英雄とはこれ如何に   作:星の空

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第9話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -6-

 

燦嘹朱爀side

 

 

異世界トータスにおいて後の英雄となる者達が、世界を賭けた一大決戦に様々な思いを乗せて世界中を飛び回り、駆けている頃、俺、アキレウスこと燦嘹朱爀は1人で歩いていた。

歩いている場所は【神域】の真下である神山だ。神山の元大聖堂があった場所を瓦礫を飛び移るように歩いていた。

ここにいる訳は、この世界で唯一地球と繋がった()があるからだ。

抑止力とはこの穴を通して交信し、戦力を送って貰うこととなったのだ。

ハジメやクラスメイト達には1線級が5人としか言ってないが、それは正しくて正しくない。まぁ、これから来る戦力を紹介したら、なるほど、と思うはずだ。

1人目はジーク。嘗て聖杯大戦にホムンクルスでありながら途中参戦し、勝ち抜いたマスター。マスターとなったわけだが、黒のセイバーでもある事が要因だろう。黒のセイバー・ジークフリートは神代でも高位の戦士。その戦士の力を12分に発揮出来るから助かる。

2人目はアストルフォ。ジークが使役したサーヴァントで黒のライダー。1度宝具を貸した覚えがある。まぁそれは転生者である俺がアキレウスから継承した記憶の中だがな。彼がいれば空中戦も助かる。

3人目はルーラー。いや、今はジャンヌだったか?彼女が戦場にいるだけで士気がぐんと上がる筈。百年戦争という戦いでの功績を見せてもらいたい。

4人目はカルナ(・・・)。彼奴と呼んだのはこいつの事だ。此奴は嘘見抜きは勿論、技量や性能は俺に匹敵する。性格や在り方は違えど同じ英雄と呼ばれる(・・・・・・・)もの同士。仮に試合をしたら、死合となるため、味方である限り決して戦わない相手だ。

此奴が地上にいたら、この世界で集った戦士達が吹き飛ぶし、ハイリヒ王国に被害が出る。だから【神域】に行ってもらう。【神域】なら破壊しまくってもなんら問題はねぇからな。

最後、5人目が今回は重要だな。5人目はイスカンダル(・・・・・・)。イリアスに載る俺を崇高?憧憬?してくれる、オケアノスを求め、世界を征服した王。此奴の宝具は擬似的な英霊召喚。強者共がいたら、この世界の者達も対抗意識を燃やして、士気もある程度は上がるだろう。

抑止力が丁度いいというのだからそうなのだろう。適材適所ってやつをしてるんだろうな。

 

「2日間ここに居るのは暇だしな。型の確認とあれの確認。あとは、クサントス達も呼ぶか。」

 

抑止力により此方に来るだろう5人を待つことにしたが、暇なので今の間にできることを始めた。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

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第三者side

 

 

ハジメはある部屋の前に立っていた。この部屋には嘗てアレーティア……ユエが閉じ込められていた部屋だ。

ハジメが立ち尽くしていたら、採取に向かっていた香織が戻ってきた。

 

「……ハジメくん」

「香織。もう、採取は終わったのか?」

「うん。羅針盤のおかげで直ぐに、ね。魔物も……やっぱり使徒のスペックは反則だよね」

 

かつてクラスメイト達と【オルクス大迷宮】の表層を苦労して攻略していたときのことを思い出したのか、香織は苦笑いを浮かべる。そして、雰囲気を壊さないよう気を遣うようにしずしずと広間へと入ってきた。

 

「……ここが、ユエと出会った場所なんだね」

 

そう呟いてハジメの隣に立った香織は俺が今まで視線を向けていたもの――半ば溶けたように崩れた鉱物の塊だった。

ハジメは静かに頷く。その瞳は、深い森の中にある泉の如く澄んでいて静謐さを湛えている。憤怒や憎悪といった負の感情が飽和した虚無的な瞳とは正反対の、愛しさや切なさが飽和したかのような眼差しだった。

 

「最初に見たときはホラーかと思ったよ。真っ暗な闇の中で、紅い瞳が金糸で出来た柳の奥から覗いている……そんな感じでさ。ユエが助けを求める声をかけて来たときも、俺、扉を閉めようとしたんだぞ? こいつ、絶対ヤバイ奴だ、って思ってさ」

「ふふ。確かに、こんな奈落の底にただの女の子がいるなんて思わないよね」

「だろ? 特にあのときは、生き残ること以外なんの興味も持てない心境だったからな。今、思い返しても、よく助けようとしたなぁって思うよ」

 

ハジメの物言いに、くすりと笑みを零す香織。ハジメも懐かしむように目を細めながら小さな笑みを浮かべる。

 

「それが今じゃ、我を失うくらい特別な女の子だもんね。人生、なにがどうなるか分からないって、つくづく思うよ」

「全くだ」

 

言葉が途切れて、二人は僅かに瞑目する。ハジメは最愛の恋人を想って、香織は恋敵(親友)を想って。そして、ほぼ同時にスッと目を開いた。そこには決意の炎が宿っている。

 

「必ず、取り戻そうね」

「ああ。必ず取り戻す」

 

ハジメと香織は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべあった。が、直後、言い忘れていたとでも言うように、ハジメはハッとしたような表情になって口を開いた。

ちなみにどうでもいいことだがこの時、朱爀は髪を引っ張られていた。

 

「あ、でも、香織は地上班の方に残ってくれな?」

「へ?どうし……あぁ、もしかして、機能停止のこと?」

「ああ。一応、対策用のアーティファクトは用意するけどな、流石にエヒトを前にしてどれだけ効力を発揮するかは分からない。なにせ、大元は奴の制作だからな、その体」

 

香織は渋い表情になる。

香織だってユエを助けに行きたいわけで、理屈では残るべきだと分かっていても感情は中々納得してくれない。「むぅ」と唇を尖らせる香織に、ハジメは肩を竦めながら言い聞かせるように言葉をかけた。

 

「そんな顔するな。ユエを取り戻しても、他の連中が死に絶えていたら、俺はともかく、香織達には堪え難いだろう? オルクスの深部に匿うつもりではあるけど、ミュウとレミアも地上に残るんだ。一度、人質として有効だと証明しちまった以上、いざってときに守ってくれる奴が必要だ」

「……はぁ、しょうがないね。歯痒いけど、足手まといにはなりたくないし。それに死んで欲しくない人達も沢山いるから……うん、わかったよ。ハジメくん達が帰ってくる場所は私が守るよ。ミュウちゃんにもレミアさんにも手出しはさせない。あと、愛ちゃん先生とリリィも、ね!ねっ!」

「なぜ、二人を強調する……」

 

ジト目をして頬を膨らませる香織に、苦笑いするハジメ。そんなハジメに、プイッとそっぽを向きながら香織が拗ねたような声音を響かせる。

 

「“愛子、リリィ、頼む”とかなんとか言っちゃってたくせに。ハジメくんの女たらし」

「いや、あれは空気を読んで……」

「クラスの他の子達も、何人か熱い視線を送ってたよ。ドン・ファンとかカサノヴァとか、もうあながち否定できないと思うな。ユエが戻って来たら言いつけてやる。私だって、まだただの“大切”止まりなのに、次から次へと……うぅ、不動のユエが羨ましいよ」

「……」

 

わざとらしくいじける香織に、ハジメはポリポリと頬を掻いた。

ハジメは、目の前にあるユエを封印していた魔力を通しづらい鉱石の前にしゃがみ込み、手をかざしながら香織に語りかけた。

 

「あのときの拳。中々効いたぞ。まさに目の覚める一撃だった」

「へ? ……あっ、あれは、えっと、痛かった、よね? 割と全力でやっちゃったし……」

 

唐突な話題転換に一瞬目を丸くする香織だったが、それが謁見の間で暴走したハジメを殴り飛ばしたときのことだと気が付くと、どこかバツの悪そうな顔になって視線を逸らした。

ハジメは、かつて、苦労してユエの封印を解いたときとは比べ物にならないほど鮮やかで洗練された魔力を、意外なほどあっさりと封印石へと浸透させていく。

封印石を変形させブロックに分けながら、ハジメは、チラチラと視線を寄越してくる香織に言葉を続けた。

 

「そりゃもう、文字通り芯まで響いたよ。最低に格好悪いってのも、こうグサリと来たな」

「あ~、うぅ~。え、えっとね……その……」

 

香織は、変な唸り声を上げてオロオロし出す。

 

「これが他の奴なら、そうはいかなかっただろうけどな」

「え?」

「香織と同じことをして、俺の深いところまで響かせることが出来るのは、まぁ、後はシアとティオくらいだって話だ」

「それって……」

「……もう“ただの大切”とは言えないかもなぁ」

「……ハジメくん」

 

