第三者side
第三者side
銀色の天使達が、まるで流星のように次々と地に堕ちていき、赤黒い世界は絶えず鳴動し、本来空が見えるはずの天には反転した別の世界がゆらゆらと揺れながら見えている。その反転した幾多の世界も、一見して分かるほど崩壊し始めている。
世界の終末。
そんな言葉が、連合軍の人々の脳裏に過ぎった。猛威を振るった使徒達が機能停止をしても素直に喜べないのは世界が上げる悲鳴を感じ取ったからだ。
「あぁ、神よ……」
誰かが、そう呟いた。
世界の崩壊を前にして、手の中にある剣の何とちっぽけなことか。誰もが、ただ、呆然と壊れゆく天上の世界を眺めることしかできない。
その時、凛とした声が響いた。姿の見えない神などではない。自分達の傍らにいて、共に死線をくぐり抜けた“豊穣の女神”――畑山愛子の声だ。
『皆さん、絶望する必要などありません! あそこには、あの人がいるのです! 今、この瞬間も、あそこで悪しき神と戦っているはずです! 使徒が堕ちたのも、空の世界が壊れていくのも、悪しき神が苦しんでいる証拠です! だからっ、祈りましょう! あの人の勝利を! 人の勝利をっ! さぁ、声を揃えて! 私達の意志を示しましょう!』
シンと静まり返る戦場。
愛子の言葉は、ハジメに渡されたセリフ集のものではない。その証拠に、ハジメのことを“我が剣”ではなく“あの人”と呼んでいる。紛れもなく、愛子自身の心からの叫びだった。ハジメ達の無事と、その勝利を信じているという愛子の意思を示す言葉。
最初に応えたのはリリアーナ。
『勝利をっ!』
アーティファクトで拡声された可憐な声が戦場に木霊する。
それに血塗れの姿で、それでも力強く呼応したのはガハルド。
『勝利をっ!!』
続いて、カムが、アドゥルが、アルフレリックが叫ぶ。
『勝利をっ!!!』
さらに、イスカンダルとその門下達が
『勝利をっ!!!』
そして、地上駆ける竜殺しや空駆ける幻馬跨る少女?と戦場の聖女が
『勝利をっ!!!』
そうすれば、自然と人々は心を繋げていく。
――勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!
戦場に勝利の大合唱が響き渡った。鳴動を呑み込み、大地を痺れさせて、天上の世界へ届けと“人”の意志が暗闇を払う陽の光の如く立ち昇っていく。
人間も、亜人も、異世界人も関係なく、自分達の勝利を、そして、天上の世界で戦う者達を信じて、有り得ないほど綺麗に揃った雄叫びを繰り返す。
そんな中、一人、合唱には加わらず一心に空を見つめる黒の天使がいた。ミレディを信じてハジメ達の帰還を心待ちにする香織だ。宙に浮いたまま、他には何も見えないというように崩れゆく【神域】を見つめ続ける。
と、その時、香織の感覚に何かが引っかかった。
場所は、崩壊した【神山】の上空辺り。
ハッとした様子で、そちらに視線を向ければ、【神山】上空八千メートルくらいの空間がぐにゃりと歪み、直後、楕円形の穴をポッカリと空けた。常人には分からないくらい距離があり、穴自体も人が数人通れる程度なので香織以外に気がついた者はいない。
香織は予感に駆られて漆黒の翼をはためかせた。同時に、その穴から4人の影が見えた。
香織は一気に加速した。
「香織!」
「カオリ~ン!ただいま!」
「鈴ちゃん。お帰り!」
「よっ、そっちも無事みてぇだな」
「龍太郎くんも、お帰りなさい」
落下途中で何とかボードに乗った4人。4人のうち1人は香織の姿を見て香りの元に向かい、香織に抱きついた。
抱きついてきた雫を抱きとめ、鈴も向かい入れて、龍太郎の言葉ににこやかに返す。
そして、少しバツ悪そうにしている光輝にふっと柔らかな笑みを見せた。
「光輝くん、お帰り」
「……あぁ、ただいま。全部、沢山、ごめん。本当に、ごめん。それと……ありがとう」
魔王城では香織を襲ってしまっただけに、迎えの言葉はもらえないだろうと覚悟していた光輝は目の端に涙を溜めながら頭を下げた。
雫達と同じく見捨てないでいてくれたことに、ただただ感謝する。もちろん、もう勘違いするようなことはない。
さらに、上の穴からヒュポッ!と2人の人影が飛び出してくる。
「アーー!!」
「ぬおぉおおおっ!!」
白と黒の影。遠目にも一発で分かる仲間の姿。
「シアッ、ティオ!」
彼女らがただ落下していることに気づいた香織は雫に一言入れてから飛び出し、地上数十メートルの位置で見事に二人纏めてキャッチする。見れば、地面付近に鈴が張ったと思われる輝く障壁が展開していたので大事はなかっただろうが。
「シア、ティオ! お帰りなさいっ!」
「ふぇ、あ、香織さん!ただいまです!」
「おぉ、香織。それと、ただいまじゃ」
空中で、香織の腕にしがみつきながらシアとティオがホッと息を吐き出す。パタパタと翼を動かして地上に降り立った香織に優しく地面に下ろされた二人はペタンと座り込んだ。
そして、香織は空を見上げた。そして、何かを探すように視線を巡らせる。誰を探しているかなど明白だ。
「香織さん……ハジメさんとユエさんは一緒ではありません」
「シア……それって」
「案ずるでない、香織。必要であったが故に、途中ではぐれただけじゃ。ご主人様もユエも、必ず帰ってくる。崩壊前には共にいたんじゃがの…………」
「ティオ……」
不安そうな表情の香織にティオが諭すように声をかけた。
彼女達は確かにハジメ達と共に光速を味わっていた。しかし、エヒトの残骸が束になり、襲いかかってきたのだ。その襲撃時にシアとティオのボーラが解け、落下。
つまり、消失した【神域】内でハジメとユエ、ノイント上位個体……ノインとミレディ、カルナはアキレウスの戦車に乗ったままリアル鬼ごっこをしているのだ。
その事を悟った香織は心配しつつ戦場を見る。
戦場では、未だ連合の人々の力強い祈りの言葉が響いている。
どれくらい経ったのか。永遠にも感じるが、きっと数十分も過ぎてはいない。
と、その時、それは起きた。
「あっ」
それに思わず声を上げたのは香織だった。
