ここに来るまではなんでも出来ると思ってた。
私なら何でも出来るし、何にでもなれると思ってた。
どんな困難も私の前では無意味だと、そう思ってた。
この世界は私を中心に回っていて、私は手を伸ばすだけどんなものにも手が届くと、そう思ってた。
この街に来て、このファミリアに入って何度目かの夏。
私はその背中に憧れた。
風となって怪物達を薙ぎ倒す英雄の背中に焦がれた。
その背中に追いつくためなら何だってやった、次へ、その次へと未知の世界へ飛び込んで行った。
そうする度にその背中に近づいてる気がして、その人の1番近くに来れてる気がした。
この人の傍に居たい、この人の横でこの人の紡ぐ英雄譚を、この人の横という特等席で見ていたい。
だから努力した、そうしてその人の横に立てた。
そう、思っていた。
でも、その人は、横に立ってた私を簡単においていった。
すぐそこにあった横顔は無くなって、また後ろから追いかけることになった。
そこにあった風は遥か彼方へ飛んで行った。
私がいた場所は呆気なく私のものではなくなった。
その背中に手を伸ばすも、その手は空を切るだけだった。
多分、その時だろう。
ーー私があの人と出会ったのは。
◇
「はぁ…はぁ……はぁ」
見慣れた通りを全力疾走で息が切れながらも走る。
時刻は昼時を過ぎて少し。
先程まで混雑していたこの道も少しはマシになっている。
「あぁっと!……すみません!!」
それでも人の数は少なくはなく肩がぶつかる。
その度に反射的に謝罪の言葉を口にしながら目的地へと走り抜ける。
「あぁ!もう!なんでこんな時に!」
約束の時間まで残り5分。
このまま行けば間に合わない。
どうする。
どうすればいい。
今日はせっかくアイズさんとリヴェリア様と出かける日だと言うのに私はなんでこういう時に限って寝坊したのだ。
「……ッ!?ど、どいてください!!」
突如、視界の端に人影を捉える。
私の声も虚しく私は路地から出てきた人と衝突した。
「痛た……あっ!だ、大丈夫ですか!?」
「あいたた……最近の子は元気がいいなぁ……なにこれでも私は頑丈でねこれくらいじゃ何ともないよ」
そう言ってぶつかってしまった人。
その人を見た時私は心を掴まれた。
それは、私が憧れたあの人を見た時と同じような。
本能的にこの人は私より優れた魔導師だと理解した。
「失礼、手は貸した方がいいかな?」
男はそう言って私に手を差し出した。
「あっ、あの、すみません」
そんなつまらない反応しか出来ず、私は何気なくその男の手を取った。
今にして思えばこの時点で私はこの人に特別な感情を抱いてたのかもしれない。
エルフであるはずの私が他者に触れることを、それも自分から許すなんて普通ではありえないことだった。
男の顔を見た。
その顔を見てハッと息を飲んだ。
腰ほどまでに伸びた髪、身長は180に届くか届かないか。
男とも女とも取れるような中性的なもので、その肌には皺ひとつ無かった。
正直に言うと見蕩れていた。
「しかし、こうして目当ての人物と出会えたのは幸運とも言える」
「え?」
男の言葉で我に返る。
「私はマーリン、人呼んで花の魔術師。気軽にマーリンさんとでも呼んでくれ。君のことはリヴェリアから聞いているよ、さっ!善は急げというやつさ!彼女の所へ行こう」
男は私の手を取りそのまま歩き出す。
「え?ちょ、うわっ!!」
目の前の彼は私の事なんてお構い無しにグングンと人混みをかき分けていく。
いつぶりだろうか。
こうして誰かに手を引かれて歩くというのは。
エルフの特性上仕方ないとはいえ、こういった異性に手を引かれるという機会は親を除けばなかった。
だから、そんな初めてのことに私の心はどこかこの状況を楽しんでいた。
「いやぁ!楽しみだ!僕の弟子はどんな子に育ったのだろう?あ!ネタバレは良してくれ、楽しみはとっておく方がいいからね!」
フードの下から除く男の口には笑みが浮かんでいた。
心底楽しみで仕方がないと言ったそれに、神々ではない私でも彼の言葉に嘘がないことが分かった。
「さて、そろそろ待ち合わせ場所に着くはずなんだけど……おっ、居たね」
そう言って彼は立ち止まった。
彼の視線の先には私の魔法の師匠と、憧れの人。
「久しぶりリヴェリア……元気そうでなによりだ」
「師匠の方こそ元気そうで……それにレフィーヤも」
リヴェリア様が私に視線をむける。
その視線にどこか嫉妬のようなものが含まれてるのは気の所為だろうか。
視線の先に目をやるとがっちりと掴まれた私の手。
そこで我に返る。
「い、いつまで握ってるんですか!!」
掴まれた手を勢いよく引き離す。
それに彼はごめん、ごめん、と気持ちのない謝罪を口にする。
「さて、紹介しよう。彼は私の師であり、恐らくこの世界で最も偉大な魔術師……花の魔術師とも呼ばれてる……名はマーリン」
「改めて自己紹介しよう、私はマーリン、人呼んで花の魔術師。気軽にマーリンさんとでも呼んでくれ。リヴェリアには苦労させられたこう見えても彼女、昔はかなりお転婆だったからね?」
「昔の話はよしてください……私も幼かった」
拗ねたようにそっぽを向くリヴェリア様に目を丸くする。
それはアイズ様も同じだった。
これが私と彼、花の魔術師マーリンが初めて出会った時だった。