ブロックに切り分けた封印石を、オルクスに来てから作り直した新しい“宝物庫”に仕舞いながら独白のように呟くハジメに、香織は大きく目を見開いた。

ハジメは、おもむろに立ち上がると香織に視線を合わせた。

 

「ありがとう、香織。想い続けてくれて。……奴と殺り合う前に、それだけは言っておきたかった」

「……止めてよ。そんなの、なんだか遺言みたいで不吉だよ」

「ははっ、そうだな。悪い、柄じゃなかったか」

 

苦笑いを浮かべるハジメに、香織はふるふると首を振る。

 

「ううん、こっちこそありがとう。嬉しいよ。……ふふ、ユエが帰って来たら言ってあげなきゃ。ハジメくんがデレたって。取り敢えず、シアのポジションには手をかけたぞって」

「くくっ、そしたら、また意地悪されるぞ? ユエは、なんだかんだで香織とじゃれるのが好きだからな」

「うっ、あれって絶対、私の反応を楽しんでるよね。思い出したら腹が立って来たよ。ハジメくん達が向こうに乗り込んでいる間に、お返しプランを考えておかないと」

「倍返しされるオチが見えるようだ」

「もうっ、ハジメくんも楽しんでるでしょ!」

 

ムキーと歯を剥く香織に、クツクツと笑いながらハジメは肩を竦めた。そして、二人同時に口を閉じて、無性にユエに会いたいという気持ちを共感し合う。

ハジメは、改めて香織と微笑み合うと、最後の封印石に手をかけた。そして、次々とブロック状にして“宝物庫”に収納していく。

と、そのとき、封印石が置かれていた場所の床になにやら紋様が刻まれていることに気がついた。

 

「……これは」

「どうしたの、ハジメくん。……紋様? これってヴァンドゥル・シュネーのものじゃ……」

 

しゃがみ込んで、封印石の下の床に刻まれていた紋様に指を這わせていたハジメの背後から覗き込んだ香織が、見覚えのある紋様に首を傾げながら呟く。

ハジメは無言で頷くと、真剣な表情のまま“宝物庫”から【氷雪洞窟】攻略の証である水滴型のペンダントを取り出した。

直後

 

キィイイイイイ

 

そんな甲高い音を立てて、共鳴するようにペンダントと床の紋様が震え出した。

ハジメの掌の上に置かれたペンダントは、そのまま床の紋様へと引き寄せられるようにずりずりと動き出す。薄暗くて分かりにくかったが、よく見れば床の紋様の中央には、ちょうどペンダントがはまりそうな小さな穴が空いていた。

ハジメと香織は顔を見合わせると同時に頷いた。ハジメは、ペンダントをその窪みへとはめ込む。

直後、床の紋様に光が奔ったかと思うと、金属同士が擦れるような音を立てて紋様の描かれた床の周囲がせり出てきた。直径三十センチ程の円柱形の石柱だ。それは、しゃがむハジメの目線くらいまで上がってくるとピタリと動きを止めた。そして、ハジメの眼前で側面をパカリと開いた。

 

「……こんな仕掛けがあったなんてな。【氷雪洞窟】を攻略した奴だけが開けられる仕掛け、か」

「それ、なんだろうね。ユエを封印していたブロックの下にあったってことは、なにかユエに関係しているものって気がするけど……」

 

石柱の中には透明度の高い、一見するとダイヤモンドのようにも見えるピンボールくらいの大きさの鉱石が安置されていた。それを掌に乗せてマジマジと見つめるハジメの隣から、香織が推測を呟く。

そして、その推測が正しかったことは直ぐに証明された。

 

「……これオスカー達が使っていたのと同じタイプの映像記録用のアーティファクトみたいだな」

「それって……こんな場所に、そんなものを残す人なんて一人しか思いつかないよね」

「取り敢えず、起動させてみるか」

 

ハジメは、白い水晶に魔力を流し込んだ。

直後、暗い封印の部屋を白の混じった黄金の光が満たした。そして、目を細めるハジメと香織の前で、映像記録を残した者の語りが始まった。

それは、深い深い愛と、慈しみ、そして途轍もない覚悟と懺悔に満ちたもの。そして、聞く者の魂をどうしようもなく震えさせるほど、温かく優しい、切なる願いだった。

白金の光が収まり、十分程の映像記録がフッと消えた後には、表現の難しい、されど決して嫌なもののない余韻がハジメと香織を満たした。香織は、拭うことも忘れてするりするりと綺麗な涙を流している。

 

「……ユエに見せてあげなきゃ」

「そうだな。これは、ユエが見なきゃならないものだ。……香織、お前が預かっていてくれ。向こうじゃ、なにがあるか分からないしな」

「……うん。わかったよ」

 

ハジメの手から渡されたダイヤモンドの輝きを持つ鉱石を、香織は、宝物を扱うようにそっと受け取る。

 

「にしても、封印石の特性に関する詳細がわかったのは僥倖だったな。道理で“鉱物系鑑定”だけじゃ正体を掴みきれないわけだ。まぁ、サソリモドキを相手にした時点で気が付くべきだったと言えば、それまでだが……」

「ある意味、サイボーグ?みたいなものだね」

「ああ。おかげで、色々と制作意欲が湧いてきた。ミュウ達も待っているだろうし、さっさと戻ってアーティファクトを量産するか」

「アーティファクトの量産……すごい言葉だね」

 

若干引き攣ったような笑みを浮かべる香織に肩を竦めて、ハジメは、もう一度、ユエとの始まりの場所に視線を巡らせた。そして、一拍の瞑目の後、改めた決意を背にくるりと踵を返した。

その後を、香織がしずしずと付いて行く。

二人が振り返らず部屋から出た後、封印の部屋は再び闇に閉ざされた。しかし、そこには、全てを呑み込みそうな冷たい闇だけではなく、どこか包み込むような優しさが漂っているようだった。

 

 

南雲ハジメside out

 

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咫藍弖澟side

 

 

「全く、朱爀の奴め。あまり目立ちたくは無いとあれ程言ったでは無いか。お陰で面倒な目線を引くことになったでは無いか。」

 

私はハイリヒ王国の王宮内を歩いていた。決戦まで暇なので散歩気分で歩いているのだ。まぁ、手伝えることは手伝うがな。

 

「ん?汝は…………」

 

歩いていれば後方から走ってくる音がした。そちらに目をやると、この王宮の現所持者であるリリアーナ姫がいた。どうやら誰かを探しているようだな。

 

「あ!澟さん!!つかぬ事をお聞きしますが、朱爀さんは何処にいますか!?」

「朱爀?朱爀は戦力たる5人を迎えに行ったぞ?」

「えぇっ!?朱爀さんにその戦力がどれほどなのかお聞きしておきたかったのですが…………」

「彼奴、説明もせずに行ったのか…………私で良ければ心当たりのある奴が1人だけいるのだが、聞くか?」

「いいんですか!」

「いいも何も、彼奴が説明をしなかったのが悪い。1人はほぼ確定だが、ほかの4人は知らんぞ?」

「もちろん構いません!把握しておけばその分戦略は練れるはずですから!」

 

成程……此奴、絶対ワーカーホリックだ。何かしないと落ち着けない性分のはず。

 

「私の知る戦力はある意味で朱爀……いや、アキレウスと双璧を成すだろうな。欲を持ち、英雄であることを語り語られるのがアキレウスだとすれば、彼奴は無欲で謙虚なのだが、彼の行いから周りは英雄だと語られる奴だ。在り方が高潔過ぎて反感も抱けん。」

「ほえぇー、その人はいろんな人から愛されていたんですね。」

「……愛される、か。彼奴が聞けば愛されて等いない、などと言って素っ気なく返すだろうな。真っ当に過ごせなかった故か、何処か抜けてるところもある。」

「それで、どれほどの強さなんですか?」

「うぅむ、どれほど、か。正直分からんのだが……言えるのは彼奴が駆け回ったら此度集う戦士達が邪魔となるな。文字通り太陽が落ちるが如しだからな。」

「太陽が……落ちる……ですか?」

「あぁ、こちらの世界にいる太陽神の子でな、様々な神々と相見え、師事し、殺り合い、挙句の果てに神々の王の1人とすら言葉を交わしたとか。」

「…………神」

「昨日に朱爀が理不尽の権化と言ったのは確かだ。どんな形であれ、理不尽なのだからな。」

 

あぁ、神は理不尽だとも。ヘラの八つ当たりで死したものがどれ程か。私が信仰するアルテミスはどれ程のスウィーツ(恋愛)脳か。

 