シア達の、そして連合軍が見つめる視線の先で黄金と深紅の交じり合った光の柱が、突如、空間を貫いて天を衝いたのだ。
その絶大という言葉ですら足りない魔力の奔流に、そして、そこに込められた圧倒的な意志のうねりに、思わず戦場の雄叫びが止む。誰もが魅せられたように螺旋を描いて天へと昇る二色の魔力を凝視している。
「ハジメさん!ユエさん!」
シアが叫んだ。歓喜の溢れた声音で。
直後、黄金と深紅の魔力が逆再生のように集束を始めた。
そして、
世界に響く断末魔の悲鳴。直接、鼓膜を震わせたわけではないが、確かに、世界中の誰もが耳にした終わりの声。同時に、今度は白銀にドス黒い瘴気の混じった閃光が噴き上がった。わけもなく、誰もがあれは神から流れ出した血なのだと、そう思った。
やがて、濁った白銀の光も虚空へと霧散していき、世界に静寂が戻る。
どうなったのだと、誰もが固唾を呑む中、空を覆う空間の歪みとその奥に見える崩壊していく天上の世界が、突如、一点を目指して収縮していく。まるで、何かに吸い込まれていくように、あるいは圧縮でもされているかのように。
次の瞬間、一点に集まった天上の世界が四散した。【神域】は対界宝具で消えたがその虚空はあったのだ。まぁ、それが真作と贋作の違いとだけ。
音はない。
ただ静かに、蒼穹の如き鮮やかな色の波紋を幾重にも放っている。いつしか、世界を揺らす鳴動悲鳴は止み、怯えたような大地の震えも止まっていた。
世界に波紋が広がっていく。
蒼穹の色だけでなく、夕日あるいは朝焼けの色、真昼の陽の色、冴え冴えとした月の色、瑞々しい草木の色、力強い大地の色、包み込む夜の色が折り重なる。
七色の美しき波紋は、どこまでも伸びてゆき、やがて、赤黒い世界に亀裂を入れ始めた。それは先程までの崩壊を印象付ける荒々しいものではなく、そっと塗り替えていくような優しい変化で……
「あぁ……神よ」
誰かが呟いた。それはもう、救いを求めるものではない。ただ、胸を満たす感動が故。
世界が色を取り戻してく。まさしく、神話というべき壮麗な光景。
赤黒い世界はキラキラと煌きながら破片となって砕けていく。
空の波紋は徐々に勢いを弱め、しかし、消えることなく、ホロホロと静かに涙を流す人々を見守るように、虹色のオーロラとなって漂った。
「ハジメくん……ユエ……」
そんな中、食いしばった歯の隙間から漏れ出したような声音が響いた。香織が、血を流すほどに手を握り締めながら消滅した【神域】を睨みつけている。
「ハジメ……」
「南雲くん」
「くそっ、どうなってんだっ、あの馬鹿っ」
「南雲っ」
雫が、鈴が、龍太郎が、光輝が、歯噛みしながら険しい眼差しを空へと向ける。ティオもまた、スっと細めた眼差しで空を見上げながら一瞬も逸らそうとはしなかった。
赤黒い世界が消える。
固有結界内の太陽が本来の輝きで世界を照らし始める。
待てど暮らせど、待ち人の姿は見えない。
やがて、その事実に耐え切れなくなったように、鈴が呟いた。
「……嘘、だよね」
龍太郎が、ギリッと歯を鳴らす。
「くそがっ」
光輝が、呆然と口を開く。
「まさか……二人共……本当に、もど――」
そして、半ば無意識に最悪の推測を口にしようとして……
「大丈夫ですッ!!」
そんなビリビリと響くような大声に遮られた。
ハッとしたように視線を転じる光輝達。そこには、ウサミミをピンッと立てて真っ直ぐに空を見上げるシアの姿が。
シアは、空から目を逸らさずに確信に満ちた声音で言う。
「今、ハジメさんとユエさんは一緒なんです。あの深紅と黄金の魔力が寄り添っていたのがその証拠。共にある限り、二人は無敵なんです!」
だから、この程度の難局、笑い飛ばして帰ってくる。シアの絶大な信頼が宿った言葉は、言霊となって世界へ響く。
不思議と、不安に駆られていた者達の心が軽くなった。
「……うん。そうだね。あの二人が揃っていて、打ち破れない困難なんて想像できないよ」
香織が同調する。先程までの不安に濡れたものではなく、シアと同じく確信に満ちた力強い声音。
「全くじゃな。きっとあの二人が本気になると、辞書から“しくじる”という言葉が消えるのじゃろう。むしろ、イチャつくのに忙しくて遅れておるのかもしれん」
ティオが冗談めかして、そんなことを言う。その表情は、やはり険しさが取れて確信に満ちたものになっていた。
「そうね。むしろ、というより、絶対、イチャイチャしているわ。感動の再会だもの。私達のことなんて空の彼方かもしれないわ」
苦笑いしながら、然もありなんと頷く雫。その物言いに鈴達の表情も和らぐ。
その直後、シア達の言葉が正しかったといことを示すように……
「あ……ふふ、ほらっ」
シアが指を差す。
そこには、当然……
第三者side out
────────────────────────
南雲ハジメside
空にかかる虹色のオーロラ。そのベールの合間に小さな穴が空いた。
「うおっ」
「……んっ」
その穴からピタリと寄り添い合う人影が、驚きの声と共に飛び出した。言わずもがな、ハジメとユエだ。
ハジメは片腕でしっかりユエを抱き締めて、ユエもまた、ハジメの首筋に腕を回してギュッとしがみついている。
そのまま、轟ゥ轟ゥと風の唸りを耳元に感じながら、二人は重力に任せて自由落下を開始する。
高さ的に地上までは三十秒といったところか。
仰向け状態で落ちていくハジメは、急速に離れていく神秘的なオーロラと肩越しに確認した地上までの距離を見てパッと計算する。落ちた場所は、連合軍から少し離れた場所のようだ。
「ユエ、飛べるか?」
「……無理。矢の発動に使い切った」
「まぁ、そうだよな。ちょっと乱暴になるから、しっかり掴まっとけよ」
「……ん。捕まえとく。絶対に逃がさない」
「……」
パラシュート無しのスカイダイビングを体験しながら、そんな余裕に満ちた会話するハジメとユエ。至近で自分を見つめるユエの妖艶な眼差しと声音に、ハジメが思わず声を詰まらせたのは仕方ないことだろう。
