ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

109 / 213
第105話 失ったもの

 

 

 

「艦長!」

 

オーブ領海線から逃げるように移動する潜水空母。その中で意識を取り戻したイザークは、体や頭に包帯を巻いた痛々しい姿でブリッジに現れるや、指揮をとる艦長の元へ歩み寄った。

 

「もう、いいのかね?」

 

イザークのディンは翼を焼かれており、ディアッカの乗っていたグゥルで何とか飛行していたが、無人島に落ちたブリッツとイージスを救援しに行ったディアッカを見送った直後に、謎の爆発に巻き込まれたのだった。

 

幸いにも、薄れゆく意識の中で何とか空母にたどり着いたイザークだったが、ディンは破損がひどく回収も叶わなかったため、海中に投棄することになった。

 

「アスラン達は?艦が動いているーーチィ…状況はどうなっている!」

 

意識を取り戻したとは言え、イザーク本人はどうやって自分がここに戻ってきたかすらも、記憶があやふやになっている。

 

そんなイザークに、艦長は少しため息を吐いて今の状況を伝えた。

 

「クルーゼ隊長を含めて、四名は不明だ。我々にはカーペンタリアより帰投命令が出ている」

 

その言葉を聞いて、イザークの思考は固まる。

 

「不明…?不明とはどういうことだ!」

 

「詳しい状況は解らん。大きな爆発を確認した後、ディンにイージス、バスター、ブリッツとの交信が途切れた」

 

「エマージェンシーは!?」

 

「どこからも出ていない」

 

「ストライクと足つきは!?」

 

「足つきはオズマン隊が追撃している。ストライクはわからんが、足つきは逃げ切るだろうな。アラスカの戸口が目の前だ」

 

矢継ぎ早に出た質問の答え、その全てに納得が出来なかった。全てはあの爆発だ。あの光の後から全てがわからない状態になっている。イザークは怒りなのか、苦しみなのか、よくわからない感情に顔を歪めながら艦長に物申した。

 

「すぐに艦を戻せ!そう簡単にやられるか!伊達に赤を着ている訳じゃないんだぞ!」

 

「ならば、状況判断も冷静に出来るはずだがね」

 

そう切って返されたイザークは、反論の言葉も無かった。艦がカーペンタリアに戻っているということは、そういうことだと、言葉ではなく態度で示されているようだった。

 

「残念だが、我々は帰投を命じられたのだ。捜索には別部隊が出る。それに、オーブが動いているという報告もあるのだ。解ってもらえるかな?」

 

それだけ答えて自らの職務に戻って行く艦長に、イザークは何も言えなかった。そんなはずはないんだ。アイツらはーーこんな簡単にーーあっけなく居なくなるような奴らじゃーー。ただその想いだけが、弱っていたイザークの心に重くのしかかっていた。

 

 

////

 

 

 

オーブ近海。

 

波に打たれて形成された、無数の岩ばかりの小島が点在する海域。

 

アークエンジェルからの要請に応えたオーブ軍は、アークエンジェルを見送るために偽装した演習部隊をそのまま捜索隊として派遣しており、そこには、ウズミに許可を得たカガリとキサカの姿があった。

 

「一体何があったんだ。弾道ミサイルからの大規模な爆発は確認されたが…」

 

ヘリから降り立ったキサカは、大規模な熱量が観測された場所を見て愕然とした。まさに島の形が変わるほどの威力と言えた。

 

無数に点在する島の中でも一際大きい島であったそこは、地図に表示されているはずの観測拠点から、小さな岩山すらも消し飛んでいる有様だった。

 

科学研究所の見解では、熱量からしてザフトのSWBMと同じ気化燃料を用いた爆弾らしいが、その威力はキサカの想像を遥かに超えていた。

 

気化熱を衝撃波に変える爆弾は、炸裂した周辺の酸素を一気に燃え上がらせる特性を持つため、爆発後も酸素濃度が著しく下がるらしい。その証拠に、爆心地からかなり距離がある海域でも、海鳥の死骸などが確認されている。

 

キサカの隣にいたカガリも、その凄惨な状況に言葉を失っていた。

 

すでに到着していた救急隊員に案内されるまま、カガリたちが島の沿岸部に移動すると、そこには胴体のみになった灰色のストライクの残骸が転がっていた。

 

