「どう、オルグボルグ? こういうのが冒険なのよ」
妖精弓手が頂からの景色を眺めながら、自身も感嘆したように小さく呟く。
声に僅かに震えがあった。
眼下に広がる景色に、圧倒されたのだろう。
目の前には、ただただ広がる雲海。ただそれだけだが、それだけに途方もない。
ゴブリンスレイヤーは妖精弓手に並び立ち、そして頷いた。
「……そうだな」
素直に答えたゴブリンスレイヤーに妖精弓手が振り返り、微笑みながら無機質な面頬を覗き込む。
鉄兜の奥の表情を探ろうと、妖精弓手がその端正な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて、ゴブリンスレイヤーに顔を寄せた。
「ねえ、来てよかったでしょう? それともオルグボルグは依頼だから?」
「――いや」
ゴブリンスレイヤーが短く否定する。
「来れて良かった」
そう素直に認めるゴブリンスレイヤーに、妖精弓手が目を瞬かせた。
「珍しい。素直じゃない」
そう言って妖精弓手が、ゴブリンスレイヤーの背中に軽やかに回る。そしてしなやかな腕を伸ばし、ゴブリンスレイヤーの首に絡ませた。
「危ないぞ」
「平気よ。……ねえ、兜取らないの?」
ゴブリンスレイヤーは背中から妖精弓手に抱き着かれたまま、逡巡することもなく兜を外す。
「ふふ、今日は本当に素直ね」
「ここにはゴブリンが居ないからな」
「居そうなら、外さなかった?」
「ああ」
「……オルクボルグらしいわ」
そう言って、妖精弓手がゴブリンスレイヤーの頬に唇を寄せた。
しばらくの間ゴブリンスレイヤーの頬に唇を触れさせた後に、妖精弓手は子供がするように彼と頬を擦り合わせた。
ゴブリンスレイヤーが僅かに身じろぐ。だが妖精弓手は構わず離さない。
「……オルクボルグ、あんまり老けないわよねー。只人ってすぐに鉱人みたいになっちゃうと思っていたけど、オルクボルグはそうでもないみたい」
「そうか?」
「そうよ。普段からもっと顔を見せてくれればいいのに」
「寝ている時に見ているだろう」
「オルクボルグ、野営してる時は寝てても兜外さないじゃ―――あ、アンタねぇ!」
寝てる時の意味に気付いた妖精弓手が、長耳を朱に染め震わせた。
ふるふると身体を震わせながらも、妖精弓手からゴブリンスレイヤーから離れる事はない。
革鎧越しでも、こうしてゴブリンスレイヤーと体を擦り合わせる心地よさを、妖精弓手は知っているからだ。
「そろそろ降りろ。依頼の薬草を見つけなければならない」
「ぶぅ」
そう言われれば妖精弓手が膨れながらも、素直にゴブリンスレイヤーに従う。
「ねえ、オルクボルグ」
「なんだ?」
野草を探すゴブリンスレイヤーの手際は、森人の妖精弓手から見ても見事なものだった。
彼の父親が、妖精弓手からは義父になるのか、猟師だったという話を思い出す。
「……どうして、私と二人で冒険に出てくれたの?」
二人で冒険に、旅に出てから、何度かした質問。
その度に決まった答えが、少し遅れてやってくる。
「そういう約束だ」
「いつか私が、オルクボルグに本当の冒険をさせてあげるって約束?」
「ああ」
ここまでは一緒だ。
だが今日は妖精弓手の気分が良い。だからこの先を変えてみる。
「でもね、オルクボルグ。こういうのは私が知ってる冒険じゃないわ」
「違うのか?」
少しだけ驚いたようなゴブリンスレイヤーの声。その声に妖精弓手はくすりと笑う。
「ええ。こういうのはね、デートって言うのよ」
「……そうか」
嬉しそうに笑う妖精弓手に、ゴブリンスレイヤーが頷き短く答えた。
「それでも、構わない」
「ふふ、嬉しいけど、ちゃんと他の子にも埋め合わせしなさいよ?」