空中で凄まじい風圧に晒されつつ、少し高鳴った鼓動を極力無視して、ハジメはユエを抱えたままくるりと反転した。そして、深紅の魔力を薄らと体に纏う。それで片腕がなくバランスの悪い体が風に翻弄されるのをどうにか制御する。
回復薬を飲んだとは言え、その回復量は微々たるもの。元々、受けていたダメージの深さや概念魔法を創造した影響などもあって魔力の回復も遅い。“空力”を使える回数にも限りがある。
その制限の中で、完璧に速度を落とし地上へ降り立たねばならないのだ。正直に言えば、十数回しか使えず、しかも、十全に効果を発揮するとは言い難い“空力”のみで高度数千メートルからのスカイダイビングを成功させるなど神業以外のなにものでもないのだが……
「最後がユエとスカイダイビングか……悪くない」
そんなことを言う。この程度、危機にすらならないということだ。
ハジメとユエが崖っぷちの穴からは4名連れ立って落ちる。彼らのうち1人が拾うことを確信しているのだ。
口笛が響き、一瞬。
「おぉっと、地上までの片道切符は如何かな?代金はイチャつきとGへの我慢さ!」
真横には3頭の馬に引かれた戦車。その戦車の上にはお馴染みの英雄2人と降伏したノイント上位個体達の集合体。
「地上まで我慢するか?」
「……ん、ちょっとなら。」
「つぅわけで買った!」
「おしきた!ほれ、ボーラで命綱をしっかりとめな!」
ハジメとユエは渡されたボーラで戦車と結びつけて命綱とした。
後は、戦車が彗星が如く飛び出し、戦場を1周。
連合軍の人々も気がついた。彗星が戦場を周り、降り立とうとする姿を。
その瞬間、感極まったような声音が響いた。女神様の声だ。
『わ、私達の、勝利ですっ!』
一拍。
――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
戦場に、否、新たな世界に人々の爆発したような歓声が響いた。
その世界が上げた産声のような勝鬨に応えたように、空を覆う虹色のオーロラからキラキラと光の粒子が降り注いだ。
イスカンダルの世界が消え去り、彼の呼び掛けに応えた猛者共はトータスの民たちを祝福して英霊の座へ帰っていく。
輝きを取り戻した太陽の光が座に帰る彼らの粒子に反射して、まるでダイヤモンドダストのように世界を煌めかせる。それはきっと、新たな世界への紛れもない祝福だ。
光のシャワーが降り注ぐ中、戦車は勢いを殺して地面に着地。
ボーラを解いたハジメはユエに手を貸しながら降りた。
といっても、両足の傷は治りきっておらず、“空力”の使用で回復した魔力もとうとう使い切ってしまったので、そのまま仰向けにパタリと倒れることになったが。
「ははっ、決まらねぇなぁ」
苦笑いしながらピクリとも動かない体を横たわらせるハジメ。その表情は、どこか清々しい。
ずっと抱かれていたユエは、そのままハジメに馬乗りとなりペタリと張り付くように抱きつくと、今にも触れ合いそうな至近距離でハジメを見つめながら小さく首を振る。
「……決まってた。最高に格好良かった」
「そうか?」
「……ん。ハジメ、ありがとう。大好き」
そうして、蕩けるような笑顔を魅せると、ユエはその柔らかで甘やかな唇をハジメに押し付けた。
大の字となり、動けない故に為されるがままたっぷりと堪能されるハジメ。もっとも、たとえ動けたとしてもユエが望む以上、ハジメに抵抗の術などありはしない。
ユエの姿は大人のまま。外見と中身のギャップがもたらす魅力は無くなったものの、全身から匂い立つような色気を発しており、むしろ凶悪さは増しているかもしれない。
大人の外観は、おそらく変成魔法によるものだ。だとすれば、魔力さえ回復すればユエは自在に大人と少女を行き来できるかもしれない。ユエの求めに翻弄される未来が見えるようだ。もっとも、心囚われているのはユエも同じだろうが。
終わらぬ口付けは連合の歓声すら消し去って、二人だけの世界を形成する。
だが、そこへ二人をして無視できない声が響いてきた。
「あーー!やっぱりイチャついてますぅ!人の気も知らないで!」
「大人になってるぅううう!ユエが大人の魅力でハジメくんを襲ってるぅ!」
「うぅむ。予想通りじゃな。どれ、妾も参戦しようかの」
「うっ、すごい色気が……で、でも引くわけにはいかないわ!乙女は突撃あるのみよ!」
シア、香織、ティオ、雫の四人だ。その後ろから鈴や龍太郎、光輝も駆けてくる。
感動の再会とは思えないほど賑やかな様子でハジメに飛びついていくシア達。口を離して「ただいま」を言うユエを巻き込んで、ハジメは美女、美少女塗れとなった。
そして、口々に伝えられる万感の想いを込めた「お帰りなさい」という言葉に、ユエと同じく「ただいま」を伝える。
空からダイヤモンドダストが降り注ぎ、世界を煌めかせる。周りには、涙ぐみ、歓喜に笑顔の華を咲かせる大切な者達。遠くから、自分の名を呼びながら駆け寄ってくる多くの存在も感じる。
自分を包む温かさと、込み上げる達成感、そして満ち足りた想いに、ハジメは笑みを浮かべた。それは不敵さと優しさが綯交ぜになったような不思議な笑みで……
その“南雲ハジメ”の笑みに女の子達が胸の奥をキュッとさせられている中、ハジメは心地よい疲労に身を委ねて、そっと目を閉じるのだった。
南雲ハジメside out
────────────────────────
第三者side
神話大戦。
人々が自然とそう称した、世界の命運を賭けたあの決戦から一ヶ月が経った。
今日も、ハイリヒ王国が存在した場所からは元気な喧騒が聞こえてくる。鳴り響いているのは職人気質な怒声やカンッカンッという金槌を打つ音などがメイン。復興の音だ。
あの決戦の後、各地に設置されたゲートが再び開かれ、王都前の大草原は多くの人々の再会と勝利を祝う声で満たされた。
その後の数日は、負傷者の治療や死者の確認と弔い、王都が消えてなくなったが為に行き場を失った人々の一時的な住居の仮設などによって多少の混乱があったものの、一致団結していた各代表の尽力により、比較的スムーズに戦後処理がなされていった。