「どちらにしろ地上はほかの4人と吾々だ。彼奴は【神域】に向かう。【神域】ならば別に破壊しても問題あるまい?」

「うへぇ、悪どい顔しちゃってますよこの人。……情報ありがとうございました!【神域】に向かうとてそれ程の力を持つ者が来るのならより一層士気が上がると思います!安心して目の前に集中出来ますしね。」

 

ありがとうございました〜!と、リリアーナ姫はそう言い残してスタタタターと走り去って行った。と、思えば、ダダダダダダッ!!!!と戻ってきた。

 

「り、澟さん!!ハジメさんから送られてくるアーティファクトの運搬を手伝ってくださいぃ!!!!運搬より量産が多いってどういうことなんでしょうか!?!?!?」

「………………私に聞かれても困る。分かったから行こう。」

 

未だに幼い子が代理と言えど王としての責務を果たそうとする。世界はほんと……

 

「…………理不尽塗れだな。」

 

私は、手伝いを頼んで戻って行ったリリアーナ姫の後を追うように歩き出した。はぁ、朱爀は今頃馬にでも食われてるだろう。

───────澟の言う通り、少し前から朱爀は3頭の馬に髪を引っ張られていた。

 

 

咫藍弖澟side out

 

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第三者side

 

 

魔王城の謁見の間での話し合いの後、ハジメ達はクラスメイト達を連れて魔王城に乗り込む前に地中へ転送しておいた貴重品を回収に行った。無事に回収できたゲートキーを使って世界各地へと散らばっていった。

もちろん、ゲートホールが設置されていない場所への連絡には直接出向かなければならないので、移動用のアーティファクトが必要になる。

ティオにしても、竜人族の里へ身一つで行くなら、帰る時はゲートを使えばいいが行きの片道だけでも数日は確実にかかってしまうので、高速飛行を可能にするアーティファクトが必要だった。

なので、攻略の証を使い、【ライセン大峡谷】にあるショートカットからオスカーの隠れ家に入ったハジメは、工房に残っていた材料で、優先的に小型版飛行アーティファクト“ミク・フェルニル”を作成した。

これは、言ってみればスカイボードである。サーフィンのボードのような形状で、空気抵抗などを空間魔法で軽減し、重力魔法で空を飛ぶ。操作はもちろん感応石だ。抵抗がないに等しく、使用者の肉体的負担も極めて小さいので、時速五百キロメートルは軽く出るという代物だ。

即席なので魔力消費が大きいという欠点はあるものの、ティオは言わずもがな、クラスメイトの魔力量は誰も彼も基準を大きく逸脱するレベルで保有しているので、片道くらいならどうにでもなる。

これにより、ハジメの扇動で魂に火をくべられたクラスメイト達が世界に散らばり、ゲートホールを通じて世界が急速に繋がり始めていた。

王都の郊外には、既にかなりの戦力が集まり始めており、野村健太郎を筆頭に土系統の適性のある者達や職人連中が急速に簡易的な防衛陣地を構築しているところだった。ここでも、ハジメが優先的に作ったアーティファクトが彼等の力を何倍にも跳ね上げており、作業を超効率化している。

ここまでで約一日。故郷(地球)からの戦力が来るまであと1日、世界の終わりが始まるまで残り2日。

着実に準備が整い始めた。

 

 

第三者side out

 

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南雲ハジメside

 

 

「いよいよ、明日ですね……」

「そうだな。明日のいつかは分からないけどな」

 

時刻は深夜の一歩手前の時間帯。エヒトの告げた大侵攻の日まで後一時間といったところ。場合によっては日付の変更と同時に、ということもありうるので、現在ハジメは、シアと共に出発の準備に関する最終チェックをしていた。

 

「ハジメさん」

「うん?」

「“仮に、私になにかあったとしても、必ずハジメやシアがなんとかしてくれる。心配することなんてなにもない”……そう言ってました」

「……ユエか」

「はいです。私は、“当たり前です”と答えました」

 

シアは、工房内の引き伸ばされた時間の中で、ハジメの使い捨て型の新アーティファクトにより半ば無理やり会得した、新たな能力に対する最終確認をしながら、静かな声音で話す。

 

「三日……これは、私達がユエさんを取り戻すための時間ではありますが……同時に、ユエさんの抵抗が尽きる時間でもあります」

「……そうだな」

 

そう、エヒトがユエの体を完全掌握する時間であり、それはユエが抵抗できない状態に追い込まれるタイムリミットでもある。誰も口にしなかったが、そのときのユエの状態がどうなっているのか……少なくとも楽観視できない状態だというのは確かだろう。

 

「それでも、私は信じています。ユエさんは無事であると。必ず取り戻せると。抵抗できなくても、ユエさんは、信じて私達を待ってくれていると」

「当然だ。ユエだぞ?あんな厨二病こじらせたイタイ奴に負けるかってんだ。まして、シアに叩き直されたばかりだからな」

「ふふ、そうですね。……でも、敵が強大であることには変わりません。今までの比ではありません。それこそ死線を越える覚悟が必要でしょう」

「……なにが言いたい?」

 

シアは、そこでくるりと振り返り、真っ直ぐにハジメを見た。その瞳に燃え盛る炎は、親友を奪われた怒りと敵に対する殺意、そして必ず取り戻すという決意がこれでもかと宿っていた。

思わず、ハジメをして息を呑ませるほどの意志を示すシアは、決意を言葉にして響かせた。

 

「私は、無茶をします。無理を押し通します。ユエさんを助けられないくらいなら玉砕する覚悟です。敵を一人でも道連れにして。私の生死はユエさんと共にありたいと思います」

「……なるほど。それで?」

「止めないで下さい。そして、どうかハジメさんも共に」

 

それは、場合によっては共に死んでくれという言葉だ。ユエだけが死んで、自分達だけ生き残るのは嫌だという我が儘だ。その我が儘に、ハジメも付き合ってくれという、どうしようもない言葉だ。もし、シアが物語のヒロインならば、大失格のセリフである。

だが、そんな常識的に考えればとんでもない言葉を贈られたハジメは、

 

「今更、なに言ってんだ?当たり前だろう。共に生きるか、共に死ぬか。二つに一つだ。シア、お前を逃がす気はないからな。直前になってビビるなよ?」

 

不敵な笑みを浮かべながらなんでもないように、もっと酷い我が儘を言うハジメに、しかし、シアはその答えが分かっていたように「くふふ」と嬉しそうな笑みを零した。

 

「はいです。一応、言葉にしておきたかっただけですよ。土壇場で『シア!お前だけでも!』なんてバッキャローなセリフを吐かれたら萎えますからね」

「まぁ、クラスの奴等曰く、俺は魔王より魔王らしいからな。所謂、魔王からは逃げられないってやつだ。そんなクソ寒いセリフは吐かねぇよ。まぁ、玉砕なんてことはないさ。欲しいものは全部手に入れるし、邪魔なものは全て破壊してやる」

「あはは、流石、ハジメさんですぅ。セリフが完全に魔王――悪役まっしぐらですぅ!」

 

ひとしきり可笑しそうに笑ったシアは、意気揚々とヴィレドリュッケンを肩に担ぎ、準備万端を態度で示した。そして、決意の篭った眼差しで口にする。

 

「さっさとユエさんを取り戻して……念願の三人エッチしましょうね!」

「……色々台無しだ、発情ウサギ」

 

楽しみですぅ~と呟きながら工房から出て行くシアの後ろ姿にツッコミと呆れの眼差しを送りつつ、一拍の後、しょうがない奴だと、愛しさと頼もしさを感じながら、ハジメは笑みを浮かべる。

そして、兵器の量産もノルマを達成し、準備万端となったハジメ達は地上組へ合流するため、遂に【オルクス大迷宮】の深部から出陣するのだった。

ゲートを通り抜けた先で、ハジメ達を出迎えたのは雫だった。

 

「ようやく来たわね。みんなが待っているわ。付いて来て」

 

それだけ言うとくるりと踵を返し、ゲートホールが設置されていた広場から眼前の無骨な要塞へと歩を進めていく。

一見して急造と分かる赤レンガ色の要塞は、しかし、その規模、構造からしてたった一日や二日で出来るものとは思えない完成度を誇っていた。チート土術師である野村健太郎を筆頭に王都や帝国の職人達へ、能力を何倍にも引き上げる神代級アーティファクトを大盤振る舞いした結果だろう。

その要塞や、数十万の戦力が野営している王都前の大平原は、深夜にもかかわらず明かりのアーティファクトで煌々と照らされていて、まるで昼間のように明るい。遠くに見える【ハイリヒ王国王都】や【神山】が、普段とは異なり外部からの光に照らされて陰影を晒す光景は、何とも不思議な感慨を覚えさせる。

そんな人工的な光に照らされて先導する雫の後ろ姿はなんだか随分と不機嫌そうだ。

 

「八重樫、なにかあったのか?」

 

