英雄とはこれ如何に   作:星の空

13 / 15
第13話 異世界のレベルが地上よりは確実に弱い件 -10-

燦嘹朱爀side

 

 

一人の青年と青年を乗せた白神竜は超高速で空を駆けていた。いや、何かから逃げていると行った方がいいだろうか?

彼らの背後には、彼らが通った0.1秒後に緑の閃光が上から下にかけて通り抜けたり、逆に下から上にかけて通り抜けていた。

そう、彼らは最速相手に数時間逃げ切っていたのだ。しかし、彼らは既にボロボロ。

あと数分後には緑の閃光にピチュんされてもおかしくないだろう。

 

「ちっ、英雄とほざいたと思えばイレギュラー以上の化け物とは……ウラノス、一か八かだが……賭けてみるしかない。いいか…………」

 

彼らは何かをコソコソと話しながらも必死に逃げていた。

追っている方はと言うと、

 

「フハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!どうした!?貴様等はその程度なのか!?だったらその術技や頭脳はただのお飾りか!?」

 

戦いそのものを楽しんでいる節があった。それと同時に何かを待っている気がする。

 

「ッ………………今だ!!!!」

グルルゥ…………ウガアァァァァァァァァアッ!!!!!!!!!!!!

「ッな!?」

 

4、5回程通り抜け、再びアキレウスが登って来たら、ウラノスはフリードの指示通り直角に曲がり、このまま行けば正面衝突してしまう。そこに、ウラノスはブレスを思い切り吐き、アキレウスは戦車ごと呑み込まれた。

それで、緑の閃光に終止符を打つことができたが、未だに安心出来なかった。

 

「ッ…………舐ァァァめェェるゥゥなアァァァァ!!!!」

「何ッ!?」

ブレスを吐き終わったら、懸念通りなのかはたまた偶然考えが一致していたのか、ブレスの中から無傷の(・・・)アキレウスが飛び出してきたのだ。

よく見たら、ブレスの通り過ぎたあとに空間に軽く亀裂があった。

恐らくブレスにぶつかる前に馬3頭と戦車を異空間に仕舞い、ブレスの中を生身で通り抜けたのだ。しかも無傷で(・・・)、だ。

流石にこれは驚愕ものだろう。

当のアキレウスは槍の穂先をウラノスに向けて構えており、すれ違いざまに浅くだが、腹を切り裂かれた。

羽を数度羽ばたかせて勢いを殺して振り返ると、さらに驚くことがあった。

 

「ッ!?先程より速いだと!?」

 

そう、先程の緑の閃光より倍近い速さで3次元機動をしていたのだ。

しかし、疑問に思う事もある。

 

「……いや待て、ならば何故何も無い空中であの様な動きが出来る!?」

 

その真実を知る事はないが、アキレウスに足場はある。その足場とは、手のひらサイズのストラップ程の大きさをした()を足場に多角機動をしているのだ。しかも、衝撃が強いため1度踏み込まれたそれらは崩壊しているので、足場がないように見えるだけだ。

フリードとウラノスには既にアキレウスの姿は見えず、目の前にはただの衝撃波による波しか見えていない。

逆にその波のお陰でどこにいるのかがわかるだけマシだろう。

 

「そろそろ時間なんでねぇ……トドメを刺してやる!」

 

アキレウスの声がした。そう認識した途端、フリードの目の前には物理法則を越えた速さと威力を持つ拳が見えた。

死、を認識した。そう思ったがフリードは死ななかった。代わりにウラノスが致命傷を負うこととなった。

 

「グッ……ウラノス!?!?!?!?!?」

 

フリードとウラノスはきりも見状態になりながら1つの大陸に落ちた。

その大陸は、先程カルナが目からビームを放った事で真っ二つとなった大陸で、未だに赤熱化した部分が残っていた。

落下してすぐにフリードはウラノスを見やる。

そのウラノスは下半身を吹き飛ばされ、ほとんど胸部と頭部だけになった肉体が大地にドシャリと落下した。

既に、神竜としての威容は欠片もない。その瞳から、光がスっと抜け落ちて、ただの骸と成り果てた。

 

「ウ、ラ…ノス?」

 

フリードが、力のない声音で白神竜を見つめる。

呼びかけても応えることのないその姿に、いいようのない感情が湧き上がってくる。

情報の処理が追いつかない。

宙にありながら、自分の足元がぐらぐらと揺れている気がする。

気が付けば、フリードは絶叫を上げていた。

 

「あぁあああああああああああああああああああっ!!」

 

数百万規模の魔物達が、途轍もない勢いで駆逐されていくのを尻目に、真っ直ぐ多角機動をしているアキレウスだけを睨みつけて銀翼をはためかせる。既に、その瞳には、魔物のことなど映っておらず、憤怒と憎悪の炎のみが燃え盛っていた。

渾身の力で銀の閃光を放つ。空間魔法の衝撃波を、空間の断裂を放つ。

しかし、その姿を捕えられなかった。

届かないのだ。最速が本来の移動速度と落下速度、その他様々な速度を併せ持ったその速さの極地にいる男には。

だから、

 

「がはっ!?」

 

目の前を通過──その余波だけで退けられてしまう。

全身を強かに打たれ麻痺したように硬直するフリードに、拳という落雷が襲いかかった。カッ!と目前が光ったかと思った次の瞬間には、絶大な衝撃が身体中を貫き、フリードは白煙を上げながら地面へと落下した。

大地に叩きつけられ、何度か地面をバウンドした後、ようやく止まり大の字に倒れる。

空を見上げたフリードの目には、自分目掛けて拳を突き出して落ちてくるアキレウスの姿。

否応なく、終わりなのだと理解させられる。

激情は既に消え去り、今は、何故か虚しさだけが募った。

神に迎えられた自分が、何を諦めているのか。最後の瞬間まで、敵を道連れにする覚悟で殉ずる道を行くべきではないのか。

そう言い聞かせてみても、やはり、体はピクリとも動かない。ダメージで動けないのでは……ない。動こうとする気力が、湧き上がらないのだ。

 

「私は……」

 

フリードが何かを呟きかけたそのとき、空から最速の閃光が落ちてきた。

酷く冷静な頭が、止めの一撃なのだと判断する。これで、終わりなのだと。

が、その瞬間、射線上に影が過ぎった。

 

クルァアアアアアアアアアアアッッ!!

 

「なっ!?」

 

絶叫を上げて射線上に割り込み、その身をもってフリードの盾となったのは……

 

「ウラノスっ!!」

 

そう、既に逝ったはずの白神竜だった。

上半身だけとなった体で、どうやったのか動き出し、闇色の閃光の前に飛び込んできたのである。

身の端からホロホロと身を崩していく白神竜は、驚愕に目を見開いているフリードを僅かに振り返りながらその瞳をスっと細めた。

変成魔法を使っても、言葉は聞こえない。

だけれど、そのとき、フリードには白神竜が何を伝えているのか明確に理解することができた。

すなわち、

 

「逃げろ、というのか……」

 

残った肉体そのものから極光を迸らせながら、信じられないことにティオの閃光を食い止める白神竜ウラノス――その意志。それは、主たるフリードを死なせない。

その瞬間、駆け巡る記憶の奔流。

思い出す。自分が未だ、一介の魔人族に過ぎなかった頃、どうして大迷宮に挑もうとしたのか。

(……私はただ、同胞達が何に脅かされることもない、安心できる国にしたかっただけだ。その為に力を求めたはずだった。何よりも同胞達が大切だった。その為なら何だって出来ると思っていた。だというのに……“神の意志なら仕方がない”、か……)

白神竜が押されてくる。

逃げようとしない主に、非難するような眼差しを向ける。

だが、そんな白神竜に対し、フリードはスっと首を振ると、困ったような笑みを浮かべた。

死に物狂いで大迷宮に挑み、実際、何度も死にかけながら手に入れた変成魔法で、最初に従えた竜種の魔物。それからずっと相棒だった。

確かに死んだはずなのに、自分の危機に理を超えて駆けつけた。そこに、確かな絆を感じる。その大切なものさえ、いつの間にか自分は忘れていたというのに。相棒は、死してなお忘れはしなかったのだ。

フリードの身はボロボロで、既に十全に動くことはできない。

ならば、

 

「……すまん。共に逝ってくれ。相棒」

 

――クルァ

 

それはまるで「仕方ないなぁ」とでも言っているようで。

次の瞬間、最速の閃光が放つ拳が白神竜の右横を通り過ぎ、フリードの首かわ一枚逸れた場所に突き穿った。

瞬間、大地に激震が走る。本来ならば大地は砕け、瓦礫が飛び散り、その散弾により身体を撃ち抜かれるはずなのだが、大地には強大な大きさを誇るクレーターができ、海の水が流れ込み始めるほど深かった。

 

「………………ぇあ?」

 

生きてる。

それを認識するのにしばらく時間がかかった。

 

「ッ!?ウラノス!!!!!!!!」

 

生を認識したらすぐさま相棒を気にかけた。だが、相棒は事切れる命、風前の灯だ。

 

──クルルルルッ

 

命途絶える前に訴えかけている。それは、主が生きているからこその安心であった。

 

「ったく、死の目前でンな顔してんじゃねぇよ……フリード。殺るに殺れねぇじゃねぇか。」

「貴様は………………ッ!?」

 

フリードは声のかかった方へ向いて今世最大の驚愕をした。

目の前の、ウラノスの極光ブレスですら一切の傷を負わず無傷であったアキレウスが右腕が折れて全身が血塗れだったのだ。

 

「……流石に傷を負っちまったか。大地壊す一撃を俺の肉体側に逃したらそりゃあこうなるわな。」

 

そう、彼が血塗れだったのは、本来なら大地を穿ち、瓦礫を散弾のように撒き散らすはずだったその質量を己に留めたが故に血塗れだったのだ。

 

「……何故、殺らなかった?」

「あん?その前にこれでもぶっかけな。」

 

フリードの質問に答える前にアキレウスは野球ボール位の丸いフラスコ(・・・・)を取り出して、その中身をウラノスに満遍なくかけていくアキレウス。

一体何を……、フリードがそう言い出す前に変化が起きた。

ウラノスの身体が急速に生えたのだ。再生したと言ってもいい。

再生仕切ったらウラノスは急に動き出して、フリードを咥えてアキレウスから距離を取った。

 

「…………もう一度聞く、何故殺らなかった?ウラノスを甦らせた?貴様になんのメリットがある?」

「んなもんねぇよ。」

「……は?」

「強いて言えば、てめぇが自分の意思を取り戻したからか。てめぇは何の為に力を求め、手に入れ、挙句にその竜を使役した?俺がてめぇと初対面した時に俺はその竜が可愛そうだと思ったさ。その竜は主たるてめぇに尽くしているのにてめぇはただ人形のように言いなりになって動くだけ。そんな人形に何故尽くすのか疑問だったさ。だが、今のお前を見れば何となくわかる。てめぇは魔人族の絶滅を危惧し、同族を守りたかったんだろう。だからその力を手に入れ、その心意気に竜は魅入られ尽くそうとした。そんな所だろう。」

 

見透かされていた。フリードはただそう思った。さらにアキレウスに言われて驚いた。

 

「だが、イレギュラー……南雲ハジメが現れ、ハジメの牙が魔人族に向けられることを恐れた。その恐れから排除しようとした。今までの人族と魔人族の溝からそう思ったんだろう。そして、手を出してしまった。その結果がハイリヒ王国王都襲撃時による天鎚での魔人族の大量消失。それが憎悪となり、益々ハジメに手を出そうと画策する。見事に悪循環に入りだしてるな。そこに、エヒトからの甘い声だ。いいように乗せられたな。」

「……そんな…………じゃあ……」

「てめぇはてめぇ自身でてめぇの首を締めてたっつぅ訳だ。この【神域】に来るんじゃなくて【シュネー雪原】に行きゃあ良かったな。童心に帰れたのによ。あそこの試練は本心をさらけ出し、童心を取り戻すにはうってつけだからな。」

 

この台詞に何故か浄化?みたいな何かを感じるフリード。童心……魔人族の存続がたった一つの出来事で狂い、忘れてしまうとは……自嘲する様に笑い、目の前で自壊して傷ついた英雄を見やる。

 

「俺はどっちかと言うと甘いからなぁ。先生にゃ注意されて治したと思ったんだが…………まだまだだなぁ。」

「もう1つ聞きたい。……あの時、ウラノスの極光ブレスを真正面から受けたのに何故無傷だったのだ?」

「あん?そりゃあ俺は不死だからだよ。テティスに三途の川に頭から浸かされてよ。テティスが掴んでた左踵以外は不死なのさ。それに、この踵は矢以外では傷付けれねぇ。てめぇが矢を用いてない時点で負けは確定してたのさ。」

「…………不死、か。ん?不死だと!?」

「あぁ。あ、因みにあそこで俺らを見てる奴もだからな?」

「は?…………気のせいか?ノイント共が膝抱えて座ってるんだが…………」

「彼奴は1種の兵器みたいなもんだからな。今俺らが立ってる大地も熱いだろ?彼奴の一撃でこの大地もこんなもんさ。逆によく地球は耐えたと言えるか。」

「…………は、はは、勝てん。…………俺は敵運に恵まれてないな。はぁ………………貴様はこれからどうするのだ?」

 

英雄からの軽い言葉が異様さを誇るため、若干壊れたフリード。だが、すぐに立ち直り真面目な顔をする。英雄はウラノスにかけたものを飲みながらも話を聞く体制に入っていた。

 

「…………俺はこの空間にいる魔人族達を迎えに行く。恐らく強いられた暮らししか出来ぬだろう。だが、俺とウラノスは諦めない。必ず魔人族の安定を手に入れる。」

「そうかい。頑張りな。俺は今からこの空間を壊す作業に入る。壊されるまでには逃げとけよ?どうなるか知らんからな。」

「そうか…………さらばだ。行くぞ、ウラノス!!!!」

ガアァァァァアッ!!!!

 

フリードは復活したウラノスに跨り、一直線にどこかへ言ってしまった。それを見届けたアキレウスは一瞬でカルナの元に立ち、そして一言。

 

「これより、神と人を頒つ儀にはいる。結構時間を喰うから抱えててくれねぇか?」

「あいわかった。彼女らが抱えてくれるから問題は無い。“羅針盤”を出してくれ。南雲ハジメ達の元に向かう。」

 

それにカルナは呼応し、彼女らに囁かな復讐する機会を与えるというおちゃめなことをしつつ、先陣を切り、彼を追うようにノイント達がついて行く。

ノイント達に抱えられたアキレウスはこちょこちょされても微動だにしなかったとか。

オベリクスが反応せず、閉じ込められた状況だが、ノイント達の移動術のおかげで難なく移動した。

直後にハイリヒ王国近郊の草原地帯が映っている空間の揺らぎがあり、その向こう側(・・・・)から一本の矢が波紋を広げながら空間そのものに突き立っている光景が飛び込んできた。

その矢を中心に、ぐにゃりと空間が歪み、人一人分程度の穴が出来た。

そして、そこを通って入って来たのは……

 

「やほ~! みぃんな大好き、世界のアイドル、ミレディ・ライセって、誰もいねぇし!?え、さっきまで此処に二人いたはずだよね!?」

 

彼女は英雄(バグキャラ)達のことを知らされていないのだった。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

 

白金の光が降り注いだ。

煌く光の柱は虚空からスっと地面――白亜の円柱へと伸びる。そして、人が七、八人は余裕で乗れるであろう巨大な円柱の天辺に触れると、次の瞬間にはふっと消えてしまった。

光が消えた後には片膝立ちになった人影達がいた。言わずもがな、ハジメ達だ。

ハジメは、剣呑に細めた眼差しを周囲に巡らせる。

そこは、【神域】に入って最初に辿り着いた極彩色の空間のように、ハジメのいる円柱を起点にして真っ直ぐと白亜の通路が奥へと伸びている場所だった。但し、周囲は極彩色に彩られているわけではなく、深淵のような闇に閉ざされている。

通路が純白なだけに一直線に伸びる道がやけに映える。その白亜の道の先は上へ繋がる階段になっていた。

「んで、なんでお前らも飛ばされたんだ?正直邪魔なんだが?」

「「「「うっ」」」」

(鉱物じゃないんだな……)

 

ハジメは、足元を見ながらついてくることとなった4人に聴きながら内心では別のことをポツリと呟く。

4人は既にボロボロなので、正直、何もでけないのでは?と思いながら、錬成の派生“鉱物系鑑定”を使って白亜の通路を調べるが何の反応も得られなかった。

周囲の闇も感知系能力を走らせるが反応はない。

 

(まぁ、道は一本だ。今更、未知やら罠やらに思考を割いても意味はないな)

「…………確かにもうへとへとで戦えないわね。でも、これだけはしといた方がいいかしら?」

 

雫の意味ありげな台詞に、ん?と感じるハジメ。雫、龍太郎、鈴、光輝が4つの指輪を渡してきた。

 

「この指輪が何か貴方には分かるわよね?この指輪……朱爀君が用意したそうよ。なんでもトータス外の物質ならエヒトは壊せないなら異世界のものならいいってことだよな?ってね。この指輪の中には幾つか神殺しが入っているそうだから使ってだって。私たちの分もガツンとしてやってね。」

 

雫、龍太郎、鈴は全てを託す!と目で語り、光輝は申し訳なさそう、気まずそうにチラチラとハジメを見る。

 

「…………手数が増えるなら越したことはないな。……行くぞ、シア、ティオ!」

「はい!」

「分かった。お主らもここにおれば良い。あ、でも人質にされたら妾が焼き殺すのでな。ご主人様を煩わせるわけにはいかん。」

「……気をつけるわ」

 

雫達4人を置いて静か過ぎるほど静かな空間を、ハジメとシア、ティオは泰然と歩き出した。

元から足音を消すくらい問題のないことだが、今は意識して消してはいない。にもかかわらず、ハジメ達の足音はおろか、衣擦れの音や呼吸音も全く聞こえない。まるで、周囲の闇に根こそぎ吸い込まれてしまっているかのようだ。

そんな音の無い世界を、ハジメは真っ直ぐ前を見つめたまま進んでいく。シアとティオはついて行く。

その先で待っているであろう最愛を想いながら。瞳は、敵への憤怒と最愛への切なさが混じり合って、それこそ周囲の闇の如く深淵を湛えている。

ハジメの足が階段に差し掛かった。下から見上げる階段の上は淡い光で包まれている。ハジメ達は、そのまま躊躇うことなく光の中へ身を投じた。

白に染まる視界。

そこを抜けた先は、どこまでも白かった。上も下も、周囲の全ても、見渡す限りただひたすら白い空間で距離感がまるで掴めない。地面を踏む感触は確かに返ってくるのに、視線を向ければそこに地面があると認識することが困難になる。ともすれば、そのままどこまでも落ちていってしまいそうだ。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ。埃も混じったようだが少々構わん。」

 

周囲に視線を巡らせていたハジメ達に声がかかった。

可憐で透き通るような声音。川のせせらぎのように耳に心地よい聴き慣れた最愛の声。

だが、今は少し濁っているように感じる。声音に含まれる意思が性根から腐っているからだろう、と思い、ハジメは僅かに眉をひそめた。

同時に、ふっと背後で輝いていた淡い光のベールが消える。そうすれば、黒を基調とした衣服を纏ったハジメの存在は、まるで真っ白なキャンパスにポタリと垂れたインクのようだった。

そのハジメの視線の先が不意にゆらりと揺らぐ。

舞台の幕が上がるように、揺らぐ空間が晴れた先には十メートル近い高さの雛壇。そして、その天辺に備え付けられた玉座には妙齢の美女が座っていた。

波打ち煌く金糸の髪、白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スリットから伸びるスラリとした美しい脚線。全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える。足を組み、玉座に頬杖をついて薄らと笑みを浮かべる姿は、“妖艶”という言葉を体現しているかのようだ。

並みの男なら、否、性別の区別なく全ての人間が、流し目の一つでも送られただけで理性を飛ばすか、あるいは信仰にも似た絶大な感情と共に平伏するに違いない。そう無条件に思わせるほど、圧倒的な美がそこにはあった。

だが、ハジメは無表情のまま、真っ直ぐにその美女――何故か、成長した姿のユエを見つめるだけで特に感情を波立たせた様子は見られなかった。

それは、見た目の美しさに反して、その眼や口元に浮かぶ笑みに内面をあらわすかのような“嫌らしさ”“醜さ”を感じさせられたからだろう。

それが分かっているのか、いないのか……ユエ改め、その体を乗っ取ったエヒトルジュエはニヤニヤと嗤いながら、再度、口を開いた。

 

「どうかね?この肉体を掌握したついでに少々成長させてみたのだ。中々のものだと自負しているのだが? うん?」

 

明らかに楽しんでいると分かる口調でそんなことを言うエヒトルジュエに、ハジメはわざとらしく溜息を吐きつつ軽く肩を竦めた。

 

「完璧だとも。内面の薄汚さが滲み出ていなければな。減点百だ。中身がお前というだけで全てが台無しだよ。醜いったらありゃしない。気が付いていないなら鏡を貸してやろうか?」

「ふふふ、減らず口を。だが、我には分かるぞ?お前の内面が見た目ほど穏やかでないことを。最愛の恋人を好き勝手に弄られて腸が煮え繰り返っているのだろう?」

「当然だろ。なにを賢しらに語ってんだ?忠告してやるよ。お前は余り口を開かない方がいい。話せば話すほど程度の低さが露呈するからな」

 

冴え渡る毒舌。この間、ハジメはずっと無表情のままである。何時もポジティブなシアや変態が先に出るティオでさえ、無表情。

その淡々とした語りが嫌味などではなく本心から語っているのだと雄弁に物語っており、エヒトルジュエの目元がピクリと反応した。

そして、誰が見ても仮面だと分かる笑顔を貼り付けたままスっと口を開いた。

 

「エヒトルジュエの名において命ずる――“平伏せ”」

 

極自然に放たれたのは【神言】――問答無用で相手を従わせる神意の発現。かつて、ハジメをして死に物狂いで足掻かせたその“反則”に対し、ハジメはゆらりと揺れて……

 

ドパンッ!!

