞の一角。

そこで、開戦してからずっと瞑目していた男がスっと眼を開いた。そして、厳かでありながら燃えるような熱を孕んだ力強い声音で、司令官であるリリアーナに呼びかけた。

 

「リリアーナ姫」

 

それだけで、なにを言いたいのか察したリリアーナは、確かに機だと判断し指令を下す。

 

「はい。アドゥル殿。地上戦へと移行しつつある今、重力結界の上から狙い撃ちにされるのは非常に不味いです。……制空権の奪取を。天空を統べる竜人族の力、全ての者達に見せつけて下さいませ」

「ふふっ、承知した」

 

アドゥルが、威厳と力強さに満ちた足取りで竜人族が整列する中庭に続くテラスへと出る。眼下の同胞達、およそ三百人は、闘志を漲らせて真っ直ぐに族長であるアドゥルを見上げた。

 

「五百年前の迫害。忘れようはずもない。あの時を生き残り、雪辱を誓った者達も、後に生まれ隠れて生きる理不尽に嘆いていた者達も……遠慮容赦一切無用っ! 猛るままに咆哮を上げよ! 空は我等の領域! それを奴等に思い知らせてやれ! 全竜人族……出るぞっ!」

「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」」」

 

一斉に上がる雄叫び。

それは五百年の屈辱と怒りに耐えてきた誇り高き一族が蜂起する合図。全ての竜人族が、風を巻き上げながら一斉に空へと飛び出す。

重力結界の領域はリリアーナによりタイミングよく解かれている。そこを突き抜け、上空へと上がった彼等は、次の瞬間、一斉に光に包まれた。

そして、姿を現すのは天空の覇者たる竜の群れ。威風堂々と翼をはためかせ、縦に割れた竜の瞳で神の人形を睨みつける。その身一つで途轍もないプレッシャーを放つ竜達。それが、今は、ハジメのアーティファクトによって完全武装までしており、その威容を更に跳ね上げている。

その中で、一際巨体を誇る勇壮な緋竜が莫大なプレッシャーと共に咆哮を上げた。地上から七百メートルは離れているにもかかわらず、ビリビリと震える大気の振動が連合軍兵士達にも伝わる。

その直後、先の咆哮が戦闘開始の合図だったかのように、三百体の竜が一斉にブレスを放った。それぞれ得意属性ごとの色とりどりの閃光が、我が物顔で空を舞う使徒達へ殺到する。

使徒達が銀翼で身を包み防御体勢に入った。

しかし、竜人族のブレスは、それらの防御を食い破り使徒達を滅ぼしていく。

 

『ほぅ、流石はティオが認めた伴侶なだけはある。我等の力をここまで引き上げるか』

 

自分のブレスが普段の十数倍の力を発揮したことにアドゥルが愉快そうな声を上げた。ティオの武装黒竜と同じ装備をつけているアドゥル達は、鎧に仕込まれた昇華魔法により、そのスペックを底上げされているのだ。当然、チートメイトと限界突破アーティファクト“ラスト・ゼーレ”の影響もある。

 

『くっ、俺は認めませんっ! あんな小僧の――』

 

藍色の竜――リスタスが、どこか悔しげな声を出した。だが、途中で急迫してきた使徒が振り抜いた大剣を、身につけた鎧が見事に塞き止めた挙句、逆に衝撃波を放って吹き飛ばした光景を見て口を噤んだ。

なにもしていないのに相手が吹き飛んだのだ。ハジメに守られたみたいですごく複雑な気分である。

 

『ならば、奪えばよかろう。彼も受けて立つと言っているのだから』

『うぐっ』

 

出来るわけがない。挑んだ直後、瞬殺されるのが目に見えている。それが分かっているからか、アドゥルの声音は、どこかからかうような響きがあった。

分が悪くなったリスタスは、竜翼をはためかせて一気に加速し使徒に襲いかかった。使徒を倒すことに集中しています! ということにしたようだ。

他の竜人達も、まだ若いリスタスに苦笑いしながら十全に力を振るい始めた。

流石は天空の覇者とうべきか。跳ね上がったスペックと縦横無尽な空中戦闘、そして神代級アーティファクトの恩恵によって、使徒達と互角以上に渡り合っている。制空権を賭けた争いは、竜の咆哮と銀の閃光入り混じる、さながらSFにおける宇宙戦争の様相を呈しながら、神話に相応しい死闘へと突入していった。

 

「ふわあぁぁ!!あんな沢山の竜は初めて見たよ!よぉーし!おいで、ヒポグリフ!あの竜達と共に羽ばたこう!!!!」

 

ピイィィィィイッ!!!!!!!!

 

1人の少女?が1匹の背に乗り、空を駆ける。先程までは前線で魔物の相手をしていたが、竜に触発されたのか空へ飛び出したのだ。

無論、上位個体が空を飛んでいたことを見つけたため、その上位個体に突貫する。

理性蒸発者アストルフォは空の覇者と共に空を駆けることも夢に見ていたのだ。

 

✲✲✲

 

赤黒い空に力強い竜の咆哮が響き渡り、地上の連合軍も、その勇壮さに雄叫びを上げながら士気を上げている。

その一角――聖歌隊に近い位置で、周囲の兵士や神殿騎士とは明らかに一線を画す活躍をしている集団が2つ…………否、1つと1人があった。

 

「うぉおおおおっ!!」

 

雄叫びと共に地面を爆ぜさせて突進し、使徒に体当たりを決めた男――永山重吾は、そのまま組み伏せた使徒が何かをする前に、その巌のような拳を使徒の顔面に突き落とした。

ハジメ特性の籠手型アーティファクトが衝撃を内部に伝播させて中身を破壊する。攪拌された血肉が使徒の端正な顔面から飛び出し、重吾の頬を返り血で汚したが、寡黙な外見そのままに平然とした様子で体勢を立て直した。

その重吾に、使徒が背後から大剣を唐竹に振るう。

しかし、重吾はバックステップでスっと相手の懐に潜り込むと、そのまま見事な背負投を決めて使徒を地面に叩きつけた。余りの威力に、地面が放射状に砕けて小さなクレーターができる。重吾は、衝撃に一瞬身動きを阻害された使徒の、その首を踏み抜いて止めを刺した。

