ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第11話 護衛艦クラックス

 

ザフトのクルーゼ隊に所属する黒服で、同隊の母艦・ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、G兵器奪取に伴った自分たちの損失を見て、頭を抱えた。

 

最重要任務である地球軍が開発したG兵器の奪取。5機の内の4機を手中におさめたとは言え、引き換えにした損失があまりにも痛すぎた。

 

ジン4機喪失、さらに1機はスクラップに近い。クルーゼ隊の指揮官機であるシグーも、腕部と背部スラスターに損害を受けているため、修理するには一度帰還するしかない。損傷した武装も入れれば、クルーゼ隊のモビルスーツ戦力はゼロに等しくなる。

 

それに加えて、アデスの頭を悩ませるのは目の前に浮かぶ巨大なコロニー、ヘリオポリスだ。

 

「このような事態になろうとは…。いかがされます?中立国のコロニーを攻撃したとなれば、評議会も…」

 

黙っては居ない。戦時とは言え、反戦争派もいるわけだから、中立を謳うコロニーにモビルスーツで攻撃をしたなんて知られたら、どうなるか分かったものではない。

 

しかし、焦燥するアデスと違ってクルーゼはやけに冷静であり、余裕を感じさせた。

 

「地球軍の新型兵器を製造していたコロニーの、どこが中立だ」

 

「しかし…」

 

「住民のほとんどは脱出している。さして問題はないさ。血のバレンタインの悲劇に比べれば」

 

それを引き合いに出されたら、アデスは何も言えなくなる。地球軍が決行した核によるプラントへの攻撃。多大な死者や損失を出した「血のバレンタイン」は、未だにプラントの多くの人の心に残っていて、それは憎しみの源泉ともなっているからだ。

 

「敵の新造戦艦の位置は掴めるかね?」

 

「掴めてはいますが、こちらとの距離はかなり開いてます」

 

クルーゼの言葉に、オペレーターは困ったような声で答える。そのやり取りを見て、アデスは驚いたように無重力のブリッジを漂ってクルーゼの元へ詰め寄った。

 

「まだ追うつもりですか?しかしこちらには既にモビルスーツは…」

 

「あるじゃないか」

 

淡々というクルーゼに、アデスはまさかと思って息を呑む。

 

「地球軍から奪ったモビルスーツ、それが4機も」

 

なんてことを言うのだ、このお方は。アデスはクルーゼの冷酷さを目の当たりにしたような気がした。あの4機を手に入れるまでに、一体どれほどの血が流れたというのか。にも関わらず、クルーゼという男は、奪ったばかりの武器で敵を討つという。

 

正気とは思えないが、今は戦時だと割り切れてしまう自分も、すでに正気ではないのだろう。

 

「データを取ればもうかまわんさ。使わせてもらう。宙域図を出してくれ。ガモフにも打電だ」

 

 

////

 

 

 

「第七艦隊所属、ドレイク級宇宙護衛艦クラックスの艦長、ドレイク・バーフォードです」

 

メビウスライダー隊の母艦である宇宙護衛艦クラックスは、補給の受け入れ準備を整えた状態でアークエンジェルと合流することができた。

 

「第八艦隊所属、アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスです」

 

補給物資の受け渡しに賑わうハンガーを見下ろしながら、アークエンジェルのブリッジで、クラックスの艦長であるドレイクは、マリューと敬礼を交わし合う。

 

第7艦隊(ナンバード・フリート)とは言え、ハルバートン提督が指揮するような有力な戦力は無く、ムウ率いるメビウスライダー隊を除いて、その戦力おおよそがザフトによって叩かれているーー言わば、死に体の艦隊だ。

 

ドレイク・バーフォードという男は、そんな死に体の艦隊の中で唯一の戦力であるメビウスライダー隊を取り仕切る艦長。彼の危機察知力は凄まじく、ヘリオポリスでの戦闘で損傷を受けなかったのも、ムウたちが即座に迎撃に出たのと、彼らを信用し後衛に徹したことが大きく影響している。

 

「君たちの話は、メビウスライダー隊から聞いている。大変な思いをされたようだ」

 

「いえ、我々は幸運なだけでした」

 

「謙遜は良くない。君たちはこうしてアークエンジェルを守り通した。それが純然たる結果だ。君たちの無事を、同じ軍の人間として嬉しく思う」

 

ドレイクはそう言って微笑んだ。「運も実力のうち」というのが、彼がよく口にする言葉だった。運良く生き延びたことも多くある。しかしそれが幸運だと言うならば、長くは続かずに撃沈されていただろう。彼の戦歴はそんな危ない橋と共にあったのだ。

 

「ありがとうございます…」

 

それでも謙遜するマリューに、ドレイクは笑みを送る。一番大変な思いをしているのは君だと言うに、とでも言いたげな瞳で。

 

「さて」

 

そう言ってドレイクは、自艦から搬出されていく物資のリストをマリューへ見せた。

 

「燃料や食料の物資はそちらにも供給はできるが、やはり本格的な補給を受けなければジリ貧になる」

 

ドレイクの艦、クラックスは何もザフトから隠れ続けていた訳じゃない。アークエンジェルやメビウスライダー隊が苛烈な撃退戦や、迎撃戦を行なっている最中、彼らはヘリオポリス内部にある水や食料の搬入、そして比較的に戦闘の被害がないエリアに居たコロニーに住む住人の避難誘導や、コロニー公社への救援隊の派遣要請を行なっていた。

