このお話のゴブスレさんは、子供たちには
「俺のようにはなるな」
というスタンスです。
―――女だ。
夜陰に紛れたゴブリンの集団の一体が鼻を鳴らし、獲物の臭いを感じ取った。
女だ。それも二人いる。耳長の臭いもするぞ。
ゴブリンは森の中で嗅ぎ取った獲物の臭いに醜悪な顔をさらに歪め、愉快で堪らないと笑う。
女の臭いだと一党を組む他のゴブリンに告げ、離れて行く。そのゴブリンの姿はまるで、
自分が見つけた獲物だ。見つけたのが自分なのだから、獲物を最初に味わう権利が当然ある。
そう思いながらも、自らの存在を隠す様に慎重にゴブリンは進んでいく。
ゴブリンは慎重だった。自らの臭いが向こうに伝わらないように、風向きを確認し、物音一つ立てずに獲物に向かって行く。
そしてゴブリンは、火を焚いて野営をする二人組に辿り着く。
―――寝ている。
馬鹿め、好都合だ。
獲物が二人寄り添いながら、木にもたれ掛かって寝ている。
目立つ火を焚いて、見張りも立てずに。
やはりこいつらは馬鹿だとゴブリンは笑う。
それでもゴブリンは周到にも、他の仲間と合流するために合図を出した。
見張りも立てずに眠りこける獲物を笑いはしても、慎重さと周到さを忘れはしない。そうゴブリンは教わっているのだ。
獲物の一人は耳長の女。もう一人は長い金髪の女だ。逃すわけには行かない。
ゴブリンは二人を組み伏せる想像、いや未来を、思い浮かべ笑う。
もう少し待てば仲間が来る。来れば襲い掛かる。耳長は足が速い。まずは耳長の足を潰す。金髪はその後でいいだろう。
算段を立てるゴブリンが仲間の息遣いを背中に感じ、腰から短剣を引き抜く。
この短剣は具合がいい。手に馴染む。重さも丁度いい。
用心棒をしていた巣穴に襲撃を仕掛けてきた冒険者から奪ったものだが、いい拾い物をした。冒険者共はそれなりに手強かったが、
ゴブリンは暗殺者だ。
獲物を見つけ出し、気付かれずに近寄り短剣を突きつける技を、冒険者を観察することで身に付けたゴブリンだ。
眠っている獲物まで、あと三歩の所までゴブリンアサシンは物音一つ立てずに近づく。
途中、雨も降っていないのに、地面がぬかるんでいた。
だがそんな事をゴブリンアサシンは気にしない。もっと面白いものを見つけたからだ。
ゴブリンアサシンは眠る金髪の女に、冒険者が首から下げる板があるのを見つけた。
ゴブリンアサシンが、堪えきれずに再び笑みを浮かべる。
下げられた板が、白いからだ。
ゴブリンアサシンは知っている。
この白い板をぶら下げる奴は弱い。頭も悪い。だから簡単に倒せる。楽に獲物にありつける。
この間の鉄の板をぶら下げた冒険者は強かったが、それでも倒せたのだ。白色ならもっと簡単だ。
弱い相手だから、順番に拘る必要はない。
ゴブリンアサシンは最初に足を潰すと決めた耳長の女では無く、金髪の女から襲う事にする。
金髪の女の髪に、心惹かれたからだ。
この髪は綺麗だ。
これを貰おう。
ひとしきり遊べば肉にする。その時に髪を貰おう。
額に短剣を当てて、骨に沿うように皮を剥いでいけば綺麗に髪がとれる。何度かやったことがあるので、上手く出来る自信がある。自分は器用なのだ。
ゴブリンアサシンは金髪に短剣を構え、その足に向ける。
血があまり出ない場所がいい。出過ぎるとすぐに死ぬ。
そうすれば早く髪にありつけるが、兄弟からは嫌がられる。遊び足りないと我儘を言う。
そしてゴブリンアサシンは学んでいる。動けなくなるが、あまり血の出ない部位を。
そこに向け短剣を突き刺そうと―――
「GAA!?」
突き刺すより早くに、短剣を持つゴブリンアサシンの手首が掴まれた。寝ているはずの金髪の女が、短剣を突き刺す自分よりも早く動いた。
金髪の女が眼を開く。
真っ赤な目が、火のような色が、ゴブリンアサシンを見据えていた。
そしてゆっくりと金髪が口を開く。
「――馬鹿め」
言葉は分からない。だが金髪の女は寝ていなかった。起きていた。嵌められたのだ。
それに気付いたゴブリンアサシンは、慌てて掴まれている右手を引く。
この短剣は奪ったばかりの大事なものだ。失いたくはない。
ゴブリンアサシンは女の力を知っている。力任せに引いて振り回せば、すぐ外れる。
「GAAAAU!!」
なのに自分の短剣が、胸に突き付けられていた。自分の手に握られたまま。腕の骨を砕かれて、無理やりに突き刺されたのだ。
がふッと、叫びでは無く、血を吐く。
―――金髪は女じゃない! 騙された!
