幼馴染みと志摩リン 作:カカオ天下
今回の話は、主人公の掘り下げです。まあ、一メートル掘ったくらいなんだけど。若干湿っぽいかもです。
月は霜月の終わりに差し掛かる頃。
太陽が昇りきっていない空の下、俺はグラウンドを歩いていた。吐いた息は白く色づく。霜が張った土は踏む度にざくざくという音が聞こえてきた。
後ろを見ると、足跡の窪みには細かな水溜まりがいくつもできていた。その場所を確認するようにそーと踏むとぐにゃりと豆腐のような感触だった。
俺は苦笑いを浮かべる。そして近くでスポンジを持って構えていたハルノブを見て首をふった。
「駄目だね。こんなコンディションじゃグラウンドは使えないよ」
「うええ、マジかよ……。整備しても無理?」
ハルノブは上目づかい(キモい)をしながら、スポンジを伸ばし縮みする。
「無理だね。まずグラウンドが凍ってるから整備のしようがないよ」
「んが~! もうだから冬の午前練なんて意味ないって言ってるのによぉ! どうせ使えないのに何でグラウンド練習なんて言うんだよ! 監督絶対確信犯だろ!」
「できればラッキーくらいの感覚なんじゃない?」
「まったく朝起きるのも楽じゃないんのによぉ。やだやだ。どうせ今日もトレーニングメニュー中心になるんだろ?イヤだ~、ランニングダリ~……」
ハルノブは背中を曲げて心底嫌そうな顔をしていた。よっぽど嫌らしい。
まあ、これが普通の反応なんだと思う。
誰だって地味でキツいランニングや筋トレは好きじゃない。汗かくし、息苦しいし。メジャーリーガーにだってランニングは苦手という選手がいるほどだ。むしろ好きな方が少数派なんだろう。
「ゆうは嫌じゃねえの?」
「別に。俺はどんな練習だろうと全力でこなすだけだと思ってるよ」
「いいね~、体力あるやつわ。本当に羨ましい、妬ましい。しかもかわいい彼女もいて、女の子の友達もたくさんいて……爆発しろ」
「おい今ぼそりとなんて言った?」
「別に何も」
「いや言っただろ」
「言ってない。しつこいぞ」
「そう。……あとリンは彼女じゃないから。何回言わせるんだよ」
「俺は志摩さんなんて一言も言ってないけど?」
「うっ」
ハルノブはにやにやとからかうような視線を向けてくる。
「なぁなぁ、何で志摩さんだと思ったんだよ~」
めんどくさいし、とてもうざい。
俺は誤魔化すようにこほっと小さな咳をした。
「……別に、いつも周りから言われるからそう思っただけだよ」
「ふ~ん」
ああ~! このにまにまと口元を緩ませた顔に全力ストレートをぶちこみたい!
いつも弄ってる相手から、こんな反撃を受けるとは思っていなかった。迂闊な発言は禁物だな。
しかしなハルノブ。あまり調子に乗るなよ。こちらにはお前を攻める手段はいくらでもあるのだよ。
「ところでハルノブ君。君が最近、お姉さんものから転校生ものに切り替えたというタレコミがあったんだけど、真偽のほどはどうなんだい?」
「んなっ!? な、なん……ごほんごほん。……し、知らないなぁ。何ですかそれ? 純情野球少年の僕には分からないなぁ~」
「ちなみに内容は痴漢されていた転校生(ピンク髪)を主人公が偶然助けてフラグを建てて、なぜかその後学校案内と称して屋上であれやこれやをしてしまう……むぐっ」
「わぁー! わぁー! 言うな! いや、言わないでください!」
ハルノブは顔を真っ赤にして口を塞いできた。
ふふ、慣れないことをするからさ。いやはやお前も青春してるねぇ。
まあ、がんばれよ。あの子、色気より食い気。花より団子を地で行く女の子だから前途多難だろうけど。
このあとハルノブをめちゃくちゃ弄った。
◇
練習が終わった。
今日は本当なら午前グラウンド、午後トレーニングメニューの予定だったが、知っての通りグラウンドは使用できなかったため午前中トレーニングだけして終了した。
時間はお昼を少し過ぎたくらい。陽が出ているおかげか、多少寒さはましになっていた。
部室では先輩たちが帰りに昼飯食べて行こうと盛り上がっていた。
俺は汗でびしょびしょになったアンダーシャツをYシャツに着替え、足を洗うため水道まで歩く。その途中、ブルペンの方から乾いた皮の音が響いてきた。
何だろうと少し歩いてみると、ヒラカワ先輩がキャッチャーを座らせてピッチングをしていた。
