バビロンの王   作:物語の魔法使い

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一度上げてから下げてしまった話。今出来ているものは全部投稿しようと思います。


第1話

バビロンの王

 

何故こうなったのか。

セブルス・スネイプは内心で首をひねった。

彼の目の前には人間が数人入れるサイズの大鍋があり、混ぜるたびに美味しそうな魚介の匂いが立ち上る。

味見をすると、予想違わぬうまみが口内に広がった。

このスープは完成したと結論付けて火を止めてから蓋を閉めると、すぐ近くのオーブンで焼いているピザを確認し、頃合いだと判断して取り出す。

それを皿に盛りつけて、次に事前にばらしておいたヤギの内臓の処理にかかる。

というように次々と手際よく料理を完成させながらも、やはり根本的な疑問の答えは出ない。

なんなのだろうこの状況は。

「・・あんたここで一番偉いんだよな?」

不自然なまでに無駄がない動きを見せるスネイプに、困惑顔でそう問いかけたのはサンジと名乗った金髪の青年だ。

彼は船のコックだというので、厨房に入るのが自然だと思い手伝いを頼んだ。

実際その言葉に嘘はないらしく、今だって高速で魚を捌いている。

その最中投げられた問に、スネイプの眉間の皺が深くなった。

彼にしてみれば王_違うがそういうことになっている_であるはずの人間が並みのプロ以上の動きを見せていることに驚いているのだろうが、根本的なところが間違っている。

「違う」

「いや、でもあんたがこの国つくったって」

「つくったわけではない。私はこの島の持ち主であって、それだけだ」

そうそれ以上の質問を打ち切ることを示すように強く言うと、ヤギの内臓にすりこんだ小麦粉を丁寧に洗い落とす。

サンジからのもの言いたげな視線を感じたが無視した。

正直彼の疑問を解消してやる気にはならない。

長くなる上に、何より面倒くさい。

どうにか彼の気をそらせないかと考えていると、計ったように慌ただしい足音が廊下からこちらへ近づいてくる。

やってきたのは黒い婚礼衣装(白にするように言ったのだが、彼が譲らなかった)を身にまとった逞しい青年だ。

褐色の肌にウェーブがかかった黒髪。

その下の生真面目に整った顔は明らかに困っている。

スネイプは見慣れたその姿を認めてため息をつき、青年を睨んだ。

「料理の催促かね?」

「違います!セブルス様、このようなことは私が」

「今日の主役が何を言っている。さっさと席に戻りたまえ。料理は今持って行く。・・・いや、お前以外の人間を誰かよこしてくれると助かる。さすがに多い」

「ですが」

「戻りたまえ、アンヘル。花嫁を_パメラをひとりにするな」

そう命じると青年=アンヘルは一瞬視線を迷わせて、ちらりと後ろを振り返る。

彼の体に隠れて今までスネイプに見えなかったが、そこには花嫁姿(こちらもドレスが黒い。何故そんなに白が嫌なのだ)の女性がもじもじとこちらを窺っていた。

再び、しかしさっきよりも重たいため息が漏れる。

「・・・改めて命じよう。今日はお前達の雑務を全て禁止する。大人しく席に戻りたまえ、ふたりとも。祝ってくれる皆を放っておくつもりかね?」

その言葉に新たな門出を迎えるふたりは顔を見合わせ、まだ何か言いたげな表情で見返してきたが、すぐに完璧な立礼をして去っていた。

ふたりがいなくなったことを確認してから調理に戻ると、サンジがニコニコしながらスネイプを見ている。

「・・・・何かね?」

「いや、本当に良い国父様だよな、あんた。救いの神って言われてるのわかるよ」

「誤解だ」

即答して顔を顰めてみせるが、青年は取り合わずに笑みを留めたままだ。

その様子に言葉を重ねても無駄だと判断した、スネイプは何も言わずにヤギの内臓を食べやすい大きさに切り、下味をつけて鍋に放り込む。

味付けはいつも通り甘めのピリ辛に。

「・・・・」

そういえば自分は前の世界_自分の生まれた世界でも育った世界でも_一度も料理をしたことがなかった。

