ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第99話 戦士の意味

「目下の情勢の、最大の不安材料はパナマだ」

 

アークエンジェルの修理が進む中、キサカはオーブの軍人として、マリューやナタルと今後の行き先についての話し合いの場を設けていた。

 

オーブの外交筋が入手した情報によれば、ザフトに大規模作戦の兆候有りという。そしてインド洋に空いた戦力の穴のせいで、カーペンタリアの動きはかなり慌ただしい。

 

「どの程度まで分かっているのですか?」

 

「正直に言えば状況は不透明だ。オーブも難しい立場にある。情報は欲しいが薮蛇はごめんでね」

 

パナマ基地を除くと、地球軍の宇宙へと繋ぐ橋であるマスドライバーは存在しない。もし、ザフトがパナマを落としでもすれば、地球軍はマスドライバーを保有するオーブに圧力をかけてくるのは明白だ。そんな危険な相手に関わろうとするのは愚の骨頂でしかない。

 

「だが、アラスカに向かおうという君等にはかえって好都合だろう」

 

そういうキサカに、マリューとナタルは頷く。

 

「たしかに、万一追撃があったとしても北回帰線を越えれば、すぐにアラスカの防空圏ですからね。奴等もそこまでは、深追いしてこないでしょう」

 

「ここまで追ってきた例の部隊の動向は?」

 

ナタルの質問にキサカは首を横に振った。

 

「一昨日から、オーブ近海に艦影はない」

 

「引き揚げた、と?」

 

「外交筋ではかなりのやり取りがあったようだからな。そう思いたいところだが…油断はできんな」

 

あのしつこさは、キサカもアークエンジェルに乗っていた時に体感している。砂漠で出会い、そしてオーブ近海。宇宙から追ってきたとすれば、あまりにも執念深い。まるで何かに取り憑かれてるようだ。

 

そんな中で、ナタルは胸の中に抱えていた疑問をキサカに投げかけた。

 

「アスハ前代表は当時、この艦とモビルスーツのことはご存知なかったという噂は、…本当ですか?」

 

そう言われてキサカは僅かに顔を硬ばらせる。この数日、アストレイのOS更新でキラやラリーはカガリたちと深く関わっている。おそらく、ナタルたちも彼らの報告を聞いてそんなことを聞いてきたのだろう。

 

そう思い、キサカは重いため息をついて答えた。

 

「確かに前代表の知らなかったことさ。一部の閣僚が大西洋連邦の圧力に屈して、独断で行ったこと…と言うことにして置いてもらえると助かる。いかんせん、こちらも対応で必死でね」

 

実際のところ、今回の件はサハク家の独断専行を察知できず、見過ごしていたこちらに非がある。意図せずして投げ入れられた石は、予想外のところで波紋を立てるものだ。

 

「モルゲンレーテとの癒着。オーブ陣営は真相解明し是正措置をとるべき、と言う者達の言い分も分かるのだがな。そうして巻き込まれれば、火の粉を被るのは国民だ。ヘリオポリスの様にな」

 

このまま下手を打てば、せっかく調和を保っている国内のナチュラルとコーディネーターの軋轢は決定的になる。

 

それだけはしたくないと、前代表は無茶を承知で今も踏ん張っておられるのさ。と、キサカは自嘲するように言う。

 

「ところで、修理の状況は?」

 

「明日中にはと連絡を受けております」

 

「あと少しだな。君たちには世話になった。メビウスライダー隊にもな。礼を伝えておいてほしい」

 

そう言ってアークエンジェルのブリッジを後にしようとするキサカを、マリューは呼び止めた。

 

「本当にいろいろと、ありがとうございました」

 

そう言ってマリューとナタルはキサカに敬礼を打つと、彼も身を翻して2人へ敬礼で答えた。

 

「こちらも助けてもらった。既に家族はないが、私はタッシルの生まれでね。一時の勝利に意味はないとは分かってはいても、見てしまえば見過ごすことも出来なくてな。暴れん坊の家出娘を、ようやく連れ帰ることも出来た。こちらこそ、礼を言うよ」

 

無事にたどり着けよと言うと、彼は振り返って今度こそブリッジを降りていくのだった。

 

////

 

 

〝これは昔、友達ーー親友に!大事な親友に貰った、大事な物なんだ…〟

 

〝僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー〟

 

(だがお前はフェンスの向こう側だ)

 

そう思い返すアスランは、地球に降りてから膨れ上がっていく自分の心の声に、ジッと堪えていた。

 

このままで本当にいいのか?このまま戦って、それが本当に正しいことなのか?