先輩は後ろにいる俺の存在に気がついたようだ。俺は頭を下げる。
「お疲れ様です」
「お疲れ。ゆうは……ああ、足を洗いに来たのか」
ヒラカワ先輩は俺の足下を眺めてそう言った。ソックスを下ろして、タオルを肩にかけていれば分かるか。
「はい。そういう先輩は居残りで練習ですか。熱心ですね」
「おう。俺は甲子園で優勝して犬山さんに告白するつもりだからな!」
「それ本気だったんですか!?」
「当たり前だろ。俺はやると言ったら本当にやるぞ。だから手始めに1日投げ込み300球だ!」
「やめてください、夏大始まる前に燃え尽きますよ」
「しかしなぁ、俺が成長しないと甲子園には……」
「先輩」
俺は自分の左肩を掴んで。
「
「っ!」
先輩は表情を曇らせた。その奥のキャッチャーをしている先輩もばつの悪い顔になる。
それはそうだろう。昔、肩を壊して投手を諦めた見本が目の前にいるのだから。今は問題なくファーストをやってるから忘れている人も多いんだけどね。
「投げ込みに熱心にするのはいいんですけど、肩のケアも忘れないでくださいね」
「……すまん、ありがとう」
「いえ。それじゃあ失礼します」
頭を下げて俺はその場を後にした。
◇
帰宅中の道路。
「はぁ……やっちゃったな~」
俺は自転車を漕ぎながらひとりごちた。
何を嘆いているのかといえば、先程先輩に言った言葉だ。
あれはただの八つ当たりだ。気分屋なヒラカワ先輩のことだ、トレーニングで疲れた身体なら100球投げるかどうかのところだろう。なのに偉そうに説教じみたことを言ってしまった。
理由は分かる。羨ましかったのだろう。元気に投げ込んでいる先輩が。それなのに軽々しく自分の身体を軽視するような発言をしたもんだから少しむきになってしまったのだろう。
自分の狭量ぶりに嫌気がさす。
左肩を擦る。
あれから2年……いや正確には一年半くらいかな。
3年生に上がる直前だった。俺は肩を壊した。
医者の難しい説明はよく理解できていないけど、要するに俺は2度とマウンドには立てないってことらしい。『Major』の五郎を想像すると分かりやすいかもしれない。今でさえ、外野の前進守備だろうがノーバウンド送球は絶対にできない。壊した当初はボールを投げることすらできなかった。
当時地元の星なんて言われて鼻を高くしていたクソガキにとってしてみれば酷い現実だった。とても落ち込んだ。本気で死を考えたほどだ。
まあ、今は今で楽しいんだけどね。
先輩や同級生と野球して、なでしこや犬山さん大垣さんとゆるく駄弁って、そしてリンとキャンプして。
そんなことを考えていると、ズボンのポケットに入れていた携帯がバイブした。
俺は自転車を止めて、片足をスタンド代わりに地面につけた。
画面を確認するとリンからだった。
リン『練習終った?』
ゆう『うん。今帰ってるところ』
リン『寒いのに朝から大変だな』
ゆう『いやいや、原付で長野県まで行くリンさんには敵いませんよ』
リン『ふっ(ドヤァ)』
今日リンは長野県にあるタカボッチ高原というキャンプ場に行っているらしい。先日できるだけ一緒に行くとは言ったが、さすがに長野は無理ゲー。免許持ってないし。
ゆう『お昼ご飯は食べたの?』
リン『うん。ボルシチ食った。トテモオイシカッタ』
ゆう『リンがバイ「リン」ガルに!』
リン『寒いし分かりにくい』
片言になった➡外国人➡バイリンガルという連想系のオヤジギャグだったんだけど。たしかに分かりにくいな。
というか君は理解できたのね。
ゆう『まぁ、気を付けなよ。長野県には、狸や熊や恐竜がいるんだから。食われないようにね』
リン『いや恐竜はいないだろ』
ゆう『長野県民には草でも食わせておけ!』
リン『お前長野にどんな恨みがあるんだよ』
ネタは通じなかった。
ゆう『本当に気を付けるんだよ? けがしないようにね』
リン『うい。ありがとう。おみやげ買ってくね』
ゆう『おみやげは松本城でいいよ』
リン『でけえよ。どうやって持って帰るんだよ』
ゆう『仕方ない、上田城で我慢しよう』
リン『適当に買うわ』
俺はガーンというスタンプを送った。
リンからは呆れた表情のスタンプが送られてきた。
くすりと頬が緩む。
こうしたいつも通りの平和なやり取りが心を癒してくれる。
こうやってリンが側にいてくれたから俺は……。
空を見上げる。寒空には太陽が堂々と輝いていた。