「よし、今日の授業はここまでだ。各自課題をしっかりやってくるように」
「今日はなんだかとっても疲れました…」
「私も…」
一花の家賃五等分宣言によって最近バイトを始めた彼女たちはまだ慣れない仕事と苦手な勉強の両立に苦しんでいるようだ。体力バカの四葉でさえこんなに疲れているのだ。他の姉妹の苦労は簡単に想像できる。
…一人を除いて
「まだ私は体力に余裕があるので自習しようと思います」
「五月も同じようにバイトをしてるのにすごいですね…私はもうへとへとです」
「すぐご飯の用意をするわ、せっかくだからアンタも食べていきなさいよ」
「いや、気持ちはありがたいんだが今日は用事があるんだ…じゃあまだ頑張れる五月には追加の課題だ、ほれ」
「ありがとうございます。ではまた…」
「フータロー、まだ私も頑張れる…あっ、もう行っちゃった…」
ピピピピピピピ
風太郎が部屋を出て数分後、五月のスマホから着信音が鳴り響く。
「もしもし、えっ…今からですか…分かりました。すぐに向かいます」
「バイト先から緊急の呼び出し?ちゃんと断らないとこれから先四六時中頼られっぱなしになるわよ」
「いえ、私は嫌ではないので大丈夫です。二乃、今日の夕飯は帰ってきてから食べますので私の分は冷蔵庫に入れておいてください」
そう言うと五月は慌てた様子で家を出て行った。
「仕事で遅くなる一花の分も一緒に入れておくから間違えて全部食べないでよね…あっ、もう行っちゃった」
「…怪しい、本当はフータローのとこ行ってたりして」
「そんなことより早くご飯食べたいです…でも五月ってなんのバイトしてるんだっけ…」
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「五月、こっちだ」
「名前で呼ばないでください、周りに誰か知り合いがいたらどうするんですか!あなたと居るところを見られたら恥ずかしすぎます!」
「あー!五月さん!」
「らいはちゃん!会いたかったです!」
こいつはさっき自分で言ったことを覚えていないのか…?
まあらいはが楽しそうなら俺はそれで良いのだが。
「五月、コンディションは万全か?」
「見くびらないでください、私はみんなのためならどんな試練も乗り越えてみます!」
「俺がサポートしてやるから本当に頼むぞ…」
「五月さん頑張ってね!私も応援してるからね!」
「よし、じゃあ入るか…それにしても昔ながらって感じの店だな」
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「お客さん、注文は?」
「ラーメン定食ラーメン抜きとミニラーメンとあと…チャレンジメニューを」
チャレンジメニューとはいわゆる賞金の出る大食いメニューだ。
総重量5kgの辛味噌ラーメンを制限時間30分以内に完食できれば賞金として5万円が貰える。
一人でも達成者が出たら企画終了とのことだがこの店の客層として高齢者がほとんどなためにそもそも注文が入らないようだ。
俺はこの情報を友達から…ではないな、腐れ縁の前田がこの企画に挑戦し失敗したという話を聞いてこの店のことを知った。
本当は俺が挑戦して賞金を独り占めしたいのだが普段小食の俺に達成は現実的では無いと判断しスルーしていた。
しかし五月が健啖家であることを思い出し、どこぞの誰かに賞金を持っていかれるよりはこいつらの家計の足しになればと思い五月を誘ったのだ。
ちょうどバイト探しが難航していたみたいだしな。二つ返事でOKしてくれた。
「提供まで少々お時間いただきます。失敗したときはお代として…」
「いや、大丈夫だ!わかっている!」
店主の言葉を大声で遮る。
このチャレンジメニューは失敗したら5000円払わなければならないルールなのだがそれを五月が知ったら多少動揺してしまうと考え敢えてそのことは伝えていない。
「今店主さんが何か言いかけていましたが…」
「大丈夫だ!五月は何も気にしなくて良いからな!」
「それなら良いのですが…」
それから数十分後、想像をはるかに超えた巨大辛味噌ラーメンが卓上に運ばれてきた。
「こっ、こんなにでかいのか…想像以上だな」
「流石に私もこの量を一度に食べたことはありませんが…やるしかないようですね」
「それでは今から制限時間30分です…スタート!」
「頂きます。」
五月は手を合わせた。
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「10分経過だ、もう少しペースを上げないと後半厳しくなるぞ」
「分かっています…量は問題ないと思うのですがこのラーメン熱いのと辛いのとで食べ辛くて…」
そう言っている五月の顔には大量の汗が流れ出ている。
ていうか量は問題ないって相当だな…
しかし確かに熱さは厄介だな、この問題を解決するには…