そう叫びたいのに、血と息を吐く音しか口から出ない。そしてそのまま、ゴブリンアサシンは死んでいった。
◆
「まず一つ。残りはホブがニに、シャーマンが一。弓が一か」
長い金髪の女、いや男が、外套を脱ぎ捨て立ち上がり、取り囲むゴブリンに素早く視線を這わせる。
「おびき寄せられたとは思わないのか?」
そう言ってゴブリンアサシンの死体から引き抜いた短剣を、金髪の男が目にも止まらぬ速さでシャーマンに向け投げ撃った。
しかし短剣はホブの一体が、シャーマンを庇うように差し出した腕に弾かれる。その腕には盾が括られていた。
「シャーマンを庇う。装備も良い。……
シャーマンが何事か叫び、杖を振り上げる。
だが、それが振り下ろされる前に、シャーマンの喉に矢が突き刺さり、そのまま仰向けに倒れていった。
「二つ。初手を防いで安心したか? 間抜けでは無くとも、やはり馬鹿だな」
矢を放ったのは、金髪の男と共に居た女森人。
先に放った短剣は、ゴブリンの注意を金髪の男に向けるためだ。
金髪の男が、腰に差した長剣を引き抜く。
銀の刀身が爆ぜた焚火の灯りを受け、煌めいた。
武器を構えた事で、装備の整ったホブが二匹、手に持った斧と剣を振り上げ、何事か叫びながら駆けだしてくる。
金髪の男は素早く立ち位置を移し、ホブ二匹を盾にしてゴブリンアーチャーの射線から身を隠した。
「GORARAB!?」
邪魔だとでも言っているのか。ゴブリンアーチャーが何事か叫んでいる。だがホブ二体は構わずに、そのまま真っすぐに金髪の男に襲い掛かる。
そこに罠があるとも知らずに、ホブ達がぬかるんだ地面を踏む。
「《
踏むと同時に発せられた女森人の言葉に、ただのぬかるみが泥罠と変わった。ホブが泥に足を取られて体制を崩す。
その瞬間、金髪の男は駆け出していた。
「三つ」
膝まで泥に沈んだ剣と盾を持つホブの喉に、金髪の男が長剣を突き刺した。
「これで四」
喉を突き刺したまま力任せに長剣を払う。ホブの首が千切れ、垂れた。
そのまま泥に足を取られたもう一匹のホブに向け長剣を振りかぶり、身に付けた鎧ごと切り裂く。
袈裟斬られたホブが泥に倒れ込む。そのホブの身体を避けつつ、うつ伏せになった背中から心臓を突き、止めを刺した。
「べらべらよく喋る人間くらいにしか思わなかったか? よく喋るのは注意を集めているのだと、そう考えはしなかったのか?」
心臓を突き刺した長剣を引き抜きながら、ゴブリンアーチャーを見据え金髪の男が言う。
その隙を、ゴブリンが見逃すわけはない。剣を引き抜かれる前に仕留めようと、喚きながらゴブリンアーチャーが矢を放つ。
だがそれは金髪の男に突き刺さる前に不規則な放物線を描き、逸れていった。
「あらかじめ水を撒いて<<
ゴブリンにそう訊ねる金髪の男に、<<
「ゴブリン相手に喋りすぎです」
「む」
女森人の指摘に、金髪の男が少しだけ強張る。
油断したと思ったのだろう。ゴブリンアーチャーが、少しでも身軽になろうと弓を捨て、背中を見せながら逃げ出す。
その背中に森人は矢を番い狙いを定め、放った。
矢はゴブリンの肩口に刺さり、痛みに悲鳴を上げる。それでもゴブリンは足を止めず、全力で逃げていった。
「……これでよろしいですか?」
ゴブリンが逃げて行った方向を睨みながら、女森人が金髪の男に確認する。
「ああ。あれには
そう言って金髪の男が、追跡の邪魔になる長い髪を紐で括った。
同時に金髪の男の顔が露わになる。
非常に整った、女性のような顔をしていた。
筋肉の付き方、骨格。そういったものを注意深く観察し、ようやく男と知れる。
外套を頭から被り、長い金髪を垂らせば、ゴブリンで無くとも男とは思うまい。