 

「はい、我々もG兵器やこの艦の弾薬補給も受けなければなりません」

 

それ故に食料に関しては、アークエンジェルで働く下士官に、メビウスライダー隊が保護した避難民たちの分は賄うことができる。

 

「問題は水だな」

 

飲料水だけではなく、生活用水や冷却用にも用いられるそれだけは、どうあっても満足な量は無い。

 

アルテミスで補給が受けられるなら潤沢に用意できるが、仮にアルテミスの高官どもが首を縦に振らない場合は、地球軍の虎の子の艦であるアークエンジェルは、水不足のまま地球への長い旅に出ることになるだろう。

 

「デコイ用意。発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為、メインエンジンの噴射を行う。後は艦が発見されるのを防ぐため、慣性航行に移行。第二戦闘配備。艦の制御は最短時間内に留めよ!」

 

二人の後ろ側では、ナタルがブリッジの下士官たちに指示を飛ばしている。そこには自分の艦の部隊長でもあるムウも同席していた。

 

「アルテミスまでのサイレントランニング、およそ2時間ってとこか。…後は運ってところですね、ドレイク艦長」

 

「まぁ見つかった場合は、宇宙護衛艦として、貴艦の護衛を全うするとしよう」

 

ドレイクの何気ない一言に、マリューは首を傾げた。

 

「どういうことですか?バーフォード艦長」

 

ああ、そうでしたな。とドレイクは改めてマリューへ敬礼を行う。

 

「我々の次の任務が決まりましてな。第八艦隊からの直々の要請で、貴艦の護衛の任を仰せつかった。メビウスライダー隊共々、よろしく頼む」

 

 

////

 

 

先に搬入を終えたラリーのメビウスを追って、リークは自機をハンガーに収容する作業に従事していた。ハンガーとは言っても、ドレイク級である母艦でのモビルアーマーの運用は、艦体外部にドッキングする形になり、運用可能数は4機と限られている。

 

機体の修繕や武器弾薬の補給も、船外作業になるため、周りにいるスタッフも全員ノーマルスーツを着用している。

 

ドッキングを終えたリークは、居住性の悪いメビウスのコクピットから宇宙空間へと出る。アークエンジェルのハンガーとは違い、宙へむき出しの中に出るので、命綱であるマグネットワイヤーを船体に固定して、クラックスへ降り立った。

 

「いやぁ、まさに間一髪てところで。俺がサブブースターを射出しなかったら新型のG兵器も、アークエンジェルも危なかったというかー、なんというかーあっはっは」

 

クラックスのデッキ。そこには先にドッキングしていたラリーが、機体の前でしどろもどろになっていた。彼の前に立っている女性は腕を組んで、歯切れ悪く説明するラリーの言葉をじっと聞いているようだった。

 

リークから見てもわかる。ノーマルスーツ越しに伝わってくるピリピリとした感じ。そう、ラリーの相手は間違いなく怒っていた。

 

「言い訳はそれで全てですか?」

 

「正直すまんかったと思ってる」

 

ラリーの言葉で堪えていた怒りが沸点を超えたようで、彼女はボロボロになったメビウス・インターセプターの上でわかりやすく地団駄を踏んだ。

 

「思ってるなら、な ん で サブブースターをミサイルよろしくと打ち出したんですか?!バカなんですか?!死ぬんですか?!」

 

「死ぬ気だったらここには居ないというか」

 

「ならもっとマシな言い訳をしなさい!!」

 

いつもは飄々としているラリーが縮こまっていた。初めて見たときは驚いたが、彼と共に数回飛べば、その光景にもすっかり慣れていた。

 

プリプリと怒る彼女は、ハリー・グリンフィールド。通称、オペ子。そう呼んでいるのはラリーだけだが。

 

グリマンディ戦線の後に、ムウと共に口封じと監視の名目で、第7艦隊への転属を言い渡されたラリー。そんな彼の監視役として、彼女はオペレーター兼技術士官の肩書で同部隊へ配属された。

 

もともと、彼女も地球軍内で「モビルアーマーでの格闘戦術案」、「メビウスの強化プラン案」、果ては「局地戦対応型のマルチタイプメビウスの開発案」などを提言するという異端児。メビウス・インターセプターの開発を主導したのも彼女だ。

 

ラリーの監視という名目で、彼女も第7艦隊へ左遷させられた。今思えば、この第7艦隊はそういった爪弾き者が多いような気がした。リーク自身を含めて。

 

「私が丹精込めて調整したサブブースターを跡形も残さずとは…一体調整に何時間かけたと思ってるんですか!?」

 

「あーもう、悪かった悪かったってぇー!オペ子ぉ!頼むから機嫌なおしてもっかいサブブースター付けてくれよ頼むからさぁ」

 

「オペ子って呼ぶな!それに、いっそのことご自分で付けたらどうですかね!全く!」

 

そんな二人のやり取りを見て、ふとリークは思った。いつもなら、僚機のパイロットだったゲイルが、そんな二人を茶化していたな、と。

 

怒涛の戦いが一段落して、リークは改めて自分の心に空いた穴を自覚するのだった。

 

 


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