瞬く間に二人の使徒を仕留めた重吾。使徒の弱体化と自身の超強化があるとはいえ、常に鍛錬を怠っていなかったと分かる見事な戦い振りだった。

そこへ、更に使徒が二体、重吾を挟撃しようと迫る。

が、その瞬間、

 

「――地の底より吹きし風、命あるものを白きに染めよ――“白威吹”!!」

 

白煙が、風に乗って蛇のように宙を駆け、重吾の周囲で防壁となるように渦巻いた。重吾に迫っていた二人の使徒は僅かに白煙に巻かれたものの、銀翼を使って吹き飛ばしながら一度退避する。

 

「っ、石化など」

 

白煙に触れた先からビキビキッと石化していく光景に、使徒は小癪だと言いたげな表情をしながら分解の魔力で解呪を試みる。

 

「させるかよ」

 

石化の白煙を吹かせた術者――野村健太郎が指揮棒型アーティファクトを振るった。途端、重吾を守るように逆巻いていた白煙が二手に別れて退避した使徒二人を襲う。

使徒達は、魔耐が下がった状態で受けるのは危険と判断したようで更に退避しようとしたが、いつの間にか地面が盛り上がって足を拘束しており目論見は叶わなかった。ガクンッとつんのめる使徒。それは致命の隙。

次の瞬間、健太郎の操る白煙が二人の使徒を余さず呑み込んだ。

後に残るのは完全に石像化した美術品めいた彫像のみ。

他でも、檜山の裏切りや近藤の死から立ち直った中野信治と斎藤良樹が、鬼気迫る様子で八面六臂の活躍を繰り広げ、その穴を守る形で愛ちゃん護衛隊の玉井淳史、相川昇、仁村明人、が一歩も引かずに使徒と激闘を繰り広げていた。

それらを園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、辻綾子、吉野真央等が完璧にサポートする。

愛ちゃん護衛隊のメンバーが、最初から前線にいた重吾のパーティーや信治達と同じくらい動けているのは、ハジメ達が王都を出発してから、このままではダメだと心を奮い立たせ猛特訓を行ったからだ。

それ以外にも、完全に心折れていた生徒達が、直接戦闘までは出来ないものの能力を底上げする付与系の魔法を後方から放ったり、回復させたり、ライフルや魔法を撃って弾幕を張るなど必死に援護していた。

誰もが、魔王城でのハジメの演説に、折れた心を焼き直されたのだ。それがただの言葉だけであったなら、ハリボテの言葉として使徒を目の当たりにした瞬間あっさり折れただろう。しかし、彼等は皆、ハジメを見ていた。

片腕も片目も失い、髪の色まで変わって、ボロボロになって、最愛の恋人まで奪われた。消えていく恋人に上げた慟哭は、彼等をして心に痛みを感じさせるものだった。それでも、最後には立ち上がり、全てを叩き潰して取り戻すと宣言した。その姿が余りに強烈で、ずっと燻っていた彼等の魂に火をくべたのだ。

世界の為などではない。ただ、家に帰りたいという願い。友人を死なせたくないという想い。たったそれだけのことを叶えるのに、死力を尽くして戦わねばならないのだと、ようやく確信し奮い立ったのだ。

前線組に、たとえ燻っていたとしても異世界チート持ちの集団。

流石に、使徒であってもスペックが下がった状態では、強化された彼等の相手は分が悪かった。次々と駆逐されていく使徒を見て周囲の連合軍兵士達が喝采を上げる。

と、そのとき、前線を突破した使徒の一人が、クラスメイトの女子の一人に急迫した。

 

「ひっ!?」

 

思わず悲鳴を上げる女子生徒。

だが、次の瞬間、死の恐怖は驚愕に変わった。

何故なら瞬いた間に、くすんだ白髪を伸ばして晒している背に菩提樹の葉の後が描かれ胸に薄らと輝く紋様を持ったやや褐色肌の男が己の身丈程の鋼の剣を構えた男が現れ、“ふっ”と軽い声で視認出来ない速さで剣を振るい、その一撃で使徒を真3つに切り裂いたからだ。

 

「ぇあ?あ、貴方は……?」

「俺か?俺の名はジーク。…………ニーベルンゲンの歌に出てくる竜殺しである彼の力を継承(・・)したしがないホムンクルスだ。」

 

褐色肌の男……ジークはそう名乗ったら別の……白金色の髪を持つ使徒達に突っ込んで行った。

ジークが名乗る間に前線組を取り囲もうとしていた使徒が、外側から順に首を刈られて一瞬の内に絶命していく。にもかかわらず、そちらに視線を向けたときには首のない使徒の死体以外、何も、誰もいないのだ。

使徒の一人が、明らかな異常事態に周囲へ険しい視線を巡らせる。

 

「くっ、一体どこから攻撃をっ」

「目の前だよ! くそったれ!」

 

自分の呟きに正面から返答されギョッとしたように視線を正面に戻す使徒。その目に、自分の首へと吸い込まれていく小太刀の影が映った。そしてそれが、その使徒の最後の光景となった。

使徒にすら気づかれない隠密ぶり(影の薄さ)を十全に発揮して、人混みから人混みを渡り、一瞬で首を刈り取っていく。

人型で女の姿である使徒を斬るのは、途轍もない精神的負担だ。救いなのは、使徒が皆同じ姿であり、感情を感じさせない無機質さが人ではなく人形と感じさせてくれることだろう。

最凶の敵にすら「え?そこにいたの!?」みたいな顔をされる切なさと相まって、半ば自棄になりながらではあるが、天職“暗殺者”の少年――遠藤浩介は、クラスメイト一のキルポイントを稼いでいた。

 

「流石だ、浩介っ!どこにいるのか分からんが!」

「すげぇぞ、浩介!どこにいるのか分かんねぇけど!」

「遠藤くん頑張れぇ!頑張ってる姿は見えないけど!」

「えっ、あっ、そっか、遠藤くんも戦ってるんだった!」

 