 

そう考える裏側で、憎悪に叫ぶ自分がいる。

 

母を殺したのはナチュラルどもだ。ナチュラルどもが核を撃ったから、多くの人の人生が無茶苦茶になったんだ。自分たちにはその恨みを果たす責任があるーーと。

 

〝造ったオーブが悪いってことは分かってる!でもあれは!あのモビルスーツは地球の人達を沢山殺すんだろ!?〟

 

その言葉の雑音をかき消して、洞窟の中で過ごした少女との会話が頭に蘇ってくる。

 

「カガリ・ユラ・アスハか…。確かに地球軍ではなかったな…」

 

この戦争はどうやったら終わる?カガリからの問いに、アスランは答えを出せずにいた。

 

自分の恨みの心が晴れたら?

 

ザフトが地球軍を全滅させたら?

 

彼らが誠意ある謝罪をしたら?

 

そのどれもが想像できずに、ただ状況に流されていく自分に、アスランは言いようのない焦りのような感覚を覚えていく。

 

「アスラン」

 

そう呼びかけられて顔を上げると、そこにはザフトに入隊した時からの知り合いであるニコルが立っていた。輸送船からの補給に立ち会っていたアスランの隣に、ニコルも腰掛ける。

 

「補給、終わったんですね。あ、向こうのデッキから、飛び魚の群れが見えますよ?行きませんか?」

 

そう笑顔で言ってくれるニコルに、アスランは情けないが気が抜けた返事しかできなかった。笑顔で心配していたニコルは、ふいに悲しげな顔をする。

 

「不安…なんですか?」

 

「え?」

 

まるで心の迷いを言い当てられたような気がして、アスランは目を見開いてニコルを見た。そんなアスランの肩に手を置いて、ニコルは再び微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。僕はアスラン…じゃない、隊長を信じてます」

 

そう言うニコルに、アスランは戸惑ったがすぐに気持ちを切り替えて頷く。そうだとも。今は彼らの隊長が自分だ。迷っていられる立場じゃない。

 

アラスカに入る前に何としてでも足つきを落とす。それが自分たちに与えられた任務だ。

 

「ニコルはどうして軍に志願したんだ?」

 

「え?」

 

アスランの中で沸いた疑問の声に、今度はニコルが驚いたような顔をする。

 

「あー、いやすまない。余計なことだな」

 

「いえ。戦わなきゃいけないな僕も、って思ったんです。ユニウス7のニュースを見て。アスランは?」

 

そう問われ、アスランは少しの葛藤を感じた。キラのこと、カガリのこと、そして自分の迷い。とにかく今はそれを抑え込もう。

 

「……ニコルと同じだよ」

 

そう言ってアスランは、偽りの笑顔を顔に貼り付けた。彼らの隊長であるために。

 

 

////

 

 

「サザーランド大佐。モルガンの性能ですが、いかがなさるおつもりですか?現在、カーペンタリア基地などは、主戦力を撃破されたことで浮き足立っているようですが」

 

執務室でそう問いかけてきた側近に、ウィリアム・サザーランドは技術部から提出された弾道ミサイル「モルガン」の仕様を眺めながら、思考に耽っていた。

 

「モルガンは、あくまで長距離弾道ミサイルだ。基地に打ち込みでもすれば、迎撃されて着弾前に破壊されるのが目に見えている。迎撃されて回収された部品から性能を解読されてみろ、あの野蛮人たちは、すぐにでも報復兵器を作るぞ」

 

仕様書にも書かれているように、モルガンの最大の泣き所は、上空から下方に掛けての威力は絶大だが、その上を行かれた場合、威力を発揮できないことにある。

 

ザフトも一昔前と比べれば、ディンなどと言った羽根つきのモビルスーツを開発している。簡単に手の内を見せれば、あっという間に攻略される。故に、この兵器は電撃的かつ隠密に放つ必要があった。

 

「だからこそ、都合のいい実験相手がいるじゃないか」

 

「は?」

 

「アークエンジェル……例の部隊はオーブから出る手筈だろう?」

 

「はっ!明日には出航の予定と聞いております」

 

今まで適当に流し読んでいた報告書だが、モルガンが完成した今、彼らほど都合のいい相手はいないとサザーランドはほくそ笑む。

 

「今まで好きに動いてきたのだ。こう言う時に役に立ってもらわねばな」

 

連合軍の最新兵器であるストライク。

 

ジョージ・アルスターの報告で、それをコーディネイターが操縦していること。

 