じゃないと私が恨まれちゃうわ。そう続けると、ゴブリンスレイヤーが短く「む」と唸る。
「……そうか」
「そうよ」
そう胸を張り、答えた。
しばらく二人は無言で薬草の採取を続け、必要量のみを得る。採取を終えたゴブリンスレイヤーが再び兜を被る。
麓で受けた依頼を終え、あとはまた数日かけて山を下るだけだ。そして今日は少しだけ下り、昨日と違う場所で野営をする。
妖精弓手は先頭を歩きながら、背後のゴブリンスレイヤーに振り返ることなく話しかけた。
色々、話したくなったのだ。
「ねえ、オルクボルグ」
「なんだ?」
「私、今幸せよ。とーっても、幸せ」
妖精弓手は頬を朱に染め、長耳をふるりと振って、ゴブリンスレイヤーに向き直る。そして咲き誇る様に笑いながら続けた。
「結婚なんて、あと千年は考えないと思ってたわ」
「そうか」
「最初はゴブリンしか言わないあなたに、本当の『冒険』をさせてやろうと思ったの」
「ああ」
頷くゴブリンスレイヤーのに、妖精弓手は笑いながらも猫の様に目を細めた。
「結局いつもゴブリンだったけど」
そう悪戯っぽくゴブリンスレイヤーを覗き見る。
「それでも色んなところをみんなと冒険して。あの子達とも競い合って。そして、あの子が生まれて。仲間から、家族になったわ!」
両手を広げて妖精弓手が「みんなともね!」と笑う。
その彼女をまっすぐ見つめながら、ゴブリンスレイヤーが頷いた。
「……感謝している」
「そう、いーっぱい感謝しなさい。でもね、オルクボルグ。私は、それ以上に貴方に感謝しているの」
「そう……なのか?」
「そうよ。……だって、あの子に会えたもの」
妖精弓手は娘を想い微笑んでから、くるりと振り返り、再びゴブリンスレイヤーに背中を向ける。括った髪が箒星のように尾を引いた。
「だから、私の心配はしなくて平気よ、オルクボルグ」
微かに震えた声でそう伝える。
「私だけ残されるから想い出を作らせようとか、そういう気は使わないでいいの」
だから妖精弓手一人で彼の時間を占有してはいけない。なぜなら――
「
続く言葉は口にせず、漏らさない。
「……すまない」
共用語では無いのに、続く言葉は口にして無いのに、それでも彼には伝わる。伝わるのだ。
「あやまる事じゃないわ。だってそういうものでしょう?」
だから妖精弓手のこの言葉がただの強がりだと、ゴブリンスレイヤーには伝わってしまう。
「彼が言ってたわ」
蜥蜴僧侶の言葉を妖精弓手は思い出す。
「命は円環するものだって。私はオルクボルグとの絆を繋ぐことが出来た」
そっと、後ろを歩く彼から手を引かれた。
繋がれた手を、妖精弓手はぐっと力を籠めて握りしめる。
「愛はさだめ、さだめは死。最初から分かっていた事だもの」
妖精弓手は幸せだ。
仲間が居て、友が居て、愛する人が居て、授かったあの子が居て。
今が一番幸せだと、自信を持って言える。天上の神々にも、胸を張って、自分は幸せだと応えることが出来る。
「……そんな…………大したことじゃ……ない…わ……よ」
だけど、かつて姉に向かって素っ気なく言えた言葉が、今はこんなにも掠れてしまうのだ。
『ゴブスレ一家』
牛飼娘「みんなー、ご飯だよー」
ゴブスレ「そうか」
ゴブチル牛飼「今日は?」
牛飼娘「シチューだよ。いーっぱい作ってあるからね!」
ゴブチル剣の「シチューと言ったか?」
ゴブチル受付「シチューだな」
ゴブチル神官「シチューか」
ゴブチル金床「シチューならば、おかわりだ」
妖精弓手「……ゴブリン並みの喰いつきよね」
女神官「まあ、ゴブリンスレイヤーさん達ですから。……少しだけ悔しいですけど」
当初の予定シリーズ。いや、台本では無かったけど。