ホロリと、浩介の眼から光るものが落ちた。どうやら、雨が降り出しているらしい。雨と言ったら雨だ。

そこへ、「うふふ」と少し妖艶さの含まれる声が響いた。

人混みに紛れて使徒の隙を伺っていた浩介は、ゾクリと背筋を震わせてそちらを見る。するとそこには一人の兎人族の女性がおり、浩介を横目に見ていた。

 

「君、気配操作がとっても上手ね。私じゃ敵わないかも」

「へ、あ、そうです、か?」

 

戸惑う遠藤に、ウサミミの女性はにっこりと微笑みを向ける。その笑顔に、思わず浩介の頬が赤くなった。元々、愛玩奴隷としては一番人気があっただけに兎人族は総じて整った容姿をしている。浩介に話しかけた女性も、物凄く美人だった。

そんな美人の、しかも可愛らしいウサミミの付いた女性に微笑まれて、彼女いない歴イコール年齢の童貞少年は心拍が上がるのを止められない。元々、戦場ということで興奮していたというのもあるが。

だが、そのトキメキにも似た胸の高鳴りは、直後、引き攣り顔に取って代わった。

 

「私の名前は疾影のラナインフェリナ・ハウリア。疾風のように駆け、影のように忍び寄り、致命の一撃をプレゼントする、ハウリア族一の忍び手!」

「……そ、そうですか」

「でも、君を見ていたら、この二つ名を名乗るが恥ずかしくなっちゃたわ。だから、悔しいけど“疾影”の二つ名は君に譲る。君の名前は?」

「……遠藤浩介、ですけど」

 

二つ名を名乗っていること自体が恥ずかしい、とは言えない浩介。綺麗なお姉さんは好きですか? 浩介の答えは一択だ。

 

「じゃあ、君は今日から“疾影”……ううん、私を超えているのだから……“疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート”と名乗るといいわ! 悔しいけどね!」

「いえ、結構――」

「それじゃ、お互い死なないように、でも全力で首刈りしましょ♪ じゃあね! 疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート!」

「……」

 

可愛らしい笑顔で「首刈りしましょ♪」はねぇだろとか、アビスゲートってどこから出てきたとか、それはもう盛大にツッコミたかった浩介だったが、一番衝撃的なのは技能まで使って気配を殺していた浩介をラナが見つけたこと。見つけてくれたこと。

そして――綺麗なお姉さん、ウサミミ付きは好きですか? 

 

「疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート、参る!」

 

戦場で芽生える恋というのもあるらしい。

コウスケの爪牙は、何らかの別の強化を受けているのかと疑うほど更に冴え渡り始め、使徒達の尽くを刈り取っていくのだった。

一方、そんなクラスメイト達の近くで、もう一人、目立った活躍をしているのは愛子だった。

後方からハジメお手製の「なれるっ、扇動家!ケースバイケースで覚える素敵セリフ集」をチラ見しながら、連合軍の士気が落ちないよう、時折どこかで聞いたことのあるような言葉を使って鼓舞しつつ、自分自身の戦いのために声を張り上げる。

 

「畑山愛子の名において命じます!仮初の命よ、今一度立ち上がり、敵を討ち滅ぼしなさい!」

 

そう言った直後、倒したはずの使徒の幾人かがゆらりと立ち上がった。そして、制限されていたスペックを取り戻したような勢いで味方であったはずの使徒達に襲いかかった。

天職“作農師”というハジメを除けば唯一非戦闘系天職である愛子は、自分の非力さを自覚し、ハジメ達が旅立ってから生徒達を守る為に戦う手段というものを強く意識するようになった。

そこで唯一のアドバンテージである魂魄魔法をどうにか使えないかと考えた結果、辿り着いたのがこの魔法というわけだ。ヒントになったのが、裏切った恵里の降霊術や縛魂というのは何とも皮肉であり、死体を利用するという点では凄まじい葛藤はあったものの愛子は踏み切った。

もう生徒達ばかりに汚れさせて自分だけ綺麗な場所に居続けることは、あの【神山】の上空で止めたのだ。

それに、

 

「彼が戻って来るまで、絶対に負けませんっ!」

 

そう、ダメだと分かっていながら心を寄せてしまった男の為に、絶対、負けられないのだ。もう一度、会いたいから。

 

「あははっ、愛ちゃんってば、もう隠す気ゼロだね」

「“彼”って言ったら、一人しかいないしね」

 

愛子にチラリと視線を向けながら、園部優花と宮崎奈々が小さく笑い合う。

 

「南雲くん、マジ魔王だわ。教師まで落とすとか有り得ない」

「クラスの女子も落ちてるっぽい子が何人かいたような……リアルハーレムを目の当りにするなんてね。まぁ、だからこそ、“私も”とか思えるんだろうけど」

「普通は、あのユエって子との関係みただけで身を引くと思うんだけどね。それか、あの一途過ぎる女の子を見て、とかさ。これも魔王の吸引力かな。私達も気を付けないと、うっかり惹き寄せられちゃうわよ」

「だね~」

 

今度は二人して苦笑い。そして、揃って空を見上げた。

そこには、この戦場で一番キル数を稼いでいるクラスメイトの女の子の姿があった。空を縦横無尽に駆け巡り、両手の大剣、黒銀の閃光、黒銀の羽、魔法を臨機応変に使って使徒達を圧倒している。

背中に広がる漆黒に銀の煌きが混じった四枚翼に、黒を基調としたドレス甲冑。風にさらわれなびく髪も黒。まさに堕天使というに相応しい姿で天使然とした使徒達を屠っていく姿は、どう見ても魔王の幹部と言うべきもの。

なのに、天使の方が人類を滅ぼそうとする勢力で、堕天使の方が守ろうとする勢力であるというのは何とも皮肉が効いた話である。

その大暴れしている堕天使こと香織は、黒銀の光を纏いながら残像を引き連れて、また一体、使徒を切り捨てた。

その瞬間を狙って二人の使徒が大剣を薙ぐ。それを双大剣と黒銀の翼で受け止め、香織は猛烈な勢いで回転した。途端、弾かれた二人の使徒は、間髪入れずに迫った黒銀の羽に額を貫かれて絶命した。