まったくもって連合軍の汚点だ。忌々しい。

 

ストライクとその母艦アークエンジェルがアラスカ基地に到着しない方がいいと考え、アークエンジェルが地球に降下した後も、サザーランドは他の高官の意見を封殺し、一切の補給や増援を送らず孤立無援の状態に陥れていた。

 

にも関わらず、彼らはアラスカに到達せんばかりに行動しているではないか。なんとも気味が悪い。

 

「彼らはザフトに奪われたG兵器を保有するザフトに追われているのだろう?ならば、彼らこそがモルガンの効果を検証する、良い撒き餌になってくれるではないか」

 

それに、この兵器を提供してくれたジブリールにも、ある程度恩は売っとかねばならんしなと、サザーランドは心の中に芽生えた野心に猛る。

 

ブルーコスモスの盟主として名高いアズラエルだが、彼はコンプレックスから反コーディネーターを掲げているに過ぎないのを、サザーランドはかねてから見抜いていた。

 

彼にとってコーディネーター……いや、何かに突出した才を持つ者の全てが脅威なのだ。アズラエルがご執心な「メビウスライダー隊」。彼らを爪弾き者に仕立て上げたのも、サザーランドや彼に賛同する高官の力があってこそだ。

 

戦争に力は必要だが、終わればその力は危険な物でしかない。その点を言えば、アズラエルの後釜を狙うジブリールの方が、サザーランドにとっては幾分興味深かった。愚者ではあるが、その持つ力と財は、サザーランドの興味を引く。

 

ザフトを打ち破り、コーディネーターを抹殺して出来上がる世界に、特異な存在は必要ない。

 

アズラエルには悪いが、アークエンジェルと共にいる流星にもここらでご退場願おうか。そんな思惑に、サザーランドは卑しく笑みを浮かべるのだった。

 

 

////

 

 

「えー、ではぁ、トール・ケーニヒが晴れてメビウスライダー隊に入隊したことを祝して、乾杯!!」

 

ピカピカに磨き上げられたスーパースピアヘッドとスカイグラスパーを背に、エンジェルハートのオペレーターであるトーリャの掛け声と共に、ハンガーでは小さいながらも新しい力が加わる歓迎会が執り行われていた。

 

ムウとラリーが少しずつ飲んでいたリークの形見である酒や、ボルドマンやキラが買ってきたモルゲンレーテの売店にある菓子やジュースを広げて、マードックやハリーたちも加えて歓迎会は大いに盛り上がっている。

 

そんな喧騒を、キラは遠巻きから一人で眺めていた。

 

オーブに、アスランがいた。

 

その事実にキラは一人で心を震わせている。ラリーには既に話をしており、彼も遠回しながらマリューたちに警戒するように呼びかけている。

 

それでも、キラにとってアスランと戦うことは心がズンと重くなることに変わりはない。

 

「キラ?大丈夫か?」

 

そう声をかけてきたのは、喧騒から抜け出してきたトールだった。彼の後ろには教官であるアイクや、ラリーも付いてきていた。

 

顔をしかめるキラに、トールは困ったように笑って、特徴的なウェーブがかかった頭に手を置いた。

 

「大丈夫だって!シミュレーションだって、レイレナード大尉や、ボルドマン大尉の訓練もバッチリ。やれますよ!」

 

そう自信満々に言うトールに、後ろにいたアイクも頷いていた。

 

「安心しろよ、キラ。複座には俺が乗る。コイツが無茶しないようには監視しておくから」

 

そう言う酒の入ったグラスを持ったムウが、だらしなく笑いながらトールと肩を組んで、グリグリと指を頬へ押し当てる。

 

「なにより、ラリーのお墨付きだ。そう簡単にやられるほどヤワな育て方はしてないぜ?」

 

あーもう酒臭いですよ隊長!とトールが嫌がると、アイクもムウもラリーも可笑しそうに笑う。そんな光景を見てると、今度はトールが真面目な目をしてキラを見つめた。

 

「俺だって、キラの助けになりたいんだよ」

 

だから、任せてくれ。そういうトールに、キラは視線を外してラリーを見ると優しげに頷く。きっと、みんなが大切なものを守りたいから、手を取って戦うんだ。

 

僕も、大切なものを、守りたい。

 

それができる力があるのだから。

 

キラは立ち上がって、喧騒に戻っていくラリーたちの後に続く。

 

もう迷わないよ、アスラン。

君が戦うなら、僕は戦う。

 

自分が守るべきものは、いまここにあるのだから。

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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