宇宙に二つの閃光が走る。
一つは多重装甲を身に纏いながら、背面に設けられたスラスターを噴かせて。
もう一つは機体の推力器を後ろに集約させた飛行形態で。
「その機体…!クルーゼか!!」
幾度も交差した瞬間に切り結ぶ二機に、フリーダムも、メビウス・ハイクロスも身動きが取れず、ただ二人の死闘に見守るばかりだ。
《一の枷は取り外したようだな、ラリー。だが、それではこの機体には勝てんよ!》
ラリーの返答に答えたクルーゼは、高速機動を繰り出す機体を操りながら、背面と肩に設けられたミサイルポッドから垂直方向へとミサイルをいくつも放つ。そのミサイルはラリーの頭上で曲線を描くと、そのまま雨の様にホワイトグリントへと降り注ぐ。
まじかよ…!!
そうラリーは心で悪態をつきながら、ホワイトグリントの操縦桿とフットペダルを感覚に従って捻り、傾け、押し込んだ。
「ーーーぐっ…がっーーーはぁっ!!」
その動きは驚異的と言えた。フリーダムとジャスティスの限界性能を引き出すために作られたホワイトグリントの四肢は、ラリーの頭で思い浮かべた軌跡をなぞりながら、垂直に降り注ぐミサイルの隙間を針で縫うように躱していく。
しかし、機体が重く、その反動はダイレクトに体へと伝わり、ラリーは今まで味わったことのない頭の苦痛に悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえた。
「ラリーさん!」
「手を…出すなよっ!!お前ら!こいつは俺が相手をする!!」
キラの叫びを、ラリーは封殺する。
すると、飛行形態から人型へと姿を変えたクルーゼの機体は、変形時は格納されていたリニアガンを向けて、足が止まったラリーへと放った。
「容赦ねぇな!!」
咄嗟に多重装甲で受け止めたのが不味かった。リニアカノンの閃光と衝撃は、ラリーの視界からクルーゼを見失わせるには充分すぎる効果をもたらしーーー、次の瞬間、ラリーは目の前に迫ったビームサーベルの塊に目を剥くことになる。
「隊長!?」
トールの叫びに反応した様に、ラリーは咄嗟に機体を反転させて迫ってきた極光のビーム刃を紙一重で躱す。
「あっぶねぇ!!」
ビームの切っ先がシールドに爪を立てるように触れると、その部分が真っ赤に熱を帯びた。
《ーーはぁっ!!よく言ったぞ、ラリー!それでこそ、私のライバルだ!!》
片腕に備わる超大型のビームブレード発生器を振り抜き、クルーゼは膨大な背面スラスターを展開してラリーへ肉薄する。
「ほざけ、この変態がぁああ!!」
プロヴィデンス・セラフ
この機体。洒落にならないくらい強い。
本当にクルーゼが乗っているのか?と問いかけたくなるほど、その機体は異常だった。
セラフの機体フレームは、他核搭載機の物と同等であり、動力源はNジャマーキャンセラー。背面の高出力バックパックと、脚部スラスターも充実しており、素体の状態でもフリーダムとジャスティスとほぼ同スペックを誇る。
そこに追加スラスターを乗せたサブブースターユニットに加え、武装はチェーンビームガンにリニアキャノン、多連装ビームサーベルから発する超強力ビームブレードに、両肩と背面に装備された垂直ミサイルと充実。
ラリーのホワイトグリントが着痩せする機体なら、クルーゼのプロヴィデンス・セラフはレスポンス性能はホワイトグリントに譲るが、ホワイトグリントが脱ぎ捨てた性能の良いところを搭載した汎用発展機という代物だった。
中でも、機体出力を後方に集約させるという簡易飛行形態を持ち、ラリーの変態軌道に劣らない程の機動力で駆け回り、回避困難の垂直ミサイルとチェーンビームガンをバラまく。
人型になればチェーンビームガンで装甲をガリガリと削られ、止まればリニアキャノンが火を噴き、コクピットの視界と装甲を奪われ、その隙に最大出力からビームが残留して放たれるブレード光刃が容赦なく飛んできて機体が溶断される。
正直、人間のままだと勝てる気がしない。
ラリーはヘルメットの中で顔をしかめながら、迫ってくるプロヴィデンス・セラフにビームマシンガンを放つが、相手はその合間を縫う様に飛び、牽制なんて知らんと言わんばかりに、最短距離をカットして飛び込んでくる。少しでも判断を誤れば、多重装甲ごと極大のビームブレードで切り裂かれかねない。
さらに、史実通りに事が進むならドラグーンが追加されるというまさに狂気の沙汰だ。
人型から飛行形態に変形したプロヴィデンス・セラフ。通信から聞こえるクルーゼの笑い声を聞きながら、ラリーは目の前に現れた悪魔と相対するのだった…。
////
時はエターナル発進後まで遡る。