これで一体、何人の使徒を屠ったのか。

 

「キリがないね……」

 

思わずそう愚痴を零す香織。

 

「ならば、諦めて落ちなさい」

 

返答したのは使徒の一人。気が付けば、香織は球状に完全包囲されており、文字通り全方位を隙間なく埋められていた。

そして、次の瞬間、放たれるのは銀の閃光。正面の同胞に当ててしまう可能性を無視した遠慮容赦のない一斉掃射が、使徒で出来た球体の中心に向かって放たれる。

しかし、香織は揺らがない。

 

「諦めるなんて言葉、知らないよ?」

 

そんな軽口を叩くと、一直線に正面突破を図った。双大剣を盾にして光の奔流へと突っ込んでいく。

視線の合った使徒が、突破されることを確信して双大剣を構えた。

直後、全身から白煙を上げながら、しかし、些かの衰えも見せない眼光を放つ香織が猛烈な勢いで肉迫した。そして、黒銀の羽を撃ち出し、肩先や足先など嫌らしい部分をピンポイントで狙う。

同じく、使徒が銀の羽を撃ち出して相殺しようとした。しかし、その瞬間、その足元から光の鎖が伸びて使徒の動きを一瞬阻害した。

拘束は直ぐに分解されて霧散したが、それで十分。黒銀の羽が使徒の体を捉え、その体勢が大きく崩れる。そこへ、香織が到達する。手に持つ大剣をグッと引き絞り、刹那、神速の突きをお見舞いする。

ギギギッと大剣同士の擦れる音が響くものの、結局、突進の勢いもあって威力を殺せなかった使徒は、そのまま香織の大剣によって串刺しとなった。

だが、使徒としてはそれも狙いの内だったらしい。突き刺さった大剣の柄――それを握る香織の手をガシッと掴むと、その身をもって動きを拘束する。

そこへ、銀の羽が殺到。

香織を捉える使徒ごと葬るつもりだ。

 

「仲間なのに扱いが軽すぎるよ」

 

呆れたような表情をしながらそう呟いた香織は、殺到する銀の羽には頓着せず眼前の使徒に止めを刺すことを優先した。

僅かに、使徒の眼が見開かれる。

いくらスペックを制限されているとは言え、分解能力は健在だ。同じ使徒の肉体であるから分解能力を発動すれば対抗はできるが、それでも物量的に看過できないダメージを負う。それは香織自身も分かっているはずだ。なのに、何故……と。

直後、使徒の体は香織の大剣によって両断され、ほぼ同時に香織は銀の羽に呑み込まれた。

 

「我々の経験をトレースできていたはずですが……所詮は、紛い物ということですか。愚かな真似を」

「そうでもないよ」

 

銀の羽を放った使徒の一人が呟いた言葉に、直ぐ様返答がなされた。

まるで焦燥も動揺も感じさせない声音に使徒がスっと目を細める。

その視線の先、銀の羽が放つ光が収まった場所には体中を傷つけた香織の姿があった。

やはり、ダメージが通っていることにただの痩せ我慢だと判断した使徒は、止めを刺すべく無言で数え切れないほどの銀の羽を展開した。他の使徒達も同時に展開しているので、その中心にいる香織は、まるで星の海に飛び込んでしまったかのようだ。

だが、その銀の羽が掃射される寸前で使徒達は思わず動きを止めてしまった。

何故なら、その使徒達の目の前で瞬く間に香織の傷が癒えていったからだ。ユエの“自動再生”もかくやという速度と鮮やかさで、銀の羽に付けられた傷も開けられた風穴も、それどころか衣服まで何事もなかったように元の状態へと戻っていく。

魔法を使った様子は見えなかった。使徒に自動再生のような機能は付いていない。

困惑する使徒達は、香織を凝視して――吹いた風がさらった前髪の奥、額の部分に、黒銀に輝く十字架の紋章が刻まれていることに気がついた。

 

「それは……」

「“堕天の聖印”――私の魔法だよ。開戦する前に使っておいたの。ユエ程ではないけど、怪我をしても勝手に発動して癒してくれる便利な魔法だよ」

 

変成再生複合魔法“堕天の聖印”――体の一部に魔法陣の役目を負う十字架を刻むことで、一定時間ごとに再生魔法を発動する魔法。強力版オートリジェネとも言うべき魔法である。なお、変成魔法を使うことで刺青のような聖印は消すことが出来る。

 

「……しかし、飽和攻撃を続ければ、いつか回復量をダメージ量が上回るはず。魔力も無限というわけではないでしょう」

 

香織の言葉に、気を取り直すような言葉をわざわざ話す使徒。言い聞かせているのか、それとも本気でそう思っているのか……

香織は不敵な笑みを浮かべる。それは以前の香織なら決してしなかったような挑発的な笑み。どこかの魔王とか、その嫁の影響を受けていることがひしひしと伝わる。

 

「思い違いが二つあるね」

「……なんです?」

 

香織の雰囲気に、警戒を最大限して尋ね返す使徒。

そんな使徒に対し、香織は、双大剣を構えるとバサッと二対四枚の黒銀翼を広げながらポツリと言葉を零す。

 

「一つ――」

「――ッ!?」

 

次の瞬間、その姿が消えて使徒の真後ろに現れた。大剣を振り抜いた姿勢で。

 

「やろうと思えば、どんな飽和攻撃も避けられる」

「は、速すぎ、る――」

 

他の包囲していた使徒が唖然とする中、直前まで会話していた使徒は瞠目しながら、その体を斜めにずらして血飛沫を上げながら絶命した。

血糊を払うように大剣を薙いだ香織に、ハッとしたように使徒達が一斉掃射する。

だが、

 

「――“神速”」

 

掃射された時には既に香織の姿はなく、次の瞬間には、二人の使徒が両断されて地に落ちていった。

ギョッとしたようにその場所へ視線をやるも、やはり、その時には既に香織の姿はなく、また別の場所で使徒が両断される。

 

「く、空間転移?」

 