崩壊した【神山】により、巻き込まれる形で破壊されたハイリヒ王国は、神話大戦に参加できなかった非戦闘員――特に職人達が総出で復興に当たり、更にそれを商人達や一般の人々が最大限に支援することで急速に立て直されつつあった。魔法による復興である上に、種族、国の垣根を越えて、世界中の人々が善意かつ積極的に協力しているので、このままいけば半年以内に元の様相を取り戻せるかもしれないと推測されるほどだ。
戦闘の爪痕激しい大草原には、要塞の残骸を利用した仮設住宅が多数建設されており、主に復興に携わる関係者が寝泊りしている。そこには、料理屋や宿屋、雑貨屋なども続々と作られており、あるいはそのまま王都の一部となって都市拡大に繋がるかもしれないほど。きっと、背後に【神山】があったときよりも、活気に満ちた都となることだろう。
その仮設住宅街には、聖教教会の仮施設も作られていた。
かの戦いで、敵はエヒトルジュエの名を語る邪神であるというストーリーにしたため、人々の心の拠り所は、未だエヒトを神とする聖教教会にあるのだ。それを【神山】と聖教教会の本部が消えたからといって、いきなり取り上げては人々が不安になるだけである。
かといって、エヒトルジュエの名をそのまま使って従来通りの聖教教会とするのは、真実を知る者達からすると些か以上の抵抗があった。
そこで“豊穣の女神”たる愛子の演説により、こんなストーリーが世界に向けて発信された。
曰く、エヒト神の本当の名は、エヒクリベレイであり、長らく真名を狂った神――エヒトルジュエに奪われていた。
曰く、エヒトによる世界の危機を知った“反逆者”もとい“解放者”達が、清き信仰を取り戻す為、かつてエヒトに挑んだものの卑劣な手に掛かり討つこと敵わなかった。
曰く、解放者達は、いつかエヒトを倒し得る者に自らの力を授ける為、大迷宮の奥底で眠りについた。そして、異世界から、神によって召喚された選ばれし者に力を授けた。愛子はその代弁者であり、もっとも力を得たのが“女神の剣”だった。
曰く、そうして見事、ハジメ達が【神域】に隠れる狂神エヒトルジュエを打倒した。しかし、狂神エヒトルジュエの最後の抵抗により世界を道連れにする崩壊が起きた。それを、選ばれし者たちの住まう世界にある神話そのもので跳ね除けた。
曰く、エヒクリベレイの巫女にして、解放者達の中で唯一の生き残りであるミレディ・ライセンが“女神の剣”の協力者として
真っ赤な嘘、というわけでもない。大体のところ、合っている。ちなみに、エヒクリベレイというのは“七人の解放者”という意味を込めた造語である。きっと、エヒトルジュエと協力し合った等と後世に伝えられるのは嫌だろうという配慮だ。誰の配慮かと言えば、この嘘ではないが本当でもないいろんな意味で微妙なストーリーを考えたのと同じ、どこぞの白髪眼帯男である。
この演説により、早速、今回の神話大戦を書に残そうとしている歴史家達によって、ミレディ達の名が、世界を救った偉大な七賢人として再び歴史の表舞台に上がることになった。
ついでだが、異世界よりこの世界の窮地に馳せ参じた5人と5人を呼んだ1人も六英傑として歴史に名を残している。
まぁ、1人実在しているので、信憑性が増すが。
教会の新たなトップ陣に関しては、地方教会の司祭達で構成されている。あの戦場で、聖歌隊に加わっていた者達の内、生き残った者達が中心だ。中央と反りが合わず、地方に飛ばされていた者達がほとんどなので、思考思想も至って常識的であり、人格者が多かったため特に問題はないように思われた。
神話大戦で大盤振る舞いされたハジメ謹製のアーティファクトについては、ハジメが気絶から目覚めた後、全て破壊した。ガハルドなどは、ほとんど縋り付く勢いで「やめろぉー!」と叫んでいたが、その眼前で全てを塵にしてやった。ハジメ印のアーティファクトを集めるアーティファクトを作ってやったので、取りこぼしもないだろう。
もちろん、カム達ハウリア族には、色々と手を施したアーティファクトを残してある。
ガハルドがずっと恨みがましい表情、というかずっと大事にしていた大切な玩具を取り上げられた子供のような目で、自分をジッと見つめるのが鬱陶しくて、つい小型版フェルニルを贈ってやったら、次の日、何故かハジメは皇帝陛下の親友ということになっていた。余程、フェルニルが嬉しかったらしい。
万が一、ガハルドがフェルニルを使って他国に侵攻した場合に備えて、リリアーナとカムには自爆機能のスイッチを遠隔で入れられるアーティファクトを持たせたと知ったら……ガハルドはいったい、どんな顔をするのか。ハジメは、とても気になったがグッと我慢した。
亜人族と人間族の関係については、帝国側の人間だけでなく、他の人間達も、共に神話大戦を戦い抜いた亜人達に対する感情は変化しつつあった。やはり命を預けあったという事実は、差別意識を塗り替えるには十分だったのだろう。
もちろん、直ぐに肩を組み合えるかと言われれば、そう簡単にいくものではないが、それでも、闇雲に嫌悪できるほどの悪感情は誰も持てないようだった。それは、竜人族の勇壮なる活躍を目の当たりにしたということもあるし、なにより、【神域】に突入した救世の英雄の仲間にもウサミミ少女と竜人女性がいたということがあるからだ。
もはや、神の恩恵を持たぬ見放された種族などとは言えなかった。むしろ、二人の亜人は英雄と並ぶ偉人として、歴史に残るだろうことは明白だった。そんな相手に、どんな蔑みの言葉を向けられるというのか。
そういうわけで、亜人の地位というものが何をするでもなく、急速に人々の間で見直され始めた。その一貫として、聖教教会からは“亜人族”ではなく、今後、彼等の正式な呼称は“獣人族”とする、というお触れが出たくらいだ。
このこともあって、帝国の皇族につけられた“誓約の首輪”も取り外されることになった。せっかく、友好的に共存できるかもしれないのに、皇族の命を握っているとあっては“対等関係”というものが崩れてしまうし、歩み寄りにブレーキが掛かってしまうからだ。
もっとも、だからといって、帝国側に亜人への迫害や奴隷化をさせない保証が何もなくなったわけではない。
