オルクボルグの娘   作:エンピII

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『オルクボルグの娘のお話』

 小鬼殺しの鋭き致命の一撃(クリティカルヒット)が、小鬼王の首を宙に討つ

 おお、見るが良い。青に燃ゆるその刃。まことの銀にて鍛えられ、決して主を裏切らぬ

 かくて小鬼王の野望も終には潰え、救われし美姫は、勇者の腕に身を寄せる

 しかれど、彼こそは小鬼殺し。彷徨を誓いし身、傍に侍う事は許されぬ

 伸ばす姫の手は空を掴み、勇者は振り返ることなく立ち出づる

 

 詩吟を口ずさんだ母に、少女は小さな手を何度も打ち合わせた。その小さな、けれども心の籠った拍手に、母は得意げにふふんと胸を張り少女の頭を撫でる。

 

「ほらほら、そろそろ寝ちゃいなさい」

 

 だが少女は、もう一回、もう一回謳ってと、母におねだりをする。

 

「ダーメ」

 

 しかし母はぴしゃりと切って、少女を抱き上げる。そのまま寝室に向け歩き出した。

 そして少女は柔らかな寝床に寝かされて、とんとんとあやす様に胸を優しく叩かれる。

 母にそうされるのは心地よく、すぐに少女に眠気が訪れる。だが少女はその睡魔に必至に抗って、最後に一つだけ母にお願いをする。

 歌の続きを、聞かせて欲しいと。

 少女の願いに、母は小さく笑い「そうね」と呟いた。

 

「……けれども勇者に袖にされたお姫様達は、空を掴んだ手を、何度も何度も、諦めずに伸ばし続けました―――そんなところね」

 

 そう言って母は、咲き誇る様に笑うのだった。

 

 

 

 

「ゴブリンだ」

 

 その森人は、涼やかな呪文のような声で、真っ先にそう言った。

 喧騒に満ちた冒険者ギルドのホール中の視線が、彼女に刺さる。

 無理もない。森人というのは生来、浮世絵離れした美しさだが、中でも彼女は群を抜いていた。

 森人の年齢など考えるだけでも無意味だが、見た目は十四か、十五。

 何よりも、その瞳が印象的だった。紅玉の様に美しい瞳。その瞳が、まっすぐにギルドの受付を見つめていた。

 

「……失礼ですが、ギルドに登録は済ませていますか?」

 

 瞳に気圧された受付が己の務めを果たす前に、おずおずと確認をする。

 彼女がホールの視線を集めたのは、その美しさと瞳――だけではない。

 薄汚れた革鎧に、森人にしては珍しく鉄兜を小脇に抱えている。円盾を括り、小剣を腰に差し、背中に小型だが弓と矢筒を背負っていた。

 みすぼらしく、軽装でも無く、全体的にごちゃごちゃしていて、非常に森人らしくない。

 

「む?」

 

 そんな森人らしくない彼女が、受付の質問に、首を僅かに傾げる。

 ごちゃごちゃした装備をする彼女の首に、冒険者だと自身を証明する認識票が下がっていない。

 

「ええーと。まずは冒険者登録からです。読み書きは出来ますか?」

「できる。習ったからな」

 

 と彼女は言う。そのみすぼらしい格好に思わず確認してしまったが、森人に対して失礼な質問だった。

 だが彼女は嫌な顔をするどころか、なぜか得意げに、薄汚れた革鎧越しでも分かる薄い胸を張る。

 

「……では、ゴブリンだ」

 

 そう言いながら彼女から差し出された冒険記録用紙を、受付は受け取る。ゴブリンという言葉は聞こえなかったフリをして、用紙に不備が無いか確認する。

 みすぼらしい格好とは違い、非常に整った森人らしい筆致だ。教養を感じさせるその筆致に、少しだけ受付は驚かされる。いや、森人ならば当然なのだろうが。

 とにかく不備が無い事を確認し、写しを取ってから、白磁の板を彼女に差し出す。差し出された彼女はそれを首に下げた。

 

「これで、ゴブリンだな?」

 

 冒険者はゴブリンじゃありませんよ。

 そんな言葉をぐっと飲み込み、受付は笑顔を顔に張り付かせる。

 

「ゴブリン退治の依頼は鋼鉄から、最低でも黒曜からとなっています」

 

 そう伝えると、彼女は驚愕に目を見開く。

 

「なぜだ? ゴブリンなのだろう?」

「ゴブリンだからです」

 

 受付は再度笑顔を顔に張り付けて、有無を言わさずに繰り返す。

 ゴブリン退治が白磁に斡旋されていたのは、かつての話。

 今では例えバランスが取れた一党であっても、白磁だけでは受けさせない。単独ならば尚更だ。

 

「だが、変なのは最初一人だったと聞いている」

「変なの?」

 

 不満そうに言う彼女に、受付は聞き返す。

 

「ゴブリンだ」

 

 受付としては変なのについて尋ねたつもりであったが、返って来た答えはそれだった。

 何とか察するには、その変なのという冒険者が、初めにゴブリン退治を単独でこなしたという事だろう。

 

