英雄とはこれ如何に   作:星の空

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12年後と数日前の出来事
第4話 異世界のレベルは地球の神代よりは確実に弱い件 -1-


 

燦嘹朱爀side

 

 

今俺はクラスメイトの一部とシュネー雪原ってとこにいるんだが、見事に囲まれてます。はい。

勇者 天之河光輝(あまのかわみつき)

聖女 白崎香織(しらさきかおり)ver.ノイント

剣士 八重樫雫(やえがししずく)

拳闘士 坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

結界師 谷口鈴(たにぐちすず)

錬成士 南雲ハジメ(なぐもはじめ)

神子 ユ何とかさん

兎人族 シオさん

竜人族 ティナさん

槍兵 燦嘹朱爀(あきれうすかく)

弓兵 咫藍弖澟(あたらんてりん)

の視界一面を大量の魔物とノイントが覆っていた。そして、そいつらの上司のようにフリーザ・バカダーとなくむなえに(中村恵里)が余裕な表情で軽口を叩いてくる。

そんなことに驚愕する勇者共と殺意だだ漏れの南雲。

そんな状況でさえ俺たちは干渉してない。今までも一切手を出さなかった。

痺れを切らしたのか南雲が傍らの白崎達に一瞬の目配せを行い、先手必勝と殺意を解き放とうとしたとき、その機先を制するようにフリーザが再び口を開いた。

 

「逸るな。今は貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

「へぇ、じゃあ何をしに来たんだ?駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 

揶揄するような口調の南雲に、フリーザの眉がピクリと反応する。

南雲の言う“能無しの神”とはヘラよりクズな神、エヒト神のことだろう。ノイントがいる時点で、この前、南雲が推測していたこと──エヒトにとっては種族の区別なく、どちらの神であり、両方とも玩具なのだろう。そして、魔人族の崇める神は、エヒト本人の騙りか、あるいは眷属に違いない──は大正解だったようである。

その事実を、フリーザがどこまで理解しているのか……

 

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった命めい。私はただ、それを遂行するのみだ」

「そうかい。で?忠犬フリードはどんなご褒美命令を貰ったんだ?」

「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっている。我等はその迎えだ。あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」

「はぁ?」

 

なにを考えているのか今までになく静かな様子のフリーザ。殊更無表情になりながら、抑揚のない声音で告げられたフリーザの言葉に、南雲が思わず気の抜けた声を漏らしてしまっていた。

色んな意味でツッコミどころが満載である。南雲の傍らの白崎達も、フリーザへ訝しそうな眼差しを向けている。

 

「エヒトやら、アルヴやらは神なんだろ?なんで城にいるんだよ」

 

取り敢えずここにいる皆が一番疑問に思ったであろうことを南雲が尋ねた。それに対して、フリーザは淡々とした口調で、しかし、さもそれが極めて栄誉なことであると示すように、舞台の上に立つ俳優の如く両腕を広げながら問いに答えた。

 

「アルヴ様は確かに神──エヒト様の眷属であらせられるが……同時に、我等魔人族の王──魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へ顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のため我等魔人族を導いて下さっていたのだよ」

 

どうやら魔王の正体は“アルヴ様”と呼ばれる神本人らしい。

それも魔王=アルヴ様という真相は極一部の限られた者だけが知る秘匿事項らしい。

フリーザが隠しきれない喜悦を漏らしているのは、その極一部に自分が含まれているからだろう。

口ぶりからすると、ごく最近知ったようだが……

 

「……偉大なる目的、ね。さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな」

「なにか言ったか?」

「いや? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」

「……」

 

ボソッと何かを呟いた南雲に、耳聡く気がついたフリーザが尋ねるが、肩を竦めて軽口を返されて、流石に苛立ったようにこめかみをピクリと痙攣させた。

と、そこで南雲より更に軽い口調で、なくむなえに(中村恵里)が面倒そうに口を開いた。

 

「ちょっとフリード〜。ペッチャクッチャ喋ってないでさぁ、さっさと済ませてよ〜。ボクは早く光輝くんとあま~い時間を過ごしたいんだからさぁ」

「……分かっている」

 