「アスラン。お久しぶりですね、大丈夫ですか?」
「ラ、ラクス!」
ダコスタに案内されてブリッジに上がってきたアスランは、座席に座るラクスの姿に目を見開いた。叛逆の旗船となったエターナル。その船の奪取を目論んだのは、他でもないクライン派と呼ばれる勢力であった。
シーゲル・クラインは、このヤキンドゥーエ戦役が早々に人類の殲滅戦争へと発展することを懸念しており、彼自身と〝彼に手を貸す同志〟の協力もあり、綿密に計画を立て、パトリックの権力が肥大し、民意を扇動し最悪の方向へ歩き出した時の歯止めとして機能するように計らっていたのだ。
「よぉ!初めまして。ようこそ歌姫の船へ。アンドリュー・バルトフェルドだ。こっちはアイシャ」
「よろしく、ジャスティスの坊や」
驚くアスランに同じように挨拶をするバルトフェルドに、アイシャ。彼らもまた大戦当初からシーゲルの考えに賛同していたメンバーだ。
バルトフェルドも、彼を愛するアイシャもまた、無益な殺生は好まない。なるべく殺さないようにはするが、戦場で向かってくる以上は殺しても仕方がないという精神であるからこそ、互いの憎しみを増長させて滅ぼすことに血眼になる戦いを良しとできなかったのだ。
そんな二人に呆けていると、隣にいたダコスタが素早くオペレーター席へと座り、モニターに視線を走らせた。
「隊長!挨拶は後にしてください!前方にモビルスーツ部隊!数50!!」
「艦長だぞ、ダコスタ。やれやれ、ヤキンの部隊だな。ま、出てくるだろう。主砲発射準備!対モビルスーツ戦闘用意!」
ここはプラントのお膝元。ヤキンドゥーエを護衛していた部隊が、プラントからの連絡を受けて前にも立ち塞がる。やれやれ勤勉なことだ。バルドフェルドは困ったような顔をしながら、迫ってくる敵部隊を見据えた。
「この艦にモビルスーツは?!」
「それが、あいにく出払っててねぇ。こいつは、ジャスティスとフリーダム、ホワイトグリントの専用運用艦なんだ」
それでは、打つ手が…!焦るアスランを、ラクスは手で制して、優しげな声で言葉を紡ぐ。
「バルドフェルド艦長、全チャンネルで通信回線を開いて下さい」
「ーーラクス?」
アイ、マム。バルドフェルドがそういう時、オペレーターもすぐに全チャンネルに向けて周波数を合わせた。
《私はラクス・クラインです》
毅然としたラクスの声が、ザフトのパイロットたちへ響き渡る。
《願う未来の違いから、私達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、私はあなた方との戦闘を望みません》
ほんの僅かであったが、進行していたザフトのモビルスーツ隊が止まったように見えた。
ラクスーー君は本当に。
呆然とラクスを見つめるアスランは、彼女の決意と強い意志をその瞳に感じ取っていた。
《どうか船を行かせて下さい。そして皆さんももう一度、私達が本当に戦わなければならないものは何なのか、考えてみて下さい》
凛とした声が響く。その場でエターナル捕縛を命じられていた誰もが困惑していた。
『た、隊長!』
『ええい!惑わされるな。我々は攻撃命令を受けているのだぞ!』
戸惑うザフト兵に隊長機が叱責する。その声で時が動き出したように、ほかの機体もエターナルに向かって進み出す。今は戦場、自分たちが兵士である以上、命令は絶対だ。
たとえそれが歪んでいたとしてもーー。
「難しいよなぁ、いきなりそう言われたって。んー…迎撃開始!」
「コックピットは避けて下さいね」
「ラクスさまのオーダーは難しいものですわね。主砲、てぇ!」
ラクスの要望通り、コクピットを避けた迎撃がアイシャの指揮のもと行われていく。だが、いくら高速船とは言え、モビルスーツ単騎の速度にはどうにもならない。それにヤキンドゥーエを護衛するパイロットたちもベテラン揃いだ。迂闊に手を出せばこちらがやられかねなかった。
「ブルーアルファ5、及びチャーリー7より、ジン6!」
「来るぞ!弾幕!」
ジンから放たれるミサイルを何とか迎撃するが包囲網は徐々に厚くなり、エターナルの行く手が遮られていく。
「ブルーデルタ12に、尚もジン4!ミサイル、来ます!迎撃、追いつきません!」
「ええい!数ばかり揃えて!!」
迫るジンから放たれた大型ミサイル。その幾つもの刃がエターナルの鼻先を捉えようとした瞬間、向かってきていたミサイルを緑色の閃光が穿った。
「ライトニング隊!各機攻撃開始!姫さまのオーダーだ!コクピットは避けろよ!」
「ライトニング2、了解!」
「ライトニング3、了解!」
