ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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thinker=思想家





第132話 thinker

 

 

タラワ級、モビルスーツ搭載型強襲揚陸艦、パウエル。その船のブリッジで、アズラエルはオーブと地球軍の戦闘をみつめていた。

 

「メビウス隊、帰還しました」

 

パウエルのクルーのほとんどは、宇宙護衛艦「クラックス」の元乗員であり、AWACSを担当するニックからの報告を受けて、アズラエルはふむと顎先で指を遊ばせた。

 

「どうします?アズラエル理事」

 

「あー止め止め、ちょっと休憩ってことですよ、艦長さん。一時撤退です。全軍撤退。休戦協定の中では、24時間という制限があります。そこからオーブに打診し、再度攻め込む形になるでしょうね」

 

そう言うアズラエルの言葉通り、パウエルの艦長を任されている人物、ドレイク・バーフォードは、開戦前にオーブと締結した軍事協定の資料に目を落とす。

 

「オーブからはすでに会談の打診が届いてますが?」

 

オペレーターからの報告に、アズラエルは今回の戦闘で算出された損害率を見ながら、肩をすくめる。

 

「これだけの戦力を浪費して、それで手打ちにして、手ぶらで帰って上が納得します?」

 

そう言うアズラエルに、答える者は誰もいなかった。そもそもアズラエルが思うビジネス的な感覚で言えば、ここでオーブと不可侵の契約を結んだところで、この戦闘で失ったものを補填できるとは思えない。

 

ここで折れてオーブと話をしても、ビジネス的に見ても、戦争という軍事面で見ても、こちらが敗北となるだろう。

 

「それに、どうせストライクダガーだけじゃどうにもなりません。オーブの底力、思っていた以上のものだ」

 

出てきたオーブの虎の子である量産型モビルスーツ、アストレイ。それにアズラエルが満を持して出した手札であるリークたちを抑えた謎の機体と戦闘機ーー。アラスカから持ち込まれたデータが正しいなら、彼らは紛れもなく強者だろう。

 

むしろ、彼らを相手にしてほぼ無傷で帰ってきた、リークたちメビウス隊を賞賛するべきとも言える。

 

「信号弾撃て!一時撤退!」

 

ドレイクの言葉で、すぐさま撤退信号が打ち上げられた。そんな中、ブリッジの座席から立ち上がったアズラエルは、不敵な笑みを浮かべて指揮をドレイクに任せる。

 

「それに確認しておきたい事もありますしねぇ」

 

それだけ言って、彼は自身の執務室へと戻っていくのだった。

 

 

////

 

 

「急げ!こっちだ!また攻撃してくるぞ!軽傷者は向こうのテントだ!」

 

「整備班は動けるアストレイの点検だ!工具持ってこい!」

 

「パイロットは各自休息を!水でもなんでもあるぞ!」

 

オーブ軍は非戦闘員の保護を名目になんとか劣勢から脱することができていた。だが、受けた被害は大きい。虎の子であるアストレイ隊も少ないとは言えない損傷を受け、防衛網を構築する陸戦部隊も多大な被害を受けている。

 

ザフトと地球軍の兵士が互いに労わりながら休息を取っている中、カガリはキサカを連れて現状を把握するために現場へ出張ってきていた。

 

「みんな!良くやってくれた!撤退理由はよく解らないが……」

 

そこで、疲れ切った兵士たちの中を急ぎ足で歩んでいたカガリの足が止まる。その視線の先には、着陸したメビウスライダー隊と、一機の紅いモビルスーツが向かい合っていた。

 

トールとラリー、そしてキラが見つめる中、紅いモビルスーツからザフトのノーマルスーツを着たパイロットが降りてくる。

 

地に足をつけた彼は、ヘルメットを脱いでキラと向かい合った。

 

「あの時のザフト兵…」

 

キサカも気づいたようで、カガリもまた驚いたように顔を強張らせていた。

 

(アスラン!)