 

「――ッ」

 

銃撃をもって応えた。

銃弾は、エヒトルジュエの眼前で障壁に阻まれ、空間に波紋を広げている。

 

「……【神言】が僅かにも影響しない?」

「俺の前で何度それを使ったと思ってる。ちゃちな手品なんざ何度も効くかよ」

「……」

ドンナーの銃口を真っ直ぐに向けて来るハジメに、エヒトルジュエの眼が細められる。だが、決して余裕を崩さないまま、頬杖をつく手とは反対の手を誘うように差し出した。

途端、ハジメの持つドンナー&シュラークや“宝物庫Ⅱ”など、アーティファクトの周囲の空間がぐにゃりと歪む。が、直ぐにパシッと何かに弾かれるような音と共に正常な状態へと戻ってしまった。

 

「……なるほど。対策はしてきたというわけか」

「むしろ、していないと思う方がどうかしている」

「調子に乗っているな、イレギュラーの少年。【神言】や【天在】を防いだだけで、随分と不遜を見せる」

「お前からどう見えるかなんてどうでもいい。クソ野郎。あの時の言葉、もう一度言ってやる」

「……」

 

ハジメは、チャキッとドンナーの照準をエヒトルジュエの心臓に合わせながら、朗々と宣言した。

 

「――ユエは取り戻す。お前は殺す。それで終わりだ」

 

白の空間は音を吸収しない。むしろ、凛と言霊を響かせた。

言葉の弾丸を放たれたエヒトルジュエは、その決意を踏み躙るのが楽しみだと表情を邪悪に歪めながら、組んでいた足を解き、頬杖を外して、おもむろに立ち上がった。そして、玉座を背に上段から睥睨しながら莫大なプレッシャーを放ち始める。白金の魔力が白い空間を塗り潰していく。

 

「よかろう。この世界の最後の余興だ。少し、遊んでやろうではないか」

 

エヒトルジュエの体がふわりと浮き上がった。両手を軽く広げながら豊かな金髪を波打たせて、黒いドレスの裾をなびかせる。

同時に、エヒトルジュエを中心に吹き荒れていた白金の魔力光が急激に集束し、その背後で形を作っていく。

燦然と輝きながらエヒトルジュエの背後に現れたのは三重の輪後光。その大きさは、浮き上がったエヒトルジュエを中心に一重目が半径二メートル程で、三重目は半径十メートル以上ある。

その輪後光から、無数の煌めく光球がゆらりと生み出されていく。その数は、まさに星の数と表現すべきか。だが、その壮麗さに反して放たれるプレッシャーは尋常ではない。一つ一つが、容易く人を滅し、地形すら変えかねない威力を秘めているのが分かる。

巨大な輪後光を背負い、数多の星を侍らせ、白金の光を纏うエヒトルジュエの姿は、なるほど、その内面の醜さを知らなければ確かに“神”と称するに相応しい神々しさを放っていた。

対するハジメは、

 

「出し惜しみは無しだ。――全力でいく」

 

鮮麗な紅の光を噴き上げた。荒々しく螺旋を描く魔力の狂飆はハジメの黒いコートをはためかせ、その体を紅色で包んでいく。そのエヒトルジュエの威光を前にしても僅かにも怯んだ様子のない隻眼は、いつしかレッドスピネルの如く澄んだ紅色で輝いていた。

限界突破の終の派生“覇潰”だ。この瞬間、ハジメのスペックは一気に五倍に膨れ上がった。そこに、天歩の終の派生“瞬光”が発動され知覚能力がケタを超えて強化される。

 

「やぁ!ですぅ!」

 

ハジメの宣言と共にバグうさぎが新型ドリュッケンでエヒトに殴りかかった。ティオはブレスのスタンバイに入った。

その間に宙に飛び上がったハジメは背後に無数の十字架が並び立てた。闇色と称すべき黒き機体に、紅の紋様が刻まれた十字架は、その総数、実に七百七機。

――新型多角攻撃機 クロス・ヴェルト

従来のクロスビットよりも二回りはコンパクトでありながら、纏う紅の光は背筋に滑り落ちる氷塊を感じさせるほど禍々しい。その光景は、さながら魔王が屠ってきた敵共の墓標というべきか。

お前も、この葬列に加わるのだと、無言でそう主張しているかのような今のハジメは、静かでありながら、かつてない憤怒と殺意を発し、まさに神殺しをなさんとする者として相応しい威を放っていた。

 

ガコンッ!!!!

 

ハジメのレールガンよろしく謎の壁に拒まれ距離をとるシア。無論、ブレスを発射したティオの攻撃も弾かれた。

絢爛豪華な白金の輪後光と数多の煌めく星。

暴力的で荒々しい紅の暴風と闇色の十字葬列。

それらが互いを呑み込まんと、空間を軋ませながらせめぎ合う。

エヒトルジュエが、指先まで計算され尽くしたような優雅さで片腕を突き出した。

 

「さぁ、遊戯の始まりだ。まずは――踊りたまえ!」

 

直後、数多の光星がハジメ目掛けて殺到した。それどころか、背後の輪後光からおびただしい数の白金の光が、まるで幾何学模様でも描いているかのように飛び出してくる。ある種の芸術性すら感じさせる光の流星群。球体状のものもあれば、刃のように曲線を描くものや、ブーメランのように回転しながら迫ってくるものもある。

 

「てめぇが誘うダンスなんざ、お断りだ。――フルバースト!」

 

ハジメがエヒトの誘いを鼻で笑い、号令を一言。

次の瞬間、一斉に十字架の切っ先を前方へと向けたクロス・ヴェルト七百七機が、一斉に砲火を上げた。その全てが電磁加速され、更に弾頭自体も全てが一点集中で多段衝撃波を放つ特殊弾――バースト・ブレットだ。

白金の流星群と、紅の弾丸が空間を埋め尽くす。その光景はまるで、中世の戦争において、両軍が雄叫びを上げながら激突せんとしているかのよう。死神よりも凶悪なそれらの両軍は、それぞれの指揮官のちょうど中央にて互いに破壊を叩きつけ合った。轟音と、凄絶な衝撃と、恒星が生まれたのかと錯覚するような閃光が迸る。

数多の流星が弾け飛び、紅を纏う弾丸が消滅していく。流星と弾幕は、その破壊力において拮抗しているようだ。

 

「ほぅ、これを凌ぐか。では次の一手といこうか。簡単に死んでくれるなよ?」

 

愉悦をあらわにした笑みを浮かべ、エヒトルジュエが優雅に腕をひと振りする。すると、背後の輪後光が燦然と輝きを強め、その直後、ズズズと人型の光が現れた。光そのもので構成された人のシルエットは、その手に二振りの光で出来た大剣を携えていることもあって使徒を彷彿とさせる。

 

「能力は使徒と同程度だ。しかし、この後光が照らす攻勢の中、果たして自立行動で襲いかかる光の使徒まで、対応できるかな?」

 

そんなことを言っている間にも、光の使徒はおびただしい数が生み出されていく。既にエヒトルジュエを中心に、輪後光を背にして並ぶ光の使徒の数は軽く百を超えるだろう。

だが、そんな絶望的とも言える光景を前にして、ハジメは「ふん」と鼻で嗤うのみ。そして、口にする。自軍召喚の言霊を。

 

「物量戦は錬成師の領分。使い古された木偶人形なんざ、今更だろう? ――来い、“グリムリーパー”」

 

“宝物庫Ⅱ”から紅い魔力が溢れ出る。強烈な閃光と共に膨れ上がった魔力は、まるで爆発四散するかのように飛び散り、一時的とはいえ白金に満ちる空間を紅で染め上げた。そうして、一泊後、閃光が収まった後には、

 

「これは……ゴーレムの軍団、か?」

 

呟きを漏らしたエヒトルジュエの視線の先には、紅い光を纏う数多の魔物の群れがいた。ただし、その体は鋼鉄よりも頑丈そうな鉱石で構成され、鋭い牙の奥には銃口が、背や腹には開閉する扉とミサイルが、爪は触れるだけで全てを切り裂きそうな超振動を起こしているという、異様さで溢れていたが。

――ハジメ専用一人軍隊ワンマン・アーミー グリムリーパーズ

大狼型、大鷲型、蟷螂型、大亀型、大猿型とバリエーション豊かな、生体ゴーレムの軍団。その数は百を優に超え、しかも体内にはハイブリッド兵器を満載している。痛みを知らず、疲れも知らない、魔王の殺戮軍団。

口元を釣り上げたエヒトルジュエと、絶対零度の目を細めたハジメは、同時に命を響かせた。

 

「光の使徒よ、不格好な魔物もどきを駆逐せよ!」

「死神共、木偶人形を喰い殺せ」

 

直後、光の使徒が光芒を弾きながら飛び出し、金属の魔物が咆哮を上げながら突進した。残像を引き連れながら高速移動する光の使徒に、波紋を広げながら空中を疾駆する機械の大狼は、驚いたことに同じく残像を引きながら速度で追従する。そして、背中から小型のガトリングレールガンを展開し、ガパリと開いた口元からは砲撃をぶっぱなした。

スラスターを吹かせて一気に上昇した大鷲は、遥か上空からクラスター爆弾を豪雨の如くバラ撒き戦場を蹂躙する。大亀は背中から大量のミサイルを放ち、固定砲台と化している大亀を狙って接敵してきた光の使徒を、大猿が壁のような大盾を以て防ぎ、隙を突いてソニックヴェーブを発生させる蟷螂が使徒の核を切り裂いていく。

当然、光の使徒にやられるグリムリーパーもいるにはいたが、致命を受ける度に周囲を巻き込んで自爆するので、最低でも必ず相打ちには持ち込んでいた。

 

「我が魔法に、物量で拮抗するとは……とても人間とは思えんな。しかし、逆に言えば、イレギュラーの本領とやらは、我と拮抗する程度が関の山だったということでもあ――」

「おしゃべりな、駄神だ」

 

揶揄するように言葉を放つエヒトルジュエを遮って、ハジメが、ドンナー&シュラークを抜き撃ちする。銃声は二発分。空を切り裂く閃光の数は六条。

それが、凄まじい激突を見せる破壊の嵐の中を、まるで泳ぐように潜り抜けて、術者たるエヒトルジュエを狙い撃ちにする。

ギィイイイイッ

そんな硬質な音を立ててエヒトルジュエの眼前で弾丸が塞き止められた。止められた弾丸の位置は、頭、心臓、四肢の六箇所。針の穴を通すような射撃でありながら、一発たりとてミリ単位のずれすらない。衝撃と弾幕が溢れる中で寸分の狂いもなく放たれた絶技だ。

 

「あ、あのぅ……私達、役目あるんでしょうかティオさん?」

「うぅむ、無いのではなかろうか?まぁ、出来ることは成そうぞ。」

「はいですぅ!」

 

ハジメと共にエヒトを倒すには力不足だと認識した2人はゴーレムと共に光の使徒達の相手をすることにした。

一撃目の弾丸が、刹那の内に連続した衝撃をピンポイントで放った。バースト・ブレットだ。

指向性を持たされた衝撃は、エヒトルジュエの障壁にただの一発で致命的な亀裂を入れた。そして、その真後ろに同軌道で放たれていた二発のバースト・ブレットが一発目を杭打ちするように押し込み、一気に障壁を粉砕する。

パァアアアンッと粉砕音が響くよりも速く六箇所同時攻撃の魔弾がエヒトルジュエを穿たんと迫る。

それにスっと手をかざすエヒトルジュエ。そんなことをしても、電磁加速された弾丸が止められるはずもない。あっさりそのたおやかな掌を食い破り、その奥にある心臓を穿つことは明白だ、と思われたが……

 

「我が障壁を破るとは。しかも、自動再生があるとはいえ恋人の心臓を躊躇いなく狙うその性根……楽しませくれるな、イレギュラー」

 

そんなことを言いながら唇の端を釣り上げるエヒトルジュエの掌や胸は、何のダメージも受けていないようだった。

その原因はかざした掌の先、そこに発生している小さな渦巻く黒い球体だろう。おそらく、重力魔法の“絶禍”だ。弾丸を呑み込み、そのまま超重力で圧壊させてしまったのだ。

それほどまでに微細な制御をすることも、電磁加速された弾丸をしっかり知覚して受け止める反応速度も、やはり尋常ではない。自動再生に頼らないのは遊戯のつもりか、あるいは触れることを不遜と取る神の矜持か。

この数瞬の攻防の間にハジメの方でも、クロス・ヴェルトの弾幕をくぐり抜けた流星群が到達した。拳大の光星がハジメに殺到する。

視界を埋め尽くす光の群れを前に、しかし、ハジメの表情には何の焦りもない。

 

「――ふぅ」

 

短く吐き出された呼気。

次の瞬間、光弾の群れがハジメの体を通過した。僅かにジジジッと奇妙な音を響かせながら、まるで幻影のハジメを攻撃しているかのように致死の弾丸は意味を成さずハジメの背後へと抜けていってしまう。

 

「ほぅ、見事だ」

 

エヒトルジュエが思わずといった様子で称賛の言葉を漏らす。

敵をして思わず感嘆させるすり抜けの原因。それは、どうということもない。単に、高速かつ必要最小限で避けている、それだけだ。ジジジッという音は、光弾がハジメの衣服に掠っている音。それほどまでにギリギリ、ミリ単位の見切りで回避しているのである。

常人であれば動いていないように見えただろうが、エヒトルジュエの知覚上ではハジメの体がまるで分身でもしているかのように何重にもブレては元の位置に戻るという光景が映っていた。

 

「では、これはどうだ?」

 

エヒトルジュエがゆるりと手を払う。

途端、輪後光から蛇のようにうねりながら不規則な動きで伸びる光が幾本も放たれた。それだけでなく、直径二メートルはありそうな巨大な光弾がまるでシャボン玉の如く大量に吹き出されハジメへと迫っていく。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

ハジメは“縮地”と“空力”を使いながらその場を飛び退く。光鞭が一瞬前までハジメがいた場所をしたたかに打ち据え、バブル光が空間そのものを隙間なく埋め尽くして弾け飛んだ。

クロス・ヴェルトを縦横無尽に飛ばし、グリムリーパーに命じてあらゆる角度からエヒトルジュエを狙い撃ちする。しかし、エヒトルジュエが腕をひと振りするだけで、接近した機体は全て粉砕されてしまった。

 

「……」

 

ハジメはその光景にスッと目を細めつつ、“宝物庫Ⅱ”を輝かせた。

直後、その手に握られる巨大な兵器。一見すれば、六つの回転砲身を持つガトリングレールガン“メツェライ”だ。しかし、その大きさが全く異なる。二回り以上は巨大化しているのだ。しかも、よく見れば、六つの砲身の全てが、それぞれ六つの砲身そのものとなっている。

――超大型電磁加速式ガトリング砲 メツェライ・デザストル

従来のメツェライの砲身そのものを一つの砲身と見立てた六×六回転砲身を持つガトリング砲。毎分七万二千発という怪物という評価を通り越して、発想が馬鹿とさえ言えてしまいそうなとんでも兵器だ。

ハジメが、そんなとんでも兵器の引き金を引いた。

 

ヴォッッ!!

 

と、そんな空気そのものが破裂するような異音を響かせ、一瞬で薬莢のスコールを発生させたメツェライ・デザストルは、射線上の一切――流星群も、バブル光も、光の使徒すらも一寸でボロクズのように粉砕してエヒトルジュエへと迫った。

それはもはや、紅い光の濁流だ。進路上の全てを呑み込む自然災害と同義の破壊の嵐。

 

「凄まじいものだ。だが、当たらなければ意味はあるまい? ――“白き終末の大渦”」

 

水平に伸ばしたエヒトルジュエの両手の先で、まるで白金の光が渦巻いた。煌きながら渦巻くそれは、まるで銀河が生まれたかのよう。

直後、並の障害などものともせず突破するであろう紅い魔弾の濁流は、まるで一刀両断にでもされたかのように、エヒトルジュエの眼前で真っ二つに分たれ、両サイドの銀河へと呑み込まれてしまった。当然、魔弾はただの一発足りとて、エヒトルジュエには届いていない。

 

「……これでも届かない、か。ったく」

 

思わず悪態を吐くハジメに、背後から流星群が殺到した。転移でもさせたのか、いつの間にか背後に回っていた数多の光星がハジメを呑み込まんと迫る。

それらを時に残像すら残さず、時に木の葉のようにゆらりゆらりと揺れながらかわし、ドンナーとメツェライ・デザストル、それにクロス・ヴェルトを駆使して流星群の隙を見つけてはエヒトルジュエに紅き閃光を伸ばすハジメ。光の使徒と激戦を繰り広げる機械式の魔物達も、隙あらばエヒトへ攻撃の手を伸ばしている。

白い空間は美しく乱舞する白金の光と、その間を縫うように駆け巡る紅い閃光で傍から見れば心奪われずにはいられない絶佳というべき様相を見せていた。

そんな中、攻防の手を全く緩めることなく、そしてハジメの銃撃やグリムリーパー達の攻撃を捌きながら、エヒトルジュエは余裕の笑みを浮かべてハジメに話しかけた。

 

「そう言えばイレギュラーよ。アルヴヘイトをどのようにして仕留めたのだ?あれも一応は、神性を持つ我が眷属だ。いくらお前と言えど、そう簡単に討たれるとは思えないのだがな」

 

大きく迂回しながら四方よりハジメを狙う回転光星を、独楽のように回りながらドンナーで迎撃しつつハジメは鼻で嗤いながら返答した。

 

「ハッ、あの俗物が神?笑わせるなよ。無様に命乞いしながらあっさり死んだぞ。あれなら迷宮の魔物の方がまだ根性がある。それに、神の子からその神性とやらが一切なかったと言ってたしな。」

「ほぅ、あっさりとなぁ……デマだろう。」

 

バブル光が空間を埋め尽くす。ハジメはメツェライ・デザストルを仕舞うと、代わりに“アグニ・オルカン”を取り出し前方目掛けてミサイルの群れを発射した。

凄まじい轟音と爆炎が上がりバブル光の檻に穴が出来る。

そこを瞬時に駆け抜けてアグニ・オルカンの照準をエヒトルジュエに合わせて引き金を引く。

が、その瞬間、エヒトルジュエがパチンッと指を鳴らした。同時に何もない虚空から突如、雷が降り注いだ。極限まで集束・圧縮されたそれは、もはや雷で出来た槍だ。名付けるなら、神の放つ雷の槍――“雷神槍”といったところか。

 

「っ」

 

感知系能力に反応する暇もなく、僅か数メートルの死角から雷速で飛来したスパークする白金の槍はあっさりとアグニ・オルカンを貫いた。それだけでフレームが変形し、更に内部のミサイルに詰められた燃焼粉に引火して大爆発を起こす。

咄嗟にアグニ・オルカンを投げ捨ててその場を離脱したものの、一発でも絶大な威力を誇るミサイルが至近距離で何発も爆発した挙句、雷神槍もまた圧縮した雷を四方に撒き散らしながら破裂したこともあって、ハジメはダメージを負うことを避けられなかった。“金剛”や見かけ以上に頑丈な金属糸と魔物の革で作られた衣服を貫いたことから、その威力の高さが分かるだろう。

 

「ぐぅ……(即時発動、ランダム座標からの雷速攻撃……やっぱ、まだまだ手札を持っているか)」

 

思わず呻き声を上げつつ、内心で呟くハジメを尻目に、エヒトは何事もなかったように話を続ける。

 

「隠すことはない。分かっているぞ。概念魔法を発動したのだろう?お前にとってあの時は極限と言える状況だった。まさか、アルヴヘイトを打倒し得るほどに強力な概念を生み出すなど、我にとっても予想外ではあったが……」

「……」

 

アグニ・オルカンを失ったハジメは、一瞬、何かを考えるような様子を見せると、周囲に炸裂手榴弾をばら撒いてバブル光を弾き飛ばしながら再びメツェライ・デザストルを取り出した。そうしてエヒトを牽制しながら、クロス・ヴェルトを操り、その内の一機をエヒトルジュエの頭上に位置させた。

 

「大方、“神殺し”の概念でも作り出したのだろう?そして、その切り札を懐に忍ばせて、これならばと希望を抱きながらここまで来た。ふふふ、可愛いものだ」

 

エヒトルジュエは頭上のクロス・ヴェルトに視線すら向けず、それどころか口を閉じることもなく手を頭上で薙いだ。

それだけで、発砲寸前だったクロス・ヴェルトが不可視の刃に寸断されて爆発する。内蔵された弾丸が破片手榴弾のように周囲を殺傷しようと飛び散るが、それすらエヒトルジュエの手前の空間で弾かれて届かない。

その様子を見て、しかし、ハジメは舌打ちするでもなく、愉悦に浸りながら語るエヒトの様子に注視し、スッと目を細めた。そんなハジメを気にするでもないエヒトは、更に滑らかに舌を滑らせる。

 

「それを使えば、我と吸血姫の魂を切り離すことが出来ると、我だけを殺せると、そう思っているのだろう?」

「……バレバレか。まぁ、誤魔化す気もない。俺の切り札(・・・)は強烈だぞ? その余裕の表情を直ぐに恐怖と後悔に歪めてやる」

「ふはっ、未だこの女の魂が無事でいると信じているのだな。ありもしない幻想に縋りついて吠えるその姿、真、滑稽の極みだ」

 

そう言って、再び鳴らされるフィンガースナップ。

直後、ハジメがガクンッとつんのめるように動きを止める。

 

「――ッ」

 

原因は明白。ハジメの持つメツェライ・デザストルが歪む空間に捉えられていたのだ。その空間の歪みは、ギュッと押し固められたように形を取り正方形のブロックとなった。その中央にメツェライが固定される。

ほぼ同時に、再び何の前触れもなく虚空から雷の槍が飛来した。

 

「くそっ」

 

思わず悪態を吐きながら、ハジメはメツェライ・デザストルを“宝物庫Ⅱ”に格納することで逃れようとする。しかし、それを見越していたかのように、エヒトルジュエから「――“捕える悪夢の顕現”」と呟きが響いた。

ハジメの首が飛ぶ。四肢がもぎ取られ、心臓を穿たれる。

 

「カァッ!!」

 

裂帛の気合が迸った。

発信源は死んだと思われたハジメから。先程の光景はエヒトルジュエが掛けた幻覚だ。下手をすれば、それだけで命を奪いかねないほどリアルな幻覚。それを体内の魔力を爆発させる勢いで活性化させ吹き飛ばした。

だが、一瞬、意識を奪われたことに変わりはない。その代償はメツェライ・デザストルだった。

雷神槍が突き刺さる。メツェライ・デザストルはアグニ・オルカンと同じ末路を辿ることになった。

――強い

ハジメは素直に、そう評する。

術の展開、発動規模、速度、威力、どれをとってもかつてのユエを軽く超えている。魔力が尽きる気配もない。輪後光から放たれるおびただしい数の流星は、ほぼ自動なのか制御に苦心する様子は欠片もなく、光の使徒も無尽蔵に生み出され、その合間に強力極まりない神代級の魔法を連発してくる。

ハジメでなければ瞬殺必至だ。

自慢のアーティファクトを二つも失ってしまったハジメを、更に追い詰めるようにエヒトルジュエは意気揚々と口を開いた。

 

「中々に、甘美な響きであった」

「あ?」

「吸血姫――ユエだったか。お前の女の悲鳴は、甘く蕩けるようであったぞ」

「……」

 

ストンとハジメの表情が抜け落ちる。

 

「肉体の主導権を奪われ、もはや魂魄だけとなった身でよく抗っていた。だが、抗えば抗うほど魂には激痛が走っていただろう。……クックックッ、我には見えていたぞ。身の内で必死に歯を食いしばって耐えている吸血姫の姿がな。それもやがて耐え切れなくなり、悲鳴を上げ出した。そして、己の魂が端から消えゆく様に恐怖し、震えながら……最後の言葉は、『……ハジメ、ごめんなさい』だったか。ふふふ」

「……」

「そうやって消えていったのだよ。恐怖と絶望を存分に味わいながらな。分かるかね? イレギュラー。お前の追って来た希望など、最初からありはしないのだよっ! ふはっ、ふはははははっ」

 

哄笑を上げるエヒトルジュエ。確かに、ハジメの魔眼にはユエの魂が映らず、白銀色の魂が溶け込むように根付いているのが見て取れた。それは、いかにも、エヒトルジュエの言葉が真実であると示しているかのようで……