なくむなえにのことを余り良くは思っていないのか、フリー……ドは舌打ちをしながら気を取り直すように襟元を正した。そして、再び、何事かを口にしようとして今度は谷口の上げた必死な声に遮られることになった。

 

「恵里っ!鈴はっ……恵里とっ、そのっ」

「ん?なぁに、鈴?相変わらず能天気な……って感じでもないかな?なに?恨み辛みでも吐きたいのかな?まぁ、喚きたければ好きに喚けばいいんじゃない?ボクにとってはどうでもいいことだけどぉ」

「ち、違うよっ。鈴はただ、恵里ともう一度話したくて!」

 

嗤いながら谷口を見下し、犬を追い払うように手をシッシッと振るなくむな恵里に、谷口は言葉を詰まらせながら必死に話しかける。しかし、いきなり過ぎる望んだ相手との再会に上手く言葉が出て来ない。

そんな谷口に、興味がないと示すように視線を外してしまったなくむなえにに、ようやく我を取り戻した天之河が掠れる声でなくむな恵里の異様な姿について尋ねた。

 

「え、恵里……その姿は、どうしたんだ」

 

天之河に話しかけられたなくむなえには、谷口の時と異なり満面の笑みを浮かべた。もっとも、どこか薄ら寒さを感じさせる歪な笑みであったが。

 

「光輝くん!どう?素敵でしょう?魔王様にねぇ、新しい力を貰ったんだよぉ。ボクは光輝くんと二人だけで甘く生きたいだけなのに、そんなささやかな願いすら邪魔するクソったれ共が多いからさ。大丈夫!光輝くんを煩わせるゴミは、ぜぇ~んぶ、ボクがお掃除して上げるからねぇ! 二人でずぅ~とずぅぅぅぅぅ~と一緒に生きようねぇ~」

「え、恵里……」

 

ケタケタと嗤いながら、熱に浮かされたような声音と表情を晒し、くるくると空中で回るなくむなえに。その背中から生えた白でも黒でもない、薄汚れた印象を与える灰色の翼が、なくむな恵里の動きに連動してはためき、灰羽を撒き散らす。はらりはらりと舞い散る灰羽は、そのまま地面に落ちると一瞬で触れた部分を分解してしまった。

 

周りのノイント共と同じ分解能力だ。

 

「まさか、香織みたいに……いえ、あれは恵里の体……能力だけ付与した?」

 

静かになくむな……恵里を睨みつけていた雫が、眉間に皺を寄せながら考察する。

だが、その回答が得られる前に、

 

ジャキッ!

 

と何かを構える音が響き渡った。ある程度聞いてきた南雲が相棒を構えた音だ。

 

「取り敢えず、皆殺しでOKだろ?」

「……ん。招きに応じる理由もない」

「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」

「……流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないと分かっていても不気味だね」

「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」

 

同時に、ユ何とかさん、シオさん、白崎、ティナさんの四人も一斉に攻撃の意思を見せた。ユ何とかさんとティナさんが、手を真っ直ぐに掲げ、シオさんがドリュッケンを肩に担ぎ、白崎が銀翼をバサリと展開する。

南雲の殺意はなくむな恵里にも向いている。耳障りな嗤い声と醜く歪んだ表情が癇に障ったのだろうか。とりあえず谷口の願いを頭の片隅にでも残しておいて欲しい。まぁ、少なくとも四肢くらいは木っ端微塵になるのは確定事項だろうが。1つの銃はフリー…………ザに向いている。

そして引き金が引かれる寸前、まるで盾のようになくむな恵里とフリー…………ザの前に鏡のようなものが発生して割り込んだ。訝しむ俺達の前で、それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出した。

鏡のようなものに映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を変えるように映像が動き出す。

見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。

やはり映っている場所は王城──それもおそらく魔王城の謁見の間なのだろう。高い天井に細部まで作り込まれた美麗な意匠や調度品の数々が魔王の威容を映像越しにも伝えてくる。映像は更に動き、その視点は玉座の脇へと移っていった。