 

するとアスランはゆっくりと歩き出していく。キラも向かい合うアスランと同じように彼に歩み寄っていく。

 

「援護は感謝する。だが、その真意を、改めて確認したい」

 

向かい合って、あと数歩で触れられる距離で立ち止まった二人。立ち尽くすアスランに、キラは硬い声で問いかけた。

 

「俺は…その機体、フリーダム奪還、或いは破壊という命令を本国から受けている。だが今、俺はお前と、その友軍に敵対する意志はない」

 

「アスラン…」

 

「話が…したい…お前と」

 

そう言って、アスランは困ったように笑った。まるで、月でアスランと別れた時のようにーートリィを渡しながら、困ったように笑うアスランの顔と重なってーー。

 

「お前らぁぁあ!!」

 

そんなことをキラが思っていたら、横から飛び込んできたカガリが、キラとアスランの首へ腕を回して抱きかかえた。

 

「カガリ!?」

 

「この、ばっかやろう!!!」

 

そう言って泣いてるのか、笑っているのかわからないカガリの様子を見て、キラもアスランも、小さく笑うのだった。

 

 

////

 

 

アスランが合流したあと、キラたちはモビルスーツの補給のためにアークエンジェルのハンガーまで戻ってきていた。

 

「しかし…それは…」

 

キラがアスランに、今オーブがどんな状態なのか、地球軍とザフトの状況、そしてこの戦闘の理由と意味を説明し終えたあと、アスランは戸惑った様子でキラに声をかけた。

 

そんなアスランの心配そうな眼差しに、キラは微笑みを返す。

 

「うん。大変だってことは解ってる。ありがとう。アスラン」

 

「…すまない」

 

「でも、僕もそう思うから。カガリのお父さんの、言う通りだと思う」

 

選んだ道の過酷さは、すでに身に染みてわかっている。共に来てくれたラリーやトール、アークエンジェルの仲間、そしてアラスカとパナマで、自分と同じように正しいことを手探りで探そうとしてくれる人たちがいる。

 

それだけでも、キラにとっては強い励みになっていた。

 

「オーブが地球軍の側に付けば、大西洋連邦は、その力も利用してプラントを攻めるよ。ザフトの側に付いても同じことだ。ただ、敵が変わるだけで」

 

「だが、他にもやりようはあるはずだ…こんなことをすれば…」

 

「わかってる。だけど、それじゃあダメなんだ。ここで折れたら、きっと止まらなくなる」

 

そう言って、キラは自分自身の手のひらの中にあるものを見つめた。ここで確かに、オーブがどちらかに属せば、生きながらえることはできるだろう。地球軍側が提示してきた条件を飲めば、形はどうであれ、オーブの心を次につなぐことはできる。

 

けれど次は?ザフトが攻めてきたら?地球軍とザフトがオーブで戦うことになるのか?そのときの市民たちは?

 

きっと、今よりも苛烈な戦いに無関係な人々が巻き込まれることになるだろう。今はオノゴロ島という定められた場所でしか地球軍は戦闘を行っていない。しかし、ザフトが介入した瞬間、その軍事協定がうやむやになる可能性だってある。

 

すでに、地球軍内部でも分裂が起こり始めているのかもしれない。キラは、トールとラリーが戦った正体不明の二機の敵を思い返しながら、そんな不気味さに心を曇らせる。

 

「キラ…」

 

「僕は、多くの人を殺した」

 

この手で、多くの人を殺めた。兵士だからと割り切って、大切なものを守るためと言って、振り返ればそこには無数の屍がある。

 

「…僕は、僕が殺した人を知らないし、殺したかったわけでもなかったんだ。ただ、大切なものを守るために必死だった」

 

ただ、必死で戦っていた。ザフトとも、アスランとも、自分自身とも。

 

「大切な人に傷付いて欲しくなかっただけなんだ。大切だと思えたものが笑ってくれていたら、それでよかったはずなんだ」

 

なのに、どうして僕たちは、こんな場所まで来てしまったのだろうか。憎しみと悲しみを引き連れて。

 

