ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第122話 守る力

 

 

アークエンジェルの医務室で目覚めたラリーは、ぼんやりと天井を見上げていた。

 

この体験は何度目だろうか。

 

室内の内装から見て、ここがアークエンジェルの艦内である事は分かっているが、すぐそこの扉から私服姿のクルーゼが入ってきたら、卒倒する自信がある。

 

そこで、ラリーは自分の後頭部が程よく硬い医療用ベットではなく、高めの体温と肉の感触に触れていることに気がついた。

 

「起きた?」

 

上下逆さになったハリーの顔がそこにあった。

自分が今、彼女に膝枕をされているのだと数秒遅れて悟る。

 

自分に正拳突きを叩き込んでおいてよく言えるよと、ラリーは半ば呆れたような目つきをしながらも、包まれる柔らかな感触から離れようとはしなかった。

 

「心配した」

 

「ごめん」

 

僅かな言葉ではあったが、その言葉には幾重にも重ねられたハリーの思いがあった。

 

オーブ近海での出来事、プラントでの出来事、そしてホワイトグリントを授かった事。

 

言葉にすれば言いたいこと、伝えたいことは山のようにあるというのに、今の二人はそれ以上の言葉を交わそうとはしなかった。

 

「……そのー、ところでハリーさん?」

 

「なに?」

 

「ちょっと顔が近過ぎると思うんですが」

 

ラリーは徐々に降りてくる逆さまのハリーの顔を見ながら呟く。もう鼻と鼻がつきそうな距離で、ハリーは穏やかな表情を一転させ、悪戯っぽく微笑む。

 

「私気がついたの。ラリーが私にとってどれだけ大事な存在なのか」

 

「お、おい……ハリー?ハリーさん?」

 

痛んでいた頬の痺れも忘れて、鼻腔をくすぐる女性特有の匂いに平静をなくす。ハリーの顔が間際まで迫ってくるーー。おいおい、こんなムードもへったくれもない状況でーー!!そう思ったラリーは思わずぎゅっと目を閉じてしまった。

 

「ラリーしか、私の作った機体を自在に操れる人は居ないって!」

 

「いやこういうことはもうすこし段階を踏んでーーーええ?」

 

そう言うや、ハリーは顔を上げてこぶしを握り締めながら、天井に視線を移して声高らかに告げる。

 

「そう!メビウス・インターセプター然り!スーパースピアヘッド然り!私の理想を叶えるためには、ラリー!!あなたと言う最高のパイロットが必要なのよ!!」

 

ズビシッと言わんばかりに指をさしてくるハリーの言動に、ラリーは何とも言えない顔になりながら、黙って彼女の膝から顔を上げた。

 

「はいはい、そうですね。別に特に?何にも思ってませんよ、俺は」

 

「何をブツブツ言ってるのよ」

 

「な ん で も な い ! !」

 

ホワイトグリントの資料を持ってくるから、さっさとハンガーに来いよ!と言って、ラリーは耳まで赤くして医務室を出て行ってしまった。

 

入り口で水を持ってきたフレイとすれ違うが、彼は足を止めずにさっさと出て行ってしまう。

 

「ハリーさん、またラリーさんがなにかをーー!?」

 

そう言ってフレイが入室すると、医務室のベッドに腰掛けるハリーを見て思わずギョッとする。彼女もまたラリーと同じくーーーいや、それ以上に赤くなって、両手で顔を覆って縮こまっていたのだ。

 

「うう、これならいっそヘタれずに本当にしちゃえば良かった」

 

顔を覆いながら無念そうに呟くハリーの声は、フレイには聞こえなかった。

 

 

////

 

 

キラはアークエンジェルが鎮座するドッグの端で一人、フリーダムのデータと格闘していた。

 

いくらアラスカで戦闘が出来たとはいえ、まだパラメータ設定の細かいところの微調整は必要であったし、なにより、キラ自身がフリーダムの特性を完全に把握できていない。

 

行き交う人々の靴音と、キラが操るキーボードのタップ音だけが響く中。

 

「キラ、少し良いか?」

 

顔を上げると、そこにはメビウスライダー隊の隊長であるムウが立っていた。

 

キラがどうぞと横を開けると、ムウは座ってキラに買ってきたばかりの缶コーヒーを差し出した。

 

「お前ら二人が戻ってきてくれて、俺は嬉しかったよ。何もしてやれなかったこんな隊長だけどな」

 

コーヒーを煽りながら、ムウはそんなことを弱々しく呟く。マリューやアークエンジェルのクルーの前では毅然とした態度を崩さない隊長も、きっとモルガンの直撃の後、アラスカで色々なものを見たのだろう。

 

その横顔には、見るからに疲労の影が浮き出ていた。

 

