スネイプがこの島_世界に来て半年ほど。
彼は相変わらず忙しなく働いていた。
予期せぬ住民がひとり増えたが、いつでもひたすら働いているスタイルには変化はない。
ただ、仕事内容に授業が増えただけだ。
ちなみに授業と言っても魔法ばかり教えているわけではない。
この世界にはスネイプの専門である魔法は存在しないらしいので、それだけでも食べてはいけるとは思うが、他人に求められるままに魔法を使えば珍獣や道具扱いされるおそれがある。
それにスネイプは魔法に頼り切った生活は嫌いだ。
ひとつの何かに依存した生活などろくでもない。
だから、初めて出来た弟子=パメラには魔法だけでなく、多くのことを教えている。
数学や化学。
料理に、掃除の仕方など。
スネイプはかなり自分の体に手を入れているため、寿命以外で死ぬことはまずないが、年若い娘がこんな孤島で中年男といつまでもふたりきりで暮らすのはよくない。
そもそもこの島には他に人間すらいないのだから、彼女のコミュニケーション能力他に影響が出てしまう。
だから彼女が成人するくらいまでに、知識や技術を教え込み、その後は島の外へ旅立たせるつもりだ。
それまでにはこの島を正式に買い取っておきたいところである。
スネイプはいつもの無表情でそんなことを考えながら、手早く深紅の薔薇を縫いあげる。
今パメラに教えているのは手芸だ。
おそらく元の世界の人間が聞けば驚くだろうが、スネイプはかなり繕いものや刺繍が達者だ。
と言っても、自身の服の修繕と、魔力付与のための図式を縫っていたので技術が身についただけであって、一般的な装飾目的とはかなり異なる。
だが、基本は一緒なため応用すれば、いくらでも複雑で細やかな図案を縫えた。
慣れた手つきで白い布を花畑に変えるスネイプに、パメラは感心しきりだ。
まだ練熟とは遠い自身の作品と、師のそれを見比べて感嘆のため息をつく。
「凄い」
「慣れの問題だ。経験を重ねれば君もすぐ私以上になる」
パメラからすればとてもそうは思えなかったが、やりもしないうちから出来ないと言えば叱られることがわかっていたので、曖昧に笑うに止めた。
「・・・セブルス様は本当になんでも出来るし、知っているのですね」
料理だろうと、勉強だろうと、今まで質問に「知らない」「わからない」といった答えが返って来たことはない。
まるで何を聞かれるか予知していたかのように、滑らかで詳細な説明が流れる。
そのたびにパメラは「自分の師はなんてすごい人なんだ」と感動していたが、
「そうではない。知っていることしか出来ないし、やったことがないことも出来ない」
何度訂正しても弟子が譲らないため、もう様付けされても訂正しなくなった一見して二十代の男は、賛辞に対して鼻を鳴らす。
これは彼にとって謙遜ではない。
事実スネイプはかなり多芸だったが、それはあくまで積み重ねた勉学や修練の結果であって、当然の帰結だと思っていた。
彼は穎脱した才能の持ち主ではあるが、彼を正しく評価した人間も正しく見た人間も今までいない。
そしてスネイプ自身は自分の能力を正確に把握することには長けていたが、他者との力比べには全く興味がなかった。
つまり、この男は自分が全体から見てどの程度の実力者であるのか全く知らないのである。
その妙な無頓着さはこの海賊だらけの世界に来ても変わることなく、知識として世界情勢はわかっていても、それに直接的に関わるつもりは毛頭なかった。
幸いにして今いる島は呪われた島として有名なため滅多なことでは人が来ないし(今現在は時々来ても結界を張っているため入れない)穏やかに過ごせる。
何やらこの新世界はかなり物騒らしいが、そんなことはスネイプには関係ない。
この刺繍作品が出来上がったら、一番近場にある島=リトナールに行って海軍基地にこの島の値段を聞きに行こう。
そう今後の予定を決め、手早く糸色を変えて茨を縫い上げると、そのことを弟子に告げた。
君の日用品も必要だろうからついて来るかと問うたが、パメラは処刑宣告でもされたかのように美貌を青く染める。
その様子にスネイプは自分の失言を素直に詫びた。
確かに隣にある島はスネイプにとってはただの島だが、彼女にとっては自分を長く捕らえ苦しませた監獄だ。
体の傷は完璧に治したが、心のそれは未だ膿んでいるのだろう。
涙ぐんで謝り返してくる弟子を宥め、辛抱強く必要な物を聴取し、留守中の仕事を指示してから、空に舞い上がる。
この世界での移動は船が主流であることは知っていたが、スネイプの航海術は知識しかない。
船を魔法で加工すれば操舵などの経験がなくとも動かせるが、値段の問い合わせと、買い出しのためだけに船を購入するのは馬鹿馬鹿しい。
それで普通に空を飛んで移動することにしたのだが、この選択がある意味彼の今後に大きな影響を与えることを、この時スネイプは知る由もなかった。
※※※※※※
スネイプはキレていた。
これほど怒りを覚えたのは、あのシリウス・ブラックやジェームズ・ポッター以来だ。