「白磁の方はまず訓練所からです。そこで仲間を見つけ一党を組み、下水道やドブさらいから始め、ギルドで等級にあった依頼を受け始めるのです」

 

 まずはそこからだ。そう伝えると彼女は小さく「そんな話聞いてなかった」と、今までとは違う少女らしい物言いをする。

 

「いいですか? ゴブリン退治は危険なんです」

 

 受付は指を立てて彼女に説明をする。

 大方吟遊詩人に謳われる英雄に憧れ、冒険者を目指した口だろう。

 子供でも知らない者はいない。それほどに有名な武勲詩だ。仲間と共に小鬼と戦う、辺境の勇士。

 小鬼殺し―――ゴブリンスレイヤーの歌は。

 

「彼は世界を救いませんでした。彼は何かを変えませんでした」

 

 受付は続ける。彼に憧れ、興奮しながらゴブリン退治を願う新米冒険者を宥める為に。いつものように。

 

「だけど、彼に救われた人たちが少しずつ世界を変えていきました」

 

 口減らしをするかのように、使い潰すかのように、新米冒険者をゴブリンの巣穴に送り込んでいた時代とは違うのだ。

 

「訓練所が出来たのだって、彼の影響があったんですよ?」

 

 だからこそ。彼に憧れるならばこそ。訓練所から始めなくてはならないのだ。その事を根気よく、受付は説明する。

 受付は都の研修で習ったのだ。かつて彼に救われたという、訓練所を創設した女商人に。 

 

「わかりましたか?」

 

 受付が言いながら彼女を見る。森人の新米冒険者たる彼女は、なぜか僅かにその白い頬と長い耳を朱に染めていた。

 なぜか、照れているのか。なぜか、嬉しいのか。

 彼女の朱色は、一体どちらの感情だというのだろうか。

 

「……他には無いのか?」

「え?」

「変なのの話だ。もっとあるんじゃないか?」

 

 彼の話を聞きたいのか。ならばと受付は笑う。

 

「それなら是非訓練所に。かつて彼が、直接新米冒険者に指導をしたこともあるんですよ?」

 

 そう言うと彼女は「む」と僅かに考え込む。

 彼に憧れるものは多い。受付はその度にこうして逸る新米冒険者を宥めてきたのだ。

 

「だが、それでも」

 

 しかし今回の彼女はそうはいかないらしい。

 

「ゴブリンだ」

 

 カウンターに手を置き、彼女は受付に顔を寄せた。

 間近に迫る森人の紅い瞳に、見惚れたように受付は息を飲む。声を紡ぐことが出来ない。だが、そんな受付を救ったのは。

 

「ここにおったか!」

 

 ギルドの扉が開かれると共に響いた胴間声。

 姿を見せたのは、東方風の奇妙な衣服を纏った鉱人。

 そしてその鉱人の後ろに、見たこともない民族的な衣装を身に纏う蜥蜴人も居た。

 鉱人がどたどたと足音を立てながら、まっすぐにこちらに向け歩いてくる。

 

「牧場で待っとれと言ったじゃろうが!」

「そうだったか?」

「そうじゃ! かみきり丸の荷物まで持ち出しおってからに!」

「借りただけだ」

「身体に合っていないものを借りてどうする。ほれ、兜を被ってみんか」

「む?」

 

 鉱人に言われ、彼女が小脇に抱えていた鉄兜を被ってみる。そしてゆらゆらと頭を揺らし、小さく呻いた。

 

「……耳が痛い」

「当然よ。それは只人の兜じゃからの。森人の血も引くお前にはきつかろう」

「調整してくれ、鉱人おじ」

「構わんが。いや、まずは詫びんかい、このお転婆娘め。母親に似るのは、その金床だけで十分じゃわい」

「むっ!」

 

 何を意味するのか受付には分からないが、金床呼ばわりされた森人が憤慨し、長耳がぴくぴくと上下に揺れた。 

 

「して、その鎖帷子は? 小鬼殺し殿の物ではあるまいて。何やら祝福を受けている様子」

 

 蜥蜴人が興味深げに鼻面を、森人の薄汚れた革鎧に向けた。視線は革鎧では無く、その下に着込む鎖帷子に。

 

「古い、鋼ですな」

「こりゃあ、もしかしてあれか。娘っ子の奴か?」

 

 鉱人が白髭をしごきながら、革鎧の下から覗く鎖帷子を見ている。

 

「そうだ。地母神の母から借りた。大事なものだから、肌身離さず身に付け、必ず自分の手で返しに来るよう言われた」

「……反対されんかったんか?」

「された。でも最後はしょうがないと、言ってくれた。これはその時に渡された。守ってくれるって」

 

 誇らしげに革鎧の下の鎖帷子を示す森人に、鉱人がなにやらため息をつく。

 

「娘っ子の困り顔が目に浮かぶわい」

「ま、そのために拙僧たちが呼ばれた訳ですからな」

 

 鉱人がじろりと森人の胸元を睨みつける。正確には首から下げられた白磁の認識票を。

 

