時系列としてはナザリック転移の少し前。
──アーグランド評議国某所
鼻先で突如生じた、ふわりとした空気の流れの変化に、『
「……久し振りだね、ツアー。しかし、私を呼び寄せておいて寝ているのはどうかと思うよ?」
そう言って青年は苦笑する。
「ごめんよ、リティス。けど、随分と早かったね。君にも立場があるんだろう?」
「問題ないさ。私が面倒を見ているあの子はとても賢いからね。何も言わなくても根回ししてくれるんだ」
そう言って青年──リティスは少し自慢気に笑う。ツアーはそんなリティスを見て、彼の言う「あの子」に興味を抱く。
リティス=オルガノム
ツアーにとって彼は、かつて世界を守らんと共に八欲王と戦い、十三英雄時代にも旅を伴にした戦友だ。そんな彼は非常に優秀な頭脳を持つ。その知略は、何百年か前に危険な技術を生み出していた大国を謀略だけで滅ぼしたこともある程。
そんな彼が「賢い」と称する存在はとても気になる。ツアーはそう思い口を開こうとしたが、それはリティスによって遮られてしまった。
「さて、ツアー。本題に入ってくれないか?わざわざ私を呼んだんだ。それなりに大きなことじゃないのか?」
「おっと、そうだね。じゃあそろそろ本題に移ろうか──」
──リ・エスティーゼ王国王都
その最奥に位置する王城ロ・レンテ。その敷地内にあるヴァランシア宮殿の廊下をリティスは歩いていた。
「──百年の揺り返し。もうそんな時期か……」
ツアーからの話は簡潔に言えばこれだけだった。しかし、無視できる内容ではない。
百年の揺り返しとは、百年ごとに強大な力を持つ存在──プレイヤーが転移してくることだ。八欲王しかり、六大神しかり、当然ながらリティスもその中の一人。ただ転移してくるだけなら問題はないのだが、そうはいかない。彼らは必ず何らかの形で大きな影響をもたらす。
「……さて、今回はどうかな。世界に仇なすものか、守るものか。それとも──」
リティスが物思いに耽っていると向かい側から二人の人物が歩いてくる。片方は純白の鎧を身に纏った少年、そしてもう一人は水色のドレスに身を包んだ絶世の美少女。
その美少女とリティスの目が合う。すると美少女は満面の笑みを浮かべてこちらへ駆けてくる。少年が制止の声を上げるもどこ吹く風だ。
「先生!」
そう言って美少女は、抱き付かんばかりの距離まで近づいてきて、眩しい笑顔をリティスに向ける。
この美少女の名はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。ここリ・エスティーゼ王国の第三王女であり、国民からは『黄金』と呼ばれ愛される少女だ。
リティスはかつて、現国王ランポッサ三世の命を救ったことがあり、その縁もあって、ラナーの家庭教師をしている。ちなみにツアーに言った「あの子」とはラナーのことである。
「帰ってきていらしたのですね。それならそうと早く会いにきて欲しかったです」
「それは悪かった。それより急に走るのは良くないよ?クライム君も困っているじゃないか」
そう言って少年──クライムに視線をやる。すると彼は慌てたように、
「い、いえ!ラナー様は、オルガノム様が帰ってこられるのを待ち遠しくされていましたので、つい走りだされても仕方のないことだと思います」
「ほら!クライムもそう言っていることですし、問題ありませんわ」
ラナーには悪びれる様子は全くない。クライムはクライムでラナーに対して甘すぎる。
クライムはもともとスラム街の住人で、ラナーに救ってもらったという過去を持つ。そのせいでラナーに崇拝に近い感情を抱いており、あまり強く出ることもないのだ。
ラナーの
「……まあ、クライム君がいいなら構わないよ。それより、私がいない間に何か変わったことはあったかい?」
すると、ほんの少しだけラナーの表情が変わる。どうやら面倒事が起こっているようだ。
「……なるほどね。では、後で時間をとるとしよう」
「……分かりました。先生、
どうやら思っていた以上に面倒事らしい。
「お待ちしていました、先生」
ちょうど日付が変わった頃、ラナーはリティスを自室に迎え入れた。
二人の出会いから十年、何か大切な話があったり、他の耳を気にする話をするときは、ラナーの部屋でこの時間帯に会うようにしている。うら若い女性がこんな時間に異性を部屋に入れるのは問題だと言われそうだが、ラナーには関係ない。
ラナーは「あの日」からずっとリティスを慕い続けているのだから。
しかし、そんなラナーの心情を無視するかのように、リティスは早々に本題にはいるように促す。
「──それで何があったんだい?ラナーの部屋を使うということは面倒事なんだろう?」
リティスの態度に少し落胆するが、今に始まったことでもないので、ラナーも直ぐに答える。
「……トブの大森林近くの村々が帝国兵による襲撃を受けているらしく、その討伐のため先日戦士長が王都を発ちました」
「ふむ…帝国兵か…。あの鮮血帝がそんな事をするとは思えないな。とすると……」
「ええ、十中八九法国ですね。おかげで戦士長は至宝を使う許可は得られませんでした。余程運が良くない限り、王国は戦士長という戦力の象徴を失うでしょう」
スレイン法国は以前から肥大な土地を無駄にしている王国を見限り、優秀な皇帝が治めるバハルス帝国に王国を併合させようと動いていた。しかし、それでも帝国を援助するだけに留まっていたはずだ。それが突然動いたとなると──
「法国でも何かあったかもしれないな……」