白き閃光を先頭に、モビルアーマーであるメビウス、そしてフリーダムが続き、隊長の声にしっかりとした声で答えた。
ヤキンドゥーエとは別方向。
編隊を組んで現れたのは、アスランの帰りを待っていたラリー率いるライトニング隊だ。
「艦長!ライトニング隊です!!」
「わかっている!攻撃中止!彼らに任せればいい!」
ラリーの指示のもと、編隊を組んだままエターナルの前を横切ってから三つの流星はそれぞれに分かれて、50機いるザフトのモビルスーツ隊へ攻撃を仕掛ける。
『げぇーー!?流星!?』
ジャーンジャーンジャーンと、まるでどこかの三国志武将のような青い顔をして、悲壮感漂う叫び声を誰かが上げた。
『宇宙に上がっているっていう噂は本当だったのか!?』
『各機!慎重に対応を…』
『すでにホワキンとジュリアの機体がやられてます!!うわぁっ!!』
『なんだと!?ええい!バケモノどもめ!!ぐわっ!?』
会話を交わす間もなく、動揺を隠せないザフトのモビルスーツたちは、フリーダムのマルチロックにより次々と機体の主要部品が撃ち抜かれたり、武装を破壊されたりし、行動不能となっていく。
『隊長!!』
「よそ見!!」
周りで穿たれていく仲間に気を取られたジンを、トールのメビウス・ハイクロスがシュベルトゲベールを展開して切断する。大剣を格納すると、次は両翼に備わる四門のビームライフルで迫ってくるジンを圧倒し、武装を破壊していった。
その姿を見たラリーが思わず「Xウイングみたいだ」とハリーに呟いたのが、ハイクロスの所以になっていたりする。
『は、速すぎる…!!』
ハイクロスの挙動についていけないジン。その傍からまるで陽炎のように現れたホワイトグリントが、鈍重な多重装甲でジンの半身を捻り潰すように吹き飛ばした。
「ほぉー壮観だな。また腕を上げたようだ」
まさに千切っては投げ、千切っては投げと、トラウマ必至な蹂躙のされ方を見つめながらバルトフェルドが感心したように呟く。
自分は過去にあんなのを相手していたのかと、改めて見せつけられるアスランは呆然と見つめ、ラクスはニコニコと笑い、ダコスタはトラウマを刻まれたであろうヤキンドゥーエのパイロットたちに向けて胸で十字を切った。
《こちらフリーダム。キラ・ヤマト。貴艦は…》
あっという間に片付けられてしまったモビルスーツ隊の死屍累々の中で、フリーダムがエターナルと並走して通信を入れる。モニターに映ったキラに、ラクスが少女らしい笑みを向けて答えた。
「キラ!」
《ラクス…!?》
「はい!」
嬉しそうに頷くラクスに、通信に加わったラリーもトールも安心したように笑みを送った。
《元気そうでよかったよ。お姫様》
「お久しぶりですね、ラリーも!」
《アスランだけかと思ったらラクス・クラインも…こりゃあ帰ったら怒られますね》
《その時はその時の俺が頑張ってくれるさ》
「よおー少年。助かったぞ」
《バルトフェルドさん!アイシャさんも!!》
「久しぶりね、坊や」
それぞれが思い思いに再会を喜び合う。バルトフェルドもトールとキラの成長に喜んでいる様子だ。そんな中、オペレーターの一人が警戒を怠らず周囲の索敵を行なっているとーー。
「周囲に敵反応なしーーいえ、待ってください!!後方に熱源!!数1!!凄い速さで追いかけてきます!!」
モニターに出します!とオペレーターが叫ぶと、たしかに一つの熱源がプラント方面からこちらに向かって高速で接近してきているのがわかった。明らかに巡航ミサイルのそれだ。
「艦船用ミサイルか!?迎撃!!」
「間に合いません!!こ、これはーーモビルスーツ!?そんな、こんな速度で巡航できるモビルスーツなんて…!!」
ラリーはすぐにエターナルの後方に回って望遠カメラで迫り来るものを見つめた。高速で迫るそれは、摩擦熱で機体を赤く染めながらブースターを緩めずにこちらに近づいてくる。
あの形は、明らかにミサイルではない。しかし、ラリーが見てきたどのモビルスーツにも該当しない姿をしていた。
その物体はエターナルとヤキンドゥーエのパイロットたちの真上を通り抜けて、彼らの前に立ちふさがる。
《待っていたぞ、流星。宇宙に上がってくるのをな……!!!》
そこには、ひとりの閃光がいた。
げぇー!!クルーゼ!!
by ラリー・レイレナード
キャラデザイン
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他キャラも見たい
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キャラは脳内イメージするので不要