ハジメは無言でいくつもの手榴弾を上空に投げた。それをドンナーで余さず撃ち抜く。その瞬間、手榴弾を中心に周囲の光星が纏めて地に落とされた。

使ったのは重力手榴弾――発動と同時に超重力地帯を作り出す特殊効果を持つ。その効果によって周囲の光弾が落とされたのだ。

ハジメの手にはシュラーゲン・AAが握られる。一瞬でチャージを完了した貫通特化の八十八ミリ狙撃砲アハト・アハトがその咆哮を上げた。

重力手榴弾により薄くなった弾幕地帯を無人の野を行くが如く、放たれた紅の閃光は真っ直ぐに突き進む。

エヒトルジュエは手をかざす。眼前に可視化した障壁が二重、三重と重ね掛けされる。

シュラーゲン・AAの牙は、一枚目の障壁を爆砕し、二枚目を一瞬の拮抗の後に食い破り、三枚目の障壁すらも砕いてエヒトを強襲した。が、三重の神性障壁は明らかに砲撃の威力を減衰させており、そうなれば、当然、エヒトの両側に控える白き大渦の影響を無視することなどできない。八十八ミリの砲弾は、虚しく軌道を捻じ曲げられ、圧壊の渦へと呑み込まれてしまった。

 

「我は神ぞ。自動再生がある限り貴様の攻撃など何の痛痒も感じはしないが……触れること自体が不遜と心得よ」

 

そして、そんなことを言いつつお返しだとでも言うようにニヤリと嗤いながら優雅な仕草で手を振るう。

 

「――ッ」

 

直後、ハジメの四方上下の空間そのものが弾けた。それにより生まれるのは絶大な衝撃。魔王城で放たれた“四方の震天”を更に強力かつ精密にした空間爆砕だ。更に、その後ろから、転移でもさせたのか、いつの間にか回り込んでいた圧倒的な物量の光星が迫って来ているのが分かる。

これまたノータイムかつ逃げ場のない圧倒的な攻撃に、ハジメは可変式大盾“アイディオン”を取り出した。瞬時にギミックが作動しハジメを覆う球状の盾が展開される。

轟音。

全方位から放たれた空間爆砕の衝撃は、一撃で“アイディオン”の一層目を木っ端微塵に吹き飛ばした。凄まじい衝撃が伝播してきて“アイディオン”を支えるハジメの左腕が悲鳴を上げる。

そこへ追撃の嵐。莫大な量の光星が、復元する間もなく次々と襲いかかった。光の嵐に呑み込まれた“アイディオン”は、まるで恒星のように輝く。

それでも、どうにか突破を許さない強固さは難攻不落の城塞と称するべきか。

だが、その防御力もエヒトルジュエにとっては面白い余興に過ぎないようで、おもむろに手を掲げるとその掌に蒼白い焔を生み出した。そして、そっと息を吹きかけるようにして送り出す。

スっと音もなく飛翔した蒼焔は、未だ集中砲火を受けている“アイディオン”に突撃し――そのまま防壁をあっさりと透過した。

直後、

 

「がぁああああああっ!?」

 

響き渡る絶叫。

“アイディオン”のギミックが解かれて、そこから蒼い焔に巻かれたハジメが飛び出して来た。

間髪入れず迫る転移してきた流星群を、グリムリーパー達が主の身代わりとなって防ぎ、鋼鉄の雨を降らせた。

シアとティオは自分達にも飛来してきたそれの対処でハジメに近づけず。

さらに、周囲に呼び寄せて結界を張ろうとしたクロス・ヴェルトも、数十機単位で雷神槍に貫かれて爆発四散する。そんな周囲の犠牲に歯噛みしつつ強引に包囲を突破して、苦痛に歪んだ表情のまま紅の魔力を収縮。次の瞬間には衝撃に変換して蒼焔と殺到する光星を辛うじて吹き飛ばす。

同時に、後に残された“アイディオン”が、鉄壁を崩して内への隙間を開いた為に内外から攻撃を受けて木っ端微塵に粉砕されてしまった。

 

「はっははははっ、先程までの大言はどうしたのだ?随分と見窄らしい姿になっているではないか」

「ハジメさん!?」

「ご主人様!?」

 

エヒトルジュエが可笑しそうに嗤う。シアとティオには数発だが、ハジメは数百を越える。故に……エヒトの視線の先には、あちこちに火傷を負い服の一部も焼損させて荒い息を吐くハジメの姿があった。

魔力も蒼炎と光星の吹き飛ばすのに相当量を衝撃に変換したようで、かなり目減りしている。“全属性耐性”や“金剛”の護りを気休め程度にしてしまう威力には戦慄せざるを得ない。

 

「はぁはぁ、今のは……ユエの……」

「いや、我のだよ。吸血姫も使えたようだが、元々、我が使っていた魔法だ。あらゆる障害を透過し目標だけを滅ぼす。“神焔”というのだ。どうだ? 中々、美味であっただろう?」

「……」

 

ハジメは答えない。それよりも魔力を回復力に変換して少しでもダメージを治癒することに意識を注ぐ。出来れば回復薬を飲みたいところだが、果たしてそれをエヒトルジュエが許すかどうか……苛烈な攻撃を受けた後とあっては、隙は見せられなかった。

ハジメはユエの体を完全に掌握したというエヒトルジュエの実力に、内心で苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

だが、当然、それを表情に出すことはなく、代わりに反抗と不屈の眼光を叩き付ける。

 

「ふむ、最愛の女は既に消えたと言われても、未だ折れる気配すら見せないか……」

「当たり前だ。お前の言葉を、何故、俺が信じてやらなきゃならないんだ?戯言が好きなら一人で好きなだけ語ってな」

 

ハジメの物言いに苦笑いを浮かべるエヒトルジュエ。まるで、ハジメの回復を待ってやっているかのように攻撃の手を緩めて話し出す。

 

「本当に、お前という存在はイレギュラーだ。フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」

「……何故、今回に限って召喚なんぞしやがった」

 

人間と魔人の戦争ゲーム。エヒトルジュエが催した最低の遊戯。そのバランスをフリードが崩したのだという言葉に、ハジメは僅かに眉をしかめた。フリードの大迷宮攻略が、神の意図したものではないイレギュラーなことだったと言われたのが少し意外だったのだ。

 

そして、大迷宮攻略者なら、三百年前、ユエの叔父であるディンリードも同じである。しかし、ハジメが学んだ史実において、その時、勇者召喚が行われた記録はないし話を聞いたこともない。

何故、今回だけ、という疑問は巻き込まれた者としては当然に思うところである。単にエヒトルジュエの話に付き合って回復の時間を稼ぐという意図もあったが。

 

「昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな。まさか、吸血姫の他に竜人まで生きていたとは思わなかったのだよ。どちらも上手く隠れたものだ。……この世界に良い駒がいないのなら別の世界から調達するしかあるまい」

「……別の世界、ね」

「そうだ。もっとも、お前達の世界に繋がったのは全くの偶然ではある。どうせならと、我の器と成り得る者、親和性の高い者を探した結果だ。神の身なれど、世界の境界を越えることは容易くない。まして、器なき身では【神域】の外で直接干渉することもままならんほどだ。結果として、どうにか上の世界から引き摺り落とすことには成功したわけだが……お前のようなイレギュラーを含む、おまけが多数付いて来てしまった」

 

エヒトルジュエの話からすれば、光輝はユエと同様、器としての可能性も考えて選ばれたようだ。おそらく、導越の羅針盤タイプの魔法を使って探り当てたのだろう。だが、肉体という器がないエヒトルジュエは【神域】の中でしか十全に力を振るうことが出来ず、しかも上位の世界である地球には力の制御も上手く出来なかったようだ。

その結果が、クラスメイト全員の召喚だったということだ。つまり、本当に、光輝以外は神すら意図しない“巻き込まれ”だったらしい。迷惑なことこの上ない話だ。

 

「もっとも、そのおかげで三百年前に失ったと思っていたこの最高の器を見つけることが出来たのだから僥倖だったと言えるだろう。ふふ、これで【神域】の外でも十全に力を発揮できる。異世界へ渡ることも容易い」

 

おそらく、使徒の肉体でも神を降ろす肉体としては不十分なのだろう。そうでなければ、これほど器を手に入れたことに歓喜を見せるはずがない。

己の手を握ったり開いたりしながら悦に浸るエヒトルジュエに、ハジメは、実はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「エヒトルジュエ……お前はなんなんだ?」

「抽象的に過ぎる質問だな。イレギュラー。だが、何と言われれば、当然、答えは決まっている。全てを生み出し支配する神である、と」

 

超然と創造神にして支配神であると名乗るエヒトルジュエ。

だが、それをハジメは鼻で嗤う。

 

「いいや、お前は神なんかじゃない。この世界を創造なんてしていないし、全てを支配してもいない。人が想像する超自然的な存在なんかじゃない。ただ、人より強大な力を持っているだけだ」

「……ほぅ。何を根拠に、そのようなことを?」

 

興味を惹かれたのかエヒトルジュエが尋ね返す。

 

「簡単だろう?お前の知覚は、奈落の底のユエを、そして、この大陸の外に隠れた竜人族を捉えられなかった。お前の力はこの大陸のみ、それも奈落には届かない程度の範囲にしか及ばないんだ。そんなもの創造主にしては矮小すぎるだろう?」

「クックックッ、我を矮小と言うか。それで? 神でないなら何だと言うのだ?」

 

ハジメは、どこか苦虫を噛み潰したような表情で回答を突きつける。

 

「……お前は俺達と同じ“異世界の人間”だ」

「ふむ。神でなく強大な力を持っているから、自分達と同じ外の世界の人間だと……そう言うわけか」

「それだけじゃない。そもそも“外の世界”なんて概念を知っている時点でおかしいんだよ。“この世界にいないから他の世界の人材を”……そんな発想は異世界が存在することを最初から知っていなきゃ出てこない。ファンタジーな娯楽が溢れる俺達の世界ですらただの妄想の類だってのに。これが世界を創造できる程の存在なら知っていることも納得出来るけどな、さっき言った通り、お前が全知全能な超常の存在でない以上、俺達と同じ理由で異世界の存在を知っていたと考えるのが自然だ」

 

その言葉に、エヒトルジュエは「ふむ」と頷いた後、わざとらしくパチパチと拍手を始めた。

 

「見事、と言っておこうか。確かに我は異世界の人間だった。元々は(・・・)、ただ魔法の極みに至っただけの、な。もっとも、幾星霜の時を経て集めた信仰が我の魂を昇華させ神性を与えた以上、神であることに違いはない」

 

そして、おもむろに手を掲げる。直後、虚空に雷鳴が轟き、蒼炎が爆ぜ、暴風が吹き荒れ、空気が凍てつき、白煙が渦巻いた。

ハジメにとって見慣れた光景。しかし、そこに集束される力の大きさは過去に見たそれを遥かに凌駕する。

生まれゆくは五体の天龍。ユエが作り出した重力魔法と最上級魔法が複合された凶悪にして壮麗な蹂躙の権化。それらの天龍が、ギロリと赤黒い双眸を(・・・・・・)ハジメに向けた(・・・・・・・)

ユエの天龍とは明らかに異なる天龍の気配。ハジメの魔眼は魔法で構成された天龍に核以外の物質を捉える。その脈動を打つ赤黒い鉱石は明らかに魔石だ。

どうやら、天龍に変成魔法を使って魔物化させたようだ。素材は空間魔法で取り寄せたのだろう。魔物だけでなく使徒の気配も混じっている。天龍の厄介さを熟知しているだけに、それらに術者の制御を離れ自律的に獲物を襲うというおまけが付いたことに、ハジメは内心冷や汗を流さずにはいられない。

(物量戦で圧倒できない上に、ここに来てまた厄介な新手を……まぁ、楽に行けるとは思ってなかったさ。覚悟なら、出来ている)

内心で独り言ちるハジメの視線の先で、五体の天龍は、エヒトルジュエを中心にしてとぐろを巻くように宙を泳いでいる。

大人の姿になったユエが壮麗な龍を従えるその姿は、まさに神話に出てくる女神のようだ。否、どの神話の女神とて、輪後光を背に天龍を侍らす今のユエの姿を前にしては霞まざるを得ないだろう。きっと、美の女神であるアフロディーテですら裸足で逃げ出すに違いない。

その神々しいまでの美貌を台無しにする中の人が、嫌らしく嗤いながら口を開いた。

 

「さて、イレギュラー。少しは回復したかね? そろそろ、遊戯を再開しようではないか。その間、少し昔話をしてやろう。出来るだけ長く足掻くのだぞ? 自身のことを話すのは随分と久しい。我の興を満たせ」

「言われなくても足掻くさ。俺自身の為になっ」

 

次の瞬間、五天龍から一斉に咆哮が上がり、ハジメに凄絶な殺意と威圧がのしかかる。同時に輪後光の流星群も再開された。白き空間が魔物と化した天龍と光の奔流に埋め尽くされた。

五天龍の咆哮が空間を震わせた。

半魔法体でありながら、魔物と化した天龍達は、術者の制御を離れて自立的に獲物を狙う。放たれるプレッシャーは、かつてユエが行使した天龍を遥かに越えている。その身を構成する五属性の魔法も、進化というに相応しい凶悪さを持っているだろうことは明白だ。

 

「私のいた世界は魔法を基礎とした世界だった。自慢ではないが、その発展具合は相当だったと記憶している。アーティファクトの類も溢れていて、人が自由に空を飛び、遠方と連絡を取り、移動は転移で、寿命さえも魔法医療によって数百年単位で延命が可能だった。魔法やそれに連なる技術によって豊かな世界だったと言える」

 

パシィ!と軽い音を響かせて、雷龍が姿を消した。否、その巨体を一筋の雷に変えて、雷速移動したのだ。次の瞬間、現れたのはハジメの側面。

(速い……が、雷速程度ならっ)

雷鳴の咆哮を上げながらガパリと開かれた顎門が急速に周囲の一切を引き寄せる。光星すら呑み込まれ消滅していく中、同じく引き寄せられそうになったハジメは咄嗟に幾つもの重力手榴弾を虚空に取り出した。

あっさり吸い寄せられる重力手榴弾を、ちょうど雷龍の口内に入った瞬間に撃ち抜き超重力場を発生させる。

あらゆるものを呑み込みながら迫っていた雷龍は、突如発生した下方への圧力に押し潰され“空力”で宙に留まるハジメの下を通過した。

 

「だが、発展し過ぎた世界が末期を迎えるというのは自然なこと。我の世界も、その例に漏れなかった。といっても、資源が尽きたとか、価値観、あるいは経済的、政治的な思想の相違から発生した終末戦争だとか、そういうことが原因ではない。もっと、どうしようもない理由だ。分かるかね? イレギュラー」

「っ」

 

エヒトルジュエの問いかけに、しかし、ハジメは答えない。答える余裕がない。

雷龍を凌いだ後には、真後ろに回り込んでいた蒼龍が莫大な熱量と共に肉迫して来たからだ。

眼前には流星群。下方には雷龍、左右には嵐龍と氷龍がいる。かわせば間違いなく、その直後を狙われて看過し難いダメージを負うことになるだろう。

故に、ハジメは可変式円月輪“オレステス”を虚空に取り出した。

即座にカシュンと音を立てて三分割されワイヤーで形作られた円形ゲートが出現する。そこへ蒼龍は正面から突っ込み、直後、右サイドから迫っていた氷龍の頭上から飛び出した。もう一つ可変式円月輪を“気配遮断”させながら飛ばしておいたのだ。

突然現れた天敵でもある蒼龍に衝突されて氷龍が苦痛の咆哮を上げる。そして、そのまま蒼龍を転移させたオレステスを睨むと氷雪を吐き出した。それによって、オレステスが液体窒素でもぶっ掛けられたようにビキビキッと一瞬で凍てつき、直後、光星に被弾してあっさり砕け散ってしまった。

氷龍の咆哮もオレステスの粉砕音もものともせず、スルリとエヒトルジュエの声が届く。

 

「理に至ってしまったのだよ。世界に満ちる情報そのものに、物質に、生命に、星に、時に、境界に、干渉できるようにまで魔法技術が発展してしまった。そして、研究者とはいつの時代も好奇心を抑えられないものだ。世界に広がった理への干渉技術は玩具のように弄り回され……世界を壊す原因となった。我等の世界は、魔法を扱う者達の好奇心に殺されたのだよ」

 

ハジメがクロス・ヴェルトで光星を相殺する。更には、グリムリーパー達に命じてエヒトルジュエを狙わせる。大鷲型のグリムリーパーがエヒトルジュエの頭上からクラスター爆弾をばら撒いた。しかし、爆弾のスコールは輪後光から放たれた流星群によってあっさり粉砕され、キラキラと粒子を振りまくだけ。ハジメの攻撃は、エヒトルジュエにまるで届いていなかった。

エヒトルジュエの表情には煩わしいという表情すら浮かんではいない。

 

「理が崩れ、徐々に崩壊していく世界……まさに阿鼻叫喚の地獄絵図といった有様だった。もうどうすることも出来ない。星と共に人類は滅びる以外の道がなかった。一部の“到達者”以外はな」

 

制御できる全てのオレステスを取り出し、五天龍に対応しようとするハジメだったが、話しながらエヒトルジュエはパチンッと指を鳴らした。

直後、虚空から数百単位の雷神槍が降り注ぎ、全てのオレステスを塵も残さず焼滅させてしまった。しかも、ご丁寧に圧縮した雷を解放して蜘蛛の巣のように四方八方からハジメを襲う。“金剛”を強化しつつ、急いで離脱するハジメだったがノーダメージとはいかなかった。肉を焼かれ、僅かに神経を侵される。

そこへ、石龍と雷龍が襲い来た。

 

「“到達者”――お前達の言う神代魔法、その真髄を個人で扱える者達のことだ。彼等は、彼等だけは助かる方法を見つけた。それすなわち、異世界への転移だ。ふふっ、笑えるだろう?世界を壊した張本人達だけが滅びから逃れることが出来たというのだから」

 

エヒトルジュエの皮肉を含んだ嗤い声が響く中、両端に鉱石が付けられたワイヤーが虚空を飛翔する。

それが、迫っていた石龍と雷龍に空中でぐるりぐるりと幾重にも巻き付いた。直後、鉱石から猛烈な波紋が広がった。遥かに効果を増した拘束用アーティファクト“ボーラ”だ。

鉱石に連動してワイヤー部分も直接空間に固定される発展型なので、半魔法体である天龍もしっかりと拘束している。

二体の天龍が拘束を解こうと咆哮を上げながら大暴れする。

ハジメはシュラーゲン・AAを再び取り出し、魔眼石が伝えるままに照準を合わせて引き金を引いた。

スパークを迸らせ、咆哮を上げたシュラーゲン・AAは、そのまま雷龍の口内に飛び込み、雷をものともせず突き進んで中の魔石を破壊する。

同時に、ドンナーから撃ち放たれた同軌道の弾丸六発がクロス・ヴェルトの集中砲火によって空けられた石龍の口内の穴を更に穿つ。一瞬で石化し脆いただの石になる弾丸だったが、それでも石龍の中を進撃し、最後の一発は石化することなく魔石を撃ち抜いた。

最後の弾丸は、封印石コーティングの弾丸。シア達の武装や大盾などに惜しみなく使っていたので余り量はなく、使いどころを考えなければならない特殊弾だ。

見事、二体の天龍を打倒したハジメだったが、その為に足を止めた代償は大きかった。

 

「そうして我を含めた“到達者”達はこの世界へとやって来た。当時は驚いたものだ。何せ、我等の世界とは比べるべくもないほどに原始的な世界だったのだから。特殊な力を持った強大な生物が蔓延り、人類は穴蔵のような自然の影に隠れながら細々と生活していたのだ」

 

エヒトルジュエが、思い出すように遠い目をしながら片手間に手を振るう。

途端、ハジメの足元が空間ごと固定されてしまった。話に集中している癖にハジメが足を止めた瞬間をしっかりと把握していたようで、メツェライ・デザストルを捕えた空間の固定化と同じくブロック状に圧縮された空間がハジメを完全に捕えた。

(やべぇっ)

ハジメの表情に焦燥が浮かんだ。直ぐさま魔力を衝撃に変換して空間固定を破壊しようとする。

が、その隙を逃すほど相手も甘くはない。

動けないハジメに嵐龍が咆哮を上げながら襲い掛かった。顎門がハジメを呑み込んでバクンッと閉じられる。体内に内包する風刃と礫が容赦なくハジメを襲う。“金剛”を貫きハジメにダメージが通る。血飛沫が舞い散り、ゴキベキッと生々しい嫌な音が響いた。

拷問にも等しい暴虐の嵐の中で、ハジメは裂帛の気合と共にシュラーゲン・AAの照準を合わせ体内から嵐龍を食い破る。

自らが作り出した魔物が殺られたことなど気にもならない様子で、エヒトルジュエの語りは続く。

 

「そのような世界で、我等“到達者”は開拓を決意した。太古から生きる怪物共を駆逐し、原住民達に叡智を与えた。小さな村はやがて町となり都となって、いつしか国となった。その頃には我等は既に神として崇められていたな。理の秘技を使い信仰心を力に変換し、魂魄の強化・昇華を図りだしたのもこの頃だったか」

 

破裂するように砕け散った嵐龍の中から飛び出したハジメだったが、その身は血塗れとなっており見るからに悲惨な状態だった。

だが、息つく暇もなく氷龍が咆哮を上げる。

ハジメは反対側から迫って来た蒼龍に有りっ丈の“ボーラ”を投げつけ、更にクロス・ヴェルトで牽制しつつ、グリムリーパー達に集中攻撃させ、開いた氷龍の顎門に向かってシュラーゲン・AAを向けた。途端、シュラーゲン・AAが先端から凄まじい勢いで凍てついていく。

 

「座標攻撃かっ」

 

どうやら、対象座標の温度を直接下げることが出来るらしい。ユエの扱う氷龍にはなかった能力だ。

既に引き金を引くことは出来ず、そのまま義手まで凍てつきそうな勢いである。しかも、エヒトルジュエの指揮によってタイミングよく流星群や光の使徒がハジメの左側面に殺到した。

光の使徒だけは、グリムリーパー達の自爆攻撃とクロス・ヴェルトによってどうにか退けることに成功したものの、流星群の全てを相殺することはできず、ハジメは左腕に直撃を受けてしまった。

義手の装甲がダメージ自体は軽微に抑えたものの、衝撃を受けて思わず手放してしまったシュラーゲン・AAは氷龍の顎門へと吸い込まれていく。そうすれば、当然、末路は決まっている。シュラーゲン・AAは、真っ白に凍てつき氷龍が顎門を閉じると同時に木っ端微塵にされてしまった。

 

「それから数千年、この世界はよく発展した。だが、反比例するように“到達者”達は一人、また一人と生きる気力を失い、死の理を超越していたにもかかわらず自らその命を終わらせていった。我には理解できなかったが……最後に延命を止めた者は“もう十分だ”と言っていたな。結局、残った“到達者”は我だけとなった」

 

ハジメは、無数の手榴弾を周囲に投げると、すかさず撃ち抜いた。

直後、爆炎が宙に発生し、氷龍とハジメの間に紅蓮の炎壁を作る。一瞬、氷龍の視界が遮られるが、そんなもの何の意味もないと言うように瞬く間に顎門へと呑み込んでしまった。

だが、その爆炎が晴れた先には、巨大な兵器――ガトリングパイルバンカーを構えるハジメの姿が。

次の瞬間、紅いスパークが迸り、毎秒二十発、重量の二十トンの巨杭が閃光となって放たれた。紅い壁と称すべき巨杭の弾幕が正面から氷龍へと殺到し、重力場による引き寄せと相まって狙い違わず、その大口へと突き刺さった。