使徒の一人が疑問の声を上げる。が、直後、その身をふわりと風が撫でたかと思うと視界がズルリと斜めにずれるのを感じ、そのまま意識を闇へ落とした。

 

「まさか。私は空間魔法を習得してないよ。これはただ、速く動いているだけ」

「馬鹿なっ。我々に知覚できないほどの速度などっ」

「出せるよ。正確には時間を短縮しているだけなんだけどね?」

 

そう言って、驚愕に声を上擦らせた使徒を一瞬で切り裂く香織。

再生魔法“神速”――一つ一つの事象において掛かる時間を短縮する魔法だ。攻撃が相手に届くまでの時間を短縮すれば神速の一撃となり、移動時間を短縮すれば瞬間移動と見紛う速度で移動が出来る。

再生魔法は、その根源を辿れば時に干渉する魔法。ただ人の身で扱える限界が“再生”という用途に止まるというだけ。香織は、この再生魔法をメルジーネで手に入れてから、ずっと鍛錬してきた。最初に手に入れた神代魔法というだけでなく、回復役である自分にはピッタリな魔法であったことから愛着も一入だったのだ。

結果、使徒の肉体を手に入れたというのもあるのだろうが、アワークリスタルの生成に成功したように、限定的ではあるが直接時間に干渉することが出来るようになったのだ。

もちろんデメリットはあって、一回使うごとに莫大な魔力を消費してしまう。だから、戦闘が始まっても直ぐには使わなかったわけだが……

手も足も出ない圧倒的な速度で次々と駆逐されていく同胞を見て、使徒が反論の矛先を変えた。少しでも精神的に動揺させる目論見なのかもしれない。

 

「確かに、あなたは強い。あのイレギュラーに侍るだけはあります。ですが、戦争とは一個人で左右できるものではありません」

「何が言いたいの?」

「見なさい。地上を。あなたが我等の相手をしている間にも人は次々と死んでいきます。善戦しているところもあるようですが、所詮は人間。疲労やダメージの蓄積は免れない。彼等も直にただの骸と成り果てるでしょう」

「……」

「【神域】からはまだまだ我等がやって来ますよ? あなたは何も守れはしない。所詮、無駄な足掻きなのです」

 

香織は動きを止めて、言い切った使徒を静かに見返した。そして、死を宣告するように大剣の切っ先を向けてくる使徒へ、ふわりと笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「思い違いの二つ目。ダメージ量がどうとか、魔力量がどうとか……誰に向かって言ってるの?」

「なにを……」

「たとえ体が変わっても、私は“白崎香織”。天職“治癒師”を持つ、魔王ハジメくんパーティーの“回復役”だよ?」

 

そう言って、香織は大剣を逆手に持ち、その切っ先を地上へと向けた。“治癒師”としての能力を遺憾無く発揮できるようにとハジメによって改良が加えられたそれは、黒銀色に燦然と輝き出す。

そして、

 

「――“回天の威吹”」

 

直後、大剣の切っ先から黒銀の雫が一滴、地上へと落ちていった。

それは、地面から数メートルの高さでカッ! と光を爆ぜさせると戦場全体に黒銀の波紋を広げた。二重、三重と黒銀の波が連合軍の頭上を奔る。

すると、次の瞬間、既に息絶えていたはずの連合軍兵士がパチリと目を覚ました。そして、不思議そうに身を起こすと斬られたはずの胸元をペタペタと触り、何ともないと知って更に首を傾げる。

他にも、銀の羽で穿たれた者や属性魔法に殺られた者達が次々と起き上がった。そして、どうやら生きていて体の傷も治っているらしいと分かると、直ぐ様立ち上がり使徒と戦う仲間に加勢すべく駆け出していく。

一度は死んだものだけではない。当然、生きていて手傷を負っている者達も瞬く間に傷を癒された。

 

「なっ、蘇生させたっ!?」

 

上空から、その様子を確認した使徒が無感情など嘘のように驚愕をあらわにする。

 

 魂魄再生複合魔法“回天の威吹”――魂魄魔法による味方の選別と霧散しかけている魂魄の集束・固定・定着を行い、かつ、再生魔法による回復を行う。流石に、頭部を欠損していたり、両断されて体がバラバラになっていたりするなど原型を止めていない場合や、死後十分以上経っている場合は効力が及ばないものの、黒銀の雫を中心に半径四キロ以内の味方に対し蘇生と完全治癒を行う大軍用回復魔法である。

 

 これだけでも冗談のような魔法だ。しかし、香織の本領発揮は未だ終わらない。

 

「――“襲奪の聖装”」

 

 逆手に持ち切っ先を下に向けた大剣とは別に、もう片方の大剣は胸の前で上に向けて真っ直ぐに構える。そして、その宣言と共に、構えた大剣が黒銀の輝きを纏い出した。

 

 それは銀河を呑み込まんとするブラックホールのようで、その見た目に反しない効果を発揮した。

 

「っ、これは、力が抜けてっ」

 

 ただでさえ聖歌によってスペックが削られているというのに、更に力を削がれていくことに使徒が動揺をあらわにした。

 

 見れば、香織を中心に数百メートル以内の使徒全てから輝く光が漏れ出し、そのまま流星のように香織の大剣へと集っていく。

 

 そして、大剣に吸収された直後、香織の身から魔力が溢れ出した。消費した分の魔力を回復したどころか、更に多くの魔力を保有したようだ。それだけでなく、切っ先を下にした大剣を伝って、再び黒銀の雫が地上へ落ちた。

 

 先と同じく黒銀の波紋を広げる。すると、連合軍兵士達の動きが明らかに良くなった。動きのキレや力強さ、反応速度が上昇している。

 

「あなた達の力、奪わせてもらったよ」

「そんなこと……」

「出来るよ。治癒師だもの。魔力を他者に譲渡するのも本分だからね。あなた達を捕捉するのに少し時間がかかっちゃったけど」

 

 言うは易く行うは難し、だ。

 

 魂魄昇華光属性複合魔法“襲奪の聖装”――魂魄魔法による標的の選別と、他者に魔力を移譲する光系魔法“譲天”に昇華魔法を行使した複合魔法だ。捕捉した相手から強制的に魔力を奪い自己の魔力を回復したり、それを味方の身体強化に流用したりすることも出来る。

