ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第145話 エターナル

 

 

 

 

ギシッと座り心地のいい席から、寄りかかるバルドフェルドの体重を支えるために変形する金属板音が、漆黒の中で響き渡った。

 

彼が座する船、エターナル。

 

この艦船は、ザフトがフリーダムとジャスティス、そしてホワイトグリントの専用母艦として建造した新造艦だ。

 

核エンジンを採用した2機のモビルスーツ、そしてフリーダムとジャスティスの限界性能を追求したホワイトグリントへの整備に必要な専用設備や機材を搭載し、在来MSのスペックを大きく上回った三機の行動に随伴するため、これまでのザフト艦で最も高速であったナスカ級を超える速力を持っている。

 

一方で、核動力の運用母艦としての機能を優先したために、攻撃力は現存のナスカ級や、地球軍の母艦アークエンジェルよりも劣り、補助的なものに留まっている。

 

本来ならば、ザフトのトップガンが乗り込む2機を連れて地球軍を討つために作られた船だ。その艦長として起用されたのが、地球軍からの卑劣な攻撃から奇跡の生還を果たしたと言われる砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェルドーーと。

 

パトリック・ザラの言葉を聞きながら、バルドフェルドは彼らのコーディネーターに対する盲目的な自信が来るところまで来てしまったように思えてならなかった。

 

だらしなく背を預けていたバルドフェルドは自分を律する様に背筋を伸ばすと、薄暗いブリッジに集まった同志たちを見渡してニヤリと笑みを浮かべた。

 

「さてと、頃合いかな?アイシャ」

 

《いつでも行けるわよ、アンディ》

 

エターナルを介さない通信機器から聞こえる愛しい声を聞くと、バルドフェルドは満足したように艦長席に設けられた通信用受話器を持ち上げて声を調えた。

 

「では……あーあー。本艦はこれより、最終準備に入る。いいかぁ、本艦はこれより最終準備に入る。担当の者は作業にかかれ!」

 

エターナルに乗り込む者たちに、バルドフェルドのこの言葉の意味を理解できた者は何人いたのだろうか?勧告なしの艦内放送に、エターナルの最終チェックを行っていた作業員たちは首をかしげるばかりだったがーー

 

「あぁ!」

 

誰かが気付いたのか、作業員たちは自分たちが置かれている状況を今になって思い知る。彼らはすでにザフトの士官たちに包囲され、銃口を突きつけられていたのだ。

 

「貴様等…」

 

「抵抗するな、ただ降りてくれればいいんだよ」

 

撃つつもりのない銃口でも、それを判断できる洞察力を持った作業員は居らず、彼らは銃を突きつける士官たちに従い、エターナルを速やかに退艦していく。

 

残っているのは明るくなったブリッジにいるバルドフェルドと、艦内に引き返した士官たち。彼らは素早く持ち場へと付く。機関室の制圧指揮を執っていたアイシャもバルドフェルドが待つブリッジへと戻ってきた。

 

彼らは機が熟すのを待っていたのだ。綿密な計画を立て、過ごした日々を隠して、パトリックの元へと立ち戻ったふりをして。

 

今日はエターナルが処女航海に出るための最終チェックを行う予定だった。乗船するのは艦の関係者と作業員。警備は手薄で「船をジャック」するには格好の日取り。バルドフェルドはこの時を待つために仮面を被り続けてきた。

 

アカンデー!

 

そんなエターナルの入り口に向かって進む人影。ピンク色のハロが羽をパタパタと動かしながら無重力の中を進む。

 

「シィー。駄目ですよ、ピンクちゃん。寝てなさい」

 

そのハロを優しく手で包んだラクスは護衛に囲まれながら、まだ静かなエターナルの中へと進んでいくのだった。

 

 

////

 

 

執務室で額を揉んでいたパトリックは、さっき出て行ったはずの公安部の人間が顔色を変えて戻ってきたことに驚くと、さらに告げられた言葉によってその顔を怒りの表情へと変貌させた。

 

「なんだと!?逃げられたで済むと思うか馬鹿者!すぐ全市に緊急手配しろ。港口封鎖、軍にも警報を出せ。あれを逃がしてはならん!ええい、アスランめ!」

 

息子の重ね重ねの裏切りに、ついにパトリックの腹は煮えたぎることになる。彼はあろうことか、逃亡した息子への射殺命令を出したのだ。ここで逃せばジャスティスとフリーダムを手に戻すことは難しいだろうが、出所がオーブにあるというならやりようはいくらでもある。

 

今のパトリックは自身から溢れる憎悪に歯止めが効かない状態に陥っていた。

 

そんな父のことを知らずに、粘着テープで最低限の止血を施したアスランは、ダコスタと数名のクライン派の兵士とともに、港に停泊していたシャトルを奪取することに成功していた。

 

「急がないと!」

 

そう言ってコクピットに乗り込むダコスタに続くアスランは、自分がこれから何を成そうとしているのかを考えていた。

 

父の考えには最早賛同できない。このままでは、ザフトと地球軍で際限ない殺戮と殲滅戦争が起こっていくことになる。Nジャマーキャンセラーをザフトが作ってしまった以上、今度はザフトが地球へ核を打ち込むことすら可能なのだ。少し前なら、そんなことはあり得ないと断言できたが、今は違う。

 

止めなければならない。

 