現在スネイプは、鶴のように細い首には爆弾がしこまれた輪を嵌められ、成人男性に似つかわしくないくらい華奢な手首は痛々しく見えるほどに重い手錠で拘束されていた。
それは良い。
高位の魔法使いであるスネイプにこんな拘束など意味がないからだ。
その気になれば、瞬間的に錠を外して帰宅が可能である。
何故今それをしていないのかと言えば、あまりの怒りにこのまま何もせずに帰宅するということが考えられないからである。
にやにやとこちらを眺めている男達をどう料理するかを脳内でフローチャート作成しながら、ほんの数時間前のことを振り返った。
パメラを島に留守番させたスネイプは、当初の予定通り海軍の基地に向かい、あの元呪われた島を丸ごと買い取りたいと申し出た。
担当者が不在だのなんだの、どこでも共通なお役所仕事がまとまるのを待って、ようやく提示させた額は五十億。
あの島の大きさから考えればあまりにも安すぎる額だったが、持ち主である政府は正直多少でも金になれば御の字程度に思っているのだろう。
スネイプはその額を飲んで、大まかに支払期日を告げて基地を後にした。
向こうとしては、どう見ても金持ちには見えないスネイプが本当に買えるとは思っていないのだろうが、残念ながらそれは違う。
スネイプは自分を飾ることに興味がないだけで、最高クラスの薬師である彼が少しやる気になれば金などいくらでも稼ぎだせる。
以前の世界ならば多少時間がかかる金額だっただろうが、幸いにもここは石を投げれば海賊に当たる大海賊時代。
毎日賞金首を狩れば、さほど時間がかからないに違いない。
そんなことを考えながら、明るい物売りの声が飛び交う市場でてきぱきと買い物を済ませて、さてどこか飛び立っても目立たないところはないかと捜していると、ふと細い路地に目がいった。
どうやらその奥はなかなか広い空き地になっているらしい。
そろそろ日が沈み始めているから、そこから飛ぼうか。
思い立って奥へ進むと、いや、進む前に気付く。
かなり濃い死臭がする。
何故ここまでの臭いに今まで気づかなかったのか不思議で仕方ないが、おそらく周囲の建物のせいで、空気の流れが外部に漏れづらくなっているのだろう。
強烈な臭いをものともせずに進めば、そこには予想通りの光景が広がっていた。
そこはゴミ捨て場、いや、人捨て場と言えば良いのだろうか。
本当に人が大量に捨てられていた。
スネイプが通った細い道の周囲はぎりぎり何もなかったが、それ以外は死体死体死体死体。
それなりの広さのはずの空き地にどれだけ詰められるか挑戦でもしているかのように無数の死体がぎっしりと。
おそらく壁に埋め込まれたかまどで焼かれるために順番待ちをしている人々なのだろう。
その多くはひどく痛めつけられ、安らいだ死に顔はひとつとしてない。
てっきりこの場に生きている人間は自分だけなのかと思っていたが違い、ふたりの男が死体に埋もれながら無表情でかまどに薪でもくべるかのように人を投げ込んでいる。
「・・・・・・・・・・・・」
知ってはいた。
この世界には奴隷制度があり、このリトナールでは特に色濃い。
買い物している最中も、鎖につながれ引き摺られるように歩いている人間も、ショーウィンドーの中に閉じ込められた人間も見た。
今更この地獄を声をあげて嘆くことが出来るような生き方はしてこなかったが、明らかに未成年の躯を見ても何も思わないほど心は壊死していない。
そこかしこに泣き叫ぶ霊達がいるのだからなおさらだ。
「~~~~♪」
スネイプの喉からその細さに見合わないほど豊かな声量が流れる。
その人の声とは思えないほどに澄んだ声は場の澱んだ空気を一瞬にして清めていく。
この場にやってきた華奢な男に今まで一切気を払っていなかった作業員が、まるで突然殴られたかのように目を見開き、スネイプを見つめた。
「~~♪~~♪」
異様なまでに美しいその歌は鎮魂歌だ。
清流のようなそれは、空間を満たし、浸し、洗い、払う。
鼻が馬鹿になるほどの死臭も、腐臭も、悪臭も拭われ、場に響いていた怨嗟も、呪詛も、悲嘆も癒されていく。
スネイプが浄化の呪歌を歌い終えると、そこは別な場所になっていた。
悪臭は消え、苦悶に満ちた顔の遺体達は皆穏やかな表情に変わり、砂になって風に紛れた。
そこは何もないただの広い空き地になった。
見送りを済ませた男は呆然と見つめてくる男達に一瞥をくれてから帰路につこうとしたが、
上から降り注いだ大量の水に中断された。
「!?」
驚きながらも、慌てることはなかったのは、彼が自分の体に埋め込んだ大量の魔法式のためだ。
自らを実験材料に過剰なほどに施されたそれらは、例えマグマが降ってこようと、融けた鉄が降ってこようと彼を殺させない。
ヴォルデモートに殺されるために向かった時のように、故意に停止させないかぎりは自動的に発動する魔法達だ。
ただ、それらはあくまでスネイプの体に効果を発揮するものであって、手に抱えていた土産の茶菓子などを保護出来るものではない。
しかも少し口に入ったそれは海水だった。
スネイプの眉間に皺がさらに深まり、不快ゲージが三段階ほど跳ね上がる。
何故、こんなところで海水をまく?