それどころかまともに台所に立ったことすらなかった。

自分で食べる分には、血肉にさえなればなんでも良かったからだ。

「おーい!魔王のおっさん!サンジ!飯まだかぁ?!」

麦わら帽子を被った少年が元気よく調理場に顔を出す。

その屈託のない笑顔はとても海賊船の船長には見えない、とスネイプは思った。

「出来た分を持って行け」

「待て、王様!こいつに持たせたら食卓に並べるのが皿だけになる!」

出来た料理を顎で示せば、大慌てで金髪の青年が料理の前に立ちはだかって叫んだ。

バスケットのオフェンスとディフェンスの如く激しい攻防を繰り広げるふたりを横目で見ながら、スネイプは我関せずとばかりに調理を続ける。

何故料理をするようになったか。

何故国父、島長(しまおさ)と呼ばれるようになったのか。

そして

何故今億越えの海賊相手に食事を振舞おうとしているのか。

まあ、それなりの経緯がある。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

そもそもの始まりは、スネイプが魔法界から消えると決めたことだ。

ヴォルデモートは消滅し、ハリーは英雄になった。

二十年近くかけた計画が成就したのだ。

とても良い潮時だと感じた。

ヴォルデモートがスネイプを殺そうとした時は素直にそのまま死のうと考えてたが、残念ながら死にきれず聖マルゴに収容されてしまった。

意識が戻るとすぐ病院を抜け出したが、そこからはひたすら逃亡生活だ。

最高位の魔法使いである彼は、有象無象の追跡を振り切ること自体は容易い。

実際一度も捕捉されることなく、それなりの期間逃げていた。

別に今更投獄や処刑など怖くない。

しかし、長々と続くだろう裁判に付き合うのはごめんだし、何よりスネイプのことを理解したと錯覚している面々と顔を合わせたくなかった。

『先生。本当にごめんなさい』

そう、泣きながら病院で謝って来た最愛の女性の一人息子を思い出す。

彼は明らかに勘違いしている。

絶対に『セブルス・スネイプは優しい人間だった』と勘違いしている。

その時のことを思い出すと、その後時をどれほど経ても苦笑いしか湧かない。

いい人なはずないだろう。

目的のために手段を選ばず、人を操り、惑わし、陥れ、見捨ててきたのだから。

悪いことをした。

すまなかった、などとは絶対に言わない。

別に偶然でも、事故でもなんでもなく、全ての結果を予測、覚悟したうえで行ったことだからだ。

許してもらおうなどと考えてはいない。

償おうとも償えるとも思わない。

だから、もうこの世界で死ぬことは出来ない。

勢いのまま殺されようと思っていた時は考えが及ばなかったが、おそらくここで死んだらリリーに逢ってしまう。

それだけは嫌だった。

逢いたくて仕方がない。

だがだからこそ何が何でも逢ってはいけなかった。

そのために死んでも彼女とは違う場所に逝けるよう、別な世界へ行くことにした。

スネイプは知っているだけで処刑対象となるような禁断の知識を豊富に持っている。

その中には魔法界とは違う次元、人間界とも異なる場所に空間を繋げる術も含まれていた。

繋がるところがどんな場所かなど知らない。

生物がいるのか、そもそも人間が生存可能な場所なのか。

下手したら跳んだ直後に即死もありえるわけだが、今まで自身が集めた薬草の種や薬、本などは異空間に詰めて全て持って行くことにした。

魔法界に残しておいても、禁じられた物が多いため焼かれるだけだろう。

ならば、管理者の責任として自分が持って行った方が良い。

そしてスネイプは、魔法界ですら失われているほど複雑かつ高度な魔方陣を組み、異界への門を開く。

海があるのか、微かに潮の香がした。

門の向こうは闇よりも暗く、何も見えない。

それでも、踏み出すのに迷いはなかった。

「バイバイ、リリー」

君に出逢えて本当に幸せだった。

門をくぐる時、背に温かいまなざしを感じた気がしたが、決して振り返らず、スネイプは異界へ消えた。

 

 

※※※※※※※

 

 

