オルクボルグの娘   作:エンピII

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『初めて訪れたゴブリンの巣穴のお話』

「鉄の鏃を使うんかい」

 

 鉱人術師の指摘に頷きながら、藪の中で膝立ちの娘は小型の弓を構えて矢を番える。

 鉄製の鏃に、矢羽。ぎりりと音を立てて、引き絞られる。

 放たれた矢が、洞窟の見張りをするゴブリンの喉元に突き刺さり、その体が崩れる。

 

「御見事」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に娘は首を振る。

 

「母なら、もっと離れた距離からでも二匹を射抜く」

 

 それを知る鉱人術師と蜥蜴僧侶からすれば、娘の技は児戯に等しい。娘もそれは分かっている。

 

「私の弓は弱い。伯父が言うには精霊の力が借りられていないからと。私は鉄製の鏃を使うから」

 

 声が震えていた。少し早口に娘は続ける。

 

「私は半森人だし、森と暮らした年月も短い。伯父と伯母のようにはいかない」

 

 初めて獲物以外の命を奪った。

 娘が立ち上がり、洞窟の入り口に近づき、喉を貫かれたゴブリンの死体を確認する。

 矢を無理やり引き抜こうとしているが、もたついている。

 見かねたのか、鉱人術師が矢を持ち引き抜く。鏃を乱雑に拭ってから、娘に手渡す。

 ゴブリンとはいえ命を奪ったそれを、娘は震える手で受け取り、もたつきながら矢筒に納める。

 

「私には時間が無い。だから鉄でも何でも、使えるものは何でも使う」

 

 そう言って狙いを付けるのに邪魔だった兜を再び被る。

 鉱人術師が耳に当たる部分に綿を多めに入れた目出し帽を見繕ってくれたので、それ程痛みは感じない。

 だが急に狭くなった視界に不安を覚えた。

 地母神の母に持たされた匂い袋を確認してから、守ってくれると言われた鎖帷子に触れる。

 少しだけ勇気が湧いたが、それでも僅かな震えが収まらない。

 

「……本気でやるんか」

 

 兜の中で、ガチガチと震え噛み合う歯の音がする。

 薄暗い洞窟の中から、娘が嗅いだことの無い臭いがする。ゴブリンが居るのだと分かる。

 娘は母程で無いにしろ暗闇を見通す目を持つが、松明は武器にもなるとも聞いている。弓を背中に収め、盾を持つ左手に松明を掲げ、右手に小剣を構えた。

 

「ほう、まるで小鬼殺し殿のようですな」

 

 その娘の姿を見た蜥蜴僧侶が愉快そうに笑う。

 父のよう。

 その言葉に、娘は更なる勇気を得る。奥歯を噛み締め、先頭を歩いて洞窟に踏み入る。

 

「……行くぞ」

 

 促すが、踏み入ってすぐに蜥蜴僧侶が娘の前に出て、鉱人術師が彼女の後ろに立った。

 二人に挟まれる形になった娘は不満を口にする。

 

「お前は真ん中じゃ」

 

 有無を言わさぬ物言いに、戦いの経験の無い娘は僅かに項垂れた。

 

「しっかり前を見んか。斥候がお前なのは変わりないぞ。見るべき所を教わってないんか?」

 

 鉱人術師の言葉に首を振る。何度も聞いたことを思い出す。

 トーテムは無い。壁の土は固い。見張りのゴブリンはまともな装備では無かった。横抜きの心配はないはず。

 それを娘は、震え隠しのつっかえつっかえな単語の羅列のような説明で二人に伝える。

 

「初めてで、それだけ見れれば重畳ですな」

 

 蜥蜴僧侶が笑い、先頭を進む。

 しばらく進み、僅かな音を娘の長耳が拾う。ゴブリンの足音だろう。この先に居る。

 

「まだ気づかれてはおらんな」

「でしょうな」

 

 音に、鉱人術師と蜥蜴僧侶も気付いていた。声を潜めている。松明の明かりで気づかれないように、歩みを止めた。

 洞窟のくねった曲がり角の先だ。

 足音を拾い集めようとするが、耳の痛みを抑えるための綿が邪魔になり、分かりづらい。

 

「……耳長共の軽装には、それなりの理由があると解かったか? まっ、鉄を用いるお前の選択は悪くないがの。そのまま被っとけ」

 