そうして見え始めたのは、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、中には何かを捕えているわけで……

 

「……クソが」

 

南雲の口から汚い言葉が飛び出した。同様に、白崎達も苦虫を百匹は噛み潰したような表情になっている。特に、動揺が酷いのは、やはり天之河達異世界召喚組だった。

 

「みんな……先生っ!」

「リリィまでっ」

 

焦燥の滲む声音で白崎と八重樫が叫ぶ。

そう、二人の言葉通り映像の中の檻に捕われていたのはハイリヒ王国にいるはずのクラスメイト達と畑山教論、そしてリリアーナ姫だったのだ。

畑山教論とリリアーナは、大抵の生徒が膝を抱えて不安に表情を歪めている中で、力なく横たわっている生徒の幾人かを必死に介抱しているようだった。よく見れば、その倒れている生徒は永山のパーティーメンバーっぽい。他にも、玉井淳等愛ちゃん護衛隊のメンバーも永山達ほどではないが、苦痛に歪んだ表情で蹲っていた。

 

「おいおい本当かよ。ハイリヒ王国に誰も居なかったぞ。」

 

思わず零したが、そこまで気にされてなかったようなので。ほっとした。今1度ハイリヒ王国に戻って再びこちらに来たのだ。アタランテは察知していたようだが。

南雲は俺の呟きを気にせず、咄嗟に“導越の羅針盤”を取り出し、畑山教論の居場所を探る。

 

「チッ、本物か……」

「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少年。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ?それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

覗いたらわかるのだが、羅針盤は南大陸の一点を指し示している。それは、畑山教論が間違いなく魔人領の魔王城にいるということだ。

偽物の映像でないことを確信したであろう南雲が舌打ちを漏らすと、フリーザは羅針盤に興味を持ちながら、ここに来て初めてあからさまに感情を発露させた。

言葉に、たっぷりと優越感が乗せられたのだ。

南雲の態度から、白崎達も映像が本物だと察したようで苦い表情となる。そして、こういうとき真っ先に吼えるのが天之河だ。天之河は憤りもあらわに声を張り上げた。

 

「卑怯だぞっ!仲間を人質に取っておいてなにが招待だっ!今すぐ、みんなを返せっ!」

「アハハッ、流石、光輝くん!真っ直ぐで優しいねぇ~。ゴミ相手にもそんな真剣になっちゃって、惚れ直しちゃったよぉ」

「恵里、ふざけるなっ。こんなことをしたって何にもならない!みんなを返して、君も戻って来るんだ!」

「やぁ~ん、戻って来いとか言われちゃったよぉ。ボクを悶え殺す気だね?」

「恵里っ」

「くふふ、待っててねぇ。すぅ~ぐに、光輝くんをボクだけの光輝くんにしてあげるからねぇ~」

 

天之河の叫びは、なくむな恵里に全く届いていなかった。一見、会話しているように見えて会話になっていない。

なくむな恵里にとって“恵里の中の光輝”は確定しているのだろう。己に都合のいい天之河だけが、彼女の天之河なのだろう。

その歪みは、あの裏切りの日より更に酷くなっているようだった。

自分の言葉が届いていないと理解したのか天之河が歯噛みしながら、その視線をフリーザに送る。そして、更に言い募ろうとした瞬間、

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

「ッ!?」

 

聞き慣れた銃声がそれを遮った。二条の紅い閃光が真っ直ぐにフリーザとなくむな恵里へ飛翔する。刹那の内にフリーザの頭蓋となくむな恵里の体の一部を爆砕したであろう閃光は、しかし、近場にいた二体のノイントがかざした大剣によって止められてしまった。

たった一撃で大剣に大きく亀裂が入り、もう一発もあれば砕けそうではあるが止められたことに変わりはなく、鬱陶しそうに眉をしかめた南雲が更に引き金を引こうとした。

 

「ダ、ダメ!待って!お願い、待って、南雲君っ」

 