「キラ、お前は一人でも戦う気か?」

 

そんなムウの言葉に、キラのキーボードを叩く手が止まった。その言葉の意味を、きっとキラは推し量っているのだろう。

 

アラスカでの戦闘、パナマでの戦闘。この局面に来て、地球とプラントとの戦いの在り方は大きく変わろうとしている。そんな中で、地球軍から離脱した自分たちが出来ることは何かを、考えているのかもしれない。

 

キラは端末を閉じて、ムウと向き合って答えた。

 

「出来ることと、望むことをするだけです。それにラリーさんも、戦ってくれます」

 

「アイツも、か」

 

まるでわかっていたような口調でムウは小さく笑った。ラリーもきっとわかっている。フリーダムとホワイトグリントを受け取った時から、そんな簡単な答えではないと言うことを。

 

「僕らも、このままじゃ嫌だし、僕自身、それで済むと思っていませんから」

 

大きな変化の波が来る。この戦争を続けていく先に待つものを、キラは薄っすらとだが捉え始めていた。

 

自分は、それを何とかして止めなければならない。止めなかったら、大変なことになるーー人類を二分する戦いじゃ済まない、もっと大きな闇が溢れ出すことになるーー。

 

「キラ!」

 

話していたキラとムウの元にやってきたのはカガリだった。いつものラフなシャツとカーゴパンツ姿の彼女は、親指で後ろをさしながらキラに伝える。

 

「エリカ・シモンズが来て欲しいってさ。なんか見せたいものがあるって」

 

 

////

 

 

「戻られたのなら、お返しした方がいいと思って」

 

エリカとカガリに連れられてやってきたのは、アストレイのOS調整をしていた第六工廠だ。大きな格納庫に入ったキラたちは、そびえるモビルスーツをみて思わず目を剥いた。

 

「ストライク…!それに、ブリッツとバスターも!!」

 

まるで新品同様となったストライク。その隣には回収され、修繕されたバスターとブリッツの姿もあった。

 

「イージスも回収はしたのだけど、あれはフレームも特殊で、何より破損状態が酷かったから、余剰品として保管してるわ」

 

そう答えるエリカは、こっちよと案内して、ストライクの内部パラメータのデータをキラたちに見せる。

 

「モルガン直撃後に回収したのよ。一応、貴方のOSを載せてあるけど、その、今度は別のパイロットが乗るのかなぁと思ったもんだから」

 

そう困ったように言うエリカに、キラは思わず苦笑いを浮かべた。それもそうだ。自分はつい先日まで戦死扱いだったのだから。

 

「では、例のナチュラル用の?」

 

キラの問いかけにエリカは頷く。あれからオーブなりにも手を加えて、その完成度はかなり上がっている。ストライクを動かすにしても、申し分ないレスポンスを発揮できるだろう。

 

「私が乗る!」

 

全員が考え込む中で、真っ先に声を出したのはカガリだった。

 

「あ、もちろんそっちがいいんならの話だけど」

 

そうおずおずと言った感じで言うカガリに、キラは付いてきていたメビウスライダー隊のみんなや、アークエンジェルの下士官たちに目をやる。

 

「トールは乗らないの?」

 

「俺はパス。戦闘機乗りになって間もないんだから、今はーー俺はこのままがいい」

 

そう感慨深く言うトールに、キラはそっかと頷く。きっとトールは、ボルドマン大尉の思いを考えているのだろう。彼が戦闘機乗りであり続けたなら、その背中を追おうと決めているように見える。

 

では、アークエンジェルでも持て余すからーー。とマリューが声を出そうとした時。

 

「いいや、駄目だ」

 

ムウがぴしゃりとカガリの提案を却下する。パイロットになることに浮き足立とうとしていたカガリは、出鼻が挫かれたのか、不満そうにムウを睨みつけた。

 

「なんで!」

 

「ーーー俺が乗る」

 

その言葉に、その場にいる全員が声を無くした。

 

「えー!?」

 

「ちょ、ちょっと…少佐!」

 

「じゃないんじゃない?もう…。マリューさん?」

 

驚きを隠せないマリューにウインクをしながらムウは答える。それに、とムウはストライクを見上げながら思うのだ。

 

この機体をモノにできたのならばーー、自分はきっと、今度こそ、守りたいものを守れる。

 

そんな気がしたのだ。

 

 

////

 

 

「いきなり僕と模擬戦は、いくらなんでも早すぎると思いますけど…」

 

「うるせー!生意気言うんじゃないよ!いくぞ!」

 

その後、ソードストライカーを装備したストライクに乗るムウが、調整を兼ねたフリーダムとの模擬戦を、数十時間に渡って繰り広げることになるのだったーー。

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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