加えて金髪の男は、敢えて女性と勘違いさせるような装備で身を固めていた。女の冒険者が好む膨らみのある胸甲に、コルセットの様に腰を締め付ける革鎧。
それによって体格が矯正され、女性のようなシルエットを作り出していた。
その金髪の男に、女森人が複雑そうな顔で尋ねる。
「……いつも思うのですが、なぜ女装を?」
「油断するからだ」
何でもないように金髪の男が言う。
「奴ら女と見れば、生かして連れ帰り、遊ぼうとする」
金髪の男の言葉に、女森人が憎々し気に表情を歪める。男にではなく、ゴブリンに向けられた憎悪だ。
「初手が殺すための一撃から、生け捕るための一撃に変化する。楽だ」
女森人の憎悪に頷きながら、金髪の男は腰元から小さな袋を取り出し、掲げて見せた。
「こうやって奴らの鼻を香袋で誤魔化せば、この程度の変装で容易く騙されてくれる」
金髪の男が、矯正された細い腰に片手を置き、ゴブリンアーチャーが逃げて行った先を、紅い瞳で見つめながら言う。
仕草の一つとっても、女森人から見ても非常に女性らしい立ち振る舞いだ。
この程度では済まされる女装では無い。
ゴブリンを殺す為なら、女装位何でもないという事だろうが、やや行き過ぎな気も女森人はしていた。
「……
ポツリと漏らした呟きに、女森人は頷く。
「父の武勲詩に憧れ、ゴブリン退治を請け負うものが増えた。それは良い事だ。奴らをのさばらせる理由は無い」
金髪の男が、微かに視線を女森人に向けた。
女森人は前髪を片側だけ長く伸ばし、右頬を隠している。
隠されたかつての傷を見られていると感じた女森人は、微かに身を震わせた。
金髪の男が、そうでは無いと否定するように彼女の頬に優しく触れた。女森人も頬に添えられた男の手に触れる。
「……だが武勲詩に憧れただけの連中は奴らの狡猾さを、怖さを、醜悪さを理解しきれていない。ゴブリン退治に出掛け、ホブやシャーマン、上位種を殺しただけで終わりとする者が居る」
子供や弱いゴブリンを、殺す価値も無いとのたまい、平然と見逃す。
「巣を追われたゴブリンは渡りになる。奴らを全滅させない冒険者がいるおかげで、逃げ出し、見逃され、巣穴を何度潰されようとも生き延び続けるゴブリンが現れる。そういった奴らが
本当に厄介だと金髪の男は言う。
「
だから、長生きは潰さなければならない。そう金髪の男は締めくくった。
二人がここに居るのも、鋼鉄の冒険者一党を潰したゴブリンを見つけ出し、始末する為だ。
長生きは賢い。冒険者が寄こされた巣穴は直ぐに棄てる。二回目に来る冒険者が、一回目よりも強いと知っているからだ。
そんな連中を見つけ出す為に、金髪の男は女装をし自らを囮とする。罠を張り、偽の白磁の認識票をぶら下げ油断を誘う。
すべては長生きを狩るために。
女森人は頷く。
ゴブリンをおびき寄せるために、人数の利すらも捨てる男に。
「お供します」
しかし金髪の男は、女森人の頬に添えた手を離しその言葉に首を振る。
「……無理をしないでいい。奴らのねぐらに踏み込むことになる」
「貴方は行かれるのでしょう?」
「ゴブリン
それにと金髪の男は二度指を折り、何かを数える。
「呪文は既に二つ使った。十分だ。後は一人で行く」
「ゴブリンの追跡には私の眼が必要なはずです。森人の眼ならば、朝を待たずとも血の跡を追えますから」
そう言って女森人は垂らしていた前髪を払い、右目を見せた。葡萄の腫れた名残は無くとも、普段は髪で隠している右頬と共に。
「奴らは殺します。必ず。これは自分の仇です」
「……ねぐらには、あれがあるぞ」
金髪の男の言葉に、女森人は体を震わせる。
だがこれは恐怖でなく、怒りだ。
「それを見て、戦えるのか?」