氷龍の氷結能力は、巨杭を瞬く間に凍てつかせていくものの、その威力故に抗しきれず、突進の勢いすら止められて穿たれていく。そして、巨杭の一発が体内の魔石に当たり見事破壊に成功した。断末魔の悲鳴を上げながら、氷龍はただの霜へと変わり霧散していく。

 

「最後の一人となり、どれだけの年月が経ったのか……千年か五千年か……もう覚えていないが、日々、我の元へ訪れては祈りと供物を捧げる人間達を見て、ある日、ふと思ったのだ。――壊してしまおうと」

 

ハジメが、ガトリングパイルバンカーの砲塔を蒼龍に向ける。殺到してくる流星群と光の使徒はクロス・ヴェルトとグリムリーパーで全て弾き飛ばす。

そうして、いくつものボーラを今にも燃やし尽くしそうな蒼龍に向かって引き金を引く――寸前、ハジメは不意に悪寒を感じてその場を飛び退いた。

その行動は正しかったようだ。一瞬前までハジメがいた場所を何十本もの雷神槍が貫き、絶大な雷を撒き散らしたのである。

間一髪。冷や汗を血と共に流しながら、ハジメはエヒトルジュエを横目に見た。エヒトルジュエは相変わらず遠い目を虚空に向けて過去の軌跡を語っている。そのくせ、攻撃だけはいたぶるように正確かつ絶妙だというのだから腹立たしいことこの上ない。

ここまで弄ばれていることに、ハジメはエヒトが知覚していることを認識していながら歯噛みするような表情を見せた。同時に、まずは魔物と化している最後の天龍である蒼龍を屠るべくガトリングパイルバンカーを向け直そうとした。

だが、やはり必殺のタイミングは逃してしまっていたらしい。

全てのボーラを使って拘束していた蒼龍が凄まじい咆哮を上げた。その瞬間、紅い波紋が蒼炎に包まれる。一度引火した蒼炎は、そのままボーラのワイヤー部分を伝って全体を駆け巡りその全てを蒼き炎の内へ呑み込んだ。

爆ぜる音が響き蒼い光芒が空間を照らす中、エヒトルジュエは恍惚とした表情を見せる。ユエの美貌であるからして凄まじいまでの色気を放っているが、ハジメとしては腸が煮え繰り返るだけだ。

 

「分かるだろう?男が美しい女を汚したくなるように、新雪を踏み荒らしたくなるように、美しいもの、必死に積み上げられたものというのは、壊したときこそ真の美を放つ。そこで得られる快楽は何物にも代え難い。何千年と守って来た全てを蹂躙したときの快楽は何と甘美であったことか。民が上げる悲鳴、我に救いを求める絶叫……今でも、それだけははっきりと覚えている」

 

塵すら残らず燃やし尽くされたボーラ。進撃を再開する憤怒に燃える蒼龍。

正面からガトリングパイルバンカーの餌食にしてやろうとして、ハジメを中心に全方位の空間が震えた。

 

「――ッ」

 

全方位空間爆砕。

息を詰めながら空間が衝撃波を発生する前にハジメは包囲網から飛び出す。激震。

直撃だけは避けたものの、その余波を食らってハジメの傷口から盛大に血飛沫が撒き散らされる。

 

「ぐぅ」

 

思わず呻き声を上げ表情を歪めるハジメの視界の端に揺らめく蒼き炎。迫る灼熱に反して背筋には氷塊が滑り落ちる。

“金剛”を強化しつつ“空力”で逃れようとするが、それを見越したように流星群が渦を巻くように乱舞してハジメの退路を防いでしまった。

 

「どれだけの時を生きたのか、それは忘れてしまっても、あの時の全てが崩壊する悦楽だけは忘れられなかった。故に、決めたのだ。この世界を我の玩具にしようと」

 

エヒトルジュエの視線が遂に過去から帰って来た。

乱舞する流星群をドンナーとクロス・ヴェルトで突破しようとしているハジメに向かって、指をパチンッと鳴らす。

それは起爆の合図。

渦を巻いてハジメに纏わりついていた全ての流星が一斉に爆発した。発生した衝撃波は、それこそハジメが使う手榴弾並。咄嗟に、ハジメはクロス・ヴェルトで結界を張って、更にはグリムリーパー達が主の危機にその身を盾にして少しでも衝撃を和らげようとする。

爆炎と光華に呑み込まれたハジメを、蒼龍が大口を開けて丸ごと呑み込む。バクンッと閉じられた蒼炎の顎門。触れたもの全てを容赦なく灰燼に帰す最上級魔法の業火。普通に考えるなら、その炎に喰われて生存しているなど有り得ない。

しかし、燃え盛る蒼龍の胴体――蒼き炎の中で輝く紅蓮がハジメの生存を示していた。ハジメの四方にはクロス・ヴェルトがある。各々を魔力の糸で繋ぎ空間遮断型の結界“四点結界”を張ったのだ。

だが、その代償にクロス・ヴェルトの表面が刻一刻と融解していっている。ハジメが直接操作する七機においては、“金剛”は当然のこと、封印石コーティングまで施されているというのに、それでも耐え切れないらしい。分かっていたことだが、やはりユエの使っていた蒼龍より熱量は遥かに上のようだ。

 

「ぐっ、なめ、んなぁっ!!」

 

蒼き天龍の腹の中、途切れがちな、されど強靭な意志の込められた声が響く。驚くべきことに、空間遮断型の結界を張っていながらハジメは少なくない炎に巻かれていた。

どうやらこの蒼龍、神焔と同じ透過型の焔が紛れているらしかった。その焔に炙られ、脂汗を流しながらも前へと踏み込んだハジメは、オレステスを結界の内外に取り出してゲートを繋げる。その先は蒼龍の魔石だ。

ドンナーが炸裂音と共に真紅の閃光を放ち、ゲートを通じて蒼の炎海を突き抜ける。狙い違わず、封印石コーティングの魔弾は蒼龍の魔石を撃ち抜いた。破裂するように木っ端微塵になる魔石と同時に蒼き炎も霧散していく。

 

「そう、全ては我の玩具なのだよ、イレギュラー」

 

エヒトルジュエから、もう何度も聞いた不吉な音が響いてくる。指を鳴らす音だ。

案の定、霧散しかけていた蒼炎が生き物のように蠢き、ハジメを包むクロス・ヴェルト四機の内部へスルリと侵入した。

直後、

 

「がぁっ」

 

ハジメの短い悲鳴と共に盛大な爆炎が上がった。クロス・ヴェルト四機が内部から爆破されたのだ。透過する神焔が内蔵していた炸裂弾に誘爆したのだろう。紅い波紋を伴った絶大かつ無数の衝撃波と飛び散る神焔が四方からハジメを嬲り尽くす。

ハジメは咄嗟に手榴弾をばら撒いた。神水を服用する隙を強引に作る為だ。流石に、己のダメージが看過できないレベルだったのだ。

だが、そこでぬるりと死の風が肌を撫でる。ハジメの本能が全力で警鐘を鳴らす。

直後、手榴弾により周囲に咲き誇る紅蓮の壁を透過して吹き降ろすような風が吹いた。

本能の命ずるまま咄嗟に身を捻ったハジメの直ぐ横をずれた空間(・・・・・)が横切っていく。

同時に、神水を取り出した左手が空間に固定される。ハジメの回避行動の隙を突いた完璧なタイミング。それは次手も同じ。虚空から雷神槍が飛び出し、神水を撃ち落とした。

 

「しまっ――」

 

思わず声を上げるが、時既に遅し。ハジメの手から神水が失われる。ついでに義手も貫かれて掌が溶解してしまっている。

ハジメは、直ぐさま錬成で義手を修復しつつ、殺到する流星群を回避すべくその場を飛び退いた。

 

「くそっ、最後の神水だったってのにっ」

 

悪態が漏れ出す。それを聞いてエヒトルジュエの口元が釣り上がった。

そして、片手を掲げるとそのままスっと振り落としてハジメを指さした。途端、爆発的に光を膨れ上がらせた輪後光からミサイルのように光の尾を引いた光星が山なりに射出された。

ハジメはガトリングパイルバンカーを取り出し、エヒトルジュエに向かって放ちながら真っ直ぐに突進する。

上空から、夜天の星がそのまま落ちて来たかのように輝く星々が降り注ぐが、いつの間にか随分と数を減らしたグリムリーパー達がその身を盾にして、あるいは幾つものクロス・ヴェルトによって通路上の結界を張って、進撃の勢いを止めない。その間にも、まるでカウントダウンのように、ハジメ謹製の自律兵器達は爆散し、その破片を撒き散らしていく。

だが、犠牲を強いたそんなハジメの意思を嘲笑うかのように……

 

「魔人や亜人とは、何だと思う?」

 

そんな問いかけがハジメの直ぐ後ろから(・・・・・・)響いた。

ゾッと背筋を震わせたハジメは義手の激発を利用して高速反転しつつ、確認もせずドンナーで背後へと発砲した。

だが、そこには誰もおらず、代わりにガトリングパイルバンカーを持つ左手側に気配が発生する。ハジメが目を見開きながら視線を向けると同時に、そっとガトリングパイルバンカーに手が添えられた。

そして、魔王城でされたのと同じように、ガトリングパイルバンカーはあっさりと塵へと返されていく。

そこにいたのはエヒトルジュエ。三重の輪後光の内、一重目だけを背負い、ハジメの知覚すら越えて至近距離に姿を現したのだ。

(ゲートなしで転移……やっぱ、それくらいのことはしてくるか)

ハジメは抱いていた懸念の一つが当たったことに、目元を剣呑に細めた。どうやら、虚空に突如出現する雷神槍やアーティファクトを転移させた魔法――“天在”は、術者自身の転移にも使えるらしい。そして、触れさえすればアーティファクトを塵にすることも可能のようだ。

エヒトルジュエの姿が、またしてもフッと消える。

同時に、背後に悪寒。

義手の肘から背後に炸裂散弾を放つが、輪後光から放たれる光が防いでしまう。ハジメの反撃を意にも介さず振り下ろされたエヒトルジュエの腕。

その軌跡に沿って光の剣がハジメを襲う。炸裂散弾を放った衝撃で反転したハジメは、バックステップで距離を取りかわそうとする。超速故に一瞬で十メートル以上の距離をとったが……

 

「ッッ!?」

 

ハジメの肩から脇腹にかけて袈裟懸けに裂傷が刻まれた。剣の間合いは確かに外したはずなのに、と痛みに顔を歪めながら険しい眼差しをエヒトルジュエに送るハジメ。

 

「驚くことではない。これは“神剣”といって、伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣。お前の防御を貫いたのは“神焔”と同じく透過能力も持っているからだ」

 

荒い息を吐きながら見るも無残な姿に成り果てているハジメに、エヒトルジュエは神剣に手を這わせながら説明をする。

その余裕の表情は、ハジメを歯牙にもかけていないようだった。

対するハジメはボロボロだ。金属繊維を織り込んだ鎧よりも防御力の高い黒コートはボロ雑巾のようになっており、その下の服は見るからに血を吸い込んで重く湿っている。破れた服の隙間から見える肌は真っ赤に染まっており、特に頭部から溢れ出す鮮血が白髪を血色に染め上げて見るからに痛々しい。頬を流れ落ちる血は、まるで血涙のようだ。

物量戦をしている間は拮抗していた戦いも、エヒトが神代の魔法を連発すれば容易く崩れてしまった。ハジメの本領にして最大の特性である数々のアーティファクトも、そのほとんど破壊されてしまっている。

残っているのはドンナー&シュラークと、クロス・ヴェルト、グリムリーパー達、そして雫達から託された5つの指輪(保管庫)……

 

「ふむ、少々、煩わしくなってきたな」

 

エヒトが神剣を振るった。その手の先は残像すら見えない。本当に魔法剣を振るったのかさえ判然としない。だが、その結果は明白だ。五十機近くまで減らされていたクロス・ヴェルトとグリムリーパー達が、無残にも細切れにされて(・・・・・・・・)爆発四散(・・・・)してしまったのだ。

 

「……」

 

残ったのは、ハジメが直接操作するクロス・ヴェルト三機のみ。魔王の軍勢は全滅し、死をあらわす十字架も地に落ちた。後は、各種手榴弾が主だったところ。おそらく、エヒトルジュエは、ハジメに絶望を与える為にわざわざ武器破壊を狙ってきたのだろう。

 

「まぁ、そんなことはいい。それより、魔人と亜人だ。あれは何だと思う?」

 

数百機のアーティファクトを一瞬で細切れにしたことなど特に意識した様子も見せず、先程の質問を繰り返すエヒトルジュエ。どうやら、エヒトルジュエの語りは未だ終わっていないらしい。神剣を弄びながら、今にも崩れ落ちそうなハジメをニヤニヤと嫌らしく嗤い見つめている。

 

「……原住民……はぁはぁ……じゃないのか」

 

訪れた二度目の間隙に、ハジメは少しでも回復を図るため問いかけに答える。

 

「いいや、違う。原住民は“人間”だけだ。魔人も、亜人も、我が作り出した魔法技術の落し子なのだよ」

「……合成でも、ぐっ、したってか?」

「ふふっ、理解が早いな。その通り。魔人や亜人は、我が魔物と人間をかけ合わせて作り出した合成生物だ。正真正銘、我が創造主ということだ」

 

何故、そんなことを?そんなハジメの疑問を汲み取ったのか、エヒトルジュエの舌が滑らかに動く。

 

「信仰と秘技によって魂魄を昇華させようとも、どれだけ肉体を修復・改善しようとも、数千年の年月は我の肉体に限界をもたらした。当然、新たな肉体を探したが……神たるこの身を受け止めることの出来る肉体はなかった」

「無ければ、作ればいい……か?」

「本当に理解が早くて助かる。魔人は魔素と親和性の高さを、亜人は肉体的強度を、それぞれ重要視して原住生物と人間を組み合わせて作り出した。その二つを合わせて竜人なども作ってはみたが……出来損ないだったよ。最強種族が迫害される、そんな余興程度にしか使えない、な」

 

いったい、その人体実験の過程でどれだけの犠牲が出たのか。ハジメをして過去の人々には同情せずにはいられなかった。まして、ティオ達の迫害理由が単なる八つ当たりだったというのだから、ハジメとしては殺意が更に強化される思いだ。

 

「その過程で、現在の魔物や使徒といったものも作り出すことになったのだが、何が原因なのか、結局、我の器と成り得るものは出来なかった。ある程度は耐えられても、直ぐに自壊してしまうのでなぁ」

「……神域は……器がない故か」

「ふふ。そうだ。魂魄のみでも生存し続けられ、かつ力が使える場所。そこで遊戯を楽しみながら待つことにしたのだ。極希にアルヴヘイトや“解放者”共のような“適性者”が生まれることがあったのでな」

 

伝えられた真実からすると、ユエやシアのような“先祖返り”と呼ばれていた者は、正確には“適性者”と言うらしい。もっとも、過去の適正者である解放者達でもエヒトルジュエの器としては足りなかったのだろう

ハジメの目がスっと細められる。

 

「そう、して……はぁはぁ、三百年前……遂に、見つけた、わけか」

「ああ。あの時は数百年ぶりに心が躍ったものだ。もっとも、その後、直ぐに隠されてしまったわけだが……せっかく我自ら“神子”の称号まで与えてやったというのに。激情に駆られて、つい吸血鬼の国を含めて幾つかの国を滅ぼしてしまったよ。後から再び神子が生まれる可能性を考えて、やってしまったと落ち込んだものだ」

 

エヒトルジュエが神剣を切り払った。背負う輪後光と離れた場所に見える玉座の上の輪後光が燦然と輝き出す。

 

「改めて礼を言うぞ、イレギュラー。我の器を見つけ出し、ここまで我を楽しませたこと、真に大義であった。褒美に、最後は我の手で葬ってやろう」

 

白金の魔力が全てを塗り潰す。

ハジメもまた紅色の魔力を噴き上げながら、ドンナー&シュラークを構えてクロス・ヴェルト三機を背後に控えさせた。

一拍。

エヒトルジュエの姿が消えた。

ハジメは、構えたドンナー&シュラークをそのまま発砲する。解き放たれた閃光は銃口の前に設置されていた最後のオレステスを通って背後に出現する。

案の定、そこにはエヒトルジュエがいた。

しかし、エヒトルジュエは特に焦ることもなくオレステスから飛び出して来た弾丸を、驚いたことに神剣で切り裂いてしまった。

ユエは魔法に関して天才であったものの近接戦闘能力は並以下だったが、今の様子を見る限り、どうやらエヒトルジュエの憑依によって身体能力と戦闘技術まで冗談のように向上しているらしい。

眉間に皺を寄せるハジメに透過する神剣が伸びてくる。防御不能の剣閃に、ハジメは大きく仰け反ることでどうにか回避した。同時に、クロス・ヴェルトでバースト・ブレットを乱れ撃ちにする。

それを輪後光から放たれた光星が撃墜した。広がる衝撃の波紋がハジメとエヒトルジュエの間に咲き乱れる。

 

「驚くことではあるまい。手慰みに覚えた我自身の剣術だ。使徒が使う双大剣術も、元は我の剣技。我は魔法だけはないぞ?」

「チッ、だから何だってんだ」

「ふふっ。最初は距離をおいて、必死に足掻くお前から手足をもぐようにアーティファクトを奪った。次は接近戦、というだけのことだ。何をしようとお前に希望などないと、我手ずから教えてやろうというのだ。昔語りをされながら片手間に圧倒されるのはどんな気持ちだ? うん?」

 

そう言ってエヒトルジュエが衝撃波そのものを切り裂いて突っ込んでくる。

ハジメがドンナー&シュラークを連射した。弾丸はリビングブレット。それも封印石コーティングだ。

だが、次の瞬間には、やはりエヒトルジュエの姿が消える。そして、刹那の内にハジメのサイドへと出現する。

それを読んでいたハジメは義手の激発を利用して体を吹き飛ばす。直後、エヒトルジュエの周囲から先程放った弾丸が飛び出してきた。天在で転移されると分かっていたのでオレステスを飛ばしておいたのだ。

転移の瞬間を狙った閃光の嵐。いくらエヒトルジュエと言えど、再度の転移をする前に穿たれるかと思われた。

しかし、弾丸が着弾する瞬間、エヒトルジュエの神剣を持った腕先が消える。否、そう見えるほどの速さで動いたのだ。鞭のようにしならせて、まるで結界でも張ったかのように剣線を駆け巡らせる。

その結果は一つ。バラバラにされた弾丸の残骸だ。リビングブレットの軌道修正すら間に合わない速度で振るわれたのである。ハジメの知覚能力をもってしても、僅かに光の筋が見えるだけだった。恐るべき速度だ。

 

「この短時間で我の動きを読むとは……センスというより経験から来る予想か。大したものだ。だが、我が“神速”の前にはまだまだ遅い」

 

神速――香織が限定的に使ったあの魔法だ。エヒトルジュエの方が更に洗練されている。電磁加速された弾丸を一メートル以内に迫ってから十二発分も撃墜できるなど想像の埒外だ。先程の、一瞬で数百機のクロス・ヴェルトとグリムリーパー達を切り裂いたのも、時間短縮による剣戟だったからだろう。

 

「さて、あといくつのアーティファクトを持っている? それとも万策は尽きたか? そうでないなら、全てを出し切るがいい。その全てを潰して、お前の翳らぬ顔を絶望に染め上げてやろう!」

 

エヒトルジュエが天在を行使する。刹那、出現したのはハジメの懐。

 

「くっ」

 

呻く間に振るわれた剣閃は十。その全てを、ハジメはほとんど勘だけを頼りに回避する。だが、防御が出来ない以上完全とはいかず、体のあちこちを撫で斬りにされ、あるいは薄くスライスされた。

義手の激発が強制的に、普通なら有り得ない角度でハジメの体を吹き飛ばす。独楽のように回転しながら必死に距離を取りつつ、ハジメは無作為に“宝物庫Ⅱ”から大量の手榴弾をばら撒いた。

その幾つかを伸長した神剣が切り裂き、輪後光からの流星が破壊する。爆発することも許されなかった手榴弾は、キラキラと粒子を撒き散らしながら地面へと落ちていく。

時間稼ぎにもならないと嫌らしく嗤いながら、エヒトルジュエが連続転移する。現れては消え、現れては消える。夢幻の如く。ハジメを中心に遍在でもしているかのようだ。

そして距離に関係なく刃の届く神剣が、宙に幾重もの剣線を刻んだ。その度に、辛うじて致命傷は避けているものの確実に手傷が量産されていくハジメの体。ドンナー&シュラークとオレステス、クロス・ヴェルトのコンボで反撃もするが、神出鬼没の天在と神速の前に有効打はただの一つも与えられない。

二重目、三重目の輪後光と、エヒトルジュエが背負う輪後光からの流星群は途切れることなく白い空間を白金に染め上げ、しかし、当然の如くエヒトルジュエ本人に対しては自ら避けて通りハジメにのみに殺到する。

歯を食いしばりながら、ハジメが、時に銃撃で、時に手榴弾で、時にクロス・ヴェルトで、時にオレステスで、それら死の暴風を凌ぎつつどうにかエヒトルジュエの動きを捉えようとするが……

及ばない。

エヒトルジュエの目論見通り近接戦ですら圧倒されている。攻撃される度に血飛沫を上げながら徐々に追い詰められる様子は、まるで詰将棋だ。

 

「どうした? 切り札(神殺し)を使わんのか? 祈りながら使えば、あるいは幸運にもこの身に届くかもしれんぞ?」

「う、るせぇっ!」

 

もはや、気概のみ。エヒトルジュエの挑発に返す言葉も語彙に乏しい。その瞳は、血を流し過ぎたせいか、それとも使い続けている限界突破のせいか、微妙に焦点がずれ始め虚ろになりつつある。

 

「ふむ。新たなアーティファクトを出す様子もなく、その身は壊れる寸前……潮時か」

 

エヒトルジュエが指を鳴らす。放たれるのは虚空から飛来する雷神槍。

標的は当然、満身創痍のハジメ。意識は今にも飛びそうで、体は崩れ落ちそうだ。それでも、直撃だけはどうにか避けるのだから呆れた生存本能である。

だが、抵抗もそこまで。

連続した雷神槍が最後のクロス・ヴェルトとオレステスを纏めて破壊し、ついでに内包する雷をハジメの間近で解放する。

 

「ぐぁああああああああああああっ」

 

凄まじい衝撃と轟音、そして雷に撃たれて、ハジメは絶叫と白煙を上げながら地に落ちた。

白亜の地面に叩きつけられ何度もバウンドしてうつ伏せに倒れたハジメから、ぬるりと血が流れる。切り刻まれ、幾度も打たれ、存分に焼かれた見るも無残な姿は、一見すると既に骸だ。生きていると判断する方が難しい。

エヒトルジュエが正面に音もなく降り立つ。無様に地を舐めるハジメに、これで終わりかと、玩具を取り上げられた子供のような表情をしながら止めを刺すべく神剣を振り上げた。

が、その視線の先でハジメの指がピクリと動く。

 

「ほぅ」

 

思わず感嘆の声を漏らすエヒトルジュエ。その間にもハジメの体は動き、ボタボタと白亜の地面を自身の血で汚しながら体を起こしていく。

 