 

 もちろん、昇華魔法を使ったとしても、ただの光属性魔法で使徒から触れもせずに魔力を奪うなど普通は出来ない。香織の魔法を助けているのは、その手に持つ双大剣だ。

 

――廻禍の魔剣 アニマ・エルンテ

――福音の聖剣 ベル・レクシオン

 

 魔剣は敵対者の力を奪い己の糧とし、聖剣はその力を味方に分け与えて無限の力とする。二本で最大限の効果を発揮する、香織の“襲奪の聖装”と“回天の威吹”の行使を補助するための専用の魔剣と聖剣だ。

 

「……それでも、それでも、あなた達は勝てません。我等使徒は無限にも等しい。どれだけ小細工を弄そうと、どれだけ足掻こうとも、最後には滅びる運命なのです。それが神の御意志なのですから」

「人は滅びないよ。どんな世界でもきっと同じ。たった一人で、大した力もない男の子が奈落の底から這い上がって来たように、人は困難に呑み込まれても必ず活路を見出す。人はね、滅び方を知らないんだよ。生きたいと、誰かを守りたいと思う人が一人でもいる限り、その意志が“運命”なんてものを捩じ伏せてしまうから」

視線を交わす使徒と香織。

 

「……ならば、それを証明して見せて下さい」

 

その言葉を合図に再び、激闘が再開された。

使徒が集団で香織を襲い、香織はそれを駆逐する。

連合軍が疲弊してきたと見れば回復させ、定期的に蘇生も行う。魔力が減れば使徒から奪い、時折、地上へ援護の砲撃も行う。

他の場所でも、竜人達が獅子奮迅の活躍で使徒を抑え、地上でも各々が死に物狂いで戦い続けていた。

一体、どれほど時間が経ったのか。

赤黒い世界には既に太陽の影すらなく、時間の感覚がなくなりつつある。香織の回復魔法がなければ、とっくに連合軍は瓦解していたかもしれない。それほどまでに使徒の戦力はキリがなかった。

それでも【神域】に踏み込んだハジメが、連合軍の兵士達にとっては“女神の剣”が、全てを終わらせてくれると信じて気力を振り絞る。既に、蘇生が間に合わず事切れてしまった兵士は多数だ。

ジリジリと数の暴力に押されている感覚が連合軍を支配し始めていた。

と、そのとき、ふと【神山】上空を見上げた兵士の一人がポツリと呟いた。

 

「おい、なんだあれ……」

 

その視線の先には、明らかに勢いを増している瘴気が地上へと伸びていく光景があった。

直後、空間の亀裂から溢れ出ていたヘドロのような瘴気が、一気に勢いを増した。

そして、そのまま崩壊した【神山】の上に落ち纏わり付くように要塞へ向かって流れ出した。瘴気の先が、王都があった場所を越えて要塞正面の草原へと触れる。まるで【神山】が崩壊したときに発生した粉塵のように、あるいは雪崩のように凄まじい勢いで迫るドス黒い瘴気。

その瘴気の中に、次々と赤黒い光が出現した。直後、おびただしい数の咆哮が上がり、瘴気の奥から無数の魔物が飛び出して来た。どうやら、魔物の軍勢第二波のようだ。

更に、亀裂からも一気に数千単位の使徒が飛び出してくる。

 

「おいおい、ここに来て戦力増強かよ。上等……って言いてぇところだが……やべぇな」

 

ガハルドが返り血と自身の血で真っ赤に染まりながら、苦虫を噛み潰したような表情になった。他の兵士達などは絶望したような表情になっている。

間断なく襲いかかって来る使徒の相手でも一杯一杯だったというのに、ここに来て万単位の魔物の群れと数千規模の使徒――戦力拮抗状態が崩れかねない。

 

「第一、第二師団は、正面集中! 勢いのまま突っ込まれて乱戦にさせるなっ! 食い止めるぞっ!」

 

ガハルドの号令によって、即座に陣形が組まれていく。

地響きが伝播し、大気が鳴動する。魔物共の進撃の音、咆哮の衝撃だ。

背後に莫大な瘴気の雪崩を引き連れて溢れ出てくる魔物の大群に、ガハルドをしてじっとりとした汗が流れた。竜人も香織も、同じく溢れ出てきた使徒に釘付けにされている。異世界チート組も聖歌隊の守護に掛かりきりだ。

目算で約一キロメートル。

余りの迫力に連合軍兵士達の表情が引き攣る。

ダメかもしれない。誰とも無しに、そんな雰囲気が流れそうなった、その瞬間、

 

「――“壊劫”」

 

大地が消えた。魔物と共に。

 

「――“壊劫”――“ 壊劫”」

 

三度響いた女の声。それは、騒音で満ちた戦場においてもやたら明瞭に響き渡った。

だが、その声よりも、ガハルド達にとっては目の前の光景こそが驚愕の原因。

進軍していた魔物の先頭集団が揃って大地の底へと消えてしまったのだ。断末魔の悲鳴すら上げられずに。

直後、やたらと響くが、やたらイラっと来る声音で、その原因が連合軍の前方の平原に開いたゲートからのっそりと姿を現した。

 

「やほ~☆ピンチになったら現れる、世界のアイドル、ミレディちゃん見参ッ!あはは~、最高のタイミングだったねぇ!流石、わ・た・し♪空気の読める女!連合のみんな~、惚れちゃダ・メ・だ・ぞ♡」

 

巨大なゴーレムと、その肩に乗った乳白色のローブとニコちゃんマークの仮面を付けたちっこい人型。ふざけまくった姿のミレディは、巨大ゴーレムの肩から連合軍に「きゃるるん☆」といった感じでポーズを取りつつテヘペロっとした。どういう原理か、ニコちゃんマークの仮面がそうなったのだ。

ガハルドを含め、連合軍の時が止まった。

誰もが一様に、「なんだ、あれは」という純粋な疑問と同時に、言い様のないイラっとした表情をしている。

そこへ、リリアーナから説明が入った。曰く、ハジメ達の呼んだ助っ人であり、言動のウザさはともかく、それなりに使えるということ。今まで何をしていたのか知らないが、ようやく到着したこと、などだ。