意味がわからず、上を見上げると十数人の男が飛び降りてくるところだった。
気配を感じていなかったわけではない。
ただこの空き地を囲む建物全てに人がいるので、意識していなかっただけだ。
飛び降りてきた男達は全員武器を持っており、状況がつかめないながらも相手がお茶に誘いに来たわけではないことはよくわかる。
「・・台無しになった菓子の弁償をしにきてくれた、わけではないようだな?」
不機嫌さを隠すことなく唸るようにそう尋ねた華奢な男に、明らかに堅気ではない男達はあからさまに怯んだようだった。
それでも、その中のリーダー格らしき男が不必要な大声でこう告げる。
「そんなびしょ濡れで凄んでもどうしようもないぜ、能力者!」
「何の実を食ったか知らねぇが、そんな細い体じゃ動けねぇだろう!?」
「大人しくしてりゃ痛い目に合わなくて済むぜ!?」
「・・・は?」
口々に何かほざきだしたゴロツキどもに、スネイプは思わず小首を傾げる。
そしてすぐに理解した。
どうやら自分は悪魔の実の能力者と勘違いされているらしい。
そういえば、奴隷というのは見目が美しいものだけでなく、特殊な能力を持つ者も高値で取引されるらしい。
ようするに今現在自分は仕入れられそうになっているわけだ。
この空き地に彼らが常にスタンバイしていたならまだしも、やけに対応が早いところから見て空を飛んでこの島に来たのを見られたのだろう。
捕まるのは論外だが、土産を台無しにされて、髪や服を濡らされた報復くらいは済ませないと気が済まない。
どうするかと考えていると、男のひとりがスネイプの体をじろじろ見てニヤリと笑った。
「おー。腰細ぇなぁ。尻もすげぇ小せぇ」
「・・・・・・」
スネイプの不快ゲージが跳ねあがった。
まさかこの年になって(見た目は二十代)セクハラされるとは思っていなかっただけに、不快感が半端ではない。
「肌もすげぇ白いな。肌理も細かいし。目つきは生意気そうだが、そういうのが好みって客も多い」
「手足長ぇな。見ろよ、手指細すぎだろう?体全体もガキみたいな華奢さだし。かなり高く売れそうだな」
「大丈夫大丈夫。お前みたいな能力者はかなり良いとこに売られるから、そこまで悲観したもんじゃねぇよ。ちゃんと声が良いことも売り文句に入れてやるから」
口々に上がった品評に、スネイプの不快ゲージがさらに伸びた。
容姿などをけなされることにはもう慣れ切っているが、賞賛されるのがこれほど不愉快だとは思わなかった。
スネイプが怒りと気持ち悪さで震えているのを、怯えているとでも受け取ったのだろう。
男達はじわじわとスネイプに近づいてくる。
とりあえず、こいつら全員の生気を吸い取って半ミイラにしてやろうか。
いや、いちいちこの手の連中を避けて買い物するのも面倒だからいっそ組織ごと老人の寄り合いにしてやるか。
無表情で物騒なことを考えながら、じっと男達を睨み付ける。
「いやぁ、目玉商品が出来て良かったぜ。他は中古のガキばっかだからな」
「・・・・・・・・」
誰がそう言ったのかは確認しなかった。
誰が言ったとしてもどうでも良かったからだ。
ただそのセリフに、ぶつりとスネイプの中の何かが切れた。
薄い胸の奥から焼けつくような何かが溢れ、目の奥が赤く染まる。
この感情をどう表現すれば良いのかわからない。
怒り?
やるせなさ?
腹立たしさ?
いや、表現する必要もない。
自分さえわかっていれば良い。
これは所謂『ぶちギレた』状態だということを。
スネイプは男達に触れられても抵抗しなかった。
海水で弱ったふりをして、大人しく首輪と、手錠を嵌められる。
もし今俯いたスネイプの顔を誰かが覗き込んだとしたら、その双眸の冷たさに凍り付いたことだろう。
愚かな人さらい達はそれに気付かなかったし、スネイプも気付かせるつもりはなかった。
ただ一見して従順に振舞い、もっとも効果的なタイミングをはかっていた。