それを邪魔したのは谷口だ。小さな体で体当たりするように真っ直ぐ伸びた南雲の腕に飛びつく。谷口の体当たりくらいではビクともしない南雲だが、必死な表情と声音で腕にぶら下がる谷口を見て一瞬、気が逸れる。

その隙に、フリーザが冷や汗を流しながらも辛うじて表情は変えずに口を開いた。

 

「……この狂人が。仲間の命が惜しくないのか」

「はっ、前に同じ状況でご自慢の仲間が吹き飛んだのを忘れたのか? 大人しくついて行ったところで、全員まとめて殺されるのがオチだろうが。なにせ、自称神とやらは、俺の苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいからな」

「それなら、仲間を見捨てても己だけは生き残ると?」

「何度も言わせるな。あいつらは仲間でもなんでもない。それに……」

 

不敵な笑みと獣のようにギラギラと輝く眼光がフリーザに向けられる。何かを感じ取ったのか、白竜の背で一歩後退ったフリーザに、南雲はこれぞこの世の常識だ、とでも言うように宣言した。

 

「お前等を皆殺しにしてから招かれても、問題はないだろう?」

 

その台詞のついでに、魔王城への招待なら手土産の一つや二つは必要だと、首を掻っ切るジェスチャーをしながら嗤った。フリーザ達の首を手土産にするのだと誰もが理解する。

天之河達が、こいつの発想の方が魔王だと戦慄の表情を浮かべた。

 

「威勢のいいことだ。これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが……ここは、もう一枚、カードを切らせてもらおうか」

「あぁ?」

 

訝しむ南雲を尻目に、フリーザは畑山教論達を映す映像の視点を切り替えた。どうやら、畑山教論達を捕えている檻の横に、もう一つ檻があったようだ。同じ作りではあるが、かなり小さなサイズであるそれは、人を一、二人捕えるためのもの。

そして、そこに囚われている者達が映った瞬間、

 

────世界から音が消えた。

 

そう錯覚するほどに、常軌を逸した殺意が辺り一体を覆い尽くしたのだ。

音が消えたと認識できた者は強者の部類だ。なにせ、殺意──あるいは既に鬼気とも言うべきおぞましい気配の奔流に対し生物的本能が精神を保護する為、フリーザ配下の魔物の大半は即座に意識をシャットダウンし地に落ちてしまっているほどなのだ。

南雲の腕に縋り付いていた谷口も意識が遠退くのを感じながら地面にへたり込み、唇の端を噛み切った痛みでどうにか意識を保つ。

まぁそれが一般的な反応だろう。

しかし、南雲と行動を共にしてた奴らは無論耐え切り、俺とアタランテに至ってはそよ風程度にしか感じていない。これ以上の殺意を神代の時代でいつも手玉に取っていたのだから。

 

「っ――っ――き、貴様、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのかっ」

 

フリーザが表情を歪めて警告を口にした。冷静さを装う余裕はなさそう。

“魚モドキ共”──フリーザがそう呼び、南雲の気配が激変した理由である二人の人影は……ミュウという子と恐らくその母親であろう魚人族だった。

檻の中央で、お互いの存在を確かめるようにギュッと抱きしめ合っている。不安そうな表情を隠しきれていないが、それでも涙を浮かべることなく気丈に辺りを観察していた。

南雲の非常識なアーティファクトの力とミュウとの絆を知りつつ、そんな発想にいきつき、万全の体制で誘拐した愚者はただ一人。

南雲の視線が、スっと流れてなくむな恵里を貫く。

 

「――ッ」

 

一般人からしてみれば、ぬるりと精神の深奥まで侵食してきそうな気配が恵里の肌を這い回っていた。

人外?の鬼気の発生源であるにもかわらずそれが嘘のように、どこか眠たげですらある静かな瞳をしていた南雲は、そのチグハグで異様な眼差しを再びフリーザに向けた。そして、やはり静かな声音で口を開いた。

 

「……招待を受けてやろう」

「な、なに?」

 

迸る鬼気はそのままに、南雲の口から発せられた言葉にフリーザが戸惑ったような表情になった。

 