「俺は…お前を殺そうとした…見殺しにも…」

 

「僕もさ…アスラン」

 

懺悔するようにいうアスランに、キラも悲しげな笑みを浮かべて同じように辛い声を重ねる。

 

「君に銃口を向けた時を思うと、今でも手が震える」

 

悲しくて…つらくて…そんな今から逃げたくて…けど憎しみは捨てられなくて、大切なものも捨てられなくて。

 

始まりは、本当に小さな願いだったのに。

 

「アスラン。僕らが戦わないで済む世界なら、それでいい。そんな世界に、ずっと居られたんなら……」

 

それはどれだけ、幸せなことだろう。あの月で過ごした日々の中に戻れたならと、何度も思った。けれど、それだけじゃ何も変えられない。

 

「戦争はどんどん広がっていく。武器も、人も、憎しみに囚われて」

 

 

〝勝つ為に必要となったのだ!あのエネルギーが!〟

 

ふいに、アスランの中で父の叫びがこだました。きっと、父も囚われているのだ。母を失った悲しみに。母を殺したナチュラルへの憎悪に。

 

「このままじゃぁ本当に、プラントと地球は、お互いに滅ぼし合うしかなくなる。止めなくちゃ。今ならまだ、止められる」

 

キラは、そうはっきり言う。今ならまだ引き返せると。この破滅と憎悪に向かって歩む足を止められると。

 

「キラ…」

 

「僕は戦うよ。僕が選んだんだ」

 

まるで決意するようにキラは言葉を紡ぐ。

 

「甘い戯言だって分かってる。そんなに世界は単純で優しくないってことも。そんな理想だけで何ができるんだって」

 

そんなことを言っている間にも多くの人が死んで。無関係な人が巻き込まれて。憎しみが憎しみを呼んで、折り重なって、動けなくなってーー声も出せなくなっていく。

 

「だからって、それでしょうがないんだって諦めたら、本当に僕たちは、取り返しのつかない場所まで行ってしまうから」

 

だからーーーそう言ってキラはフリーダムを見上げる。その横顔には、迷いはない。アスランが初めて見るその横顔に、不思議なくらいに魅せられて。

 

「止めたいんだ。こんな戦いを。つらくて、悲しいこの気持ちを、戦争をするために割り切ってーー僕は、明日を無くしたくないんだ」

 

例え守るためでも、もう銃を撃ってしまった僕だから。そんな自分が何をなせるのかーーー生きてきた今までの中で、多くの人に託された使命を果たすために。

 

「キラ」

 

「もう作業に戻らなきゃ。攻撃…いつ再開されるか分かんないから」

 

そう言ってキラはアスランの元を離れてフリーダムの方へと歩いていく。

 

〝敵だというのなら、私を討ちますか?ザフトのアスラン・ザラ!〟

 

〝貴方は、貴方の心に従いなさい〟

 

ぐっとアスランの手に力がこもった。

 

「キラ!」

 

ハンガーの中で叫んだアスランの声に、キラは振り返る。

 

「俺も、戦えるかな。昔みたいにーーまたお前と一緒に」

 

アスランの目にもまた、迷いはなかった。心に従おう。キラの言葉と覚悟とーーその背中に魅せられた自分自身の心に。

 

「できるよ。アスラン。君なら絶対」

 

そう言ってキラはアスランに微笑んだ。

 

 

////

 

 

「そうですか、はいはい。わかりましたよ」

 

不満そうに通信端末を切ったアズラエルに、パイロットスーツのままのリークが不安そうな目を向けた。

 

「アズラエル理事」

 

「あーもう駄目駄目です。大西洋連邦は知らぬ存ぜぬ。ベルモンド上級大尉が言うように、あの船が『アークエンジェル』なら、裏切り者としてそちらで処理しろとのことですよ」

 

予想通りーーいや、そうなってほしくない方向に、予感していたことが見事に的中した。どうやら、パナマから空に逃げた連中は、何があっても口を割らないらしい。

 