思わずそう尋ねたハジメに、ピタリと立ち止まった雫は直後、勢いよく向き直るとツカツカと足音を立てながら歩み寄りグイッとハジメの腕を取った。そのままハジメの腕を胸の谷間に抱え込み、いわゆる“腕を組む”状態で密着しながら先を促す。

シア達が常にない雫の大胆な行動に目をぱちくりとさせる。

 

「おいおい、八重樫。本当にどうした?」

「雫よ。今更感はあるけど、雫と呼んでちょうだい。私も、ハジメって呼ぶから」

「はぁ?」

 

困惑するハジメに、雫は疲れたように溜息を吐きながら、その真意を説明する。

 

「皇帝陛下が鬱陶しいのよ。なにかと理由を付けては私を傍におこうとするし、口説いてくるし……そのくせ、建前は一々的を射ている上に、やることは完璧にこなしているから文句も言えないし」

 

どうやら、ガハルドにちょっかいをかけられて辟易していたらしい。

 

「そういうときは俺の名前を出していいって言っただろう?」

「言ったわよ。私が、す、好きなのは、なぐ、ハ、ハジメだって」

「テレテレじゃねぇか。で?それでも絡んできたなら連絡すれば良かったろ」

 

そこで、雫は不機嫌そうな表情から困ったような表情になった。

 

「……これくらいのことで面倒はかけたくなかったのよ。なにせ、ハ、ハジメは、連合軍の勝利の鍵なんだから。それに、あのエヒトに勝つためには色々と対策を練る必要もあるでしょう?」

「そういう気遣いはしなくていいんだよ。ゲート開いて銃弾しこたまぶち込んだら終わりなんだし」

「ふふ、そうするだろうなって思ったから遠慮したのよ。ゴム弾でも一国のリーダーにダメージ与えるのは、ね?だから代わりに、今、こうして甘えさせてもらってるの。会議室には皇帝陛下もいるから見せつけておくっていう意図もあるのだけどね」

「なるほど」

「そういうわけだから、シア達も少しだけ許してね?」

 

ちょっと申し訳なさそうな表情でそう言う雫に、シア達も気にするなと微笑みを返した。

ちなみに、この場にレミアとミュウはいないが二人が従えるデモンレンジャー達はいる。自分達も要塞内での雑用なら出来ると付いて来ることを望んだミュウ達だったが、ハジメが頑として譲らなかった。だが、世界の危機で、ユエお姉ちゃんの一大事になにも出来ないというのはミュウの心を些か以上に凹ませたらしく、ならばと、ハジメは生体ゴーレム達に遠隔操作機能を付けたのだ。

オスカーの隠れ家という安全地帯から、視覚やら音を共有できる上に、きちんと指示も届く。それでミュウも出来ることがあると納得してくれたわけだ。パパは娘にダダ甘である。

道中、兵士達の「あれが……」といった呟きと共に畏敬の念が篭った眼差しを受けつつ、雫がガハルドに与えられたストレスを、そんな兵士達の視線に恥ずかしそうにしながらもハジメに甘えることで解消し、ある程度回復できたころ、ちょうど要塞内の大きな広間へと到着した。

要塞内の大きな広間には大きなテーブルが置かれ、上座にはリリアーナやランデル、ガハルド、そしてアルフレリック、カムなどが愛子を中心に座っており、愛子は随分と緊張した面持ちでちょこんと座していた。それを見ただけで、“豊穣の女神”が表に立っていると分かる。

更に視線を巡らせば、見知った顔が多くあった。【アンカジ公国】のランズィやビィズ、ギルドマスターのバルス、イルワ、キャサリン、何故か服屋の化けも――クリスタベル。

それぞれの国で見た軍の司令達と、各代表の側近達、それにクラスメイトを代表して永山と園部、澟がいた。

なお、ランデルはリリアーナの隣に座っているものの、体面的な側面が強く、ハイリヒ王国の代表はリリアーナが務めるようだ。

彼等は、ハジメが入って来た途端、「やっと来たか!」といった表情になり、次いで、雫をべったりと張り付かせていることに頬を引き攣らせた。

時間に遅れたわけではないが、世界の重鎮達を待たせておいて、女を侍らせて来るとかどんな神経してんだ……という感じだろう。

もっとも、そんな反応を表情だけで済ませているのは側近達だけであり、重鎮中の重鎮、各勢力の代表達は総じて、椅子をガタッ!とさせた。

 

「おいおいおい、南雲ハジメぇ。雫を侍らすたぁ、俺への当てつけか? あぁ?」

「南雲さん!?なぜ、雫とイチャついているのですか!?」

「や、八重樫さん?せ、先生は、そういうのどうかと思いますよ? あなたはもう少し節度あるお付き合いが出来る人だと思っていたのに……うらやま……じゃなくてハレンチですよ!」

「貴様ぁ、か、香織の前で、その親友にまで手を出すとはっ!香織!やっぱり余はお前を諦めんぞ!その悪魔から必ず引き離してやるぅ!」

「流石ですっ、ボス!最愛の女性をさらわれてなお、新しい女を侍らせて余裕の態度とはっ!決戦前の景気づけに酒池肉林ですかっへぼぁ!?」

「全く、汝も汝で何をしているのだ…………」

 

上から順にガハルド、リリアーナ、愛子、ランデル、カム、澟である。カムが重鎮扱いで上座にいるのは首狩りウサギの名と所業が浸透している証なのだろうが、ハジメに抜き撃ちをされて床をのたうち回る姿を見れば威厳は皆無である。傍らのシアが両手で顔を覆ってぷるぷるしながら羞恥に耐えている。

 

「雫がこうなってんのは全てガハルドのせいだ。文句はそいつに言え。あと、ガハルドは、漢女になるか雫にちょっかいかけるのを止めるか選べ」

「あらあらん♡ハジメちゃんたら、また同胞を増やしてくれるのん?もうっ、私への贈り物を欠かさないなんてぇ!愛してるわん!」

 

魔法少女のようなヒラヒラの格好をした色んな意味できついクリスタベルが、イヤンイヤンと身をくねらせながらハジメに流し目を送る。

ハジメはドンナーを抜きたい衝動を必死に抑えつつ、ガハルドに視線で「これの仲間にするぞ」と訴えた。ガハルドが豪放磊落な皇帝陛下らしくない萎縮した様子ですごすごと引き下がった。彼をして、クリスタベルの異様はキツかったらしい。

そんな人類の滅亡を賭けた決戦前とは思えないトップ陣の姿に、会議室にいる他の者達は何とも微妙な表情だった。余裕がある(ように見える)態度に頼もしいと喜ぶべきか、それとも緊張感に欠けると不安に思うべきか。

ハジメが席に着く。合わせてシア達も席に着いた。ハジメ以外にもきちんと席が設けられているのは、【神域】突入組の重要性がわかっているからだろう。

最終会議を執り行おうとした途端、また広間の扉が開いた。そこから現れたのは6人の男女。

1人は言わずもがな燦嘹朱爀だ。

他は大柄で強面な紅い髪と髭を生やし豪勢なマントを羽織る男や薄桃色の髪をおさげにした腰に少しだけ鎧を付けた白マントを羽織る少女、バーテンダーの様な服を着た童顔の少年、金髪蒼眼で鎧を着込み、身の丈の倍は確実にある旗を片手に持った女性手前の少女、胸元以外を黄金の鎧で身を包みその身の丈程ある黄金の槍を持った白髪赤目の青年。

 

「よぉ、大幅に遅れて悪ぃな!本当なら昨日だったんだがよ、偵察機ぶった斬んのに時間食った。」

「誰だおめぇ?此処が何処か分かってんのかぁ?」

 

朱爀に対して威嚇するガハルド。確かに場違いにも程がある登場の仕方だろう。他の重鎮達も顔を顰めていた。

 

「ありゃ?リリアーナ姫から聞いてなかったか?1線級の戦力5人を連れて来るって。」

「確かに聞いたけどよぉ、一人で出来る事にも限りがあるのは知ってるかぁ?」

「すまんが時間が残り少ない。疾く始めた方がいいのでは?」

「あぁ?……お、おう。」

 

白髪赤目の青年からそう言われ、気を取り直して始まった最終会議は、装備・兵器の配置や分配、習得率、大侵攻時における行動指針、指揮系統の確認など、およそ認識を共通すべきことの確認に終始した。

ハジメが生産に勤しんでいる間に、トップ陣で話は付いていたようだ。元々、対魔人族戦に備えて人間族側は同盟を結び長年に渡って話し合ってきたわけであるから、大きな問題はなかったのだろう。