「隕石と太陽光レーザーとハウリア族にフル装備、どれがいい?」
“誓約の首輪”が外された際に、ガハルドが不敵に笑いながら「帝国が報復に出ないと信じるのか?」と尋ね、返されたハジメの言葉がそれだった。側近共々、速攻で友愛の握手を求めたのは言うまでもない。帝国は実力至上主義なのだ……
さて、対等な種族といえば魔人族のことがある。
彼等は【神域】に招かれ、その下層領域で眠りについていたのだが、どういうわけか【神域】の崩壊を免れて、戦場から遠く離れた魔都近郊の荒野に放り出されたまま、こんこんと眠り続けているところを発見された。
フリード・バクアーとウラノスもいたし、何があっても彼らを守り通すという強い意志を持っていた。
それは戦後、一ヶ月が経った現在も変わらない。おそらく、再生魔法でも使えば直ぐに目覚めることになるだろうが、今は、戦後処理やら復興やらで忙しく、とても火種となり得る存在を起こすことなど出来ないので、厳重な監視のもと魔都の一角にて封印状態にされている。封印は、ハジメのアーティファクトだ。
その事情を朱爀に話された結果、命までは奪われない事に妥協して、フリードとウラノスは魔人族達の元からいっぴとたりとも動いていない。
ちなみに、魔王城でハジメに恐怖を刻み込まれたあの魔人族達については、ハジメが「面倒い」の一言から同じく眠りにつかせた。同胞を助けるぞ! とか言って暴れられても困るので手っ取り早い措置だ。
もっとも、ハジメに恐怖をたっぷりと植えつけられた彼等が、しかも、【神山】崩しや【神殺し】まで成し遂げたことまで知って、下手なことができるとは微塵も思えなかったが。
さて、このように王都の復興、アーティファクトの回収、帝国への楔の打ち込み、歴史のでっち上げ、解放者達の名誉回復、その他諸々の為に忙しく動き回っていたハジメ達だが、なにも伊達や酔狂で、この世界のあれこれに手を貸していたわけではない。
当然、第一の目的は故郷たる地球――日本に帰ることだ。
一ヶ月もの間、この世界に留まり続け、暇潰しも兼ねて動きまわっていたのは、単に帰れなかったからである。と言っても、別に帰還の手段がないというわけでも、概念魔法を創造できなかったというわけでもない。
理由は単純。“導越の羅針盤”や“クリスタルキー”を作る材料がなかったのである。
概念魔法は強力だ。鉱石に付与することは出来ても、並の物質では発動時の力に耐え切れず自壊してしまう。世界を渡るという難行を前に、一回だけなら使えるはず! などと言う冒険はしたくなかった。
それに、ミュウやレミアを連れて行くとしても、やはり故郷へ帰る道は用意してやりたかったし、シアやティオに関しても、カムやアドゥル達がこの世界に残る以上、たまには里帰りさせて家族と合わせてやりたいとハジメは考えていた。
なので、一度使ったくらいで壊れるようなアーティファクトでは困るのだ。
かと言って、概念魔法に耐える上に、魔法と親和性の高い鉱石と言えば、神結晶以外に思いつかない。だが、奈落に神結晶がないのは確認済み。羅針盤がない以上、世界のどこかにあるかもしれない神結晶を探すのも現実的ではない。
そこで考えたのが、無いなら作ればいいじゃない、ということだ。
神結晶は、千年という長い時間を掛け偶然できた魔力溜りで魔力が結晶化したもの。途方もない程に膨大な自然の魔力が固まったものだ。水滴が岩に穴を穿つが如く。
だが、水滴が穴を穿つところなど眺めている趣味はハジメにはない。故に、そんな道理は反則で捻じ曲げてしまえばいい。
そうして行ったのが、星の力に干渉する魔法である重力魔法で自然の魔素を高速で集束するアーティファクトを作り、それを界に干渉する魔法である空間魔法を使ってアーティファクト人口魔力溜りに注ぎ込むということだ。
それに加えて人外の魔力を待つハジメを筆頭に異世界チート組が毎日魔力を注ぎ込んだ。
結果、一ヶ月を掛けて、見事、直径十五センチメートル程の神結晶を作り出すことに成功した。ハジメが見つけたものに比べれば半分程度の大きさしかなく、“神水”も出ないが、十分、概念魔法用アーティファクトに耐える素晴らしい素材だ。
そして、遂に、今日、“導越の羅針盤”と“クリスタルキー”の作成に入る。
“導越の羅針盤”は朱爀特性の贋作があるので、その真作をハジメは1から作るのだ。
場所は、フェアベルゲンの街外れにある噴水広場。シアの想いが成就したあの場所だ。ハジメ達は、この一ヶ月、一番過ごしやすいこのフェアベルゲンを拠点にしているのである。ゲートがあれば王都までの距離も関係がないので、愛子やクラスメイト達もここで滞在している。人間ではあるが、英雄一行の滞在とあって獣人族は大喜びだ。
広場には、シアやティオ、香織や雫、そしてミュウとレミア以外にも、帰還用アーティファクト完成の瞬間を一目見ようと全クラスメイトが集まっていた。加えて、リリアーナやカム達ハウリア族などもいる。
「よし、やるか。ユエ」
「……んっ」
その広場の中央で向き合うのはハジメとユエだ。ユエの姿は、本来の少女の姿。その日の気分で大人モードになったりもするが、ハジメの膝の上に座ったり、抱っこしてもらうのに便利なので普段は少女モードでいることが多い。
ハジメも、新たな義眼と義手が戻り、ユエの眷属化も解かれた状態になっている。地球に帰るまでには、黒髪にしたり義手に皮膚コーティングするなどして、可能な限り外観は元のハジメに戻すつもりだ。
ゴスロリちっくな衣装に身を包んだ可憐すぎるユエと、神結晶を挟んで向き合うハジメは集中するように瞑目した。
周囲で見守るクラスメイト達が固唾を呑んでいるのが分かる。
そんな中で、遂に始まった概念創造の儀式。
フェアベルゲンの森に、黄金と深紅の魔力が静かにうねりを上げ始めた。最初から、螺旋を描きながら交じり合う二色の魔力は、まるで睦み合っているようにも見える。
やがて樹々の葉を吹き散らしながら天へと昇った魔力の奔流に、明確な意志が宿り始めた。目に見えないにもかかわらず、その場にいる誰もが感じ、肌を粟立てるほど圧倒的な意志。
