幼馴染みと志摩リン 作:カカオ天下
ビューという冷気を運ぶ風が襲うと、私は身を震わせた。
カイロは3枚マニュアル通り血管の多いところに貼り、頭には防寒用の帽子、厚い上着を着て膝にはブランケットをかけている。しかし、本栖湖の冷気はそんな努力を嘲笑うかのように私を凍えさせる。
この寒さだけは、いつまで経っても慣れない。
それでも私は冬キャンプが好きだ。普通キャンプと言えば夏というイメージだから、そう言うと人には不思議がられる(あんまり人と関わらないけど)。
でも、冬キャンプは汗をかきにくいし、虫もいないし、何より人がいないから静かだ。それにゆうが暇な時期だから誘いやすい。
ゆうとは私の幼馴染みの星流 ゆう。
野球部に所属していて、いつもグラウンドで一番声を出して、汗を流して、チームを引っ張って、友達がたくさんいて……私とは正反対の人間だ。幼馴染みでもなければ、絶対に関わらなかった人種だ。
別に劣等感とかは感じない。私は好きで一人でいるし、ゆうも好きで人と一緒にいる。
でも、ゆうにキャンプ場を紹介すると嬉しそうに行くと言ってくれるのは何だか優越感みたいなものを感じる。人気者を一人占めしているみたいな感覚なのだろうか?
そんなだからか、唯一の女友達の斎藤からは、ゆうとの関係を勘ぐられたりもする。
でも、誰が何と言おうが私とゆうは幼馴染みとしか言えない。
私は今誰かと付き合おうとは考えていないし、ゆうも部活に忙しくてそんな余裕はないと言っていた。
多分、今はこの距離感がちょうどいいのだろう。
二人で同じ場所でキャンプをして、それぞれマイペースに過ごして感想を言い合う。そんな中途半端な関係が好きなんだと思う。
センチメンタルなことを考えながら空を見上げた時、またもや風が私を襲ってきた。
「寒っ……!」
前言撤回。持ちつ持たれつ、人は助け合うべきだ。
私はブランケットで口元までくるむ。
そしてその中でゆうに向かってメッセージを送った。
◇
その後は前話の通り、ゆうに薪拾いを頼んでご飯作ってもらい斎藤のせいで気まずくなって逃げられた。
……正直びっくりした。あんな真剣な表情で名前を呼んでくるから、私も覚悟を決めなくてはならないのかと思った。
ドキドキと心臓の音がうるさい。もう鍋の余韻なんてとっくに冷めているのに、顔が熱い。
ゆうの顔も真っ赤だった。多分私が考えていた、いやもしかしたら私よりも進んだことを考えていたのかもしれない。
うぅ……。こんな予定ではなかった。変な意識はせずに、ただキャンプを楽しむつもりだったのに。
これも斎藤のせいだ。あいつが余計なことを言わなければ。
その時、携帯がバイブした。
画面には、憎き斎藤が表示されていた。
斎藤『リン~。あの後どうなった~』
リン『くぁwせdrftgyふじこlpッッッ!』
斎藤『おー、荒ぶってるね』
リン『ありまえ前田』
『当たり前だ!』
『お前があんなメッセージ送ってくるから、あの後めちゃくちゃ気まずくなったんだぞ!』
斎藤『ごめんごめん』
リン『反省してる?』
斎藤『謝るけど、反省はしてない』
リン『いやしろよ』
まあ、この時間にメッセージを送ってきてるってことは、斎藤は大方の予想はついていたのだろう。
ぐぬぬ……。手の平で転がされたみたいで悔しい。
斎藤『リンもしかして今、あぁ、明日ゆうとどんな顔して会えばいいんだ……って悩んでる?』
リン『何で分かるんだよ。エスパーか?』
斎藤『ククク、貴様の考えなどすべてお見通しだ』
リン『なん……だと……!?』
斎藤『冗談だけどね。リンの考えることは大体読めるよ』
リン『むぐぐ……。それはそれで嫌だな』
斎藤『細かいことは気にしなーい。そんなことよりもどうするの? ゆう君のこと』
リン『どうするも何も……』
斎藤『私にいい考えがあるよ~』
斎藤のいい考えとやらに嫌な予感しかしない。携帯を弄りながらにやにやと楽しんでいる姿が目に浮かぶからだ。