なんとしても、その凶行だけは阻止しなければならない。たとえそれが父を討つ事になったとしても。アスランは出発したシャトルの中で、深淵の宇宙を見る。

 

〝ならばーー次は、俺がお前を討つ〟

 

かつてキラに発した言葉をアスランはただ噛み締める。次に会った時ーー父がその凶行に及ぶと言うならばーーナチュラルを滅ぼすと叫ぶならばーー。

 

その時は、俺が自らの手で討つ。

 

覚悟を表す様に、アスランは小さく片腕の拳を握りしめるのだった。

 

 

////

 

 

「お待たせ致しました」

 

着替えを終えたラクスが、アイシャや護衛とともにエターナルのブリッジへと入ってくると、バルドフェルドが艦長席から肩を覗き込む様に振り返って、笑みを見せた。

 

「いえいえー。御無事で何より。では、行きましょうか」

 

艦長の言葉にラクスが頷くと、薄暗かったブリッジに火が灯り、持ち場についた士官たちによって出発シークエンスが行われていく。

 

「出航プランCをロード!強行サブルーチン、1920、オンライン!ロジックアレイ通過。セキュリティ解除確認。システムオールグリーン!」

 

《おい!何をしている!貴艦に発進命令など出てはいないぞ!どうしたのだ!バルトフェルド艦長!応答せーー》

 

エターナルの起動を感知した管制塔からの声が響くが、バルドフェルドはすぐに通信を切って、仰々しくかぶっていたザフト制服の帽子を脱ぎ捨てた。

 

「すまんが下手な演技はこれで終いだ」

 

「あら、割と名演技だったと思うけど?」

 

そうかね?なら引退したら俳優でも目指すかと、エターナルの火器管制を担うアイシャに笑ったバルドフェルド。そんな艦長に、オペレーターが振り返りながら報告を発した。

 

「艦長!メインゲートの管制システム、コード変更されました!」

 

「ははーん。優秀だねぇ。そのままにしてくれりゃぁいいものを。ちょっと、荒っぽい出発になりますなぁ。覚悟して下さい」

 

「仕方がありませんわね。私達は行かねばならないのですから」

 

困ったように言うラクスに了解したバルドフェルドは、エターナルを微速前進させるよう指示を出して、固く閉じられたメインゲートへ手をかざした。

 

「よーし、主砲!発射準備!照準メインゲート!出力最大!発進と同時に打て!アイシャ、頼むぞ!」

 

「主砲発射準備、照準、メインゲート!派手に行くわよ!アンディ!!」

 

エターナルの推力が最大限に達した瞬間、艦橋前方に装備される単装ビーム砲が放たれ、閉じられていたメインゲートは赤く燃え上がって貫かれた。

 

「エターナル、発進して下さい!」

 

爆煙を切り裂いて飛び立っていくエターナル。その緊急事態に管制塔の連絡系統はパニック状態だ。

 

「ダコスタは?」

 

そうバルドフェルドが問いかけると、すぐ横の港口から一機のシャトルが飛び出してくる。

 

「隊長!!」

 

「あの船は…?」

 

コクピットからエターナルの姿をみたアスラン。いいタイミングだと、バルドフェルドはニヤリとほくそ笑む。

 

「ダコスタは後部ハッチへ!機体収容後、推力最大!こいつは速い!振り切る!」

 

 

////

 

 

「何?エターナルが?アスランも?」

 

カーペンタリアから宇宙へと戻ってきていたクルーゼは、ヴェサリウスの艦長、アデスからの報告に興味深そうに息をついた。

 

「追撃命令が出ていますが…」

 

「ーーこのヴェサリウスでも、今から追ってあの速度に追い付けるものか」

 

なにせ核搭載モビルスーツ用の船だ。いくら高速艦とは言え、ヴェサリウスでもここからエターナルを捕捉することは不可能と言える。

 

(しかし傑作だな。ザラ議長殿)

 

愛するものを失ったからこその狂気か。はたまたコーディネーターという矜持から溢れた魔物か。どちらにしろ、まんまと出し抜かれたパトリックの姿を想像して、クルーゼは心の中で冷笑する。

 

彼ではない。世界を変える力を持つ者は、少なくともパトリックではない。それに相応しいものがいる。そして、エターナルの行く先には必ずそれが待っているのだ。

 

クルーゼは立ち上がると、目の前にいるアデスへ声をかけた。

 

「アデスーーー〝セラフ〟は、出せるか?」

 

カーペンタリアに下ろしたのは、機体の最終調整のため。宇宙に上がった以上、クルーゼ専用に宛がわれたあの機体は、いつでも臨戦態勢となっている。

 

シグー、シグー・ハイマニューバ、ディン・ハイマニューバ・フルジャケット。クルーゼとアデスは、ことごとく流星に煮え湯を飲まされてきた。しかし今度はーープロヴィデンス・セラフはそうはいかない。

 

流星に太刀打ちできるのは自分だけ。

 

それを証明してみせよう。

 

「いつでもですよ、クルーゼ隊長」

 

指揮官から一人のパイロットへと変わるクルーゼの姿をアデスは好んでいた。いつも何を考えているのかわからない仮面の男よりも、たった一人のライバルを倒すために必死になるラウ・ル・クルーゼのほうがよっぽどわかりやすい。

 

そんなアデスに、クルーゼはニヤリと笑みを浮かべると、ブリッジの床を蹴ってモビルスーツハンガーへと向かうのだった。

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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