過程を飛ばして結論から言うと、跳んだ先の異世界は予想外に快適な場所だった。

スネイプが降り立ったのは島。

中央に湖があるドーナツ型のなかなか大きい島だ。

周囲に物凄い怨念やら亡霊やらが渦巻いていたり、放置されている廃屋(元は病院か軍施設だろう)の中に大量の変死体があったりしたが、他に目立つ物はない。

怨霊を浄化したり、死体を丁寧に焼き葬ってやると、死者から情報や遺品をもらえた。

霊から聞いた話を総合すると、どうやらこの島は大昔定期的に生贄を捧げるタイプの宗教の本拠地で、その宗教が廃れた後は世界政府(それがこの世界を取り仕切っている組織らしい)が隠しておきたい人体実験などを行い、その後反乱やら何やらが原因で多量の死者が出て廃棄されたらしい。

確かにこの呪怨では普通の人間は一週間と持たずに精神を病んだだろう。

見つけた死体の大体が儀式的な演出(儀式ではないだろう。魔力も術式としての効力もなかった)で天井に吊るされていたり、縫い合わされていたりと明らかに常軌を逸していたので、まあそういうことなのだろう。

素人が浄化も出来ないのに適当なことをやるからこうなるのだ。

会ったこともない他人の尻拭いは腹が立つが、やる以上は徹底的にやるのがスネイプのモットーである。

島中を清め、廃屋を掃除し、住めるまで直した。

それが一通り終わる頃には霊達からのお礼の品がかなりの量になっており、それも整理する。

お礼は現金(この世界の貨幣でベリー)が多かったが、本や資料もかなりある。

霊からこの世界の常識などは聞いたが、やはり紙で得る情報は良いものだ。

どうやらこの世界の共通語は英語と日本語(不思議な組み合わせだ)らしく、解読するまでもなく様々なことがわかる。

この世界の海が多い地理、この島の場所(グランドラインの新世界カームベルト近くにある)、ここにあった宗教の詳細エトセトラ。

その大量の知識を読みほす頃には、スネイプはこの世界を大まかには理解していた。

だが、まだまだ足りない。

もっともっと知りたい。

その後はもう欲望赴くままだ。

島内をひたすら探索し、植物の分布や種類(空間が繋がりやすいらしく大半が魔法界の植物だった)、地形などを調べ上げた。

さらには周辺の海も調査し、飢えを満たそうとするかのように知識を得ていく。

島に来てからおよそ三カ月が経過し、そろそろ世界政府にこの島を売ってくれないかと持ち掛けようと考えていた時、それは流れついた。

 

 

※※※※※※

 

 

島の数少ない海岸に行ったのは本当に偶然だった。

この島の周囲のほとんどはとても人が登れないような切り立った崖で、人工的に削って造られた海岸_元々は港だったのだろうが荒れ過ぎて原型がほぼない_が三つあるだけだ。

そこのひとつ(とりあえずクロート海岸と名付けた)に行ったのは、魔法界の海水で育つ植物_海水を真水に変え、葉には強い殺菌作用があり、消毒液の主原料になる_を植えて育つかどうか調べようと思ったからだ。