「すみません、取り皿を頂いてもよろしいですか?」
「お連れの方が協力して食べると失格となりますが…」
「いえ、別皿に一旦移すことで麺を冷まして食べやすくするだけです、それなら良いですよね?」
これで熱さ問題は解決するはずだ、ラーメンという条件を聞いたときにこれくらいは想定しておくべきだったな…
最初から別皿を用意できていればもう少しペースを落として余裕ができていたのかもしれない。
しかし今は五月を信じるしかない。
「ほら、汗は俺が拭いてやるから気にせずに食っていてくれ」
持ってきたハンカチで俺は五月の汗を拭う。俺にできるサポートと言えば後はこれくらいだろう。
「ひゃっ!!急に触らないでください!」
「おっ、おい…手を止めるなよ…お前が自分で汗を拭くよりこうした方が効率が良いだろう」
「ううー、だからって…まあそっ、そうですよね、汗を拭くために手を止める必要がなくなりますものね…」
なんかよく分からないが俺が汗を拭いてやるたびにより一層顔が赤くなってる気がするがそれほどまでにこのラーメンが辛いのだろうか。
まあ本人は俺が汗を拭くことに納得しているみたいだし良いか…
「ていうか今更だけどなんで眼鏡掛けて食べてるんだよ、湯気で曇って絶対食べ辛いだろそれ!」
「食事は五感で味わうというではないですか、私は特に目で楽しみたいんです!」
「湯気でほとんど見えてないから目で楽しめねえだろ!俺が持っててやるから急いで食ってくれ…」
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「よし、このペースなら行けるぞ五月!」
「五月さんあともう少し!頑張って!」
「あと一口…!」
時間は残り8分も残っている。余裕の完食だ…!
「あっ、スープも飲み干さないと完食扱いにならないから気を付けてね」
「なんだって!?」
ちょっと待てよ…そういえば前田が言ってたな、『麺と具材はなんとかいけたけどスープが飲み干せなくてタイムアップした』って…
しまった…話半分じゃなくてちゃんと聞いておけば良かった…!
「五月、スープも行けるか!?」
「正直きつそうですが頑張ります…!」
麺や具材は別皿作戦でなんとかなったがスープはどうしようもない…!
五月も頑張ってはいるが少量ずつしか飲み込めていない。
「五月さん!私がフーフーして冷ましてあげる!」
「らいは!よし、俺も手伝うぞ!」
兄妹でスープに息を吹きかけて本当に気休め程度ではあるが温度を冷ます。
周りから見ればなんとも滑稽な姿だが俺は本気だ!なんたって失敗した時に払う金なんか無いからな!
「2人とも…」
「そうだな…後はこれだ!」
俺は器に手を添えている五月の手にゆっくりと手を重ねる。
「ふえっ!?うっ、上杉君何を…!」
「いつだか四葉が教えてくれたっけな、お前らの母親はおまじないでこうやって手を握ってたんだよな。そういえば林間学校の時もこうして…」
「じゃあ私も五月さんの手を握ってあげる!」
五月は赤ら顔をさらに赤くした後におもむろに笑いながらこう言った。
「ふふ、もう…こうなったら絶対に飲み干すしかないじゃないですか!」
そういうと五月はそれまでの熱さを感じさせず水を飲むようにゴクゴクと…
「ぷはーっ!」
「やった…やったぞ五月!」
「やったー!五月さんすごい!」
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「うー…流石に喉が痛いです…でも私やりました!」
まさか本当に食べきるとはな…五月は時折苦しそうに咳込むがとても嬉しそうだ。
「ああ、五月を誘って本当によかったぜ、これで中野家の家計に大きく貢献できれば他の姉妹のバイトの負担が減って勉強に身が入るってもんだ」
「しかしあの、これ…本当に私が全額受け取っても良いのでしょうか?」
「良いに決まってるだろ、食ったのは五月だし今回俺の思慮が足りなかった部分もあるしな。次はちゃんとサポートできるようになるのが俺の課題だな」
「じゃあらいはちゃんは何か欲しいものはありますか?何でも買ってあげますよ!」
「ううん、私は五月さんと今日みたいに一緒にまたご飯食べられたら良いな!今日は本当に楽しかったよ!」
「らいは、次は五月の大食いに夢中になって伸びきったラーメンを食べるハメにならないようにな」
「もう、それは言わない約束だよ!」
「ふふっ…私のパートナーとしてこれからもサポートよろしくお願いしますね」
「ふっ、お前らの成績のためなら努力は惜しまないぜ!」
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「ふぁーあ、今日も遅くなっちゃったな…すぐ死ぬ役なのにどうして拘束時間は長いんだろう…あれ、あれって上杉君と五月?なんでこんな時間に…?」
つづく