「戦えます」
そう女森人は断言する。
「かつて、私を救ってくれた人達の子供である貴方と供になら」
女森人の言葉に、金髪の男、ゴブリンに捕まって嬲り者にされていた自分を救ってくれたゴブリンスレイヤーの息子である彼が、困ったように口を開く。
「……出来れば貴方には、姉と共に居て貰いたいです。星風の血を引くのは、姉だけですから」
金髪の男の口調が変わる。優しい喋り方。人を癒すような、非常に耳触りのいい声だ。
これが金髪の男の本来の口調である事を知っている女森人―――森人侍女は、微かに微笑んだ。
「私は星風様の御子だけではなく、貴方達全員を守る様に仰せつかっていますので」
「ですが」
「ダメと言われても、ついていきますよ? 私は一人でもゴブリンを殺しにいきますよ?」
森人侍女は自分の十分の一程しか生きていない彼に、意地悪く言う。
彼はその女性にしか見えない顔を複雑に変化させてから、困ったように頷いた。それに森人侍女も頷き返す。
彼は父を真似ているだけで、本質は母親似だ。一人でも行くという森人侍女を、彼は決して放っては置けないのだ。
森人侍女は彼に背中を向け少し離れる。彼の優しさを利用してしまった事を詫びる様に。
「……慈悲深き地母神よ、どうか―――」
小さな囁きを森人侍女の耳が捉える。
意図を察した彼の声。
本来ならば聞こえないような小さな声だ。森人侍女に聞こえないように、配慮しているのだろう。聞こえてしまうのは、彼女が森人ゆえに。
死者の安寧を祈る姿を、彼は森人侍女に見せないようにする。彼は森人侍女がゴブリンに何をされたのか、知っているのだから。
ゴブリンの魂に幸など必要ないと、森人侍女は思う。奴らは死んでも永劫苦しみ続けるべきモノたちだと。
そう思うからこそ。死んでいるとはいえ、ゴブリンの安息を祈る言葉を、森人侍女は彼の口から聞きたくはないのだ。
それでも彼は祈る。自ら殺めたゴブリンの魂の安寧を、母が奉じる神に。彼が幼き頃奉じていた神に。
少しして、祈りを終え彼が近寄ってきたのが気配で知れる。
「―――行くぞ。
「ええ」
口調が切り替わっていた。
自らが殺したゴブリンの魂の安寧を祈る彼から、
同時に母と共に神殿で祈りを捧げていた頃の幼い彼を、森人侍女は思い出した。
その頃の彼と今の彼を比べ、大きくなったと、いや、美しくなったと森人侍女は素直に思う。
「……綺麗になりましたね」
森人侍女の言葉に、なんと返せばいいのかと、彼が言葉に詰まっている。そしてようやく絞り出した。
「女装は趣味ではないぞ?」
「そうなのですか?」
「……決して趣味ではない」
そう少しだけ憤慨した様な彼を一瞬笑い、森人侍女はゴブリンの血を伝い追跡を始めた。
自らの手で奴らを殺す為に、神に奇跡を懇願しなくなった愛しき彼と供に、森人侍女はゴブリンを殺しにいくのだ。
森人侍女は、復讐の為に。
彼は、彼の理由の為に。
二人は、ゴブリンを殺すのだ。
『ゴブスレ一家 ――初めてのゴブリン狩り―― 』
ゴブチル妖精「……父、なぜゴブリンの腹を裂く?」
ゴブスレ「奴らは臭いに敏感だ」
ゴブチル妖精「……なぜ肝を……絞る?」
ゴブスレ「特に女、子供、森人の臭いには。お前は全てが当て嵌まる。見逃す理由は無い」
ゴブチル妖精「待て。待て父。……ほ、本気? ちょ、ちょっと! ヤダ! ヤダ! 止めてよ!?」
女神官「すぐに」
妖精弓手「慣れるわよ」
ゴブスレ妖精「んっ!?……ん―――!!」
鉱人術師「……まさか、母娘二代に渡ってこの姿を拝むハメになるとはな……」
蜥蜴僧侶「感慨深いですなぁ」
ちなみに本編の娘さんはお母さんたちから、匂い袋を持たされてます。
最初はこういうネタでした。