正直この世界で魔法薬を大量に作ってもほとんど使う機会はないが、それでも作りたいと願うのはやはり薬師としての性だろう。

この島を買う時の資金調達は適当な賞金首を捕まえて海軍に引き渡そうと思っていたため、薬を売るつもりはなく、完全に趣味だった。

種を持ってどのあたりに植えるか悩んでいると、前に来た時はなかった小舟が漂着していることに気付いた。

何故この厳しい海を乗り越えてこられたのか不思議なほど、小さくほとんどボートのような船。

それだけなら放置したかもしれないが、船の中から小さな今にも消えそうなほど弱い魔力を感じた。

もしや猫でも乗っているのだろうか。

そんなことを考えながら近づき、中を覗き込んで絶句した。

船の中に力なく横たわっていたのは人間だった。

目は落窪み、鼻は欠け、粗末な服から伸びた手足はがりがりにやせ細り、色の悪い皮膚には無数の腫瘍や出来物。

臭いから判断するにどこか壊死している場所もある。

骨格からすると若い女性だろうに、無残としか言いようがない。

だが、かろうじて、本当にかろうじてではあるが、息があった。

なら、やることは決まっている。

それからのスネイプは行動がとにかく早かった。

即座に自宅に運び入れ、大量に備蓄してあった魔法薬から必要な薬を選びだし投与。

体を清拭し、粗末な服を怨霊からもらった衣服に着替えさせ、徹底的に看病した。

回復系呪文も併用してほとんど停止していた内臓機能を回復し、腫瘍を消し、皮膚炎や鼻の欠損も再生させる。

他にやることもなかったので、それだけに集中して取り組めたのも大きく、全ての治療は大体二日程度で終わった。

ようするに痩せすぎている以外は健康体にまでもっていったのだ。

治療してみると、意識がまだ戻らない彼女は驚くほど整った顔立ちの美少女であることがわかった。

澄んだ色をした金髪は以前はさらに輝いていたことだろう。

そこまで観察したスネイプはかなり苦い顔になった。

彼女が侵されていた病は梅毒_つまり性病だ。

本来なら母子感染でない限り、このどう見ても十代前半程度の少女がかかるのは珍しい病だ。

そしてこの恵まれた容姿。

彼女がどのような仕事をさせられていたのかは推測出来る。

おそらく病気の悪化を理由に捨てられたか、処分される前に逃げてきたのだろう。

よくある話ではあるが、よくあるだけに腹立たしい。

そういえば、彼女の細い肩には、所有の証だろう番号と花の図案が刺青として彫られていた。

こんな少女が自分の意思でこんな管理番号のような刺青を入れるとは考えづらかったので消したが、正解だったらしい。

スネイプはひとりでそう結論づけた後、今度は彼女がいつ目覚めても良いように貰い物からさらなる洗い替え用衣服を見繕い、消化に負担がかからないものをいつでも作れるように準備しておく。

彼の尋常ではないワーカーホリックは住む世界が変わっても変わらなかった。

そんな中少女が意識を取り戻したのはそのさらに三日後。

ちょうどスネイプが様子を見にやって来た時だ。

最初彼女はぼんやりと天井を見つめ、何かをしきりに考えているようだった。

「・・・・・・・・・」

「ミス。気が付いたかね?」

「!?」

呆然としているらしい彼女に声をかけると、ハシバミ色の瞳が驚きに見開かれてスネイプを見上げた。

「君はここに来てから五日眠っていた。とりあえずスープがある。飲めるかね?」

少女の驚きを無視して、そう言いながらゆっくりとベッドに近づく。

ベッドの上の少女は幼い美貌を怯えで曇らせて、逃げようとするように布団の上で身をよじる。

それを見てスネイプは近づくのをやめ、ゆっくり後退してドア近くまで下がった。

「・・・危害を加えるつもりはない。というか、加えるつもりがあるなら寝ている間にするだろう。普通」

「・・・あ、あの。貴方・・は?」

そう尋ねた声は見た目に違わず上ずって掠れていても美しい。

黒衣の魔法使いは相手の正体を見極めようとする視線を受け入れ、静かに名乗った。

「私はスネイプ。スネイプ・セブルス。ここに住んでいる者だ」

「・・・ここは?」

「ここは私の家。ここは私の島になる予定の島。君は海岸に流れ着いているところを五日前に発見してここに運び込んだ」

そこまで一息で言い切ると、僅かに表情を崩し、口許をへの字に曲げる。

「勝手に着替えさせたことは謝る」

少女はそう言われて、改めて自分の体を見、先程よりも強い驚きを浮かべた。

そして見る見るうちに大きな瞳から涙が零れ落ちる。

どうやら彼女はあちらこちらにあった腫瘍や壊疽が消えて、美しい肌になっていることに気付いたらしい。

「ああ、気が利かなくてすまなかった。今鏡を持ってくる」

無言のまま泣く彼女にそう言い置いてから、スネイプは廊下に放置してあった姿見を引っ張って来た。

そして横になったままの彼女に自分の顔が見えるように傾けてやる。

鏡に映った自身を見た瞬間、彼女は口元を押さえて歓声をあげた。

それを眺めているにも関わらず、奇跡の治療を行った男は無表情のまま、こんなことを言った。

「勝手ながら君の病気は治させてもらった。で、スープは必要かね?」

 