「神の格というものを骨身に刻まれて、それでもなお立ち上がるか」

 

エヒトルジュエの言葉に、ハジメは途切れがちで今にも鼓動と共に止まってしまいそうな言葉を返す。

 

「何度でも、言って……やる。お前は……神なんかじゃ、ない。むしろ、今、戦って……いる地上の“人”よりも……弱い」

「何をもってそう言う。その満身創痍の姿で。お前の力など何一つ通じぬというのに」

 

この期に及んで強がりかと、呆れた表情をするエヒトルジュエ。

 

「……確かに、その力は、脅威だ。……奈落を、出てから、ここまで死を……身近に、感じたことは……ない」

「ふん、わかって――」

「だが、それだけだ」

 

ハジメがエヒトルジュエの言葉を遮る。焦点を失いつつあった瞳。しかし、間近で見れば分かる。揺れる瞳のずっと奥に、決して消えぬ炎が宿っていることを。それを示すように、少しずつハジメの言葉に力が込められていく。

 

「お前には、他者を……圧倒する意志がない。だから、どれだけ……強大な力を、見せられても、俺の心は……揺るがない。――お前はまるで怖くない」

「……負け惜しみか」

 

挑発じみた言葉に、しかし、今度はハジメの方が遠い目をしながら語る。この世界で出会い、あるいは知った強き人々のことを。

 

「俺は、知っている。……最弱種族のくせに、想い一つで……人外魔境に踏み込める奴を」

 

泣きべそを掻きながら、それでも“共に”と、ただそれだけの願いの為に必死に走り続けたウサミミ少女。

 

「目の前で……絶望を、突きつけられたのに……決して折れず、希望を信じ続けた奴を」

 

想い一つで、誰が信じずとも唯一人、希望を捨てなかった。挙句、体を変えてまで寄り添うことを選んだ一途な少女。

 

「仲間の為……守る為……その身を盾に出来る奴を」

 

いったい、何度助けられたことか。普段はふざけているくせに、いざという時は誰よりも体を張る、情に厚く聡明な彼女。

 

「死の間際でも……親友のことを一番に、想える奴を」

 

きっと、仲間内では一番“女の子”。なのに、誰かの為にと武器を取り、幾度死に瀕しても最後に思うのはいつも親友のこと、誰かのこと。優しすぎるくらい優しい少女。

 

「世界が、変わっても……己の甘さを突きつけられても、己の矜持を捨てない奴を」

 

迷い、怯え、苦悩し、傷ついて、それでも定めた自分を止めない。突き進むだけのハジメに、立ち止まって振り返ることを諭してくれた恩師。

 

「何の力もない幼子のくせに、馬鹿な父親を止めるため体を張れる子を」

 

共に過ごした時間は一ヶ月にも満たない。まだたった四歳の幼子。なのに、傷ついた母親を気遣い、別れを告げる父を自ら迎えにいくと言ってのけ、挙句、暴走する父に一歩も引かず想いを伝えられる子。

 

「他にも、英雄としてあり続けなければならない奴や生まれ間もなく棄てられ、拾われ育てられた。その事だけを感謝し、恩を報いるために他者を施した奴、“己”が定まったのが死後昇華された奴、覇道を死に逝くまで突き通した奴、主の命だけで生命を燃やした奴や仲間を奮起するためだけに姿を偽り定着させた奴だっている。」

 

この世界の窮地と地球に迫る危機を払うためだけにこの世界に飛んできた5人と、定められた運命から逃れれるのに逃れようとしない1人のクラスメイト。

 

そして、

 

「……そして、体を乗っ取られても、今尚、戦い続けている奴を」

 

信じている。そう、信じている。彼女の強さを。

ハジメの眼差しが、死にかけの手も足も出ず圧倒された者の眼差しが、エヒトルジュエを貫く。

その視線を向けられた本人は気がついていない。凪いだ水面のように静かでありながら、その深淵の如き瞳の奥の煌く炎に気圧されて、己が一歩後退ったことを。

 

「奈落の魔物ですら圧倒的な殺意と生存本能を叩きつけてくる。だが、お前には何もない。空っぽだ。きっと、お前が仲間と共に積み上げて来たものを壊した時から、お前は空っぽなんだ」

 

ハジメが完全に立ち上がった。その手にはドンナー&シュラークが力強く握り締められている。

 

「お前の言葉は聞こえていた。要は、過去から何も学ばず、寂しさにも耐え切れず、けれど死ぬことも出来ない……ただの甘ったれたガキだってことだろ?」

 

エヒトルジュエの最後の仲間が「もう十分だ」と言った意味は、きっと、この世界で導いた人々は、自分達の手が離れても、もう十分、豊かに生きていけると確信したからではないだろうか。

壊してしまった故郷の世界を想い、これ以上、自分達のような理に触れてしまえる存在は不要だと、そして、この世界の営みを見て、もう思い残すことはないとそう思ったからではないだろうか。

その想いに気がつかず、共感も出来ず、過去から何も学ばず、理に干渉できても死の恐怖に怯え、そして孤独に耐えられずに暴走した。結局、エヒトルジュエという存在は、どれだけの時を生きようと“幼稚”だったということだ。

 

「……ふっ、そうやって挑発し我の精神を揺さぶる魂胆か? 切り札を切り損なえば終わりだからな。涙ぐましい努力だ。だが、今のままでは到底、“神殺し”は当てられまい」

 

だから、ハジメの言っている意味が分からない。遥か昔、仲間の言葉の意味が分からなかったのと同じく。

ハジメが、スっと片足を引いて構えを取る。死にかけなのに、その身から覇気が溢れ出す。

 

「そうだな」

 

静かな肯定の言葉。だが、直後……

 

「今のままならなぁっ!」

 

ハジメから莫大な力が噴き上がった。今までの“覇潰”の比ではない。更に数倍に匹敵する力の奔流がハジメを中心に渦巻く。それはF5レベルの竜巻の如く。紅はより色を強めて深紅と成り、空間が悲鳴を上げるように鳴動する!

 

「なんだとっ」

 

死にかけだとばかり思っていたハジメの、ここに来て膨れ上がった力の大きさにエヒトルジュエが初めて表情を崩した。それは紛れもない驚愕の表情。

それを尻目にハジメが踏み込む。否、姿を掻き消した。

出現するのはエヒトルジュエの懐。エヒトルジュエが瞠目する。

ただ速いだけはではエヒトルジュエの知覚を超えられない。ハジメがいくら強化したところで、それは土台無理な話。だが、それでも戦う術はいくらでもある。ノータイムの空間転移が、神だけの技などと誰が決めたのか。

 

「はぁっ!!」

「ぬぅ!?」

 

ハジメのドンナーを持つ手が、スっとハジメに向けて突き出されかけていたエヒトルジュエの腕を逸らす。同時に、シュラークから飛び出した弾丸が地面に跳弾して下方からエヒトルジュエの心臓を狙う。

当然、天在をもって離脱するエヒトルジュエ。刹那、背後から吹きつける猛烈な殺気。

 

「っ!? 貴様、やはり、天在を!?」

「さぁ、どうだろうな?」

 

銃声が二発分。しかし、エヒトを強襲した閃光は十二条。その半数を神剣で切り捨てるものの、続くハジメの曲芸じみた連撃までは対応できないと判断し、エヒトルジュエは更に空間転移で逃げ打つ。

が、転移した先で、エヒトルジュエは見た。眼前に浮遊していた一発の弾丸がスッと消えたかと思うと、刹那、そこにハジメが出現したのを。そう、まるで弾丸とハジメの位置が入れ替わったかのように。

――特殊弾 エグズィス・ブレット

空間・昇華複合錬成による特殊弾で、能力は起点と各弾丸の座標位置の交換だ。戦闘が始まってからこの瞬間まで、ばら撒かれた星の数ほどの弾丸。だが、その全てが敵を襲ったわけではなかった。うち幾つかはそのまま空間全体へと散らばっていき、ハジメが転移する座標となって浮遊していたのである。

正面に出現したハジメを、エヒトルジュエは神剣をもって迎撃しようとする。

しかし、

 

「むっ」

 

空振りした。ハジメの僅か手前で刃が通り過ぎたのだ。更に、返す刀でハジメに斬撃を浴びせようとして――気が付けば、再び懐に潜り込まれていた。

意識の間隙を突く。呼吸を読んでタイミングや間合いを外す。気配をわざと乱して実態を捉え難くする。体術を利用して遠近感覚を錯覚させる。相手の感覚が鋭敏であればあるほど、それを利用して認識を狂わせる。更に、

――幻想投影型アーティファクト “ノヴム・イドラ”

使用者に重ねる形で、微妙に位置をずらした映像・気配・魔力等を纏わせ、同時に、相手の認識に干渉して偽装を真実と誤認させるアーティファクトだ。二重三重にぶれるハジメの姿や気配は、ハジメ自身の体術と合わさって夢幻の如き近接戦闘を実現する。

 

「貴様っ、ここにきて、まだ新たな手札を――」

 

エヒトルジュエの波立った声音が遮られた。あれだけボロボロにされて、屈辱的な言葉を浴びて、死に寄り添われていながら、今この時まで手札を温存し続けたことに、さしもの神も予想を越えられたらしい。たとえ、心の内に策を秘めていたのだとしても、いつ死んでもおかしくない状況で、手札をさらさない胆力は、既に人の領域を越えている。

僅かな戦慄に背筋を震わせたエヒトルジュエに、怒涛の攻撃が繰り出された。

 

「おぉおおおおおおっ!!」

 

ハジメの雄叫びが響き渡り、同時に深紅の閃光が太陽フレアの如く撒き散らされる。

神剣を繰り出し輪後光から流星群を飛ばすも、絶妙に狂わされた認識がハジメを捉えさせない。ハジメの攻撃も気が付けば当たりそうになっており、それはもう絶技を超えた神業――否、ハジメに相応しきは魔技というべきだろう。

ここまでの戦闘で分析し体に叩き込んだ全てを駆使して神に牙を剥く!

再び、エヒトルジュエが連続転移する。しかし、転移場所の癖を掴み始めているのか、コンマ数秒の内には肉迫する。座標交換の速度、判断力だけではない。刻一刻と上がり続ける素の速度も、既に、神速の域に入りつつある。

それでも、エヒトルジュエの剣閃は防御不可能であるが故に、ハジメとの近接戦闘においては圧倒的なアドバンテージがある、はずだった。

 

ガキィンッ

 

「なっ!?」

 

今度こそ、エヒトルジュエが響いた硬質な音と共に驚愕の声を漏らした。

無理もない。ハジメ以外の一切を透過するはずの神剣が理想の王を断罪せしめた魔剣(・・・・・・・・・・・・・)によって受け止められていたのだから。

すかさず右のドンナーがエヒトルジュエを狙う。放たれた深紅の閃光を間一髪のところで転移して回避したエヒトルジュエは、やはり驚愕の表情を浮かべたまま。

 

「いったい、なにを――」

「託された想いって奴さ。」

 

皆まで言わせず簡潔に答えるハジメ。

神剣の透過能力を防いだのは、異世界の物質で出来ていることが原因だ。

さらにこんなものもある。

――魂魄魔法無効化アーティファクト “デリスァノース”

魂魄魔法によって目標以外を透過するなら、異世界の物質に宿る魂を“魂魄複製”で作り出した擬似魂魄を付与してやればいい。本来は、選定した魂魄に無意識レベルでの命令を強いる“神言”が、ミレディの対策アーティファクトだけで防げなかった場合を想定して作製された“囮”用のアーティファクトだが、神剣の目標を誤認させるには十分。

そして、デリスァノースが施された囮は、なにもドンナー&シュラークのみではない。

踏み込んだハジメに、エヒトルジュエが神剣を振るい、それをハジメ王剣から持ち替えたシュラークの銃口で受け止めた。同時に、

ドパンッ!!

と、銃声が一発。飛び出した弾丸は、透過能力発動状態のはずの神剣を弾き飛ばした。そう、デリスァノースが付与されているのはシュラークだけではないのだ。弾丸もまた、透過能力を拒絶する!

 

「イレギュラーッ」

「しゃべり過ぎだ。三下」

 

神剣を弾かれた衝撃で、強制的に片手万歳をさせられるという屈辱に顔を歪めるエヒトルジュエが、輪後光から流星を放つ。

が、それを分かっていたようにクロス・ヴェルトとドンナーの弾幕で弾いたハジメは、ぬるりと間合いを詰め強烈な回し蹴りを放った。その一撃は、遂に、触れることも敵わなかった神の鳩尾に突き刺さる! “豪脚”と“衝撃変換”が施された蹴りは強烈極まりない。エヒトルジュエの体がくの字に折れ曲がり吹き飛んだ。

 

「くっ」

 

それを追撃するハジメだったが、流石にそれまで許すつもりはないようでエヒトルジュエは天在で逃げ延びた。

そう、逃げたのだ。神たる身に触れることを許さないという思いから回避していた今までとは異なる、純粋なる逃げ。もちろん、エヒトルジュエには自動再生がある。それでも逃げたのは、エヒトルジュエの内心が動揺に揺らいでいたから。本能的な行動だったのだ。

それ故に、胸中に湧き上がった屈辱は大きい。それを示すようにエヒトルジュエの表情は盛大に歪む。

 

「おのれっ、新たなアーティファクトといい、その力といいっ。貴様、全力ではなかったのか!」

「おいおい、敵の言葉を信じるなんておめでたい奴だな。もちろん、嘘に決まっているだろう?」

 

悪びれずそんなことを言うハジメと攻防を繰り広げながら、ふとエヒトルジュエは気がついた。ハジメの口調が苦しそうな気配もなく滑らかであることに。散々いたぶられた傷がもうほとんど治っていることに。

何故、ハジメが回復しているのか。それは“覇潰”を発動して尚、力が底上げされた理由と同じ。

遂に溶けたのだ。あらかじめ服用しておいた神水とチートメイトが込められたカプセルが、胃の中で。

そんな理由を知らないエヒトルジュエであったが、その急激な治癒に神水以外は有り得ないと察し怒声を上げた。

 

「最後の神水というのも虚言かっ」

「神水と呼ぶに相応しい、とても美味しい水だったんだぞ?」

 

あっけらかんと言うハジメに、近接戦闘にこだわらず距離を取っては空間爆砕や雷神槍なども放とうとするエヒトルジュエ。その表情は欺かれたことへの屈辱が上乗せされて滲み出ている。

その不快さを助長するように、ハジメは常にぬるりと間合いを詰め離れようとしない。

神剣とまた持ち替えた王剣で鍔迫り合いをしながら、至近距離でエヒトルジュエが問う。

 

「何故、今になって」

「当然、確実を期すためだ。俺はお前の力を過小評価していない」

 

たった一撃限り(・・・・・・・)の“神殺し”。ユエの体を完全掌握したエヒトルジュエがどんな力を持っているのか分からない以上、確実にその一撃を与えるためにはまだ見ぬ手札を引き出す必要があった。エヒトルジュエが戯れでハジメにしようとしたことを、理由は異なれどハジメもまた行っていたのである。

想像を上回るエヒトルジュエの強さに、ハジメをして死神の鎌を感じさせるほどだったが、どうにか大量のアーティファクトと苦痛を代償に、ある程度の戦闘力と手札の確認、そして、エヒトルジュエの“癖”を捉えることができるようになった。

エヒトルジュエは驚愕から立ち直ると、打って変わって面白そうな表情になった。そして、自分を巻き込むことを厭わない大規模空間爆砕を瞬時に発動する。

空間が軋み、吹き荒れていた流星群が弾け飛ぶ。その中に顔を歪めたハジメも含まれていた。出力の上がった“金剛”によって凌いだようだが、かなりダメージを負ったようだ。咳き込みながら盛大に吐血する。

だが、直ぐに体勢を立て直しエヒトルジュエを探知する。エヒトルジュエは再び三重の輪後光を背負う場所に戻っていた。自らの攻撃でダメージを負ったようだが“自動再生”により直ぐに修復される。

 

「では、本当に過小評価していないか、真なる神の威をもって確かめてやろう!」

 

直後、光が爆ぜた。そう錯覚する程、輪後光が凄まじい光を放っているのだ。そして、燦然と輝きながら輪後光がそれぞれ逆回転を始めた。

その間にも放たれる今までの倍に比する光星を掻い潜りながら接近するハジメに、直後、輪後光から極太の閃光が放たれる。それは見るものが見れば、まるで光輝の放つ“神威”だと思うだろう。もっとも、その威力・規模共に桁違いだが。

 

「避けられはしないぞ、イレギュラー!お前が死ぬまで永遠に追い続ける滅びの光だ!」

 

高らかに声を張り上げるエヒトルジュエに対し、ハジメは獰猛に犬歯を向いて答えた。

 

「なら、正面突破だ」

 

殺意を研ぎ澄まして紅い閃光が真っ直ぐに奔る。

同時に、己の紅い魔力を王剣に込めた。奇しくも同一系統の魔力故に親和性が意外に高い。

ハジメは空中に強烈な波紋を広げ、直後、凄まじい衝撃と共に “真なる神威”の砲撃に向かって突進した。

 

「ラァァァァァァァァァッ!!!!我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)ァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

叛逆(・・)を示す一撃が一筋の紅い雷閃と共に滅びの光海を突き進む!

 

「っぁあああああああああああっ!!」

 

散らしきれなかった余波により、治ったばかりの傷口から血が噴き出し、内臓が、肉が、骨が悲鳴を上げる。纏う紅とは別の赤を撒き散らしながら、それでも絶叫を上げて進撃を止めない。ただの一瞬も立ち止まりはしない!圧倒的奔流を圧倒し返す!理不尽を更なる理不尽で押し潰す!今までそうして来たように、全ての障碍を喰い破るっ!

 

「これを突破するというのかっ」

 

エヒトルジュエが、己が放つ神威の中を突き進んで来るハジメを見てその強靭な意志と絶大な殺意を湛えた眼光に貫かれて――再び逃げを打った。

天在でその場を離脱しようとする。ほとんど無意識の行動だった。

だが、そんなことはハジメが許さない。

周囲一体が爆音に包まれた。ハジメが放っていた手榴弾だ。それが爆発した場所を中心に、空間がぐにゃりぐにゃりと歪み、元に戻ろうとする副作用で衝撃波が吹き荒れる。

空間を歪め衝撃波を発生させる空爆手榴弾。本来は、空間を利用した衝撃波で相手を攻撃するものだが、今、この場所では違う効果を発揮する。

すなわち、空間の不安定化。

精密にして繊細なゲートを使用しない直接転移の魔法“天在”を、この場所で使えばどうなるのか……

 

「――ッ。またもアーティファクトかっ」

 

それはエヒトルジュエ自身がよく分かっているようだ。少なくとも、思わず発動を躊躇う程度には危険らしい。そして、次から次へと現れる新たなアーティファクトに、思わず悪態とも取れる言葉を吐き出した。

その隙に、ハジメが遂に真なる神威を突破した。ロブ・レーゲンシルムは砕け散り、ハジメ自身もボロボロではあるが、そのおぞましいほどに鋭く輝く瞳が、すぐ間近でエヒトルジュエを射抜く。

エヒトルジュエは咄嗟に逃亡から迎撃に切り替えた。もう片方の手にも神剣を出現させ神速をもって振るう。刹那の内に描かれた剣線は優に百を越える。本気も本気。エヒトルジュエ全力の剣戟だ。

認識がずらされようが何だろうが、空間を埋め尽くす剣戟を放てば関係ない。故に、さしものハジメも反応できなかったようで、防御する暇もなく全ての剣閃がその体を通過した。何の手応えもなく。

同時に、斬られはずのハジメがふわりと霧散し、その影からハジメが飛び出した。

 

「馬鹿なっ。認識をずらす程度の効果しか――」

「誰がそんなこと言ったよ?」

 

エヒトルジュエが上げた驚愕の声に、ハジメがあっさりと答えた。幻影投射アーティファクト“ノヴム・イドラ”は、基本的に認識を狂わせる効果しか持たない。だが、それが能力の全てなどとは誰も言っていない。たとえ、瀬戸際においてすら、その効果しか見せていなくとも、だ。

エヒトルジュエの視界の端に水晶のように透き通った浮遊する弾丸が映った

――幻想投影補助アーティファクト“ヴィズオン・ブレット”。

“ノヴム・イドラ”と合わせて、弾丸を核にハジメの幻像を完全投影するアーティファクトだ。真なる神威を突破した瞬間、苛烈な迎撃が来ると予想していたハジメは、ヴィズオン・ブレットを前方に放ち、自身はエヒトの剣界から引き下がったのである。

神剣を振り抜いた直後であり、更に驚愕で反応が遅れたエヒトルジュエに、ハジメは凄まじい踏み込みと共にシュラークを投げ捨てて義手の掌を向けた。直後、ギミックが作動し、五指が大きく伸びる。それはまるで巨大な骸骨の手。

ハジメは、広がった機械の掌を、そのままエヒトルジュエに叩きつけた。そして、間髪入れず五指を曲げてその体を拘束し、体当たりしながら一気に輪後光を突き抜ける。

 

「ぁああああああああっ!!」

 

雄叫びを上げて、義手のギミックであるスパイクを出してエヒトルジュエの体をアイアン・メイデンの如く突き刺し、更に掌中限定の空間固定を発動して完全に拘束する。

エヒトルジュエは、咄嗟に魔法を使おうとするが、密着状態の義手から莫大な魔力放射――義手に転換した魔力砲“グレンツェン”による純粋魔力砲撃が行われ体内の魔力を掻き乱された為、瞬時に発動できない。更に、手首の返しだけで神剣を操ろうとするが、それも義手から飛び出したアンカーや鋼糸が巻きついて振動粉砕を発動したせいで敵わなかった。

 

「らぁっ!!」

「っ!?」

 

そうして、コンマ数秒だが濃密な攻防の末、ハジメはエヒトルジュエを地面に叩きつけることに成功した。

地面に組み伏せられたエヒトルジュエと馬乗り状態のハジメの視線が交差する。同時に、カチャという音と共にエヒトルジュエの心臓部分へ、五指の隙間から硬いものが押し付けられた。

ドンナーの銃口だ。

 

「チェックだ。ヤケ酒の果てに生まれたらしい“神殺し”、存分に味わいな」

「まっ――」

 

刹那、

ドパンッ

銃声が一発。

エヒトルジュエの体がビクンッと跳ねる。

放たれたのは、当然、神の魂魄だけを選別して滅する神殺しの弾丸。解放者達の執念が宿った“神越の短剣”を圧縮し、手を加え、弾丸に加工し直したもの。

遂に切り札の一つが、エヒトルジュエに突き立ったのだ。

背後で輪後光がサラサラと風化するように形を崩していく。

静寂が白き空間を満たす。

閉じられたユエの瞼が長いまつ毛と共にふるふると震える。そして、ゆっくりと開いた瞳には、ボロボロな姿のハジメが映り……

 

「残念だったな。イレギュラー」

「ッ――」

 

直後、ハジメの左腕が粉微塵に粉砕され、その体が血飛沫を上げながら吹き飛んだ。

轟音。飛び散る金属片。

バラバラと降り注ぐそれが硬質な音を立てながら地面に落ちた頃には、玉座のある雛壇の一角から呻き声が響いた。ガラガラと崩れ落ちる白亜の雛壇の中央には、背中から埋もれて苦痛に顔を歪めるハジメの姿がある。