「ストライクの残骸?よせ!カガリ!」

 

キサカの制止を聞かずに走り出したカガリは、ボロボロになったストライクのコクピットを覗き込む。そこには無人のシートと、ボロボロになったコクピット内装しか無かった。

 

「居ない!蛻けの殻だ!飛ばされたのかも知れない!いや、脱出したのか!?」

 

そう一人でつぶやいて走り出そうとするカガリを捕まえるキサカ。そんな二人から少し離れた場所にいた隊員が、無線機を持ったままキサカに敬礼を打った。

 

「キサカ一佐!向こうの浜に!」

 

キラだ!と叫んでキサカの腕を逃れたカガリは、隊員が言った浜の向こうへと走り出した。

 

そして、そこに居たのはストライクと同じくらいボロボロになった3機のG兵器と、パイロットスーツ姿で気を失っている3人のザフト兵だった。

 

 

////

 

 

「守備隊、ブルーリーダーより入電。我是ヨリ、離脱スル」

 

「援護に感謝すると伝えてーーはぁ…」

 

北回帰線を超えたアークエンジェルは、地球軍の護衛として出てきてくれた守備隊のおかげで、何とかアラスカの傘の元へ入ることができた。

 

ここまでくれば完全に地球軍の勢力圏内だ。ザフトからの攻撃も心配せずに済む。これで一安心ーーと言えるところだが、マリューの心はどんよりと重いものだった。

 

「しかし助かったぁ。あとちょっと守備隊が遅かったら、やられてたなぁ」

 

そんなマリューの心情を察したのか、操舵を担うノイマンが明るい声でそう声を出した。それに応じるように、オペレーターをするサイもなるべく笑顔で頷く。

 

「でも、随分あっさり退いてくれましたね。ディン」

 

「3機でアラスカの防空圏に突っ込んで、やりあってやろうって気はないだろ?向こうも」

 

三機は無茶だろ!?とブリッジのメンバー全員が笑うと、マリューも少しだけ笑顔になる。ナタルも心配そうな目を向けていたが、そんな彼女にマリューは大丈夫と言わんばかりに頷いた。

 

「追っ手も居なくなったわ。これより半舷休息とします」

 

「第二戦闘配備解除、半舷休息。繰り返す。第二戦闘配備解除、半舷休息」

 

各員は交代で休憩を、と指示を出すマリューの元へハンガーからの通信が入ってきた。

 

「艦長!」

 

モニターを見ると、どこか慌てた様子のマードックが、マリューに助けを求めるようにうろたえている。何事かと思えばーー。

 

「艦長から止めて下さいよ!フラガ少佐、とにかく機体修理しろって…増装付けてボウズ等の捜索に戻るって聞かねぇんすよぉ」

 

すると、マードックを押しのけてパイロットスーツ姿のムウが姿を見せた。

 

「ほら、頼むよ」

 

「少佐…発進は許可致しません。整備班を、もう休ませて下さい」

 

整備する作業員たちは、有事の時に対応できるために、アークエンジェルの火器管制システムや破損した機材の修理に動き回っている。指揮するマードックまで作業に回ってしまったら、全体を見る人間がいなくなり、整備は滞ってしまうだろう。

 

そんなこと、考えればわかるだろうに、ムウは頑なに指示に抗っていた。

 

「オーブからは、まだ何も言ってきてないんだろ?」

 

「ええ、でも…」

 

「船はもうアラスカに入った。大丈夫なんだ。ならいいじゃねぇかよ」

 

「いえ、認めません!」

 

ガンっとマリューの通信機に金属を殴りつけるような音が響いた。さっきまで穏やかに話していたムウが、見たこともない形相を浮かべてモニター越しにマリューを睨みつけている。

 

「アイツらは……俺の部下だ!!部下なんだよ!!」

 

グリマルディ戦線から今まで、ムウは多くの戦友を失ってきた。アークエンジェルと行動を共にしてからは、リークにクラックスの乗組員たち、そしてアイク、キラ……ラリー。

 

多くを失った。あまりにも大きすぎる犠牲だ。

 

仲間であるはずの者たちに後ろから撃たれて。そんな時も自分は何もできずにーー。

 