 

「もうぅ~、みんな、ノリが悪いなぁ~。ちょっとダメかもしれない……とか無駄にシリアスしちゃってるみたいだったから盛り上げてあげようとしたのにぃ。ミレディちゃんの好意を無駄にするなんてぇ、ぷんぷん、激おこだぞ!」

 

ガハルド達の苛立ちゲージが振り切れそうになる。

だが、そんなふざけた態度を取りながらも、背後から迫る瘴気に片手を向けたミレディは、一言。

 

「――“絶禍”」

 

瘴気の頭上に生まれた禍星は、直後、凄まじい勢いで瘴気を呑み込み始めた。その中には、瘴気に紛れていた魔物達の姿もある。

 

「もうっ、ミレディちゃんの邪魔するなんて許せなぁ~い! お仕置きだぞぉ。――“崩軛”」

 

ふざけた部分の声音と詠唱の声音とのギャップが凄まじい。

詠唱の一瞬だけ、絶対零度の声音が響くのだ。

その結果、先と異なり魔物達の足が一斉に地面を離れ、とんでもない勢いで空の彼方へと飛んでいった。重力は引力と遠心力の合力。故に、引力を切断して彼方へと飛ばしてしまったのだ。

万単位の魔物が、たった一人に為す術なく蹂躙されている。大規模魔法の範囲から逃れた魔物達も、連合軍へ到達する前に飛び出した騎士ゴーレムと巨大ゴーレムによって次々と駆逐されていった。

連合軍は、彼女が“解放者”の一人であるとは知らないが、それでもハジメが頼んだ助っ人であることを大いに納得した。同じく、化け物級である、と。

地上からの魔物による進行は、ミレディとゴーレム、それを突破してきた魔物は連合軍でどうにでも出来ると僅かに安堵が広がった。

だが、その安堵は直後に崩れることになった。

先程から溢れ出ている使徒達が一塊になったのだ。その数は約千人。

一本の槍のように隊列を組んだ千の使徒は、竜人や香織の攻撃など完全に無視して一直線に降下を始めた。

当然、正面からも対空砲火がなされるが、花が散るように次々と脱落しながらも、その物量に頼って使徒達は躊躇うことなく突き進んだ。……聖歌隊に向かって。

 

「ッ、行かせないっ!」

『総員、あの使徒の群れを止めろっ!』

 

香織とアドゥルが、必死の形相で、使徒で出来た大槍を打ち壊そうと全力を振り絞る。前線を駆けていたジャンヌも急いで戻る。

地上へ落下するまでに幾百人という使徒が吹き飛んだが、それでも完全に己の身をもって塊となった使徒の群れを完全に打ち壊すことは出来ず……

 

「ダメッ、逃げてぇ!」

 

その圧力に抗しきれなかった香織が弾き飛ばされながら悲鳴じみた絶叫を上げた。

直後、使徒の大槍は、神が地上に放った神槍の如く銀の輝きを放ちながら聖歌隊の結界へと突き刺さった。

そして、周囲の者が神槍をどうにかする前に、聖歌隊を守る結界はビキビキと亀裂を広げ……遂に、轟音と共に粉砕されてしまった。

非力な聖歌隊のメンバーが、絶大な威力を前に儚く散っていく。

この瞬間、使徒達を縛っていた楔が打ち壊された。

神の使徒が、その能力を十全に発揮する。

戦場に血風が吹き荒れた。あちこちで銀色の光が噴き上がり、その周辺で拮抗していた連合軍兵士達が、一瞬の内に肉塊へと成り果てていく。勇敢な雄叫びが、ただの悲鳴へと変わっていく。

 

「一時凌ぎだけど――“崩軛”」

 

ミレディが、背後の地獄絵図の様相を呈しつつある戦場に向かって重力から切り離す魔法を行使した。目標はわかりやすい。目立つ銀の魔力。それだけを選別する。

直後、使徒達が一斉に上空へと吹き飛ばされた。錐揉みしながら一瞬で一キロメートル近く地上から離される。

だが、能力を取り戻した強化状態の使徒達にとって、それは本当に一時凌ぎでしかなかった。直ぐに体勢を整える。そこへ神槍と化していた使徒達が集まった。それだけではない。まるで人類を絶望に誘うように、空間の亀裂から更におびただしい数の使徒が出現する。

赤黒い空が星と見紛うほどの使徒で埋め尽くされた。そして、ちまちま戦うのはもう面倒だと言わんばかりに、神の使徒が討ち取られる屈辱も今は忘れようとでもいうかのように、ただ圧倒的な数の暴力に頼って、銀の魔力を集束し始める。

大結界による防御はもうない。対空砲撃や狙撃は、確実に使徒達を撃ち落としている。竜人達も、香織も、集束に集中して動こうとしない使徒達を、羽虫を落とす勢いで駆逐する。

しかし、使徒達は気にしない。矜持を置いて、損害を気にせず、ただ人類を滅ぼすためだけに滅びの光を集束する。破壊しても破壊しても、次々と補充されては集束に加わる使徒達の数が多すぎて、殲滅速度が間に合わない。

今、銀の太陽を放たれれば、連合軍の被害は甚大なんてものでは済まない。訪れるのはどうしようもない“人類の敗北”だ。

 

「させないっ、絶対にっ!」

 

香織が決意で満ちた眼差しで上空を睨みつけながら、両手を掲げた。この事態を想定して、戦場の一定箇所に設置されたクリスタルが香織の意思に反応して光を発する。それらの光は互いの光点を線で結び合い、一つの巨大な魔法陣と化した。

――香織専用 大規模守護結界石 “シュッツエンゲル”

結界師ではない香織の結界魔法を、戦場全体を覆うほどの巨大魔法陣による補助によって大結界以上に大規模展開させるアーティファクトだ。

 

「滅びなさい」

「――“不抜の聖絶”ッッ!!」

 