同時に、神結晶が輝き出す。吹き荒れていた魔力の奔流が、凄まじい勢いで神結晶へと集束・吸収されていく。
静かに、されど朗々とハジメが言霊を放った。
「――“錬成”」
途端、神結晶が二つに分かれる。神結晶以外にも用意されていた鉱石が瞬時に混じり合い、形を成していく。
いつしか、吹き荒れていた魔力はハジメとユエの間で恒星の如く輝き、フェアベルゲンの森と周囲の者達を照らし、その心を魅せた。
その輝きも少しずつ小さくなっていく。「ほぅ」と、感嘆の溜息がそこかしこで漏れ出した。それは、生まれ出るアーティファクトが原因か、それとも寄り添い合いながら奇蹟のような光景を生み出しているハジメとユエが原因か。
そして、遂に光が収まり、ユエとハジメがスっと目を開いた。その視線の先にはキラキラと輝く羅針盤とクリスタルキーがある。
「……ハジメ。試して」
「おう」
そっと手を離しながらユエが言う。それに従い、ハジメは羅針盤を発動してみた。問題なく、感覚的に地球の場所が掴める。そしてクリスタルキーもしっかりと空間に作用した。
「お、おい、南雲。どうなんだ? 大丈夫そうか?」
堪えきれなくなったようで遠藤浩介がおずおずと尋ねる。ちなみに、ハウリア族に素晴らしい二つ名を送られたり、同じ兎人族の恋人がいたり(この一ヶ月物凄く頑張った。主に、羞恥心を代償に支払い、黒歴史を量産しながら)と、共通点が多々あるハジメと浩介は、意外に気があって、この一ヶ月で割と気安い関係を築いていたりする。
浩介の呼びかけに反応したハジメを見て、クラスメイトの何人かがゴクリと生唾を呑み込む音を響かせた。
ハジメは、緊張で強ばった表情になっているクラスメイト達に視線を巡らせる。
そして、ニヤリとした笑みを浮かべると無言でサムズアップした。その意味は明白。
「よっしゃーーー!!」
「やったぁ!!」
「うぉおおおおっ、帰れる! マジで帰れるぅ!!」
「南雲ぉ、いや、もう南雲様! ほんとありがとう!」
「ふぇええええん、良かったよぉ~。南雲くぅん、ユエさぁん、ありがとう!」
「ハジメ様ぁ、奴隷にして下さいぃいいい~!」
「ユエさん、俺をペットにしてくれぇ!」
爆発する歓声と、次々に上がる感謝の言葉。若干、危ない発言があった気がするがクラスメイトにまで変態が出現しては困るので華麗にスルーだ。だが、ユエに変な要求をした奴は後でシメるとハジメは誓いつつ、疲労のためどさりと座り込んだ。
その膝の上にユエも疲れた様子で座り込んでくる。細い腰に腕を回して支えてやるとスリスリと擦り寄ってくる。
そこへ、ステテテーと可愛らしい足音が響いた。
「パパぁ!」
「ミュウ」
ぴょんと飛び込んでくるミュウの小さな体を上手く受け止め、ユエとは反対の膝に乗せて同じように支える。やっぱり、スリスリと擦り寄ってくる。
「ハジメさん! 私も~」
シアがウサギらしくぴょんと飛び込んでくる。抱きつく場所は右肩。一時的に支える手を解いてウサミミを撫でてやる。シアは嬉しそうにスリスリと擦り寄った。
「ハジメくん、やったね」
そう言って静かに寄り添ってきたのは香織だ。それも使徒の体ではない。元の体だ。ハジメ達との寿命の差を考えれば、使徒の体のままの方がいいと香織本人は思っていたのだが、エヒト憑依時の影響で使徒創造の秘術を理解したユエが、香織の体のままいずれ使徒化させて寿命の垣根を超えることは可能だというので、元の体に戻ったのだ。実際、既に一時的になら使徒モードに転変することが可能で、その場合は銀翼や分解能力、双大剣術も扱うことができる。
その香織が、ハジメの左肩にピトリと引っ付く。撫で撫でしてやると、やはりスリスリと擦り寄った。
「ご主人様の世界、楽しみじゃの」
「きっとビックリするわよ」
ティオと雫がやってくる。場所はもう背中くらいしかない。二人の視線が交差した。バチッと火花が散る。相手を牽制しつつ、最後の密着ポジションを狙おうとして……
「あらあら、いい場所が空いていますね。うふふ。あなた、失礼しますね」
スルリと割って入ったレミアがピタリとハジメの背中に密着した。「「あっ」」とティオと雫が声を上げる。流石未亡人。侮れない。
「シアさん、はぁはぁ、私とも仲良くしましょう?」
「げぇ、アルテナッ!」
いつの間にかシアの背後に「はぁはぁ」と鼻息の荒いアルテナが出現した。ゾンビのようにふらふらしながらシアの背中に覆い被さろうとしている。
ゾワリとウサミミを逆立てたシアが、アルテナを撃退しようとハジメから離れた。
その隙を突いて更に二人の女性が小走りに近寄り……
「……愛子さん? 何をなさるつもりですか?」
「リリアーナさんこそ。彼に何か用でも?」
バチバチとここでも火花が散る。
にわかにハジメの周囲が騒がしくなり、歓声を上げて喜び合っていたクラスメイト達も注目を始めた。
そんな中、ハジメを巡って騒がしく争う女性陣に「ふぅ」と溜息を吐いたのはユエ。ハジメが、「どうした?」と首を傾げながら視線を向けると、途端、甘えた雰囲気から妖艶な雰囲気へと空気が変わる。
そして、ユエの体がポワ~と輝いたかと思うと、次の瞬間、大人版ユエが現れた。直後、大人版ユエは香織とレミアからあっさりハジメを引き剥がすと、成長したことで丈が一気に短くなり、物凄く際どく艶かしい衣装のまま、ハジメの頭を掻き抱いて、その見事な双丘へとムニュ! と埋める。
争っていた女性陣が「あっ」と声を上げ、ハジメが「うんむっ」と声を詰まらせる。ミュウは片腕で支えたままだ。
「……正妻権限で、騒がしくする子は出禁にする」
迸る色気。男女の区別なく魅了する魔性の美。妖艶を体現したような大人モードのユエの言葉に誰もが息を呑んだ。咄嗟に女性陣が反論しようとするが、機先を制するようにスっと流し目を送られれば、途端、ポワッと頬を赤らめて「うっ」と言葉に詰まる。ライバルを自認する香織ですらそうなるのだ。はっきり言って誰も逆らえる気がしない。
「ガッハッハッハッハッ!!英雄色を好むというのはこういうものか!」
「俺は独身というものなのだが?」