 兜を脱ごうとした娘を鉱人術師が手で押さえる。

 乱戦になるならば、兜の有無で生死を分けるという事だろう。

 

「このままで?」

 

 蜥蜴僧侶は娘に確認する。

 娘は頭を働かせる。常に考えろと言われたはずだ。今この場で打てる手はあるのか。だが、娘には何も思い浮かばなかった。

 

「この規模なら十もおるまい。居て田舎者(ホブ)じゃろうしな」

 

 鉱人術師が手斧を引き抜く。蜥蜴僧侶が頷き答える。

 

「では先陣は拙僧が」

「すまんの、鱗の」

「なに、戦の先陣を切ることに何の不満がありましょうや」

 

 頷き合う二人に、娘は口出しできない。

 経験もない。知恵もない。力もない。この場で役に立つものが何もない。

 ここに来るまではゴブリンだ、ゴブリンだとはしゃいでいたくせにだ。

 巣穴の先頭を僧侶に行かせ、術師に殿を任せる。

 今の自分は何だ?

 ゴブリンの巣穴で守られ、教えを受けて、ただただ籠る臭いに怯え震えている。

 これで、これでオルクボルグと名乗れるのか?

 オルグボルグになれるのか?

 

 否だ。

 私は、オルクボルグに成らなければならない。

 

「おい! 耳長の娘!」

 

 娘は弾かれたように駆け出す。

 装備の重さに負け、生来の速度が出せない。

 それでも音がする場所までは大した距離ではない。すぐに曲がり角を抜け、接敵する。

 

「GAUI!?」

 

 曲がり角は多少開けた広場になっていた。

 大柄なゴブリンに、小さな者が何匹か。

 そして広場の中心に、動かない女が一人。その女に、ホブが組み伏せている。

 それを見た瞬間、娘の感情は爆発していた。

 

「うわぁぁああああああああ!」

 

 叫び、勢いそのままに放たれた矢の様に駆け出す。

 急いで助けなければならない。

 ゴブリンは醜悪だ。狡猾で残忍で。

 話には聞いてはいても、娘はそれを初めて見た。

 

「GYAOU!」

 

 燃える松明を一番近くに居たゴブリンの頭に全力で叩き込む。額を割られたゴブリンが仰け反る。無防備な胸に、小剣を突き刺した。

 小剣が薄い肉を突き破り、骨を掠めながら埋没していく感触が手に残る。

 

「GUIII!」

「GYAA!!」

 

 罵声。

 娘はゴブリンから小剣を引き抜き、横薙ぎに払う。

 迫っていたゴブリンの胸を切り裂く。だがゴブリンの勢いは止まらない。むしろ痛みに顔を歪めながらも、勢いが増す。

 一匹目のゴブリンに叩きつけたせいで火勢が弱まった松明を、迫るゴブリンに突き出して押し付ける。

 肉の焼ける臭いを、娘は兜の中で嗅ぎ取った。

 ゴブリンは殺す。

 そのまま焼き殺そうと、松明を押し付ける力を強めようとする。

 

「右じゃ!」

 

 鋭い警告に、咄嗟に娘は松明を手放す。

 衝撃は横合いから来た。

 何かで殴られた。

 何で殴られたか分からないが、兜によって救われた。衝撃の方に思いっきり丸盾を振るう。

 盾で殴打されたゴブリンが弾かれる。

 だがそれだけだ。すぐに立ち上がり再び飛びつく様に迫ってくる。

 

「くっ!」

 

 筋力が圧倒的に足りてない。小剣も、肉を裂けても骨が断てない。

 突き刺すしかない。

 娘は小剣を引く。だが突き刺すよりも早くに、ゴブリンの額が鉱人術師の手斧によって叩き割られる。

 一撃で絶命している。

 思わず息を吐くと、背中でどさりと何かが崩れる音がした。

 慌てて振り返ると、首を失ったホブが崩れていた。

 蜥蜴僧侶の手に握られた白い牙の様な刀が、血に濡れている。

 

「乱戦においては、周囲に注意を払うべきかと」

 