冒険者や傭兵などの戦力もギルドマスター達が取り纏めを行うものの、きちんと軍と連携できるようである。それもまた、戦争時における冒険者達の義務というやつらしい。

問題は、そこに加入する亜人族達やだが、彼等は彼等で独自の指揮系統があるので、無理に組み込むのは悪手。なので、遊撃や人間族側のサポートなど穴を埋めるように動くことにしたらしい。

現在、クラスメイト達やハウリアが中心となってハジメのアーティファクトの使用方法と効果を伝えているところらしいが、特殊な魔法陣や詠唱がいるわけでもなく、誰でも使える(・・・・・・)という現代兵器の特徴的な気安さもあって特に問題はないようだ。今も、耳を澄ませば遠くで乾いた音や爆発音が断続的に響いている。

要塞は一先ず完成ということにして、現在は塹壕堀りなどフィールド形成に終始しているらしい。要塞は、銃座を置く場所や多様な射線を取れること、相手にとって視界の妨げになるという意味では有用だが、使徒の分解能力に抗する防御能力はないので、あくまで簡易的なものだ。ハジメの新アーティファクトを使用した有利な戦場の形成が一番の力の入れどころなのである。

 

「際どいところだが、どうにか形になったようだな。これも“豊穣の女神”の恩恵か」

 

ハジメが、少し感心したように愛子達へ視線を巡らせる。本当は、今話に聞いた状況の半分も準備は整わないだろうと考えていたのだ。ハジメの予想を上回り準備が進んだのは、ひとえに強力な旗頭が存在したおかげだろう。

人々の意識の中に、明確な危機感と義憤、そして連帯感が生まれた結果なのだ。一人一人が“言われたからやる”のではなく、“自分もやらなければ”と思ったからこそ、ここまで迅速な準備が出来たのだろう。

 

「……そうですね。ある意味、集団心理の怖さを改めて知った気分です。愛子さんコワイ」

「んなっ。リリィさんだって、ノリノリで扇動してたじゃないですか!瞳なんかウルウルさせて、祈るみたいに手を組んで、悲壮感たっぷりに『私は戦います。たとえ一人でも!』なんて言っちゃって。私、見てたんですからね!それを見聞きしてた人達が一緒に戦うと気勢を上げたとき、こっそり笑ってたでしょ!まさに王女コワイ、ですよ!」

「わ、笑ってなんていませんよ。変なこと言わないで下さい。これでハジメさんに褒めてもらえるかも、なんて思ってませんでしたらね?本当ですよ?」

「王女も女神も、どっちも普通にドン引きだったつぅの。皇帝の座に就いてから、一番引いたぜ」

 

王女と女神が低レベルの言い合いをしている隣で、嫌なものを見たという態度を隠しもしない皇帝陛下。

見れば、樹海の長老もギルドのマスターも、砂漠の領主も同じような表情になっている。首狩りの族長だけ、何故かハジメにサムズアップを決めていたが。

そんなこんなで大体の話が終わり、会議も終わりに近づいた頃、しみじとした様子でアンカジ公国のランズィが口を開いた。

 

「それにしても、我が公国の英雄が、遂には世界の英雄か……やはり、あのときの決断は間違いではなかったようだ」

 

それに同調するように、ブルックの町の冒険者ギルド受付嬢・キャサリンが深く頷く。

 

「初めてうちに来たときから、何か大きなことをやらかしそうだとは思っていたけれどねぇ。でも、まさか世界の命運を左右するまでになるなんて……流石のあたしも、予想しきれなかったよ」

「そうですね。フューレンで大暴れしてくれたときは、まだまだ何かやらかすだろうとは思っていましたし、あるいは世界の秘密に関する何らかの騒動に関わるだろうとは思っていましたが……それが世界の存亡をかけた戦いとは。はぁ、胃が痛い。もう“イルワ支部長の懐刀”なんて肩書きは恥ずかしくて使えませんね」

「あらん?私は最初からわかっていたわん。ハジメちゃんならいつか魔王だって倒すって。それに、いつも漢女を贈って来てくれるのは、来るべき日に備えておけっていう意味だって、私、ちゃ~~んと分かっていたわ。いい漢女は、察しもいいのよん!」

 

バチコンッと強烈なウインクをかますクリスタベル。断じて、そんな危なすぎる戦力の拡大を図ったわけではない。ハジメが頬を引き攣らせる。しかし、ランズィ達を始め、他の重鎮達が、同情とも悲愴とも取れる複雑で気遣うような色を瞳に宿しているのを見て、殊更明るく振舞っているように見える理由を察する。

故に、ハジメは何でもないように肩を竦めて、懐かしさすら感じる面子に不敵な笑みを返した。

 

「別に不思議でも何でもないだろう?空気の読めない馬鹿な自称神が、俺の女に手を出した。だから、死ぬ。それだけのことだ。あんたらも、この程度の戦い、余裕で生き残ってくれよ?ユエを連れ帰ったら、もう一度くらいあんたらの町に遊びに行くからよ。今度は冒険なしに、のんびりと観光でな」

 

当然、言葉通りの簡単な戦いではない。死闘に死闘が重なるような、歴史上類を見ない人類総決戦。間違いなく、神話の一ページを飾るであろう聖戦だ。だが、だからこそ、うそぶくハジメの態度に、ランズィ達は揃って「あぁ、そう言われては仕方ない。勝とうじゃないか」と逆に励まされる。それは、会議室にいる全ての者達も同じであった。

と、そのとき、にわかに外が騒がしくなった。会議室の者達が「すわっ、侵攻が始まったかっ」と顔に緊張感を滲ませる。

そこへ、慌てた様子で駆け込んで来た兵士が期待と畏怖の混じった大声で報告した。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現!助力に来た竜人族とのことです!」

 

どうやら最後の頼れる仲間が帰って来たらしい。

ハジメは唇の端を釣り上げるとスっと立ち上がり、シア達を連れて会議室を出て行った。他の者達も、一瞬、顔を見合わせた後、伝説の竜人一族と聞いて動揺しつつハジメの後を追うのだった。

 

「ご主人様よ!愛しの下僕が帰って来たのじゃ!さぁ愛でてたもう!」

 

黒竜姿から一瞬で人型に戻ったティオが、周囲の竜化した同族や、彼等を見て呆気に取られている人々を華麗に放置してハジメの胸元へダイブした。

なので、当然、ハジメは発砲する。

 

ドパンッ!

 

と、お馴染みの音が響き、特性のゴム弾がハァハァしながら期待の眼差しでルパ〇ダイブを決めてくるティオの額を弾き飛ばした。

 

空中で華麗な後方三回転を決めてから、ハジメの眼前で地面に後頭部を強打するティオ。

場が、虫まで遠慮したかのように静寂に満たされた。誰もが事態を把握できずに絶句する中、撃墜されたティオは恍惚の表情でビクンッビクンッとブリッジしながら体を震わせつつ、そのままぬるりと予備動作なく起き上がった。その気持ち悪い動きと、だらしの無い表情に周囲がドン引きする。

 

「み、三日振りのお仕置き……ハァハァ、あぁん、我慢し過ぎたせいで余計に感じちゃうのじゃ……んっ」

「お帰り、ティオ。間に合ったようで何よりだ。竜化状態で転移して来るなんてな。……いいデモンストレーションだったぞ?」

「ふふ、そうじゃろ? 五百年も引き篭っておった伝説の種族じゃ。どうせなら士気に一役買おうと思っての。……うむ、度肝を抜けたようで何よりじゃ」

 

何事もなかったように会話を進めるハジメとティオに、周囲はやっぱり付いて来られない。度肝を抜かれたのは竜人一族が転移して来たからというより、ハジメとティオのやり取りが主な原因なのだが、ティオは目論見が成功したと胸を張っている。

朱爀と紅い髪と髭を持った大男は笑っているが。

 

「ティオさん、お帰りなさい。でも、一応言わせてもらうなら、この微妙な雰囲気はハジメさんとティオさんのアブノーマルなくせに自然すぎる関係を見せつけられたからだと思いますよ?」

「うん。改めて思うけど、ハジメくんも大概だよね」

「ある意味、ハジメはティオさんの主になるべくしてなったと言う感じかしら?衝撃の光景なのに自然に感じられてしまう自分の慣れが怖いわ」

 

見兼ねた?シア、香織、雫が呆れ顔でツッコミを入れた。ハジメとティオはキョトンとしている。色々と手遅れのようだ。

と、そこで、広場に出現した六体の竜が輝き出し、次の瞬間には六人の人影が現れた。全員が男だ。筋骨隆々の姿で、ティオと同じように和服に酷似した服装をしている。誰も彼もイケメンだ。だが、髪色は竜化時の鱗の色と同じくカラフルだ。緋色、藍色、琥珀色、紺色、灰色、深緑色、とバラバラである。