「…………俺ぁ、生前が2つあっからごちゃ交ぜでそこだけよう覚えとらん」
「マスターも将来はあんな感じになるのかな?」
「いや、なるつもりは無いからな、ライダー?」
「不純です。」
それをクラスメイト達から1歩下がった所から囃し立てるのは六英傑。
ちなみに、出禁がどこへの出入り禁止を示しているかと言うと、ハジメの寝室だったりする。この一ヶ月、ハジメとユエ、そしてシアは幾度も
そして、ユエとシアがいない夜もハジメのベッドを温めていた女性はいるのだ。それが誰であるかは言わずもがな。采配を取り持っているのが誰なのかも言わずもがなだ。“正妻権限”という言葉で推して知るべし。
「……ん。罰として、今日は私が独占する」
「ちょ、ユエ、うむっ!?」
双丘に埋められ骨抜きになっていたハジメは、起こされると同時にユエから熱い、それはもう火傷しそうなほどあつ~い口付けを頂戴した。
にわかに騒がしくなる女性陣。そして、オロオロと砂糖を吐き出すクラスメイト(危ない感じで興奮している一部の女子生徒を含む)。
ぷはっと息を乱しながら口を離したユエとハジメに、香織達が、抗議とおねだりの声を上げる。
「ず、ずるいよ、ユエ! 私もハジメくんと……」
「あ、あの私も……ハジメと……」
「ご主人様、妾ともしておくれ」
「あらあら、あなた、私もお願いしますね」
「はぅ、な、南雲くん、わ、私も……」
「ハジメさん……どうか……」
更に、アルテナをバックドロップで沈めたシアが無言でうるうると潤んだ眼差しをハジメへ向ける。ミュウはよく分かっていないのか首を傾げていた。
そこへ、ユエがふわりと微笑みながら口を開いた。
「……ハジメ。誰とする?」
そんなことを悪戯っぽく言われてしまえば、ハジメの答えは一つしかない。
「ユエ一択で」
「くふっ……じゃあ、さらっていく」
そう言って、ミュウを風で包んで優しくレミアに渡すと、ハジメを抱き締めたままシュン!と姿を消してしまった。エヒトルジュエからパクった魔法“天在”である。実は、キスしながらハジメから血をもらい回復していたのだ。
フェアベルゲンの広場に再び「あーー!!」というハジメに惚れる女性陣の抗議の声が轟いた。
「……ちくしょう。死ぬほど羨ましい」
「ああ。俺も、あんな美女にさらわれてぇ~」
「でも、南雲ならしゃあないかと思ってしまう自分が、何かもうって感じだ」
玉井淳史が天を仰ぎながら呟けば、しみじみとした様子で相川昇が同調し、仁村明人が肩を竦めて何とも言えない表情を晒した。
「あぁ、それすげぇ~わかる。言葉に出来ない感じな」
「“まぁ、南雲なので”というのが、最近の流行語だな……」
玉井達の会話を聞いていた野村健太郎と永山重吾が苦笑いしながら頷いた。それに中野信治や斎藤良樹が、同じく何とも言えない乾いた笑みを浮かべる。
「はぁはぁ、ユエさんに踏まれたい。あの瞳に蔑まれながら思いっきりグリグリされたい……」
「お前は帰ったら即行で病院な。頭、見てもらえ」
一部クラス男子が変態化している中、羨望と納得と、その納得に対する複雑な感情を抱きながら、他のクラス男子達も互いに苦笑いを浮かべあった。
そんな男子達の近くで、宮崎奈々が同じように羨望を込めた声音で声を漏らす。
「羨ましいなぁ~」
首を傾げて園部優花が「どっちが?」と聞き返した。
「どっちというより、ああいう関係自体が、かな」
「すごく納得。確かに羨ましいね」
菅原妙子が女の子の表情をしながら憧れを込めて「ほぅ」と吐息を漏らした。優花が憧憬を隠しもしない親友二人に苦笑いしながら、消えたハジメとユエを追いかけて森の奥へ駆けていく魔王ハーレムメンバーを眺めつつ口を開く。
「っていうか、あの関係に入り込んだ香織ちゃんと雫、そして色々と吹っ切った愛ちゃんが凄い」
「……全員、なんだよね、既に。ヤバイ、南雲くんマジ魔王様」
「はぁはぁ、ハジメ様ぁ、どうか私を奴隷に……」
「帰ったら一緒に病院へ行こう。頭、見てもらわないと」
クラス女子達も会話に加わり、ハジメとユエの関係を羨みつつ、ハーレムに入った香織達に称賛を含んだ感想を漏らす。同時に、既に致していることに頬を赤らめた。実は、かなりの人数が求められたら応えたいくらいには、ハジメを想っていたりする。ハジメが求めるわけないので、実現することはないだろうが。
「鈴は行かねぇのか?」
「いやいや、行かないよ。いきなりなに言うの。龍太郎くん」
ケラケラと笑いながら、一連の騒動を眺めていた鈴に、隣の龍太郎が何となしに尋ねると、「この人、なに言ってんの?」と、鈴が首を傾げた。
「……いや、行かねぇならそれでいいんだけどよ。ほら、お前、中身エロオヤジだし、なんかノリで自分もとか言って突撃でもすんじゃねぇかと」
「……おい、私を節操なしの痴女と言ったか、この野郎。一度、龍太郎くんとは私に対する認識について話し合う必要があるかな?」
「いや、だって、お前、基本的に変態だし……」
「OK,喧嘩だね? 喧嘩したいんだね? 私の進化したバリアバースト、たらふく食らわせて上げるよ」
龍太郎が頬をポリポリと描きながら率直な意見を言い、鈴が青筋を浮かべながら復活した鉄扇に手を伸ばした。それを、慌てたようにわたわたしながら制止するのは光輝だ。
「す、鈴。落ち着いてっ。龍太郎も悪気があるわけじゃなくて、むしろ――」
「光輝くんは黙らっしゃい。このデリカシーという概念をお母さんのお腹の中に忘れてきた脳筋野郎とは、一度、きっちり話し合わなきゃならないんだよ!」
光輝の言葉を遮って鈴がガルルと吠える。しかし、鈴にそこまで言われれば、龍太郎とて反論くらいはしたくなるもので、
「あのなぁ! 夜中に、南雲達の寝床を覗きに行こうとする奴にデリカシー云々なんて言われたかねぇんだよ! お前こそ、女の恥じらいとかそういうの、その辺の道端に捨ててきたんじゃねぇのか?」
「そ、それは、だって! 気になるじゃん! お姉様達の情事だよ!? 一度は目に焼き付けておかないと人生的損失だよ!?」