 

※※※※※※※※

 

 

「というのが、基本の白魔法式だ。ここまでで質問は?」

スネイプは目の前に可視化した魔法式を展開させ、ゆっくりと回転させながら問う。

問われた生徒はその美しい魔法に一瞬見惚れたが、すぐに慌てて首を振った。

「ご、ございません」

「よろしい。では今から30分時間をとる。その間にこの式から3つ派生式を作り出せ。始め」

「は、はい」

開始の合図とともに、少女は一点を見つめて集中力を高める。

そしてやや力が入り過ぎた声で、呪文詠唱を開始した。

初々しいその様子を微笑ましく(無表情)で見つめながら、スネイプは熱心に魔法を学ぶ弟子を改めて観察する。

まだ痩せすぎではあるが、顔色は良いし、経過は順調のようだ。

彼女が島に来て二か月ほどが経った。

最初は急激な自分の容姿の変化に戸惑い、治療したスネイプを神の如く崇めていたが、今では多少落ち着いている。

言葉で言えば恙なく現在に至ったかのように聞こえるが、実際はかなりスネイプの頭が痛くなる出来事があった。

彼女は名前がなかった。

昔_彼女は没落貴族の家の出だそうだ_はあったが、忘れてしまったという。

奴隷番号2478愛称アイリス。

それが彼女を識別する記号だったそうだ。

だが、それではあんまりなので、スネイプは彼女に『パメラ』という名を与えた。

当人も気に入ったそうなので問題ないはずなのだが、どうやらスネイプは彼女に一辺に色々与えすぎたらしい。

見返りを期待していないどころか、そもそも大したことをしたという認識すらない元魔法薬学教授だったが、パメラは違った。

スネイプは何もかもを奪われた彼女に、名前を与え、健康を与え、さらには衣食住まで提供してくれたのだ。

なんとか礼をしたいが、恩人に直接申し出ても「私のことは良いから、君は自分の心を治したまえ」とさらに自分を気遣ってくれる。

パメラは、このような天使のような方に救っていただけたなんて自分はなんて幸運なんだろうと思うと同時に、ならばその恩に全力で報いるべきだとひとり誓ったのだ。

その結果、ある日、スネイプが自室についているシャワーを浴びて出てくると、書斎に夜着姿のパメラがいた。

就寝の挨拶にしては早いがどうしたのか。

「?どうしたのかね。何か問題でも?」

家族でもない女性の前でシャツとスラックスという軽装ではまずいと判断し、着替えるから少し待つように言い置いて背を向けると、弱い力で袖をひかれた。

「?」

振り返るとパメラが真剣な顔でこちらを見つめている。

「・・・ミス・パメラ。着替えたいのだが」

急ぎの話かね?