「……招待を受けてやると言ったんだ。さっさと案内しろ」

「っ……ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 

繰り返された言葉と同時に、鬼気が徐々に収まっていく。フリーザは呼吸を乱しつつも余裕を取り戻したのか、嘲笑を浮かべていた。

そうして、気絶した灰竜の群れを変成魔法の一つで叩き起しながら、魔王城へのゲートを開くための呪文を詠唱し始めた。

フリーザの隣で同じように荒い息を吐きながら大量の汗を流しているなくむな恵里や、体の硬直が解けてふらつく天之河達を尻目に、ユ何とかさんが首を傾げながら南雲を見上げる。

 

「……いいの?」

「……ああ。クリスタルキーを使えば空間を繋げられるだろうが、タイムラグが大き過ぎる。それに、空間転移系の力を保有していることは向こうも承知のはずだ」

「なにか、対策をしてるかもってことですね」

「万が一があっては困るからのぅ。先生殿達と違って、ミュウとレミアでは、そのタイムラグを自力では稼げんからな」

 

ティナが言ったことは正しいだろう。大きなもの程時間がかかる。

概念魔法という大きなもの故に発動まではタイムラグがどうしても生じてしまい、南雲一行が空間魔法を持っていることを知っている敵側が、そのタイムラグという隙を逃すとは思えなかった。

それでもクラスメイト達だけなら、この世界では上位の力だからその隙をスペックで耐えるか凌ぐくらいは出来るかもしれない。しかし、戦闘力皆無のミュウとその母親がご丁寧に別の檻に入れられているとなれば話は変わってくる。

 

「……さぁ、我等が主の元へ案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物のなにがいいのか理解に苦しむがな」

 

フリーザのゲートが完成し、繋がった空間の向こう側に大きなテラスと眼下の町並みが見えた。どうやらクラスメイト達のいる場所である謁見の間に直接転移するのではなく、王城の上階にある外部分にゲートを開いたようだ。

王城の内部には侵入を禁ずる結界でも敷いてあるのだろう。味方とて直接的な転移は出来ないようになっているのが感じてわかる。防衛措置なら納得出来る。

フリーザが嘲りの言葉を発してもスルーしてゲートへ歩みを進めようとした南雲に、鼻白んだような表情になったフリーザは、なにかに気がついたように口を開いた。

 

「そうだった。少年、転移の前に武装を解いてもらおうか」

「……」

 

だた無言で静かな眼差しを返す南雲に、フリーザは遂に優位に立った愉悦を隠しもせず、嘲笑を交えて言葉を繰り返す。

 

「聞こえなかったか?さっさと武装を解除しろと言ったのだ。あぁ、それと、この魔力封じの枷も付けてもらおうか」

 

ジャラっと音を立て取り出した手錠のような枷は、かつて俺達が付けられたものによく似ている。招待という建前を持ち出したくせに、扱いは完全に捕虜のそれだった。

人質という強みがあるせいか、嗤うフリーザ。

狂信者の気は以前から持っていたが、ここまで矮小な性格ではなかったように思える。度重なる敗北が、彼の性格を歪めてしまったのか。あるいは、王都侵攻の後に何かがあり狂信の度合いが深まってタガが外れてきているのか……

それでも、南雲の返答は決まっていた。

 

「断る」

「……なんと言った?」

「二度も言わせるな。断ると言ったんだ」

 

一瞬、南雲のなんの気負いもないその言葉に、呆気にとられたような表情となったフリーザだったが、次の瞬間には理解し難いものを見るような眼差しを向けた。

 

「……己の立場を理解できていないのか?貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘が――『調子に乗るな』っ……なんだと?」

 

従わねばミュウとレミアを害するというありきたりなセリフを、途中で遮られて目を吊り上げるフリーザへ、静かな声音が届く。

 

「ミュウとレミアを人質に取れば、俺の全てを封じたとでも思ったのか?理解しろ。お前たちが切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

「諸刃の剣……だと」

 

南雲からは先程の鬼気も殺気も一切出ていない。それどころか魔力の一滴すら出されておらず、当然“威圧”も使ってはいない。

 