銀の太陽が放たれたのと、連合軍を覆うような超大規模障壁が展開されたのは同時 。

銀の槍と黒銀の防壁が衝突する。

轟音。閃光。世界が、その二つに満たされる。

 

「ぐっ、うぅうううううぁあああああああっ!!」

 

香織の絶叫が迸った。

彗星を受け止めでもしたかのような衝撃、押し潰さんとする圧力。黒銀の翼が明滅し、徐々に高度が落ちていく。

黒銀の障壁は分解能力を付与された聖絶だ。故に、使徒の分解能力を相殺して、ただの砲撃に変える性質を持っている。だが、それでも、数千人規模の使徒によるフルパワーの砲撃は、単純な威力によって香織の結界に亀裂を生じさせた。香織はそれを、再生魔法で瞬時に再生して対抗していく。

あっという間に流れ出していく魔力。

歯を食いしばり必死に高度と障壁を保つ。

使徒達は、それが神の使徒としての、せめてもの矜持だとでもいうのか、障壁を迂回して攻撃するようなことはなく、ただ、正面から打ち破ろうと次々に銀の砲撃を加えてくる。

 

『総員、障壁を展開しろ! 彼女にだけ背負わせるなっ!』

 

アドゥルの怒声が轟く。香織の背後に集まった竜人達が、それぞれ香織の障壁に重ねるようにして障壁を張っていく。

 

「多少はマシになるはずだよ。――“禍天”」

 

ミレディの重力魔法で、障壁に直撃している部分の砲撃が周囲の重力球に吹き散らされ威力を弱める。

他にも地上から結界系の魔法を使える者達――リリアーナやクラスメイトを筆頭に、全員で障壁を展開して香織を援護した。結界系の魔法を使えない者達は、“シュッツエンゲル”のもう一つの効果、兵士達の魔力を香織へ譲渡するという効果により、自分達の魔力を香織へ送り出して必死に支える。

数秒か、それとも数分か。

永遠にも等しい轟音と閃光の世界は、遂に終わりを告げた。

それも、英雄の継承者によるもので。

 

「出遅れて済まない。だが、貴方達のお陰で間に合った。──もう少しだけ耐えてくれ!」

 

その1人の言葉を信じ、皆耐えた。そこに、詠唱が聞こえた。

 

───────邪悪なる竜は失墜し

 

───────世界は今、洛陽に至る

 

「これで、耐え切れるはずだ……………幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

黄昏の極光が本来の威力を発揮して、銀の槍にぶつかった。

それも、真横からぶつかり、狙いを城塞から逸らすことが目的で。

それは幸をなし、銀の槍はあらぬ方向に落ちた。

 

「はぁはぁ、耐え、きった……」

 

肩で息をしながら、数千人規模の分解砲撃を耐え切った香織。

明らかに疲弊しているとわかる顔色だ。それは周囲の竜人も変わらない。魔力を振り絞った地上のリリアーナ達や連合軍兵士達も同じだった。全員が険しい表情となっている。

それでも守りきったと、香織は笑いながら“襲奪の聖装”を発動しようとして……

銀の太陽が、再び世界を照らし出した。

 

「我等神の使徒は無限――そう言ったでしょう?」

 

数だけでなく魔力も無限である。新たな銀の太陽を作り出しながら、睥睨する使徒の呟き。

魔力の回復は間に合わない。

もう一度撃たれては凌ぎきれない。

香織だけでなく、空を見上げる連合軍の全員がそれを悟った。

絶望が、諦観が、人々の胸中を満たす。

銀の太陽が空から落ちてきた。終わり…誰もがそう思った。だが……

香織は荒い息を吐いたまま、スっと両手を掲げた。諦めなど微塵もない強き眼差しで真っ直ぐに滅びの光を見据えたまま、魂に火をくべて、どこかにこびり付いている魔力の欠片まで掻き集めて――

戦う意志を捨てない。諦めない。

その姿が、いったい、連合軍の兵士達の内、どれだけの人々に見えただろうか。見えていたなら、きっと、その気高く美しい姿に涙したに違いない。直ぐ傍で、その勇姿を見て心震わせるアドゥル達のように。

 

「一秒でもいい。生き残ってみせる!」

 

一秒でも生き延びれば、そのとき、最愛のあの人が全てを終わらせてくれているかもしれない。

いや、きっと終わらせてくれる。

そう、信じている。

だから、死の間際、コンマ数秒だって諦めはしない!

視界の全てが銀色に染まる。

展開できた障壁は、玩具に見えるほど弱々しい。

だが、一秒。

確かに、受け止めた。

次の瞬間、

 

「……ふふっ、ほら、やっぱり!」

 

香織が愛しさと無類の信頼で蕩けたような表情を浮かべる。その視線の先には、フッと霧散していく銀の光と、カクンッと力の抜けた使徒の群れ。

直後、操り糸を失ったマリオネットのように、光のない眼差しを虚空に向けた使徒達がバラバラと地面へ落ちていった。

 

『これは、いや、待て、あれはいったい……まさか、【神域】か?』

 

アドゥルが、落ちていく使徒に困惑しながらも更なる異常事態に声を詰まらせた。

その視線の先、そこには空間そのものが揺らぎ、まるで映像でも映しているかのように様々な光景が現れては消える異常な空があった。まるで、空の上に異なる世界がいくつもあって、今にも崩壊し落ちてこようとしているかのようだ。

その有様は世界崩壊の序曲のようで、更に大気が鳴動を始めたことがその嫌な想像に拍車をかける。

 

「ハジメくん、ユエ、皆……」

 

香織は、感動も束の間、直ぐに心配そうな表情になった。見れば空間の亀裂も揺らいでおり、今にも消えてしまいそうだ。

魔力の枯渇状態で、今にも飛びそうな意識を繋ぎ留めながら、それでも空間の揺らぎへと向かおうと黒銀の翼をはためかせる。

その肩をグッと掴む者がいた。

 

「彼等のことは任せて。みんなに愛されて幾星霜、このミレディちゃんに、ね☆」

 

そう言って、ミレディ・ライセンは、口調に反して酷く優しげな声音で香織を止めたのだった。

 

 

地上side out

 


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