と、小首を傾げて尋ねると彼女は一歩退き、自身の服に手をかけ、一気に脱ぎ去った。

ちなみに下着を身に着けていない。

「?体に何か問題が?」

怪我でもしたのだろうか。

ざっと観察したが怪我はないように見える。

訝しんでいると、いきなり抱き付かれた。

さらに思い切り背伸びして顔が迫って来たので、その段階になってようやく相手の意図を悟ったスネイプは身をよじる。

「ミス!やめたまえ!」

喉に痛みを感じるほど大きな声を出したのは久しぶりだった。

いくら細いと言ってもスネイプは成人男性だ。

さすがに十四歳の少女に力負けすることはない。

懸命に抱き付いてくる華奢な体を引き剥がし、すぐさま床に投げ捨ててあった彼女の夜着を拾って押し付ける。

「着てくれ!とにかく着てくれ!話はそれからだ。着ないと私に対する侮辱とみなすぞ!」

スネイプの声は彼が思った以上に厳しいものだったが、そんなことに頓着していられなかった。

今更この手の誘いにたじろぐほど青くはないが、誰彼構わず手を出すような節操なしではない。

さらに言うなら子供に手を出す趣味はないし、それどころかある奴は死滅させたいくらい大嫌いだ。

スネイプのあまりの剣幕に驚いたのだろう。

パメラはスネイプを怒らせてしまったと泣き出しそうな顔だったが、それでもしっかりと夜着を頭からかぶる。

彼女がきちんと服を身に着けたのを確認すると、スネイプは重々しくため息をつき、部屋に備え付けてあった応接セットのソファに座るように命じた。

そして自分は向かいに座り、思わず顔を手で覆う。

「・・・すまない。ミス・パメラ。私が金銭的な要求をしなかったから体を求めていると誤解したなら謝る」

「ち、違います!セブルス様」

普段の無表情の中に沈痛な色を浮かべて謝罪してきた恩人に、パメラは青い顔で首を振った。

「私は貴方様に要求されたと思って来たわけではございません!ただ・・・私にはこれくらいしか」

最後の方の言葉は不明瞭になって消えていった。

大きなハシバミ色の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「・・どうしても恩をお返ししたいのです。もちろん、こんな痩せた体を差し上げたくらいで返せるなどとは思っておりません。ですがこのまま貴方様の御厚意に甘えたままでいるのが嫌なのです」

「ミス。重く考え過ぎだ。私は君を助けることで何を失ったわけでもない。私が君を治したかったから治した。それだけのことだ」

事実だった。

別に薬に金がかかったわけではないし、スネイプひとりでやったのだから人件費もかかっていない。

それに彼女に依頼されたわけではないのだから、感謝されるいわれもない。

スネイプは心からそう思っていたのだが、パメラにはそれが聖人的行為に見えるらしい。

まずい兆候である。

この情緒面が色々欠落した男は英雄、聖人、良い人などなりたいと思ったことがない。

それらは多くの人間に消費され尽くして捨てられる存在だと思っているからだ。

誰が好き好んでそんなものになりたいというのか。

だが、今までのように自分が善人ではないといくらパメラに語ったところで、彼女には謙遜しているようにしか映らないことだろう。

なら、やり方を変えるしかない。

まだ言いつのろうとする少女が口を開く前に、黒衣の魔法使いは言った。

「ミス。・・そうだな。その、君の体を受け取るというのは断固断るが、是非やってもらいたいことがある」

その言葉にパメラは泣き止み、その麗貌が輝いた。

「はい!喜んで!なんでもいたします!」

「何でもするなどという台詞は気軽に言うものではない」

そう、再びため息をつきながら立ち上がる。

そして本棚の奥から読み古した本を引っ張り出すと、パメラの前に置いた。

ハシバミ色の視線が不思議そうにスネイプと本を行き来する。

「ミス。君は確か普通に文字が読めたな?」

「は・・はい。基礎教育は受けました」

「では明日の夕食後までにこの本を読みたまえ。明後日からこの教科書への解説講義をする」

「え」

きょとんとして、パメラは何かを決めた顔で自分を見つめてくる恩人を見た。

薄い口許には僅かに笑みが浮かんでいる。

「なんでもするのだろう?ならば徹底的に勉強してもらう。言っておくが私は厳しいぞ」

パメラはその予想外の命令が真実であるとすぐに知ることとなった。

そして現在、パメラは魔法使いになるためにしごかれている。

「セブルス様。完了いたしました」

「わかった。見せたまえ」

課題の終了を告げてきた生徒にひとつ頷くと、即座に式を展開視覚化する。

多少歪んではいるが、及第点と言っていいだろう。

「・・・よく学んでいるようだ」

「あ、ありがとうございます、セブルス様」

わかりづらい褒め言葉に、大袈裟に見えるほど喜ぶ。

きちんと予習復習もしているようなので、このくらいはある意味当然だが、わざわざ指摘するようなことはしない。

勉学に対する意欲がこれだけあれば、優秀な魔法使いになってくれることだろう。

まさか異世界まで来て教師をやることになるとは思わなかったが、意外に自分はそういう性分なのかもしれない。

そんなことを考えながら、次の講義に移る。

この男は世界が変わろうと、いつだって変わらない。

それが彼の美点であり、憐れなところだった。

 

 

 

 

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