その姿は、神水による治癒など無かったかのように血塗れになっており、それどころか左腕の義手まで無くなって見るも無残な有様となっていた。

 

「ぐっ、がはっ」

 

盛大に吐血しながら、ハジメはドンナーを前方に向けようとする。額から流れ落ちた血が目に入り、まるでレッドアラートが点灯しているかのように視界を真っ赤に染め上げていた。

その赤い視界の中で、重力を感じさせずにふわりと起き上がったエヒトルジュエが指を鳴らす仕草をしたのが分かった。

その瞬間、ドンナーを持つ右手に強烈な衝撃。吹き飛ばされた際の衝撃で痛覚が麻痺しているのか痛みはほとんど感じなかったが、何をされたのかは分かる。視界の端で、自身の右手の五指があらぬ方向に曲がり、持っていたはずの相棒が木っ端微塵に粉砕されていたのだから。

バラバラに砕け散ったドンナーの破片が地面に落ちると同時に、右手の中指にはめていた“宝物庫Ⅱ”もカランコロンと場違いに可愛らしい音を立てて地面に転がる。右手に衝撃を受けた際に抜け落ちてしまったようだ。

 

「見事、見事だ、イレギュラー。この我に切り札を当てるとは。称賛に値する。もっとも、切り札が常に切り札足り得るかと問われれば、否と答えるしかあるまい」

「……」

 

悠然と薄笑いを浮かべながら歩み寄ってくるエヒトルジュエ。普段は鳴らすこともないだろうに、ヒタヒタとやたら大きく足音を響かせるのは死へのカウントダウンでもしているつもりか。

しかも、一歩、歩みを進めるごとに粉砕され散らばった義手やドンナー、少し離れた場所に落ちているシュラークが白金の光に包まれていく。ハジメのアーティファクト達は、抵抗するようにふるふると震えたものの、やがて耐え切れなくなったようにその形を崩していき、最後には塵も残さないほど完全に消滅させられていく。

主たるハジメの手から離れ、集中的に消滅の光を浴び続ければ、ハジメの施した対策も保たなかったようだ。

 

「不思議か? “神殺し”の概念が込められた弾丸は確かに我の心臓を穿ったというのに、何故、平然としているのかと。クックックッ」

「……」

 

可笑しそう、あるいは滑稽そうにハジメを見ながら悦に浸る。ハジメは答えない。話す余裕もないのかぐったりとしたまま崩れた雛壇に背を預け瞑目している。眼帯の外れた右目だけは薄らと開いているようだが、魔眼石は通常の視界を得られるようには出来ていないので、実質、エヒトルジュエの表情は見えていない。

だが、そんなハジメを特に気にした様子もなく、エヒトルジュエの舌は滑らかに動く。起死回生、一発逆転の奥の手を潰され無様を晒すハジメの姿が、余程、お気に召したようだ。

 

「確かに、千年も前の我ならば、あるいは滅ばされていたかもしれん。だが、その間も、信仰心を魂魄昇華の為の力に変換する秘技は続けていたのだぞ? 当然、存在の格も上がるというものだ。たかだか、人間の生み出す概念など物ともせん程度にはな。しかも、今はこの吸血姫の肉体がある。人の肉体自体が根付いた魂魄を守る防壁となるのだ」

「……」

 

周囲に散らばっていたハジメのアーティファクトが完全に消滅した。ご丁寧にも、先に潰されたシュラーゲン・AAやクロス・ヴェルトを含めたアーティファクト、弾丸の薬莢、手榴弾の破片に至るまで、完全に消滅させられたらしい。

徹底的に望みを絶つつもりなのだろう。もっとも、ハジメは既に死んだように横たわったまま微動だにしないのだが……お構いなしなところを見ると単なる手慰みなのかもしれない。

 

「もっとも、我とて本当に無事に済むかは確信を持てなかったのでな、食らうつもりはなかったのだ。故に、少々焦ってしまった。これは快挙であるぞ。神に焦燥を感じさせるなど。誇るがいい、イレギュラー」

「……」

 

ギャリッとエヒトルジュエの足が転がり落ちていた“宝物庫Ⅱ”を踏み躙る。そして、わざと音を立てるようにして一気に踏み抜いた。踏みつけた場所から光芒が漏れる。やはり、塵も残さず消滅させているのだろう。

これで、ハジメが所持するアーティファクトは魔眼石のみとなった。薄く開かれた目蓋から覗く蒼い水晶の瞳は何を映しているのか。通常の視界はなくても、当然、魔力の有無や流れは見分けることが出来るので、相棒たるアーティファクト達が消滅していく様は見えていたはずだ。

しかし、大切なものが一つ、また一つと失われていく様を暗示するかのようなその光景を前にしてもハジメの表情は動かない。既に神水の効果はなく、左腕を失くし、右手を砕かれ、内臓に至るまで打ちのめされ、体中に裂傷を刻んで、ピクリとも動かない姿は、死んでいるか、あるいは全てを諦めて絶望してしまっているかのようだ。

少なくとも、エヒトルジュエには遂にハジメの心が折れたのだと、絶望の淵に落ちたのだと、そう見えたようだ。人を堕すことを存在意義とする悪魔の如く、表情を歪めて嗤う。

そして、ハジメの眼前にまで歩み寄ったエヒトルジュエは、その前で膝を折り、ハジメと視線の高さを合わせるとおもむろに手を薙いだ。

 

「――ッ」

 

その瞬間、光星の礫がハジメの両足を穿った。大腿骨が粉砕される。文字通り、風穴を開けられた。

ハジメの抵抗力をまた一つ奪って、エヒトルジュエはそのたおやかで美しい指先をそっとハジメの顎に添えた。そして、有無を言わさず顔を上げさせる。

薄らと左目を開けたハジメに、エヒトルジュエは艶然と微笑むとまるで口付けでもするかのように顔を近付けた。そして、弄ぶように唇の手前で進路を変えると半ば抱きしめる形で密着しながらハジメの耳元に甘く、嫌らしく、ヘドロのように粘ついた声音で囁いた。

 

「お前の大切なものは全て我が壊してやろう。共に【神域】へ踏み込んだ仲間も、地上で抵抗を続ける同胞達も、故郷の家族も、全て踏み躙り、弄び、阿鼻叫喚を上げさせてやろう」

「……」

 

ハジメは答えない。ただ真っ直ぐ、魔眼でどこかを見つめるのみで、感情の発露も見受けられない。本当に抜け殻のようで、心ここにあらずといった様子。

エヒトルジュエは、そんなハジメの横顔を恍惚の表情で眺める。

 

「だが、安心するがいい。この素晴らしき吸血姫の体だけは丁重に扱ってやる。我の大切な器であるからして、隅々まで、存分に、丁寧に、なぁ?」

 

最愛の女を、いいように使われる。その耐え難き言葉に……ハジメが反応した。おもむろに砕けた右手を動かし、求めるようにエヒトルジュエへ、否、ユエの胸元へと手を添える。

 

「……やっと……見つけたぞ」

「ん?」

 

小さな、小さな呟き。しかも掠れていて、間近にいたエヒトルジュエをして聞き逃した。

エヒトルジュエにとってハジメは既に嬲るだけの存在。全ての希望を潰され堕ちた玩具だ。ここから何か出来るはずもなく、それ故にその小さな呟きを、最後の嘆き、あるいは既に存在しない最愛を呼ぶ哀れな鳴き声だと思った。

そうして、最後の絶望という名の甘露を味わおうとハジメの口元に耳を寄せる。

ハジメがスっと口を開いた。それは、本来なら既に唱える必要のない詠唱。されど、ハジメの命を繋いできた最大の武器にして、唯一の才能を示す言葉。

 

「“錬成”」

 

一瞬、片目を眇めて訝しみ、「なにを」と問おうとしたエヒトルジュエだったが、それは敵わなかった。

なぜなら、

 

「――ガァッ、ガハッ!?」

 

突如、エヒトルジュエの胸元から無数の刃が飛び出したから。

内側から肉を食い破り、剣山のように生える血濡れの金属刃。それは、胸元だけでなく瞬く間に体中の至る所から飛び出し、更にはどこからか集まった金属片を媒介にして隣り合う金属と癒着し、エヒトルジュエの体を凄惨に拘束した。

体の内側から刃が飛び出してくるという異常事態に、エヒトルジュエの思考もまた一時停止をしてしまう。それ程までに、勝利を確信していた上でのこの不意打ちは衝撃的だった。

体を突き破る刃に、どこからか現れた金属片が深紅のスパークと共にエヒトルジュエの動きを物理的に阻害し、金属に含まれているらしい封印石の要素が魔法の行使を妨げ、更にその異常性そのものが思考をも停止させる。それにより出来た隙は、ほんの数秒のこと。

だが、価千金。この瞬間こそが、ハジメが待ち望み、狙っていた本当の勝負所。

 

「“錬成ッ”!」

 

再度、己の才覚を叫ぶ。

ただ、金属を加工するだけの魔法。今、この場にある金属は一見するとエヒトルジュエの体から飛び出す刃のみ。“神殺し”ですら歯が立たない相手を、どうにか出来るわけもない。

しかし、ハジメの砕けた右手――魔力の直接操作によって砕けたまま強引に動かしたそれが添えられた場所は……自らの腹。

直後、深紅のスパークが迸ると同時に血濡れの刃がハジメの腹から飛び出した。

 

「――ッ!?」

 

エヒトルジュエが瞠目する。それは、ハジメが胃の中に金属塊を隠し持っていたからでも、それが腹を突き破ってきたからでもない。

その飛び出した刃に込められた尋常でない気配を感じたから。背筋が粟立ち、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。それは紛れもなく先に感じたのと同じ――概念魔法の気配。

刹那の世界でエヒトルジュエは咄嗟に天在を使おうとする。しかし、体血管の中を掻き乱す微細な刃の群れが思考と魔法行使を邪魔し、自動再生すら遅らせる。更には、いつの間にか両足を縫い付けている金属の枷が物理的に飛び退くことを妨げる。

そうして晒してしまったコンマの隙は、ハジメの刃を届かせるに十分だった。血に濡れて分かりづらいが、神結晶を含有する玩具の如き小さなナイフは透き通った刀身に深紅の光を纏いながら突き出され……そして、狙い通りエヒトルジュエの体にズブリと埋め込まれた。

途端、膨れ上がる深紅の魔力。その中心はエヒトルジュエの体。同時に響き渡ったのはエヒトルジュエの絶叫。

 

「がぁあああああああああああああっ!!?」

 

ただ、小さなナイフで刺されたにしては有り得ない焦燥と苦痛の悲鳴を響かせる。体から飛び出す刃を白金の光で消滅させ拘束を解き、ふらふらと後退りながら頭を抱えて身悶える。

エヒトルジュエの体がドクンッ、ドクンッ! と脈打ち始めた。

それは目覚めの狼煙。身悶える肉体の本来の持ち主が上げる意志の叫び。

 

「馬鹿なっ、吸血姫は完全に消滅したはずだ!」

 

確かに、消滅していく魂魄を感じていたのだ。エヒトルジュエは内から膨れ上がる自らを押し退けようとする力の奔流に顔を歪めながら困惑もあらわに疑問を叫ぶ。

それに答えたのはハジメだ。未だ起き上がることも出来ない体でありながら、その口元には獰猛な笑みが浮かんでいる。

 

「ユエの方が一枚上手だった、それだけのことだろう?」

「っ――」

 

その言葉で察する。すなわち、ユエの消滅はユエ自身がそう見せかけた策だったのだと。力尽き、消えたように見せかけて、自らの魂魄を隠蔽し身の奥深くへと潜んだのだと。

いつか必ず、助けが来ると信じて。

もしかすると、エヒトルジュエが聞いた悲鳴も演技だったのかもしれない。

 

「だが、だがっ、何故っ!?」

 

身悶え、遂に膝を付いて頭を抱えるエヒトルジュエが言葉にならない疑問を無意識に呟く。

それに対して、ハジメは右手を突き出しスパークを放ちながら答えた。

 

「“神殺し”の弾丸は、お前の魂魄を揺さぶり、ユエの魂魄を覚醒させる。“血盟の刃”は、お前の妄念を断ち切り、ユエに力を与える」

「どういう――ッ、まさかっ」

 

一瞬、意味が分からないと困惑の言葉を漏らしそうなったエヒトルジュエだったが、直ぐに理解したようでハッとした表情となった。

それを見てハジメの口元が更に釣り上がる。

概念魔法“神殺し”――それは、ユエの肉体に影響を及ばさず神性を有する魂魄のみを消滅させる魔法。しかし、ミレディから与えられたこの力を、ハジメは彼女の忠告通り信頼してはいなかった。

故に、その特性のみを利用して本当の切り札を補助する目的で使うことにしたのだ。すなわち、致命傷には程遠かろうと、エヒトルジュエの魂が小さくない影響を受ける隙を突いてユエを覚醒させ、更にユエ自身が力を振るう隙を与えるということ。

そして、もう一つが、第二の刃本当の切り札の為にエヒトルジュエとユエの魂魄を明確に区別すること。魔眼の右目を薄ら開いていたのは、それを確かめるため。小さく呟いた「見つけた」という言葉は、深奥に身を潜ませていたユエの魂を捉えたという意味だったのだ。

アーティファクト【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】――ハジメが丸い鉱石状態で胃の中に隠し持っていたそれに付与された概念は、【汝、触れることを禁ずる(俺の女に触れるな)】。すなわち、ユエの魂魄への干渉禁止と、既にある干渉を断ち切る概念魔法だ。

難点は、ユエの魂魄に直接当てなければ真価を発揮しないという点にあり、それ故に、ハジメは何としても“神殺し”を確実に当てなければならなかったため、随分と苦労したわけだが……

とにかく、これにより、エヒトルジュエの影響から完全に切り離されたユエの魂魄は障壁に守られたかのような状態で、自身は十全に力を振るうことが出来る。しかも、この【血盟の刃】にはわざわざ刀身に溝を掘ってあり、毛細管現象を利用してたっぷりとハジメの血が含まれていた。

ユエの技能――唯一と定めた相手からの吸血による効果を大幅に増大させる“血盟契約”。それが、【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】を通して直接、ユエの魂魄を強化する!

 

「これを、最初からっ、狙っていたというのか!?」

「圧倒的物量で押し切れるなら、それで良かった。だが、かかっているのは最愛の命だ。二手、三手を用意しておくのは当たり前だろう?」

 

刻一刻と力強さを増していくユエの魂の力。自分の中から異物を追い出そうと荒れ狂う。これは私の体だと、触れていいのはハジメだけなのだと。渦巻き吹き荒れる白金の魔力が明滅するように黄金へと輝きを変え、その意志を示すように脈動がエヒトルジュエの魂魄を打ち据える。

エヒトルジュエは幻視した。スっと目を開き、その深紅の瞳で己を射抜く美しき吸血姫の姿を。その瞳には最愛のパートナーへの絶大な信頼が宿っており、今この瞬間を待っていたのだと雄弁に物語っていた。

それはすなわち、ユエも、ハジメも、想いは同じだったということ。意思疎通なくして、互いがどうするか理解し合っていたということ。

エヒトルジュエは思う。あの時、ユエの体を乗っ取ったものの抵抗を受けてハジメを見逃した、その時から、もしかすると自分は二人の絆という名の掌の上で踊っていたのではないかと。

凄まじいまでの屈辱と言い様のない不快さがエヒトルジュエの精神を軋ませる。その荒れ狂う心のままにエヒトルジュエは叫んだ。

 

「舐めるなっ、吸血姫っ。この肉体は我のものだ!後顧の憂いは残さん! 貴様の魂、今度こそ捻り潰してくれるっ。その次は貴様だっ、イレギュラー! ははっ、この程度の概念など我が力の前では――」

 

事実、【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】を受けても、エヒトルジュエとユエの魂魄による肉体の主導権争いは拮抗していた。それ程までに、信仰心変換の秘技により昇華した神の魂魄は絶大なのだろう。

だが、

 

「だろうよ」

 

エヒトルジュエの言葉は、たった一言により遮られた。まるで予想済みだとでもいうような軽い声音によって。

 

「――な、に?」

 

エヒトルジュエの瞳が大きく見開かれる。それは、言葉を遮られたからではない。

視線の先、そこで雛壇に背を預けたまま震える右手をエヒトルジュエに向けるハジメの姿があったから。

そして、信じ難いことに、信じたくないことに、その手に握られた弾丸から――新たな概念魔法の気配が発せられていたから。

いったい、どこから出したのか。血濡れであることからすれば、やはり体内に隠し持っていたのかもしれない。

 

「い、今更、そんなもの! アーティファクトもなく!」

 

ユエとの魂のせめぎ合いで身動きが取れないエヒトルジュエが、焦燥を滲ませつつも嘲笑うように叫んだ。

確かに、弾丸だけあってもドンナーかシュラークが無ければ放つことは出来ない。ハジメの足は穿たれていて、未だ回復はしていないことからすれば、直接叩き込むということも出来ないはずだ。

だが、そんなことは百も承知。

ハジメは王剣が入っていた指輪(保管庫)とは別の指輪から1つの銃を取り出した。その銃は正義の味方が愛用していた1発用の銃。名をトンプソン・コンテンダーという。

 

「“錬成”」

 

鮮麗な紅が広がる。それは周囲の空間に広がっていき、徐々に色を濃くして深紅へと変わっていく。同時に、突き出した弾丸を込めたトンプソンを握る手にキラキラと煌く風が集っていった。それは徐々に小さな何かを形作っていく。

 

「……金属の粉、だと?」

 

呆然と呟くエヒトルジュエ。その呟きは、全くもって大正解。

 

「ユエを確実に(・・・)取り戻すのに最低三工程は必要と踏んだ。……言ったはずだ。確実を期す為だと」

「まさか、あの戦いの最中に……では、これも最初から狙って……」

 

何故、刹那の戦闘を強いられた中で手榴弾などというタイムラグのある武器を使い切るまで多用したのか。何故、クロス・ヴェルトやグリムリーパー達は、斬撃系統の攻撃を受けたときにも爆発四散していたのか。エヒトルジュエの体から飛び出した金属は何だったのか。

その答えがこれ――金属粒子だ。

目に見えず宙に舞うほど錬成によって微細に分解された金属粒子を全ての手榴弾とクロス・ヴェルト、そしてグリムリーパーに詰めて空間全体に爆発四散させた。中には金属粒子しか入っていない手榴弾もあったし、大鷲型グリムリーパーの中にはずっと粒子を散布している個体もあったのだ。

あの戦いの最中、物量戦で押しきれないと察し、更にはエヒトルジュエの頭上で撃墜させた(・・・・・)クロス・ヴェルトが撒き散らした粒子を、エヒトルジュエが吸い込み、そのことに気がついていないということを確認した時点で、ハジメは第二プランへと移行したのである。

すなわち、唯一の切り札である“神殺し”を当てるためだけに、死に物狂いで戦っていると思わせて、その実、錬成の材料となる金属粒子を気づかれないよう周囲に散布し、エヒトルジュエを体内から攻撃・拘束するという第二プランへ。

そして、本来なら触れていなければ使えないはずの錬成で、広範囲の金属を集め錬成できた理由は、錬成の終の派生“集束錬成”だ。あの魔王城で目覚めた錬成の極意“想像構成”と同時に手に入れた二つの内の一つ。

効果は単純。触れずに周囲の金属を集めて錬成できる、それだけだ。ありふれた職業に相応しい地味さである。

だが、それが体内に取り込まれた金属に作用すればどうなるか。宙を舞う金属をたっぷりと吸い込んだエヒトルジュエの肺や胃の中はさぞかし金属粒子に塗れていたことだろう。

そして、あの義手による拘束。固定の為に飛び出しエヒトルジュエに突き刺さったスパイクからも金属粒子を溶かした液体が流し込まれていたのだ。それが血中を流れている間に破片となれば、内側からズタズタにされるのは自明の理だ。

 

「物量戦で圧倒した。近接戦で格の違いを見せつけた。切り札を切らせて、その上をいった。全ての手札アーティファクトを完全に潰した。だから……」

 

――勝ったと思っただろう?

