「そうか、そんなことがあったのか……」
デュエイン・ハルバートン提督は、クライン邸の広大な庭で紅茶のカップを傾けながら、地球、オーブ経由で戻ってきたバルトフェルドの一連の話を黙って聞いていた。
アフリカの実情、紅海での戦い、そしてオーブ近海。
傷だらけのキラの様子を見てただ事ではないと予想はしていたが、ハルバートンは激変していた地球の情勢を憂うように髭をなぞった。
「長距離弾道ミサイル、モルガン。ザフトのSWBMの原理を利用した、対地上用燃料気化爆裂弾とも言えますね」
かの戦闘が起こった時、バルトフェルドは懇意にしているコーディネーターを介して、プラントに戻る段取りをつけている最中だった。計測されたという膨大な熱量の波形は、モラシムが使っていたSWBMと酷似していることから、あの爆弾の威力は容易に想像できる。
そして、それが地上に使われた時に生じる災害も。
「ブルーコスモスとの癒着が懸念されてはいたが…そこまで堕ちていたか…サザーランドめ。このまま進めば、どちらかの種が滅ぶことになりかねん」
そう苛立ったように顔をしかめるハルバートンに、バルトフェルドはあえての言葉を投げかけた。
「提督はそれをお望みでは?」
戦争を終わらせる。1軍人として彼がそう宣言するなら、それを成すために必要なことは、敵の完全なる撃滅というのも一つだ。アラスカの地球軍が強行している道も、それだと言える。
彼もまた、そう言った戦争の終わらせ方を考えているのか…それ見定めようとするバルトフェルドに、ハルバートンは困ったように目を細めた。
「このくだらん戦争の終結は急務だが、どちらかを滅ぼしてなど、戦争終結以前の問題だ」
ナチュラルとコーディネーター。
いがみ合い、差別しあい、憎みあっているとはいえ、二つの種はすでにこの世界に存在しているのだ。それは変わることのない事実。そして、コーディネーターを求めて生み出したのは、自分たちナチュラルだということも忘れてはならない。
「どちらかが滅べば世界のバランスは大きく崩れる。その先は?誰が担う?そんなことを想像もできぬ馬鹿どものせいで、どれだけ大勢の若者が死んでいったと思う」
種と種の争いが進化に繋がってきたと言う者もいるが、それで犠牲になるのは、そんな言葉に踊らされて、命をチップに盤上に並べられた若者達だ。
遺伝子操作にまで足を踏み入れたというのに、人の争いの形は、石器時代から何一つ変わっていない。
そのおぞましさ、誰もが見て見ぬ振りをしているのが、ハルバートンには我慢ならなかった。
「すまないな」
語気を強めていたハルバートンは、バルトフェルドに謝ってから、部屋の中で療養するキラの身を案じた。
「彼らには、苦労をかけた」
「いえ、よくやってくれましたよ。彼らは」
アフリカでは自分を打ち倒し、紅海ではモラシムを倒し、ザフトの追跡を振り切ってオーブにたどり着き、そしてーーその先で彼らは大きな傷を負った。
今は休む時だ。次に来る大きな波に備えて。
小さな波は、大人達である自分たちが踏ん張って受け止めるまでだ。
「では、私はこれにて失礼するとしよう」
ハルバートンはそういうと立ち上がり、帽子を深々と被り、コートを羽織る。遠くにはクライン議員が信頼する警護兵の何人かが、ハルバートンを迎えにきていた。
何も彼は、キラの様子を見るために第八艦隊を抜けて、わざわざ身を隠しながらプラントに来たわけではない。ここに来たのはついでの側面が強かった。
「クライン議員とはいい会談でしたね、ハルバートン提督」
バルトフェルドがそういうと、ハルバートンは困ったように笑って頷いた。
「よしてくれ、今ここにいるのはステキなお髭のおじ様だよ」
そう言って自慢のヒゲを撫でるハルバートン。クライン議員との秘密会談で会ったラクスから言われた事が、よほど気に入ったのだろう。
「さては気に入りましたな?」
「ふふ、ではな。砂漠の虎よ」
ハルバートンはバルトフェルドに背を向けると、迎えの車に乗って港へと出て行く。彼の仕事はここから始まっていくのだから。
さて、とバルトフェルドは明かりが灯るクライン邸を眺めた。プラントの空は暗く陰っている。
もうすぐ、雨が降る時間だった。
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「どうしようもなかった…僕は…」
キラはラクスと別れてから、自分の辿ってきた旅路をぽつりぽつりと話していた。
アスランとの戦い。
低軌道でリークを失ってしまったこと。
アフリカでのレジスタンスとの出会い。
バルトフェルドとの戦い。
紅海での戦い。
ーーそしてオーブ。
大切なものを守るために…戦って、戦って、戦い続けてきた。
今になって思う。
この戦いで自分は確かに強くなった。心のあり方も、なにもかも。だが、キラの本質的なところは変わっていない。
できるなら戦いたくない。争いなんてしたくない。けれどーー。
「空が光ってーー無我夢中で……アスランを遠くに退かせてから記憶は曖昧で……」
そして気がついたらここにいた。まるで、ヘリオポリスから今までのことが嘘のように思えるほど、夢だったのではないかと思えるほど、ここは静かで、戦争とはかけ離れすぎていた。
「それは仕方のないことではありませんか?戦争であれば」
真剣な眼差しと、優しい声でいうラクスの顔をキラは見上げる。その目は、クラックスで見た時と同じ目だった。
「キラは、敵と戦われたのでしょう?違いますか?」
「敵…」
ラクスが言った敵。
敵ーー。
〝引き金を引いておいて、自分は関わりないですという君よりも、俺たちの方が戦えるだけだ〟
〝アイツは、引き金を引いた重みをわかってる男だ。ラリーがそう言ったんだよ。お前のことを見てな〟
〝死んでたまるか、って妹たちの顔を思い浮かべながら、必死になって戦ってきた。だから、僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ〟
〝あまり気負うなよ、少年。君一人でメビウスライダー隊じゃないのだからな〟
〝君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!〟
キラの中に、ラリー達が話してくれた過去が蘇ってくる。大切な人を守るために、それを傷つける相手から守るために、戦っているんじゃなかったのか。
じゃあ、背後から撃ってきた味方は?
地球軍はーー?
敵って……なんだ……?
キラの中に生まれた疑問は、尽きることなく、彼の頭に留まり続けていく。
ここは遠い前線の果て。
戦いは、まだ終わりを迎えてはいない。
キャラデザイン
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他キャラも見たい
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キャラは脳内イメージするので不要