 蜥蜴僧侶の警告に、娘は荒い息を吐きながら頷く。

 ホブの周りには一刀で切り裂かれたらしいゴブリンが、二体転がっていた。これも蜥蜴僧侶の仕業だろう。

 鉱人術師は松明で焼かれ悶えていたゴブリンに手斧を振るい、止めを刺していた。

 

「入り口で一。ここでホブを含めて六か。少ねぇな」

「小さな巣穴でしたしな」

 

 転がるゴブリンの数を、鉱人術師が指折りで確認している。

 

「竜おじ、早くこの人を!」

 

 転がり寝かされている女に娘は駆け寄り、蜥蜴僧侶に奇跡を願う。

 広場に駆けこんだ時に、ホブは女を組み伏せていた。

 何をしていたのか分からぬほど、娘は無知ではない。

 薄汚れた女の身体を、娘は躊躇わず抱き起す。そして気付いた。

 

「……ちぃっとばっかし、遅かったみたいじゃの」

 

 抱き起こした女の首が、だらりと垂れた。

 すでに事切れている。

 

「……な……んで……ッ!?」

 

 娘は理解できないと、言葉を漏らす。

 この只人の女は広場に踏み入った瞬間まで、ゴブリンによって辱められていた。

 ならば、そういう事では無いのか。生きていたから、辱められていたのではないのか。

 

「死んでからまだ日が浅いんじゃろ。ゴブリン共はそんな事構わずに遊びやがるからな」

 

 目を見開いたままの濁った女の瞳に、吐き気がこみ上げる。

 

「うぇ、おえぇえぇぇ……ッ」

 

 兜の中で、胃の中身を吐き出す。

 せめて女の体をこれ以上汚さないようにと、なんとか顔だけをずらす。

 兜の隙間から漏れた吐瀉物が、びちゃびちゃと地面を汚す。

 蜥蜴僧侶が娘の代わりに死んでいる女の身体を支えた。

 鉱人術師が自身の手が汚れるのを構わずに、娘の兜を取り外す。

 

「さっき殴られたところも怪我はねぇか。ほれ、拭うぞ」

 

 水を染み込ませた手ぬぐいの様なもので、乱雑に顔を拭われる。

 眼からポロポロと涙が零れ、娘の嗚咽が広場に響く。

 

「だから言ったじゃろう。見ないでいいもんを見る事になるぞと」

 

 鉱人術師の言葉に、娘は何度も頷く。ぽんぽんと分厚い手で背中を優しく叩かれた。

 

「ぴぃぴぃ泣きおって。お前の母親は、気位が高かったぞ?」

 

 母と比較され、堪えきれずに鉱人術師の身体に抱き着いて娘が咽ぶ。

 鉱人の太い体は、娘がどれだけ力を籠めても動じずに、ただただ乱暴だが、それでも優しく背中を叩いてくれる。

 

「まったく。細いのぉ、お前は」

「…鉱人……おじが…ふとい……だけだ……ッ」

「うるさいわい。これでもわしゃ、鉱人としちゃ並みの体格だっつーの」

「ははは、術師殿は娘殿にちくとばかし甘いのでは?」

「うっせえぞ、鱗の。……だが、まあ、そうだの。あの二人の子供だと思うと、どうしても甘くなっちまうわな」

 

 鉱人術師の言葉に、蜥蜴僧侶が愉快そうに笑う。

 

「他の御子達に関しては、もう少し厳しかったですしなぁ」

「そらま、兄貴たちは別じゃろ」

「……ちがう……弟たちだ」

 

 そう言って娘は、鉱人術師の身体から離れる。

 

「そういやそうか。お前の金床ぶりに忘れ取ったわい」

「むっ!」

 

 少しだけ調子を取り戻した娘に、鉱人術師と蜥蜴僧侶が笑う。そして寝かされた女の死体に蜥蜴僧侶が向き直り、奇妙な手つきで合掌する。

 

「せめて土に還してやりますか」

「そうじゃな、だがその前にやることがあるの」

 

 そう言って鉱人術師が、広場の隅に積み上げられた骨の山に視線を向ける。

 人の骨も混じっているだろうが、大半は獣の骨。ゴブリンのエサの残骸。それが乱雑に積み上げられている。

 

「ほれッ!」

 

 鉱人術師が骨の山を蹴り飛ばし、崩す。

 崩れた骨の山からは一匹のゴブリン。

 子供。

 まさしく小鬼が、そこに居た。

 