その内の緋色の髪をした、一際威厳を放つ初老の男がハジメ達の前に進み出て来た。ハジメの後ろには追いかけ来たリリアーナ達――各国の重鎮もいる。彼等に対しても全く気後れする様子のない確かな足取りと、まるで大樹そのものが近寄って来ているかのような“重み”は、ごく自然と“彼は王だ”と理解させられるものだった。

リリアーナやガハルド、アルフレリックなど、各国のリーダーをして僅かにたじろがせる偉丈夫は、しかし、ハジメが己の威圧を柳に風と受け流しているのを見て取るや否やスっと目を細めた。それは剣呑なものではなく、興味深さと感心が入り混じったものだ。

 

「ハイリヒ王国リリアーナ・S・B・ハイリヒ殿、ヘルシャー帝国ガハルド・D・ヘルシャー殿、フェアベルゲンの長老アルフレリック・ハイピスト殿。お初にお目にかかる。私は、竜人族の長、アドゥル・クラルス。此度の危難、我等竜人族も参戦させて頂く。里には未だ同胞が控えておりゲートを通じて何時でも召喚可能だ。使徒との戦いでは役に立てるだろう。宜しく頼む」

 

決して大きな声ではない。むしろ穏やかさすら感じさせるのに、遠巻きに眺めていた兵士達の隅々にまで届いた言葉に、「おぉ」と響めきが響いた。物語の中にしか登場しない伝説の種族が本当に生き残っていて、この危急存亡の秋に共に戦おうというのだ。先に竜化の威容を見せつけられたこともあり、兵士達の士気はかなり上がったようである。

リリアーナ達が口々に返礼し、アドゥルは鷹揚に頷いた。見た目の厳つさに反して気質は穏やからしい。理知的で全てを包み込むような包容力を感じさせる。流石は、ユエがかつて見本とした種族というべきか。彼こそが本来の竜人族というものなのだろう。

ハジメ達は、瞳に全力で残念さを込めてティオに視線を送った。「ん?」と首を捻っている。まるで分かっていなさそうだ。

アドゥル達は侵攻時の行動指針について話し合うべくリリアーナ達と会議室に向かうようだ。無論、朱爀達も向かう。

【神域】突入組には関係ないので、ハジメ達は残る。雫とティオが合流したのでアーティファクトの受け渡しや【神域】での行動について話し合う必要があるのだ。

だが、その前に藍色の髪をした竜人がハジメの方へ歩み寄って来た。実は、ハジメが現れた時点で凄まじい眼光を向けていたのだが、場を弁えてアドゥルの挨拶が終わるまで待っていたらしい。二十代前半くらいの美丈夫だ。というか、やって来た竜人は皆、凄まじいイケメン揃いである。

 

「……貴様。姫に、いったい何をした?」

 

押し殺したような声音で真っ直ぐにハジメを睨み付けながら、そう問う藍色の竜人に、ハジメは珍しくキョトンとした表情を晒して視線をリリアーナの方へと向けた。ハジメに限らず、皆の中で“姫”と言えばリリアーナだ。

表舞台に出ていないはずの竜人族と何か関係でもあるのかとリリアーナに視線が集まるが、リリアーナ自身も心当たりなどなく、ぶんぶんと首を振る。

 

「どこを見ている!竜人が姫と言ったらティオ様のことに決まっているだろう!」

 

その言葉にハジメ達は固まった。ギギギと音が鳴りそうな様子で視線をティオに向ける。するとティオは、まるで家族には“ちゃん付け”で呼ばれていることを同級生に知られた思春期男子の如き恥ずかしげな様子で、頬をポッと染めて視線を逸らした。

ハジメが呟く。

 

「姫?」

 

シアが呟く。

 

「姫?」

 

香織が呟く。

 

「姫?」

 

雫が呟く。

 

「姫?」

 

朱爀が呟く。

 

「は、変態が?」

 

そして、皆で一斉に声を揃えながら呟いた。

 

「「「「「「ないわ~」」」」」」

 

ティオが咆える。

 

「な、なんじゃ!姫と呼ばれとったら悪いか!一応、族長の孫なんじゃから、そう呼ばれてもおかしくなかろう!」

「あ~、うん、そうだな。ティオ姫。何か悪いな。ティオ姫」

「すみません、ティオ姫。何か語呂が悪いけれど、これからはティオ姫って呼ばせて貰いますね? ティオ姫」

「う、うん、おかしくないよ? ティオ姫? うん、いいと思うよ? ティオ姫」

「い、いいと思うわ。たとえ、あれな感じでも姫は姫だものね? ティオ姫」

「箱入りにならないだけマシだと思うぞティオ姫様」

 

羞恥から顔を真っ赤に染めたティオがぷるぷると震えながら涙目で再度咆えた。

 

「ぬがー!止めてたもう!何だか物凄く恥ずかしいのじゃ!お願いじゃから今まで通りに呼んでおくれ!こんな羞恥はちっとも気持ちよくないのじゃ!」

「何だよ、いいじゃねぇかティオ姫。可愛いじゃないかティオ姫。素晴らしい響きだぞティオ姫。もっと早く教えてくれよティオ姫。これからもずっとティオ姫」

「止めてたもうぉ~」

 

顔を覆って身悶えしながら蹲ってしまったティオに近づき、その耳元で更に姫を連呼するハジメ。その表情は嗜虐心と慈しみが見事に調和した絶妙とも言えるドS顔だった。やはり、ティオ変態の主はハジメしかいないと誰もが納得しつつ、ハジメに呆れきった眼差しを向ける。

そこへ、微妙に空気になってしまっていた藍色の竜人が殺人鬼のような眼差しでハジメに声を張り上げた。

 

「貴様ぁ、姫様に対して何という侮辱を……やはり、何か怪しげなアーティファクトでも使って洗脳したのだろう!」

 

何だか、どこぞの勇者(笑)を彷彿とさせる発言だ。

 

「これ、リスタス。余りご主人様に失礼なことを言うでない。何度も言ったが、妾は本心からご主人様をお慕いしておる。いくら弟分とは言え、失礼が過ぎれば妾が黙っておらんぞ」

「っ、姫様!貴女は騙されているのです!目をお覚ましになって下さい!」

「むぅ、お前と言う奴は。何を根拠にそんなことを」

 

ティオにリスタスと呼ばれた藍色の竜人は、駄々を捏ねる子供を見るような眼差しをティオから向けられて、遂に堪忍袋の尾が切れたとでもいうように、心からの、それはもう壮絶なまでに感情の篭った心からの怒声を上げた。

 

「竜人族の姫が、こんなに変態なはずがないでしょうっ!!!」

「「「「「確かに」」」」」

 

その場の全員が一斉に頷いた。確かに、もっともな指摘だった。

 

「里を出る前の姫様は、聡明で情に厚く、その実力も族長と同等以上。誰からも親しみと畏敬の念を抱かれる偉大なお方でした!断じて痛みに恍惚の表情を浮かべることも罵られて身悶えすることもまして羞恥に蹲りながらも微妙に嬉しそうな笑みを浮かべることもありませんでした!そこの人間が何かよからぬことをしたと考えるのが自然でしょう!」

「「「「「確かに」」」」」

 

再度、その場の全員が一斉に頷いた。確かにもっともな指摘だった。

 

「ま、まして、そのような人間の少年を、ご、ご主人様な、ななな、などと!有り得ない!」

 

竜人族の隠れ里にいた頃のティオは、さぞかし族長の孫娘として文句のつけようのない魅力的な女性だったのだろう。今でこそ手のつけようのない変態ではあるが、随所で見せる聡明さや思慮深さ、そして仲間の為なら我が身も顧みない情の厚さと胆力は、ハジメ達にも十分伝わっているティオの魅力だ。

その姿しか知らない彼等からすれば、変態と化したティオは、まるで別人に見えたことだろう。おそらく、帰郷した際、記録映像を見せたりハジメ達のことを説明したりする過程で、その変態性を同族達へ存分に見せつけたのだ。

帰って来たら誰からも愛される姫がド変態になっていた……彼等の心中は察して余りある。

だが、それにしてもリスタスの憤りは少々行き過ぎな気がしないでもない。彼以外の竜人達は、ハジメに対してそれほど非友好的な眼差しは送っていない。むしろ、ティオが選んだ男というのがどういう人間なのか、興味があるといった様子だ。

更にヒートアップして言い募ろうとするリスタスだったが、そこで嗜めるような声が響いた。

 

「リスタス、いい加減にしなさい」

「ぞ、族長……しかし!」

 

アドゥルがリスタスを諌めるものの、リスタスは納得のいかない表情だ。そんなリスタスに、アドゥルは少し面白げに目を細めながら口を開く。

 