しかし、このままと言うわけにはいかない。朝にはゆうと顔を会わせるのだ。どうにかしなければならない。
私は期待半分、不安半分で文字を打った。
リン『どんな?』
斎藤『まずゆう君のテントに侵入して……』
文面を読んでいる途中だったが、私はアプリを閉じた。
そして通知機能をオフにして、テントの中に入った。
……しばらくやつのLINEは無視する。
そう決意した。
◇
「あちゃー、本気で怒っちゃったか」
既読とついたままメッセージが返ってこない。明らかに無視だ。同時にそれはリンの機嫌を損ねたことを意味する。
やらかした~と言いたげに斎藤恵那は、手で口元を触る。
自室のベッドに寝っ転がりながら、口をすぼめて反省する。直接的すぎた、次はもっと遠回しに誘導するように……と怒らせた内容でなく、やり方について反省していた。懲りていない。
この斎藤恵那はのほほんとしているが世話焼き気質な一面も持っている。その本能が働いたのか、友人カップル(仮)に行きすぎていることを承知ではっぱをかけたのだが、案の定怒らせてしまった。
しかし、言い訳もさせてほしい。
あの二人は普段から一緒にいる。家が近いからゆうの朝練がなければ登校はいつも一緒、午後の練習がなければ帰るのも一緒。昼休みも斎藤を含め三人で昼食を食べ、よくお弁当のおかずを交換したりしている(相手の箸で)。しかも買い物に行った、キャンプに行ったとプライベートでの話もよく報告を聞く。
それでもリンとゆうは、付き合っていないという。
ふざけるな。
いつもイチャイチャを目の前で見せつけられ、聞かされる身にもなってほしい。
どう見ても両想いなんだから、はよお前ら付き合えと思ってしまうのも当然の帰結と言える。
「何はともあれ、男女の意識がないわけじゃないことが分かっただけ収穫かな~」
機嫌良さそうに足をパタパタと動かす。
幼馴染み故にお互い異性として意識が低いのではないかと疑っていたが、その線はないことは今日で証明された。
「さて、次はどうしようかなぁ~……」
にこにこと楽しそうに、斎藤恵那は、次の手を思案するのだった。
◇
ぶるるるると不意に寒気を感じ、私は身を震わせた。
風もないし、スープのおかげで身体は暖まっているはずなのに……何か悪いことが起こる前触れ?
ないな。多分気のせいだ。気のせいに決まってる。
私は無理矢理自分を納得させた。
スープを飲みすぎたのか、トイレに行きたくなった。
時間のせいかトイレに行く道は、真っ暗だった。……少し恐い。
ゆうに付いてきてもらおうかと携帯を取り出した時に、今私とゆうの関係は微妙になっていることを思い出した。がくりと力なく首を折った。
くぅ、大丈夫。暗闇なんて怖くない、怖くないと思えば怖くないんだ。
私は道を照らす灯りを持って茂みに入っていった。
ーーー散々警戒していたが、終わってみるとあっけない。
用を足した私は、来た道を戻る。道に慣れたのか行きよりも幾分か心が楽になっていた。
やはり幽霊なんて迷信なんだ……なんてフラグを立てるようなことを考えたのがいけなかった。
ーーガサガサガサッッ!
「……ッッ!? な、何だ」
突然茂みが揺れ始めた。背後から聞こえてきた不意打ちに、私は心臓を掴まれたようにひゅうとなった。
茂みをならした物体は、私に気がついたのか枝を踏む音が近づいてくる。
冷や汗が流れる。恐怖心のせいか足がガクガクと震える。
何だ? 野性動物? それとも幽……霊……!?
ガサリと輪郭を現した生物?に灯りを当てる。するとそこに見えたのはーー
ーーー顔がぐっちゃぐちゃになっている化物だった。
私は、灯りを放棄して脱兎のごとく走り出した。
「待っでよおぉぉぉぉぉ!!!」
しかし、化物は私を追いかけてくる。くっ、捕まえて私を食べる気か!
恐い。すっごく恐い。
……ゆう! 助けてゆう!