唇を血が出るほど噛み締めたムウは、怒りの形相を抑えて懇願するような顔をマリューに向ける。

 

「すまない…だが、もし脱出してたら…」

 

「解ります、少佐…私だって出来ることなら、今すぐ助けに飛んでいきたい。でも!それは出来ないんです!」

 

ここで引き返せば、また同じことの繰り返しになる。ザフトに追われながら、不確定要素を助け出すために飛ぶのは無謀すぎる。それに、自分たちの使命は、この船をアラスカに持ち帰ることだ。

 

マリューは個人の感情を必死に押し殺して、軍人として、ハルバートン提督の意思を継ぐ決意を胸に、気丈に振る舞うしかなかった。

 

「今の状況で、少佐を一機で出すようなこともできません。それで、貴方まで戻ってこなかったら、私は…」

 

そう言って暗く陰を落とすマリューに、ムウは何も言えなくなった。隣にいるマードックや、ほかの作業員も同じように顔を落としている。ギリギリに立ってるのは、自分だけではないと思い知らされる。

 

「すまない…意地になっていたよ…全く…」

 

「こちらこそ…すいません。けれど今はオーブと…キラ君達を信じて…留まって下さい…」

 

「…了解した」

 

通信が切れて、マリューはこめかみに手を当てて息をついた。そんな彼女の手に、副官席から立ち上がったナタルが優しく自らの手を重ねた。

 

「ナタル…」

 

弱々しいマリューに、ナタルは頷いてから遠くに見えるアラスカの地を睨みつけた。

 

「あのミサイルは、たしかにアラスカ方面から打ち出されたものでした」

 

そう。あの正体不明のミサイルは、あきらかに地球軍の勢力下から打ち上げられたものだった。避難勧告も退避勧告もなく、まるでアークエンジェルという餌に食いついた獲物を、餌ごと葬り去ろうとするような行為だ。

 

〝艦に乗る部隊は、その艦の剣であり、艦は剣の鞘だ。鞘が剣を折る道理がどこにある?〟

 

かつて宇宙でまだ慣れない戦闘をしていた頃に、ドレイクから叱咤された際の言葉だ。

 

「もし、あのミサイルが地球軍の物だったら…私は…」

 

それが事実なら、彼らがやったことは、己の剣ごと相手を葬る火を放ったということ同義だ。ナタルにはそれが我慢ならなかった。

 

敵に撃たれることは覚悟している。

 

だが、味方から撃たれることが許されるのか?味方から切り捨てられることが許されるのか?

 

答えは否だ。

 

そんなもの、すでに軍としての意義すらも放棄しているのと同じだ。

 

そんなナタルの言葉に頷いて、マリューもアラスカの地を見つめた。

 

「確かめるしかないわね」

 

「えぇ」

 

 

////

 

 

鉄の天井が見える中で、アスランは目を覚ました。体に鈍痛はあるが、動けないことはない。朦朧とする意識をなんとか覚醒させ、アスランはゆっくりと上体を起こす。

 

「気が付いたか?」

 

虚ろな目をするアスランに話しかけたのは、隣に座ってアスランの目覚めを待っていたカガリだった。辺りを見れば、オーブの軍服を着た兵士が銃を携えて警戒しているのが見える。

 

「ここはオーブの飛行艇の中だ。我々は浜に倒れていたお前たちを発見し、収容した。イージスとブリッツ、バスターもな。どれもがひどい損傷を受けていて、まともに動きはしないだろうが」

 

「オーブ?中立のオーブが俺に何の用だ?それとも……今は地球軍か?」

 

自嘲するように笑うアスランに、カガリは普段の粗暴さを見せずに理性的に話しかけた。

 

「そんな皮肉を言う元気があるなら、聞きたいことがある。あの場所で……一体何があったんだ」

 

そう問いかけるも、アスランは何も答えなかった。数刻の間、虚ろな目をするばかりで何も言わないアスランにしびれを切らしたのか、ベッドのマットレスに拳を打ち付けて、再度語気を強くして問いかける。

 

「ストライクのパイロットはどうした!お前の様に脱出したのか?…それとも…」

 

殺したのかーー?そんなことを口から発しようとして、カガリはひどく動揺した。ストライクは見つかった。少し離れたところに、ラリーが乗っていたであろう戦闘機の残骸も見つけた。