「お前達が今生かされている理由もまた、ミュウとレミアのおかげということだ。……二人に傷の一筋でも付けてみろ。……子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」

「――っ」

「なにが目的で招待なんぞしようとしているのか知らないが、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないからな。そんなことになるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだ」

「……あの母娘を見捨てるというのか」

「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てることに繋がると考えているだけだ」

「……貴様は、やはり狂っている」

「なら、その狂人が、お前の前に、同族の女子供の肉塊を並べない内に、さっさとミュウのもとへ連れて行け」

「っ……」

 

両者の掛け合いに、今の今まで一言も言葉を発しなかった“真の神の使徒”ノイントが割り込んだ。

 

「……フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」

「むっ、しかし……」

 

なお渋るフリーザを尻目にノイントが以前相対した時と全く同じ声音と表情で南雲に向き直った。

 

「私の名は“アハト”と申します。イレギュラー、あなたとノイントとの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどとは思わないことです。ついでにそこの緑髪の青年も。」

 

武装したければしていろ、と言外に伝えているようだ。よく見れば、アハトと名乗ったノイントと同じ容姿の“真の神の使徒”は、その瞳を僅かに揺らして南雲を睨む。

俺にもその瞳を向けて来た。敵愾心、あるいは憎悪に似た何かを秘めている。

周りは何?とこちらをチラ見している。アタランテに至っては「また汝は……」と呆れてさえいた。

“二度も勝てると思うな”──その言葉には単なる人形としてではない、もっと強烈な感情が込められているのかもしれない。

だがそんなことは、南雲にとってどうでもいいことらしく、スっと視線を逸らして無機質な瞳をゲートの奥に向ける。さっさと案内しろと言っているのが明白だった。

南雲の不遜な態度にフリーザが顔をしかめるが、アハトからの催促もあって、仕方ないという風に頭を振ると、そのままゲートへ潜って行った。

その後を追う俺たちとその後ろをゾロゾロとノイント達が着いてきていた。

ゲートで繋がれた先の巨大なテラスは学校の屋上くらいの大きさがあり、全員が足を踏み入れても余裕があった。と言っても、灰竜達や神の使徒の大半は空を飛んでいるからというのもあるが。

灰竜達は、そのままどこかに飛び立ち、使徒も十名程残してどこかに行ってしまった。残りは、俺達を取り囲むようにして待機している。

背後でゲートが閉じると同時に、フリーザが無言で顎をしゃくってついてくるように促した。南雲もまた無言でついてく。

 

「光輝く~ん、あの化け物、恐かったよぉ~、ボクを慰めてぇ~」

「え、恵里っ、君はっ」

 

歩き始めて直ぐ、なくむな恵里が天之河の腕を取り、抱きつきながらそんなふざけたことをのたまい始めた。自分達を裏切り、今またクラスメイト達を人質に取ったというのに、まるで悪びれた様子もなくニタニタと嗤いながら天之河に体を摺り寄せる。

周りにいる八重樫達には目もくれない。谷口が声を掛けても完全無視だ。

密着し、天之河の耳元に口を近づけ、息を吹きかけたり何事かを発情したような顔で囁いたりしているなくむな恵里の姿は見るに堪えないものではあったが、天之河自身も、クラスメイト達のことを考えて無理に振り解くことはしなかった。

なので、俺が引き離した。

 

「ちょっ、何すんのよ?あれがどうなってもいいのかなぁ?」

「はん、そう身体を擦り付けて洗脳するとか……反吐が出る。理想なんざ破滅の鍵、何処ぞの狂犬にでも食わせておけ。わりぃが洗脳なんざさせねぇよ。こんな奴でも精神的支柱になるんだからな。」

「ちっ!!!!」

 

なくむな恵里は作戦がバレたからか下手に舌打ちして離れていく。洗脳されそうだったことを知った天之河らは驚愕していたが俺は気にせずに離れ、なくむな恵里が変な事をしないように目を配らせる。無論ほかの連中にもだ。

 


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