「置いてかないで! 一人にしないでよおぉぉぉぉぉ!」
追いかけてきているのが化物でなく、私が放っておいたやつだと気がつくのは、私が自分の拠点に逃げ込んだ時だった。
◇
「ひっぐ、ひっぐ……」
「はい、スープ。暖まるよ」
「うん、ありがとう」
目元を赤くしピンク髪の少女は、スープを啜った。
鼻水がずるずる出ていて明らかに寒そうに見えたから、これだけでもかなり違うはずだ。
でもそれだけじゃ、夜の湖畔の寒さは防げない。
案の定少女は、へっくし!とくしゃみした。仕方ない。私は、余っていた貼るホッカイロを差し出した。
「よかったらこれ使う? 少しはましになると思うよ」
「ありがとう!」
「あと、足の裏とか血管が多いところに貼ると暖かくなるよ」
「へぇ~! そうなんだ。すごい、博識なんだね!」
何の裏もなく褒められると、何だか照れ臭さを感じる。
悪い気はしないけど。
こいつがなぜこんな時間にあんなところにいたのかと言うと、1000円札にもなっている本栖湖の富士山を見に来たのはいいが、疲れて休憩所で寝てしまい、気がつくと辺りは真っ暗。しかも最近買った携帯も忘れ途方にくれていた。そんなとき近くに通りかかった私にすがったといのが事の顛末だ。
……バカだ。私は、理由も含めて呆れた。
でも、面倒という理由で放っておいたのも私だから少し罪悪感があった。
「よかったら私の携帯使う? 自分の携帯にかければ」
「自分の番号を覚えておりません!」
警察官の敬礼のようなポーズをとって堂々と言い張った。
「……じゃあ、家の電話番号」
「引っ越したばかりで分かりません!」
「……」
詰んだ。どうすんだよ。
私は頭を抱えた。そんなときだった。
「ーーーん!!」
夜空に響く男の声。
驚いたのか向かいの少女は、ひっ! と短く悲鳴をあげる。
私だってあの声の主を知ってるから、ある意味悲鳴をあげたい。
「はぁ……はぁ……。リン! どうした、何があった!?」
「う、宇宙飛行士ぃぃぃぃぃ!!?」
「うわぁ!? だ、誰だお前、カー○ィ!?」
「どどどどどどどうするの! 宇宙飛行士の幽霊だよ! 感動だけどこわいよ!」
人型シュラフに身を包んだ気まずい幼馴染みに、顔を恐怖に染めた迷子が私に助けを求めてくる……カオスだ。
◇
何とか混乱を収めた私は、ゆうには今の状況を、少女にはゆうの素性を話した。
「何というか……チャレンジャーだな。引っ越した当日にチャリでここまで来るか普通?」
というとはゆうの感想。私はだよねと共感した。
「いやぁ、それほどでも~」
少女はなぜか照れ臭そうにしていた。いや、褒めてねえよ。
「そんでどうするんだお前。ここから一人で帰るのか?」
「無理無理無理! あんな暗い道一人で帰るなんて、絶対無理! こわい!」
「そうか。ん~、送ってくって言いたいところだけど、さすがに南部町はな~。遠すぎるからきついなぁ」
ゆうは頭を抱える。
ここから南部町まで40キロはある。軽々しく送っていくと言える距離ではない。というかこいつ、よくそんなところから来たな。
「最悪私のテントに一日泊めて朝に帰らせれば」
「でも、親御さん絶対心配してるだろ。自分の娘が帰ってこないんだから。……はぁ、連絡さえとれればな」
「うぅ、ごめんな(ぐー)……さい」
能天気な腹の音が辺りに響いた。
まあ、最初に見かけた時間からしてお昼ごはんも食べていないのだろう。お腹が減るのは仕方ない。それにしても最悪のタイミングだった。まるで反省していないように思えるからだ。
少女は、あわあわと何とか取り繕うとしている。
だが、ゆうは怒っていない。むしろ笑っていた。
「……ぷふふ、そこで腹鳴らすか。タイミング絶妙すぎるだろ」
「え? え?」
たしかに、私も真剣に考えるのがバカらしくなるほど力の抜ける音だった。
ゆうは立ち上がり、少女を見て言った。
「何か食べるか?」
「え? でも、いいの?」
「腹減ってんだろ? 腹が減ってもいい案はでないって。それにシリアスな雰囲気のときに鳴られても困るからな」
ゆうは軽く皮肉るように言った。意地が悪い。
「うぅ……。じゃ、じゃあお願いします」
「オッケー。んじゃ、ちょっと材料取ってくるわ」
ーー少ししてゆうはリュックを持って戻ってきた。料理するためかシュラフは脱いでいた。
コンロの上に鍋を置いた。
そこにさっき使ったちゃんこ鍋のだし汁の余りを入れる。
そこにほうとうの麺を入れ、火を付ける。
「麺の下茹ではしなくていいの?」
「ほうとう麺は下茹でしないよ」
「そうなんだ~!」
疑問を聞いてきたので、私が答えた。たしか讃岐うどんとかは下茹でが必要らしい。私たちはこれが当たり前なんだけどな。
「ついでに言うと、ほうとうは南瓜ほうとうって言うくらい南瓜を入れろって言われるけど、実は南瓜を入れる明確な理由はないんだ。実際、今から作るのも南瓜なしのほうとうだしな」
「へぇ~。おいしそう!」
楽しみだなぁ、と歌うように言っている姿はとても無邪気に見えた。見た目は同い年ぐらいだけど、実は中学生? 年下なのか?