「登録は済ませちまったか」

「そうだ」

 

 森人がにやにやと白磁の認識票をつまみ、掲げて見せる。

 話に置いていかれていた受付が、不味い事をしてしまったのかと身を縮こませる。

 なにせこの鉱人と蜥蜴人が首から下げる認識票は、銀。在野最上位の冒険者たちなのだから。

 

「ですが、白磁で小鬼殺しは叶うまいて」

「むっ……」

 

 蜥蜴人の視線を受け、受付は何度も頷く。鉱人も続き、その通りだと頷く。

 

「大人しく帰るか、訓練所から始めればよかろうよ。その間に合う兜をこさえちゃる」

 

 鉱人の言葉に森人は首を振る。呪われたような古い兜を抱え、鉱人に差し出す。 

 

「……これがいい」

 

 長耳をしおれた葉の様に垂らす森人に、蜥蜴人が上機嫌に笑う。

 

「はっははは! 子は親に憧れるものですなぁ!」

「だといって、お前。これを使えるようにするには、だいぶ弄るぞ? お前の場合、長耳も逃がさんといかんし。……いっそ顎あてを取っ払うか。サレットにしちまえば使いやすかろうよ」

「鉱人おじに任す」

「おう、任された。わしが弄ってる間に鱗の、こいつを訓練所まで案内してやってくれ」

「承知」

 

 だが鉱人に頷く蜥蜴人の手から逃れるように、森人が体を捩らせた。

 

「まて、竜おじ。勝手に話を進めるな。私はゴブリン退治をしにきたんだ」

 

 ゴブリンに拘る森人に、鉱人と蜥蜴人は顔を見合わせる。

 それから見合わせ、頷きあい、揃って興奮からか、頬を紅潮させた森人を見た。

 

「ゴブリンは殺す。私は、オルクボルグだから」

 

 紅玉のような瞳が、鉱人と蜥蜴人をまっすぐに見返す。

 まるで処置無しだと言わんばかりの態度で、鉱人が白髭に触れる。

 

「まったく。親父に似たんだか、真似してるんだか」

「報酬も戴いておりますしなぁ」

「仕方ねえ。済まんが、近場のゴブリン退治の依頼をこいつに見繕ってもらえるか」

 

 鉱人が受付を見る。

 ゴブリン退治の依頼は、ある。

 ゴブリン退治を受ける冒険者が増え、昔と比べ依頼は減ったが、それでも尽きる事は無い。

 それこそ冒険者の一党が一つ結成される度に、ゴブリンの巣穴が一つ出来る。そんな冗句が今も変わらずあるほどに。

 

「ですが」

「心配するな。わしらが付き添うわい」

 

 そう言って銀の認識票を見せられる。そこまで言われれば、受付がこれ以上渋ることは出来ない。

 受付が引き出しから、一枚の依頼書を取り出す。緊急性は低いと後回しにされた依頼を。

 近隣の村から出された依頼。

 近くの洞くつでゴブリンを見かけたらしい。被害は出ていないために、後回しにされたが、明日にも鋼鉄級の冒険者一党を派遣させる予定だったものを。

 

「ゴブリンか!」

 

 依頼書をひったくるように奪い、森人が笑う。

 その笑う森人に忠告、いや警告だろう、鉱人が白髭をしごきながら言う。

 

「見ないでよいもんを、見る事になるぞ」

 

 言葉に、森人が言葉を詰まらせる。だが手に取った依頼書は手放さない。

 その森人に、鉱人がやれやれと言わんばかりに白髪を掻く。

 

「ま、これも先達の務めとあれば」

 

 依頼の詳細を蜥蜴人に尋ねられ、答える。

 

「巣有り。捕虜無し。妥当ではありましょうな」

 

 うんうんと蜥蜴人が頷く。

 捕虜無し。あくまでも書面上は。依頼が出された村の被害がまだ無いというだけ。

 巣があるならば、生死は別として、それは必ずあるだろう。

 

「ほれ、馬車を調達しに行くぞ。このゴブリン退治はお前さんの依頼じゃろうが」

 

 どかどかと先を行く鉱人に、森人が慌てて付いていく。受付はその二人を見送ってから、一人残った蜥蜴人に尋ねる様に見上げた。

 視線に気付いた蜥蜴人はふむと一言呟き、「気になりますかな」と尋ねてくる。

 森人が何者なのか、受付は気になっていた。鉱人と蜥蜴人、そしてあの森人の少女は言っていた。

 かみきり丸、小鬼殺し、オルクボルグと。

 それらは全て本来の意味でなく、今は只一人を指す言葉だ。

 

 「娘、でありますな。小鬼殺し殿の」

 

 そうそれらは全て、ゴブリンスレイヤーを指し示す異名であった。

 




上の森人と只人のハーフが、どれくらいの年月で、どれくらい成長するかは、わかっておりません。
攻略されたゴブスレさんと、ヒロインたちがいちゃつく話を書きたかっただけのシリーズ。オリ主だから、こっちにのっけましたが、まずそうなら止めておきます。
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