「知るか! だいたい、そんなに見たきゃ一人で行けばいいじゃねぇか。夜中に叩き起された挙句、覗きに連行された俺の気持ちを考えろ!」
「へたれの龍太郎くんに対する、私の親切心じゃん! わかれ!」
「無茶言うな! 同級生のエロシーンを、同級生の女子に誘われて覗くとか、気まずいにも程があるわ! というか意味不明だっつうの!」
ギャースギャースと喧嘩(?)する巨漢とちみっ子。最近、割と目撃する光景に周囲の視線は生暖かい。そして、二人の周囲でひたすらオロオロしている光輝に対する視線も生暖かかった。
召喚された当初の輝くカリスマは既になく、この一ヶ月、ひたすら頭を下げて回り、すっかり存在感を失っている光輝。周囲の視線は未だ冷たく、警戒心と猜疑心に満ちたもので、覚悟していた光輝はただしゅくしゅくとそれらの感情を受け止めてきた。
それをノインが“どんまい”と励ます所が度々ある。
表情は常に堅く、罪悪感と申し訳なさで塗れていた。元々の分け隔てなく人助けをしてきた光輝を知っているクラスメイト達は、最初こそ裏切った光輝に不信感を抱いていたものの、雫達が命懸けで連れ戻したこと、単純にこれ以上クラスメイトを失わずに済んだこと、そして光輝本人が誰よりも後悔し、変わろうと努力している姿を見て、一応、受け入れているようだった。
特に、元の笑顔を失っている光輝が、龍太郎達の傍では、おろおろしつつも少しだけ和らいだ表情を見せることに、少しホッとする気持ちを抱いていた。失ったものは多くあれど、なんだか、召喚される前の大切なものが、少しだけ戻ってきているような、そんな思いを感じたからだ。
龍太郎と鈴の騒ぎを中心に、故郷に帰れることが確定したことも相まって、クラスメイト達もまた明るい表情で騒ぎ出す。
人生には、時として身命を賭けて戦わなければならないことがあるのだと身を以て知った彼等の笑顔は……とても力強かった。
✲✲✲
、ついに、この日が来た。
フェアベルゲンの広間に多くの人々が集っていた。
ハイリヒ王国のリリアーナ姫にランデル王子、化け……お姉さんのクリスタベルやキャサリン。
ヘルシャー帝国のガハルド皇帝や彼の部下達。獣人族の長老方を初めとした彼ら。果ては、神話大戦を生き延びた戦士達や竜人族もいた。
彼らが見つめるのは、
南雲ハジメやユエ、シアにティオ。異世界から召喚された勇者たちに、六英傑。
そう、この日、彼らは元の世界……地球に帰るのだ。
彼らは皆思い思いに泣き、笑い、慈しみ、尊んだ。それは召喚されてからこの日まで、どれ程の友情が出来たか?どれ程の愛情が出来たか?どれ程の成長をしたか?それらをしみじみと思い出しているのだ。
皆、未練がなくなったところで、広場の中央に集まった。
「世話になった。」
「いえ、それは我々の台詞です。もし、ハジメさんがいなかったら今頃この世界は…………」
「終わったことだ。気にするな。それに、会おうと思えばいくらでも会えるしな。」
「…………そうですね。」
ハジメが代表してそう言い、リリアーナ姫が応えた。しかし、これは形式的なもの。また会えるのだ。
ハジメはそう言い、後ろを向いて進む。ユエやシア、ティオから香織と雫、ミュウを抱えたレミアはついて行き、それに光輝や龍太郎といった勇者たちが続く。
最後に六英傑だ。
ハジメが羅針盤を片手に持ち、クリスタルキーを前に翳す。そしてゆっくりと捻る。
カチッと鍵の開く音がして、扉が開いた。
そこは………………………無人の教室、であった。
ハジメ達は開いたら直ぐに入り、勇者たちも後に続く。その時、周りの人達は
「さよなら!!」「お元気で!!!」「また会いましょう!!」「アデュー!」
と泣きながらも笑顔で送り出した。
最後にイスカンダルが高らかに
「さらばだ!!
そう言い切って通り切り、世界を越える扉は閉じた。
トータスの者達は感慨深く扉のあった所を見つめていた。
✲✲✲
所変わって、扉の向こう側。
そこに彼らはいた。彼らは帰ってきた事に歓喜していたが愛子が1度席に座るよう申して、クラスメイト達は潔く座る。
ユエやシアは少しの辛抱だろうと我慢する。
「えぇと、帰って来れたのでまずは各自家に帰りましょう。そして、親御さんを安心させてください。それではさようなら!」
「「「「「さようなら!!」」」」」
「あ、帰る前に制服に着替えとけよ?不審人物になりたくなかったらな。」
「「「「「あっ」」」」」
男女別れて直ぐに着替えて、終わったものから教室を飛び出していく。
最後に残ったのは、ハジメとユエ、シア、ティオ、香織、雫、愛子、ミュウとレミア、朱爀とカルナ、イスカンダル、ジーク、ジャンヌ、アストルフォ、今まで空気だった澟。
「んじゃまぁ帰って来たわけだし、うちに帰るか、澟。」
「あぁ。だが汝は彼らをどうするのだ?ジークとライダーと奴はまだしも、ランサーとイスカンダルは…………」
「問題ない。あの世界に往く前にとある塒を確保したのでな。俺と征服王は其方に向かう。」
「そうか。それじゃあ南雲、俺らは行くぜ…忙しくなるだろうがまた明日な。と、ついでに住民登録の書類をファックスに送っとくわ。」
「おいおい、犯罪じゃねぇだろうなそれ。」
「安心しな。公的機関を介したもんだから大丈夫だ。…………月詠を使えばな。」
「ん?なんか言ったか?」
「うんや、それなら今度こそ。バイチャッ!!」
朱爀は窓から飛び出し、澟は溜息を着きながらその後を追って行った。ジーク達もハジメに一言入れてちゃんと扉から出て行った。
「英雄様は自由奔放だなおい。」
ハジメはそう零していたとか。
その後のハジメ達の行動は後日談と同じである)メメタァ
第三者side out
これにて、ありふれた編は終わりです。
次章からハイスクールDxD編……本編に入ります。
無論、ハイスクールDxD編に南雲ハジメを始めとしたありふれたキャラは多数出ます。
さらに、燦嘹朱爀のように英雄の全てを得て転生した者や咫藍弖澟のように英霊が第3の生を得た転生した者とは違った、踏み台な転生者やクズな転生者が数多登場する予定です。
…………予定なので出すとは限りません
最後までよろしくお願いします。