「ティオが選んだことだ。もし、本当に洗脳でもされているのなら、私が気がつかないはずがない。ティオは本心から彼を慕っているのだよ。もっとも、私とてティオの変化には度肝を抜かれたが……」

「でしたら!」

「だが、その変化も、ティオ自身が幸せであるなら私は構わない。あの子は隠れ里での生に飽いていた。竜人の矜持と自身の立場から掟を忠実に守ってきたが……やり場のない暗く重いものを抱え続けて、心は乾いていたに違いない。半ば無理やり此度の任務に就いたのも、無意識に“何か”を求めたからだろう。ティオは、その“何か”を見つけたのだ。そして、嬉しそうに笑っている。十分ではないか」

「そ、それは……」

「爺様……」

 

リスタスが言葉に詰まる。そして、ティオもまた慈愛に満ちた眼差しをアドゥルから向けられて頬を綻ばせた。

 

「それにな、リスタス。竜人族ともあろう者が、嫉妬を隠して建前で八つ当たりとは感心せんぞ?」

「な、何をっ」

「何を動揺している。自分より弱い者を伴侶にする気はないというティオの言葉に従って、お前が日々己を鍛えていたことは里中の者が知っていることだ。ティオの婚約者候補達に勝負を挑み続けておいて知られていないと思ったか?」

 

動揺をあらわにするリスタスに、アドゥルは少々呆れた表情になった。ハジメが傍らのティオに視線を向ければ、ティオが困ったような表情をしながら見返してくる。どうやら、ティオも知っていたらしい。しかも小声で、「あやつらも婚約者候補じゃ」と、その視線を他の竜人達に巡らせた。

彼等は興味深そうに、顔を近づけてひそひそと語り合うハジメとティオの姿に目を細めている。リスタスの眼が再び釣り上がった。何と、故郷でのティオは本気でモテる女だったようだ。少なくとも、変態的な姿を見ても、すぐさま幻滅されない程度には慕われているようである。

アドゥルがリリアーナ達に「少し時間を」と断りを入れてから、その視線をハジメに向けた。

 

「初めまして、南雲ハジメ君。君のことはティオから聞いている。魔王城での戦い振りも見せてもらった。神を屠るとは見事だ。我等では束になっても敵うまい」

「初めまして、アドゥル殿。貴方の孫娘の変な扉を開いてしまったのは俺が原因です。決戦前ではありますが、一発くらい殴られる覚悟はありますよ」

 

周囲がざわついた。主にハジメが敬語を使ったことが原因で。そこかしこから「誰か回復魔法をっ!」とか「魔王ご乱心!」とか「人類の切り札がこんなところで……世界はもう終わりだっ!」とか聞こえてくる。

同時にハジメの体が光に包まれた。香織からの回復魔法だ。シアがヴィレドリュッケンを構えている。殴って治す気だろう。雫は顔を覆っていた。まるで取り返しの付かない悲劇でも見てしまったかのようだ。

そして、傍らのティオはドン引きしていた。

ハジメの頬が盛大にピクる。

 

「ふむ。映像や聞いていた話と少し異なるようだが……周囲の反応も普段の君と違うと言っているようだ」

「まぁ、ティオの身内なんで。竜人族の族長ならタメで話しますが、ティオの祖父とあらば、言葉遣いくらいは改めますよ」

「ほぅ!ティオの祖父だから、か。ふふっ、なるほど、なるほど」

 

アドゥルはハジメの言葉に少し嬉しそうに相好を崩した。途端、今までの威厳が霧散し、好々爺とした雰囲気となる。ドン引きしていたティオも、ハジメの異常な態度の理由を聞いて、何だか甘いものでも食べさせられたようなほわっとした表情になった。

 

「では、せっかくだ。ハジメくんと呼ばせて貰おうか。ハジメくん、君を殴るつもりはない。さっきも言ったが、ティオが本心から笑えているならば私はそれで十分だ。むしろ、己の信条のために五百年も独り身を貫く頑固者を受け入れてくれているようで嬉しいくらいだよ」

「そう、ですか?」

「うむ。幸せなら性癖など些細ことだ。それよりも、聞きたいのは君の最愛の姫君についてだ」

 

アドゥルの大物な発言に微妙な表情のハジメは、その言葉に訝しそうな表情になった。最愛の姫君と言われればユエ以外思いつかない。

 

「映像記録は見せてもらった。あの幼い吸血鬼の姫が生きていたとは驚きだ。そして、孫娘と同じ者を愛するとは、真、縁とは不思議なものだ。アレーティア姫……いや、今はユエだったか。彼女が君の最愛なのだろう?」

「ええ、そうです」

 

即答するハジメに、アドゥルは特に表情を変えず頷く。代わりに、他の竜人族は剣呑に目を細めた。リスタスなど今にも怒声を上げそうだ。ティオと親密以上の関係を築きながら、他の女を最愛といったことが気に食わないのだろう。

 

「私も孫娘を思う祖父だ。五百年前の大迫害の際、命を落としたあの子の両親――息子夫婦にも誓いを立てた。必ず守ると。故に、君がティオを愛せないというなら、たとえティオがそれでも構わないと言っても、やはり思うところはある。最愛(・・)の孫娘は、一番に想ってくれる者に任せたいと思うのが親心というものだろう?」

「確かに」

 

アドゥルの眼差しが真っ直ぐにハジメを貫いた。

アドゥルは聞きたいのだろう。ハジメのティオに対する本心を。ティオがハジメと【神域】へ踏み込むと分かっているからこそ、そして、己が使徒達と死闘を演じることになると分かっているからこそ、もしかしたら今生の別れになるかもしれない孫娘が心を寄せた相手のことを知らずにはいられないのだ。

ハジメはゆっくりと視線を巡らせた。リスタス達竜人族、シア達、アドゥル。そして、最後にティオ。

ティオはハジメに真っ直ぐ見つめられて少し頬を染めながらも気圧されたように一歩後退りそうになった。

だが、その前にハジメの腕が伸びる。その腕は下がりそうなティオの腰を捕まえると、そのままグイッと引き寄せた。さも、これは俺のものだとでもいうように。ティオが益々、赤く染まっていく。いつもの変態はどうしたとツッコミたくなるほど何だかしおらしい。

ハジメはティオを抱き寄せたままアドゥルに向き直る。そして、静かではあるが力強い声音で口を開いた。

 

「最近、よく言われるんですが、俺、魔王らしいんで」

「ふむ?」

「だから、欲しいものは全部手に入れますし、邪魔するものは全部ぶっ飛ばします」

 

ざわつく外野。アドゥルは静かに聞いている。そんなアドゥルにハジメははっきりと告げた。

 

「俺はティオが欲しい」

 

ハジメに抱かれるティオがビクンと震えた。目を大きく見開きながら一心にハジメを見つめている。

 

「もう、ティオがどう思うか何て関係ない。今更逃がすつもりはない。確かに、ユエは俺の最愛ですが……それでも、ティオを愛しいと思う。だから――」

「だから?」

 

アドゥルが尋ねる。ハジメは、一度リスタス達へ視線を巡らせた後、アドゥルへ不敵な笑みを浮かべながら言い放った。

 

「ティオはもう、俺のものだ。俺が気に食わないってんなら、力尽くで奪って見せろ。何時でも、何処でも、何度でも、受けて立ってやるよ」

 

その余りに理不尽で自分勝手で滅茶苦茶な言葉に、成り行きを見守っていた竜人族を筆頭に周囲の者達は絶句する。シア達だけは「仕方ないなぁ」みたいな表情をしている。

 

そして、ハジメの本心を聞きたがったアドゥルはというと、

 

「確かに理不尽の権化――御伽噺の中の魔王のようだ。ふふっ、なるほど。私の孫娘は魔王の手に堕ちたわけか。世界を救うかもしれない魔王の手に。くははっ」

 

可笑しそうに笑い声を上げた。そうして一頻り笑った後、その眼差しをティオに向け何かに納得したように頷いた。

 

「良い顔をする。里では終ぞ見なかった表情だ。里で説明してきた通り、お前は皆に愛され、そして愛しているのだな」

「爺様。その通りじゃ。妾はご主人様だけでなく、ユエ達のことも愛しておる。そして今、確信したのじゃ。皆にも愛されておるとな。幸せ過ぎて、今なら一人で神をも弑逆できそうじゃ」

 

ティオの返答に更に深い笑みを浮かべたアドゥルは、スっと居住まいを正すとハジメに視線を向けた。そして、頭を下げた。

 

「では、魔王殿。貴殿の最愛共々、孫娘を宜しく頼む」

「……確かに、頼まれました。この命が果てるその時まで」

 

再び敬語に戻ったハジメの言葉に、アドゥルは何やら肩の荷を下ろしたような、安心した表情で頷くと、くるりと踵を返してリリアーナ達に向き直った。私事で時間を取らせたことを詫びつつ会議室へと促す。

