今日も空は晴れている、以前ならバイトに行き、夜遅くまで働いて、疲れたら近所の温泉施設に行って、そんな日々が繰り返し続く筈だった。
ところが、今は違う、最近、本屋で何気なく手にしたライトノベルの小説、主人公は死んで異世界転生、チート、日本の国ごと転移したとか。
マンガ、映画、小説のような出来事が自分の身に起こってしまったのだ。
周りは山、草原、川、池、自然が溢れている。
そして自分は生きるのに必死になっている、死んでから転生とか、神や女神の手違いで自分は、知らない世界に来てしまったなどという説明があればいいのだが、それはなかった。
もしかして、何か特別な力があるのでは、それなら勇者、冒険者になって無双したりとか、特別な力で賢者や女神、美女になって、教会や城から迎えが来るかもなんて思ったけど、世の中はそんなに甘くない。
自分の顔は普通で、しかも相応の年、決して若い二十歳ピチピチとはいえない、でも、腰の曲がった婆様でもない、ただのアラサーだ。
「おはよう、ハル」
街の市場に行くと仲良くなった野菜売りのおばさんに声をかけられた。
籠一杯の野菜、といっても育ちの悪い間引きしたくず野菜を買い、次は肉屋で骨を買ってスープを作る。
この国は潤っているのか格安で泊まれる宿舎があって、そこに寝泊まりしているのだが、現金のないときは野宿をする。
でも、正直言って野宿はきつい、それにガラ野悪い連中も街にはいるから安
心はできない。
宿舎の裏でスープを作っていると犬や猫が寄ってきた、煮込んでだしを取った後の骨を犬に、スープに浸して泥度に浸したパンを猫にわけてやる。
最初に見たとき、日本で見かける犬猫と変わらないので、もしかして自分と同じように知らない間に、こちらに来てしまったのかもしれない。
そんな事を考えると何故か構ってしまいたくなる、というか、たまにわけて
あげるのだ。
こういうことをすると周りの人間は変わっているとか、不思議そうに見るのだが、こういうことができるのは自分に、まだ少し余裕があるのでは思ってしまうのだ。
男は自分に声をかけてきた相手を見上げて一瞬、言葉を失った、まるで、物乞いといってもおかしくない、着ているものは破けて、所々血と泥の塊が付着している、腰に下げていた剣はとっくの昔に売ってしまった。
オーガの群れに追われて逃げ出してきたのだ、それも仲間を見捨てて、誰も声をかける者などいない、パーティの仲間を見捨てて逃げ出してきたことを知っているからだ、それなのに。
「今から朝食なんだけど、食べない」
数日前、声をかけてきた女がいた、よく見ると顔立ちからして、この国の人間でないことは明らかだ。
宿舎に泊まっている女は庭で火をおこしはじめた。
野菜や肉を鍋に入れて煮はじめると匂いにつられてきたのか、子供達が集まってきた。
「はい、どうぞ」
スープだけ、だが、久しぶりのまともな温かい食事に男は夢中になって食べ始めた。
「よかったらこれ、お腹の足しにして」
食事が済むと女は紙包みを手渡してきた、焼き菓子と言われて男は戸惑ったが、女は自分の両手を取りしっかりと握らせてくるので寝その間受け取った。
だが、その日。
夕方近くにナリ空腹を感じた男は貰った菓子の包みを広げた。
「何だ、これ」
小さな包みが菓子の下に入っていたのだ中を開けると小さな石が入っていた、いや、よく見ると、これは男自身、宝石、鉱物には詳しくない野で価値がわからない、鑑定して貰うべきかと迷った。
だが、今の自分が持ち込んだところで、店側が相手にしてくれるかどうかわ
からない。
「よおっ、アルバン、久しぶりだ、元気そうじゃないか」
噂を聞いたぜと声をかけてくるのは魔法使いだ、頭からすっぽりとフードを頭と顔をいつも隠している、性別さえはっきりしないのか声が男と女の声色、年寄り、時には子供の様な声色を使うからだ。
そして、正規の魔法使いではない、国にもギルドにも所属していない。
「入ってもいいか、魔法使い」
「何を、あんたらしくない」
噂では仲間を見捨てて逃げたらしいね、笑いながら魔法使いは男をしげしげと眺めた。
「何だか、いやに、こざっぱりしてるじゃないか、新しい仕事でも始めたのかい、あんた」
「薬草採取をしてるんだ」
もう、自分は冒険者でもないという、その言葉に、ふーんと気のなさそうな
声で答えながら、それで何の用だいと相手は言葉を続けた。
「これを見てくれ」
男はズボンのポケットから取り出した紙包みを開いた。
「これは、また、どうしたんだい」
「わからないから持ってきた」
小さな粒は初めは黒っぽい色だったのに、今では青色に変わっていると男は説明した。
「言っておくが盗んだとかじゃないからな」
「当たり前だよ、これは願石だよ」
「なんだ、それ」
「異端の者が生み出す石さ、願いを叶えてくれる、例えばだね、今、やってる研究にオリハルコンが必要でね、この掌に乗るだけの純度の高いオリハルコンが欲しいと思うんだが、この石に願うと、出てくる」
「まさか」
伝説だよと魔法使いが笑った、古い言い伝えだよと言葉を続けた、ところが。
「おい、これ、まさか」
「本物なのかい、いや、よかった、研究が続けられるよ」
掌の上に置いた石の塊を前にして魔法使いの声は震えていた、だが、男はというと、小さな真っ二つに割れた石を、ただ見ているしかできない。
「アルバン、この石、どこで手に入れたんだい」
「貰ったんだ、女に、俺が腹を減ってボロボロになってるのを見て、その」
魔法使いは男の顔をじっと見た。
「願石は普通の人間が手に入れられる様なものじゃない、半分、伝説というか、おとぎ話みたいなものだ、その女、どこにいる」
魔法使いは身支度を始めた。
「こんな貴重な石、どうやって手に入れたのか、他の奴らが知ったら、抜け駆
けはされたら」
魔法使いはブツブツと呟くだけで男の呼びかけなど聞こえてもいない様だった、男の胸に不安がよぎった。
何故、これほどの価値のある石が菓子包みの中に、女がわざと入れたのか。
いや、価値を知っていたら、わからない事だらけだ。
冒険者パーティは突然現れた二匹のドラゴンに驚いた、体格はそれほど大きくはない、人間の大男ぐらいの大きさなのだ。
ところが、火を吐いたのだ、サラマンダーとも呼ばれる種族なら赤い鱗が特徴だ、ところが、このドラゴンは違った、全身が黒い鱗で覆われていた、それに額に角があるのだ。
「ハルちゃん、森に行ったよ、勇者パーティに頼まれて御飯を作るって」
子供の言葉にアルバンは頷く、そして魔法使いは空を見上げると、死臭がするなと呟いた。
その頃、森の一部は黒く焼け焦げた野原となっていた。