ハジメの悪魔の如く三日月に裂けた口元が、その言葉が、エヒトルジュエの推測を真実である証明する。勝利を確信したからこそ、切り札をも凌いで、己がハジメに対して圧倒的であると確信したからこそ、あれほどまでに無防備に密着したのだ。勝利を確信して、隙を作ったのだ。

それこそが、本当に狙っていたことだと突きつけられて、あの息詰まる戦闘の最中ずっと布石を打っていたと教えられて、しかも乗っ取られているとはいえ恋人の体を内側からズタズタにするという容赦のなさに、エヒトルジュエの精神が揺らぎに揺らぐ。その動揺を、吸血姫が容赦なく突いてくるのだから堪ったものではない。

エヒトルジュエが動揺と、ユエの攻勢に意識を割かれている間に、遂に、集束した金属の粒子はトンプソンをさらに重圧にしたドンナーやシュラークに引けを取らなアーティファクトとなった。込められた弾丸は致命の牙。

ハジメの砕けているはずの指が魔力操作で強引に動き、引き金へと掛かる。

エヒトルジュエが体から飛び出した刃や纏わりつく金属の枷を消滅させつつ雄叫びを上げながら動こうと、あるいは転移をしようとする。だが、途端、時間が数分の一にまで減少したかのように遅くなり、その全てを阻害してしまう。自動再生まで発動を止めてしまっている。

時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ))がコンテンダーに宿されており、その能力が発動したのだ。

まるで、ハジメの一撃を援護するが如く。

きっと、それは気のせいではないのだろう。

血塗れのハジメは、それでも不敵に笑いながら重圧なコンテンダーを深紅の雷でスパークさせた。

そして、

 

「返してもらうぞ。その女は、血の一滴、髪一筋、魂の一片まで、全て俺のものだ」

 

紅い閃光が必死の形相で叫ぶエヒトルジュエを貫いた。

放たれたのはアーティファクト【血盟の弾丸(プルート・フェア・ブレット)】。込められた概念は【紡いだ絆をお前がいないとこの手の中にダメなんだ】――ユエとハジメ、求め合う互いの魂を共鳴させ、ユエの魂魄を爆発的に強化すると共に、体内に巣喰う異物魂魄の結合を強制的に引き剥がしつつ、同時に直接神経を炙るような凄絶な痛みを与える効果を持つ概念魔法だ。

 

「――ッ!!」

 

声にならない叫び。それは果たして、エヒトルジュエが上げた悲鳴か、それともユエが上げた裂帛の気合か。

直後、黄金の光が爆ぜた。

それは、先程まで白金などよりずっと鮮やかで温かい色。ハジメを包み込むように照らし、どうしようもないほど切なくさせる。紛れもなく最愛の光。

光の奔流の中、ユエの体から影のようなものが吹き飛ぶように離れていった。

直後、目覚めるようにスっと開かれた瞳。鮮烈な紅玉は真っ直ぐに最愛を捉える。

そして、蕾が満開に咲き誇るが如く、あるいは暗雲を吹き払い顔を覗かせた太陽の如く、燦然と輝きを放って蕩けるような笑顔を見せた。

ユエの体がふわりと浮かぶ。

血濡れではあるが、そんなものはむしろ、彼女の艶やかさを助長するものでしかない。大人の魅力を携えた姿で、豊かな金糸をふわふわとなびかせて、迎え入れるように、あるいは迎えて欲しいというように、両手を広げてゆらりと飛び込んでくる姿は、いったい、どのような言葉で表現すればいいのか。

女神のようだ――そんな言葉がどうしようもないほど陳腐に思える。

ハジメは、ただ、ひたすら愛しげな表情で、優しく目を細めながら恋人の願いを叶える為にスっと腕を伸ばした。

そこへユエが飛び込む。重さなど全く感じさせずに、まるで真綿のようにぽふっとハジメの上に腰を落とし、そのまま胸元に顔を擦りつける。回した腕はぎゅぅうううっとハジメを拘束し、無言で、一つに溶け合いたいと訴えているかのようだ。

ハジメもまた、片腕を回してユエを抱き締める。腕や腹の痛みなど、彼女と離れていた時の心の痛みに比べれば毛程のこともない。

やがて、ユエが胸元に埋めていた顔を上げた。その瞳は込み上げる感情をあらわすようにうるうると潤み、可憐な桃色の唇から漏れ出す吐息は火傷しそうなほどに熱い。

ハジメは、そっと薔薇色に染まったユエの頬に手を添えながら、愛しさの溢れる声音で言葉を贈った。

 

「迎えに来たぞ、俺の吸血姫」

「……ん、信じてた。私の魔王様」

 

お互いの冗談めかした呼び名に、くすりと微笑みを零し合う。

口付けは、自然だった。互いに触れ合うだけの、されど最大限に想いを乗せた優しい口付け。血の味がするのはご愛嬌。ユエの小さな舌が、チロリとハジメの唇についた血糊を舐め取る。

と、その時、睦み合う二人を再び引き裂こうというのか、凄絶な殺気と共に莫大な光の奔流が襲いかかってきた。

咄嗟に、ユエが半身だけ振り返りながら手を突き出した。一瞬で張り巡らされる光の障壁。

そこへ、空間を軋ませるような衝撃と共に光の砲撃が直撃する。

 

「……んっ」

 

ユエが僅かに声を漏らした。ギュッと眉根と寄せられる。

ユエ自身、エヒトルジュエの魂魄を追い出す際に、かなり消耗してしまっているということもあるが、それ以上に、その砲撃には、ユエの障壁を空間ごと軋ませるほどの威力が込められていたのだ。

神代級の魔法を使う余力は残されていない。ハジメは満身創痍のまま動けない。

故に不退転。その意志で“聖絶”を張り続けるユエと、寄り添うハジメ。そこへ、狂気を孕んだ呪詛の如き言葉が響いた。。

 

『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、イレギュラーッッ!』

 

障壁の向こう側、光の砲撃の起点。そこには、光そのもので出来た人型が浮遊していた。その浮遊する光の人型の頭部と思しき場所、その口元が憤怒をあらわしているように歪に歪む。

ぼやけた姿でもよく分かる。声音が違っても、憤怒に彩られていても、その滲み出る下劣さは間違いようもない。

その光の塊は紛れもなくエヒトルジュエだった。

ビキッ、パキッと、ユエが展開した障壁に亀裂が入っていく。

光の砲撃は絶え間なく、一切合切を消滅させんと威力を上げていく。

 

『ここは【神域】。魂魄だけの身となれど、疲弊した貴様等を圧倒するくらいわけのないことだっ! 吸血姫の眼前でイレギュラーを消し飛ばし、今一度、その肉体を奪ってやろう!』

 

空間全体に反響するエヒトルジュエの声。

神剣や神焔といった透過性能を持つ魔法や、雷神槍のような天在を使った空間跳躍攻撃が同時行使されないところを見ると、ユエとの魂魄のせめぎ合いや【血盟の弾丸】によるダメージは、エヒトルジュエに対してそれなりの消耗を強いたようだ。

だが、光の砲撃は、それでもなお絶大。その色は白銀。それが元々のエヒトルジュエの魔力光なのだろう。一見すると、神性を示すような煌きだ。だが、砲撃と同じく絶え間なく続く、憤怒と狂気を孕んだ哄笑が、全てを台無しにしている。

 

『さぁ、無駄な抵抗は止め、懺悔するがいい。最後の望みが絶たれた今、もはや、何をしようとも意味はない!』

 

光が膨れ上がる。“聖絶”の亀裂が次第に大きくなっていく。

ハジメとユエの二人にしてやられたことがエヒトルジュエの矜持をいたく傷つけたようで、ユエの体を慮る様子はない。再憑依した後、“再生”すればいいということなのだろう。それよりも、ユエがハジメを守りきれず、目の前で消し飛ぶという光景を作り出すことが重要なようだ。

そんな悲劇的な未来をエヒトルジュエは確信しているらしい。満身創痍で概念魔法という切り札を二枚も切ったハジメに、もう余力があるとは思えなかったのだろう。かつての解放者達ですら七人掛りで三つしか生み出せなかったのだ。

ユエに対する想いの強さ故の奇跡とすら言える。

だからこそ、

 

「これで終わりだなんて、誰が言ったよ?」

『強がりを――』

 

エヒトルジュエの言葉が途中で止まる。

障壁の奥で、口元を三日月のように裂いた悪魔の如き笑みを浮かべるハジメを見たから。その表情に肉体もないのに悪寒が駆け巡る。

 

「ユエ」

「……ん。任せて」

 

阿吽の呼吸。それだけで手札の詳細など知らずとも、ユエにはハジメの求めることが手に取るように分かる。だから、余計な言葉はいらない。これで最後だと黄金の魔力を唸らせて“聖絶”に力を注ぎ込む。

ハジメの手に金属の粒子が集束した。錬成されたのは一発の弾丸。なんの変哲もない、ただの弾丸だ。

しかし、そこでハジメはガリッと歯を鳴らした。そしてプッと吐き出されたそれは、隠蔽状態で奥歯に仕込んでいた最後の概念魔法――【全ての存在を否定する(何もかも消えちまえ)

鎖の崩壊と共に消えたと思われていたそれを、ハジメはどうにか集束錬成で小指の先程度ではあるが確保し、加工した上で奥歯に仕込んでおいたのだ。この時の為に。

粉微塵になっても集束すれば概念が生きていたことにハジメ自身驚いたが、それだけ、ユエを奪われたときの虚無的な感情は極まっていたのだろう。恐ろしいほどに深い想い。

血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】も【血盟の弾丸(ブルート・フェア・ブレット)】も、あくまでユエを助け出す為のものだ。故に、最初から止めは純粋なまでに破壊を願った、この概念の弾丸。小さな、されど今や確かな存在感を放っている奥歯を、錬成で弾丸にコーティングしていく。

 

『それはっ』

「アルヴヘイトは神だから死んだわけじゃない。ただ、ユエに手を出されてキレた俺の暴走に巻き込まれただけさ。俺に神殺しなんて概念、生み出せるわけがないだろう?」

『き、きさま――』

 

ハジメが、エヒトルジュエがしていた勘違いを訂正する。

それは、エヒトルジュエにしろ、アルヴヘイトにしろ、この世界で暴威を振るう“神”だから相対したわけではないということ。

南雲ハジメの逆鱗に触れた。

ただ、それだけが、エヒトルジュエ達が滅ぶ理由なのだ。

そう、言外に告げられ、エヒトルジュエは言葉を失う。ハジメにとって、エヒトルジュエもまた襲い来る魔物と大差はなかったのだということに気がついたから。

その力には圧倒的な差があれど、今までハジメが潰してきた相手とスタンスは何ら変わらない。すなわち、“敵だから殺す”。全くもって特別なことなど何もなかったのである。

 

『ふ、ふざけ、きさまっ』

 

言葉にならないといった様子のエヒトルジュエ。屈辱が大きすぎて、されど、向けられる概念が凶悪すぎて、今すぐ滅ぼしてやりたいという黒い意志と今すぐ逃げろという本能がせめぎ合ってしまう。

その逡巡が命取りとなった。

 

「チェックメイトだ、三下」

 

不敵に歪めた口元に咥えた弾丸をデリンジャーに装填したハジメは、辛辣な言葉と共に躊躇いなく引き金を引いた。装填された【存在否定】の弾丸が深紅の閃光となって放たれる。絶妙のタイミングでユエが障壁を透過させ、光の砲撃をものともせず、当たった端から消滅させていく滅びの一撃。

エヒトルジュエは、今更ながら、焦燥をあらわにして回避を選択するが……

 

「ユエの名において命じるっ、“動くな”!」

『馬鹿なっ』

 

体を乗っ取られた直後から、身の内で何度も力の流れを感じ、その効果を見て、聞いた。その仕組みを、戦乱の時代に僅か十代で当時最強の一角に数えられた魔法の天才がものに出来ないわけがない。

魔力は既に底が尽きかけている。だが、それがどうしたと、ブラックアウトしそうな意識を意志の力で叱咤し、限界を訴える体を強引に捩じ伏せて魔力を搾り出し、“聖絶”に消費していた魔力をも回して発動した魔法――【神言】

まさか、己の魔法を使われるとは思いも寄らなかったのだろう。エヒトルジュエの使う【神言】と比べれば幾分拙さが残るその術は、しかし、見事に対象を拘束した。

 

『我はっ、我は神だぞ!!イレギュラァアアアッ!!!』

 

絶叫。迫る滅びの紅き閃光に、顔はなくても分かる。エヒトルジュエが、恐怖の表情を浮かべていることが。有り得ない光景、信じ難い現実、永劫に続くと信じて疑わなかった己の道が脆くも崩れ去る音が響く。

しかし、どれだけ現実を否定しても、どれだけ己は神であり、絶対であると叫んでも……無情に、非情に、無慈悲に、理不尽に、化け物が上げる殺意の咆哮はこの世の一切合切を破壊する。

それが現実なのだ。

故に、

 

『――ッッッ!!!!!』

 

深紅の閃光は光の奔流を貫き、絶叫を掻き消し、凄惨な未来を砕いて――狂った神の胸を貫いた。

音もなく、深紅の閃光は白き空間の遥か彼方へと消えていく。

光の奔流が霧散し、エヒトルジュエが胸元にぽっかりと空いた穴に手を這わせる。そして、言葉にならない悲鳴を上げながら、胸元を掻き毟るように、あるいは必死に塞ごうとしているかのように、哀れみすら感じさせる有様を晒してもがく。

 

『ぁあ、馬鹿な……そんな……ありえない……』

 

現実を否定する言葉を漏らすものの、胸の穴を中心に光の肉体は崩壊していく。

そして、最後に、もう一度「……ありえない」と呟いて、エヒトルジュエだった人型の光は、虚空に溶け込むようにして消滅した。

同時に“聖絶”の輝きが虚空に溶け、ユエがペタリと女の子座りでへたり込む。

ハジメが、ゆっくりと小さな銃を下ろした。

静寂が辺りを包み込む。

ハジメとユエの、少し荒れた息遣い以外何の音もない空間。

ユエが、今にも閉じてしまいそうな目蓋を懸命に持ち上げながら、微笑みと共にゆっくりと肩越しにハジメを振り返った。

それに対し、ハジメもまた笑みを返そうとして……刹那、

 

「ユエッ!」

「ッ――」

 

ハジメの焦燥が含まれた警告の声が響いた。

それにユエが息を呑んだと同時に、この世のものとは思えない奇怪な絶叫が響き渡った。

――ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

同時に、不可視にして凄絶な衝撃が暴風となって二人を襲う。

抵抗も出来ずに吹き飛んだユエは、ハジメの胸元へと背中から飛び込んだ。ハジメは咄嗟に、ユエに腕を回して体を捻り、衝撃から自らの体をもって庇う。轟音。

それはハジメが半ば埋もれていた雛壇が木っ端微塵に粉砕された音。衝撃と白亜の壁にプレスされなかったことは僥倖であったが、尋常でない衝撃波の直撃を浴びたことに変わりはない。

ハジメは、胸の中にユエを庇ったまま雛壇の残骸と共に、まるで暴風に翻弄される木の葉の如く吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドしながらようやく止まった。

 

「グッ、がはっ、ユエっ……」

「……んっ、ハ、ジメ……」

 

血反吐を撒き散らしながら、ハジメがユエを呼ぶ。ユエはハジメに庇われたが為にまだダメージは少ないようだったが、それでもまともに動けない程度にはダメージを負ったようだ。

二人して手を繋ぎ合い、支え合いながらどうにか上体を起こす。そして、周囲を見渡して冷や汗を流した。

 

「おいおい、なんだこりゃ……」

「はぁはぁ……【神域】自体に、影響が出てる……みたい」

 

ユエの言葉通り、白い空間は至る所に亀裂が入り、あるいはぐにゃりぐにゃりと歪んでおり、明らかに不安定になっていることを示していた。歪んだ場所には、どことも知れぬ世界、見知った世界、地上の光景などが映っては消え、また映っては消えるということを繰り返している。

そして、奇怪な絶叫と絶大な衝撃波の源は……

 

「……実は、あと二回、変身を残して……いたってか? まぁ、ある意味、テンプレだわな」

「……ん。もう、ただの、怪物……」

 

ハジメとユエが視線を向けた先、そこには歪んだ空間から吹き出すヘドロのようなドス黒い瘴気を纏い、あるいは吸収しながら、尚、奇怪な呻き声を上げるエヒトルジュエだったもの(・・・・・)がいた。

 

『ゥ゛ゥ゛ゥ゛、ア゛ア゛、ァ゛ァ゛ッッ――』

 

その精神を逆撫でするような不快極まりない呻き声に惹かれるように、周囲の歪んだ空間から止めど無く瘴気が集まり、その中には魔物や使徒らしき姿が見て取れる。だが、どれも抵抗する素振りも見せず虚ろな瞳を虚空に向けたままエヒトルジュエへと吸い込まれていった。

そして、更に響き渡る不快な音。ベキッ、ゴキュ、グチャ、ボキッと骨と骨が磨り潰されるような、あるいは肉と肉が潰れ合うような生々しい音が瘴気の中から響いてくる。

同時に、途切れがちな言葉が反響するように広がった。

――死に、たく……ないっ、死にた、く…な……い

――どうし……じゅうぶ、ん…だ、と……わか、らない…しに、た…く、ないっ

――えい、えん……を…すべて……

――か、み……われ、は…かみ…なる、ぞ……なの、に…なぜ……

――まち…がって、な……ど、われ、こそ……

――した、がえ…すべて……こわれ……こわ、す…

――くるし…め、さけ…べ…なげき……わめ、け…

――いや、だ……しに、たく…な、いっ

その言葉は、生への執着であり、他者への怨嗟であり、子供じみた独善であり、俗な自己保身であり、言い訳のしようもないただの八つ当たりであった。

だが、死にたくないという思いも、一人となり何もかも壊したくなる気持ちも……本当は認めたくないし心底嫌になるが、ハジメには理解できてしまう。

奈落の底で他者などどうでもいいと変心し、血肉を啜ってでも生き足掻いた。ユエを奪われたときは、虚無的な感情から極限の破壊をもたらす概念まで生み出し暴走した。

 

「……あれは、もしかすると、ユエ達と……出会えなかった……お――」

 

俺なのかもしれない。そう呟こうとしたハジメの唇をユエのたおやかな人差し指が押さえて遮る。

そして、静かに首を振ると囁くような声で、優しく否定する。

 

「……あれとハジメは違う。……あれにも、きっと想ってくれる者はいた。手を差し伸べるべき相手も、手を差し伸べてくれた者も。それを顧みなかったはあれ。その結果」

 

ユエの深紅の瞳が優しく細められる。

 

「……今まで、ハジメが歩んできた軌跡。それがハジメの全て」

 

変心しても、奈落の底で上げられた悲鳴を聞き届けた。この世界のことなどどうでもいいとそう言いながら、結局、多くの人々を助けてきた。そうやって歩んできた軌跡が、ハジメの暴走を止めた。

だから、似ているように見えても、全然違うのだと。

だから、私のハジメを貶めないで、と。そう伝える。伝わる。

 

「……ユエがそう言うなら、そうなんだな」

「……んっ」

 

絶賛大ピンチだというのに何を感傷に浸っているのかと、そして、この土壇場で何を諭されているのかと、苦笑いを浮かべるハジメにユエはふわり微笑む。

その間にも、エヒトルジュエだったものは、聞くに耐えない身勝手な心情を吐き出し続け、逆に魂魄には瘴気や魔物、使徒の残骸を凄まじい勢いで吸収していく。

エヒトルジュエは明らかに正気を失っている。空間の不安定さを考えれば、先の衝撃波だけが原因ではなく、明らかにエヒトルジュエの異常が作用していると分かる。つまり、【存在否定】の弾丸は、確かにエヒトルジュエに対して致命傷級のダメージを与えたということだ。

それでも消滅せず、否定され消滅した己の存在を補うように瘴気と魔物達を取り込んでいるのは、ひとえにエヒトルジュエの生存欲、支配欲に対する執着の強さ故だろう。

そんな今にも消滅しそうな己を執念だけで保っているエヒトルジュエに、しかし、ハジメ達は止めを刺す術を持っていない。

魔力は枯渇し、体は満身創痍でまともに立ち上がることすらできない。

用意した切り札は使い切った。その事実に、ハジメはもう苦笑いするしかない。本当に、ファンタジーという夢と希望が詰まった言葉で表すには些かハード過ぎる世界である。

と、その時、エヒトルジュエの周囲を覆っていた瘴気が破裂するように吹き飛んだ。

未だ、渦巻くような黒霧を纏ってはいるが、その全貌ははっきりと見える。

 

「マジで怪物だな」

「……ん。いっそ哀れ」

 

二人の感想は率直だ。

そこにいたのは肉の塊。何種類もの肉を骨や皮と一緒に適当にこね合わせて、そこに手足を突き刺した蠢く肉塊。幾本もの触手がうねり、グロテスク極まりない。ただ、そこにいるだけで人の正気を奪っていくような吐き気を催す姿だった。

その肉塊と成り果てたエヒトルジュエだったものが、不意に絶叫を上げた。

――ギィィァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

 

途端、吹き荒れる暴風。黒い瘴気が渦を巻き、不可視の衝撃波が肉塊を中心に白亜の地面を吹き飛ばす。

指向性を持たない、放射状に放たれたものではあるが、それでも既にそれなりの距離を吹き飛ばされていたハジメ達を、更に吹き飛ばす程度の威力は秘めていた。

苦悶の声を漏らしながら吹き飛ばされ、それでも繋いだ手を決して離さないまま地面に叩きつけられた二人。ハジメは、苦痛に顔を歪めながらも、やれやれといった様子で肩をすくめて、ユエに指示を出した。

 

「ユエ、血を吸え」

「……っ、でも」

「大丈夫だ」

 

ハジメの言葉に、ユエは逡巡する。ハジメは大丈夫だと言うが、そんなわけがない。既に致死量ギリギリか、あるいは既に越えているのではと思うほど出血をしているのだ。腹部の傷も、両足の傷も、塞がってなどいない。筋肉を締めて流血を抑えてはいるが、いつ出血多量で鼓動を止めてもおかしくない状態である。

意識を保ち、今尚、生きる為に、敵を殺す為に、思考を働かせていられるのは、ひとえに化け物と称されるほど強靭な肉体のおかげだ。それでも本当にギリギリ。ここでユエが吸血すれば、止めを刺すことになりかねない。

遠くで、再びエヒトルジュエが正気を削るような咆哮を上げる。その度に空間は激しく歪み、衝撃波が白亜の世界を破壊していく。更に、うねる触手が獲物を探すように彷徨う姿も見える。このままでは、何もせずと死ぬのは明白だった。それでも、逡巡してしまうユエに、ハジメは、笑みを見せる。

それは、いつもの、ユエの胸の奥をキュッとさせる大胆不敵な笑み。犬歯を剥き、瞳をギラつかせ、味方には絶大な信頼を、敵にはトラウマ級の戦慄を与える、吸血姫を虜にする悪魔の笑顔。

 

「言っただろう? テンプレだって。俺が、この事態を想定していなかったと思うか?」

「ハジメ……」

「確かに、切り札は使い切った。ただし、用意した完成品は(・・・・)、な?」

 

もはや、ユエに言葉はなかった。あぁ、本当に、私の愛した人は何て……悪魔的なのだろう。そんな想いで胸を高鳴らせながら、ユエは熱の篭った吐息を漏らし、コクリと頷いた。

そして、ハジメの自分を抱き締める腕の感触を感じながら首筋に噛み付く。流れ込む血が、ほんの僅かにユエの魔力を回復させる――否、次の瞬間、凄まじい脈動が生じた。ドクンッドクンッと、通常であれば何の効果も得られないほどに微量の血が、“血盟契約”の効果など遥かに凌ぐ勢いでユエを回復させていく。

その原因は一つ。

――ユエ専用アーティファクト 南雲ハジメ

ユエの“血盟契約”を数段昇華させる効果と、“限界突破”を可能にする効果、そして、チートメイトの成分を付与した血中鉄分を豊富に含んだ血液。それがハジメの体には流れている。

自分がアーティファクトを失い、取り戻したユエが疲弊し、更に【存在否定の弾丸】で殺しきれなかった事態を想定して、自分自身をユエ専用のアーティファクトに見立てたのだ。その名称通り、今のハジメは、ユエに限って言えば神水を超える力と回復をもたらす秘宝級アーティファクトなのである。

 

「……んぁ」

 

あまりに甘美で、内から燃え上がるような快楽を感じて、ユエが思わず喘ぎ声を漏らす中、そんなユエの回復を察したように、エヒトルジュエから無数の触手が霞むような速度で射出された。その先端は鋭く、当たれば一撃で体を貫かれるだろう。

ユエは、ハジメの首筋から口を離すと片手を盾にするように向かってくる触手へと向けた。途端、眼前の空間がぐにゃりと歪む。

そこへ殺到する触手。

だが、その全てが二人には届かなかった。歪む空間が全て呑み込んでしまったからだ。否、正確には別の空間へと放逐されているというべきだろう。

ユエは少ない魔力で確実な防御をする為に、不安定になっている空間を利用したのだ。一から空間魔法を発動して空間遮断したりゲートを作ったりするような力はないが、それなら、既に揺らいでいる空間を使って別の世界とのゲートを作ってやろうということだ。既に空いている穴を押し広げるだけなら、それほど力は消費しない。

ユエは空間放逐の結界が確かな効果を発揮しているのを確認すると、再び視線をハジメへと戻した。

ハジメの瞳が、微妙に焦点をずらし始めている。今の微量な吸血だけで、やはり限界がきているのだ。顔からは血の気が引き、今にも目蓋と共に意識を落としてしまいそうである。傷口を意識して、その痛みで辛うじて意識を繋いでいる状態だ。

ハジメの体を支えるユエに、ハジメが掠れた声で、されど何一つ諦めてなどいないと分かる力を秘めた声で話しかけた。

 

「ユエ……ある程度、回復……できたな?」

「……ん」

「手札は…ない。だが……無い、なら――」

「……作ればいい」

 

ハジメに意思を汲み取り、空間を操作しながらユエが言葉を引き継ぐ。それに、薄らと笑みを浮かべながらハジメが続ける。

 

「……奴を、滅ぼす――」

「概念を、今ここで。でも、私一人の魔力だと、まだ足りない」

「変成、魔法……を。俺を――」

「っ……眷属化する。私には血があるから」

 

ニヤリと笑うハジメに、どこまで想定していたのかと、そして随分と無茶な、されど最初から自分への絶大な信頼を前提としたその策に、ユエはもう何とも言えない表情になった。

 

「……材料は」

「俺の、眼を」

 