「わしがやっとく。鱗の、娘っ子と一緒に先に戻っとれ」

「承知」

 

 女の死体を背負う蜥蜴僧侶に、外にと促された。

 だが娘は首を振って小剣を構える。

 ゴブリンを突き刺し血と油に汚れ、骨を掠めたせいで少し歪んだそれを。

 胸を切り裂いたゴブリンに痛手を与えられなかったのは、非力のせいだけは無かったらしい。

 それでも、子供のゴブリンを一匹殺すのには十分だ。

 ゴブリンの子供が、怯えた顔で涙を流し、甲高い悲鳴を上げている。

 

「……やれるんか?」

「当たり前だッ!」

 

 娘は一歩前に踏み出す。

 抵抗するように子供のゴブリンが、泣きながら何かの骨を掴んだ。

 かつて聞いた父の言葉を思い出す。

 

「……こいつらは恨みを一生忘れない。巣穴の生き残りは学習し、知恵をつける」

「親父に教わったんか?それだけじゃねえだろう」

 

 鉱人術師に指摘される。

 

「見逃す理由は一つも無い」

「他には?」

 

 蜥蜴僧侶も続く。

 

「ゴブリンは皆殺しだ。……だ、だけど――」

 

 言葉に詰まる。それでも無理やりに吐き出して続けた。

 

「ご、ゴブリンは俺が殺すから、お前たちまでこうなる必要はないって……。真似をする必要はないって……ッ!」

 

 見逃されたゴブリンは知恵を付け、別の場所で他の誰かを襲う。

 だから見逃すわけには行かない。

 だから殺す。

 俺が、殺すと。

 

「……昔、かみきり丸が言っておったよ。何をするにもゴブリンの影がちらつくって、な」

「小鬼殺しが、自身の務めとも」

「親父はそんな生き方を、お前らにさせたくはねぇんだろうよ」

 

 父は、あまり語らない。

 だから娘は父の話を、母から聞いた。

 

 オルクボルグが――。

 オルクボルグと―――。

 オルグボルグは――――。

 

 娘は咲き誇る様な笑顔で、父の話を語る母が好きだった。

 母の話は、いつも父との話だった。

 だから娘は、母と父が大好きだ。

 

「……やめとけ。お前には、かみきり丸にあった骨子がねぇ。後悔するぞ」

 

 それでも。

 

 娘は小剣を泣き叫ぶ小鬼に突き刺す。

 喉を突き刺された小鬼が、血を吐き出しながら、か細い声でぎゅいぎゅい鳴いていた。

 その声をこれ以上聞きたくなくて、娘は小剣を捻じり、押し込む。

 

 それでも娘は、オルクボルグに成らなけれならない。

 今はまだ、泣き叫ぶ小鬼を殺す事しか出来なくとも。

 

「……父は定命(モータル)で、母は不死(イモータル)だッ」

 

 癇癪を起したように、小剣を引き抜く。

 

「十年か、二十年か、それとも明日か! 父は、母を置いて逝く……ッ!」

「……命は円環するものであれば」

「けど! それに取り残される母はどうなるッ!」

 

 父を失えば、母は笑えなくなるかもしれない。

 長い時間をかけて、母は父を失った痛みを癒し、再び笑えるようになるのかもしれない。

 だがそれは、母が父を忘れるという事だ。忘れるから、心の内の存在が小さくなるから、癒されるのだ。

 娘はそれが嫌だった。

 

「だから私が!」

 

 娘が父の替わりになれば、母はオルクボルグを忘れない。

 父を、忘れない。

 少なくとも、上の森人と只人の間に生まれた娘が生きる、五百年か、千年かは。

 

「父の、オルクボルグの代わりになる……ッ!」

 




当初の予定は

ゴブスレ「ゴブリンか?」
ゴブリンスレイヤーチルドレン1「ゴブリンだ」
ゴブチル2「ゴブリンか」
ゴブチル3「そうか、ゴブリンか」

妖精弓手「アンタら、ゴブリンゴブリン五月蠅いわよ」
女神官「まあ、ゴブリンスレイヤーさん達ですから」


ゴブリンスレイヤーズ『むっ』

みたいな感じでした。
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