ついでに、ハジメの宣言にたじろいでいたリスタス達にも喝を入れつつ追従を促した。

リリアーナや愛子が滅茶苦茶羨ましそうな、あるいは物欲しそうな表情をハジメに向けていたが、周囲に促されて仕方なく、されど、それはもう未練たらしくチラチラと振り返りながら要塞の中へと戻っていった。

重鎮達の姿が消えて次第にばらけていった野次馬だったが、いつの間にか集まっていたクラスメイト達を筆頭に残った者が「やべぇ、南雲、マジエロゲ主人公」とか「はぁはぁ、魔王様……はぁはぁ」とか「理不尽すぎる……でも、私もそんな理不尽にさらされたい!」とか「ハジメ様のハーレム……さりげなく加われば、あるいは」などと雑音を響かせていた。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

燦嘹朱爀side

 

 

ハジメ達が束の間の休息を取っている時、広間では会議が続いていた。竜人族という強大な戦力を得たからか、皆意気揚々としている。

 

「では、竜人族の皆様には空を飛ぶノイント達の相手をお願いたします。」

「心得た。神の使徒ノイントは空を飛ぶのか。空が我らの領域であることを示してくれよう。」

 

戦場においては粗方決まっていたので、竜人族には人族や亜人族が手を出せない空を担当してもらうことが決まった。しかし…………

 

「これで大方の方針は決まった訳だが……てめぇらはどうすんだ?ってか何もんだ?」

「ふむ、ティオからは1線級が5人としか聞いてないのだが…………我々にも教えてくれぬか?でなくば背中を預けられん。」

 

イマイチ信用仕切れてないのか、若干威圧を込めるガハルドとリリアーナやハジメと違って教えられていないことが気になるのか尋ねるアドゥル。その反応を見た謎の5人組の反応はそれぞれだった。

 

「ガッハッハッハッハッ!!そりゃあこんな反応するわなぁ!!!!あぁすまんな!我が名は征服王イスカンダル!こことは異なる世界を征服した王よ!!此度はこの世界が終焉という名の征服を受けると聞いてな。征服とは何たるかを教えてやろうと思ったまでよ!!」

 

紅い髪と髭を持った大男が高笑いしながらいきなり王、それも世界を統べた王と豪語したしたことに一同目を白黒させた。

 

「世界を征服した王だと?王様が1線級とかどういうこった?」

「おぉ!気になるか?教えてやってもいいが1つ、我が軍門に降る気はあるか?」

「「「「「なっ!」」」」」

 

いきなりこんなことを宣ったイスカンダルに瞠目する一同。金髪蒼眼の旗を持つ少女がどこからか取り出したハリセン(・・・・)でイスカンダルの頭を叩く。スパンっ!といい音がした。

 

「全く、何を言っているのですか貴方は。すいませんほんと。我が名はジャンヌ・ダルク。周りの人々は何故か私を聖女と呼ぶんですが……何故でしょうか?」

「それはあなたの功績だからだろ。すまない、俺の名はジーク。こんなチンケな俺がどこまで出来るかわからないができる限り協力しよう。」

「マスターはチンケなんかじゃないんだからネガティブにならないでよ!あ、僕はシャルルマーニュ十二勇士名をアストルフォ。正直、マスターの付き添いなんだけど騎士の一人として世界の守護は参戦するよ!」

 

個性的な紹介にトータス組は無論、地球出身の勇者組(澟を除く)すら、固まっていた。しかし、固まっていなかった者は声を発した。

 

「はわわわ!征服王イスカンダルに聖女ジャンヌ・ダルク、十二勇士のアストルフォ……有名所が多いぃ!!!!」

 

畑山愛子先生だ。ハジメ達と接するうちにこういったものの耐性ができたのであろう。しかし、ジークについてともう1人が分からず、頭に?を浮かべた。

 

「ある程度は話したらどうだ?口下手でも名乗りは上げるもんだぞ?生憎この世界には俺らの弱点を突ける奴はいねぇからよ。」

「………………そうか。ならば名乗っておこう。俺の名はカルナ。太陽神スーリヤの子にして戦士(クシャトリヤ)だ。一言余計な事を申してしまう故に口は閉ざしておく。」

「か、かかカルナァァァッ!?カルナってあのインド神話のカルナですか!?」

 

社会科担当の教師故に知識はあるのか、異様に驚愕する愛子先生。その反応を訝しむトータス組。

 

「ッ!待て、貴方があの施しの英雄ならばその手に持つ槍はまさか…………」

 

永山も永山で何か思い至ったのかカルナの槍を見て顔をあおざめる。園部は永山のこの反応が新鮮過ぎたからか“え、こんな顔すんの?”と思っていそうな顔をする。

 

「えぇ。彼は施しの英雄と名高き英雄カルナ本人です。」

 

ジャンヌはそれを肯定し、永山と愛子先生は「ぬわああああ!」と慌てている。澟はやはりか、と手で頭を抑えている。

 

「“豊穣の女神”様がご乱心するとは、彼の何が行けないのでしょうか?」

 

何も知らないリリアーナは愛子先生に訪ねた。それはこの場にいるトータス組と園部の総意だった。

 

「カルナさん自信は違うと思いますが、カルナさんの持つ槍………あれって、神殺しの武器なんですよね。」

 

愛子先生が嬉しいが巻き込まれたくないと言いたげな表情で言い、沈黙が漂った。

 

「あぁ、俺と此奴は【神域】突入組だから安心しな。【神域】はぶち壊しても問題ないしな。」

「「はぁぁぁぁ!助かった!」」

 

愛子先生と永山の反応から、カルナの槍がどれほど不味いのか薄らと認識したトータス組であった。

 

「………………カルナさんと朱爀さんが突入組なのは分かったのですが……残りの4人はどうするんですか?」

「俺は中央前線を駆け抜ける!蹂躙して見せようぞ!ガッハッハッハッハッ!!」

「はぁ、私とジーク、アストルフォはノイントの上位個体を撃破します。」

「上位個体……だと?」

「はい。上位個体は全てで20体。あれらは通常のノイントの200倍の力を有しています。アキレウスの話が正しいならば南雲ハジメなる人物が暴走した状態で余裕に倒せるくらいです。この世界で相対出来るとすれば竜人族族長のアドゥルさんとティオさん、シアさんくらいですね。」

「なんでそこまで正確にわかるんだよ?」

「ガハルドさんの言いたいことはわかります。それは遅れた要因でもあるのですが、昨日この世界に着き、此方に向かう途中でその上位個体5人と遭遇。アキレウスが1人で確認も込めて倒したのですが、通常のノイントとは力量が違ったとの事です。」

「そういう事で、上位個体の大半が対突入組として残るだろうから、此方に出てきた上位個体を撃破するのが我々の役目だ。その役目が終え次第、戦線に混ざる。それで問題はないな?」

「あ、あぁ。……日が昇るまであと僅か。配置に着いた方がいいな。」

 

ガハルドの言う通り時間はほぼ無い。皆が会議場から配置に向かい出す。そこに、クリスタべルから純粋な質問があった。

 

「ねぇ、カルナさんとアキレウスさんはどっちが強いのかしらぁ〜ん?さっきから凄く気になってたのよぉん?」

 

この質問が聞こえた未だに残る者達は耳を傾けた。

 

「「正直わからん。」」

「「「「「「はぁ?」」」」」」

 

アキレウスとカルナの反応に皆疑問を抱く。しかし、訳を聞けば納得した。いや、納得せざるを得なかった。

 

「俺と此奴が試合をしたらそれは試合では無く死合だ。どちらかが果てるまで終わらないだろうな。場合によっては国1つ消し飛ぶかも知れねぇ。だが、それだけじゃあ決着は着かねぇだろうよ。お互い違う形だが、不死者(・・・)なんだからな。」

 

不死者同士が殺し合う。死なないやつ同士が殺し合うとは、永遠と殺り合い続けると言っているのだ。それは嫌だろう。皆は聞かなかったことにして配置につき始めた。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

やがて訪れた日の出。東の地平線から輝く太陽が顔を覗かせ、西へと大きく影を伸ばす。

温かな日の光で世界を照らしつつ、真っ赤に燃える太陽が完全にその姿を現したそのとき、ハジメが瞑目するように閉じていた眼をスっと開け、そして呟いた。

 

「来たか」

 

その瞬間だった。

世界が赤黒く染まり、鳴動したのは。

そして、ハジメ達が向けた視線の先、【神山】の上空に亀裂が奔り、深淵が顔を覗かせた。

始まったのだ。

神にとっては世界の……

人類にとっては弄ばれた歴史の……

 

終わりの始まりが。

 


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