 

だが、見つからない。どこを探しても…。

 

「見つからないんだ!ラリーも…キラも…!!おい!!なんとか言えよ!」

 

「わからない…」

 

首根っこを掴まれかけたところで、アスランは弱々しく声を出した。

 

「本当に、わからないんだ。弾道ミサイルが打ち上げられたのを知った時には、空が光って…キラが…俺を投げてくれなかったら…俺も…。凄まじい衝撃だった。おそらく燃料気化爆弾だろう。脱出できたとは思えない…」

 

そう答えたアスランの言葉に、カガリは力なく簡素な椅子に背中を預けた。やっぱりそうなのかーーとカガリの顔にも暗さが宿る。

 

「あのミサイルは…地球軍の勢力圏から打ち出されたんだ」

 

「えっ!?」

 

アスランは驚いたように目を開いた。たしかに不審な点はいくつもあったがーーまさか地球軍が?

 

最新鋭機であるストライクと、アークエンジェルがいるというのにも関わらず?そんなことがあるのか?

 

「オーブ軍が居たのは知っていただろう?ミサイルが来たのはわかっていた。しかしーーあの威力は見たことがない」

 

状況から見ても、生存は絶望的だ。とまで言ったところでカガリの肩が震え出した。

 

「キラは…!危なっかしくて…訳分かんなくて…すぐ泣いて…でも優しくて…強くて…いい奴だったんだ…!」

 

「あぁ…知ってる…やっぱり変わってないんだな…昔からそうだ…あいつは…」

 

カガリは顔を上げる。そう呟くアスランは、どこか遠くをみているようだった。

 

「泣き虫で甘ったれで…優秀なのにいい加減な奴だ…」

 

「キラを知ってるのか?」

 

「知ってるよ…よく…。小さい頃から…ずっと友達で…いや、親友だった」

 

そう答えるアスラン。そこでカガリは察した。あの洞窟で過ごした時に、アスランが語った人物はーーキラだったということを。

 

「俺には解らない…解らないんだ!別れて…次に会った時には敵だったんだ!」

 

そこから、アスランは止めることができなかった。吐き出すように、心の内にあった思いを言葉にしていく。

 

「一緒に来いと何度も言った!あいつはコーディネイターだ!俺達の仲間なんだ!地球軍に居ることの方がおかしいと!!」

 

なにより戦いたくなかった。あんなに仲が良かった相手と。あんなに一緒だった相手とーーなんで?どうして?そんな疑問で頭がいっぱいだった。

 

「なのにあいつは…大切なものを守ると言って聞かなくて…俺達と戦って…仲間を傷つけて…そして…俺を…」

 

〝僕は……僕は今でも、彼を大切に思ってる。いつも心から。だからーー〟

 

結局キラは何も変わっていなかった。あの言葉は本当だった。一人で逃げられたはずなのに、その場に留まって、動けなかったイージスをわざわざ遠くへ投げてーー。

 

キラは、最後まで自分をーーなのに。

 

「敵なんだ!今のあいつはもう…そう思って戦っていたのに…そう言い聞かせて戦っていたのに…!!なのに!俺には何もできなかった!」

 

それしか残ってないと自分に言い訳をして、キラと戦うことを肯定して、そしてーー俺はキラを見捨てた。アスランは拳を自分の膝に叩きつける。痛みで顔を歪めるが、その目からは涙が溢れていた。

 

「こんなのってあるのかよ!アイツは最後まで、俺を俺として見てくれていたのに!俺にはそれしかできなくて…キラを…くそっ!!」

 

母の無念を。

父の悲しみを。

そして自分の怒りを。

 

そんな独りよがりな思いで戦っていた俺に対して、大切な人を守るために戦っていたキラーーなのになんで殺されなきゃならない。それも同じ地球軍に!

 

「これが!!こんなことが!!俺が望んでいたことなのか!!こんなーーこんな結果で…俺はっ…っ!!」

 

気がつくと、カガリがアスランの頭を胸に抱えてくれていた。周りのオーブ兵が驚いた顔をしたが、そんなことを気にしないで、カガリは優しくアスランの頭を撫でながら抱きしめる。

 

その優しさに当てられて、アスランは決壊したダムのように心にあった苦しみを吐き出し、涙をただ流した。

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。