「しかし、現に彼らが生きていたということは…それに、協定に従わなかった二機のデータ不明の機体も」

 

「裏があるのはわかりきってますよ。けれど、こちらにはそれを指摘する材料が無いのですよ。あの訳の分からない二機も落とされちゃったわけですし、運んできた船も知らぬ存ぜぬ…てね」

 

そう言って書類を放るアズラエル。再三の要請にも知らぬ存ぜぬを貫く船。大西洋連邦の応援という部隊もこの艦隊には混ざっているが、これで一気に信頼できなくなった。

 

「きな臭いですな」

 

ドレイクの言葉に、アズラエルも同意するように頷く。

 

「まったく困った困った。惚れ惚れする戦闘データと実戦データを得られただけでも、僕としては儲けモノなので、何か理由をつけて早々に撤退したいのですがねぇ」

 

リークたちが持ち帰ったデータを見て、アズラエル自身も相手が流星だという確信を持てた。あの変則的で人ならざる機動をするパイロットなど、コーディネーターでも、ましてやナチュラルの中でもありえない。

 

僕の目には狂いはない。あの動きは正真正銘のメビウスライダー隊の物だ。

 

そんな相手との激戦の戦闘データ。そして乱入してきた不届き者たちとの戦闘映像とデータ。そのふたつだけでも、アズラエル財団にとってお釣りがくるほどの利益があった。

 

試作した新型G兵器の実戦データもさることながら、彼らと対等に撃ち合える人員を、薬物投与や膨大な金をかけた研究費をかけずに育成できることを、目の前にいるリークが証明したのだから。

 

だが、軍というのはそこまで単純なものじゃあない。

 

「けれど、この戦力で攻めて制圧できなかった国なんて、消えてもらった方が後の為…なんて言ってるんですよ、向こうは。簡単に言ってくれますよ、全く」

 

「アズラエル理事、こちらの準備は間もなく終わる。どうするのかね?」

 

そう答えるドレイクの目には、補給を終えた各部隊の報告が上がってきている。

 

ここで足踏みをすれば、アズラエルにとっても地球軍上層部から得られる〝情報〟のパイプラインに悪影響が及ぶ。なんとかして、ここでは相手にいい顔をしなければならなかった。

 

「きな臭い上を納得させるために、泥仕合に縺れ込ませて、なんとかマスドライバーの使用権だけでももぎ取りたいものですが…」

 

「我々が引いても、ザフトが来るということですか」

 

そういうリークの言葉に、アズラエルは頷くとモニターを起動させた。

 

「情報筋では、すでにカーペンタリアからザフトの一個大隊が出航したようです。ビクトリアの事もあるのに、勤勉な事ですよ」

 

「それほどまで、我々を地球に閉じ込めておきたいのでしょうな」

 

「そういうことです。今は、全体的な視野を持ってみれば攻めるのが最善なんですよ」

 

ザフトにとっても、ここがこの戦争の分かれ目だということはわかっているのだろう。それに、ビクトリアを仮に守りきれなかった場合、戦局は更に不透明さを増していくことになる。

 

「アズラエル理事」

 

すると、アズラエルは立ち上がり、自分よりやや背の高いリークを見つめながら、小さく笑った。

 

「貴方たちが死ぬことは許しませんよ?ドレイク艦長も、うまくやってください」

 

そう二人に指示を出すと、ドレイクもリークもアズラエルに敬礼をして部屋を後にする。さて、部下を活かすのは上司の役目。では、社長の役目は?高い革の椅子に踏ん反り返って毛並みのいい猫を撫でながら葉巻でも吸う?

 

残念ながら、アズラエルは違う。

 

彼が思い描くビジネスマンの流儀。それに従って今は腐り切った上に媚びへつらおう。大丈夫。相手を謀るのは自分の十八番だ。

 

「さ、お仕事の時間です」

 

そう言って、アズラエルは遠くに輝くオーブの島々を見つめるのだった。

 

 

 

 





トール君はミリアリアからの正座説教を受けています

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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