ハジメの指示に従い、ユエの細い指がハジメの右目に添えられる。そして、ズブリと一気に差し込まれた。ハジメから僅かに呻くような声が漏れるが、ユエは口元を真一文字に引き締めながら躊躇わずに引き抜いた。

その掌には、青白い小さな水晶球がある。魔眼石だ。

 

「ユエ……たの、む」

「……ん。任せて」

 

そうして始まる変成の儀式。

必要な魔力を得る為に、更に吸血されハジメは益々弱っていく。既に鼓動はいつ止まってもおかしくないほどに弱々しい。

だが、ユエの手がハジメの胸元に添えられた途端、まるで電気ショックを浴びたかのように激しい鼓動の音が響いた。ドクンッ、ドクンッ! と脈打つ鼓動は、刻一刻と力強さを増していく。

それは、ハジメをユエと同じ吸血鬼として変成させる魔法。ティオが、他の魔物を眷属に変化させたのと同じ原理だ。魔物と異なり繊細で脆い人間に使えば、普通はただでは済まない。まして、種族を変える変成魔法は最高難度魔法だ。

竜化という、変成魔法を根源に持つ固有魔法の使い手であるティオをして黒隷鞭の補助がなければ成し得ないという時点で、どれだけ難しい大魔法か分かるだろう。それを特に変成魔法については習熟していないユエが、人間相手にぶっつけ本番で使う。

希代の天才であるユエが、心身共に人外の強靭さを持つハジメに使うからこそ成功する可能性のある一手。否、最初からこの方法を想定していたハジメは、成功すると確信していたのだろう。ユエを、心の底から信頼しているが故に。

遠くからエヒトルジュエの肉塊がのそりのそりと近寄ってくるのを感じる。それはきっと死へのカウントダウン。

変成魔法に力を割いた為に空間の制御が甘くなり、幾本かの触手が体を掠り始めている。

だが、そんな極限の状態でも、化け物の愛するパートナーは完璧に応えて魅せるのだ。

 

「ユ、エッ」

「……ん。来て、ハジメ」

 

瞳がユエと同じ深紅に染まり犬歯を伸ばしたハジメが、ユエの触れれば折れてしまいそうな細く滑らかな首筋に噛み付いた。そして、吸血鬼の特性として血を力に変換していく。

 

「……んぁっ」

 

ハジメの喉が鳴る度に、ユエから甘く熱い吐息が漏れる。

体から力が抜けていくのが分かるのに、今はそれどころではないと分かっているのに、“もっと”なんて、そんなことを思ってしまう。

甘美な喘ぎ声が響く中、流れ出る血の量に比例してハジメの魔力が回復していく。

しかし、ユエは焦燥を感じながら思う。

(足りない……)

そう、足りないのだ。概念魔法を創り出すには到底足りない。ハジメの全快にすら程遠い魔力では、今この瞬間も躙り寄ってくる神域の怪物を仕留める概念には届かない。

自分の中に流れる血の限界は、もうすぐそこまで来ている。ハジメの回復量も把握している。このままでは、足りない魔力でイチかバチかの賭けに出るしかなくなってしまう。それも、相当分が悪い賭けだ。

 

「大丈夫だ。お前に捧げたアーティファクト俺が、この程度のはずがないだろう?」

 

焦燥が表情にあらわれていたのか、ユエの首筋から離れたハジメは、そんなことを言いながら今度はユエの唇を奪いにかかった。そして、「んぅ」と小さな声を漏らすユエの唇を犬歯で傷つけ、同時に、自分の唇にも傷を付ける。

そうして、互いにキスを繰り返す内に、それは来た。

轟ッ!!と、凄まじい勢いで魔力が膨れ上がったのだ。

ユエから枯渇寸前だったはずの魔力が噴き上がり黄金が渦を巻く。同時に、ハジメからも先までの回復量からは想像も出来ないほど莫大な魔力が噴き上がった。二人を中心に天を衝くかのような、否、実際に【神域】の空間を貫いて天へと昇る魔力の奔流が吹き荒れる。

黄金と深紅が、まるで二人の関係をあらわしているかのように絡み合い、混じり合い、渾然一体となって荒れ狂う。

――粒子型アーティファクト “連理の契”。

アーティファクト化しているハジメの血液と、ユエが体内に取り込んだ金属の粒子。この金属の粒子、実はこれ自体が一定条件下でのみ発動するアーティファクトだったのだ。その条件と効果とは、血盟契約を結ぶ二人が、アーティファクト化している互いの血を交換し合うことで、連鎖反応的に血力変換を行うことができるというもの。その効果は当人達が自ら血液交換キスを止めるまで際限なく続く。

 

「……ぁん」

 

膨れ上がる力に、最愛と交じり合う喜びに、ユエが喘ぎながら身を震わせる。それはハジメも同じだ。腕の中にいる吸血姫が愛しくて仕方ないといった様子で僅かに血の味のする口付けを繰り返す。

エヒトルジュエの成れの果てが、直ぐそこまで来た。触手と共に絶大な衝撃波を放ってくる。

――ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

それに対して、ユエは目を向けることすらせずに歪曲空間を解除した。

もう、そんなもの必要ないと分かっていたからだ。それを示すように、黄金と深紅の魔力が防壁のようにそびえ立った。そして、次の瞬間、同じように絶大な衝撃を放って全ての攻撃を相殺する。ハジメによる“衝撃変換”だ。

その間も、二人はただひたすら睦み合っている。

神域の怪物が放置される姿は、はっきり言って哀れであった。

それが許せないというように、益々、不快極まりない奇声を発しながら苛烈な攻撃を放つエヒトルジュエ。

その全てを魔力衝撃で退けながら、もはやこの白き空間を内側から破壊しかねないほど膨れ上がった膨大な魔力を従えたハジメとユエは、ゆっくり唇を離していった。二人の間に掛かる銀の橋が何とも艶かしい。

場違いにもほどがある二人の甘い雰囲気を、しかし、邪魔できる者などこの世のどこにもいはしない。

二人は抱き合ったまま、そっと手を重ねた。その間には神結晶が含まれた魔眼石と、吹き飛ばされても決して離さなかったちっぽけな銃がある。

そして、唱えられるハジメの切り札ありふれた技。

 

「“錬成”!」

 

直後、黄金と深紅が溶け合い、太陽が生み出されたのかと思うような光が発生した。

その美しく、力強い輝きに、エヒトルジュエの怪物は身悶えるように後退った。まるで、その温かさすら感じる光を嫌っているかのように。

光が集束していく。

その向こう側には、エヒトルジュエに向かってギラギラと輝く獰猛な眼光と共に腕を突き出すハジメの姿があった。その手には小さな銃が握られている。

疲弊が激しいようで、カタカタと震えるボロボロの右手は照準を定めきれていない。それを、下から掬うようにそっとたおやかな手が支えた。ユエの手だ。

寄り添い合いながら、二人で一つの小さな銃を構える。迸るスパークは深紅と黄金。全てを終わらせる必殺の弾丸が、今か今かと唸りを上げる。

そこに込められているのは紛れもなく概念魔法。

――ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!

エヒトルジュエが狂ったように触手を放った。己に向けられる力の強大さが本能で理解できたのだろう。

だが、そんな闇雲な攻撃が黄金と深紅を纏う二人に通じるはずもなく、その全てはあっさり魔力の衝撃で払われていく。

そして、

 

「男にキスで勝利を与えるなんて、ヒロインみたいだな、ユエ」

「……ん。最後には必ず勝利をもぎ取っていくところ、ヒーローみたい」

 

二人で軽口を叩きながら燦然と輝く銃をエヒトルジュエのド真ん中に照準する。

 

「まぁ、それはさておき、あれに言いたいことは一つだ」

「……んっ」

 

二人は、一瞬、目を合わせる。互いの顔に浮かんでいるのは不敵な笑み。

放たれる言葉は生まれたての強大な概念にして、散々吹っ掛けられた厄災の数々に対するお返しの言葉。そして、きっと、過去を通してエヒトルジュエに弄ばれた全ての人々の気持ちを代弁した言葉。

 

「「――【撒き散ら(よくも)した苦痛を(やってくれたな)あなたの元へ(このクソ野郎)っ】」」

 

音もなく、空を切り裂く一条の閃光。

それは、狙い違わずエヒトルジュエのド真ん中に突き刺さった。

概念魔法【撒き散らした苦痛をあなたの元へ】――対象が今までに他者へ与えた苦痛や傷の全てをそのまま本人に返すという魔法だ。

かつてゴルゴダの丘で聖槍に貫かれた聖人の如く、神だったのものは傷口からゴボリと血を噴き出した。もっとも、それはかの聖人のように聖なるものなどではなく、ヘドロのように黒く粘性のある不快な物質だったが。

肉の塊が崩壊していく中、膠着していたエヒトルジュエの成れの果ては、一拍後、

――ギィイ゛イ゛イ゛イ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

と、凄まじい絶叫を上げた。

そして次の瞬間、爆発したように血肉が四散し、ドス黒い瘴気が混ざった白銀の魔力が天を衝いた。

それはまさしく、狂った神の断末魔の絶叫だった。数千年、あるいは万年に及ぶ非道の数々が全て己の身に返って来たのだ。理性なき怪物に成り果てたと言えど、地獄の責め苦すらも生温いというべき苦痛を一瞬にして万年分感じたに違いない。

絶叫を内包した閃光は空間を粉砕し、その向こう側の見覚えのある赤黒い空へと抜けていく。

紛れもなく、エヒトルジュエの、この世界の神の、最後の光景だった。

 

「……」

「……」

 

ハジメとユエ、二人に言葉はない。

ただ、徐々に細くなり虚空へと消えゆくエヒトルジュエ最後の光を眺める。その手に持つ銃は、負荷に耐え切れなかったようでボロボロと崩れて消えていった。

何もなくなった掌を自然と繋ぎ合わせて、二人は顔を見合わせる。既に魔力は霧散し、二人の周りは静かだ。体力も魔力も何もかも使い切った二人は、人の字のように互いの体を支え合い、抱き締め合う。そして、ふわり笑いあった。

場の創造主がいなくなったせいか、白い空間が鳴動を始めた。不安定だった空間は、いよいよ荒れ出し、あちこちで崩壊し始めている。ハジメは、周囲や自分達の状態を確かめたあと、苦い表情で口を開いた。

 

「ヤバイ、な。黄昏れている場合じゃ、なさ……そうだ」

「……ん。ハジメ、立てる?」

「……チッ、足……どころか、体自体、碌に動かせねぇ。ユエ、は?」

「……座っているのが……やっと」

 

二人して顔を見合わせ苦笑いする。どうやら、本当のピンチは神を屠った後に来たらしい。

 

「悪いな、ユエ。……本当は、エヒトを殺ったあと、回復を待って、粒子で……ゲートキーを作成する……つもりだったんだが……」

「……ん。そんな時間はなさそう。もう、交わし合う血の一滴もない」

「ああ。それに……粒子自体も、不安定な……空間に呑まれて、もう残ってない。最悪、腕か足の骨でも使え……ば、使い捨てアーティファクトくらい……作れると踏んで……いたんだが……」

 

【神域】の崩壊が早すぎて魔力の回復が間に合わないと、ハジメは苦虫を噛み潰したような表情になる。予想していなかったわけではないが、エヒトルジュエの余りのしぶとさは、ハジメをして余裕など持てないほどで、倒すことに全力を注がねばならなかった。それ故に、回復薬を残す余地も、血力変換するための血も、もはや残ってはいない。

最後の最後で、本当に手札が尽きたことに「俺の間抜け」と内心で罵りながら、しかし、絶望など微塵もない。

 

「ここまで来て……終わりなんて……認めない。這ってでも、帰るぞっ」

「……んっ」

 

互いに肩を貸しあって、文字通り、崩壊していく白い世界を這うように少しずつ進んでいくハジメとユエ。遅々として進まない歩みだが、二人の目に諦めの色は微塵もない。そこに、声がかかった。

 

「仲睦まじい所に悪いんですが私たちのこと忘れてませんか?」

「今まで気絶してた妾らが言うのもなんだがちと寂しいのう。まぁそれはそれでありなんじゃが。」

「……シア、ティオ」

「…………ん、来てくれてありがと」

 

今まで、エヒトとハジメの戦いの余波で遠くに飛ばされ尚且つ気絶していたシアとティオが気絶前から満身創痍だったのかかなりの傷を負った状態で来た。

 

「さて、急いで出るぞ。誰か抱えてくれ。」

「OKじゃ」

 

しかし、それでも現実はいつだって非情で、周囲の崩壊は益々激しくなり、皆の意志ごと呑み込まんと迫って来る。

ハジメの視線の先には、いつの間にか現れていた光のベールがあった。この空間への出入口だ。そこに急ぐも、その眼前で光のベールが崩壊した。

 

「くそっ」

「……ハジメ」

 

サラサラと崩れて消えていく脱出の道筋に、ハジメの口から思わず悪態が漏れる。それを宥めるようにユエのハジメを掴む手にギュッと力が込められた。

 

「……八方塞がり、だ。後は、賭けるしか……ない」

「……ん。崩壊に、飛び込む」

「確かにそれしかてはありませんね」

「どうなることか………ちと興奮してもうた。」

 

もう、それしか残っていない。シア達は迷うことなく賛同した。

ハジメとユエも、イチかバチか時折見える地上の光景を狙って崩壊する空間そのものに飛び込むのだ。

だが、どう考えても未来があるようには思えない。賭けにすらなっていないような無謀な試みだ。言ってみれば、爆弾を胸に抱えて、その爆発力で上手く遠くまで吹き飛べるかもしれないと言っているのと同じなのだから。吹き飛ぶ以前に、木っ端微塵になること請け合いである。

だが、それでも諦めるつもりだけは毛頭なかった。

 

「……ユエ」

「ん?」

「愛してる」

「んっ、私も……愛してる」

「私もですよ!ハジメさん!」

「妾も忘れんでくれ。」

 

崩壊を前にしているとは思えないほど落ち着いた様子で想いを言葉にして届け合う二人。シアとティオもそれに混ざる。

いよいよ、無事な地面も無くなってきた。皆のいる場所にも亀裂が入っていく。

そうして、ビキリッと嫌な音が足元から響き、二人が覚悟を決めて地上の見える空間に飛び込もうとした、その瞬間、

 

パキャンッ!!!!

 

「どうやらたどり着いたらしいな。」

「はい。門が消えた時には焦りましたが………こじ開けるとは。」

 

2人……否、3人の人物が空間を割って入って来た。ランサーと呼ばれていた者と1人のノイント上位個体、ノイント上位個体がおぶさるアキレウスだ。

 

「ライダー、到着したぞ。準備は出来ているのだろう?」

「…………あぁ。と、降ろしてくれ。」

「了解」

 

アキレウスはノイント上位個体から降りて、そこでハジメ達がいることに気づいた。

 

「ん?よぉ、すげぇボロボロじゃねぇか。そんなんなるまでよく出来たなぁ。」

「……燦嘹……か。見た通りこのザマさ。んで………何か逃げ切るもんでもあるのか?」

「あぁあるとも。」

 

ハジメは本当に最後の賭けで策があるのか朱爀に聞いたがあると聞いて聞こえていた皆が目をランランとする。

しかし、それはある種の地獄谷の始まりだった。朱爀が口笛を吹いたのだ。

その呼びかけに現れるは3頭の馬とそれに引かれる戦車。

朱爀は戦車が着くと共にハジメ作のボーラを投影(・・)し、皆を戦車に括りつけ、命綱とした。

 

「………………はっ、まさかお前─────」

 

何をするか気づいたハジメは止めにかかったがそこでウザさの極みたるKYが口を挟んだ。

 

『ちょあーーー!絶妙なタイミングで現れるぅ、美少女戦士、ミレディ・ライセンたん☆ここに参上!私は呼んだのは君達かなっ?かなっ?』

 

何か出てきた。

 

「「「「「「「……………………」」」」」」」

 

思わず目が点になる一同。

しかし、そんな皆にお構いなく、闖入者はテンションアゲアゲで口を開いた。

 

『なんだよぉ~、せっかくピンチっぽいから助けに来てあげたのにぃ~、ノーリアクションかよぉ~。ミレディちゃん泣いちゃうぞ!シクシク、チラチラッてしちゃうぞぉ?』

「……うぜぇ」

「……ん。確かにミレディ」

 

半端ないウザさに、皆してようやく目の前の光景が現実であると受け入れたようだ。シアは無事だった強化ドリュッケンを構えてさえいる。

そして周囲を見れば、いつの間にか崩壊が食い止められている。

 

「これ……お前、か?」

『ふふん、まぁね。このくらい解放者たるミレディちゃんには容易いことさぁ~。といっても、あと数分も保たないけどね☆』

「……もしかして、脱出、できる?」

『もっちろんだよぉ!流石、私!出来る女だっ!はい、拍手ぅ拍手ぅ!』

 

ニコちゃんマークの仮面を、どういう原理かキラッキラッさせながらそんなことを言うミレディに、言動のウザさはともかく本気で感心と感謝の念を抱く。と同時に、果てしなく悔しい気分になったハジメ達。

だが、次の言葉で1人を除いて半笑いだったハジメ達の表情は崩れ去る。

 

『ほい、これ【劣化版界越の矢】、最後の一本ね。こんな不安定な空間でないと碌に使えない不良品だけど脱出には十分なはずだから。後、サービスで回復薬だ!矢の能力を発動させるくらいには回復するはずだよん!それ飲んだら皆共さっさとゴー!ゴー!あとはお姉さんにまっかせなさ~い☆』

「……お前は?一緒に、出るんじゃないのか」

 

投げ渡された【劣化版界越の矢】をユエが受け取るのを横目に、ハジメが疑問を投げかける。まるでミレディが、この崩壊する空間に残るような言い方をしたからだ。

その推測は、どうやら当たりだったらしい。

 

『うん、残るよぉ~。こんなデタラメな空間を放置したら地上も巻き込んで連鎖崩壊しちゃいそうだからね。私が片付けるよ』

「……まるで、ここで死ぬ……みたいな言い方だな」

 

回復薬のおかげで、確かにアーティファクトを発動させる程度の魔力は回復したハジメが、幾分滑らかになった口調で問う。

ミレディは、それにあっけらかんと答えた。

 

『うん。私の、超奥義☆な魔法で【神域】の崩壊を誘導して圧縮ポンしちゃう予定だから。崩壊寸前だし、私のこの体と魂魄を媒体に魔力を増大させれば十分できる。だから、私はここで終わり』

「自己犠牲か?似合わねぇよ。それより――」

 

諦めたような物言いが癇に障ってハジメが言い募ろうとしたその時、ミレディ・ゴーレムに重なるようにして十四、五歳くらいの金髪美少女が現れた。魂魄を投影しているようで、それがミレディ本来の姿なのだろう。

その少女姿のミレディは、おちゃらけた口調とは裏腹にひどく満足げな、それでいて優しい表情でハジメとユエを見つめた。

 

『自己満足さぁ。仲間との、私の大切な人達との約束――“悪い神を倒して世界を救おう!”な~んて御伽噺みたいな、馬鹿げてるけど本気で交わし合った約束を果たしたいだけだよん』

「……」

『あのとき、なにも出来ずに負けて、みんなバラバラになって、それでもって大迷宮なんて作って……ずっと、この時を待ってた。今、この時、この場所で、人々の為に全力を振るうことが、ここまで私が生き長らえた理由なんだもん』

 

独白じみたミレディの言葉を、ハジメとユエは黙って聞く。ミレディが安い自己犠牲で悦に浸っているわけではなく、自分達など想像も付かないほど昔から胸に秘め続けた想いを、今この時、成就させようとしているのだと理解したから。

そんな二人を見て、ミレディは益々優しげに目を細める。

 

『ありがとうね、南雲ハジメくん、ユエちゃん。私達の悲願を叶えてくれて。私達の魔法を正しく使ってくれて』

「……ん。ミレディ。あなたの魔法は一番役に立った」

『くふふ、当然!なにせ私だからね!前に言ったこともその通りだったでしょ?“君が君である限り、必ず神殺しを為す”って』

「……“思う通りに生きればいい。君の選択が、きっとこの世界にとっての最良だから”とも言っていたな。俺の選択は最良だったか?」

『もっちろん!現に、あのクソ野郎はあの世の彼方までぶっ飛んで、私はここにいるからね!この残りカスみたいな命を誓い通りに人々の為に使える。……やっと、安心して皆のところに逝ける』

 

きっと、生身ならばミレディの目尻には光るものが溢れていただろう。そう思わせるほど、ミレディの言葉に万感の想いが込められていた。

 

『さぁ、二人とも。そろそろ崩壊を抑えるのも限界だよん。君達は待ってくれている人達の所へ戻らなきゃね。私も、待ってくれている人達のところへ行くから』

 

再び、停滞していた空間の鳴動が始まる。

ふらつきながも、回復薬のおかげでどうにか立ち上がったハジメとユエは、ユエの手に握られた【劣化版界越の矢】を発動させながら真っ直ぐにミレディを見つめ返した。

 

「……ミレディ・ライセン。あなたに敬意を。幾星霜の時を経て、尚、傷一つないその意志の強さ、紛れもなく天下一品だ。オスカー・オルクス。ナイズ・グリューエン。メイル・メルジーネ。ラウス・バーン。リューティリス・ハルツィナ。ヴァンドゥル・シュネー。あなたの大切な人達共々、俺は決して忘れない」

「……ん。なに一つ、あなた達が足掻いた軌跡は無駄じゃなかった。必ず、後世に伝える」

『二人共……な、なんだよぉ~。なんか、もうっ、なにも言えないでしょ!そんなこと言われたら!ほら、本当に限界だから!さっさと帰れ、帰れ!』

「だが断る!」

 

どこか照れたような、それでいて感極まったような表情で顔をぷいっと背けるミレディがパタパタと手を振った。が、表情を唯一変えてなかった朱爀が放った一言で固まった。

 

『え、何故に?』

「そりゃあ俺の役目を奪われたくはないからな。それに、エヒトは曲がりなりにも神を名乗り世界を見ていた。」

「あぁ、地球には霊長類(アラヤ)天上類(ガイア)というシステムが見ている。故にエヒト無き今、この世界にも世界を見届ける存在が必要だ。」

「そこに体の良く永き時を生きる者(ミレディ)が現れたんなら押し付けるだろ?少なくとも1人はいなければならないしな。」

『えぇと…………それって……』

「こういうことだ。」

 

1つのボーラをミレディに巻き付けて戦車に繋げた。

 

『ちょっと!?私皆のところ行きたいんだけど!?』

「第2第3のエヒトが現れてもいいってんならそうすりゃいい。空きがあれば世界は埋めようとする。ならば世界が埋める前にてめぇで埋めるだけだ。」

『っ!』

 

思わぬ言葉に反応するミレディ。今の言い方だと世界がエヒトを招いたような言い方なのだ。それに気づきながらも何も言わずに朱爀は仁王立ちして、言葉を紡いだ。

 

投影・開始(trace・on)

 

その手にひとつの剣が現れた。その剣は3つの筒が連なる剣。全員がその威光に圧された。

 

「この世界(【神域】)の破却を持ってして、異世界トータスの神代を完全に終わらせる。次代はミレディ・ライセン見る平和な世界。故にその威光を以て世に知らしめよ!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)っ!!!!!!!!」

 

その一撃で【神域】は完全に消え、ミレディの用意していた劣化版界越えの矢(ショートカット)で脱出した。

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。