鍋の中が煮だってきた。そろそろ仕上げに入る。
「ふふ、ほうとうと言えばこいつよ。山梨名物、甲州味噌!」
「おおおおお~!」
「……」
必殺技を繰り出すようなテンションのゆう。
少女は、パチパチパチと拍手して囃し立てる。私は茶番についていけず呆気にとられていた。
「ほら、リン! ノリが悪いぞ!」
「私にそのノリを求めるな」
「リンちゃん、恥ずかしがらないで! さぁ!」
「やらねえよ」
というか、リンちゃんっていつのまに名前で。まあ、苗字教えてないけど。それにしてもコミュ力高いな。
ゆうはスプーンを使って味噌を鍋の中に入れた。
おたまを使って、味噌を溶かす。スープの色が見慣れた味噌色に変わった。
そしてゆうはリュックから卵を取り出す。
「よし、ラストはこいつを乗せれば完成だ」
そうして卵を割って、黄身だけを鍋に入れた。
「できたよ。星流ゆう作、南瓜なしのなんちゃってほうとう!」
「おおおお~! おいしそう!」
味噌の甘辛い香りが鼻孔を刺激する。食べてもいないのに、おいしいと直感させた。
「では、いただきます!」
少女は、食材に感謝を捧げる。
割り箸を割って、鍋にそのまま入れだ。麺をずるずると啜る。
「うわぁ~、麺もっちもちだ! すっごくおいしい!」
幸せそうに破顔する。
次はスープを啜った。
「すごいまろやかだね~。いつも食べてるお味噌汁とは全然違う!」
「まあ、 それはやまごみそって言って有名なほうとうのお店が使ってる味噌だから。味噌汁よりほうとうに合わせて作られてる味噌なんだ」
「うわぁ~すごい! 本格的だぁ」
「ゆうは、食事には拘るからね」
「当たり前だ。食事はすべての基本だからな。リンだって食事のせいでそんな小学生みたいな身体に……」
「おい、ケンカ売ってんのか?」
「そうだよゆう君。小学生はかわいそうだよ。リンちゃんは中学生だもんね」
「ちげえよ、高校生だよ」
「「えぇー!?」」
「何でゆうまで驚いてんだよ。お前は知ってるだろ」
「おう、おちょくった」
親指をたてて爽やかに言った。
「ぶっころ」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
とてもムカついたので、ほっぺたを力一杯引っ張ってやった。
◇
エピローグというか今回のおち。
「あ……そういえば、お姉ちゃんの番号なら覚えてた!」
というなでしこの言葉をきっかけに、話はとんとん拍子に進んだ。
その後、なでしこのお姉さんが車で迎えに来た。……すごく怒られてたけど、あれは心配していた証拠だ。多分、メイビー。
そのお姉さんからは、お詫びと言われ大量のキウイをもらった。私は嫌いではないが、すっぱいものが苦手なゆうは少しひきつった顔をしていた。
ちなみになぜ私がなでしこの名前を知っているのかというと、帰り際に名前と電話番号(番号はお姉さんに聞いたらしい)が書かれた紙を渡されたからだ。
それを渡すとなでしこは「またキャンプしようね!」と言って帰っていった。
残されたゆうと私。
「まあ、登録ぐらいはしてやるか」
「俺もしておこう。女の子からの番号なんて貴重だし」
「……変態」
「男なら正常だって」
開き直った様子に呆れてしまう。
私がラインのアプリを開くと、ゆうから山のような着信とメッセージがあった。
ぎょっとした。
「ああそうだ。お前何で電話出ないんだよ。お前から、意味わかんないメッセージが来てて、何かあったんじゃないかってすごい心配したんだぞ」
「メッセージ? ……あ」
そういえば、なでしこに追われているときにゆうにメッセージを送った気がする。正直必死に逃げてて、内容は覚えてないけど。しかも斎藤の着信を表示しないために設定してたから、ゆうからの着信にもまったく気がつかなかった。
心配させてしまったらしい。
「ごめん」
「まあ、無事だったからいいけどさ。ちゃんと電話にはでろよ? 俺お前に何かあったら泣くからな」
「う、うん。分かった」
そんな恥ずかしい台詞、面と向かって言うなよ。頬がとても熱くなった。
不気味なほど静かな夜に穏やかな風が木々を揺らす。
暗いのは苦手だが、熱を冷ますためにそんな森を散歩したくなってしまった。
ヘタレだよ? これは天然で出た台詞だよ? 斎藤さんが恋の導火線に着火させたがるのも理解してくれ……。